医学検査
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症例報告
尿,胸水細胞診に腫瘍細胞が出現した前立腺癌の1例
小堺 智文原 美紀子岩本 拓朗塚原 勝弘山田 麻衣子中林 徹雄太田 浩良
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2021 年 70 巻 2 号 p. 362-367

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Abstract

前立腺癌細胞が尿や胸水細胞診中に出現することは稀であり,細胞診においては形態学的評価に加えて免疫染色の併用が診断に有用である。今回,尿と胸水細胞診中に腫瘍細胞を認めた前立腺癌の1例を報告する。70歳代男性。検診にて血清前立腺特異抗原(prostatic specific antigen; PSA)高値を指摘された。前立腺針生検では,明瞭な核小体を示す異型細胞が基底細胞層を欠いた小腺管の密集像ないしは癒合腺管を形成しており,腺癌と診断された。MRI検査にて前立腺癌の精嚢浸潤とリンパ節転移が疑われたため,前立腺全摘除術は施行されず,内分泌療法よる治療が開始された。7年後には血尿を認め,尿細胞診では明瞭な核小体を示す偏在性核を有する腺癌細胞が重積性細胞集塊を形成していた。セルブロック(cell block; CB)での免疫染色では,異型細胞はPSAが陽性であり前立腺癌と診断された。9カ月後には両側胸水貯留を認め,胸水細胞診では明瞭な核小体を有する偏在性異型核を示す腺癌細胞により構成される球状集塊を認めた。CBでは腺癌細胞はPSAが陽性であり,前立腺癌の転移と診断された。本例の尿細胞診と胸水細胞診において,CBを用いたPSA免疫染色は前立腺癌の診断に有用であった。

Translated Abstract

Prostatic adenocarcinoma (PA) cells are rarely detected in urine and pleural effusion cytology specimens. Because of the difficulty in cytological identification of PA cells in cytological specimens, immunohistochemical staining of cell block (CB) preparations is useful for the cytological diagnosis of PA. We report a case of PA diagnosed in the urine and pleural effusion cytology specimens. A 70-year-old man visited our hospital for further assessment of an elevated serum prostatic specific antigen (PSA) level pointed out during a health checkup. Core needle biopsy specimens of the prostate showed adenocarcinoma with obvious nucleoli that formed crowded small glands or fused glands lacking a layer of basal cells. Since metastasis of the prostatic cancer to pelvic lymph nodes and direct invasion into the seminal vesicle were suspected on the basis of magnetic resonance imaging findings, prostatectomy was not performed and hormone therapy was started. Seven years after the initial diagnosis of PA, microscopic hematuria was observed in a laboratory test. Urinary cytology specimens showed adenocarcinoma cells having eccentrically located nuclei with obvious nucleoli either in scattering cells or in cell clusters. The adenocarcinoma cells were immunohistochemically positive for PSA in CB specimens. These findings were consistent with PA. After nine months, computed tomography revealed bilateral pleural effusion. In the pleural effusion cytology, adenocarcinoma cells having the atypical nuclei containing obvious nucleoli formed ball-like clusters. CB specimens of pleural effusion showed adenocarcinoma cells positive for PSA, confirming the diagnosis of pleural metastasis of the PA. The PSA immunohistochemical staining in CB preparations is useful for the confirmation of PA diagnosis based on urinary and pleural effusion cytological findings.

I  緒言

前立腺癌の主な転移臓器としては骨転移が最多であり,次いでリンパ節転移,肝転移が挙げられる。特に,前立腺癌の転移先としては骨転移が84%と頻度が高い1)。一方,尿細胞診,胸水細胞診で前立腺癌細胞を認めることは稀である。前者は膀胱頸部や尿道前立腺部への前立腺癌の直接浸潤に起因し,原則として進行前立腺癌症例である2)。後者については,前立腺癌の転移に起因する胸水貯留は極めて稀であり3),4),悪性胸水症例での前立腺癌の頻度は2%以下と報告されている4)

