卵巣癌の腫瘍マーカーとして2017年4月より保険適用となったヒト精巣上体タンパク4(human epididymis protein 4; HE4)は婦人科良性疾患や月経・妊娠の影響を受けにくいといわれている。日本人における実際の月経周期間の測定値変動や妊娠の影響の有無などを知るべく2つの検討を実施した。①CA125とHE4測定値について閉経前女性と閉経後女性の計62例で比較した。CA125で閉経前女性4名が参考基準値を超えた。1名は妊婦,3名は別日には参考基準値内に入ったことから,月経や妊娠の影響があったことが推測された。一方HE4は全員が参考基準値内であり妊娠や月経の影響を受けにくいことが示唆された。また閉経前女性と閉経後女性ではCA125,HE4ともに有意差があり,参考基準値を閉経の有無で分ける意義が確認された。②約1か月間2–3日ごとにCA125,HE4を測定した。閉経前女性は月経期間中CA125の上昇傾向が確認された(平均CV;21.47%)がHE4は月経の影響を受けず安定しており,(平均CV;8.90%)参考基準値を超える例は無かった。その生理的変動幅はHE4閉経前女性:2.7 pmol/L,閉経後女性:3.0 mol/L,男性:3.1 pmol/Lと小さく,HE4は月経や妊娠の影響を受けずCA125に比べ安定した腫瘍マーカーであることがわかった。
HE4 is a new ovarian tumor marker that has been clinically used in Japan since April 2017, and the level of HE4 is less elevated than that of CA125 in gynecological benign diseases, the menstrual period and pregnancy. The aim of this study was to assess the variations of the levels of the tumor markers HE4 and CA125 among pre- and postmenopausal healthy Japanese volunteers. During the first examination, we compared the measured CA125 and HE4 levels in 62 pre- and postmenopausal women. The CA125 levels exceeded the reference level in four premenopausal women. One was pregnant, and the other three women had CA125 levels that declined to below the reference level at 5 to 7 days after their menstruation. This result suggests that the CA125 level was affected by pregnancy and menstruation. In contrast, none of the women showed HE4 levels that exceeded the reference level. This suggests that the HE4 level was hardly affected by pregnancy or menstruation. There were statistically significant differences in both HE4 and CA125 levels between pre- and postmenopausal women. In the second examination, HE4 and CA125 measurements were conducted once every two to three days in a month. Among nine premenopausal women, the CV of CA125 level was 21.47% and the CV of HE4 level was 8.90%. The SD of within-subject variation of HE4 level were 2.7 pmol/L for premenopausal women, 3.2 pmol/L for postmenopausal women, and 2.6 pmol/L for men. None of the women showed HE4 levels that exceeded the reference level. These results suggest that HE4 is a more stable tumor marker than CA125, and its level is hardly affected by pregnancy or menstruation.
上皮性卵巣癌の診断には経腟超音波断層法検査,MRI・CT検査に加え,腫瘍マーカーとしてはCA125の測定が最もよく行われている。しかしCA125は早期癌において感度は低く,婦人科良性疾患(子宮内膜症,卵巣内膜症性嚢胞など)や妊娠・月経で偽陽性となることがある。新たに卵巣腫瘍の良性と悪性鑑別においてより精度の高い腫瘍マーカーとして期待される,血清中のヒト精巣上体タンパク4(human epididymis protein 4; HE4)が2017年4月に本邦で保険適用となった1),2)。
