2021 年 70 巻 2 号 p. 312-317
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大は社会的に深刻な問題となった。医療機関ではCOVID-19対応に追われる一方で,COVID-19以外の患者の治療の正常化も課題となった。当院では予定手術症例に対して,医療従事者の感染リスク低減と院内感染の防止を目的に臨床検査技師によるSARS-CoV-2抗体イムノクロマトグラフィー検査を利用した入院トリアージを開始した。今回用いた検査キットは,抗体が検出されるまで13日必要とされている。当院での運用は,この点を鑑み,入院前の2週間は外出を避けることを患者に指示した。対象は2020年5月11日から6月17日までに全身麻酔下の手術予定で入院した患者325症例。325例中16例(4.9%)で抗体を検出した。抗体の内訳はIgM抗体が14例,IgG抗体が2例であった。いずれの症例もPCR検査またはLAMP法による遺伝子検査によって陰性が確認された。COVID-19の確定診断には遺伝子検査が優れているが,PCR法/LAMP法は結果判明までに時間を要すること,コストがかかることから全例検査施行には問題があった。そこでイムノクロマトグラフィー法による抗体検査を実施し入院患者のトリアージを行った。この取り組みにより300例以上の手術が適切に実施され,医療機関にとって重要である院内感染防止に役立ち,医療従事者や患者に安心と安全を提供することができた。本運用に臨床検査の専門家として臨床検査技師が参画し,COVID-19対策チームの一員としてチーム医療に貢献できた。
Amid the ongoing severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) infection (COVID-19) pandemic, control and preventive measures against SARS-CoV-2 infection are required to be implemented in medical institutes. In our hospital, a screening approach to detect COVID-19 patients using rapid immunochromatographic tests has been implemented to reduce the risk of infection among the hospital staff and prevent nosocomial infections. Here, we report the outcomes of the screening tests and significance of engaging professional medical technologists licensed by the Japanese government in the triage of patients with scheduled surgery by performing finger-prick blood sampling and evaluating the test results. A total of 325 patients were admitted to the hospital to undergo scheduled surgery under general anesthesia between May 11 and June 17, 2020. Antibodies against SARS-CoV-2 were detected in 16 patients (4.9%) using the immunochromatographic tests. The antibodies identified were IgM and IgG in 14 and 2 patients, respectively. All patients identified to be positive using antibody tests were then subjected to the nasopharyngeal swab examination; however, none of the patients were identified to be positive for SARS-CoV-2 RNA using polymerase chain reaction (PCR) or loop-mediated isothermal amplification (LAMP) assays. Consequently, all surgeries were performed as scheduled, except for five that were postponed for other reasons, and the occurrence of COVID-19 was not reported among patients admitted to our hospital. Our data suggest that antibody testing using rapid immunochromatography could be considered an alternative to the cost- and time-consuming PCR or LAMP assays for screening COVID-19 patients. Furthermore, medical technologists may provide crucial professional clinical laboratory skills as members of the COVID-19 task force.
