医学検査
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症例報告
クライオバルーンアブレーションにおいてCMAPの計測に心房と横隔神経の同時刺激が有効であった1症例
小河 純河村 健吾伊藤 圭祐根岸 優希木下 朋幸花村 圭一熊谷 正純
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2021 年 70 巻 2 号 p. 356-361

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Abstract

【症例】症例は70代女性。20XX年4月に発作性心房細動と心房粗動のアブレーション治療目的に紹介入院。既往歴に特記事項なし。心臓カテーテル室への入室時に心房粗動であったため,アブレーションは下大静脈-三尖弁輪間峡部(CTI)アブレーションから行った。ブロックラインの作成中に心房粗動が停止し,その際に自己脈が出現しなかったため,冠静脈洞に挿入していた電極カテーテルから心房刺激を行った。その後,CTIブロックラインの作成に成功し,続けて,クライオバルーンアブレーション(CBA)による肺静脈隔離を開始した。右肺静脈へのCBA時には,横隔神経障害の予防のために複合筋活動電位(CMAP)をモニタリングするが,この時点でも自己脈が出現しなかったため,刺激頻度50回/分で心房刺激と横隔神経刺激を同時に行った。心房刺激直後にCMAPが記録でき,QRS波と重なることなくすべての波形を良好にモニタリングすることができた。横隔神経障害を合併することなく肺静脈隔離も成功し,手技は終了となった。【考察】CMAPの計測はときに体表心電図のQRS波と重なり,計測に難渋することがある。横隔神経障害によるCMAPの低下は早く,CMAPの判読がQRS波によって遅延した場合,横隔神経障害が発生してしまうこともある。今回,心房刺激と横隔神経刺激を同時に行うことによって,すべてのCMAPがQRS波と重なることがなく,CMAPのモニタリングに有効な手段であった。

Translated Abstract

The patient was a 70-year-old female who presented with atrial fibrillation and atrial flutter in our hospital for catheter ablation. During Cavo tricuspid isthmus (CTI) ablation using radiofrequency, her electrocardiogram showed signs of bradycardia, and we therefore commenced cardiac atrium pacing using an electrode catheter placed in the coronary sinus (CS). Following CTI ablation, a cryoballoon (CB) catheter was introduced into the left atrium and CB was applied from left-sided pulmonary veins (PVs) to right-sided PVs. The patient’s electrocardiogram still showed signs of bradycardia during CB applications on right-sided PVs, and we therefore commenced simultaneous cardiac atrium pacing from the CS and the phrenic nerve via the superior vena cava at 50 beats per minute. The results of all compound motor action potential (CMAP) amplitude tests showed no overlapping QRS waves. Thus, this case suggests that the simultaneous pacing of the cardiac atrium and phrenic nerve can provide effective phrenic nerve monitoring when using compound motor action potentials.

I  はじめに

発作性心房細動患者に対して,クライオバルーン(Arctic Front Advance:Medtronic社製)を用いた経皮的カテーテル心筋冷凍焼灼術(クライオバルーンアブレーション:CBA)が有効な治療法であることはすでに確立されており,当院でのCBAの件数も年々増加している。一方で,CBAで懸念される合併症の1つに横隔神経障害がある。その防止策として複合筋活動電位(compound motor action potential; CMAP)を用いて横隔膜筋電位をモニタリングしながらCBAを行っている。この方法は簡便で,早い段階での横隔神経障害を反映しうるとされている1),2)。しかし,CMAPが体表心電図のQRS波と重なり,その振幅の計測に難渋,もしくは計測できないことがある(Figure 1)。今回,横隔神経刺激と心房刺激を同時に行うことで,良好なCMAPの計測ができた症例を経験したので報告する。

Figure 1 CMAPとQRS波

体表心電図のQRS波と同じタイミングで横隔神経刺激が入ってしまい,CMAPがQRS波と重なり(黄色矢印),計測が難渋した。Cryo:Achieve電極,CS:BeeAT電極,R-CMAP:右側CMAP。紙送り速度:100 mm/sec。

II  症例

70代女性,158.0 cm,43.7 kg(BMI = 17.5)。20XX年2月に他院にて頻脈性心房粗動から心不全となり入院。他院入院中に心房細動の存在も明らかになり,また,心房細動停止時に2~3秒の洞停止を認めた。当院でのアブレーション治療を希望されたため,20XX年4月に当院循環器内科に紹介・入院となった。既往歴に特記事項はなし。

