医学検査
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我が国における病理組織検査精度管理の変遷
東 学石田 克成松原 真奈美林 裕司坂根 潤一鈴木 俊紀古屋 周一郎
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2020 年 69 巻 3 号 p. 438-444

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Abstract

病理組織診断は,医療において最終診断となる重要な役割を果たし,この診断根拠となる病理組織標本の質を担保することは,病理組織検査に従事する検査技師の責務である。しかしながら,病理組織検査においては,染色方法や技量により個人間差や施設間差を生じやすく,特に標本の染色色調については病理専門医の色好みが加わるため,標準化が難しい分野でもある。一般社団法人日本臨床衛生検査技師会病理精度管理ワーキンググループでは,診断に適正な標本が作製されていることの確認と,標本作製過程に対する考え方の統一化及び良質な診断標本作製のための情報共有化を目的として,1972年より外部精度管理事業を開始した。その間,13回の二次サーベイランスを含む25回の染色サーベイランスと,16回のフォトサーベイランスに附随して26回の病理検査業務に関するアンケート調査を行ってきた。2011年度より染色サーベイが廃止され,現在ではフォトサーベイのみの外部精度管理となったが,多くの施設状況を確認し,最低限の知識の浸透を図るため,設問提示方法に様々な工夫を加えてきた。2017年の医療法改正に伴い,外部精度管理を受審する施設の多様化が予想され,今後更なる改善を重ね質の高い病理診断に寄与していきたい。

Translated Abstract

Histopathological diagnosis plays an important role in the final diagnosis in medical care, and it is the duty of the medical technologist in charge of histopathological examination to ensure the good quality of histopathological specimens, which is the basis of this diagnosis. However, in histopathological examinations, differences between individuals and facilities are likely to occur depending on the staining method and skill. In particular, the color tone of a specimen is difficult to standardize because of the color preference of histopathologists. The Pathological Accuracy Management Working Group of the Japanese Association of Medical Technologists (JAMT) started the external quality control project in 1972 to confirm that specimens suitable for diagnosis are correctly prepared, unify the concept of specimen preparation processes, and share information for good-quality diagnostic specimens. In the meantime, JAMT has conducted a questionnaire survey on 26 histopathological examinations following 25 dyeing surveillances, including 13 secondary surveillances and 16 photo surveillances. Dye surveillance has been discontinued since 2011, and now only photo surveillance is conducted under external quality control. JAMT has varied the presentation method of the questionnaire to confirm the status of many facilities and to obtain minimum knowledge. Along with the revision of the Medical Care Law in 2017, it is expected that the facilities under external quality control would diversify, and JAMT will make further improvements and contribute to high-quality histopathological diagnosis.

I  緒言

病理組織検査は,医療において最終診断を担うと共に,その結果が患者の治療方針に大きく反映されることから重要な役割を果たしている。一般社団法人日本臨床衛生検査技師会(以下,日臨技)精度管理病理検査ワーキンググループでは,病理組織診断の根拠となる質の高い病理組織標本を担保し,診断精度の向上に寄与するため1972年より外部精度管理事業を開始した。その間,2019年度実施分までに,25回の染色サーベイと13回の是正確認二次サーベイを含め,16回のフォトサーベイに附随した26回の病理検査業務に関するアンケート調査を行ってきた(Table 1)。その事業内容の変遷を振り返り,これまでの成果と課題について要約する。