2019年末に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,世界で886万人を超える感染者,46万人を超える死者を出している(2020年6月23日時点)1)。本邦においてもCOVID-19感染拡大をうけて2020年4月16日に特別措置法に基づく緊急事態宣言が全都道府県に発令され,感染者数の急激な増加は,医療崩壊の危惧として報道された。
本学では,開院前の藤田医科大学岡崎医療センターにてダイヤモンド・プリンセス号の乗員・乗客の受け入れをはじめ,COVID-19症例への対応を行ってきた。当院を含め,COVID-19対応を行っている医療機関では,その対応に多くの人員,時間,物資を投入する必要が生じた。一方で,COVID-19以外の患者の治療については手術の延期など,調整を余儀なくされた。5月25日に緊急事態宣言が解除され,当院でもCOVID-19以外の患者の診療の正常化が検討された。そのひとつが予定手術の実施である。手術再開に際してひとつの懸念事項があった。それは全身麻酔手術で患者に気管挿管を行うことであった。COVID-19症例では,抜管時に飛沫などにより医療従事者の感染リスクが高まる。そこで当院では,全身麻酔下の予定手術の患者に対してスクリーニングとしてのイムノクロマトグラフィー法による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体検査を実施することになった。当院では,臨床検査技師がイムノクロマトグラフィー法を用いた検査を担当している。今回,術前SARS-CoV-2抗体測定への取り組みと結果について報告する。
当院にて全身麻酔下の手術予定の患者のうち2020年5月11日から6月17日までに入院前SARS-CoV-2抗体検査を実施した325症例とした。SARS-CoV-2抗体検査には,2019-nCoV IgG/IgM Rapid Test Cassette(Hangzhou AllTest Blotech Co., Ltd.)を使用した。本キットの検査性能は特異度IgM:98.0%,IgG:99.0%であった2)。
1. 患者受け入れ体制本運用を開始するにあたり,同一敷地内の院外に待機プレハブと検査プレハブの2棟のプレハブを設置した。患者には,入院前の2週間は外出をしないよう求め,入院時に院外のプレハブで検査をすることを伝えた。
入院当日,患者は検査予約時間に来院し,術前患者待機場所で待機する。その後院外の待機プレハブに移動し担当看護師の問診を受けた後に検査プレハブに移動してSARS-CoV-2抗体検査を受ける。検査結果が出るまでは,待機プレハブとは別の検査結果待機場所で待機する。結果が陰性であれば検査結果用紙を持参し入院受付を行う。結果が陽性であった場合は即日救急外来に設置された感染症対策室の陰圧室に移動し検体採取を受ける。採取された検体でPCR法またはLAMP法を用いたSARS-CoV-2遺伝子増幅検査が実施され,検査結果が分かるまで自宅で待機するか,COVID-19患者として入院とする。
2. 検査の手順検査前日に翌日の検査予定患者の検査のオーダーを医師の指示のもと臨床検査技師が代行入力し,検査当日午前中に検査のワークシートを作成する。
3. イムノクロマトグラフィーの検査法被検者と検査者はともにサージカルマスクを着用して検査プレハブに入室する。検査を施行する臨床検査技師はディスポーザブル手袋を装着し,検査キット,血液採取用スポイトおよび添加試薬を用意する。穿刺ペンにディスポーザブルの針を装着し,患者の指先をアルコール消毒する。アルコールがよく乾いたら穿刺を行い,指先を押し血液を球状に出す。スポイトで血液を採取し,SARS-CoV-2抗体検査キットに20 μL滴下後,添加試薬を2滴加える。10分後に判定基準に沿って結果判定を行う。コントロールラインのみに線が認められれば陰性,コントロールラインとIgG,IgMのどちらか,もしくは両方に線が認められれば陽性となる(Figure 1)。
統計学的検討にはJMP統計解析ソフト(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた。IgM抗体もしくはIgG抗体を検出した症例と未検出の症例の性別についてPearson’s chi-squared test,年齢についてWilcoxon検定を実施した。いずれもp < 0.05を有意水準とした。
対象期間中に325例のSARS-CoV-2抗体検査を実施した。被験者(患者)の年齢の中央値(第1四分位数-第3四分位数)は64(48–73)歳であり,女性170例(52%)であった。325例中16例(4.9%)で抗体を検出した。抗体の内訳はIgM抗体が14例,IgG抗体が2例であった。IgM抗体を検出した症例の年齢の中央値は,68.5(63–78)歳で女性7例(50%)であった。一方,IgG抗体を検出した2症例の年齢は,51歳と75歳であった。抗体検出の有無と性別の間には有意な関係を認めなかった(p = 0.85)。また,抗体検出の有無と年齢にも有意差を認めなかった(p = 0.09)。いずれの症例もPCR検査またはLAMP法による遺伝子検査によって陰性が確認された。5例で手術が予定より延期となったが,全て手術は実施された。
4名の臨床検査技師(男性3名,女性1名,職歴3~30年)が検査を担当した。検体採取に関連して患者よりクレームは無かった。1日1人~25人(平均9.8人)の検査を実施した。検体採取から結果判明までの時間は15分程度であるが,抗体検査の結果が出るまでの間に次の患者対応が可能であり,検査数が多い日に2時間程度の業務時間であった。
COVID-19の検査は大きく分類すると,遺伝子検査,抗原検査,抗体検査がある3)。この中で遺伝子検査が最も検出感度が優れている。しかしながら,PCR法/LAMP法は結果判明まで時間を要すること,コストがかかること,検体量に限りがあることから全例検査施行には問題があった。抗原検査については,今回の取り組み開始時に日本国内で承認されている抗原検査キットは存在しなかった。また,本学では先行研究でSARS-CoV-2抗体検査キットの性能評価を実施していた3)。当時はSARS-CoV-2の感染経路や予防策について詳細な情報が乏しいなかで,院内感染およびクラスター発生を防ぐための対策のひとつとして感染リスクの高い咽頭拭い液採取の業務を避けることが求められていた。以上のようにSARS-CoV-2抗体検査キットの特性および自施設の医療体制を踏まえた総合的な判断から本試薬を用いた抗体検査による運用となった。