当院外来時の検査では,血液検査は腎機能の軽度低下とBNPの上昇を認めた(Table 1)。

Table 1  外来検査時の血液検査
​CRP 0.0​ mg/dL ​WBC 6,500​ μL
​ALB 4.1​ g/dL ​RBC 478​ × 104/μL
​BUN 20.8​ mg/dL ​HGB 14.9​ g/dL
​CRE 0.86​ mg/dL ​Ht 44.5​%
​Na 140​ mEq/L ​Plt 27.5​ × 104/μL
​K 4.6​ mEq/L ​PT 12.5​ sec
​Cl 102​ mEq/L ​PT-INR 1.05
​AST 22​ U/L ​APTT 30.6​ sec
​ALT 20​ U/L
​CK 64​ U/L
​BNP 258.8​ pg/mL

標準12誘導心電図は136回/分の通常型心房粗動(Figure 2)。胸部レントゲンによる心胸郭比は43%。心臓超音波検査(Figure 3)では,左房径29.1 mm,左房容積45.5 mL,左房容積係数31.2 mL/m2,左室径41.0 mm,左室駆出率51.6%で,左室壁運動はびまん性に軽度低下を認めた。弁膜症は,軽度大動脈弁逆流,軽度僧帽弁逆流,軽度三尖弁逆流(最大血流速度2.6 m/s,右室-右房圧較差28 mmHg)であった。

Figure 2 外来検査時の標準12誘導心電図

心拍数136回/分の通常型心房粗動。

Figure 3 外来検査時の心臓超音波検査画像

左:胸骨左縁長軸像,右:心尖部四腔断面像。

III  方法

1. アブレーション方法

短期的使用口腔咽頭チューブ(i-gel:インターサージカル)を用いて,人工呼吸器(Savina:ドレーゲル・メディカルジャパン社製)による呼吸管理を開始した。入室時心房粗動であったため,心房粗動のアブレーションから開始した。高周波イリゲーションカテーテル(TactiCath Quartz 75:アボットメディカルジャパン社製)を用いて,下大静脈-三尖弁輪間峡部(cavo tricuspid isthmus; CTI)を線状焼灼し,ブロックラインの作成を開始した。作成中に心房粗動が停止したが,停止時に自己脈が出現しなかったため(Figure 4),冠静脈洞(coronary sinus; CS)に挿入していた電極カテーテル(BeeAT:日本ライフライン社製)から心房刺激を100回/分で行った。CTIのブロックラインの作成に成功した後,心房刺激を60回/分に変更し,心房細動に対するアブレーションを開始した。

Figure 4 心房粗動停止時

CTIアブレーション中に心房粗動が停止したが,自己脈が約3秒出現しなかったため,心房刺激を開始した。H:Snake電極,CS:BeeAT電極,ABL:TactiCath Quartz 75電極。紙送り速度:50 mm/sec。

心腔内超音波(Acuson, AcuNav:Biosense Webster社製)ガイド下で心房中隔穿刺を行い,左房へカテーテルを挿入した。CBAは,電極カテーテル(Achieve:Medtronic社製)を先行させながら,左上肺静脈から時計回りに左下肺静脈,右下肺静脈,右上肺静脈の順に行った。右肺静脈の隔離時には,横隔神経障害の予防のため,上大静脈に電極カテーテルを挿入し,横隔神経刺激を行い,CMAPのモニタリングを試みた。しかし,この時点でまだ自己脈の出現を認めていなかったため,CSから心房刺激を行っていた。そのため,心房刺激を50回/分に変更して,横隔神経と同時に刺激を開始した。

2. CMAPの記録方法

CMAP計測用の電極シール(ディスポ電極Vitrode V-04104:日本光電社製)は,剣状突起から16 cm離した肋骨上とルイ角に貼った3)。心臓カテーテルモニタリングシステムは,CardioLab(GE Healthcare社製)を使用した。記録のバンドパスフィルターは,0.5から100 Hzで設定した。CMAPの振幅の計測は,Kowalskiらの報告4)と同様にペーシングアーチファクト直後の振幅の頂点→頂点をCMAPとした。CMAPの計測は,EnSite NavX(EnSite Velocity Cardio Mapping System:アボットメディカルジャパン社製)でも行った。

3. CMAPの刺激方法

右下肺静脈の隔離開始前に上大静脈に電極カテーテル(Snake:日本ライフライン社製)を配置した。CSに配置したカテーテル先端と上大静脈に配置したカテーテル先端から刺激(50回/分,6.0 V@1 msec)することで,心房刺激と横隔神経刺激を同時に刺激することができた(Figure 5)。刺激装置は,SEC-5104(日本光電社製)を用い,連続刺激で行った。

Figure 5 同時刺激中の透視画像

右下肺静脈隔離時の同時刺激中の透視画像。心房刺激(黄色星)と横隔神経刺激(白星)の同時刺激時のカテーテルの位置。CB:クライオバルーン。

IV  結果

右肺静脈の隔離時に,心房刺激と横隔神経刺激の同時刺激を行うことで得られたCMAPの振幅の平均値は,0.96 ± 0.07 mV,変動係数は0.068%であった。同時刺激中のCMAP波形はQRS波に重なることなく,すべての波形を計測することができた(Figure 6)。

