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技術論文
Hybri-probe法によるKRAS遺伝子変異検索法の確立
天尾 優希山城 安啓河野 裕夫
著者情報
キーワード: KRAS, Hybri-probe, 遺伝子検査法
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2019 年 68 巻 2 号 p. 308-316

詳細
Abstract

上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor; EGFR)は細胞外からの刺激により自己リン酸化が生じ活性化され下流へシグナルを伝達する。その変異は,がん化の促進や転移と深い関係があることが示唆されている。抗EGFR抗体薬は,切除不能の進行・再発大腸がんに適用が認められているが,EGFRのシグナル伝達系の下流に位置するKRAS遺伝子に変異を有する患者においてはその有効性が確認されていない。よってKRAS遺伝子検査は抗がん剤の効果を予測するための有力なバイオマーカーとなり得る。検討材料として患者体腔液からKRAS遺伝子codon 12の野生型GGTをPCRで増幅しplasmidにクローン化した。Hybri-probe法で検討した結果,野生型(GGT)probeを使用した場合,いくつかの変異の区別が困難であった。そこで,変異型GATと完全一致する変異型(GAT)probeを作製した。この2種類のprobeを組み合わせることにより5種類の変異と野生型の同定が可能となった。また,Hybri-probe法の検出感度は1.0 × 103 copy/μL,選択感度はGGT:GAT(80:20)であった。本法は,簡易・迅速・安価であり,臨床現場において大いに貢献できると考えられる。

Translated Abstract

The epidermal growth factor receptor (EGFR) is activated through self-phosphorylation by extracellular stimuli and transmits the signal to a downward signal pathway. Mutation of the EGFR is suggested to be closely related to the promotion of oncogenesis and metastasis. Anti-EGFR antibody therapy is effective for unresectable, advanced, or recurrent colon cancer, and is covered by medical insurance. However, the effectiveness of the anti-EGFR antibody is not confirmed in a patient who has a mutation of KRAS that resides in the downward signal pathway of the EGFR. Thus, KRAS mutation analyses may be important to predict the effectiveness of the anti-EGFR antibody treatment for a patient with EGFR mutation. Mutations at codon 12 of KRAS from the body cavity fluid of such patient was amplified by PCR and subjected to cloning using a plasmid. The complete discrimination of some mutants was difficult by our hybridization probe (Hybri-Probe) method using a wild-type probe (GGT). Therefore, we employed a mutant-specific probe (GAT) in addition to the wild-type probe, and the complete discrimination of five types of mutant and wild-type alleles was successful. The detection sensitivity (or minimal copy number for the detection) of our Hybri-Probe method was 1.0 × 103 copy/μL, and the selection sensitivity was GGT:GAT (80:20), or at least 20% of the mutant [GAT] is necessary to discriminate from wild-type alleles [GGT]. Our method is simple, rapid and cheap, and expected to contribute to clinical settings.

I  序,背景

上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor; EGFR)は大腸癌をはじめ上皮性腫瘍細胞の多で発現亢進が認められている。このEGFRの発現亢進ががん細胞の増殖,転移,浸潤などに関与している。そのため,EGFRに対する分子標的薬が抗がん剤として使用される。しかし,RASKRAS/NRAS)遺伝子に変異がある場合,EGFRに対する抗がん剤は無効となる。よってRAS遺伝子変異の検出は治療選択において有益となる1)

KRAS遺伝子は,ヒト12番染色体短腕(12p12.1)に存在し,RASファミリーに属する原がん遺伝子である。増殖因子等の上流経路から刺激を受けて他の遺伝子の働きを促し,EGFRのシグナル伝達経路において働くKRASをコードしている。

KRASは,細胞の生存,血管新生,増殖および転移に関与するタンパク質を制御している。RASKRAS/NRAS)遺伝子の点突然変異は様々ながんとの関連が示唆されている。特に大腸がん,膵臓がんと強く関連があるとされ,切除不能大腸癌患者の約50%に遺伝子変異が認められることが大腸癌研究会の提唱する「大腸癌治療ガイドライン2016年版」にて報告されている。その遺伝子変異の95%以上がcodon 12,13に集中しており,G12D(35.7%),G12V(28.1%),G13D(11.7%)の3つの変異が約8割を占めている2)。現在,切除不能な大腸がんの治療に分子標的薬が用いられ,KRAS遺伝子が野生型の患者においては高い奏効率および全生存率が示されている。しかし,KRAS遺伝子に変異が存在する患者においては効果が認められておらず,KRAS遺伝子が野生型か変異型かによって分子標的薬の効果予測が可能となる3),4)。2014年の4月にKRAS遺伝子検査は保険適応となり,特に「大腸癌治療ガイドライン2016年版」においてRAS遺伝子変異の有無を調べることについての記載がなされている。

