医学検査
Online ISSN : 2188-5346
Print ISSN : 0915-8669
ISSN-L : 0915-8669
症例報告
NMTT基を有するセフェム系抗生物質の使用後に発生した血液凝固障害の1例
木村 充亀谷 真実梶丸 弘幸園山 裕靖
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 68 巻 4 号 p. 781-785

詳細
Abstract

術後感染症予防の為セフェム系抗生物質を投与した患者において,ビタミンK欠乏による血液凝固障害が見られた症例を経験した。術後よりセフォペラゾンとスルバクタムの合剤の投与を開始し,5日目にプロトロンビン時間(prothronbintime; PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastintime; APTT)の異常延長を認めた。クロスミキシング試験,凝固第VIII因子,第IX因子等の検査結果より,ビタミンK欠乏症が疑われた。凝固障害判明後ただちに,ビタミンKの投与,抗生物質の変更が行われ,翌日にはPT,APTTは改善し出血症状は確認されなかった。ビタミンK欠乏の原因としては,食事由来のビタミンK不足,一部のセフェム系抗生物質に含まれるN-methyl tetrazole thiol基(NMTT基)によるビタミンK代謝障害などが考えられた。重症患者,特に経口摂取不良の患者には,凝固異常の可能性を考慮して定期的な凝固検査の実施や,ビタミンKの予防投与も視野に入れる必要がある。

Translated Abstract

We encountered a case of blood coagulation disorder due to vitamin K deficiency in a patient who received cephem antibiotics for the prevention of postoperative infection. We started the administration of a combination of cefoperazone and sulbactam (SPZ/SBT) after surgery and on day 5, an abnormally prolonged prothrombin time (PT) and an activated partial thromboplastin time (APTT) were observed. On the basis of the results of a cross-mixing test and tests for the coagulation factors VIII and IX, we suspected vitamin K deficiency. Immediately after impaired clotting was found, we administered vitamin K and changed the antibiotics, which improved PT and APTT, and no bleeding was observed on the following day. As the causes of vitamin K deficiency, dietary vitamin K insufficiency and impaired vitamin K metabolism caused by an N-methyl tetrazole thiol group (NMTT group) in some cephem antibiotics were considered. In patients with severe symptoms, particularly those with poor ingestion, taking the possibility of blood coagulation disorder into account, regular coagulation tests and prophylactic administration of vitamin K should be considered.

I  はじめに

セフェム系抗生物質は,抗菌スペクトルが広く,抗菌力も強いため,多くの患者の感染症治療薬として広く使用されている。セフェム系に限らず,ほぼすべての抗生物質の副作用情報にはビタミンK欠乏症が記載されており,使用中には血液凝固障害が起こる可能性を考慮しなければならない。

今回セフェム系抗生物質の使用を契機に,重大な血液凝固障害を引き起こした症例を経験したので報告する。

II  症例

症例:85歳,男性。

既往歴:糖尿病,狭心症。

現病歴:3日前より経口摂取困難,腹痛,嘔吐を認め近医を受診し,十二指腸潰瘍などが疑われたため当院外科に紹介され受診した。当院で各種検査が行われ,CT等の画像検査により十二指腸穿孔の診断に至り緊急手術が施行された。術前の血液検査結果をTable 1に示す。

Table 1  術前検査結果
生化学検査 血液検査
TP 6.5 g/dL WBC 16.8 ×109/L
ALB 3.5 g/dL RBC 3.71 ×1012/L
LDH 149 IU/L Hb 10.4 g/dL
T-Bill 0.8 mg/dL Ht 31.3 %
BUN 108 mg/dL Plt 291 ×109/L
CRE 4.85 mg/dL 凝固検査
Na 131 mEq/L PT 11.7
K 6.4 mEq/L PT-INR 1.04
CL 113 mEq/L APTT 24.6
CRP 1.38 mg/dL

術後より感染症予防のためセフォペラゾンとスルバクタムの合剤(Cefoperazone/Sulbactam; CPZ/SBT)が1週間の予定で投与開始された。

術後3日目より37℃台の発熱。術後5日目も微熱が継続し,心拍数の増加など感染症の兆候が認められた。その際に実施された血液検査において,凝固検査で異常が認められた(Table 2)。患者はワルファリン,DOAC,ヘパリンなどの抗凝固療法は行われておらず,確認のため再度採血し,凝固検査を行ったが初回値とほぼ同様の結果であった。追加検査では,APTTでのクロスミキシング試験は凝固因子欠乏パターン(Figure 1),凝固第VIII因子150%以上,凝固第IX因子14.2%となった。

Table 2  術後5日目凝固検査結果
術前 術後5日目
1回目 再採血
PT 11.7 60.9 59.7
PT-INR 1.04 5.48 5.37
APTT 24.6 60.5 57.7
Fib 616.6 616.6 mg/dL
AT 59.4 59.4 %
FDP 8.1 μg/dL
Dダイマー 4.0 μg/dL
Figure 1 クロスミキシングテスト

即時反応,遅延反応共に下に凸となっており,凝固因子欠乏パターンである。

抗生物質投与によるビタミンK欠乏症が考えられたため,ただちにビタミンKの投与,抗生物質のビアペネム(Biapenem; BIPM)への変更などが行われ,翌日にはPT-INR 1.30まで回復した。

