医学検査
Online ISSN : 2188-5346
Print ISSN : 0915-8669
ISSN-L : 0915-8669
技術論文
保存条件の違いによるベルリン青染色試薬の染色性及び試薬凍結保存の有用性についての検討
池亀 央嗣高橋 加奈絵川口 裕貴恵横山 千明諸橋 恵子磯崎 勝須貝 美佳梅津 哉
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 68 巻 1 号 p. 117-123

詳細
Abstract

3価鉄イオンを検出するベルリン青染色は,フェロシアン化カリウムに3価鉄イオンが結合しフェロシアン化鉄(ベルリン青)形成反応を利用した染色で,染色試薬の用時調製を要する。我々は,染色試薬の使用可能期間を明らかにするため,染色試薬の600 nmでの吸光度と染色性の変化を,保存条件を変え1年間まで経時的に検討した。保存条件は,室温,4℃,両者の遮光,及び−80℃(一部−20℃)凍結とした。吸光度は,凍結保存では一定値を保っていたが,それ以外では増加した。凍結保存では染色の色調,及び強度は1年後でも変化せず,共染色もなかった。それ以外では,青色から緑色調へと変化し,染色強度は減弱,共染色は増強した。凍結速度や凍結保存の温度は,染色性に影響しなかった。吸光度変化から,凍結保存以外の染色試薬では,経時的に液中に3価の第二鉄塩を生じ,フェロシアン化カリウムと反応して遊離フェロシアン化鉄を形成するため,組織中の鉄イオンと結合するフェロシアン化カリウムが減少して染色強度が低下すると考えられた。また,青色から緑色への色調変化は,ベルリン青色素の分子量が変化するためと考えられた。遮光保存の結果から,これらの反応に光が関与することが示唆された。染色試薬の凍結により反応が停止し吸光度と染色性の変化がみられなくなると考えられた。以上から,染色試薬を凍結保存することで,用時調製が不要となることが示された。

I  はじめに

病理組織診断や細胞診に用いられる染色には,染色試薬を用時調製しなければならない染色がある。染色試薬の劣化や反応が進んで染色性が失われてしまうためである。

3価の鉄を検出するベルリン青(Berlin blue)染色も染色試薬の用時調製が必要な染色の一つである。Berlin blue染色は,マクロファージに貪食されたヘモジデリンを染色することによる肺胞出血などの出血病変の検出や含鉄小体(アスベスト小体)の検索などに用いられる。染色原理は,フェロシアン化カリウムに3価の鉄イオンが結合し,フェロシアン化鉄(ベルリン青)が形成される反応である1)。調製後の染色試薬は淡黄色透明であるが,経時的に液中に3価の第二鉄塩を生じ,フェロシアン化カリウムと反応してベルリン青を形成するため青緑色を呈する。青緑色を呈した染色試薬は生じたベルリン青が組織に非特異的に沈着するため使用できない1)

我々は,Berlin blue染色について,染色試薬と染色性の経時的変化,使用可能期間を明らかにするために,染色試薬の吸光度測定と染色性の変化を保存条件を変えて経時的に検討した。

その結果,試薬を凍結保存し用時融解して使用することで長期間利用可能なことが示された。

II  方法

1. 材料

染色性の検討材料は,ヘモジデローシスと診断された10%非緩衝ホルマリン固定パラフィン包埋された剖検肝組織のパラフィン包埋切片(3 μm厚,10 × 15 mm大)を用いた。

2. 染色試薬の調製と保存方法

染色試薬は,フェロシアン化カリウム水溶液と塩酸水を等量混合して調製されるが,それぞれの濃度について幾つかの調製方法がある1)~3)。本検討では,フェロシアン化カリウム(和光一級,富士フィルム和光純薬)と塩酸(試薬特級,富士フィルム和光純薬)を用いて,2%フェロシアン化カリウム水溶液と2%塩酸水をそれぞれ調製し,等量混合した。調製した染色試薬は,2 mLスクリューキャップマイクロチューブ(ザルスタット株式会社)に2 mLずつ分注し,室温,室温遮光,4℃,4℃遮光(薬用冷蔵ショーケース,パナソニック),−80℃(超低温フリーザー,MDF-U33W,PHC株式会社)でそれぞれ保存した。−80℃での保存は,−75℃の急速凍結装置(ヒストテックピノ,PINO-600,サクラファインテックジャパン)を用いて急速凍結した後に−80℃の超低温フリーザーに移した。