現在,点突然変異や数塩基の欠失,挿入による遺伝子疾患の遺伝子診断はSSCP(Single Stand Conformation Polymorphism)法,ARMS(Amplification Refractory Mutation System)法,ドットブロットハイブリダイゼーション法,シーケンシング,PCR-rSSO,F-PHFA,Scorpion-ARMS法5),6)などがあげられる。PCR-rSSO法は短時間で多項目を同時に測定でき,1 wellで多くの変異型を検出することができる。また最小検出感度は250コピー/反応であり,変異型が5%含まれれば検出可能とされている。しかし,操作法が煩雑で,ある程度の技術力が必要となる。また専用の精密機器を使用するため簡易な検査とはいえない7)~9)。F-PHFA法は対象となる遺伝子領域を増幅するプライマーでPCRを行い,蛍光標識された2本鎖標準DNAとの差を検出する方法で,比較的簡便であるが特定の変異しか検出することができない7)。Scorpion-ARMS法はPCR primerと蛍光probeを組み合わせたScorpion primerとARMS法を組み合わせた方法である。1:1,000(変異:正常)の検出が可能なほど正常DNAの影響を受けず,比較的反応時間も短い方法であるが,特定の変異しか検出することができない。また検出部位が多くなるほどリアルタイムPCRを行う回数が増える7),10)。既存の方法は全体的に作業が煩雑,再現性の問題,あるいは高コストなどの欠点がある。安価,迅速で,判定に曖昧さのないKRAS遺伝子変異検索法の開発が必要である。

そこで今回我々は,PCRと融解温度(melting temperature; Tm)分析のみで解析できる,Hybri-probe法によるKRAS遺伝子変異検出法の開発を試みた。Hybri-probe法とは,2003年にC. Vrettouらによって考案されたHybridization-probe法11)の改良型法である12)。PCR産物に2種類の蛍光標識probeを加え融解曲線分析を行う方法で,probe部分の変異の有無を検出する方法である。

今回検査対象とする検体は,細胞診目的で提出された体腔液検体である。細胞診標本作りに使用され,廃棄する体腔液上清中の細胞フリーDNA(cell-free DNA; cfDNA)を用いる。体腔液中にはPCR可能な量のcfDNAが存在するとされており13),細胞診でがん細胞が認められた検体の遺伝子変異を検査することにより,付加価値のある検査データを臨床へ返すことが可能ではないかと考えた。つまり細胞診でがん細胞が認められ,DNA判定までできれば,治療により直結したデータ報告ができるようになる。また,血液中のcfDNAではなく腫瘍により近い体腔液を使用すること,細胞診を行った検体と同じ材料を使うことができるということにより,腫瘍部位の遺伝子変異をより反映できる。

II  対象および方法

KRAS遺伝子変異がcodon 12に最も多く存在することから,本研究ではcodon 12変異を対象として実験を行った。なお,本研究は,山口大学大学院医学系研究科保健学専攻医学系研究倫理審査委員会(管理番号:319),山口大学組換えDNA委員会(登録番号J14032)の承認を得て行った。

1. 対象

過去に細胞診検査が実施され,冷凍保存されていた胸水(pleural effusion; PL),腹水(ascites fluid; AS),心嚢液(pericardial effusion; PE)を使用した。

2. 方法

1) DNA抽出

DNAの抽出は,QIAamp® DNA Blood Mini Kit(QIAGEN,東京)を使用した。胸水,腹水または心嚢液上清を200 μL使用し,DNA溶出は50 μLの滅菌精製水で行った。