本稿では,尿細胞診と胸水細胞診で腫瘍細胞を認めた前立腺癌の1例を報告する。

II  症例

患者:70歳代,男性。

既往歴:特記事項なし。

臨床経過:健康診断にて血清前立腺特異抗原(prostatic specific antigen; PSA)の高値(360.29 ng/mL)を指摘され,当院泌尿器科を受診した。前立腺針生検において腺癌と診断された。骨盤部磁気共鳴画像検査において前立腺癌の精嚢浸潤と複数の骨盤内リンパ節転移が疑われたため,前立腺全摘除術は実施されず,leuprorelin,bicalutamideによる内分泌療法とestramustine phosphate(EMP)による治療が開始された。経過2年6カ月後からはdocetaxel,EMP,carboplatinの併用療法が実施され,5年8カ月後からはmitoxantrone,EMPによる治療が6年3カ月まで実施された。経過7年後より,検尿にて血尿(赤血球数20–29/HPF)を認め,尿細胞診が実施され,判定:悪性,前立腺癌と診断された。経過7年9カ月後より呼吸苦が出現し,コンピューター断層撮影検査にて前立腺癌原発巣の増大,膀胱浸潤,多発骨転移,および両側胸水貯留が指摘された。胸水穿刺が実施され,胸水の一般検査では,総蛋白3.2 g/dL,乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase; LDH)が264 U/mLであり,胸水/血清LDH比は0.75と浸出液の所見であった。胸水PSA濃度は5,219.5 ng/mLと著明高値を示していた。胸水細胞診では,判定:悪性,前立腺癌の胸膜転移と診断された。経過7年10カ月で前立腺癌のため永眠された。

III  前立腺針生検組織学的所見

左葉,右葉両方の針生検検体において,基底細胞層を欠いた,明瞭な管腔を有する小腺管構造(Figure 1A)ないしは癒合腺管構造(Figure 1B)を伴い増生する異型上皮を認め,後者がより優勢であった。核には大小不同を認め,明瞭な核小体が観察された(Figure 1A inset)。以上より,腺癌(Gleason score 4 + 3 = 7)と診断した。

Figure 1 Histological findings obtained by core needle biopsy of the prostate showing adenocarcinoma cells forming crowded small glands (A) or fused glands (B). The cells have atypical nuclei characterized by anisonucleosis and obvious nucleoli (A inset). A, B: Hematoxylin-Eosin staining, A, B, ×10, A inset, ×40.

IV  細胞学的所見

1. 尿細胞診

標本背景には少数の好中球が観察された。核偏在性で,高いN/C比を示す異型細胞が重積性細胞集塊ないし平面的な小集塊を形成していた。核は軽度大小不同を示し,クロマチン構造は顆粒状で,核小体は明瞭であった(Figure 2A, B)。細胞質は淡明ないし緻密であり,細胞学的に腺癌細胞として矛盾しない所見であった。

Figure 2 Urine cytology showing atypical cells forming cell cluster with irregular stratification (A). The cells have eccentrically located nuclei containing obvious nucleoli consistent with adenocarcinoma cells (B). Cell block specimens (C) show adenocarcinoma cells with positive reactivity for PSA (D). A, B: Papanicolaou staining, A, ×40, B, ×100, C: Hematoxylin-Eosin staining, ×40, D: PSA immunohistochemical staining, ×40.

追加検討として,残検体を当院のセルブロック(cell block; CB)作製法のプロトコルに準じて標本化した。当院では,佐野ら5)が考案した,微量遊離細胞検体の細胞回収率に優れ,手技も簡便で安定しているアルギン酸ナトリウムを用いたCB作製方法を採用しており5),その手順は以下の通りである。1)検体を500 G,5分遠心分離後,上清を除去し沈査成分に20%ホルマリンで6時間以上固定(診断当時は20%ホルマリンを用いたが,現在はCB作製過程での固定条件は10%中性緩衝ホルマリンを用いて6~72時間にしている),2)固定後,再度同一条件で遠心分離後,上清を除去,3)1%アルギン酸ナトリウムを0.5 mL添加し,同一条件で遠心分離し,上清を除去,4)1.0 M塩化カルシウムを数滴添加し,ゲル化させ,通常の組織標本作製法に準じて標本化する。

CB標本では(Figure 2C),異型細胞はPSA免疫染色が陽性を示し(Figure 2D),前立腺癌と診断した。

2. 胸水細胞診

炎症性細胞浸潤を認め,様々な大きさの球状の重積性細胞集塊を形成する小型から中型の異型細胞が多数観察された(Figure 3A, B)。異型細胞の核は中型均一で,クロマチンは顆粒状に増加し,明瞭な核小体を認めた。追加検討として尿細胞診同様の手順でCBを作製した。CB標本(Figure 3C)での免疫染色では,異型細胞はPSAが陽性(Figure 3D),thyroid transcription factor-1(TTF1),p63,GATA binding protein3(GATA3),chromogranin A(CGA),synaptophysinおよび,insulinoma-associated protein1(INSM1)は全て陰性であり,前立腺癌の胸膜転移と診断した。

Figure 3 Pleural effusion cytology showing atypical cells with conspicuous nucleoli forming ball-like cell clusters (A, B, C). The cells show positive reactivity for PSA (D). A, B: Papanicolaou staining, ×40, C: Hematoxylin-Eosin staining, ×40, D: PSA immunohistochemical staining, ×40.