Table 1  日臨技における病理組織検査精度管理事業(1972~2019年)
実施年度 調査テーマ 参加施設数(件) 二次調査 アンケート調査内容 回答数(件)
1972 Azan染色 191
’73 鍍銀染色 210 硬(骨)組織脱灰法について 192
’74 鍍銀染色 299 病理検査資料の保管状況および保有機器 384
’75 Weigert 231 病理検査室における健康管理を主題とした実態調査 404
’76 ムチカルミン 263 病理解剖についての実態調査 317
’77 薄切技術(HE染色) 434 HE染色について/病理検査室の健康管理について 436
’78 200 粘液染色について 428
’79 PAM染色 200 針生検法。PAM染色法と実施状況について 399
’80 病理検査部門における診療保険点数に関する実態調査 500
’81 HBs抗原染色 200 HBs抗原染色。生検骨髄標本作製手技について 388
’82 リンパ節検査の具体的な実施方法について 477
’83 Bodian染色 164 ホルモン産生腫瘍に対する検査と評価方法について 319
’84 色素及び染色液の精度及び保管状況について 670
’85 Masson Trichrome染色 262 結合組織染色法の技術的なことについて 557
免疫組織化学染色の普及状況及び採算性について 518
’86 リンパ節検査の病理学的検査の実態について 501
’87 Kluver-Barrera染色 159 脳・神経腫瘍の検査法及び腫瘍マーカー測定の実施状況 321
’88 18 コントロール組織保有状況について① 554
’89 PTAH染色 357 コントロール組織保有状況について② 508
’90 鍍銀染色 231
’91 EVG染色 490
’92 PAM染色 485
’93 HE染色 656
’94 Masson Trichrome染色 502
’95 Kluver-Barrera染色 487
’96 全国病理組織検査室実態調査 800
’97 1st フォトサーベイ 887
’98 Grimelius染色 638
’99 2nd フォトサーベイ 807
2000 Alcian blue染色 708
’01 3rdフォトサーベイ 868
’02 Ziehl-Neelsen染色 838
’03 4thフォトサーベイ 960
’04 Amyroid染色 909
’05 5thフォトサーベイ 987
’06 Berulin blue染色 926
’07 6thフォトサーベイ 1,042
’08 薄切技術(HE染色) 1,064
’09 7thフォトサーベイ 1,058 免疫組織化学の精度管理について 1,045
2010 薄切技術(切片) 1,099 (オプションで平滑筋アクチンIHC染色) 731
’11 8thフォトサーベイ 1,104
’12 9thフォトサーベイ 1,148
’13 10thフォトサーベイ 1,195 特殊染色とIHCの実施状況及び精度管理の必要性
’14 11thフォトサーベイ 1,211
’15 12thフォトサーベイ 1,218 プレアナリシス全国調査(検査室運営,組織固定など) 1,081
’16 13thフォトサーベイ 1,218 全国病理組織検査室実態調査
’17 14thフォトサーベイ 1,246 病理検査室の運用に関する調査 1,147
’18 15thフォトサーベイ 1,248 免疫組織化学染色関する調査 1,129
’19 16thフォトサーベイ 1,225 病理検査室業務内容調査(サーベイ非参加施設共通) 2,218

1972年に特殊染色を主体とした第1回目外部精度管理が企画され,1997年度からはフォトサーベイが開始となり,2011年度からはフォトサーベイのみの精度管理となった。

II  病理検査精度管理の目的

病理組織検査においては,染色方法や担当技師の技量により個人間差や施設間差を生じやすく,特に診断標本の染色色調については施設ごとに病理専門医の色好みが加わるため,標準化が難しい分野でもある1)~5)。このことより,日臨技では診断標本の統一化と,標本作製工程及び染色原理に対する理解の浸透を図り,良質な診断標本を維持するための情報共有の実現を目的として外部精度管理事業を実施している。また,アンケート調査の実施と集計後の報告により新たな病理組織検査技術に対する調査と浸透を意図的に行っている1),2),4),6),7)

III  病理検査精度管理の方法

染色サーベイについては,ホルマリン固定パラフィン包埋(formalin fixed paraffin embedding; FFPE)組織未染色切片あるいはFFPE組織ブロックを参加施設へ配布し,テーマとする染色を実施後返送してもらい,中央における担当委員で染色性,染色むら,共染の有無,コントラストを主眼としたダブルチェックによる判定後,4段階評価によって通知されていた。

フォトサーベイについては,設問写真を提示し「臨床検査精度管理調査フォトサーベイ評価法に関する日臨技指針」1)に準拠し,A評価(正解または許容正解)およびD評価(不正解,要改善)の2判定により評価している。

IV  参加施設数

第1回目は,191施設の参加により開始され,増減しながらも2007年には1,000施設の大台を上回る1,042施設となり,緩やかに参加施設数は上昇し近年では微増傾向であったが,2019年度は23施設減の1,225施設となった(Figure 1)。

Figure 1 日臨技病理検査精度管理参加施設数の推移

1972年に第1回染色サーベイが開始されて以来,1977年には国内初の薄切サーベイが行われ,1997年からはフォトサーベイが開始され,その後2010年に染色サーベイは廃止され現行のフォトサーベイのみとなった。

