医学検査
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症例報告
ミトコンドリア遺伝子検査が診断の確定に有用であったPearson症候群の一症例
野田 望松本 信也堀田 多恵子
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2019 年 68 巻 3 号 p. 596-601

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Abstract

ミトコンドリアは全身の細胞に存在し,独自にミトコンドリアDNAを保持している。ミトコンドリアDNAの塩基置換,欠失,重複,コピー数の低下はミトコンドリア病を引き起こす原因になるとされている。ミトコンドリア病の症状は一概ではなく,遺伝子検査のみならず画像検査,組織学的検査,臨床所見などから総合的に判断される。今回,末梢血では通常検出しにくいとされるミトコンドリアDNAの欠失を検出し,遺伝子検査の結果が診断の確定に有用であった症例を経験した。症例は1歳6ヶ月の男児。乳酸値,ピルビン酸値が高値であったことからミトコンドリア病を疑い,末梢血検体が提出された。ミトコンドリアDNAの全長シークエンスでは病気と関連のある変異は認められなかった。確認のため,欠失や重複の検出ができる全長16 kb PCR(polymerase chain reaction)を実施したところ,欠失と疑われるバンドが認められた。ダイレクトシークエンスにて切断点の同定を行い,約5 kbの欠失を確認し,サザンブロッティング法にて欠失率の測定を行うことができた。ミトコンドリア遺伝子検査の結果と臨床症状からPearson症候群という診断名を確定することができ,遺伝子検査の有用性を確認できた症例であった。

Translated Abstract

Mitochondrial DNA (mtDNA) mutations and deletions are important causes of inherited mitochondrial diseases. The clinical manifestations of mtDNA disorders are extremely variable. Thus, we comprehensively determine mitochondrial diseases from the results of not only genetic tests but also image examination, histological examination, and clinical examination. In this report, we describe the case of a 1.5-year-old infant with exocrine gland disturbances and diarrhea. As blood tests showed high pyruvic acid and lactic acid levels in the plasma, mitochondrial disease was suspected. We detected no base substitution and minor deletion in the peripheral blood sample by the direct sequencing of PCR (polymerase chain reaction) products. Following long-distance PCR amplification to detect total mtDNA, a large-scale mtDNA deletion was detected in this patient. Sanger sequencing identified the breakpoints of the 5 kb deletion. Southern blot analysis confirmed that the deletion ratio of mtDNA is 33% in peripheral blood and 51% in a bone marrow sample. After molecular analysis of mtDNA and extensive clinical investigation, the patient was diagnosed as having Pearson syndrome, and we confirmed the usefulness of mitochondrial genetic tests.

I  目的

ミトコンドリアは細胞内に存在する細胞小器官の一つであり,独自に16569 bpの環状二本鎖DNAであるミトコンドリアDNA(mitochondrial DNA; mtDNA)を保持している1)。mtDNAは一つの細胞に数百から数千個存在すると言われており2),このmtDNAの異常はミトコンドリア病を引き起こす原因となりうる。ミトコンドリア病の要因としては,mtDNAの塩基置換・欠失・重複・コピー数の低下などが挙げられる。そのうち欠失は一般的に筋肉や組織に認められる。細胞分裂時にはATPを必要とするため,欠失の少ない細胞は分裂に有利と考えられている。造血細胞は細胞分裂が盛んな組織であり,mtDNAの欠失を持った細胞は淘汰され,正常mtDNA細胞の比率が増加し,末梢血細胞からのmtDNA欠失は検出されにくいとされているためである3)~5)。変異mtDNAが存在する場合,正常mtDNAと混在していることが多いが,変異mtDNAは娘細胞にランダムに伝えられるため,組織や細胞によって変異率は異なり,さらに組織の変異率と症状は関連しているとされている6)。そのため,変異率を求めることには意義があると考えられている7)