2) PCR

体腔液上清から抽出できるDNAは微量なためNested PCR法を用いた。codon 12を含むKRAS遺伝子を増幅するために1st PCR(280 bp)用primerは(5'-gagtttgtattaaaaggtactggtg-3')と(5'-ttatctgtatcaaagaatggtcctg-3')を,Nested PCR(204 bp)用には(5'-tggtggagtatttgatagtgtatta-3')と(5'-acctctattgttggatcatattcgt-3')を使用した。

1st PCR,Nested PCR共に10 × Ex taq Buffer 2.0 μL,dNTP Mixture(2.5 mM each)1.6 μL,各primer(0.5 μM)0.2 μL,TaKaRa Ex Taq(5 units/μL:TaKaRa,滋賀)0.1 μL,templateを1.0 μL,滅菌精製水14.9 μLを加え全量を20.0 μLとした。Thermal cycler GeneAtlas G type(ASTEC,福岡)を使用した。PCR条件は1st PCR,Nested PCR共に94℃3分間初期熱変性を行ったのち,94℃30秒,60℃30秒,72℃30秒で40サイクル行った。Nested PCRのtemplateは1st PCR産物を10倍希釈して使用した。また,検体中に細胞由来のDNAが含まれていることを確認するために内部コントロールとしてβグロビン遺伝子を用いた。1st PCR(412 bp)primerは(5'-taggcactgactctctctgcctatt-3')と(5'-catcagtgtggaagtctcaggatcg-3')を,Nested PCR(237 bp)には(5'-tctgtccactcctgatgctgttatgg-3')と(5'-atggttaagttcatgtcatag-3')を使用した。Blankには精製水使用し,増幅産物の確認は2%アガロースゲル電気泳動で行った。

3) Hybri-probe法

測定にはLightCycler®(LightCycler® 480II,Roche,東京)を用いて行った。

KRAS遺伝子codon 12の変異検出用Sensor probeとAnchor probeを作成した(株式会社日本遺伝子研究所,宮城)。Sensor probe は野生型と一致する野生型probe(5'-tagttggacctggtggcgta-3')と,GAT変異と一致する変異型(GAT)probe(5'-tagttggacctgatggcgta-3')を設計した。Anchor probeは共通のもの(5'-gcaagagtgccttgacgatacagctaattc-3')を使用した。

LightCyclerTM用プレート各ウェルにNested PCR産物12 μL,Hi-Di Formamideを1 μL,Probe Mix(5.0 mM each)を1 μL,滅菌精製水7.0 μLを加え全量を21.0 μLとした。Light CyclerTMにおいて99℃60秒間熱変性,急冷しprobeと20℃で4分間ハイブリダイズした。毎秒0.1℃で徐々に温度を60℃まで上げ,融解曲線分析し,Tm値を解析した。Probeの配列とミスマッチが有るとprobeの乖離する温度は低くなり,Tm値が低下し,変異に特徴的な差が生じる。

4) KRAS遺伝子codon 12野生型及び変異型プラスミド作成

基礎的検討には患者体腔液上清より抽出したDNAのみでは,DNA量が少ない,多種の変異が得られないなどの種々の問題があるため,野生型および変異型の配列を組み込んだplasmidを作製した。まず健常者のDNAを用い正常codon 12を含む野生型のplasmidを作製した。CloningにはpGEM®-T Easy Vector Systems(Promega,東京)を使用した。これを元に変異型配列のplasmidをInverse PCRにより作製した。組み替えにはKOD-Plus-Mutagenesis Kit(TOYOBO,東京)を使用した。共通のForward primer(5'-cgtaggcaagagtgccttgacgata-3')を使用し,変異を導‍入するために5種類のReverse primer(5'-ccXXXagctccaactaccacaagtttatat-3')を作成した。Primerのcodon 12部分(XXX)にそれぞれの変異を組み込んだ。これにより野生型(GGT)と変異型(GAT, GTT, TGT, GCT, AGT)を組み込んだplasmidを作製した。

5) 検出感度の検討

野生型(GGT)と変異型(GAT, GTT, TGT, GCT, AGT)を組み込んだplasmidを使用し,PCRとHybri-probe法で検出できるcopy数(検出感度)の検討を行った。NanoDrop 2000(LABOTECH,東京)を用い,測定したDNA濃度をもとにcopy数を計算した。野生型のplasmidを1.0 × 100 copyから1.0 × 109 copy/μLまで10種類の濃度に調整し,Nested PCR primerだけを使用してPCRを行った。

