2019 年 68 巻 3 号 p. 564-569
神経特異エノラーゼ(neuron specific enolase; NSE)は,肺小細胞癌や神経芽腫などの腫瘍マーカーとして診断や治療効果の判定に用いられている。当院では,臨床よりNSE測定の迅速化の要望を受け,外注委託から院内導入を決定した。そこで本研究では,院内検査導入に向けてエクルーシス®試薬NSEの検査室検証(verification)を行うことを目的とした。対象は患者69名および当院職員5名とした。分析機器として全自動電気化学発光免疫測定装置「cobas 8000」を,測定試薬として「エクルーシス®試薬NSE」(ともにロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を使用した。評価項目として,同時再現性,日差再現性,希釈直線性,外注委託と院内測定結果との相関性,共存物質の影響(RF,ビリルビン,ヘモグロビン,乳び),血清分離後の検体安定性(冷蔵保存,ボルテックス)及び測定容器の移し替えによる測定値への影響について評価した。同時再現性,日差再現性,希釈直線性及び外注委託と院内測定結果との相関性は良好であった。共存物質の影響では,ヘモグロビンのみ添加量依存的なNSE値の増加が認められた。血清分離後の安定性評価では,冷蔵保存のみ経過日数に依存した低下が認められた。今回の我々の検討結果から,エクルーシス®試薬NSEの基本的性能は良好であることは確認できた。しかし,採取後検体の冷蔵保存によるNSEの安定性が低く,検査前プロセスを要因とした誤報告を誘発する可能性が高いことが明らかとなった。
Neuron-specific enolase (NSE) has been characterized as a marker of lung small cell carcinoma or neuroblastoma. To meet clinical demands, we decided to start measuring NSE in-house instead of outsourcing the measurement. In this study, we evaluated the basic performances of the ECLusys® reagent NSE for in-house testing. We collected serum samples from patients (n = 69) and healthy volunteers (n = 5) and analyzed them using the ECLusys® reagent NSE in cobas® 8000 (Roche Diagnostics). We assessed the intra-assay precision, between-day precision, dilution linearity, correlation between outsourcing and in-house measurements, inhibition by interfering substances (rheumatoid factor, bilirubin, hemoglobin, chyle) and stability after serum collection. We also investigated the impact of sample transfer between test tubes. We observed the excellent basic performance of measurement using NSE in terms of intra-assay precision, between-day precision, dilution linearity, and correlation between outsourcing and in-house measurements. The test results showed that the NSE levels were increased by the addition of hemoglobin in a dose-dependent manner. We also found that the NSE levels decreased during refrigerated storage in a time-dependent manner. These results suggest that the refrigerated storage of the serum samples for more than two days is not appropriate for NSE determination and leads to false reports owing to the pre-examination process before measurement.
腫瘍マーカーは腫瘍由来の特異的な蛋白を調べる血液検査で,現在数多くの種類ががん診断の補助や腫瘍摘出後の経過観察のモニタリング等に非常に有効な手段である。
エノラーゼはα,β,γの3種類のサブユニットからなる二量体の解糖系酵素であり,αα,αβ,αγ,ββ,γγの5つのアイソザイムが存在する1),2)。うち,αγ,γγは主として神経組織に特異的に存在することから,神経特異エノラーゼ(neuron specific enolase; NSE)と呼ばれている3)。