当院検査部では,2004年よりミトコンドリア遺伝子検査を実施してきた。今回,mtDNAの欠失を末梢血から検出し,遺伝子検査の結果と臨床症状からミトコンドリア病を確定できた症例を経験した。なお,本症例はインフォームドコンセントを実施し,検査同意を得ている。当検査部におけるミトコンドリア遺伝子検査は九州大学医系地区部局ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理審査委員会の承認済みである(承認番号:623-01)。

II  症例

患者:1歳6ヶ月,男児。

家族歴:なし。

現病歴:出生後より水様便が続いていた。生後6ヶ月頃より発育が停止し,精査にて,膵の脂肪置換,膵外分泌不全が認められた。乳酸値,ピルビン酸値の高値が認められたため(Table 1),ミトコンドリア病を疑い,ミトコンドリア遺伝子検査の依頼があった。

Table 1  血液検査所見
【血液学検査項目】 【生化学・免疫項目】
WBC 6.68×103/μL TP 5.9 g/dL CK 67 U/L
RBC 3.55×106/μL ALB 3.8 g/dL CRP 0.02 mg/dL
Hb 10.3 g/dL BUN 10 mg/dL Ca 9.4 mg/dL
Ht 32.7% CRE 0.13 mg/dL IP 4.2 mg/dL
MCV 92.2 fL UA 2.7 mg/dL Mg 2.0 mg/dL
MCH 29.1 pg TB 0.4 mg/dL LIP 15 U/L
MCHC 31.6 g/dL AST 370 U/L Fe 126 μg/dL
PLT 422×103/μL ALT 137 U/L UIBC 145 μg/dL
NEUT 55.9% LDH 499 U/L フェリチン 6.6 ng/mL
LYMP 30.9% ALP 240 U/L IgG 459 mg/dL
MONO 7.1% γ-GTP 113 U/L IgA 39 mg/dL
EOS 2.3% AMY 31 U/L IgM 40 mg/dL
BASO 0.3% P-AMY 4 U/L 乳酸 40.6 mg/dL
S-AMY 27 U/L ピルビン酸 2.28 mg/dL
Na 138 mmol/L インスリン < 1.0 μU/mL
K 4.1 mmol/L CPR 0.1 ng/mL
Cl 101 mmol/L HGH 2.4 ng/mL
Glu 50 mg/dL

III  方法と結果

通常,末梢血では欠失は検出しにくいとされており,末梢血の検体が提出された場合は,塩基置換の検出のために全長シークエンスのみを実施している。本症例では乳酸・ピルビン酸が高く,組織にて欠失の認められるKearns-Sayer症候群を含めたミトコンドリア病が強く疑われたため,確認のために欠失や重複を検出できる全長16 kb PCRも実施した。

1. 全長シークエンス

EDTA採血管による採血を行った末梢血からQIAamp DNA Blood Mini Kit(QIAGEN)を用い,DNAを抽出した。mtDNAを3つに分けるように3分割PCRを実施し(Figure 1, Table 28),それを鋳型に16分割のnested PCRを実施した。電気泳動にてプロダクトを確認し,MicroSpin S-300 HR Columns(GEヘルスケアジャパン株式会社)にて精製,Big Dye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Thermo Fisher, Scientific K.K.)を用いてシークエンス反応を実施後,3500xL Genetics Analyzer(Thermo Fisher, Scientific K.K.)にてシークエンスを行った。解析ソフトは,CLC Genomics Workbench(CLC bio社)を用いた。解析の結果,ミトコンドリア病に関連する変異は認められなかった。

Figure 1 3分割PCRによる増幅領域

I:m.1351_8197(6847 bp),II:m.6058_12770(6713 bp),III:m.11706_2278(7142 bp)

