医学検査
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資料
精神科患者救急搬送時の急性心筋梗塞の鑑別における高感度トロポニンIの診断特異性と他の心筋バイオマーカーを含めた診療ガイド作成の試み
長岡 愛井澤 幸子小倉 勉西田 則子佐藤 修子湖屋 恵子犬尾 英里子
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2020 年 69 巻 1 号 p. 63-68

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Abstract

東京都立松沢病院は898床(精神科808床)を抱え,救急受診時の検査として高感度トロポニンI(high sensitive troponin I; hs-TnI)を実施している。hs-TnI導入後の陽性率は,過去に当院で算出した急性心筋梗塞(acute myocardial infarction; AMI)の有病率に比べオッズ比で3倍以上高い。そこで,まずhs-TnI値の信頼性の確認を目的に,他の分析装置による測定および異好性抗体阻害薬を用いた非特異的反応について検討したが,特に問題は認められなかった。次にhs-TnI陽性検体25件,血中クレアチンキナーゼ(creatine kinase; CK)活性が1,000 U/Lを超える検体45件および無作為抽出検体30件を用い,hs-TnI,CK-MB蛋白定量(CK-MB mass),ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白等の心筋マーカーのAMI診断特異性を評価した後,血液,生化学のデータ27項目を加え,決定木を用いたAMIの診断ガイドを試作した。hs-TnIは,AMI診断の有無に対しては唯一有意な差を示し,他の因子から独立した心筋マーカーであった。決定木ではhs-TnI陽性時のクロール,hs-TnI濃度,CK-MB mass値が子節点として導出された。これらの抽出因子を組み合わせることでAMI診断精度の向上が示された。しかし,陽性的中率は50%弱と不十分であり,経時的な採血結果観察や心電図等の定性データを加えた診断ガイドラインの必要性が示唆された。

Translated Abstract

The Tokyo Metropolitan Matsuzawa Hospital has 898 beds (808 beds for psychiatric patients), and conducts high-sensitivity troponin I (hs-TnI) examination at the time of emergency consultation. In the past, the hs-TnI positive rate after introduction is at least three times higher in odds ratio than the prevalence rate of acute myocardial infarction (AMI) calculated in our hospital. Therefore, to confirm the reliability of the hs-TnI value, measurements with other analyzers and nonspecific reactions using heterophilic antibody inhibitors were first examined, but no particular problems were observed. Next, the AMI diagnostic specificity of myocardial markers was evaluated. As myocardial markers, hs-TnI, CK-MB mass, CK-MB activity, and human-heart-type fatty acid binding protein were used. Then, 27 items of blood and biochemical data were added, and an AMI diagnosis guide using a decision tree was made on a trial basis. Only hs-TnI showed a significant difference for the presence or absence of AMI diagnosis and was a myocardial marker independent of other factors. In the decision tree, chloride, hs-TnI concentration, and CK-MB mass value at the time when a positive hs-TnI result was obtained were derived as branch nodes. The combination of these extraction factors showed improvement in AMI diagnostic accuracy. However, the positive predictive value of less than 50% is insufficient, suggesting the need for diagnostic guidelines to which qualitative data such as the blood collection results and electrocardiograms can be added over time.

