症例は11か月男児で特記すべき既往歴および家族歴はない。入浴後に口唇色不良および眼球上転を認め,3日後に同症状が群発したため当院を受診した。同日の脳波検査で覚醒時に右側頭部起始の焦点発作を認めたためカルバマゼピンの内服を開始した。しかし,2か月後に3晩続けて入浴後に発作があり,その後群発したため,Dravet症候群の可能性を考慮しカルバマゼピンからフェノバルビタールの内服へ切り替え,シャワー浴とした。その後,改善なく発作を認めたため,発作捕捉を目的とした脳波検査を実施した。脳波室にて電極装着を行い,沐浴槽を設置して湯浴みを行ったところ,沐浴槽から出て体を拭く間に動作停止し目はうつろ,顔色不良となり,続いて四肢の強直発作が観察された。しばらくして皮膚色および意識は緩徐に回復した。発作時脳波は右中後側頭部の律動波から右側頭部徐波,全般性徐波,強直相のアーティファクト,右前側頭部の鋭徐波複合と推移し,その後に全般性の減衰を示した。本発作は,「意識障害を伴う自律神経症状と強直性姿勢を示す右側頭部起始の焦点発作」と診断された。本症例では,水濡れによる患者の感電および検査機器類故障のリスクがある中,発作を誘発する“入浴とそれに続く一連の動作”を再現することにより発作時脳波の記録に成功し,診断ならび治療方針の決定に寄与することができた。特に小児における発作誘因環境を再現・整備することの重要性を認識できた症例であった。
The patient was an 11-month-old boy who had no epileptic history. He showed poor lip color and sursumvergence after hot bathing as the first seizure attack. Three days later, he showed repetitive seizure attacks and he was brought to our hospital. We observed right temporal onset focal seizure in electroencephalography (EEG) recording. Therefore, he was administered carbamazepine. Two months later, he had seizure attacks again for three days after bathing, and carbamazepine was switched to phenobarbital. We suspected that bathing precipitated seizure, and thus he was given a shower instead of a hot bath. Although he was taking a shower, the number of seizures was not reduced. We tried to perform video-EEG recording during his bathing in an EEG room to capture a seizure attack and we successfully recorded his seizure after taking a bath. The EEG showed right temporal rhythmic slow waves in the ictal period and generalized slow waves, which later finally attenuated. This epileptic seizure was defined as right temporal onset focal seizure with dyscognitive and autonomic symptoms. We considered that it was a type of reflex epilepsy, and the precipitant was wiping up following hot bathing. It seemed difficult to perform EEG recording during bathing; however, we were able to record the time of his specific seizure by replicating the circumstances that could induce the usual attacks. It is important to capture seizures by video-EEG recording especially in children to contribute to correct diagnosis and treatment.
てんかんの診断は,多くが発作の目撃者あるいは本人の証言と発作間欠期脳波に基づいて行われる。しかし,医療者による発作症候の正確な観察は困難であり,しばしば正確な診断を不可能にしている1)。殊に小児では,てんかん発作に類似した非てんかん性発作性疾患や行動が多く,てんかん発作と非てんかん性発作の区別はてんかん専門医でも困難なことがある。てんかん発作の治療は主に発作型に基づいて行われることから,ビデオ脳波同時記録(video electroencephalography monitoring; VEEG)は最も信頼できる検査法として実施される1)。
