医学検査
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症例報告
血液培養より分離されたAbiotrophia defectivaの1症例
亀井 望世田寺 加代子宮野 秀昭尾上 隆司
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2019 年 68 巻 2 号 p. 364-369

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Abstract

血液培養よりAbiotrophia defectivaを分離し,感染性心内膜炎と診断された1症例を経験したので報告する。症例は20歳代女性。繰り返す発熱と咳嗽,炎症反応上昇にて当院紹介となった。軽度肺炎が疑われ,Ceftriaxone(CTRX)点滴後帰宅したが,血液培養陽性となったため再受診を要請,緊急入院となった。心エコーにて重度僧帽弁閉鎖不全症を伴う感染性心内膜炎と診断され,抗生剤をDaptomycin(DAP)およびMeropenem(MEPM)に切り替え,同日緊急手術にて僧帽弁置換術を行った。血液培養よりグラム陽性レンサ状球桿菌を認め,当初Streptococciを疑ったが,サブカルチャーにて5%ヒツジ血液寒天培地に発育しなかったこと,感染性心内膜炎の診断から,起炎菌として栄養要求性レンサ球菌(nutritionally variant streptococci; NVS)を推定し,ブルセラHK寒天培地を追加した。嫌気培養でα溶血を示すコロニーが認められ,Vitek2によりA. defectivaと同定された。また疣贅および口腔内培養からも同菌が検出され,同菌による心内膜炎と診断された。A. defectivaなどのNVSは臨床的に重要であるが,通常培地には発育しないため,その正確な検出・同定には本菌の特徴を常に念頭におくこと,また自施設での使用培地の特性を十分に理解しておくことが重要である。

Translated Abstract

We herein report a case of infectious endocarditis in which Abiotrophia defectiva infection was detected by a blood culture test. The patient was a woman in her twenties, who visited a local physician due to recurring fever and cough. Pneumonia was suspected owing to an increased inflammatory response in a blood test and the presence of infiltrates detected by chest x-ray infiltrates. She was referred to our hospital and she returned home after receiving antibiotics; however, she had an emergency hospitalization due to a positive blood culture test. Echocardiography revealed severe mitral regurgitation with verrucous vegetation, and she was diagnosed as having infectious endocarditis. She received an emergent mitral valve replacement, and treatment with daptomycin and meropenem was started. Gram-positive coccobacilli were detected in her blood culture and streptococci were initially suspected as the infecting organisms. Nonetheless, nutritionally variant streptococci (NVS) were also suspected because no bacterial growth was observed in a subculture on sheep blood agar; therefore, infectious endocarditis was diagnosed. Bacterial colonies indicating α hemolysis were detected in an anaerobic subculture on Brucella HK agar. A. defectiva was identified using an automated microbial identification and antibiotic susceptibility testing system (Vitek2). Taken together, endocarditis caused by A. defectiva was finally diagnosed because it was detected in cultures of vegetation and oral bacteria. NVS are clinically important. Nonetheless, NVS do not grow in usual culture medium. Therefore, it is important to remain aware of the features of NVS as well as the culture medium being used at a particular lab.

I  はじめに

Abiotrophia defectivaは,ヒトの口腔内や腸管内の常在菌であり,感染性心内膜炎や敗血症などの起炎菌として知られている1)。発育にL-cysteineやpyridoxal hydrochloride(ビタミンB6)を要求し,TSA(Trypticase Soy Agar)を基礎培地とする一般的な5%ヒツジ血液寒天培地には発育困難であることから,栄養要求性レンサ球菌(nutritionally variant streptococci; NVS)と呼ばれている2)。感染性心内膜炎患者の血液培養から分離されたvridans streptococciの5~10%はNVSが占めるとされており3),臨床上注意を要するが,その培養には適切な培地を使用する必要がある。今回我々は,血液培養よりA. defectivaが検出された感染性心内膜炎の1症例を経験したので報告する。

II  症例

患者:20歳代,女性。

主訴:発熱,咳嗽。

既往歴・生活歴・家族歴:特記すべき事項なし。

現病歴:20XX年1月初旬に38℃台の発熱,咳嗽を認めた。発熱は自然軽快したが,以降咳嗽が続いた。1月下旬にも37℃台の発熱が認められ近医を受診,炎症反応上昇および胸部X線で浸潤像を認めたため当院紹介受診となった。血液培養を2セット採取し,CTRX点滴後帰宅した。翌日,血液培養が24時間目に2セット共に陽性となったため,再受診を要請した。心エコー検査にて僧帽弁に疣贅および重度僧帽弁閉鎖不全症を認め,感染性心内膜炎と診断され同日緊急入院となった。来院時検査所見:血液検査にて,WBC 8,800/μL,CRP 6.85 mg/dLとともに高値であり,炎症所見を認めた(Table 1)。