I  はじめに

東京都立松沢病院は898床(うち精神科病棟808床)を抱え,精神障害者の急性期医療,社会復帰医療,薬物依存症医療および身体医療を重点医療としており,精神科救急患者を多く受け入れている。その際,乱暴な振る舞い,けいれん発作といった状態で運ばれてくることも少なくはなく,クレアチンキナーゼ(creatine kinase; CK)が高値を示す患者も多い。また精神疾患を持つ受診者の中には病状を訴えない,または診察に非協力的な患者も少なくなく,臨床症状での診断が難しい場合も多い。このため,急性心筋梗塞(acute myocardial infarction; AMI)を見逃す可能性もある。そこで当院では,心筋障害において高い特異性を有するとされる1)高感度心筋トロポニンI(high sensitive troponin I; hs-TnI)測定を至急検査対応としている。統計をとると,hs-TnIを院内で実施してから3ヶ月間で,外来受診時hs-TnI陽性率は21.5%(65件中14件陽性)であった。当院での,過去5年間の心電図検査におけるAMI陽性診断率は5.8%(18,330件中1,062件)でありオッズ比で3.7倍,またhs-TnIの基準範囲は健常人の99%としていること2)を考慮すると当院でのhs-TnIの陽性率は高く,臨床判断に苦慮する結果を招いている。これらのことから院内測定値に何らかの偏りがある可能性が示唆されたので,当院でのhs-TnI測定値の信頼性を確認した。また,汎用機で測定可能な心筋バイオマーカーを加えることで,hs-TnIの心筋障害診断特異性を向上させることが可能であるかを検討した。併せて日常検査27項目の測定結果を加えて診療ガイドの作成を試みた。

II  方法

1. 対象

2017年4月から同年6月までに,hs-TnI陽性(男性34.2 pg/mL女性15.6 pg/mL以上)検体25件(AMI 9例を含む),同期間中の血中CK活性が1,000 U/L以上の検体45件(AMI 2例を含む)および無作為に抽出した検体30件(全例非AMI)の計100検体を用いた。

尚,本研究は東京都立松沢病院医学倫理審査委員会の承認を受けて実施した(承認番号:2017年度第35号)。

2. 試薬と機器

hs-TnIは免疫化学発光法の「アーキテクト・high sensitiveトロポニンI」を用い,ARCHITECT i1200SR(アボットジャパン)で測定した。CK試薬には「シカリキッドCK」(関東化学),CK-MB蛋白定量試薬にはラテックス免疫比濁法の「LタイプワコーCK-MB mass」(富士フィルム和光,以下CK-MB mass),CK-MB活性試薬には抗ミトコンドリアCK阻害抗体を含む免疫阻害法の「シグナスオートCK-MB MtO」(シノテスト),ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白(human heart type fatty acid binding protein; H-FABP)はラテックス免疫比濁法の「サイアスH-FABP」(関東化学)を用い,いずれもCi8200(キャノンメディカルシステムズ)を用いて測定した。その他の生化学検査項目は,電極法によるクロール(Cl)測定を含めCi8200を,末梢血液一般検査および白血球分画はXN-2000(シスメックス)を,凝固検査項目はCS-2500(シスメックス)を用いて測定した。

3. 統計

心筋マーカー間の相関係数はSpearmanの順位相関より求めた。有意差検定にはMann-WhitneyのU検定を用い,有意差水準は5%とした。また,決定木作成のアルゴリズムにはオープンソース・フリーソフトウエア「R」のパッケージ「partykit」3)を用いた。

III  結果

1. 対象検体における心筋マーカーの陽性率

hs-TnI陽性検体25例におけるCK-MB mass,CK-MB活性,H-FABPの陽性率(カットオフ値は順に,≤ 5 ng/mL,≤ 12 U/L,≤ 6.2 ng/mL)は,順に24%(6件),20%(5件),72%(18件)であった。また,CK活性値が1,000 U/L以上の45例におけるhs-TnI,CK-MB mass,CK-MB活性,H-FABPの陽性率は,順に62%(28件),73%(33件),84%(38件,ただしCK-MB/CK比が5%を超えるものはなかった),93%(42件)であった。無作為抽出した30例におけるhs-TnI,CK-MB mass,CK-MB活性,H-FABPの陽性率は,順に3%(1件),10%(3件),7%(2件),50%(15件)であった。

2. hs-TnI値の信頼性

1) 他の分析装置との相関性

対象とした100例中,hs-TnIが陽性となった54件のうち追加検査が可能であった49件をアボット社に測定依頼し相関性について調べた。その結果,相関係数ならびに回帰式はr = 0.999,y = 1.065x − 2.2であり,両者の測定値差が20%を超える例は認められなかった(Figure 1)。