HE4は1991年にKirchhoffら3)が網羅的cDNA解析により発見した遺伝子がコードするタンパク質で,初めに精巣上体遠位の上皮細胞で特定された。その生理的役割は明らかになっていないが,呼吸器上皮,生殖組織を含む正常細胞に存在し,卵巣癌,肺腺癌や膵胆管癌組織で高発現することが報告されている。高齢または閉経後に値が上昇することから4)参考基準値は閉経前後で設定されており,閉経前女性70 pmol/L,閉経後女性140 pmol/Lである。
またHE4はCA125に比べ子宮内膜症等の婦人科良性疾患で上昇しにくく,CA125と相関性がないことから両者を組み合わせて使用することが推奨されている。月経や妊娠の影響も受けにくいといわれている5),6)が日本人を対象とする具体的な情報が少なかったため,HE4測定における月経や妊娠の影響の有無,月経期間中の測定値の変動について調査した。
機器:アーキテクトi2000
試薬:アーキテクトHE4およびCA125(アボットジャパン(株))
2. 検討①;閉経・妊娠の影響の調査婦人科通院中でない当院ボランティア職員62名について,既往歴や月経期間に留意することなくCA125とHE4を各1回測定した。閉経前女性44名(21~53歳・妊婦2名を含む),閉経後女性18名(51~65歳)の計62名で,最終月経から1年間月経がない場合を「閉経」とした。測定したデータより,HE4,CA125の閉経前後での測定値の比較,妊婦における測定値の確認,CA125とHE4の相関について調査した。
3. 検討②;月経の影響の調査婦人科既往歴を留意せず,検討実施時婦人科通院中でない当院ボランティア職員18名について,約1か月間,次のルールでHE4,CA125を測定した。(1)閉経前女性(20・30・40代各3名:計9名);月経期間を含むよう3–4日ごとに計10回(2)閉経後女性(50代4名・60代3名:計7名);3–4日ごとに計10回(3)男性(20代1名,60代1名:計2名);1週間に1回計5回。測定したデータを元にHE4,CA125の月経周期による測定値の変動について確認した。男性に性周期はないが,HE4は肺癌による上昇も知られており7),参考のために同時に実施した。具体的には,各個人の標準偏差(standard deviation; SD)より生理的変動幅(standard deviation of within-subject biological variation; SDw)や個体内変動(within-individual coeffeicient of variation; CVi)を算出した。生理的変動幅や個体内変動については算出方法が様々あるが,今回は期間内の10回の採血データのSDを個人ごとに求め,そのSDの平均値をSDwとした。またSDwを検査項目の平均値で除したのち100倍したものをCViとして算出した8)。
群間の比較はMann-Whitney U検定で解析した。P < 0.05を統計学的有意差有りとし,統計学的解析はStatFlex ver.6(株式会社アーテック)を用いて行った。
閉経前後における測定値分布を示す(Figure 1)。CA125の平均値およびSDは閉経前:18.8 ± 16.39 U/mL,妊婦を除いた場合は16.6 ± 8.57 U/mL,閉経後:11.2 ± 6.82 U/mLであった。HE4の平均値およびSDは閉経前:32.5 ± 6.17 pmol/L,妊婦を除いた場合は32.7 ± 6.12 pmol/L,閉経後:38.1 ± 10.16 pmol/Lであった。HE4は閉経前と後で別々の参考基準値が設定されているが,妊婦を含め全員が参考基準値以内であった。一方CA125では閉経前女性4名が参考基準値を超えた。1名は妊娠初期(妊娠8週)の妊婦で,3名は別日に再採血すると参考基準値内に入った。もう1名の妊婦(妊娠14週)は参考基準値内であった。閉経前後の2群を妊婦も含めた全62名で比較するとHE4は閉経後で有意に高値を示し(p = 0.020),CA125は閉経後で有意に低値を示した(p = 0.003)。妊婦を除いた60例で比較した場合もHE4でp = 0.025,CA125でp = 0.005となり,いずれも有意差が認められた。また,全62例でのCA125とHE4の相関はy = −0.05x + 35.0(r = 0.09),妊婦を除いた場合でもy = 0.11x + 32.77(r = 0.12)となり,両者に相関関係はなかった(Figure 2)。
All of HE4 values are below the cutoff level including pregnant women, but four individuals’ CA125 values including a pregnant woman showed above the cutoff level. There was a statistical difference between pre-menopause and post-menopause for both of CA125 and HE4.
Among 62 voluntary healthy individuals, no correlation was found between HE4 and CA125, including or not including two pregnant women.
約1ヶ月間のデータを月経有・無,項目別にグラフで示す(Figure 3)。閉経前女性のCA125は多くが月経期間にピークを迎えていた。一方HE4ではCA125のような月経周期による特徴は見られず,1ヶ月間において大きな変動はなかった。閉経後女性と男性でも,1ヶ月間を通して特徴的な動きはなく安定していた。
CA125 values were fluctuated during the menstrual period, however HE4 values were not.
