医学検査
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症例報告
本邦ではまれなESBL産生Salmonella属菌が分離された一例
遠藤 彰一郎安藤 隆阿部 正樹中田 浩二河野 緑政木 隆博松浦 知和
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2019 年 68 巻 3 号 p. 584-588

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Abstract

海外渡航歴の無い患者より基質拡張型β-ラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase; ESBL)産生Salmonella属菌が検出されたので報告する。症例は53歳,男性。20回以上の水様下痢が認められたため,東京慈恵会医科大学附属第三病院の救急科へ受診となった。糞便検体よりESBL産生Salmonella属菌(血清型O8群)が検出された。PCRおよびDNAシークエンスの結果,ESBLの遺伝子型は国内において近年増加している遺伝子型のCTX-M-15型であることが判明した。このため,海外渡航歴が無くてもSalmonella属菌が疑われる症例での抗菌薬選択には,ESBL産生菌の存在も念頭におく必要がある。

Translated Abstract

We report the isolation of an extended-spectrum β-lactamase (ESBL)-producing Salmonella sp. from a patient who had not traveled abroad. A 53-year-old man visited the Department of Emergency of Tokyo Jikei University School of Medicine, Daisan Hospital because of watery diarrhea 20 or more times a day. An ESBL-producing Salmonella sp. (Serotype O8) was isolated from his fecal specimens. As a result of PCR analysis and DNA sequencing, the genotype of ESBL was identified to be of the CTX-M-15 type, the rate of incidence of which has been increasing recently in Japan. The detection of this ESBL-producing Salmonella sp. from this patient without a history of overseas travel suggests that the species is already prevalent in Japan. For this reason, it is necessary to consider the presence of ESBL-producing bacteria in the selection of antimicrobial agents in cases suspected of Salmonella sp. involvement.

I  序文

Salmonella属菌は人獣共通病原細菌であり,ウシ・ブタ・ニワトリなどの腸管内にも分布する1)。これらに汚染された食品や水を介して経口的にヒトに感染し,急性胃腸炎を主体とする食中毒や血流感染症を起こすことが知られている。基質拡張型β-ラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase; ESBL)は,第1~4世代の各セファロスポリン系抗菌薬やモノバクタム系抗菌薬も加水分解するように変化したβ-ラクタマーゼである。ESBL産生菌はEscherichia coliKlebsiella属菌,Proteus属菌などの菌種の分離頻度が高く,わが国では2000年を過ぎたころから徐々に分離例がみられ,近年では急激な勢いで増加している。Salmonella属菌のESBL産生菌は世界的には散見されるものの,文献検索上,本邦での臨床分離報告は5例程度しかない2)~6)。今回,当院でESBL産生Salmonella属菌による急性胃腸炎の症例を経験したので報告する。

本研究は東京慈恵会医科大学倫理委員会(受付番号29-298(8914))の承認を得て行った。

II  症例

患者:53歳,男性。

主訴:悪寒,発熱,腹痛,20回以上/日の水様下痢。

既往歴:胆嚢結石,肝血管腫。

病歴:2週間前から感冒症状を呈し,当日の朝に39℃台の発熱を認めたため近医を受診後,精査目的で当院救急科に紹介受診となった。海外渡航歴は無く,2日前に鶏肉料理を喫食している。受診時の身体所見は,血圧120/90 mmHg,脈拍122回/分,体温39.0℃,酸素飽和度95%(室内気)であった。血液検査では好中球優位の白血球増加とCRPの上昇を認めた(Table 1)。fosfomycin,整腸剤が処方され,当日帰宅となった。

Table 1  本症例の血液検査結果
AST 25 IU/L AMY 70 IU/L CRP 7.5 mg/dL
ALT 27 IU/L CK 45 IU/L WBC 13 × 103/μL
LDH 159 IU/L UN 18 mg/dL  Neutro 92.0%
ChE 248 IU/L Cr 0.90 mg/dL  Lympo 4.8%
T-Bil 0.8 mg/dL UA 5.9 mg/dL  Mono 3.0%
D-Bil 0.3 mg/dL Na 138 mmol/L  Eosino 0.0%
ALP 156 IU/L K 3.9 mmol/L  Baso 0.2%
γ-GTP 57 IU/L Cl 103 mmol/L RBC 4.77 × 106/μL
TP 7.4 g/dL Ca 9.3 mg/dL Hb 14.9 g/dL
Alb 4.1 g/dL Mg 1.8 mg/dL PLT 253 × 103/μL