V  染色サーベイ

1972年の精度管理調査初回からAzan染色を皮切りに主に特殊染色をテーマとして継続実施された。第5回目となる1977年には,国内初となる薄切技術サーベイが行われ,是正確認となる二次サーベイも同時期より開始される。2009年には,任意参加による平滑筋アクチンの検出を目的とした国内初の免疫組織化学染色(immunohistochemistry; IHC)サーベイも実施されている。その後,2010年の薄切技術サーベイを最後に日臨技理事会により議論された結果,染色サーベイは廃止となる(Figure 1)。

VI  フォトサーベイ

写真素材を使用して,病理組織標本作製技術の知識を広く問うフォトサーベイは1997年度より開始し,本年度まで継続実施されてきた。設問内容は,①肉眼像あるいは顕微鏡像により示された組織あるいは臓器等の部位を問う設問。②診断に不具合となる組織標本中の不良箇所の原因を判読し,それを回避するための対処方法を問う設問。③Hematoxylin & Eosin(HE)染色や特殊染色及びIHC顕微鏡像を確認し,その所見から組織内成分や病因を問う設問。また,これら①〜③の基礎的な内容に加え,近年においては診断技術の発展に伴った④ゲノム診療用検体の取り扱いに関する設問や,⑤デジタルパソロジーに関する設問,⑥医療安全に関する設問を偏りのないよう留意し満遍なく加えている。

VII  全国規模病理組織検査アンケート調査

精度管理調査開始当初から病理組織標本作製に関わる技術的調査や,病理検査室の運用調査を行い,多様化する病理検査室の実態を把握し情報発信を行ってきた。全国規模の施設を対象とした精度管理調査に附随させた本アンケート調査により,国内において最大限の情報収集が可能となる。また,このアンケート調査の結果を分析し,調査報告書や日本医学検査学会等において報告を重ね,病理組織検査技術の発展的寄与へ向けて情報発信を繰り返している。

VIII  考察

地域格差のない質の高い検査技術が求められる現在,最終診断となる病理組織検査の精度向上を図り,国内のどの地域においても診断の根拠となる組織標本の質を担保することが病理組織検査を担当する技師の責務である。そのため,日臨技のみならず,各都道府県臨床検査技師会や特定非営利活動法人日本病理精度保証機構(Japan Pathology Quality Assurance System; JPQAS)においても様々に工夫された方法により病理組織検査の外部精度管理事業が企画実施され8)~11),病理組織標本作製技術の底上げと標準化がなされてきた。なかでも,過去に日臨技においても実施されていた同一条件下により作製されたFFPE未染色標本を各参加施設へ配布し,課題指定された組織染色を実施後,染色標本を中央に収集して適否を評価する仕組みは,染色サーベイでのみ実現可能であり,各施設の染色手技を併せて確認できる端的でかつ情報量の多い有意義な外部精度管理手法であった。

しかし,判定にかかる労力と費用やヒト組織を用いた試料の調達などの倫理的問題を解消することが,継続実施を困難にするための議論に挙げられ,日臨技においては2010年にこの方法による外部精度管理の廃止が決定された。この間,日臨技精度管理病理部門ワーキンググループにおいては,17種25回の特殊染色方法についての調査が行われ,染色不良と判定された施設に対して各13回の二次調査が行われ診断標本の是正が図られた。2011年度からは,フォトサーベイのみの外部精度管理調査となるが,1設問に対して1枚から複数枚の写真素材を用い,染色サーベイで得られていた情報を測り知ることが可能となるよう設問内容に工夫を加えている。具体例として,染色不良標本の写真を提示して,何が不良原因でどうすれば良好な染色条件が得られるかを問う設問や,アーチファクトの原因を追求する設問など(Figure 2),実際に医療現場で遭遇することが予測される病理組織標本作製技術に則した設問を多く取り入れてきた。しかし,この方法による外部精度管理では,設問の提示方法や選択肢の設定によって,時に設問意図が受審者に正確に伝わらない場合がある。出来るだけ簡潔に尚且つ誤誘導を招かない文章に心がけ,作問することを意識しているが,施設の評価を左右する調査として不具合のない様に今後も注力していきたい。

