医学検査
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資料
当院職員におけるインフルエンザの罹患調査―ワクチン接種と診断確定時の臨床症状,勤務状況の分析―
丹 美玖新後閑 俊之宮前 正憲井川 沙希子武谷 洋子舩津 知彦櫻井 信司
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2021 年 70 巻 2 号 p. 318-324

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Abstract

当院では,以前より希望する全職員を対象に,病院の負担でインフルエンザワクチン接種を行っている。また,インフルエンザに罹患し,休職した職員の職場復帰後には調査票を配布し,罹患状況の調査を行っている。今回,回収したデータを元に,2017–18年および2018–19年シーズンの分析を行った。ワクチン接種率は各々97%(674/696),96%(663/693)で,罹患率は8.5%(59/696),9.5%(66/693)であった。38℃以上の高熱や筋肉痛・関節痛等,典型的な症状のなかった職員が両シーズン共30%以上存在し,診断された前日ないし当日に勤務していた職員は68%(40/59),67%(44/66)であった。各々28人,22人は当院外来で診断されており,受診のために来院した職員が14人(50%),9人(41%)存在した。今回の結果から,罹患した職員はワクチン接種により症状が軽減された可能性があり,そのために多くの職員がインフルエンザと診断された当前日に通常勤務していたのかもしれない。職員自身が感染源となることを防止するため,今後もこのような分析調査を継続し,ワクチン接種により症状が軽減されること,症状が軽微な感冒様症状であっても出勤せず,まずは一次医療機関である近医でインフルエンザの検査を行うことを周知・徹底すべきと考えた。

Translated Abstract

Our hospital provides flu vaccinations to all employees with no charge. We surveyed all employees who contracted the flu and took a sick leave. On the basis of that survey, we analyzed the morbidities of the 2017–18 (first) and 2018–19 (second) flu seasons. The vaccination coverages for the first and second seasons were 97% (674/696) and 96% (663/693), whereas the disease prevalences were 8.5% (59/696) and 9.5% (66/693), respectively. In both flu seasons, more than 30% of the employees who contracted the flu had no typical symptoms of the flu, such as temperature over 38°C or muscle and joint pain. The percentages of the infected employees who were working on the day before or on the day when they were diagnosed with the flu were 68% (40/59) and 67% (44/66) for the first and second flu seasons, respectively. Among the employees, 47% (28/59) and 33% (22/66) were diagnosed at our hospital outpatient department, and among those, 50% (14/28) and 41% (9/22) had come to the hospital solely for a checkup. From our results, vaccination may be effective in reducing the severity of symptoms. This reduction may be the reason why some employees continued to work despite having some symptoms. To avoid nosocomial infection, we will continue to conduct this survey every flu season and will also ensure that all employees know that even if their symptoms appear to be those of the common cold because the vaccination reduces the severity of flu symptoms, they should consult their family doctors for the flu test, not our hospital.

I  序文

冬季のインフルエンザ流行期,各医療機関は迅速な院内感染対策をとることが求められる。院内でアウトブレイクが発生すると,入院患者の状態悪化や生命に危険が及ぶ可能性があるだけでなく,職員の就労制限や病棟閉鎖による病院機能の低下など,地域や病院が被るリスクは大きい。そのため,感染曝露の機会が一般の人よりも多いと思われる病院職員に対し,感染対策を行うことが重要になってくる。これについて,当院では毎年10月下旬,希望する全職員を対象に本人は全額病院負担で,また扶養家族には廉価でインフルエンザワクチン接種を行っており,その結果として毎年非常に高い職員のワクチン接種率が維持されている。

しかし,インフルエンザワクチンには発症予防効果や重症化の防止効果は一定程度あるとされているが1)~3),集団感染の予防策としてワクチン接種をしてもインフルエンザに罹患する場合がある。罹患した職員が感染源となるリスクを可能な限り排除するには,感染した職員を病院から隔離することが重要である。一方で,病院職員は責任感が強く,症状があっても出勤し勤務を続けてしまう傾向があることを指摘する報告もある4)~6)

今回,我々はインフルエンザに罹患した全ての職員に調査票を配布し,ワクチン接種の有無と診断確定時の臨床症状や勤務状況を調査・分析した。我々が調べた限り,医療従事者のワクチン接種率向上に関する論文はこれまでにも多数見られるが,発症時における職員の勤務状況まで分析した報告はほとんどない。