Table 2  PCRプライマー
位置(m.) primer配列(5'-3') PCRプロダクトサイズ(bp)
3分割PCR I Forward 1351–1380 GCAAGAAATGGGCTACATTTTCTACCCCAG 6847
Reverse 8197–8168 GTGGTTTGCTCCACAGATTTCAGAGCATTG
II Forward 6058–6087 ACATCTACAACGTTATCGTCACAGCCCATG 6713
Reverse 12770–12741 TCTCAGCCGATGAACAGTTGGAATAGGTTG
III Forward 11706–11735 TAATCGCCCACGGGCTTACATCCTCATTAC 7142
Reverse 2278–2249 TAGATTGGTCCAATTGGGTGTGAGGAGTTC
全長16 kb PCR A Forward 1351–1380 GCAAGAAATGGGCTACATTTTCTACCCCAG 15074
Reverse 16424–16395 ATATTGATTTCACGGAGGATGGTGGTCAAG
B Forward 2703–2733 CATAACACAGCAAGACGAGAAGACCCTATGG 16507
Reverse 2640–2611 GGAGCCATTCATACAGGTCCCTATTTAAGG
C Forward 9959–9988 TCTGTATGTCTCCATCTATTGATGAGGGTC 14808
Reverse 8197–8168 GTGGTTTGCTCCACAGATTTCAGAGCATTG
D Forward 15749–15778 CTAACCTGAATCGGAGGACAACCAGTAAGC 15796
Reverse 14975–14946 AGCCATAATTTACGTCTCGAGTGATGTGGG

2. 全長16 kb PCR

大きな欠失を同定するために,mtDNAのほぼ全長をカバーするプロダクトの大きさが約16 kbとなるように,位置をずらして4種類のプライマーペアを設定した(Figure 2, Table 2)。TaKaRa LA Taq(タカラバイオ株式会社)を用いて全長16 kb PCRを実施し,0.6%アガロースゲル電気泳動を行った。本症例末梢血抽出DNAにおけるプライマーペアA,B,D(Figure 3)では健常人末梢血抽出DNAのプライマーペアA,B,D(Figure 3)と比較して短いバンドが認められた。そのため,mtDNAの欠失の存在を疑い,ダイレクトシークエンスにて切断点を確認したところ,m.9821_m.14598(4778 bp)の欠失が確認できた(Figure 4, 5)。その後提出された骨髄液においても16 kb PCRからのシークエンスにて末梢血mtDNAと同一領域の欠失が認められた。

Figure 2 全長16 kb PCRによる増幅領域

A:m.1351_16424(15074 bp),B:m.2703_2604(16507 bp),C:m.9959_8197(14808 bp),D:m.15749_14975(15796 bp)

Figure 3 全長16 kb PCR結果
Figure 4 欠失切断点のシークエンス波形

赤線が切断点。m.9821からm.14598の4778 bpの欠失が確認できた。

Figure 5 各PCRによる増幅領域とmtDNA欠失領域の関係

赤の点線で囲む領域が本症例の欠失領域

3. サザンブロッティング

mtDNAの欠失が認められたため,欠失率を求めるためにサザンブロッティングを実施した。各組織から抽出したDNA 1 μgを制限酵素Pvu II(タカラバイオ株式会社)で消化し,0.6%アガロースゲルにて電気泳動後,転写用メンブレン(Hybond N+, Amersham)にブロッティングした。正常mtDNAと欠失mtDNAの共通領域(m.3975-m.4655: 681 bp)をPCRにて増幅したプロダクトをAlkphos Direct Labelling Reagents(Amersham)でアルカリフォスファターゼ標識したプローブを作製し,ハイブリダイゼーションを実施した。CDP-Star for the Chemiluminescent detection of alkaline phosphatase(Amersham)により発光させ,Image Quant LAS 4000(GEヘルスケアジャパン株式会社)にて検出・定量を行った。検出したバンドの濃淡から欠失率を算出した(Figure 6)。

Figure 6 サザンブロッティング結果

欠失率は,末梢血33%,骨髄51%であった。

IV  まとめと考察

Pearson症候群は,重度の鉄芽球性貧血,膵外分泌不全を主症状としたミトコンドリア病である5)。その他にも,乳酸が高値,多くが1歳未満に発症,ほとんどの臓器でmtDNAの単一欠失または重複が認められるなどの特徴がある。本症例では臨床症状に加えて,mtDNAの単一欠失が確認できたことで確定診断に至った。

