医学検査
Online ISSN : 2188-5346
Print ISSN : 0915-8669
ISSN-L : 0915-8669
症例報告
腹部超音波検査で観察された肝嚢胞縮小化の1例と10例の文献的考察
笹岡 悠一大西 秀典細貝 智恵子島岡 愛亀田 咲来駒形 晴日関 美佐子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 70 巻 1 号 p. 155-159

詳細
Abstract

症例は60代,女性。上腹部不快感と痛みのスクリーニングとして実施した腹部超音波検査で,肝区域S6の4.6 cmを最大とした嚢胞性病変が大小様々で肝臓全体に認められ肝嚢胞と診断された。その後,定期的な経過観察においてS6の嚢胞は2016年9月に3.9 cm,2017年9月に3.0 cm,2019年10月に2.0 cmというように明らかな径の縮小を認めた。同様な症例報告を医中誌で可能な限り検索したところ10例を検索し得た。その中で,肝嚢胞の自然縮小は原因不明な症例が多い中,縮小しながら嚢胞腺腫へと発展した症例があった。経年的に縮小していく肝嚢胞は嚢胞腺癌の発生母地である嚢胞腺腫へと発展しうる可能性を念頭に置き,注意深く経過観察を行う必要があると考えられた。

Translated Abstract

The patient was a 64-year-old woman. An abdominal ultrasonography performed for screening for upper abdominal discomfort and pain revealed cystic lesions of various sizes up to 4.6 cm throughout liver area S6. The S6 cysts showed clear spontaneous reductions in diameter over time (down to 3.9 cm in September 2016, 3.0 cm in September 2017, and 2.0 cm in October 2019). When similar case reports were searched for in the “Ichushi” medical database, 10 cases were found. In many of these cases, the cause of spontaneous liver cyst reduction was unknown; however, one case was found in which the liver cyst had developed into a cystadenoma as it shrank. Considering the possibility that hepatic cysts that shrink over time may develop into cystadenoma, which may in turn become malignant (cystadenocarcinoma), it is necessary to regularly follow up patients with such cysts.

I  はじめに

肝嚢胞症は健診などにおける超音波検査の普及により容易に発見されるようになり,その大半は大小様々で無症状であり治療を必要としない1)。大きさは変化せずに経過するが,感染,破裂,または出血により大きくなる場合もある2)。しかし,小さくなる,または自然と消失するとした報告は少ない。今回我々は約4 cmの肝嚢胞が数年余りの期間で明らかな縮小を来した症例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する。

II  症例

患者:60代,女性。

主訴:上腹部の不快感と痛み。

既往歴:特記事項なし。

嗜好歴:喫煙歴なし,機会飲酒程度。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:2015年7月上旬より上腹部不快感が現れ,症状出現から7日後の深夜に右下腹部痛と不快感が出現し,眠れなくなった。翌日に当院内科を受診され,血液検査と尿検査を実施した。その約1ヶ月後の8月上旬に,血液検査,腹部CT,腹部超音波検査を施行され,肝嚢胞を指摘された。腹膜刺激症状は認めていない。その後,脂質異常症の経過観察で定期的に受診をされている。

III  検査所見

1. 血液検査(測定機器:BioMajesty JCA-BM6010 G)

2015年7月:来院時検査成績(Table 1)はS-AMYと中性脂肪がやや高値を示していた。

Table 1  来院時検査成績
血算 生化学
WBC 45 × 102/μL AST 18 IU/L
RBC 435 × 104/μL ALT 8 IU/L
Hb 13.5 g/dL LDH 160 IU/L
Ht 40% ALP 258 IU/L
MCV 92 fL γ-GTP 9 IU/L
MCH 31 pg Ch-E 328 IU/L
MCHC 33.8% S-AMY 141 IU/L
Plt 22.6 × 104/μL T-Bil 0.75 mg/dL
TP 7.4 mg/dL
尿定性 ALB 4.6 mg/dL
色調 淡黄色 Na 141 mEq/L
混濁 透明 K 4.1 mEq/L
比重 1.005 Cl 106 mEq/L
pH 7.0 BUN 7.2 mg/dL
蛋白 (−) CRE 0.67 mg/dL
(−) UA 3.7 mg/dL
ケトン体 (−) TG 139 mg/dL
潜血 (±) HDL 54 mg/dL
ウロビリノーゲン (±) LDL 139 mg/dL
ビリルビン (−) L/H比 2.6
亜硝酸塩 (−) CRP 0.01 mg/dL
白血球 (−)