現在,新型コロナウイルスによる院内クラスターが本邦でも多数報告され,入院患者から拡がるだけではなく,職員の感染からクラスターへと発展した例も散見されている。このようなことからも,感染した職員の発症当時の症状や勤務状況を調査・分析することは,感染対策に有用であると考える。今回,当院の分析の結果から改善すべき問題点が明らかとなったため報告する。

II  対象と方法

1. 調査期間

各シーズンの期間は,最初に職員のインフルエンザの罹患が報告された月の初めから最後に報告された月の末日とし,2017–18年シーズンは2017年12月1日から2018年4月30日,2018–19年シーズンは2018年12月1日から2019年5月30日とした。両シーズン共,初めて罹患した職員は,ワクチンを接種した日より,一般的にワクチン効果が発揮するとされている2週間以上を経過していた。

2. 対象

対象は,病床数333床のJCHO群馬中央病院(健康管理センター併設)と附属介護老人保健施設の職員(常勤・非常勤職員のみ,委託職員は除外)で,2017–18年シーズンは696人,2018–19年シーズンは693人である。なお,職員数はそれぞれ2018年と2019年の2月1日時点の人数である。

3. 調査方法および調査内容

インフルエンザに罹患し休職した職員に対し,職場復帰後に「病院職員インフルエンザ罹患調査票」を配布した。調査票には以下について記入してもらい集計を行った。a)所属部署と職種 b)今季・前季の予防接種の有無 c)罹患したウイルス型 d)推測される感染源 e)症状が出現した日時 f)臨床症状と症状が持続した期間 g)病院を受診した日時 h)インフルエンザと診断された直近の勤務状況

4. 職員のインフルエンザワクチン接種率と罹患率

職員のワクチン接種率と罹患率は以下の方法で算出した。

・ワクチン接種率(%)=当院でワクチンを接種した職員数/全職員数×100

・罹患率(%)=当院または他院で診断された職員数/全職員数×100

5. 各シーズンのインフルエンザ流行状況と群馬県のインフルエンザ検出報告数の調査

全国,群馬県,前橋市の定点当たりの報告数は,国立感染症研究所と群馬県衛生環境研究所が行っている感染症発生動向調査のデータを7),8),検出報告数は群馬県の感染症発生動向調査のデータを用いた8)

6. 職種別の罹患率

職種別にみた罹患率について,Fisherの正確確率検定による比較分析を行った。

III  倫理的配慮

本研究は,JCHO群馬中央病院倫理委員会(倫理委員会承認番号 2018-041)の承認を得て実施した。

IV  結果

1. 調査票の回収率

調査票の回収率は両シーズン共に100%で,インフルエンザに罹患した職員は2017–18年シーズン59人,2018–19年シーズン66人であった。

2. インフルエンザワクチン接種率と流行状況,罹患率

職員のワクチン接種率は2017–18年シーズン97%(674/696),2018–19年シーズン96%(663/693)であった。

各シーズンの全国,群馬県,前橋市および当院職員のインフルエンザ流行状況はほぼ同様で,第50週頃に最初の罹患が報告され,翌年の第5週が流行のピークとなっている(Figure 1)。

Figure 1 各シーズンのインフルエンザ流行状況

当院職員のインフルエンザ罹患状況は,両シーズン共に全国や群馬県,前橋市とほぼ同様な流行状況であった。

職員の罹患率は2017–18年シーズン8.5% (59/696),2018–19年シーズン9.5%(66/693)であった。職種別にみた罹患率は両シーズン共に看護職が最も高く,続いて医療技術職,医師職となっているが,これらの職種の罹患率に統計的有意差を認めなかった(p > 0.05)(Table 1)。

Table 1  職種別の罹患状況
2017–18年シーズン 2018–19年シーズン
罹患数(人) 職員数(人) 罹患率(%) 罹患数(人) 職員数(人) 罹患率(%)
看護職 36 354 10.2 41 341 12.0
医療技術職 10 118 8.5 10 122 8.2
医師職 5 64 7.8 6 73 8.2
事務職 2 63 3.2 4 56 7.1
その他 6 97 6.2 5 101 5.0
合計 59 696 8.5 66 693 9.5

両シーズン共に看護職の罹患率が高い傾向にあるが,これらの職種の罹患率に統計的有意差は認めなかった(p > 0.05)。

3. ウイルス型

職員が感染したウイルスの型は,2017–18年シーズンはA型18人(31%),B型40人(68%),不明1人(2%)であり,2018–19年シーズンは全例がA型であった。群馬県全体では2017–18年シーズンはA型(33%),B型(65%),不明(3%),2018–19年シーズンはA型(97%),B型(1%),不明(2%)であった。