V  考察

本稿では,尿細胞診と胸水細胞診で腫瘍細胞を認めた前立腺癌の1例につき,臨床経過,病理組織像および,細胞像を報告した。

尿,胸水細胞診における前立腺癌細胞の特徴は,1)出現傾向は孤在性~重積性細胞集塊を形成する,2)細胞形態は,中型で円形~類円形,核は偏在性でN/C比は亢進し細胞多形性に乏しい,3)クロマチン構造は微細~顆粒状,核小体は明瞭,4)細胞質は淡明あるいは緻密で好酸性と報告されている2)~4)。本例の尿,胸水細胞診では上記の特徴と合致しており,典型症例と考えられた。また,本例での両検体標本での異型細胞個々の形態像は同様であったが,出現傾向が異なっており,胸水細胞診では尿細胞診と比べて球状細胞集塊を形成する頻度が高かった。

本例での尿,胸水細胞診の判定において,細胞像と臨床経過から前立腺癌細胞と推定するのは容易であったが,確定診断には客観性に乏しいため,CBによる免疫染色を行った。前立腺癌の転移症例の診断ではPSA,前立腺性酸性フォスファターゼ(prostatic specific acid phosphatase; PSAP),prostein,NKX3.1が有用である6)~10)。このうち,特にPSA,NKX3.1は感度が高く(Table 16)~10),過去の報告をまとめると各々91.1%,99.2%であった6)~10)。PSAは広く用いられている前立腺癌のマーカーであるが,腫瘍の分化度の低下や,ホルモン療法の既往があると腫瘍細胞が陰性化することが知られている3),11)。このため,前立腺癌の転移の診断においてはPSAが陰性の場合は,NKX3.1や,他のマーカーを併用することが有用である3),11)。本例においては尿,胸水細胞診中の異型細胞はPSAが陽性となり,前立腺癌の診断が確定された。また,胸水中のPSA値が著明高値であったことも前立腺癌の胸膜転移を支持する検査所見として重要であった3)

Table 1  Sensitivity of immunohistochemical markers of prostatic origin in metastatic tumors
PSA PSAP Prostein NKX3.1
Gurel B et al.6) 94.2% (N = 69) 98.6% (N = 69) N.A. 98.6% (N = 69)
Yin M et al.7) 87.0% (N = 54) N.A.*) 87.0% (N = 54) N.A.
Sheridan T et al.8) 97.1% (N = 69) N.A. 98.6% (N = 69) N.A.
Kristiansen I et al.9) 80.8% (N = 52) 66.0% (N = 53) 59.6% (N = 52) 100% (N = 50)
Queisser A et al.10) 92.6% (N = 94) 81.5% (N = 92) 83.9% (N = 93) N.A.
Total 91.1% (N = 338) 83.2% (N = 214) 83.6% (N = 268) 99.2% (N = 119)

Not available*)

尿細胞診における前立腺癌細胞の鑑別診断としては,高異型度尿路上皮癌(urothelial carcinoma, high grade; UC-HG),膀胱原発性腺癌が挙げられる2),11)。UC-HGとの鑑別では,UC-HGでは細胞多形性を認める点が前立腺癌細胞とは異なる2)。免疫染色では,UC-HGではp63やGATA3が陽性で,PSAは陰性である11)。膀胱原発腺癌と前立腺癌細胞の鑑別診断は細胞像では困難と考えられるが,膀胱原発腺癌ではCDX2,villin,thrombomodulinが陽性を示すことが多く,PSAは陰性である11)

一方,胸水細胞診での前立腺癌細胞の鑑別診断では他の転移性腺癌,肺腺癌や肺小細胞癌が挙げられる3),12)。胸水細胞診に出現する転移性腺癌では浸潤性乳管癌(invasive ductal carcinoma; IDC)の頻度が高いが3),4),前立腺癌細胞との鑑別は形態像では困難であり3),免疫染色が必須である。肺腺癌ではTTF-1とnapsin Aが陽性であり,PSAは陰性である12)。IDCでは,前立腺癌は陰性であるGATA3が陽性であるが11),13),PSAもしばしば陽性となるため14),PSAとGATA3の両者を検索することがIDCと前立腺癌の鑑別において重要である。小細胞癌では,N/C比が高く裸核状であり,木目込み細工様配列を示すことが前立腺癌細胞とは異なり,加えて免疫染色にて神経内分泌マーカーが陽性となる点から,前立腺癌とは鑑別可能である。

VI  結語

本例での尿,胸水細胞診においては,CBを用いた免疫染色が前立腺癌細胞の診断に有用であった。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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