2年2ヶ月経過時:中性脂肪127 mg/dL,HDLコレステロール66 mg/dL,LDLコレステロール152 mg/dL,L/H比2.3

2年5ヶ月経過時:ALT 17 IU/L,AST 9 IU/L,LDH 138 IU/L,ALP 266 IU/L,S-AMY 145 IU/L,TP 7.1 mg/dL,ALB 4.4 mg/dL,BUN 12.5 mg/dL,CRE 0.68 mg/dL,中性脂肪182 mg/dL,HDLコレステロール63 mg/dL,LDLコレステロール131 mg/dL,L/H比2.1

2年10ヶ月経過時:ALT 16 IU/L,AST 11 IU/L,LDH 134 IU/L,ALP 258 IU/L,S-AMY 137 IU/L,TP 7.0 mg/dL,ALB 4.3 mg/dL,BUN 17.7 mg/dL,CRE 0.77 mg/dL,中性脂肪134 mg/dL,HDLコレステロール77 mg/dL,LDLコレステロール138 mg/dL,L/H比1.8

4年3ヶ月経過時:中性脂肪142 mg/dL,HDLコレステロール73 mg/dL,LDLコレステロール143 mg/dL,L/H比2.0

来院時検査以降は腫瘍マーカー,炎症マーカー,血算,凝固系の測定なし。梅毒や肝炎ウィルス等の感染症検査は当院で実施していないため不明である。

2. 超音波検査(測定機器:Aplio500)

2015年8月:肝区域S6に約4 cmの内部無エコーで後方エコーが増強する嚢胞性病変を認めた(Figure 1A)。その他,肝臓全体に約1 cmから3 cm程度の嚢胞性病変が10個ほど散在していた。いずれも内部に隔壁や嚢胞壁の肥厚等はなく,単純性肝嚢胞と思われた。

Figure 1 右側腹部走査

(A)2015年8月,(B)2年2ヶ月後,(C)4年3ヶ月後

肝嚢胞が経年的に縮小していく変化を示す。測定Viewが異なるが,それぞれ嚢胞が最大径の箇所で測定した。

2年2ヶ月経過時:S6の肝嚢胞は3.0 cmに縮小しており,内部エコーの変化や嚢胞壁の肥厚や被膜の断裂像も認めなかった。肝周囲に腹水も認めなかった(Figure 1B)。

4年3ヶ月経過時:S6の肝嚢胞は類円形の状態で1.6 cmに縮小していた。この時点でも,嚢胞壁の肥厚や被膜の断裂像,モリソン窩の腹水などは認めなかった(Figure 1C)。カルテを参照した限りでは,2015年からの経過中に感染,外傷など肝嚢胞の縮小に影響を及ぼすものはなかった。

IV  考察

肝嚢胞は女性に多く好発年齢は40歳から60歳であり,嚢胞内の多くは隔壁がなく肝内胆管との交通もない3)。嚢胞内面は組織学的に,胆道上皮細胞のような一層の単層立方上皮あるいは円柱上皮に覆われている3)。診断機器の向上と健診の普及に伴い発見される機会は多くなっており,大部分は無症状で,嚢胞内感染,嚢胞内出血などの合併症がない限り血液生化学検査も正常である。しかし,嚢胞径が縮小化するものはほとんどなく,本邦で肝嚢胞の縮小化例を報告したものを医中誌で検索し得た限りでは10例であり,これらの症例を表にまとめた(Table 2)。また,PubMedで同様所見を検索した限りでは,アジア人以外の症例報告は確認できなかった。これは,国によって肝嚢胞の検出率が異なり,アメリカが1~5%4),イギリスが10%5),ナイジェリアが5%6)に対して,日本における近年の肝嚢胞検出率は約20%7),8)と高い点からも窺える。嚢胞の自然退縮は不明な点が多く,自験例は進展追跡を推測する上で貴重な症例と考え,過去の報告例との比較を行いながら考察する。

