症例は40歳代女性。深部静脈血栓症(DVT)および肺動脈血栓塞栓症のため当院心臓血管内科で治療中であった。D-ダイマーが著明に上昇してきたため下肢静脈エコー(US)を実施した。USではDVTの増悪に加え,両側卵巣の腫大が認められた。卵巣の内部エコーは,充実成分と嚢胞成分が混在しており卵巣癌が疑われた。追加で行われた造影CT,造影MRIでは両側卵巣腫瘤の他,子宮体癌も疑われた。その後,子宮全摘術および両側付属器切除術が施行され,病理組織診では子宮体部,両側卵巣で同時多発した類内膜腺癌と診断された。悪性腫瘍では,血栓塞栓症を高率に合併することが知られている。今回,D-ダイマー高値を契機に行ったUSでDVTの増悪のみならず,原疾患と思われる卵巣癌も指摘できた。若年~壮年期や再発するようなDVTでは悪性腫瘍の存在を念頭に置いて検査にあたる必要がある。
A woman in her 40s was treated for deep vein thrombosis and pulmonary artery thrombosis in our hospital. Ultrasound sonography (US) was carried out to examine her lower limb veins owing to a marked increase in her D-dimer level, which revealed that her deep vein thrombosis had worsened. US examination of the pelvic cavity indicated that her ovaries were swollen with a mixture of solid and cystic components, which indicated ovarian cancer. Examinations of both contrast-enhanced computed tomography and magnetic resonance images revealed that the endometrium was irregularly thick, and she was also suspected of having endometrial cancer. On the basis of the above findings, total hysterectomy and bilateral ovariectomy were performed. The pathological diagnosis of these tumors was endometrial adenocarcinoma of the uterus and bilateral ovaries. Thromboembolism is known to occur at a high rate in malignant tumors. In this case report, US examination showed that her deep vein thrombosis in the lower limbs was exacerbated owing to high D-dimer levels, followed by the development of ovarian cancer, which was considered the underlying disease. This case showed that in young to middle-aged women with recurrent deep vein thrombosis, it is necessary to determine whether malignancy is present.
悪性腫瘍が存在すると,血栓塞栓症を高率に合併することが知られている1),2)。今回,D-ダイマー高値を契機に行った下肢静脈エコーで深部静脈血栓症(DVT)の増悪を認め,さらに原疾患と思われる卵巣癌を指摘し得たので報告する。
40歳代,女性。身長:152 cm,体重:52 kg,BMI:23.8。
血圧:140/72 mmHg。
内服薬:ワルファリン,アトルバスタチン,アムロジピン,ロサルタン,ビルダグリプチン,ミグリトール 等
主訴:特になし。
既往歴:下肢静脈血栓症,肺動脈血栓塞栓症,糖尿病,高血圧症。
現病歴:20xx − 5年より下肢静脈血栓症の経過観察中で,当院の心臓血管内科に通院中であった。下肢の症状は認めなかったが,20xx − 1年12月からD-ダイマーは上昇傾向を示していた(Figure 1)。また,20xx − 1年5月から同年12月にかけては,プロトロンビン(PT)活性値が上昇し抗凝固療法のコントロールが不良であった。20xx年3月に下肢静脈エコーを実施していたが,左大腿静脈および両側下腿静脈に索状血栓を認めるのみであった。20xx年5月の血液検査でもD-ダイマーは11.87 μg/mLと高値であり,下肢静脈血栓の増悪が否定できないため,下肢静脈エコーを行った(Table 1)。
D-dimer was showed drastic high value from January 30, 20xx.
AST | 7 U/L | TP | 7.7 g/dL | WBC | 10.2 × 103/μL |
ALT | 6 U/L | Alb | 4.2 g/dL | RBC | 3.56 × 106/μL |
LDH | 182 U/L | T-Bil | 0.3 mg/dL | Hgb | 9.2 g/dL |
ALP | 163 U/L | T-cho | 198 mg/dL | Hct | 28.6% |
γ-GTP | 26 U/L | LDL-C | 129 mg/dL | MCV | 80.3 fL |
CK | 52 U/L | HDL-C | 47 mg/dL | MCH | 25.8 pg |
| UA | 4.7 mg/dL | MCHC | 32.2 g/dL | |
Na | 138 mEq/L | Plt | 177 × 103/μL | ||
K | 4.8 mEq/L | Glu | 206 mg/dL | ||
Cl | 106 mEq/L | HbA1c | 7.5% | PT-INR | 1.15 |
| APTT | 28.9 sec | |||
Fe | 21 μg/mL | CRP | 0.61 mg/dL | D-dimer | 11.87 μg/mL |
UIBC | 316 μg/mL |
D-dimer rose rapidly around January 20xx.