Table 1  来院時検査所見(血液学的検査,生化学的検査)
血液学的検査 生化学的検査
WBC 8,800/μL Na 136 mEq/μL BUN 9 mg/dL
Seg 84.0% Cl 99 mEq/μL CRE 0.5 mg/dL
Eosi 1.0% K 3.8 mEq/μL UA 2.6 mg/dL
Ly 12.0% Ca 8.9 mEq/μL T-Bil 0.7 mg/dL
Mono 2.0% GOT 16 IU/L Glu 248 mg/dL
RBC 433 × 104/μL GPT 14 IU/L TP 6.6 g/dL
HGB 11.9 g/L LDH 339 IU/L Alb 3.7 g/dL
HCT 37.2% ALP 331 IU/L Glb 2.9 g/dL
MCV 85.9 fL AMY 56 IU/L CRP 6.85 mg/dL
MCH 27.5 pg CK 26 IU/L
MCHC 32 g/L

III  細菌学的検査

1. 血液培養検査

血液培養検査は全自動血液培養装置BacT/ALERT 3D(ビオメリュージャパン)でFA Plusボトル(好気ボトル),FN Plusボトル(嫌気ボトル)を用いて培養を行った。培養24時間後に2セット共に陽性となったためグラム染色(フェイバーG染色キット:日水製薬)を行ったところ,グラム陽性レンサ状球桿菌を認めた(Figure 1)。起炎菌として,Streptococciを疑い,サブカルチャーは5%ヒツジ血液寒天培地(極東製薬)およびチョコレートHP寒天培地(極東製薬)を37℃,炭酸ガス培養,ウサギABCM血液寒天培地(栄研化学)を37℃,嫌気培養した。サブカルチャー24時間後,いずれの培地にも菌の発育が認められなかったこと,心エコーにて僧房弁に疣贅を認めたことからNVSを起炎菌として疑い,ブルセラHK寒天培地(極東製薬)を追加して37℃,嫌気培養を行った。延長培養24時間後,α溶血を伴う微小なコロニー発育を認めた(Figure 2)。同コロニーのグラム染色を行い,グラム陽性のレンサ状球菌のほか,球桿菌状のものも認められた。

Figure 1 血液培養のグラム染色像(×1,000)

グラム染色にてグラム陽性のレンサ状球桿菌が認められた。

Figure 2 ブルセラHK寒天培地上のコロニーおよびグラム染色像

左図はα溶血を示す微小なコロニー.右図はグラム染色像。

2. 同定検査

ブルセラHK寒天培地上に発育したコロニーよりMcFarland No. 0.5に調整した菌液を5%ヒツジ血液寒天培地に塗布し,Staphylococcus epidermidisを培地中央に画線塗布したものを24時間37℃,5%炭酸ガス培養した。S. epidelmidisの近傍に菌の発育を認める,衛星現象を確認した(Figure 3)。その後VITEK2 GPカード(ビオメリュージャパン)にてA. defectivaと同定された。さらに,術中に採取された疣贅および口腔内の培養からも同菌が検出された(Figure 4)。

Figure 3 S. epidelmidisの近傍に発育が認められる衛星現象

ヒツジ血液寒天培地上に画線塗布したS. epidelmidisの近傍にA. defectivaの発育が認められた。

Figure 4 術中に採取された三尖弁に付着した疣贅

弁尖部に菌の集簇が認められる。

3. 薬剤感受性試験

A. defectivaの薬剤感受性試験はCLSI document M45-A24)。に準拠し行った。IA40 MIC-i(栄研化学),ドライプレート(栄研化学)を用い,ミューラーヒントン液体培地に0.001%のprydoxal hydrochlorideを添加し,37℃,24時間好気的条件下で最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration; MIC)を測定した。いずれの抗菌薬にも低いMIC値を示した(Table 2)。

Table 2  薬剤感受性試験結果
抗菌薬名 MIC値(μg/mL) SIR 抗菌薬名 MIC値(μg/mL) SIR
Ampicillin(ABPC) ≤ 0.12 S Imipenem(IPM) ≤ 0.12 S
Benzylpenicillin(PCG) ≤ 0.06 S Meropenem(MEPM) 0.5 S
Cefotaxime(CTX) ≤ 0.5 S Clindamycin(CLDM) 0.25 S
Ceftriaxone(CTRX) 0.5 S Vancomycin(VCM) ≤ 0.5 S
Cefepime(CFPM) 1 S Ciprofloxacin(CPFX) 0.5 S
Levofloxacin(LVFX) 1 S