III  微生物学的検査

1. 同定・薬剤感受性検査

提出された糞便検体をヒツジ血液寒天培地 + BTB乳糖寒天培地(極東製薬工業),TCBS寒天培地(極東製薬工業),Sタイプ寒天培地 + XM-EHEC寒天培地(日水製薬),変法スキロー寒天培地EX(日水製薬)に塗布した。ヒツジ血液寒天培地 + BTB乳糖寒天培地,TCBS寒天培地およびSタイプ寒天培地 + XM-EHEC寒天培地は好気条件下で35℃,18時間培養した。変法スキロー寒天培地EXは微好気条件下で42℃,2日間培養した。Sタイプ寒天培地上に周囲透明,中心が黒色のコロニーの発育を認めた。TSI寒天培地(栄研化学),シモンズクエン酸ナトリウム培地(栄研化学),SIM培地(栄研化学),リジン脱炭酸試験用培地(栄研化学)にて生化学的性状試験を実施し,Salmonella属菌と判明した。サルモネラ免疫血清「生研」(デンカ生研)にて血清型試験を追加し血清型はO8:kであると判明した。更に,微生物感受性分析装置Walk Away 96Plus(ベックマンコールター)にてMicro Scan NCEN1Jパネル(ベックマンコールター)を用いて同定薬剤感受性試験を実施し,同定確率99.9%でSalmonella sp.と同定された。薬剤感受性試験結果はClinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)によるE. coliKlebsiella属菌のESBL産生基準であるcefotaxime(CTX),ceftazidime(CAZ),ceftriaxone(CTRX),aztreonam(AZT)のMICのいずれかが2 μg/mL以上7)を満たしているため,本菌がESBL産生菌であることが疑われた(Table 2)。

Table 2  ESBL産生Salmonella属菌の薬剤感受性試験結果
抗菌薬 MIC(μg/mL) 判定
ampicillin > 16 R
piperacillin > 64 R
cefotaxime > 2 R
ceftazidim > 8 R
cefepime > 16 R
ceftriaxone > 2 R
flomoxef ≤ 8 S
ampicillin/sulbactam ≤ 8/4 S
piperacillin/tazobactam ≤ 16 S
cefoperazone/sulbactam ≤ 16/8 S
aztreonam > 8 R
imipenem ≤ 1 S
meropenem ≤ 1 S
minocycline 4 S
levofloxacin ≤ 0.5 S
sulfamethoxazole/trimethoprim ≤ 2/38 S
fosfomycin ≤ 4 S

S: Susceptible,R: Resistant

ESBL産生を確認するために,クラブラン酸含有ディスクを用いたDDST(Double Disk Synergy Test)7)を実施した。ミュラーヒントン寒天培地(栄研化学)にMacFarland No. 0.5に調整した菌液を塗布し,KBディスクamoxicillin/clavulanic acid(AMPC/CVA)(栄研化学),KBディスクCAZ(栄研化学),KBディスクCTX(栄研化学),KBディスクcefepime(CFPM)(栄研化学)およびKBディスクcefpirome(CPR)(栄研化学)を置いた。35℃で18時間培養後,各薬剤でAMPC/CVA側に阻止円の拡大を認めたため,ESBL産生菌と判定した。同時にシカベータテスト(関東化学),AmpC/ESBL鑑別テスト(関東化学)においてもESBL産生菌であると判定された。

2. ESBL遺伝子の検出と型別判定

ESBL遺伝子の型を解析するために,シカジーニアスESBL遺伝子型検出キット(関東化学)を用いてPCRを実施した。688 bpと800 bp付近のバンドが認められ,本菌が持つESBL遺伝子型はTEM型,CTX-M-1 groupであることが判明した(Figure 1)。

Figure 1 PCR電気泳動像(ESBL遺伝子型)

Lane 1:被検菌 Lane 2:陽性コントロール(blaTEM [800 bp], blaCTX-M-1 group [688 bp], blaCTX-M-9 group [565 bp]) Lane 3:100 bp DNA Ladder

さらに詳しく型別判定を行うためにTEM型,CTX-M-1 groupに特異的なプライマー8),9)を用いて再度PCRを行い,増幅産物のシークエンスを行った。DNAシークエンスはFASMAC株式会社に依頼した。得られたシークエンス結果を基にBasic Local Alignment Search Tool(BLAST)による解析およびJacobyらが運営するLahey Clinicのホームページ内にある「β-Lactamase Classification and Amino Acid Sequences for TEM,SHV and OXA Extended-Spectrum and Inhibitor Resistant Enzymes」(http://www.lahey.org/studies)を参照し,ESBLの型別判定を行った。その結果,TEM-1型(phenotype 2b)とCTX-M-15型であることが判明した。