4. 推測される感染源

両シーズン共,感染源不明が最も多く,続いて家族,患者から感染したと推測する人が多かった(Figure 2)。また同僚職員から感染したとする人は,2017–18年シーズン2人(3%),2018–19年シーズン7人(11%)であった。しかし,罹患調査票のa),c),d),g)の調査からは,罹患した職員のうち,診断日の4日前までに同じ病棟や部署の職員に発症者のいた人が2017–18年シーズン11人(19%),2018–19年シーズン24人(36%)存在し,そのうち各々7人(64%),9人(38%)は感染源不明と回答していた。

Figure 2 推測される感染源

いずれのシーズンも「不明」と回答した人が最も多く,次いで「家族」,「患者」と回答する人が多かった。

5. 臨床症状

回答のあった「38℃以上の発熱」,「発熱なし」,「咳嗽」,「咽頭痛」,「筋肉痛・関節痛」,「その他」の症状のうち,インフルエンザに典型的な「38℃以上の発熱」,「筋肉痛・関節痛」の出現頻度を示す(Table 2)。両シーズン共,38℃以上の発熱ないし筋肉痛・関節痛といった症状のなかった人が各々30%以上見られ,どちらの症状も見られなかった人は,2017–18年シーズンに12人(20%),2018–19年シーズンに18人(27%)存在した。一方,各シーズンの感染者59人,66人のうち,ワクチン未接種だった人は計7人存在し,1人を除く全員が38℃以上の発熱と筋肉痛・関節痛の両方,あるいはどちらかの症状が出現していた(Table 3)。

Table 2  出現した臨床症状の内訳
38℃以上の発熱 筋肉痛
関節痛
38℃以上の発熱
筋肉痛・関節痛
いずれもなし
2017–18年シーズン 64%(38/59) 59%(35/59) 20%(12/59)
2018–19年シーズン 67%(44/66) 45%(30/66) 27%(18/66)

インフルエンザに典型的な「38℃以上の発熱」や「筋肉痛・関節痛」がなかった人は,両シーズン共に30%以上であった。

Table 3  ワクチン未接種者の典型症状の出現有無
職員 38℃以上の高熱 筋肉痛・関節痛
2017–18年シーズン 職員A
職員B
職員C
職員D
2018–19年シーズン 職員E
職員F
職員G

ワクチン未接種の人では,38℃以上の発熱と筋肉痛・関節痛の両方,あるいはどちらかの症状が出現している人が多かった。

6. 勤務状況

以下,「病院職員インフルエンザ罹患調査票」のe)-h)の項目を用いて調査した。

診断された当日に病院で勤務していた人は2017–18年シーズン20人(34%),2018–19年シーズン28人(43%)で,前日ないし当日勤務した人の合計は各々40人(68%),44人(67%)であった(Table 4)。また,診断当日に勤務していた人の健康状態を調査すると,軽微な感冒様症状を始めとして何らかの症状がありながらも出勤し勤務していた人が,両シーズン共60%以上であった(Figure 3)。さらに,各々28人,22人は当院外来で診断されており,当院を受診した理由では,勤務中ないし夜勤明けに受診した他,受診のために来院した人が2017–18年シーズン14人(50%),2018–19年シーズン9人(41%)存在した(Figure 4)。

Table 4  インフルエンザと診断された前当日の勤務状況
(前日/当日) 2017–18年シーズン 2018–19年シーズン
人数(人) 割合(%) 人数(人) 割合(%)
(勤務/勤務) 17 29 17 26
(勤務/休日) 20 34 16 24
(休日/勤務) 3 5 11 17
(休日/休日) 14 24 21 32
不明 5 8 1 2