NSEは特に肺小細胞癌および神経芽腫において高い陽性率を示すことから4)~6),主として,これら疾患の診断や治療効果の判定に有用な腫瘍マーカーとして,広く臨床応用されている。
当院は平成25年に小児がん拠点病院に選定され,造血幹細胞移植の実施可能施設でもあることから,神経芽腫の患者が非常に増加している。このため,その診断・経過観察にあたってNSEの検査結果を迅速に報告することが求められた。そこでNSE測定を外注委託から院内測定化することを決定した。本研究では,院内検査導入に向けてエクルーシス®試薬NSEの検査室検証を行うことを目的とした。
2017年度当院検査部にてNSEの測定依頼があった患者血清のうち69例,および当院の職員5名より得られた血清を対象とした。尚,本研究は名古屋大学医学部附属病院医学系研究科倫理審査委員会の承認を受け実施した(承認番号:2010-1038)。
2. 測定機器および試薬分析機器として全自動電気化学発光免疫測定装置cobas 8000(e602)を,測定試薬として「エクルーシス®試薬NSE」(ともにロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を使用した。また上記試薬専用である「エクルーシス®プレチコントロールLC」,「エクルーシス®プレチコントロールTM」,「エクルーシス®NSEキャリブレータ」を使用した。
3. 検討方法 1) 同時及び日差再現性同時再現性は,「エクルーシス®プレチコントロールLC」の低値コントロールと2濃度の患者プール血清を10回連続測定した。日差再現性は,「エクルーシス®プレチコントロールTM」の2濃度を9日間測定した。
2) 希釈直線性高値患者プール血清を専用希釈液である「エクルーシス®NSE検体希釈液」にて10段階希釈した試料を2回連続測定した。
3) 相関性NSEの測定依頼があった患者血清のうち69例を対象とし,外注委託用に分注した後,残余血清を−30℃にて保管した検体を使用した。これを用いて,外部委託先(院内検査と同一機器および同一試薬を使用)に提出し得られた結果と,当院検査部にて測定した結果の相関性を評価した。
4) 干渉物質の影響干渉チェック・Aプラスおよび干渉チェック・RFプラス(ともにシスメックス株式会社)を用いビリルビン,ヘモグロビン,乳び,リウマチ因子(rheumatoid factor; RF)の影響について確認した。試料の調整は添付文書に従い,患者プール血清に各添加物質を5段階の濃度で添加して測定した。
5) 混和強度による影響当院の職員5名より得られた血清を対象とした。試料を5分間ボルテックスし,1分および5分間時点で測定し評価した。
6) 容器移し替えの影響当院の職員5名より得られた血清を対象とした。各試料を,マイクロピペットを用いて容器に移し替えた後,5回転倒混和し測定した値を移し替え1回目とした。移し替えは5回まで行った。測定容器はポリプロピレン製とポリスチレン製素材を用い測定容器素材の影響も併せて評価した。
7) 冷蔵保存検体の安定性患者血清10検体を4日間冷蔵保存しNSE濃度を測定し,初回測定値を100%として,4日間の減少率を評価した。
4. 統計解析GraphPad Prism 6.0 software(GraphPad Software)を使用して統計解析を行った。3つ以上のグループを直接比較するときは,群間有意差を独立2群間のpost-hoc Student’s t検定を用いた。統計的に有意なものとしてp < 0.05を有意差有りとした。
「エクルーシス®プレチコントロールLC」の低値コントロールと2濃度の患者プール血清を連続10回測定した同時再現性の変動係数(coefficient of variation; CV)は,0.55~1.68%であった(Table 1)。連続9日間測定した日差再現性のCVは,2.46%と0.96%であった(Table 2)。
コントロール | 低値プール血清 | 高値プール血清 | |
---|---|---|---|
平均値(ng/mL) | 11.8 | 23.6 | 100.1 |
SD(ng/mL) | 0.06 | 0.40 | 0.59 |
CV(%) | 0.55 | 1.68 | 0.59 |
コントロール1 | コントロール2 | |
---|---|---|
平均値(ng/mL) | 13.2 | 108.0 |
SD(ng/mL) | 0.32 | 1.04 |
CV(%) | 2.46 | 0.96 |
高値患者プール血清を専用希釈液である「エクルーシス®NSE検体希釈液」にて10段階希釈し,直線性を評価した。その結果,良好な希釈直線性が認められた(y = 0.9815x − 4.000, r = 1.000, Figure 1)。
高値患者プール血清(368.4 ng/mL)を専用希釈液である「エクルーシス®NSE検体希釈液」にて10段階希釈し,直線性を評価した。
NSEの測定依頼があった患者血清69例の外注委託による測定値と院内検査測定値の間には高い正の相関が認められた(y = 0.996x + 3.736, r = 0.992, Figure 2a)。NSEのカットオフ値は16.3 ng/mLであるため,50 ng/mL以下の患者血清53例での相関性について追加評価した。
a:NSEの測定依頼があった患者血清69例の外注委託と院内検査測定値の相関性を評価した。
b:50 ng/mL以下の患者血清53例での相関性について評価した。
その結果,相関性では高い正の相関が認められた(y = 1.125x + 1.338, r = 0.877, Figure 2b)。しかし,それぞれのカットオフ値を用いて判定を行った場合に,外注委託検査では陰性となる検体が院内検査では陽性となる症例が8検体あった。