両側膝窩から下腿静脈にかけてエコー輝度がやや不均質な血栓を認めた。右側の膝窩領域では充満状態であった。両側ともに,血栓中枢端の可動性はわずかであった(Figure 2)。骨盤内静脈には明らかな血栓は検出できなかったが,右外腸骨静脈近傍に嚢胞性の腫瘤像が認められたため骨盤内臓器の観察を行った。
A: Deep vein thrombus in right popliteal vein. Thrombus was filled.
B: Deep vein thrombus in left popliteal vein. Floating thrombus was suspected.
子宮右側に10 × 5 cmの境界明瞭で一部くびれを有する腫瘤を認めた。内部エコーは不均質で頭側に等エコー,尾側では低エコーを示し充実部がほとんどを占めていた。背側には一部嚢胞性変化を有していた。隔壁は認めなかった。カラードプラ法では明らかな腫瘤内血流を検出できなかった。検査中に子宮の異常は指摘することができなかったが,後日エコー画像を見返すと子宮内膜の肥厚を確認することができた(Figure 3)。なお腫瘤による静脈の圧迫は認めなかった。左側卵巣も4 cmと腫大していた。内部は等エコーと嚢胞成分が混在していた。充実部分の内部エコーは均質で嚢胞性部分に隔壁は認めなかった。カラードプラ及びパルスドプラで内部に拍動性血流を認めた(Figure 4)。以上より両側卵巣腫瘍を疑った。日本超音波医学会の卵巣腫瘍エコーパターン分類に当てはめると両側卵巣ともに充実性優位の混合パターンでありⅤ型と考えられ悪性の可能性が高いと考えられた3)。
A: Right ovary was swelling (10 × 5 cm). Internal echo was mixed pattern with dominant solid part.
B: Internal vascular flow was unknown.
C: Looking back, endometrial was thickening (arrow).
A: Left ovary was swelling (4 cm). Internal echo was mixed pattern with dominant solid part.
B: Pulsating blood flow was observed inside.
以上の結果を受け,肺動脈血栓および卵巣腫瘍評価の為,造影CT検査,造影MRI検査を追加で行った。
胸部:両側肺動脈に非閉塞性の血栓を複数か所認めた。右心系の拡大は認めなかった。
腹部:子宮右側に9 × 7 cm,左側に4.5 × 5 cmの腫瘤を認めた。嚢胞成分,充実成分を伴っており両側卵巣由来の病変が疑われた。CT上は良悪性の鑑別は困難であった。また子宮内膜にも不整な肥厚を認めた。肝,胆,膵,腎,脾,消化管に占拠性病変は認められなかった(Figure 5)。
A (artery phase): thrombus in pulmonary artery (arrowhead), B (equilibrium phase): Ovarian tumor (arrowhead) Endometrial thickening (arrow).
A: Thrombus was found in the left pulmonary artery.
B: Both ovary were swelling. Endometrium was thickening.
子宮右背側に10 cm,左側に5 cmの腫瘤を認め嚢胞成分,充実成分が混在していた。右側の嚢胞成分はT1強調画像で高信号を示し出血が疑われた。充実部分はいずれも不整形で不均一な造影効果を伴っていた。子宮内膜は不整に肥厚し,内膜筋層境界も不明瞭であった。膣への浸潤はみられなかった。以上より,造影MRI検査からは子宮体癌および両側卵巣転移が疑われた(Figure 6)。
A: Right ovarian tumor (arrowhead) Endometrial tumor (arrow), B: Left ovarian tumor (arrowhead), C: Endometrial tumor (arrow).
A, B: Both ovaries were swelling and showed irregular enhancement. C: Endometrium was showed irregular thickening.