ボランティア職員18名の期間内平均値(Mean),SD,変動係数(coefficient of variation; CV)を表に示す(Table 1)。閉経前女性では,No. 4の一人を除きHE4はCA125よりもCVは小さく,その平均値(CVi)においてもHE4はCA125よりも小さかった。SDwはHE4閉経前女性:2.7 pmol/L,閉経後女性:3.0 pmol/L,男性:3.1 pmol/Lで,CA125閉経前女性:4.4 U/mL,閉経後女性:1.3 U/mL,男性:0.9 U/mLであった。
Pre-M (n = 9) | |||||||
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No. | age | HE4 | CA125 | ||||
Mean (pmol/L) |
SD (pmol/L) |
CV (%) |
Mean (U/mL) |
SD (U/mL) |
CV (%) |
||
1 | 22 | 38.69 | 3.75 | 9.70 | 30.28 | 4.82 | 15.92 |
2 | 27 | 30.00 | 2.13 | 7.11 | 12.13 | 1.56 | 12.88 |
3 | 28 | 32.55 | 3.29 | 10.11 | 11.99 | 2.04 | 17.05 |
4 | 32 | 25.32 | 4.01 | 15.85 | 22.97 | 1.68 | 7.30 |
5 | 33 | 32.06 | 2.66 | 8.31 | 20.09 | 3.76 | 18.72 |
6 | 38 | 27.85 | 2.99 | 10.74 | 13.57 | 7.40 | 54.52 |
7 | 42 | 34.87 | 1.93 | 5.53 | 14.09 | 2.46 | 17.45 |
8 | 43 | 28.88 | 2.64 | 9.15 | 41.21 | 11.40 | 27.67 |
9 | 43 | 28.18 | 1.03 | 3.64 | 22.29 | 4.84 | 21.73 |
Mean | 34.2 | 30.93 | 2.71 | 8.90 | 20.96 | 4.44 | 21.47 |
Post-M (n = 7) | |||||||
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No. | age | HE4 | CA125 | ||||
Mean (pmol/L) |
SD (pmol/L) |
CV (%) |
Mean (U/mL) |
SD (U/mL) |
CV (%) |
||
10 | 54 | 39.05 | 3.16 | 8.09 | 4.81 | 0.36 | 7.46 |
11 | 56 | 41.54 | 4.10 | 9.87 | 26.29 | 1.97 | 7.49 |
12 | 59 | 37.21 | 2.66 | 7.15 | 10.85 | 0.49 | 4.52 |
13 | 59 | 37.53 | 2.29 | 6.11 | 9.33 | 0.48 | 5.19 |
14 | 61 | 39.60 | 2.88 | 7.26 | 22.59 | 5.04 | 22.31 |
15 | 62 | 30.37 | 2.38 | 7.85 | 5.46 | 0.42 | 7.65 |
16 | 66 | 41.91 | 3.76 | 8.97 | 8.29 | 0.53 | 6.44 |
Mean | 59.6 | 38.17 | 3.03 | 7.90 | 12.52 | 1.33 | 8.72 |
Male (n = 2) | |||||||
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No. | age | HE4 | CA125 | ||||
Mean (pmol/L) |
SD (pmol/L) |
CV (%) |
Mean (U/mL) |
SD (U/mL) |
CV (%) |
||
17 | 25 | 27.38 | 1.36 | 4.96 | 12.86 | 1.53 | 11.87 |
18 | 60 | 43.50 | 4.90 | 11.27 | 9.24 | 0.26 | 2.79 |
Mean | 42.5 | 43.50 | 4.90 | 11.27 | 9.24 | 0.26 | 2.79 |
All of CV% values of HE4 except one case were smaller than those of CA125, so HE4 trend was more stable than CA125.
Pre-M: pre-menopausal Post-M: post-menopausal
Dark gray: standard deviation of within-subject biological variation (SDw)
Light gray: within-individual coefficient of variation (CVi)
Table 1で示した閉経前,閉経後,男性のCViについて中央値を線で,−1SDから+1SDの範囲を箱で示した(Figure 4)。そしてこれらについて独立多群全2群間比較を実施した。HE4では各群間に有意差は認められなかったが,CA125では閉経前女性と閉経後女性に有意な群間差が認められた(p < 0.05)。
There was a statistical difference between pre-menopausal and post-menopausal values, in just only CA125 but not HE4. Also, CA125 values changed during the menstrual period, but not HE4.