3. 吸光度の測定

ベルリン青は,670 nmと400 nmに青色の原因となる吸光帯を持つ2)。室温,室温遮光,4℃,4℃遮光,−80℃にて保存されていた染色試薬を対象として,分光光度計(7012形日立臨床検査用分光光度計,株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて,吸光度を測定した。測定波長は,2つの吸光帯を含む領域を測定するため,600 nmとした。吸光度の測定は,染色試薬の調製直後,2時間後,1日後,2日後,5日後,7日後,14日後,21日後,28日後,2ヶ月後,3ヶ月後,6ヶ月後及び1年後に行った。

4. 染色性の検討

脱パラフィン後に精製水水洗した切片に染色試薬を満載する載せガラス法にて20分間染色した。精製水で洗浄し,ケルンエヒトロートで後染色した後,脱水・透徹・封入した。染色は,室温,室温遮光,4℃,4℃遮光,及び−80℃にて保存されていた染色試薬を使用し,−80℃で保存された染色試薬は,チューブを手で握って急速解凍して使用した。

検討は,ヘモジデリンの色合い(色調)と染色の強さ(染色強度),共染色(共染),及び顆粒沈着について,2時間後,1日後,2日後,5日後,7日後,14日後,21日後,28日後,2ヶ月後,3ヶ月後,6ヶ月後,1年後に調製直後の染色試薬と比較した。対物10倍で組織全体を観察し,最も陽性シグナルが強い部位を対物20倍で評価した。色調は,染色されたヘモジデリンを青色,青緑色(青色と緑色の中間で緑色よりも青色が強い色調),緑青色(青色と緑色の中間で青色よりも緑色が強い色調),緑色,黄緑色の5段階に分けた。染色強度は,調製直後の染色試薬による染色を基準として,強弱で表現した。共染は,ヘモジデリン以外の部位が青色に染色された場合を共染とした。染色強度と共染,顆粒沈着は,前の期間との対比により増強や減弱を評価した。なお,調製直後の染色試薬による染色性は,色調が青色調,共染・顆粒沈着は無しとした(Figure 1)。

Figure 1 

Hemosiderosis of liver, microscopic observations

(A) HE stain and (B) Berlin blue stain.

5. 凍結保存温度と凍結方法の検討

試薬の凍結保存において,保存する温度の影響を検討するために,−80℃の超低温フリーザーと家庭用冷凍庫(MR-C34T-W形,三菱電機株式会社)で試薬を保存し,6ヶ月後の染色性を比較した。また,凍結方法の影響を検討するために−75℃の急速凍結装置を用いて急速凍結した試薬と,−80℃の超低温フリーザー及び家庭用冷凍庫に直接入れて緩慢凍結した試薬について,6ヶ月後の染色性を比較した。

III  結果

1. 吸光度の測定

調製直後の染色試薬の吸光度は,0.006だった。調製2時間後,1日後,2日後,5日後,7日後,14日後,21日後,28日後,2ヶ月後,3ヶ月後,6ヶ月後及び1年後の保存条件ごとの吸光度をTable 1に示す。凍結保存以外では,経時的に吸光度は増加したが保存条件によって,増加の程度は異なっていた(Figure 2)。

Table 1  Results of absorbance determination
Initial value Storage periods: hours (h)/days (d)/months (m)
2h 1d 2d 5d 7d 14d 21d 28d 2m 3m 6m
Room temperature 0.006 0.045 0.535 0.998 5.642 4.76 17.32 22.2 22.8 23.97 26.91 22.69
Room temperature in shade 0.006 0.021 0.34 0.648 2.327 1.857 14.54 18.61 18.65 10.01 6.3 2.147
4°C 0.006 0.008 0.022 0.055 0.087 0.205 0.301 0.382 0.51 1.899 3.69 7.15
4°C in shade 0.006 0.007 0.011 0.017 0.047 0.065 0.129 0.193 0.258 0.575 0.895 2.356
−80°C 0.006 0.004 0.004 0.004 0.007 0.004 0.004 0.004 0.005 0.003 0.004 0.004
Figure 2 

Absorbance changes during storage periods (h: hour, d: day, and m: month)

また,染色試薬の色調は,吸光度の増加とともに肉眼的色調も変化した(Figure 3)。

Figure 3 

Solution color changes during storage conditions and periods

Storage periods: (A) Two hours, (B) 7 days , and (C) 6 months.

Storage conditions: (a) Room temperature, (b) Room temperature in shade, (c) 4°C, (d) 4°C in shade, and (e) Cryopreservation.