6) 選択感度の検討

臨床から得られる検体には正常細胞が含まれており,純粋ながん細胞だけを採取してくる可能性は少ないため,正常な細胞の影響(選択感度)の検討を行った。GGT(野生型)とGAT(変異型)plasmid(1.0 × 106 copy/μL)を様々な比率で混合し,PCR,Hybri-probe解析を行った。

7) 患者サンプルの解析

良性病変18例,肺がん4例,大腸がん2例,膵臓がん1例,胃がん1例,腫瘍部位不明な腺がん18例,カルチノイドの転移1例,不明がん1例,計46症例の患者体腔液上清から抽出したDNAを用いHybri-probe法とSequencing法で解析を行った。

III  結果

1. Nested PCR

患者DNAを用いたKRAS遺伝子のnested-PCR,内部コントロールとして用いた遺伝子のnested PCRの電気泳動像をFigure 1①~⑥に示した。どちらも,nested PCRを行うことにより解析に十分なPCR産物を得ることができた。

Figure 1 Nested PCR産物の電気泳動像

M:100 bp DNA Ladder,①②:KRAS遺伝子患者No. 17,19,③:KRAS遺伝子Blank,④⑤:βグロビン遺伝子患者No. 17,19,⑥:βグロビン遺伝子Blank,A:KRASコントロール(Plasmid)GGT(野生型),B:GAT,C:GTT,D:TGT,E:GCT,F:AGT,G:Blank

1st PCRではバンドが薄いものが多かったが,nested PCRを行うことによって十分量のPCR産物を得ることができた。

コントロールに用いたplasmidは1.0 × 106 copy/μLを使用し,患者サンプルと同量のPCR産物を得ることができた。

2. 検出感度

nested PCR用の検体1 μL中に1.0 × 104 copy以上存在すれば,電気泳動でPCR産物を確認することができた。また,Hybri-probeでは1.0 × 103 copy以上であればMelting curve解析が可能であった(Figure 2)。

Figure 2 検出感度の検討結果

①(blue line)1.0 × 109 copy/μL,②(pink line)1.0 × 108 copy/μL,③(green line)1.0 × 107 copy/μL,④(red line)1.0 × 106 copy/μL,⑤(gray line)1.0 × 105 copy/μL,⑥(yellow line)1.0 × 104 copy/μL,⑦(brown line)1.0 × 103 copy/μL

実験は3回行った。検体1 μL中のcopy数が1.0 × 103以上であれば融解曲線分析により安定してTmを確認することができた。

3. Hybri-probe法による再現性と変異型同定

検出感度より,使用するplasmid濃度は1.0 × 106 copy/μLとした。1.0 × 106 copy/μLを用いてPCRを行った電気泳動結果をFigure 1A~Gに示した。野生型も含めどの変異もはっきりとしたバンドが得られた。

2種類のprobeでGGTと5種類の変異についてそれぞれ10重測定を行った結果をTable 1に示した。野生型,変異型probeを用いたTm値の平均値は,どれもCVが1%未満で高い精度を示した。Table 1Figure 3に示すように,一種類のprobeのみではTm値が近いものが存在し,変異型の同定が困難なものがあった。しかし2種類のprobeを組み合わせ,2次元プロット化することにより5種類の変異型の同定が可能となった。

Table 1  Hybri-probe法によるTm値(℃)の再現性
plamid GGT(野生型) GAT GTT TGT GCT AGT
probe GGT GAT GGT GAT GGT GAT GGT GAT GGT GAT GGT GAT
No. 1 43.25 31.96 36.55 41.36 36.96 33.40 35.04 28.51 37.39 37.67 35.88 27.48
2 43.31 32.21 36.34 40.98 37.00 33.27 34.93 28.24 37.28 37.74 35.82 27.38
3 43.18 32.07 36.57 41.20 37.17 33.40 34.55 28.53 37.47 37.67 35.70 27.41
4 43.51 32.21 36.31 40.82 36.96 33.25 34.92 28.42 37.48 37.29 35.65 27.52
5 43.47 32.20 36.39 40.85 37.06 33.35 34.93 28.46 37.36 37.70 35.95 27.37
6 43.24 32.12 36.32 40.83 36.99 33.08 35.04 28.39 37.38 37.63 36.07 27.63
7 43.33 32.32 36.31 40.91 37.06 33.28 35.01 27.88 37.41 37.52 35.85 26.93
8 43.35 32.09 36.37 40.93 36.79 33.14 35.11 28.48 36.96 37.62 35.81 27.23
9 43.48 32.30 36.38 40.80 37.04 33.25 34.98 28.51 38.28 37.58 35.92 27.49
10 43.34 32.24 36.43 40.94 37.00 33.03 34.94 28.24 37.31 37.29 35.86 26.77
AVE 43.35 32.16 36.39 40.96 37.00 33.27 34.95 28.38 37.45 37.60 35.85 27.38
CV(%) 0.24 0.33 0.25 0.42 0.25 0.36 0.41 0.67 0.84 0.40 0.32 0.94
Figure 3 Tm値の2次元プロット図