SARS-CoV-2抗体については既にいくつかの報告がある2),4)~8)。イムノクロマトグラフィー法には,患者への侵襲が少なく,検査時間も短く,さらに全血で検査が可能であり,遠心機などの機材を必要とせず簡便に検査室以外の様々な場所で検査が行えるというメリットがある。他方,PCR検査によりCOVID-19症例として確認された患者を対象に行われた抗体検査は症状発症後,抗体が検出されるまで13日必要と示唆されており,デメリットと考えられている3)。当院での運用は,このような抗体検出までの期間があることを鑑み,入院前の2週間は外出を避けることを患者に依頼した。また患者家族に対しても同様の依頼をしており,事前問診で体調不良を訴えていないかも確認している。今回使用した抗体検査試薬は発症後約13日でIgG抗体が陽性となるとされているため,入院前2週間外出を控えていればCOVID-19感染をほぼ確実に捉えることが可能となる3)。このようにして,抗体検査によるCOVID-19症例のすり抜け防止を試みた。
一般的に医療機関にとって院内感染防止は重要な課題であるが,その感染力と社会的関心の高さからCOVID-19においては特に慎重な対応が必要である。当院では感染拡大の状況から面会制限を設けた。さらに,これまで複数の出入口を使用していたが,COVID-19感染拡大を受けて患者および付添家族の出入口を1か所に集約した。ここではサーモグラフィーによる検温,問診を実施し,ウイルスの持ち込み防止に取り組んでいる。COVID-19では無症候性感染者が報告されており,当院でも感染に気付かないまま手術を受けることで感染が広がるリスクが懸念されていた。SARS-CoV-2抗体検査の陰性が絶対的なウイルス保有を否定するものではなく,院内においては標準予防策を実施することになるが,病棟スタッフにとってひとつの安心をもたらす材料となっており,本運用の大きなメリットであると考えている。また,医療従事者のみならず入院患者にも安心と安全を提供することにつながった。さらに,医療物資を必要な患者に適切に使用する有効利用にも貢献した。
我々,臨床検査技師がSARS-CoV-2抗体検査に参画したのはいくつか理由がある。まず,臨床検査技師は,IgM抗体やIgG抗体の特徴,ウィンドウ期の存在などの免疫学的な基礎知識があり,イムノクロマトグラフィー法の特性や結果解釈について知識と経験を有している点である。また,臨床検査技師等に関する法律の一部が改正・施行され,検体採取が実施可能となった点も取り組みを後押ししたと考えている。法改正をきっかけにチーム医療に参画した報告がなされている9)~11)。SARS-CoV-2抗体検査自体は,手指からの採血であり,鼻腔・咽頭からの検体採取を可能にした法改正による直接的な影響ではないが,法改正が臨床検査技師のチーム医療への参画の機運を高めることになったと考える。今回のような緊急で立ち上がったCOVID-19対策チームにも臨床検査技師が参加することができた。これにより臨床検査技師の存在感を示し,検査業務を通じて一層患者に貢献できるものと考えている。本取り組みは臨床支援として臨床検査部から参加しているが,通常の検査業務に加えて兼務で行っている。そのため予定外に検査を依頼される場合もあり日常業務と調整しながら対応する必要があったが,部内での協力を得ながら対応することができた。
運用を開始して1ヵ月の時点で直面した課題は次の通りである。
検査プレハブ内で臨床検査技師はサージカルマスク,ディスポーザブル手袋を着用し,患者ごとに手指消毒してから検査を行っている。患者との間に飛沫感染防止用のアクリル板を設置している(Figure 2)。当初,本運用によるSARS-CoV-2抗体検査は陰性であることを確認するという位置づけであったが,実際に検査を実施してみると抗体検査では陽性であったがPCR検査またはLAMP法による遺伝子検査によって陰性と判定される患者が散発した。想定以上に検査を実施する臨床検査技師は抗体陽性患者との接触が発生し,安全対策は施しているものの検査担当者の精神的な負担は無視できない。検査件数は多い日に1日に20件以上あり,次々と患者に対応することが求められる。当初の想定以上の症例数であり,効率よく検査を実施し,かつ十分な感染対策を行うことが肝要である。業務担当者の負担を軽減するため,より一層安全を確保する方策を考えていく必要がある。
抗体検査が陽性であったとしても,遺伝子検査の結果が分かるまでには早くても数時間から数日必要となる。運用開始当初,その間の同室待機になった患者や,接触のあった医療従事者をどのように扱い,管理していくのか明文化されていなかった。これは前述の通り,抗体検査が陰性確認という認識であったためと考える。確かに本運用はCOVID-19の否定を目的に実施しているが,実際にCOVID-19感染症例が含まれる可能性についても再認識する必要があると考える。
今回の取り組みにより,300例以上の予定手術を安全に行うことができた。臨床検査の専門家としてCOVID-19対策に臨床検査技師が参画し,COVID-19以外の患者の治療を正常化させ,患者満足度の向上や病院収益の回復,さらに医療従事者や患者の安全を守り,感染防御などの心理的ストレスからの解放など様々な効果を発揮できたと考える。今後も臨床検査技師としての強みを活かして積極的に臨床現場に参画していくことが望まれる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本取り組みにあたりご協力を賜りました藤田医科大学医学部微生物講座・感染症科教授 土井洋平先生,同講師 伊藤亮太先生ならびに藤田医科大学学長補佐 齋藤邦明教授,藤田医科大学医療科学部・臨床検査学科病態制御解析学講師 藤垣英嗣先生に深謝いたします。