Table 2  本邦で報告された肝嚢胞縮小化症例の一覧
発表者,
発表年代
縮小期間 縮小理由 年齢 性別 主訴 発生部位 大きさ(cm) 縮小時大きさ 予後 単房/多房 手術 モダリティ 内容物
那須ら 2008 5ヶ月 炎症性線維化 46 M 胃潰瘍穿孔 左葉 11.6 8.3 良好 単房 CT 一部充実性
山口ら 1999 6ヶ月 感染性嚢胞 70 F 右季肋部痛
肝膿瘍
右葉 6 約1 良好 単房 US CT リング状濃染
三竹ら 1994 9ヶ月 嚢胞内出血 48 F 腹部腫瘤 左葉 10 1 不明 多房 US CT 隔壁構造あり
牧山ら 2002 9ヶ月 嚢胞内出血 56 F なし 右葉 11 4 良好 単房 US CT 充実性部分出現
佐藤ら 2004 3年 自然退縮 71 F なし 肝門部 7 2.5 不明 多房 US CT 不明
福田ら 1987 4年 自然退縮 56 F 不明 右葉 10 × 5 4 × 1.5 良好 多房 US 不明
飯島ら 1987 4年 自然退縮 77 F 高血圧で通院
加療中時発見
左葉 7.5 × 4.5 1.3 × 1.5 良好 単房 US 不明
吉田ら 2001 4年 自然退縮 62 F 慢性肝炎 右葉 4 消失 不明 単房 US CT 不明
自験例 4年 自然退縮 64 F 上腹部の不快感と痛み 右葉 4 1.5 良好 単房 US 不明
蔵原ら 2003 4年
8ヶ月
嚢胞腺腫 51 F なし 左葉 10.3 × 7.3 5.0 × 5.0 不明 単房 US CT 充実性部分出現
新井ら 2002 8年 自然退縮 55 F 高脂血症
心室期外収縮
右葉 7.7 1.1 良好 単房 US CT 不明

検索し得た10例の平均年齢は59.2歳で,性別は男性1名,女性9名であり,肝嚢胞自体が女性に多いためか圧倒的に女性に多くみられた。縮小理由は自然退縮が5例,嚢胞内出血が2例,感染性肝嚢胞が1例,炎症性の線維化が1例,嚢胞腺腫が1例であった。自然に縮小していく機序として,胆管と嚢胞が交通していたことにより嚢胞内溶液が次第に胆管へと流出していき,嚢胞径が小さくなっていくものがあり,嚢胞内溶液の流出経路としては腹腔内,胆道内,消化管が可能性としてあげられていた9)。その他の症例は退縮原因が不明であった10)~14)。自験例は,複数の肝嚢胞が存在する中で比較的大きな嚢胞だけが類円形のまま縮小を示し,他の嚢胞は変化していなかった。当院では,ERCPや胆道系酵素の測定などを実施していないため,経胆道的に流出した可能性は否定できなかった。他に,超音波検査で肝嚢胞被膜の断裂像と腹腔内貯留液も確認されず,腹痛など腹膜刺激症状も認めなかったため,自然破裂による肝嚢胞の縮小15)は否定的と思われた。