腫瘍マーカー,凝固抑制因子,抗核抗体等を追加で検査した(Table 2)。卵巣癌で上昇するCA72-4,CA19-9,CA125は上昇していた。抗カルジオリピン抗体は検出されなかった。プロテインS活性は基準範囲内であったが,プロテインC活性は低下していた。また,抗ds-DNA抗体や抗核抗体は検出されなかった。
CEA | 2.1 ng/mL | aCL IgG | < 1 U/mL |
AFP | 3.0 ng/mL | aCL IgM | 1 U/mL |
CA72-4 | 13.1 U/mL | Lupus Anticoagulant | 1.1 sec |
CA19-9 | 102.5 U/mL | Protein C activity | 30% |
CA125 | 2,999.0 U/mL | Protein S activity | 65.4% |
dsDNA IgG | (−) | ab2GPI IgG | 1.3 U/mL |
ANA | < 40 times |
Some tumor makers showed high levels. On the other hand, anticardiolipin antibodies, lupus anticoagulant and antinuclear antibody were in the normal range.
以上の結果を受け,下大静脈フィルタ留置下で腹式単純子宮全摘術および両側卵巣切除術が施行された。
子宮体部,卵巣ともに類内膜腺癌の診断であった。子宮内膜の浅い層に腫瘍があり内膜にびまん性に広がっていること,かつ両側卵巣に子宮内膜症を疑う像があることから,子宮体部および両側卵巣の類内膜腺癌の同時多発と考えられた(Figure 7)。
A: Right ovary {Hematoxylin-Eosin (HE) staining 20×}, B: Uterus (HE staining 20×), C: Left ovary (HE staining 20×)
Both ovary and uterus specimen were showed Endometrioid adenocarcinoma.
血栓は血流の鬱滞,血管壁の障害,凝固能の亢進状態(virchowの3徴)が原因で発生する。本症例は若年者で ADLは完全自立状態の患者であった。手術歴はなかった。BMIは23.8で肥満もなく血管を圧迫するような状態も認めなかった。また追加で行われた血液検査の結果から,抗リン脂質抗体症候群や膠原病である可能性は低いと考えられる。凝固抑制因子であるプロテインS活性は基準範囲内であった。プロテインC活性は30%と低下しているが,ワルファリン内服の影響やDVTの増悪により消費されたものと思われる。これらのことから,DVTは卵巣癌と子宮癌の担癌状態より増悪したものと考えられた。
本症例は5年前に初発の静脈血栓塞栓症を指摘されているが,その原因は精査されていなかった。PTやD-ダイマーは定期的に測定されており,データの推移を見ると1年程前にワルファリンのコントロールが不良となりPT活性が上昇していた。後方視的に見ると,この時期が担癌による過凝固状態を反映していた可能性がある。
わが国において静脈血栓塞栓症を発症した患者の3割は癌の既往例があるとの報告がされている4)。またDVTの再発患者では癌の発症率が高いとも言われている5)。その為,DVTを保有する患者において癌の存在を評価することは有用であると考えられる。
Sakumaら6)の報告によると癌患者の中で肺動脈血栓塞栓を有する割合が最も多いのは卵巣癌とされている。その中でも組織型別では明細胞腺癌が多いとされ,組織因子の強い発現が認められることが要因とされている7),8)。本症例は類内膜腺癌であったが,卵巣癌のみならず子宮の類内膜腺癌も存在し同時多発の状態であった。Yamanoiら9)の報告では卵巣癌,子宮癌の同時多発の方が,それぞれの単独発生癌より血栓症のリスクが高いとしている。さらにこの報告での組織型別では子宮,卵巣ともに本症例と同じ類内膜癌の割合が高かった。この1因として,卵巣癌と子宮体癌の同時多発は,卵巣癌単発の状態に比べ,組織因子がより多くなることで血栓傾向となった可能性が考えられる。
下肢静脈エコーで両側下肢のDVTの増悪を評価するとともに,その原疾患の1つと思われる卵巣癌を指摘することができた。その後の追加検査で子宮体癌も診断され治療に繋がった。50歳代で卵巣癌に血栓性静脈炎,DVTが先行した症例報告もある10)。このことからも,若年から壮年期でDVTが増悪するような症例では悪性腫瘍の存在を念頭に置きながら検査にあたるべきと思われる。領域を横断し,柔軟な検索が可能な超音波検査の特性が生かされた症例であった。
下肢静脈エコーでDVTの増悪を認め,さらに原疾患の1つと思われる卵巣癌を指摘できた。その後,子宮体癌を含めた治療に繋げることができた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。