IV  考察

国内では1998年以降,鶏卵の食中毒予防対策が本格的に行われるようになり,Salmonella属菌による食中毒は発生件数,患者数共に2000年以降減少している10)Salmonella属菌による腸炎は2~4%の割合で菌血症を引き起こし,腹腔内膿瘍,心内膜炎,骨髄炎,関節炎などの腸管外病変などを起こしやすいことが特徴である11)。さらに小児や高齢者では脱水や菌血症で重症化しやすい傾向があり,50歳以上の成人では細菌性動脈瘤の合併率も高まるという報告11)もあり注意が必要である。

JAID/JSC感染症治療ガイドライン201512)では健常者における軽症~中等症のサルモネラ腸炎には,抗菌薬の投与は勧められていないが,乳幼児や高齢者で比較的症状が重い場合や人工血管などがある場合,HIV感染症患者や免疫抑制剤を投与されている患者には抗菌薬の投与が考慮される13),14)。抗菌薬はニューキノロン系薬が第一選択薬となっているが,感受性の低下や薬剤アレルギーがある場合は,第二選択薬としてCTRXなどESBL産生菌に無効なセファロスポリン系抗菌薬が用いられる。本症例ではfosfomycinが投与され,軽快したと思われる。

ESBL腸内細菌は1983年にKnotheら15)により初めて報告された。近年,欧米や韓国でESBLとして検出頻度が高かったTEM-型やSHV-型に変わり,CTX-M-型ESBLが主流となっている16)。今回検出されたTEM-1型(phenotype 2b)はBushとJacobyにより提唱されたβ-ラクタマーゼの機能分類においてESBLに該当されないと報告されている17)。一方,CTX-M-15型は国内において近年増加し始めている遺伝子型であり,西原ら18)の報告では海外渡航歴の無い患者からも約35%の割合でCTX-M-15型ESBL産生E. coliが検出されており,今後国内でさらに広がっていく可能性が示唆されている。既に兵庫県でもCTX-M-15型ESBL産生Salmonella属菌(血清型O4群)が検出された報告例があり2),2016年には東京都の3歳児で本症例と同じ血清型O8群であるS. BlockleyからCTX-M-15型ESBL産生が確認されている4)。その他の本邦での臨床分離報告例では血清型は異なるが,CTX-M-14型が1例3),CTX-M-2型が2例2),5)およびCTX-M-55型が1例6)確認されており,ESBL産生Salmonella属菌においてもCTX-M-型ESBLが主流となっている可能性が示唆される。

松本ら1)および加藤ら19)は鶏肉から検出されたESBL産生Salmonella属菌について報告している。松本らの報告では血清型はO7群でありESBLの遺伝子型はTEM-20型やCTX-M-2型などが認められている。一方,加藤らの報告では血清型はO8群であるが,ESBLの遺伝子型はCTX-M-2型やCTX-M-9型であった。以上のことから,血清型O8群に属するESBL産生Salmonella属菌は認められているが,本症例と同じ血清型O8群のCTX-M-15型ESBL産生Salmonella属菌は認められていない。今回の症例において,詳細な調査はされていないが,喫食した鶏肉からSalmonella属菌に感染したことが疑われ,鶏肉の汚染菌にもCTX-M-15型ESBL産生Salmonella属菌が出現した可能性が示唆される。松本らの報告では養鶏場の環境中や食肉処理場に長期間に渡ってESBL産生Salmonella属菌が存在する可能性を示唆している。家畜由来耐性菌は食品を介してヒトに伝播することから,この伝播ルートのリスクは従来から強く懸念されてきた20)。しかし,近年は水圏環境,土壌,野生動物,ハエを中心とした衛生昆虫によるルートが薬剤耐性菌の伝播・拡散において重要な役割を果たしていると考えられており20),このような様々なルートを介しての国内での伝播も懸念される。

今回の症例は海外渡航歴の無い患者であることから,国内でESBL産生Salmonella属菌に感染したと考えられる。臨床からは,CTX-M-型を中心としたESBL産生Salmonella属菌の報告例があり,養鶏場周囲の環境にもESBL産生Salmonella属菌が存在していることから,Salmonella属菌が疑われる症例での抗菌薬選択には,海外渡航歴の有無に関係なくESBL産生菌の存在も念頭に置く必要がある。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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