Figure 1 hs-TnIの他の分析装置との相関

縦・横軸共にhs-TnI値(pg/mL)を対数で表してある。

2) 非特異反応に関する検討

異好性抗体阻害薬を49例のhs-TnI陽性検体に添加し,添加前後の測定値を比較した。異好性抗体添加試験はアボット社のプロトコールによりアボット社が実施した。添加前後の相関係数ならびに回帰式はr = 0.999,y = 0.913x + 7.0であり,回収率は全例100 ± 25%以内であった(Figure 2)。

Figure 2 異好性抗体阻害薬添加前後のhs-TnIの相関性と回収率

上段は自他施設hs-TnI測定値(pg/mL)に対数をとった散布図,下段は自他施設測定値の比(他 ÷ 自)を%で表し,横軸は共通である。

3. hs-TnIと他の心筋マーカーとの比較

1) 相関性

hs-TnIとCK-MB mass,CK-MB活性,H-FABPの各心筋マーカーとの相関性を調べた(Table 1)。hs-TnIとCK-MB活性間には有意相関は認められず(r = 0.191:p = 0.057),CK-MB mass(r = 0.237:p < 0.018),H-FABP(r = 0.463:p < 0.001)とは弱いながらも相関は有意であった。hs-TnI以外の項目間では有意な相関が認められた。

Table 1  各心筋マーカー間におけるSpearmanの順位相関係数
有意確率
相関係数 CK-MB p < 0.001 p < 0.001 p = 0.057
r = 0.864 CK-MB mass p < 0.001 p = 0.018
r = 0.734 r = 0.696 H-FABP p < 0.001
r = 0.191 r = 0.237 r = 0.463 hs-TnI

2) AMI患者の分布

各心筋マーカーの分布をFigure 3に示した。hs-TnIにおいてのみAMI群と非AMI群で有意差が認められた。

Figure 3 AMI罹患の有無からみた各心筋マーカーのレベル比較(非AMI 89例,AMI 11例)

4. 診療ガイドの試作

1) 決定木の試作

決定木(分類木)算出に用いた検査項目と計算結果をFigure 4に示した。hs-TnI陽性例において,Cl値(105.5 mmol/L以上)で第一分岐となり全体の26%がノード7に分類され,AMI罹患率は57.1%(AMI 8例/非AMI 14例)となった。第二分岐でhs-TnIの濃度(138.85 pg/mL以上)が基準となり,ノード6に分類される割合は13%でAMI罹患率28.6%(AMI 2例/非AMI 7例)となった。第三分岐はCK-MB mass(2.55 ng/mL以下)であり,AMI罹患率は14.3%(AMI 1例/非AMI 7例)であった。

Figure 4 決定木作成に用いた検査項目とhs-TnI陽性54例からRパッケージpartykitにより描いた決定木

2) 決定木の有用性の確認

決定木の子節点となったCl,hs-TnI,CK-MB massを変数とし,ROC解析を行った。さらに,診断プロトコールの評価として同3項目を変数としロジスティック回帰分析を実施した。ROC曲線によりAMI診断精度を比較した結果(Figure 5),決定木モデルより得られた3項目を合わせた目的変数のAUC(area under the curve)は0.833(95%CI: 0.697–0.969),ClのAUCは0.786(95%CI: 0.632–0.941)となり,両者のAMI診断に対しての有意確率はp = 0.372で,有意差は認められなかった。また,hs-TnIのAUCは0.808(95%CI: 0.666–0.949)であり,同様に有意確率はp = 0.739であった。3項目を合わせた線形モデルのロジスティクス回帰分析より得られた重回帰式ではClのみが有意(p > 0.01)であり,この時のAMI陽性的中率は47.1%(95%CI: 23–72.2%)であった。