縦軸:変異型(GAT)probeによるTm値,横軸:野生型probeによるTm値。

いずれか一方だけのprobeによる変異の同定は困難であった。しかし,2つのprobeの結果を組み合わせ,2次元プロット化することにより,野生型及び変異型5種類の同定が可能となった。

4. 選択感度

野生型probe,変異型(GAT)probeを利用した場合,どちらもGGT:GATが80:20までGAT変異を検出することが可能であった。変異型の割合が20%以下でも検出可能であるが,安定した結果が得られる比率は80:20であった(Figure 4)。

Figure 4 野生型probe及び変異型(GAT)probeを用いて行った選択感度の検討結果

野生型GGTの混入に対する変異型GATの検出限界(選択感度)を様々な比率で混合したplasmidを用いて検討した。GGT:GATの割合は以下の通りである。;(blue line)100:0 (red line)80:20 (green line)60:40 (pink line)50:50 (gray line)40:60 (yellow line)20:80 (brown line)0:100

A.野生型probeを使用した。よって,野生型の融解曲線のピークは約43℃,変異型は36℃付近であった。変異型は20%(80:20)以上の比率であるときに検出することができた。したがって,変異型の4倍までであれば,野生型が混入していても検出可能であることがわかった。

B.変異型probeを使用した。野生型の融解曲線のピークは約32℃であり,変異型は約40℃付近であった。変異型GATは,野生型プローブ(A)の結果と同じ20%(80:20)で安定して検出された。

5. 患者サンプルの解析

今回用いた良性病変,肺がん,大腸がん,胃がん,カルチノイドの転移及び不明がんは全例野生型であった。また,腫瘍部位不明な腺がんの大部分は野生型であった(46症例中41症例)。膵臓がん,腫瘍部位不明な腺がん症例にGTT変異3例,GATおよびAGT変異がそれぞれ1例ずつ認められた。これらはすべてHybri-probe法とSequencing法で同じ結果が得られた。46症例の結果のまとめをTable 2に示した。

