2021 年 70 巻 1 号 p. 144-149
背景:形質芽細胞性リンパ腫(plasmablastic lymphoma; PBL)は,HIV感染による免疫不全患者や高齢者に発生する稀な悪性リンパ腫である。今回,我々は心嚢液検体のセルブロック標本による免疫組織化学的検討においてPBLと考えられた症例を経験したので報告する。症例:80歳代,男性。左背部痛により当院救急外来受診。CTにて両側胸水と多量の心嚢液貯留を認めた。エコーガイド下に心嚢腔穿刺が行われ,心嚢液の細胞診が施行された。細胞診において中型~大型の異型細胞の増殖を認めた。クロマチンは粗大顆粒状でN/C大,明瞭な核小体,核のくびれも見られた。セルブロック標本の免疫組織化学的染色結果から,原発性滲出液リンパ腫よりはPBLまたは骨髄腫が考えられた。その後行われた胸水細胞診は陰性であった。骨髄腫鑑別のため,骨髄穿刺実施も特記所見なし。Gaシンチ,PET-CTを実施するも腫瘍の局在は認められず。血清免疫電気泳動にて明らかなM蛋白は認められず。尿免疫電気泳動にてベンスジョーンズ蛋白は認められず。これらの結果から確定診断には至らなかったがPBLの可能性が最も考えられた。結論:心嚢液検体にてPBLと考えられた1例を経験した。画像診断にて腫瘍の局在を認めなかったため組織診は施行出来ず,細胞診とセルブロック標本における免疫組織化学的検討が診断に有用であった。体腔液細胞診でのセルブロック標本作成の重要性を再確認した。
Background: Plasmablastic lymphoma (PBL) is a rare malignant lymphoma occurring in immunocompromised patients caused by human immunodeficiency virus (HIV) infection and in elderly persons. We report a case of PBL diagnosed by immunohistochemical examination of a cytology cell block of pericardial fluid. Case: An elderly male patient in his 80s complained of backache on the left side. Computed tomography (CT) examination revealed bilateral pleural effusion and a large amount of pericardial fluid. Pericardial cavity puncture was performed under echo guidance, followed by cytodiagnosis of the pericardial fluid. Pericardial fluid cytology showed a large number of atypical cells of medium to large size with large irregular nuclei and prominent nucleoli. PBL or myeloma was suspected rather than primary effusion lymphoma after the immunohistochemical examination of the cell block. The pleural effusion cytodiagnosis was negative for the atypical cells. The bone marrow aspiration performed for excluding myeloma did not reveal any significant findings. Although gallium scintigraphy and positron emission tomography-CT were performed, the local existence of the tumor was not confirmed. No M protein was detected by serum immunoelectrophoresis, nor was the Bence Jones protein detected by urine immunoelectrophoresis. Therefore, there was no definitive diagnosis, but PBL was highly suspected. Conclusion: We encountered one case of PBL diagnosed by pericardial fluid analysis. Histological examination could not be performed because there were no tumor masses; hence, cytodiagnosis and immunohistochemical examination of the cell block were effective for the diagnosis. Thus, we reconfirmed the importance of making a cell block specimen with body-cavity fluid cytodiagnosis.
形質芽細胞性リンパ腫(plasmablastic lymphoma; PBL)は形質細胞の免疫表現型を有する免疫芽球に類似した大型腫瘍細胞の増殖を特徴とする稀な悪性リンパ腫であり,HIV感染による免疫不全患者や高齢者の口腔に発生することが多いが,節外性に他部位に発生することもある1)。一方,原発性滲出液リンパ腫(primary effusion lymphoma; PEL)は体腔滲出液中で増殖し,腫瘤形成を認めない,こちらも稀な悪性リンパ腫である2)。
今回,我々は心嚢液細胞診とセルブロック標本の免疫組織化学的検討により,PBLと考えられた1例を経験したので報告する。
80歳代,男性。高血圧,脂質異常症,高尿酸血症,慢性腎臓病,腎性貧血にてフォロー中。左背部痛にて当院救急外来を受診した。胸部CTにて両側胸水と多量の心嚢液貯留を指摘され,エコーガイド下で心嚢腔穿刺が行われた。
心嚢液細胞診では,Papanicolaou染色標本で,マクロファージや成熟リンパ球を背景に中型~大型異型細胞を多数認めた。異型細胞はN/C比が高く,核形不整と明瞭な核小体が目立った(Figure 1A)。May-Grünwald Giemsa染色標本では好塩基性で多数の空胞様の封入体を伴う細胞質を有し,一部核周明庭が見られる大型異型リンパ球様細胞を多数認めた(Figure 1B)。
A: Pap staining (×40), B: May-Grünwald Giemsa staining (×40). Atypical cells of medium to large size with large irregular nuclei and prominent nucleoli.