4. NSE測定への共存物質の影響共存物質による影響を評価するために,患者プール血清に各添加物質を5段階の濃度で添加し測定した。RF,ビリルビン,乳びにおける共存物質の影響を認めなかった。しかし,ヘモグロビンを共存物質とした際に濃度依存的なNSE値の増加が認められた(Figure 3)。
共存物質による影響を評価するために,患者プール血清に各添加物質を5段階の濃度で添加して測定した。
検体検査において,検体採取およびその処理・保存が検査結果に影響を与える可能性が指摘されている。そこで我々は,血清分離後の安定性評価を行った。その結果,血清分離後の安定性評価ではボルテックス後と,測定容器移し替えによる測定値への影響は認めなかった(Data not shown)。しかしながら,冷蔵保存による安定性については経過日数依存的に顕著な低下が認められ,初回測定値に対し1日後で平均5%,2日後に平均15.6%(p = 0.0015),3日後に平均22.8%(p < 0.0001),4日後は平均27.2%(p < 0.0001)の低下が認められた(Figure 4)。
冷蔵保存検体の安定性について4日後まで評価した。
今回我々は,NSE検査を外注委託から院内導入するにあたり,その検査室検証を行うため「エクルーシス®試薬NSE」について検討を実施した。今回の我々の一連の検討結果から,同時再現性,日差再現性及び希釈直線性については良好であることを確認できた(Table 1, 2, Figure 1)。しかし,共存物質の影響に関してはヘモグロビンのみ添加量依存的なNSE値の増加が認められた(Figure 3)。一方で,外注委託と院内測定結果との相関性は良好であったが,一部の検体では測定結果の乖離が認められた(Figure 2a, b)。さらに,血清分離後の安定性評価において,冷蔵保存のみ経過日数に依存した低下が認められることを見出した(Figure 4)。相関性における乖離の要因として,この検体安定性の影響が示唆される。冷蔵保存による検査項目の安定性については,多くの項目で1週間程度は安定しているものが多い。しかし中には数日で変動する項目もあることが知られている7)。例えば,アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)は冷蔵3日で値が上昇することが報告されている8)。すなわち,採血から検査部へ提出までの時間や前処理の状態など,検査前プロセスを厳重に管理し,適切な状態で検査を遂行することが非常に重要であることが示唆される。
NSEの測定値への影響因子については,これまでにいくつかの報告がなされている。NSEは赤血球・血小板・リンパ球などの血球中にも含まれるため,溶血により上昇するとの報告や,NSEは0℃に近い温度で緩やかに凍結された場合,二量体としての立体構造が一部破壊されるため,試薬に用いられている抗NSE抗体はこれを認識できなくなることが知られている9)~11)。実際,我々の検討結果からも溶血による同様の影響を確認することができた(Figure 3)。このことから,採血から遠心処理までの時間経過に伴いNSE測定値が有意に上昇することが容易に推察される。なぜなら,採血後に微小な血球破壊が経時的に進行し,血清中にNSEが漏出する可能性が存在するためである。すなわち,NSE測定に用いる検体は血球分離剤入りの採血管を用いて採血を行い,採血後凝固を確認した段階で速やかに遠心処理することにより血球からの漏出の影響を最小限に留める必要がある。
検体保存温度については,NSEの二量体立体構造を維持するために凍結保存よりも冷蔵のほうが適していると従来考えられていた。今回の我々の検討で使用した検体試料は,残余血清を−30℃にて保存した検体であったが,先行知見で得られている現象は確認することができなかった。その一方で,これまで冷蔵保存期間について詳細に検討された報告はなかった。
今回の我々の検討結果から,冷蔵保存による安定性の低下は,経過日数依存的であることが明らかとなった(Figure 4)。実際,外注委託と院内検査の測定結果の相関性は全体的に高い正の相関が認められた一方で,注視して相関図を読むと外注委託と院内測定値で乖離している検体がいくつか存在することがわかる。これらの検体については,外注委託先へ提出し検査されるまでの冷蔵保存状態による影響の可能性が考えられる。実際,外注委託による検査結果報告までの所用日数は2~4日間程度必要である。このとき,速やかに測定がなされない場合,我々の検討結果を踏まえると平均15.6~27.2%程度の測定値低下が想定される(Figure 4)。そこで我々は,この結果を受け,標準作業手順書(SOP)上に「採取後1日のみ項目追加可能」と記載し,院内運用を定めた。しかしその一方で,冷蔵保存期間中にどのようにNSEの二量体立体構造が変化するかについては不明であり,今後更なる検討が必要である。
腫瘍マーカーに限らず,全ての臨床検査結果は迅速かつ正確に報告する必要がある。近年の外注委託の結果報告時間は短くなってきており,多くの臨床検査項目は外注委託されている現状がある。しかし,その中で忘れてはいけないのは,我々臨床検査技師がどれだけ検査前プロセスの重要性を把握出来ているかである。
今回の我々の検討結果から,検体採取後の冷蔵保存によるNSEの安定性が低く,検査前プロセスの要因による誤報告を誘発する可能性が高いことが明らかとなった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。