縮小期間が月単位に渡るものは4症例で,嚢胞内出血,感染性肝嚢胞,炎症性線維化があった。縮小した径の幅は約3 cmから約9 cmと様々で完全に消失したものはなかった。炎症性線維化は,粘液産生肝内胆管癌の患者で胆管炎などの炎症の波及により嚢胞周囲の壁が線維化して肥厚されており,嚢内への癌の浸潤による充実性部分の増大を認めていた。そのため,悪性腫瘍の増殖浸潤を疑い肝左葉と尾状葉切除術を施行されていた。感染性肝嚢胞は,セフォゾプラン(CZOP)3 g/日を投与開始し,9日間で臨床症状が軽快したためドレナージを行わず退院され,その後の経過観察のCTで肝嚢胞の著明な縮小を認めている。嚢胞内出血については無治療で経過観察であった。牧山ら16)は嚢胞内出血について,嚢胞内圧の上昇や炎症により上皮が脱落し,嚢胞液が産生されなくなるために縮小されるとしており,超音波所見として,嚢胞壁の肥厚と隔壁様構造を呈すると報告している。那須ら17)は炎症性変化によって嚢胞周囲の壁が線維化して肥厚し,硬度が増していき進展性が悪くなったために嚢胞径が縮小すると推察していた。また山口ら18)は感染性肝嚢胞がドレナージを実施せずにどのような機序で嚢胞が縮小したのかは不明であるとしており,超音波所見として嚢胞壁の肥厚を報告している。

縮小期間が年単位に渡るものは,自然退縮と嚢胞腺腫があった。自然退縮は上述した通り,ほとんどの症例で嚢胞縮小の明らかな機序が不明であった。縮小した径の幅は約3 cmから約6 cmで,完全に消失したものが1例存在した12)。吉田ら12)は,C型肝炎ウィルスによる慢性肝炎の患者で,嚢胞退縮の原因が周皮性瘢痕による嚢胞壁細胞の虚血性壊死の結果,嚢胞液の再吸収が活発化され嚢胞自体が縮小していったと推察している。自験例は,過去に肝炎ウィルスの検査歴がなく,肝炎ウィルス感染症については不明であり,肝機能障害は指摘されたことがないが,炎症による嚢胞縮小の機序は完全には否定できていない。蔵原ら19)は,4年8ヶ月の期間で肝嚢胞が縮小していき,肝嚢胞腺腫へと発展した症例を報告している。肝嚢胞腺腫はDeBakeyらの分類3)で後天性の肝嚢胞に分類され,肝臓原発の極めてまれな上皮性嚢胞性腫瘍である。その組織形成に関してはいまだ不明瞭であり,将来的に嚢胞腺癌へと悪性化するmalignant potentialを有すると考えられている19)。嚢胞腺腫の超音波検査による特徴は,嚢胞壁の不整や内部に隔壁を伴う場合が多いことで,単純性嚢胞との鑑別が困難となることもあり注意を要する20)。また,嚢胞腺癌の超音波検査による特徴もそれに加え,嚢胞壁の石灰化や嚢胞内の乳頭状充実性病変が出現することがある。そのため,肝嚢胞腺腫と嚢胞腺癌は画像上の鑑別は非常に困難であり,また,診断目的の穿刺細胞診は偽陰性や肝内・腹腔内のがん散布の可能性があり施行されるべきではないとして,肝嚢胞腺腫を含めた腫瘍性嚢胞の治療は外科的切除による嚢胞の全摘出が必要とされている20)。これらの報告より,経年的に縮小を来す肝嚢胞は,炎症性変化によって嚢胞液が再吸収されているか,嚢胞の発育過程で肝内胆管などに穿破し嚢胞液が流出しているかが考えられる。

自験例においては,初回検査時より約4年の経過観察で嚢胞壁の肥厚も内部の隔壁様構造も認めていないため,感染性によるものと嚢胞内出血は考え難い。何らの誘因なく肝嚢胞の大きさが縮小した機序は不明である。肝嚢胞の経過観察時には,その形態の進展性に注意し嚢胞径の変化を定期的に評価することと,嚢胞の内部性状等の詳細な観察が重要であり,嚢胞腺癌の発生母地である嚢胞腺腫へと発展しうる可能性を念頭に置いて,定期的な経過観察を行う必要があると思われた。

V  結語

経年的に縮小していく肝嚢胞の1例を経験した。縮小していく肝嚢胞の多くは自験例も含め機序が不明だが,その中でも実際頻度としては少ないが嚢胞腺腫へ,さらに嚢胞腺癌へと発展する症例があった。単純性嚢胞から腫瘍性嚢胞への移行を捉えるために重要と思われるため,長期に経過観察を行うことが望ましい。

 

本研究は,当院倫理委員会の承諾を得て実施した(許可番号:小倫委8号)。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
feedback
Top