HE4は,2017年に保険適用となった比較的新しい腫瘍マーカー1),2)で,参考基準値が閉経前と閉経後で別々に設定されている特徴を持つ。今回我々の検討結果からも閉経前と閉経後女性では測定値に有意差が認められ,参考基準値を別々に設定する意義が再確認された。しかし,特に閉経後18例のHE4測定値は最高値であっても59.4 pmol/Lであり,参考基準値の140 pmol/Lを十分下回る結果であった。Fujiwaraら9)の日本人94名の健常人を対象とした報告ではおおよそ100 pmol/L以下であり健常人においての参考基準値の設定は高めであると考えられる。また,子宮摘出患者や早期閉経患者など,閉経の定義と判断に迷う例がある。閉経の定義の明確化を含めた参考基準値の設定は今後の課題である。一方でCA125はHE4よりさらに閉経前後で大きな差があり,閉経後で低い測定結果となった。CA125の測定値は閉経後低値化することが知られており10),今回の我々の検討もそれを裏付ける結果となった。HE4で閉経別の参考基準値があるのであれば,CA125においても閉経前後で参考基準値を分けることも一考であると思われた。
HE4は,上皮性卵巣癌の診断において長年使用されていたCA125と組み合わせて使用することが推奨されている。これは感度と特異度の観点からであり,CA125は子宮内膜症等の非悪性疾患や月経・妊娠等でも値の上昇が見られるがHE4は婦人科良性疾患や妊娠・月経の影響を受けにくいといわれているためである。今回妊娠8週の妊婦においてCA125は高値となり影響を著明に受けていたが,2名の妊婦ともHE4は参考基準値内であった。検討は当院のボランティアスタッフを対象に行ったため妊婦の症例数が少なく,妊婦での変動を裏付けることまではできないが,この2例においていえばHE4は妊娠の影響を受けないことがわかった。
今回の検討では妊娠の他に,約1ヶ月間の性周期において生理的変動幅や個体内変動を求めることで月経の影響についても調査した。閉経前女性のCA125のCViは21.47%であり,閉経後女性のCVi 8.72%と有意に差があった。これはCA125が月経の影響を受け大きく変動していることを示している。一方で閉経前女性のHE4のCViは8.90%であり,閉経後女性のCVi 7.90%と有意な差はなかった。HE4は月経の影響を受けずに安定した検査項目であることがわかった。
HE4とCA125で比較しても,閉経前女性のCViはHE4の方が小さい。例外として閉経前女性9名中1名はCA125よりもHE4のほうがCVが大きい結果であったが,これはCA125のCVが小さかったためであると思われた。多くの人でCA125は月経の影響を受けていたが,この1名については月経による値の変動が少なかったと推測された。今回の検討において対象スタッフの既往歴や現在の卵巣の状態を確認して実施しておらず,現在通院せず健康であると想定しているに留まるため,母集団によって違う結果となることも考えられる。しかしHE4は全員が参考基準値内であったので検討方法に特に大きな問題はないと考える。
HE4は月経や妊娠の影響も受けず安定した項目であり,CA125とHE4に相関関係がなかったこともあわせ,上皮性卵巣癌の診断においてCA125とHE4を組み合わせて使用するメリットを改めて確認できた。実際の臨床ではCA125とHE4の測定値から計算されたROMA値(risk of malignancy algorithm; ROMA)が活用されている9),11)。
卵巣癌の新規腫瘍マーカーであるHE4は閉経前女性の性周期においても参考基準値を超える例は無く,月経や妊娠の影響を受けないことがわかった。SDwは閉経前女性:2.7 pmol/L,閉経後女性:3.0 pmol/L,男性:3.1 pmol/Lと小さく,CA125に比べCViも小さい安定した項目であった。卵巣癌の腫瘍マーカーとしてCA125と組み合わせて使用することで有意義であることが示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。