2. 染色性の検討(Table 2
Table 2  Changes of dyeability
Storage periods: hours (h)/days (d)/months (m)/years (y)
2h 1d 2d 5d 7d 14d 21d 28d 2m 3m 6m 1y
Color tone Room temperature B B/G G G G-YG NS NS NS NS NS NS NS
Room temperature in shade B B/G B/G G G-YG NS NS NS NS NS NS NS
4°C B B B B/G B/G G/B G/B YG YG NS NS NS
4°C in shade B B B B/G B/G B/G B/G B/G B/G G YG NS
−80°C B B B B B B B B B B B B
Strength of staining Room temperature NS NS NS NS NS NS NS
Room temperature in shade NS NS NS NS NS NS NS
4°C NS NS NS
4°C in shade NS
−80°C
False positive Room temperature + +↑ +↑ +↑ +↑ +↑
Room temperature in shade + +↑ +↑ +↑ +↑ +↑
4°C + +
4°C in shade
−80°C
Deposition of granules Room temperature + +↑ +↑ +↑ +↑
Room temperature in shade + +↑ +↑ +↑ +↑
4°C + + +
4°C in shade
−80°C

B: Blue, G: Green, B/G: Blue green, G/B: Green blue, YG: Yellow green, and NS: Not stained.

→: Equal, ↘: Little weak, ↓: Weak, +: Positive, and +↑: Positive /increase.

室温にて2時間保存した染色試薬でのヘモジデリンの色調は,青色調であったが,1日後では青緑色調になり,染色強度も減弱した。2日後には色調は緑色調となり,染色強度はさらに減弱した。5日後では,染色強度は減弱し,7日後の色調は緑色~黄緑色調となった。14日後では染色されなかった。21日後では,ヘモジデリン以外の組織が青色に共染した。28日後には,共染は増強し,青色の顆粒状物質が組織中に散見された。2ヶ月後では,共染はさらに増強し,顆粒状物質が増加した。3ヶ月後,6ヶ月後,さらに1年後と共染は増強し,顆粒状物質も増加した(Figure 4)。

Figure 4 

Berlin blue staining of the hemosiderosis (liver), using solutions storaged at room temperature

Storage periods: (A) Two hours, (B) 7 days, (C) 3 months, and (D) 1 year.

室温・遮光保存した染色試薬での染色強度は,2時間後では調製直後とほぼ同程度を保持していたが,1日後には減弱した。2時間後での色調は青色調であったが,1日後では青緑色調になり,染色強度も減弱した。2日後の色調は青緑色調で,染色強度は,室温保存した染色試薬よりも強かった。5日後には緑色調となり,染色強度は減弱したが,室温保存よりも強かった。7日後の色調は,緑色~黄緑色調となり,染色強度も減退したが,色調・染色強度は室温保存とほぼ同程度だった。14日後には染色されなくなり,21日後には,組織全体が青色に共染された。28日後には,共染が強くなり,青色の顆粒状物質の不規則な沈着が散見されるようになった。青色の顆粒状物質の沈着は,2ヶ月後,3ヶ月後,6ヶ月後さらに1年後と増加する傾向がみられた。

4℃で保存した染色試薬の染色強度は,2時間後では調製直後とほぼ同程度を保持していたが,1日後にはやや減弱した。1日後の減弱の程度は室温保存よりも軽度だったが,2日後ではさらに減弱した。色調はいずれも青色調だった。5日後には色調がやや青緑色調となり,7日後には緑色調が増して,染色強度も低下した。14日後には,色調は緑青色調となり,染色強度は減弱,21日後にはさらに緑色調が増して,染色強度も低下した。28日後で黄緑色調となって染色強度はさらに低下し,2ヶ月後には青色の小顆粒状物質の沈着が散見された。3ヶ月後にも小顆粒状物質の沈着がみられ,色調は黄緑色調となった。6ヶ月後及び1年後では染色されず,小顆粒状物質の沈着だけが認められた。

4℃・遮光で保存した染色試薬の染色強度は,2時間後及び1日後では調製直後とほぼ同程度を保持していたが,2日後にはやや低下した。2日後までの色調は青色調だったが,5日後ではわずかに緑色調を帯びた青色調となり,染色強度は低下した。色調は,7日後では,やや青緑色調となり,14日後ではさらに緑色調が増した。21日後,28日後では青緑色調から緑色調となり,2ヶ月後ではさらに緑色調が増した。3ヶ月後には緑色調となり,6ヶ月後では黄緑色調を呈した。染色強度は,7日後以降全て低下し,1年後には染色されなくなったが,顆粒状物質の沈着は認められなかった。

−80℃で保存した染色試薬では,2時間後から1年後の全ての検討で,調製直後と同程度の染色強度を保持し,色調も青色調であった。また,共染や顆粒状物質の沈着も認められなかった(Figure 5)。

Figure 5 

Berlin blue staining of the hemosiderosis (liver), using cryopreserved solutions

Storage periods: (A) Two hours, (B) 7 days, (C) 3 months, and (D) 1 year.