Figure 2 2017 年度病理組織フォトサーベイ提示設問

組織中の微小石灰化によるメス傷による切片不良を提示し(写真左),写真右の様に良好な切片を得るための標本作製技術を問う設問。設問正解率99.8%。

フォトサーベイの設問難易度については,「臨床検査精度管理調査フォトサーベイ評価法に関する日臨技指針」1)に従い,設問正解率が80%以上となるように調整を加え提示している。

日臨技精度管理事業は,本会会員が所属する様々な規模の施設を参加対象としているため,高度な病理検査技術を問うまでには至らないが,病理診断に支障を来すことのないよう,日臨技技術教本シリーズ病理技術教本に示されている病理検査担当者が備えておくべき必要最低限の知識や,近年の高度先進医療の進歩に併せた専門用語や検査技術の周知を目的とする内容を設問の対象範囲としている。具体例として,2018年度に提示した迅速凍結標本の不良箇所を問い不具合を解消する方法を問う評価対象設問(Figure 3)であるが,whole slide imaging(WSI)による遠隔病理診断のための標本であることを設問に明記し,その検査技術の重要性と通常標本よりもデジタル化する際の標本の精度が求められることを問う内容としている。

Figure 3 2018年度病理組織フォトサーベイ提示設問

Whole slide imaging(WSI)により遠隔病理診断を行う際の不良標本を提示し,所見をデジタル化する際に迅速に対処する方法を問う設問。設問正解率99.8%。

また,ゲノム医療に対応するための知識として,検体の肉眼的観察とサンプリング方法を問う設問を加え,知識の拡大と国内における情報の浸透程度の確認を行っている。しかしながら,病理組織標本作製技術の統一化を目的とした外部精度管理の範疇で,施設における実施率の低いこれらの検査技術を取り上げ評価を行うことに対して,受審施設から非評価設問とするべきとの意見や,設問難易度が高すぎるなど様々な見解が寄せられている。しかし,ゲノム医療の発展が予想されることに併せ,病理検査担当者が検体の取り扱いに関する必要最低限の検査技術を理解する機会としては有用であると考える。すでに,各受審施設ごとの検査内容の実施区分に合わせた設問選択後に回答をする方法を2019年度実施分より採用しているが,国内最大級のサーベイランスの仕組みを活用したこのような新技術の周知方法については,検討を加え継続実施していきたい。

今後,医療法改正に伴い検査実施施設における外部精度管理受審が努力目標として示されたことや,第三者評価機構の受審あるいは継続審査のための外部精度管理への参加などの要求事項へも幅広く対応するため,WSI画像を用いた染色標本評価の導入や,e-ラーニングによる是正方法など,施設ごとの規模によって評価対象選択が可能とする受審施設のニーズに柔軟に対応できる様な仕組みの構築を模索しているところである。また,国内における病理診断の精度向上へ向けた外部精度管理については,先述した各都道府県臨床検査技師会やJPQASおよび日臨技精度保証ワーキンググループなどの共通の目的を持った他組織との連携が重要である(Figure 4)。

Figure 4 病理組織診断の精度向上と検査技術の標準化

外部精度管理による病理組織診断の精度向上と検査技術の標準化を果たすためには,各都道府県臨床検査技師会やJPQASおよび日臨技精度保証ワーキンググループなどの共通の目的を持った他組織との連携が重要である。

問題解決に向かって日臨技精度管理ワーキングにおいて調査を行い,その結果を精度保証ワーキンググループと共に解析し,日本病理学会と共有した後に,国内全域へ浸透させ必要に応じて是正を加えるなどのPDCAサイクルを効率良く実働させることが重要であると考える。そのためにも,各都道府県臨床検査技師会の理解と協力を得ることが必然となることを最後に附記したい。

IX  結語

日臨技精度管理病理検査ワーキンググループにおいて,これまで継続実施してきた病理検査精度管理事業について要約した。今後,受審施設にとって有意義となりかつ我が国における病理組織検査の診断精度の向上に寄与するため,より一層の工夫を加え真摯に努めていきたい。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本資料を執筆するにあたり,本会精度管理事業開始当初より御尽力され,ご指導とご助言を頂いた精度管理委員各位に敬意を表するとともに,調査にご協力頂いた会員各位に深謝致します。

文献
 
© 2020 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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