今回,通常欠失を検出しにくい末梢血検体にも関わらず全長16 kb PCR法にて正常とは異なる短いバンドを認めた。プライマーの組み合わせによっては正常バンドのみが確認できたことから,欠失の領域を推定することが可能であった。Figure 2におけるCのプライマーの組み合わせや,全長シークエンスでの3分割PCRでは,プライマーが欠失領域に設定されていた(Figure 5)。そのため,PCR時に正常mtDNAのみが増幅され,欠失バンドが認められなかったと示唆された。Pearson症候群ではcommon deletion(4977 bpの欠失)や,欠失領域の両端に同じ配列の塩基(繰り返し配列)を持つ欠失が認められることが多い。しかしながら,本症例の欠失は繰り返し配列を持たず,mtDNAの変異等のデータベー‍スであるMITOMAP(http://www.mitomap.org/MITOMAP)にも報告のない欠失であった。

通常,mtDNAは母系遺伝のため,ミトコンドリア病も母系遺伝を示すことが多いが,Pearson症候群では孤発例が多い4)。本症例もミトコンドリア病の家族歴がないことから,孤発例であることが考えられた。突然変異が受精卵の時点で起きたと考えられ,分裂の過程で変異がどの割合で臓器に分配されたかが症状の出方に影響していると考えられているが,Pearson症候群の初期段階では,膵臓や末梢血の欠失率が高いことが多いため,これらの臓器に症状が出やすいと言われている4),5)

Pearson症候群では鉄芽球性貧血が認められるとされているが,本症例では検体提出時(1歳6ヶ月)には貧血の程度が軽度であった。骨髄血の鉄染色も実施していたが,明らかな環状鉄芽球は確認できなかった。一般的に鉄芽球性貧血は鉄の代謝異常によりヘム合成がうまくいかず,ヘモグロビン合成障害によって引き起こされる病態であり,血清鉄やフェリチンが高値となることが多い9)。本症例ではフェリチンや血清鉄の低下のため,鉄欠乏性貧血を考慮し,診断確定前であった検体提出時には鉄剤が投与されており,Table 1のFe(血清鉄)検査結果は病態を反映した検査結果ではない。鉄剤投与は診断名確定まで続けられていたが,貧血の改善には至っていなかった。フェリチンや血清鉄の低下が認められ,鉄染色による確定ができない同様の症例は過去にも報告されており5),ミトコンドリア病が多彩な症状を示すことが影響している可能性が考えられる。

また,本症例のサザンブロッティングによる欠失率の定量では,末梢血の欠失の割合が骨髄よりも低くなっていた。一般的に,細胞分裂にはATPを必要とするため,欠失mtDNAの少ない細胞(正常mtDNAを持つ細胞)が分裂に有利と言われている。細胞分裂が盛んな血液細胞では細胞分裂のたびに欠失mtDNAの割合が低くなり,正常mtDNAを含む細胞が生き残り,欠失の割合が低くなったことが考えられた。そのため,1歳前の症状が出始めた時期には,末梢血の欠失率も検体提出時よりも高値であったことが示唆される。文献的にもPearson症候群では年齢を重ねるとともに貧血が軽快傾向を示すとされており4),5),本症例の貧血の程度が軽度であったことや,骨髄での明らかな鉄芽球性貧血の所見が得られなかったことから,徐々に骨髄での病態が改善していることが考えられた。

V  結語

ミトコンドリア病は多彩な症状を示すため,総合的に診断が行われるが,ミトコンドリア遺伝子検査の結果が診断確定に有用であった症例を経験し,今後の治療方針の一助となったと考えられた。

 

本症例報告の要旨は,2017年10月に開催された第52回日臨技九州支部医学検査学会で発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本論文作成に際しご指導いただきました,九州大学大学院医学研究院臨床検査医学分野 康東天教授,内海健准教授に深謝いたします。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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