Table 2  患者データ及び結果
No. material Cytology Class classification Clinical diagnosis codon 12 Hybri-probe method result codon 12 seqence result
Tm (GGT probe)
[°C]
Tm (GAT probe)
[°C]
Plot result
1 PL V Colon cancer, cancerous lymphangiopathy 42.69 32.83 GGT GGT
2 AS V Stomach cancer, poorly differentiated type 42.55 32.82 GGT GGT
3 AS V Suspected lung adenocarcinoma 42.55 32.62 GGT GGT
4 AS V Colon carcinoma, Mucinous carcinoma 42.57 31.99 GGT GGT
5 AS IV Adenocarcinoma 42.58 31.85 GGT GGT
6 PL IR Swallowing pneumonia 42.71 32.84 GGT GGT
7 PL II Mediastinal tumor, Suspected lymphoma 42.86 32.82 GGT GGT
8 AS V Pancreatic adenocarcinoma 36.84/42.29 33.14 GGT/GTT GGT/GTT
9 PL II No malignancy 42.48 31.68 GGT GGT
10 PL V Multiple lung tumor 42.41 31.51 GGT GGT
11 PL II No malignancy 42.30 31.68 GGT GGT
12 PL V Adenocarcinoma 42.53 32.59 GGT GGT
13 AS V Adenocarcinoma 40.60 32.61 GGT GGT
14 PL V Adenocarcinoma 42.67 31.89 GGT GGT
15 PL V Lung adenocarcinoma 42.81 32.71 GGT GGT
16 PL II No malignancy 42.74 32.92 GGT GGT
17 PE V Adenocarcinoma 42.93 32.88 GGT GGT
18 AS II No malignancy 42.80 32.87 GGT GGT
19 PL V Adenocarcinoma 42.84 32.95 GGT GGT
20 PL II No malignancy 42.70 32.81 GGT GGT
21 PL V Adenocarcinoma 42.82 32.80 GGT GGT
22 PL V Adenocarcinoma 42.91 32.94 GGT GGT
23 PL V Adenocarcinoma 42.89 32.88 GGT GGT
24 PL I No malignancy 43.76 32.86 GGT GGT
25 PL I No malignancy 43.14 32.86 GGT GGT
26 PL V Adenocarcinoma 43.07 32.97 GGT GGT
27 AS II No malignancy 42.89 32.84 GGT GGT
28 PE I No malignancy 43.37 32.99 GGT GGT
29 AS V Adenocarcinoma 43.03 33.19 GGT GGT
30 AS V Adenocarcinoma 35.79/43.04 41.15 GGT/GAT GGT/GAT
31 PL I No malignancy 42.78 32.71 GGT GGT
32 AS V Adenocarcinoma 42.95 32.19 GGT GGT
33 AS II No malignancy 42.88 32.24 GGT GGT
34 PL II No malignancy 43.50 31.94 GGT GGT
35 AS V Adenocarcinoma 35.50/42.45 27.00/32.06 GGT/AGT GGT/AGT
36 PL II No malignancy 42.65 32.36 GGT GGT
37 AS I No malignancy 42.75 32.54 GGT GGT
38 PL II No malignancy 42.74 31.97 GGT GGT
39 PL II No malignancy 42.59 32.83 GGT GGT
40 AS V Adenocarcinoma 42.64 32.30 GGT GGT
41 AS V Adenocarcinoma 42.69 32.38 GGT GGT
42 AS V Adenocarcinoma 36.78/42.31 32.45 GGT/GTT GGT/GTT
43 PL V Metastatic adenocarcinoma 37.27/42.67 32.79 GGT/GTT GGT/GTT
44 PL V Adenocarcinoma 42.55 31.74 GGT GGT
45 PL V Adenocarcinoma 42.55 32.46 GGT GGT
46 AS V Metastatic adenocarcinoma 42.31 32.50 GGT GGT

IV  考察

KRAS遺伝子変異の有無の決定は,分子標的薬の効果予測が可能となり治療方針を決める上で重要である。より簡便で迅速に検索できる方法が確立できれば,病院内で検査が実施可能となり,臨床の現場に貢献できるようになる。今回我々の採用したHybri-probe法はその問題を解決できると考える。また,Hybri-probe法による研究報告は未だ少なく,この方法を用いたKRAS遺伝子変異検索法の報告はなされていない。

我々が対象とする検体は,細胞診終了後の体腔液上清から抽出したDNAである。抽出DNAは微量であるため,nested PCRを行うことで検出感度の向上を図った。今回の検出感度の検討は通常のPCR 1回のみで,試料中に1.0 × 103コピー以上の濃度があればHybri-probe法で解析可能と確認できた。nested PCRに用いるサンプル中に1.0 × 103コピーあれば検出可能であったことからDNA 1 μL中に1コピーあれば検出可能であると考えられる。

野生型probeと塩基配列が完全に一致するGGT(野生型)が最も高いTm値を示し,変異型のTGTとAGT,GTTとGCTはTm値の差が1℃以内であった。この結果から野生型ではないとの判断はできるものの,変異の同定を行うのは困難であった。そこで,変異型probe(GAT)を使用することによりGGT・GTT・GCT変異は容易に区別可能となった。しかし,TGTとAGTのTm値の差は1℃で1種のprobeによる変異同定は困難であることがわかった。そこで,野生型probeと変異型probe(GAT)のTm値を組み合わせた二次元プロットの利用を考え,これにより変異の同定が可能となった(Figure 3)。