当院では,1981年からVEEGを実施しており,脳波室では1時間から3時間程度の時間枠で,特に小児を対象とした「発作時脳波検査」としてVEEGを行っている2)。最近では年間およそ50件の検査依頼があり,一般的な睡眠や光刺激,過呼吸などの賦活のほか,食事やゲーム,勉強など,患者(児)に合わせた発作誘因を再現し,発作を捕捉することを目的として実施している。
今回我々は,入浴を誘因としたてんかん発作が疑われ,脳波室にて沐浴を実施したことで発作捕捉に成功し,治療方針の決定に寄与した一症例を経験したので報告する。
患者:11か月(初診時),男児。
現病歴:来院三日前の入浴後に,口唇色不良および眼球上転して眠ることがあった。来院当日の朝,2回ほど,唇と顔の色が悪くなった後に眼球上転し2~3分の間呼びかけに反応がなくなることがあり,近医を受診した。診察中にも同様の症状が1回見られ,当院へ紹介となった。
既往歴:てんかんの家族歴なし。熱性痙攣なし。
アレルギー:なし。
周産期歴:在胎38週2日,経膣分娩で出生。身長48.1 cm,体重3,060 g,頭囲33 cm。特筆すべき異常なし。
発達:定頚3~4か月,寝返り4~5か月,座位6か月,掴まり立ち・伝い歩き7か月,始語11か月。
発作間欠期診察:意識清明で視線は合う。四肢運動および胸腹部異常なし。
当院初診時(Day X:初発より3日後)に,意識障害を伴う焦点発作を疑いVEEGおよび頭部MRIを実施した。MRIでは明らかな異常を認めなかった。この時点では乳児良性てんかんの可能性を疑い,カルバマゼピン(carbamazepine; CBZ)の内服(4 mg/kg/day)を開始した。入院にて経過観察を行い,以後は明らかな発作を認めず,Day X + 3に退院となった。退院1か月後のCBZ血中濃度は治療域(4.0~12.0 μg/mL)をやや下回る3.60 μg/mLであった。
その後2か月ほど発作は見られなかったが,Day X + 60より3晩続けて入浴後に発作あり(顔色不良,眼球上転,上肢の細かな震え)来院された。この時のCBZ血中濃度は3.80μg/mLとやや低値であった。2か月間発作は抑制されていたが再燃を認めたことから,CBZを8 mg/kg/dayに増量した。しかし,Day X + 66の深夜から未明にかけて計4回の発作を認めたため受診,その際にも継続して発作を認めた。そこで,Dravet症候群の可能性を考慮し,フェノバルビタール(phenobarbital; PB)20 mg/kgを静注後,内服をCBZからPB(3 mg/kg/day)に変更した。入浴が発作誘因となっていることが疑われたため,翌々日からシャワー浴のみとして経過観察したところ発作を認めず,入院から1週間後のDay X + 72に退院となった。
しかしその3日後(Day X + 75),シャワー浴であったにも関わらず発作を認め,さらに翌日にもシャワー浴後に同様の発作を認めた。Day X + 77に受診した際のPB血中濃度は8.7 μg/mLと治療域(15.0~40.0 μg/mL)に満たない濃度であったため,入院後PB 18 mg/kgを静注したのち,翌日(Day X + 78)内服を4 mg/kg/dayに増量した。同日からシャワー浴および入浴を禁止した。Day X + 83からシャワー浴を開始したところ,Day X + 85のシャワー後に発作を認めた。このときのPB血中濃度は21.5 μg/mLであった。発作は全てシャワー浴後,体を拭いている時に起こり,浴室では認めなかった。これらの経過より,極めて限定的な状況で発作が生じていることから,家族の同意を得たのち,脳波室で発作発生の状況を再現して発作を捕捉することを試みた。
EEGはNeurofax EEG-1200(日本光電)を使用し,10–20電極法の21箇所に加え,Gibbs変法のT1およびT2を装着して基準電極誘導による記録を行った。機能アースはFpzの位置に装着し,システムリファレンスはC3およびC4とした。サンプリング周波数は500 Hzとし,高域遮断フィルタ120 Hz,低域遮断フィルタ 0.53 Hzで記録した。また,筋電図として右三角筋にディスポ電極Vビトロード(日本光電)を貼り付けた。
1. 初診時脳波検査(Day X)EEGでは数分間持続する発作を捕捉し,T2/T4に高振幅徐波および棘徐波複合を認めた(Figure 1)。この時患児はカメラに対し顔を背けており,表情等を観察することはできなかった。発作間欠期の脳波に明らかな異常は認めなかった。
双極誘導,感度:20 μV,高域遮断フィルタ:35 Hz,低域遮断フィルタ:1.6 Hz,Sz:発作
Day X + 86に入浴後の発作を捕捉するべく発作時脳波を施行した。
まず,脳波室に乳児用沐浴槽を設置し,38度の湯を準備した。感電のリスクを排除するため,沐浴槽の下にはビニールシートおよび吸水マットを敷き,電極ボックスを除く電気機器類を撤去した。電極装着後,電極ボックスをビニールで覆った。検査時の状況をFigure 2に示す。
画面中央に沐浴槽と患児,画面右側に母親,画面左と左上部に医師:電極ボックスはビニールシートで覆い感電を防止した。