Figure 6 同時刺激中のCMAP

心房刺激と横隔神経刺激を同時に行うことで,QRS波と重なることなくCMAPを計測することができた(黄色矢印)。Cryo:Achieve電極,CS:BeeAT電極,H:Snake電極,R-CMAP:右側CMAP。紙送り速度:100 mm/sec。

右肺静脈の隔離は,横隔神経障害を合併することなく終了した。

V  考察

横隔神経障害の予防には,CMAPが有効であることはすでに確立している。しかし,CMAPの計測に影響を与える因子として,患者の呼吸による変動と,体表心電図のQRS波がある。

呼吸変動についてはSharmaらの報告5)によると,呼気時に比べて吸気時は振幅が平均10.8%減少するとしている。また,CBAの緊急停止の目安とされている「30%以上の振幅の減少」となった症例が11%(6例)で見られたとも報告している。ただ,この報告内では患者の鎮静について触れられておらず,鎮静の深さが分からない。深鎮静のみであるならば,患者の不意の深呼吸等によるCMAPの振幅の減少があると考えられる。当院では心房細動のアブレーション時には全例で,i-gelと人工呼吸器を用いた呼吸管理を行い,深呼吸を回避している。これによって呼吸による変動は最小限に抑えられていると考えられる。また,i-gelを用いることで呼吸が安定し,深呼吸によるカテーテルの危険な動作の防止や3Dマッピングシステムの精度を保つことができるので有用な方法であると考えられる。

振幅の大きさに直接関連する因子としては刺激出力も挙げられる。当初は,欧米の報告1),2)を参考にして高出力(10 V@1 msec)で横隔神経刺激を行っていた。しかし,低出力の方がより早期に横隔神経障害に気付くことができ,かつ,障害からの回復も良好であるという報告6)があり,当院では高出力ではなく低出力で横隔神経刺激を行っている。

次に挙げられる要因として,体表心電図のQRS波がある。CMAPの電極は体表に貼っているため,体表心電図のQRS波が記録されてしまう。このQRS波とCMAPが重なってしまうと,QRS波に隠れてしまい計測が困難である症例がある。横隔神経障害をきたし始めるとCMAPの振幅は急速に減高し,不可逆性の横隔神経障害が起こってしまう。

本症例で用いた,心房と横隔神経の同時刺激はCMAPの計測において体表心電図のQRS波との重なりを防止することができ,有効な手段であると考えられる。しかし,考慮すべき点が二つある。一つは,横隔神経の疲労による振幅の減少である。過去の多くの報告1),2),4),6)で刺激頻度を40~60回/分の範囲内で行っていることを考慮し,今回は50回/分で行い,疲労の影響は認めなかった。

二つ目は,呼吸への影響である。呼吸は肋間筋と横隔膜の動きによって胸郭内圧の変動によって行われている。横隔神経を均一振幅のパルス列で刺激すると,刺激パルスの最初の時点ですべての神経線維が同時に刺激され,瞬時に横隔膜の収縮が起こり,しゃっくりに近い不自然な呼吸となる7)。安静時の平均的な呼吸数は12~20回/分であり,CBAでの横隔神経刺激の40~60回/分で刺激をすると,その刺激頻度で横隔膜が動き,呼吸数が増加する。本症例では,呼吸数の増加は認めなかったが,呼吸管理下であっても,40回/分の刺激で呼吸数の増加をきたすことがある。また,呼吸回数の増加に伴い,一回換気量の減少も見られる。横隔神経障害をより早期に判断するためには,横隔神経の刺激頻度を増加させることがひとつの手段であるが,上記の理由から,刺激頻度の設定には注意が必要である。

当院では,横隔神経の疲労を考慮して,CBA開始当初から横隔神経の刺激は40回/分で行ってきた6)。しかし,心房刺激40回/分は,心拍としては遅い。そのため,横隔神経の疲労と呼吸数増加の影響を考慮し,今回は50回/分で同時刺激を行った。

すべての症例で心房と横隔神経の同時刺激を行うことは難しいかもしれないが,心房細動や心房粗動などの不整脈の停止時に自己脈が出ない患者や自己の脈拍が遅い患者など,心房刺激を行わなくてはならない患者に対しては有効であると考えられる。

VI  結語

CBA中のCMAP計測において心房と横隔神経の同時刺激は,体表心電図のQRS波に重なることなく振幅の計測を行える有効な手段であると考えられる。しかし,横隔神経の疲労や呼吸への影響を考慮しながら,刺激頻度を決める必要がある。心房刺激が必要な症例では,有効な方法であることが示唆される症例であった。

 

本症例は,当院の自主臨床研究審査委員会の承認を得ている。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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