細胞診標本作成後の残沈査を材料としてセルブロック標本を作成し免疫組織化学的検索を行った(Figure 2)。その結果,異型細胞はCD79a陽性,CD138,MUM1一部陽性,CD3,CD20,EMA,EBERは陰性であった(Table 1)。以上より,PELよりはPBLまたは形質芽細胞性骨髄腫(plasmablastic plasma cell myeloma; PPCM)が考えられた。
CD3 | (−) |
CD10 | (−) |
CD20 | (−) |
CD30 | (−) |
CD79a | (+) |
CD138 | (±) |
EMA | (−) |
MUM1 | (±) |
EBER | (−) |
(+): positive (−): negative (±): weakly positive
その後行われた追加の免疫組織化学的染色結果にてbcl-2は陽性,CD117,p53は陰性であった。
心嚢液のフローサイトメトリー解析ではCD19,CD38,CD45,IgMが高い陽性率を示し,免疫グロブリン軽鎖はkappa鎖に大きく偏っていた(Table 2)。
CD2 | 35.2% | IgM | 87.8% |
CD3 | 9.8% | kappa-chain | 94.4% |
CD4 | 9.6% | Lambda-chain | 11.1% |
CD5 | 71.9% | CD25 | 76.7% |
CD7 | 28.4% | CD30 | 1.3% |
CD8 | 6.0% | CD34 | 0.3% |
CD10 | 2.4% | CD38 | 97.6% |
CD19 | 90.5% | CD45 | 99.6% |
CD20 | 9.3% | CD56 | 0.5% |
今回MYC遺伝子,PRDM1ミスセンス突然変異についての検査は行われなかった。
その後行われた胸水細胞診ではリンパ球優位の炎症細胞と中皮細胞が見られた。異型細胞は認めなかった(Figure 3)。
A: Pap staining (×40), B: May-Grünwald Giemsa staining (×40).
骨髄生検の結果,プラズマ細胞の増加やリンパ腫細胞の浸潤は見られなかった(Figure 4)。
血清免疫電気泳動検査の結果,M蛋白は認められなかった。
尿中免疫電気泳動の結果,ベンスジョーンズ蛋白は認められなかった。
ガリウムシンチグラフィ検査の結果,心嚢液に相当するRI集積は認めず。リンパ節を示唆するRI集積も認められなかった(Figure 5)。
PET-CTの結果,胆嚢壁にFDG集積が見られたが,心嚢をはじめ,その他の部位に異常集積は認めなかった(Figure 6)。以上の結果から,確定診断には至らなかったが,PPCMは否定的であり,PBLの可能性が最も考えられた。患者は診断から3ヶ月後に亡くなられた。
PBLの48%は口腔,顎に,12%は胃腸領域,6%は皮膚に発生すると報告されているが,Petrichらは心臓または心嚢に位置する節外性リンパ腫である原発性心臓リンパ腫(primary cardiac lymphoma; PCL)113例の検討において2例がPBLであったと報告している3),4)。
PBLは免疫組織化学的にCD138,CD38,MUM1が陽性,CD79aやCD20が陰性または弱陽性,EBERは症例の60から75%で陽性となるとされている1),3)。
また,B細胞の分化段階として形質細胞に至るまでの形質芽細胞は細胞マーカーとしてCD19の表現型を示している間,CD38,MUM1は陽性,CD20は陰性となるとされている3)。免疫応答正常者に発生したPBLでbcl-2やp53の陽性率が高いとする報告もあるが,今回bcl-2は陽性であったものの,p53は陰性であった5)。
免疫組織化学的に類似しているPPCMとPBLの鑑別については,CD117が有用であるとする報告があり,PPCM症例の67%でCD117陽性であるのに対し,PBLにおいては全症例で陰性であったとしている6)。また,形質細胞性骨髄腫(plasma cell myeloma; PCM)症例97%の血清,または尿においてM蛋白が認められるとされており,PPCM症例でも陽性の報告がある7),8)。本症例においては,CD117は陰性であり,血清においてM蛋白も認められなかったことからPPCMは否定的であると考えられた。
PELとの鑑別については,PELはHIV感染による重度の免疫不全を伴った若年から中年の男性に発生することが多く,免疫組織化学的にCD19やCD20,CD79aといった汎B細胞マーカーが陰性であり,CD30やEMA等が陽性であることが多いとされている2)。
今回我々が経験した症例は臨床所見上腫瘍形成を認めず,PELに類似していた。しかし,免疫組織化学的にはCD79aは陽性,CD30,EMAは陰性,フローサイトメトリー解析結果でCD19陽性とCD20は陰性であったものの一部のB細胞マーカーで陽性を示していた(Table 3)。
this case | PBL | PEL | |
---|---|---|---|
CD138 | (±) | (+) | (+) |
CD38 | (+) | (+) | (+) |
MUM1 | (±) | (+) | not listed |
CD20 | (−) | (±) | (−) |
CD19 | (+) | not listed | (−) |
CD79a | (+) | (±) | (−) |
kappa-chain | (+) | (±) | not listed |
EMA | (−) | (±) | (+) |
CD30 | (−) | (−) | (+) |
HHV8 | not done | (−) | (+) |
EBER | (−) | (+) | (+) |
(+): positive (−): negative (±): negative or weakly positive
近年,臨床症状はPELに類似しているがHIVやEBV,HHV8等の感染を認めない症例がPEL様リンパ腫として報告されている9)~11)。PEL様リンパ腫は免疫組織化学的に汎B細胞マーカーが陽性となることが多いとされている11)。Wuら11)は54症例のPEL様リンパ腫の症例検討においてこの腫瘍は腫瘍全体,またはその大部分が体腔に存在しているバーキットリンパ腫,または免疫芽細胞性リンパ腫のどちらか一方に相当するものであると述べている。
今回の症例はこのPEL様リンパ腫の1例とも考えられるが,PEL様リンパ腫については現時点では報告数も少なく,WHOの分類上では個別に定義されてはいない。従って,本症例は現在のWHO分類上はPELとは異なり,PBLに最も近い症例であったと考えられた。
本症例は画像診断にて腫瘍の局在を認めなかったため組織診は施行出来ず,細胞診とセルブロック標本による免疫組織化学的検討が診断に有用であった。
心嚢液検体にてPBLと考えられた1例を経験した。体腔液細胞診でのセルブロック標本作成の重要性を再認識した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。