入浴は下肢中心の湯浴みを5分間行い,その後沐浴槽から出てタオルで体を拭く,といった一連の行為を普段通り行った。このときに得られた発作時とその前後の脳波(約2分30秒間)をFigure 3に示す。
双極誘導,感度:20 μV,高域遮断フィルタ:35 Hz,低域遮断フィルタ:1.6 Hz,Sz: 発作
患児を沐浴槽から出し体を拭いた直後,右側頭部(T4/T6)に律動波(Figure 3, arrow head)が見られ徐波化した後,およそ30秒後に全般化した(Figure 4)。この時患児は動作停止し,目は焦点が合わない状態であった。即座にベッドへ移乗し記録を継続したところ,EEGでは右側頭部に鋭徐波,左側頭部に高振幅徐波を認めた。発作起始から1分後には顔色不良となり,両上肢伸展させる強直性姿勢を示し,さらに体幹を右に回転する動作が認められた(Figure 3, “tonic”)。EEGでは右前側頭部に鋭徐波複合がみられた後,全般性に平坦化した。このとき脈拍は30回/分の徐脈であった。その後,徐波の出現とともに皮膚色および意識は緩徐に回復した。
単極誘導,感度:20 μV,高域遮断フィルタ:35 Hz,低域遮断フィルタ:1.6 Hz
これらの所見より,本てんかん発作は「意識障害を伴う自律神経症状と強直性姿勢を示す右側頭部起始の焦点発作(right temporal onset focal seizure with dyscognitive and autonomic symptoms)」と診断された。
入浴後の体の拭き上げが発作誘因であることが明らかとなったことから,検査後は急激な体温変化が起こらないように入浴方法を清拭と陰洗に変更した。さらにPBを5 mg/kg/dayに増量した。その後は発作も見られず,脳波検査5日後(Day X + 91)に退院となった。退院時のPB血中濃度は32.8 μg/mLであった。
退院後も発作はなく,4年間でPBを漸減中止した。一方で,Dravet症候群を疑い実施したSCN1A遺伝子を含む112個の遺伝子に対するExome解析では,病因と考えられる遺伝子変異は同定されなかった。
本症例は入浴後の体拭きの際に発作が起きたことから,体温変化や体性刺激,あるいはその両者が誘因である可能性が示唆された。
体温変化により発作が誘引される代表的な疾患としてDravet症候群(乳児重症ミオクロニーてんかん)がある。Dravet症候群の症状としては,有熱性または無熱性の全身性または一側性の間代/強直間代発作で,発症当初からけいれん重積および群発を繰り返す。一方で一般的に精神運動発達遅滞はなく,入浴や発熱でけいれんを起こしやすいとされている。1歳半以降,ミオクロニー発作,焦点発作や両側性けいれん発作,また,精神発達遅滞や失調,筋緊張低下が出現する3)。発作誘因としては温浴,ワクチン接種,運動,騒音,光刺激などがある3),4)。Dravet症候群の主たる原因遺伝子としてSCN1A遺伝子が同定されている5)~8)。
一方で,体性感覚の刺激が引き金となるてんかんとして反射てんかん(reflex seizure; RS)が挙げられる。RSの誘因として,①体性感覚刺激,②光刺激,③音楽,④食事,⑤書字や計算がある9)。このうち①体性感覚刺激では,軽く叩くこと(tapping)10)~12)や擦ること(rubbing)13),歯磨き14),15)などが誘因となることが報告されている。
本症例ではSCN1A遺伝子には明らかな遺伝子変異が同定されなかったこと,さらに1歳半以降の典型的な症状が見られないことからDravet症候群は否定的であると考えられている。その一方で,入浴後の体拭きにより発作が誘発されたことから,体温変化のほか体性感覚刺激が誘因である可能性が示唆された。
今回我々は,発作のトリガーとなる環境を脳波室に再現することで発作を捕捉することに成功した。当院で入浴中の脳波を記録したのは本症例が初めてであったが,最も大きなリスクである患者の感電や機器の故障もなく完遂することができた。今回は発作の1シリーズを記録することができ,“入浴後の体拭き”が発作誘因であることを明らかとし,その後の診療に寄与できたと考える。
てんかん発作の誘因は様々であり,一般的な脳波検査の賦活方法である閃光刺激や過呼吸,睡眠では発作を誘発することが困難であることが多い。そこで当院では,特に小児においてその発作を捕捉するため,様々な賦活や周囲環境の再現を試みている。ここで,限られた検査時間の中で発作を捕捉し,正確な発作型を決定するためには,脳波室という“非日常”の環境下にいかにして“日常”の環境を再現するかが重要であると考える。小児では本人以外の家族や学校の教師・友人などの非医療従事者による目撃情報が重要な情報源となることから,実際の発作症状と照らし合わせ,両者の情報の整合性を検証することも必要である。
一方で,検査時に実際の発作誘因や環境に近いものを提供できたとしても,そこには“病院”や“検査”というものに対する防衛機制が働くことは避けられない。特に小児の場合はこの防衛機制が高いハードルとなり,検査中に発作を捕捉できない原因となることも少なからずあると思われる。このような要素を取り除くために,我々臨床検査技師はハード面の環境整備のみならず,患児本人の精神的なフォローを行うことも重要な役割であることを認識して様々な工夫を行い,検査の質の向上に寄与する必要があると考える。
脳波室にて入浴を実施し発作時脳波の記録に成功した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。