診断された当日や前日に勤務していた人が,多数存在した。

Figure 3 勤務中・勤務後に診断された職員の勤務直前の健康状態

何らかの症状がありながらも出勤し勤務していた人が,両シーズン共に60%以上存在した。

Figure 4 罹患した職員が当院外来を受診した理由

勤務中に受診した人の他,受診のために来院した人も存在した。

V  考察

当院では,職員のインフルエンザワクチン接種費用は病院が負担し,かつ院内で接種を行っていることから,毎年高い接種率を達成できている。しかし,毎シーズン10%近くの職員がインフルエンザに罹患し休職している。日本における成人のワクチン接種率は50%前後とされており9),10),それと比較して当院職員の接種率は非常に高いが,罹患率は日本全体の累積罹患率(9%)と差がない11)。これまでに他の報告でも指摘されているように4),12),13),インフルエンザワクチン接種による感染予防効果は限定的と考えられ,インフルエンザワクチン接種だけではなく,感染拡大の防止には他の取り組みも必要と考えられた。

検出されたウイルスの型を見る限り県内調査と大きな差異はなく8),推測される感染源も“不明”が最も多かった。多くは市中等で感染した可能性が高いと思われるが,罹患した職員と同じ部署に,一般的なインフルエンザの潜伏期間とされる4日前までに発症した職員が相当数存在していたことから,少なくとも一部は同僚職員から感染した可能性もある。

両シーズン共,罹患した職員のうち,38℃以上の発熱ないし筋肉痛・関節痛といった典型的なインフルエンザの症状がなかった職員が各々30%以上,どちらの症状もなかった職員が20%から30%程度存在した。ワクチン未接種者のほとんどは,38℃以上の発熱や関節痛・筋肉痛のいずれかの症状を示しており,ワクチン接種によりインフルエンザの症状が軽減されている可能性が高い。このようなワクチン接種による症状の軽減効果については,これまでにも複数報告されている14)~16)

感染時の勤務状況や病院の受診状況の調査からは,診断確定日の前日や当日に勤務し,そのまま当院の外来を受診した職員が多く存在した。罹患した職員の勤務直前の健康状態については,60%の職員が何らかの症状があったと回答している。ワクチン接種による症状の軽減効果により,軽微な症状があったにも関わらず,インフルエンザ感染を自覚しなかったために勤務していた可能性が高い。多少の体調不良があっても出勤してしまう医療従事者の傾向が,数字からも分かる。さらに,出勤日ではないが,当院外来を受診して診断をされている職員が複数いることも明らかとなった。これらの行動は,職員自身が院内感染の原因となってしまうリスクもある。当院は外来で癌に対する化学療法も行っている地域の二次医療機関であり,免疫機能の抑制された患者の来院が多いことを考慮すると,職員であっても,インフルエンザを疑う症状がある場合,安易に当院を受診するのではなく,先ずは一次医療機関を受診すべきであろう。

これまでにも病院職員に対するインフルエンザワクチン効果の検討や,ワクチン接種の推奨,ワクチン接種率の向上を訴える論文が各国から多数報告されている1)~4),14)~23)。これらの報告によると,北米や韓国,オーストラリア,日本では高い接種率が達成されている18),24),25)。一方,医学的・宗教的な理由や科学的根拠のない誤った情報,ワクチン接種への否定的なイメージ等により,ヨーロッパではワクチン接種率が低い国も多く見られる18)。現在,高いワクチン接種率を達成するために医療従事者へのワクチン接種の義務化について様々な国で議論が行われ,ワクチン接種の重要性を訴える意見が主流である。

しかし,インフルエンザワクチンの感染予防効果は最大でも60%程度とされており4),麻疹や風疹,水痘など,ワクチン接種で予防可能な疾患とは異なり,ワクチン接種率を上げるだけでは十分な感染予防策にはなり得ない。幸い義務化をしなくとも既に医療従事者の高いワクチン接種率を達成している本邦では,ワクチン接種に加え,基本的な感染対策であるマスクの着用や手指衛生の徹底,さらに今回のような罹患職員の感染状況についても調査・分析を続け,より効果的な感染対策を検討する必要があると考えられた。

今後当院では,ワクチン接種の症状軽減効果により典型的なインフルエンザの症状を示さない人が多くいることを改めて職員に周知し,軽微であっても感冒様症状が出現した際には出勤せず,まずは一次医療機関である近医を受診するよう指導していく予定である。

VI  結語

現在,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが発生しており,本邦においても医療機関での院内感染が多数報告されている。インフルエンザシーズンにおいては,感染対策上,インフルエンザと感冒,新型コロナウイルス感染の鑑別が極めて重要になると思われる。しかし,これまでの報告を見る限り,症状のみでの鑑別は困難であると予想される。職員を感染源としたクラスターを予防するためにも,感冒様症状を発症した職員の管理,発症前後の行動歴や勤務状況の把握は必須である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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