Figure 5 決定木で抽出されたhs-TnI,Cl,CK-MB massのAMIで区分したROC曲線

IV  考察

心筋トロポニンはAMIの診断特性に最も優れた心筋マーカーとされている。しかし,当院のhs-TnI陽性率はAMI有病率に比べ非常に高かったことから,まずhs-TnI値の信頼性について検討した。しかし,非特異反応等測定値に関する問題点は認められなかった。有意差検定において,hs-TnIのみがAMIに対して有意であった点からも当院の測定値は信頼できるものと考えられる。一方,hs-TnIは心不全や心筋症などでも上昇するためAMI診断を複雑化している一面がある。また,使用抗体の骨格筋との交差反応率は0.1%程度存在し,高度の骨格筋障害では偽高値となる可能性がある。CK-MBにおいても心筋特異性は高いものの,骨格筋にも1~2%程度含まれていることから同様に高度の骨格筋障害で絶対値が高値を示す可能性がある。H-FABPに関しても骨格筋に含まれるため同様である。実際に,AMIを2例含むもののCK活性値が1,000 U/L以上の45例における各心筋マーカーの陽性率はいずれも60%以上と高率であった。このように各心筋マーカーの上昇はAMIに特異的ではなく,診断を困難にしている現状がある。また,各心筋マーカーのAMI発症から陽性化まで,またピーク後の消失までの時間には時系列的にズレがあり,単に心筋マーカーを組み合わせた診断精度の向上には限界がある4)~7)。そこで,hs-TnI陽性例を対象としてAMI診断精度向上を目的に日常検査項目を含めた決定木の作成を行った。その結果,Cl,hs-TnI濃度,CK-MB massを分岐とした決定木が導出された。しかし,この3項目によるROC解析ではhs-TnI単独に比べAMIの診断特異性の向上が認められたものの,陽性的中率は50%弱であり効果的なガイドの作成には至らなかった。来院時の測定結果のみでは,前述の各心筋マーカーの特性から,また決定木などのデータマイニング的手法は説明変数と目的変数との因果関係を証明するものではないことから,AMI診断の向上には限界があるものと考えられる。hs-TnI測定では1時間または3時間アプローチと呼ばれる診断アルゴリズムの陽性的中率が80%を超えるとされており8),経時的測定による変化率を含めた診断ガイド作成が必要と考えられた。また,決定木の作成には定性検査データも組み入れることが出来ることから,心電図等を加えた診断ガイド作成が今後の課題と考えられた。なお,今回作成した決定木ではClが子節点となっているが,偶然的な結果なのか,精神科患者特有の結果なのか,またAMI時特有の電解質バランス維持のためのCl上昇なのか不明である。今後,例数を増やして確認したいと考えている。また,最後の子節点のCK-MB massでは,2.55 ng/mL以下がAMIに分類されており,本項目の臨床的有用性とは矛盾した結果となった。この点については,CK値1,000 U/L以上の対象群が影響した可能性がある。すなわち,非AMI例における骨格筋由来に起因したCK-MB高値例が多かったためと考えられる。今回試作した決定木の矛盾点であり,症例数を増やした試作や他の因子を交えたAMI診療ガイド作成の必要性が示唆された。

V  結語

精神科病院特有の患者群においてもhs-TnIはCK-MB mass,CK-MB活性,H-FABPに比べてAMI診断に対する有用性が高い心筋マーカーであることが確認できた。しかし,hs-TnIは偽陽性例が多かったことから,正診率の向上を目的に他の心筋マーカーおよび日常検査項目を加えた決定木によるAMI診断ガイドを試作した。今回試作した決定木による正診率は,hs-TnI単独に比べ向上がみられたものの陽性的中率は50%弱と不十分であった。心電図やhs-TnIの時間的変化量などを加えた診断ガイド作成が今後の課題となった。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2020 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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