S: susceptible, I: intermediate, R: resistant

IV  臨床

第3病日,緊急入院直後からDaptomycin(DAP)350 mg/dayおよびMeropenem(MEPM)3.0 g/dayの投与が開始された。同日,緊急手術にて僧帽弁置換,三尖弁輪縫縮を行った。摘出した三尖弁には疣贅を認めた(Figure 4)。第4病日に起炎菌としてNVSが疑われることを臨床医に報告し,その後,第6病日に菌名確定,第13病日に薬剤感受性結果を報告した。薬剤感受性に従って,第14病日より抗菌薬をPenicillin G(PCG)2,400万単位/dayおよびGentamicin(GM)120 mg/dayに変更した。以後,炎症反応は陰性化し経過良好であったため,第23病日目に軽快退院となった(Figure 5)。

Figure 5 臨床経過と抗菌薬治療の経過

第1病日から第23病日までの臨床経過。

V  考察

A. defectivaはNVSのひとつであり,口腔内や腸管内の常在菌である。また,敗血症,結膜炎,中耳炎,膵膿瘍などの感染症からも分離されることがあり,その中でも特に感染性心内膜炎の起因菌として重要とされている1)。欧米では,感染性心内膜炎患者の血液より分離されたviridans group streptococciの5~10%がNVSとの報告もある3)。しかし,日本における症例数はまだ少なく,当センターにおいてもNVSの検出は初めてであった。NVS検出症例は基礎疾患を有している可能性があり,特に心疾患のある患者や抜歯後の一過性の菌血症を起こす可能性のある歯科治療歴のある患者が多い1),5)。本症例は基礎疾患を有しない20歳代女性から分離された例であり本邦においても稀である。

本症例において,血液培養陽性時のグラム染色像より当初はStreptococciを疑った。我々は,心エコーにて疣贅が認められ感染性心内膜炎と診断されたこと,サブカルチャーに用いたいずれの培地にも菌の発育は認められなかったことから,起炎菌としてNVSを疑い臨床医へ中間報告した。本症例では菌の特徴および患者情報より,早い段階でNVSを疑い検査を進めていったことが菌の同定に大きく寄与したと考えられる。しかし一方で,当センターでは,NVSが発育できると言われているヒツジ血液寒天培地M58やブルセラHK寒天培地を日常業務に使用していなかったため,急遽,調達したブルセラHK寒天培地を追加し嫌気培養を行いNVSの同定に至った。このことは経過途中にNVSを疑ったにもかかわらず,培養および同定に時間を要した原因となった。また,患者は半年前に歯科治療歴があり,同患者の口腔内培養よりA. defectivaが検出されたことから歯科治療中に伴う感染で口腔内が侵入経路であると推測された。

当センターにおいて,これまで感染性心内膜炎患者より分離された起因菌は口腔内常在菌であるα-Streptococcus属が最も多いが,NVSが検出されたのは本症例が初めてであった。自施設の培地の特性やNVSの特徴を知らなければ菌の分離培養と同定には更なる日数を要し,大幅な結果の遅れを招いた可能性もある。今回分離された株は初代培養でヒツジ血液寒天培地およびチョコレート寒天培地に発育しなかったが,通常NVSはチョコレート寒天培地に発育し血液寒天培地に発育することが知られている。この経験から,NVSの特徴を常に念頭において検査を進めていくことの必要性を痛感し,日常的に使用する培地についてNVSが発育可能な培地へ変更した。

近年ではNVSのPenicillin Gに高度耐性かつ多剤耐性を示す菌株も報告されており6),Penicillin耐性のNVSによる感染性心内膜炎は,他のviridans group streptococciによる感染性心内膜炎に比べ難治性で再発例や死亡例も多く,合併症の頻度も多いことが報告されている1),5)。従ってNVSを正確に検出し,薬剤感受性試験を迅速に行うことは,より早い段階での臨床医への情報提供および治療早期の適切な抗菌薬の選択,ひいては感染の重篤化を防ぐ点で,今後ますます重要になると考えられる。またNVSを迅速かつ正確に同定するためには,本菌の特徴を常に念頭におくことが重要であり,その培養には適切な培地を使用する必要があるため,自施設で使用している培地の特性を十分に理解しておくべきと考える。

VI  結語

感染性心内膜炎において,血液培養よりグラム陽性のレンサ状球桿菌が確認されたにもかかわらず,TSAを基礎とする通常の血液寒天培地に菌の発育が認められない場合には,早期にNVSを疑い,適切な培地を用いて検査を進めていく必要がある。

また,NVSの特徴を理解し,自施設で使用する培地の特性を十分に把握することで,臨床医へより迅速で正確な報告が可能となり,早期の適切な抗菌薬治療および感染の重篤化防止に貢献できると考えられる。

 

症例報告は「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」において1例の症例報告については倫理審査を必要としないため,倫理審査委員会の承認を得ていない。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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