3. 凍結方法と凍結保存温度の検討

染色試薬を急速凍結した場合と直接冷凍庫に入れて緩慢冷凍して凍結した場合の比較では,染色性に差異はみられなかった。

また,−80℃の超低温フリーザーで保存した染色試薬と家庭用冷凍庫で保存した染色試薬での6ヶ月後の染色性に差異はみられなかった。

IV  考察

室温保存した染色試薬の検討から,染色強度は経時的に低下することが示された。調製直後の染色試薬中には,フェロシアン化カリウムが豊富に存在し,組織中のヘモジデリン(3価の鉄イオン)に結合してフェロシアン化鉄を生じ,青色調に染色される。しかし,経時的に染色試薬中のフェロシアン化カリウムは,酸によって一部が分解され,3価の第二鉄塩を生じる。調製から時間が経った染色試薬では,生じた第二鉄塩とフェロシアン化カリウムが結合して遊離フェロシアン化鉄となり,組織中の鉄イオンと結合できるフェロシアン化カリウムが減少していくために染色強度が低下すると考えられた。さらに,染色試薬中の3価の第二鉄塩から生成されたフェロシアン化鉄の濃度が高くなるとこの遊離フェロシアン化鉄が組織に沈着して,共染や青色顆粒状物質の沈着として観察されたと考えられる。

保存条件による検討では,室温保存に比して,4℃保存の方が染色強度の低下に時間が掛かった。これは染色試薬中に3価の第二鉄塩を生成するフェロシアン化カリウムの分解反応や第二鉄塩とフェロシアン化カリウムが結合してフェロシアン化鉄を生成する反応が低温で遅延したためと考えられる。凍結保存した場合には,染色試薬中でのこれらの反応が停止するために,染色性が保持されたと考えられる。

吸光度の検討では,凍結保存では調製時から染色試薬の吸光度の変化はなく一定値を維持していたが,その他の保存条件では上昇した。経時的に染色試薬中にフェロシアン化鉄が増加したために,染色試薬の色調が変化し,吸光度も上昇したと考えられる。染色試薬中の3価の第二鉄塩を生成するフェロシアン化カリウムの分解反応や,第二鉄塩とフェロシアン化カリウムが結合してフェロシアン化鉄を生成する反応は,低温で保存すると遅延するために吸光度の上昇も緩やかになると考えられる。凍結保存した場合には,染色試薬中の反応が停止するために,吸光度は変化しなかったと考える。

また,室温保存の吸光度は,3ヶ月後の26.910,室温・遮光保存では,28日後の18.650が吸光度の最高値であり,その後は低下した。色調は,経時的に青色調から緑色調へ変化した。ベルリン青の生成物は,Fe(2+)–CNで示されるフェロシアン化物に3価の鉄イオンFe(3+)が連続して格子構造を呈し,Fe(2+)–CN–Fe(3+)–のように「2価の鉄イオン–CN–3価の鉄イオン」の繰り返しで構成される。この構造が特定の波長を吸収するために色調は青色の色素となるが,この繰り返し構造は,分子が最大の大きさに達して電子的に飽和状態になると鉄との結合性が弱くなる。つまり,染色試薬中に生じたフェロシアン化鉄の第二鉄塩とフェロシアン化カリウムの結合性は,色素の分子が最大となった後に弱くなって分離し,色素の分子量が小さくなると考えられる。このことが,吸光度の低下とヘモジデリンの色調が変化した原因と考えられる。

遮光保存と非遮光保存の比較では,遮光保存の方が非遮光保存に比して染色性や吸光度の変化に時間が掛かっていたことから,染色試薬中で起こる一連の反応には光が関与していることが示唆された。

本検討では,Berlin blue染色試薬は,凍結保存以外では経時的に染色強度が低下し,色調が青色調から緑色調へと変化すること,凍結保存することで長期の保存が可能であることを示した。また,凍結方法や凍結保存温度の検討から,調製後,染色性が保持された染色試薬が凍結されていれば,凍結方法や冷凍庫の温度に影響されることなく染色性を保持できることが示された。

用時調製を必要とする染色についての染色試薬の凍結保存による染色は,ナフトールASDクロロエステラーゼ染色や鍍銀染色,アセチルコリンエステラーゼ染色において可能であることが報告されている4)。本検討において,Berlin blue染色についても染色試薬の凍結保存による染色が可能であることが示された。

V  結語

Berlin blue染色試薬は,室温では経時的に色調が青緑色となり,吸光度が上昇し,染色性は2時間程度保持されるが,それ以降低下した。保存温度が低温になると染色性の低下は遅延した。また,染色試薬の凍結保存により染色性が長期間保持されることが示された。

 

本論文の要旨は,平成28年度日臨技北日本支部医学検査学会第5回(2016年10月,新潟)において発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
feedback
Top