臨床の現場では野生型であるか,それ以外かが重要となってくる。したがって,まず,第一段階として野生型probeを用い変異の有無を迅速に調べる。変異が認められた場合は,変異型probeを使用しTm値を求め,プロット図から変異の同定を行う。Tm値がプロット図と一致しない変異はsequencingで直接塩基配列を決定する。この方法により確率の低い変異やサイレント変異を検出することが可能である。その結果をもとに分子標的薬の使用の有無を決める。このように段階を踏んで検査し,治療方針を決定することでコストと時間の削減が実現できる。変異型probeによる追加解析を行っても,現在実用されているScorpion-ARMS法,sequence法と比べて格段に安価である。しかも,本法は,1プレート分(96 wellまたは384 well)の検体を,DNA抽出を除くと3時間程度で解析することが可能である。

また,Hybri-probe法はprobeとの結合性を利用する方法であるため,probeと結合する部位に変異があればTm値が低下するためcodon 12以外の変異も検出可能である。つまり,probeがcodon 13領域もカバーしているためcodon 13に変異が存在する場合もTm値に変化が生じるため,変異を検出することが可能である。

臨床材料は,正常組織や細胞からのDNAの混雑が予測されため,野生型DNAの混入による変異型の検出に対する影響を検討した(選択感度)。結果,選択感度はGGT:GAT(80:20)であることがわかった(Figure 4)。言い換えると,目的の変異型の4倍までなら野生型が混入していても検出可能である。しかし,今回は検出感度限界に近い,少ないDNA量で検討を行ったため選択感度が4倍程度までしか上がらなかったことが考えられる。がん性胸膜炎やがん性腹膜炎で,がん細胞が多い場合は,この選択感度で十分かもしれないが,検査法としては選択感度を上げる必要がある。制限酵素を用いて野生型を取り除き,変異型を効率よく増殖させるPCR-RFLP法と組み合わせることでも選択感度を上げることができると考える14)。その方法は,我々もワルデンストレームマクログロブリン血症(Waldenström macroglobulinemia; WM)での骨髄中のWM細胞を1%以下の感度で検出することに成功している15)。また,本法は,循環血液中のcfDNA検査同様に,がん細胞が正常細胞より崩壊しやすいとすれば,体液中のがん細胞由来のDNAは正常由来DNAより量が多い可能性がある。その場合,上記選択感度に関しては有利となるかもしれない。

今回測定した46検体のうち,ほとんどの検体が野生型で,5検体に変異が確認された。そのどちらの結果もHybri-probe法とseqencing法で一致しており,本法は十分臨床に利用できる方法であるといえる。また,adenocarcinomaとして診断された27例の殆どがclass Vであり,そのうちの4例に変異が認められた。逆に,非がん症例の17例は1例も変異が認められていない。このことから偽陽性はないと考えられる。よって,細胞診でclass V,IVとなった症例で,その上清で本法によるKRAS変異検査をすぐに施行し,変異が認められればEGFRに対する分子標的薬使用の対象とならないことが,生検を行う前に決定できる。変異が認められなかった場合は改めて組織での検査を行う必要がある。しかし,選択感度を考えると偽陰性の可能性が少なくない。体腔液上清から得られる量には限界があり,また腫瘍細胞を選択して得ることは困難である。そのため,今後PCR-RFLP法などを用いて選択感度を向上させることが課題である。

KRAS遺伝子変異が疑われる検体を,簡易で迅速,安価である本法を用いて一次スクリーニングをまず行う。陰性であったときはcodon 12以外の変異である可能性があるため網羅的に変異の検索ができる次世代シークエンス法などを使用して更に検査を行う必要がある。しかし変異が発見できれば迅速に治療選択の情報を提供することができる。

V  結語

各種変異を導入したplasmidを用い,Hybri-probe法によるKRAS遺伝子変異検出法の検討を行った。GGT(野生型)と完全結合する野生型(GGT)probeとGATと完全結合する変異型(GAT)probeの2種類のprobeを使用した。野生型probeでは野生型か,それ以外を正確に区別することが可能であった。野生型probeでまず迅速にスクリーニングできることは臨床に貢献できると考える。野生型でないと判断されたものを変異型probeで解析し,野生型probeによる結果と組み合わせると野生型を含め6種類の同定が可能である。また,Hybri-probe法はprobeとの結合性を利用して変異を検索する方法であるため,probeと結合している範囲であれば変異の種類を問わず検出することが可能である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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