III  考察

肝臓内ではビタミンK還元サイクルが機能している。ビタミンKはキノン型で吸収されたのち,ビタミンKレダクターゼにより還元されヒドロキノン型となる。ヒドロキノン型はγ-グルタミルカルボキシラーゼの補酵素の役割を担っており,ビタミンKエポキシドに変換されたのち,ビタミンKエポキシドレダクターゼにより再びキノン型となり,ビタミンK還元サイクルを形成している。このビタミンK還元サイクルの作用により凝固活性の無い前駆体蛋白質(protein induced by Vitamin K absence or antagonist; PIVKA)からビタミンK依存性凝固因子(第II・VII・IX・X因子)が生成される。経口抗凝固薬であるワルファリンは,このビタミンK還元サイクルの一部を阻害することで,その抗凝固作用を発揮している(Figure 21)

Figure 2 ビタミンK還元サイクルと阻害物質作用部位(白幡1),一部改変)

一部のセフェム系抗生物質では抗菌力,安定性の向上の為,セフェム環の3位側鎖にN-methyl tetrazole thiol基(NMTT基)が組み込まれている(Figure 3)。NMTT基はビタミンK還元サイクルのビタミンKエポキシドレダクターゼを阻害し,ビタミンK依存性凝固因子の合成を阻害する可能性がある2),3)。このワルファリンと同様の作用については1980年代より指摘され,薬剤情報の副作用欄にも記載されている4)~7)。しかしセフェム系以外の多くの抗生物質でも,腸内細菌叢に影響を及ぼすことでビタミンK欠乏症に至ることが広く知られており,それらが混同されセフェム系抗生物質のワルファリン様の副作用はあまり知られていない。

Figure 3 NMTT基を有するセフェム系抗生物質の一部

本症例のPT,APTTの異常値も「抗生物質が腸内細菌に影響を及ぼした結果,腸内細菌由来のビタミンK不足を起こした」と考えていた。しかし術前と5日目での測定値の変化が大きすぎる点に疑問があった。

そこでNMTT基によるワルファリン様の作用の検証のため,抗生物質使用前後の血液でPIVKA-IIの測定を行った。使用前は32 mAU/mLであるのに対し,使用後5日目では27,004 mAU/mLとなり,抗生物質の変更後は徐々に減少した(Figure 4)。各種凝固検査結果・PIVKA-IIの変動より,本症例の凝固因子欠乏は術後より投与されたセフォペラゾンがワルファリン様の作用を起こし,ビタミンK依存性凝固因子が抑制されたものと推定した。

Figure 4 セフォペラゾン使用前後のPIVKA-IIの変動

本症例の患者は約3ヵ月で退院となった後,別の疾患で当院整形外科に再入院となった。入院中の3日間セフメタゾール(Cefmetazole; CMZ)が使用された。CMZ使用前のPIVKA-IIは15 mAU/mLであるのに対し,使用後は247 mAU/mLまで増加したためセフトリアキソン(Ceftriaxone; CTRX)に変更した。その後PIVKA-IIは4,697 mAU/mLまで増加したが,速やかに減少した(Figure 5)。CMZもCPZ同様NMTT基を有しており,本症例の患者はNMTT基を有するセフェム系抗生物質を使用すると,ワルファリン様の作用を起こしやすいと考えられた。そのため医師・薬剤師など関連スタッフと協議し,今後NMTT基を有するセフェム系抗生物質は慎重投与とし,使用する際には凝固検査を定期的に測定することを電子カルテ上に登録した。

Figure 5 セフメタゾール使用前後のPIVKA-IIの変動

IV  結語

NMTT基を有するセフェム系抗生物質使用中に,ビタミンK欠乏により重大な凝固障害を起こした症例を経験した。改めて薬剤の副作用に注意することを再確認させられる症例であった。

ビタミンK欠乏症はセフェム系以外の抗生物質でも起こりうる副作用である。食事を摂取できていない,もしくは嘔吐・下痢といった消化器症状がある患者に抗生物質を投与する場合には,定期的な凝固検査を実施することが必要であると考える。

 

本症例の要旨は第51回中四国支部医学検査学会にて発表した内容である。

本症例の検討については,中国労災病院の倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号2018-06)。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)  白幡 聡:「ビタミンK依存凝固因子異常」,三輪血液病学,1730–1735,浅野 茂雄,他(監),文光堂,東京,2006.
  • 2)   Uchida  K et al.: “Effects of latamoxef and methyltetrazolethiol on gamma-glutamylcarboxylase activity,” Jpn J Pharmacol, 1984; 35: 330–333.
  • 3)   内田  清久:「抗生剤とビタミンK代謝」,感染症,1985; 15: 161–168.
  • 4)   長浜  宏篤,他:「セフェム系抗生物質により出血傾向を招来したと推察された4症例」,臨牀と研究,1987; 64: 3865–3869.
  • 5)   出口  克巳,他:「血液凝固能に対するセフェム系抗生物質の影響についての検討」,新薬と臨牀,1990; 39: 742–755.
  • 6)   森  淳夫,他:「抗生剤投与中にビタミンK欠乏状態を示した症例の臨床的検討」,小児科臨床,1989; 42: 2264–2269.
  • 7)   永井  忠之,他:「第3世代セフェム系抗生剤の血液凝固能に及ぼす影響」,新薬と臨牀,1987; 36: 154–166.
 
© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
feedback
Top