医学検査
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技術論文
着色ホルマリン固定液および封緘容器による医療事故防止の提案―ホルマリン固定液由来の医療事故分析から―
山下 和也久場 樹坂口 忍吉田 功村雲 芳樹三枝 信
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2021 年 70 巻 3 号 p. 433-442

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Abstract

本邦における病理検査の固定液の取り扱いに関する医療事故は,8年間で54件発生している。主なものは,ミントオイル,生理食塩水,アルコールなどの薬剤とホルマリンの誤用によるものや,未開封と開封済みを一目で差別化できる仕組みが無いため,既に検体を入れた固定液に別の患者の検体を混同してしまうというもので,何れも大きな医療事故の原因となり得る。そこで,これらの医療事故防止対策として着色ホルマリンによるホルマリンの特別化と,検体混同を防ぐための固定容器・蓋の封緘方法を試作検討し,当院における4年間の実務検証を行った。その結果,実用的なホルマリン固定液は,0.01%以下のブロモチモールブルー又はフェノールレッドを単独あるいは混合して使用することが有用であることが判明した。この色素は長期間安定で変色や退色が無く,組織細胞傷害性も低い色素であり,色調を利用してホルマリンであることを気づかせる一助となる。加えて,固定容器の蓋と容器にかけて「剥離後文字が浮き出る封緘テープ」を貼布する仕組みは,未使用と使用済みの差別化と確認が容易となる。「着色」と「封緘」を備えた試作品は,4年間に約14万件の検体で使用され,この間のホルマリン固定液に関する医療事故の発生は見られず,未対策の時期と比較して明らかな抑制効果が得られた。従って,本提案は,ホルマリン固定液の取り扱いに由来した医療事故防止の一助となる新たな手段となる。

Translated Abstract

About 54 medical accidents in the handling of the fixing solution for histopathology have occurred in the last eight years in Japan. In these accidents, formalin is misused with medicines and other compounds such as mint oil, saline, and alcohol. Incidents in which a patient’s specimen is placed in a fixing solution into which another patient’s specimen was previously put still occur. The absence of a system with which opened and unopened solutions can be differentiated is also another factor. In this study, a method of sealing a bottle with a lid and the coloration of formalin were developed to prevent accidents, and their usefulness was verified for four years. A practical coloration of formalin uses less than 0.01% dyes than a bromothymol-blue or a phenol-red solution used singly or in a mixture. This coloration method is a detection tool for formalin based on color tone, and a pH indicator showed that the method neither changes the color nor causes discoloration of specimens. The method showed long stability of specimens, and tissue and cell damage was minimal. Furthermore, a sealing tape is applied to the lid of a fixing bottle, and the “post-ablation” label is embossed on the tape to differentiate used from unused formalin, which makes checking easy. Products equipped with a “coloration” and a “seal” were used in about 140,000 specimens, the incidence rate was 0%, and good results were obtained as compared with cases without using such products. Accordingly, the proposed sealing method and formalin coloration are novel tools and help prevent medical accidents originating from incorrect formalin fixing.

I  はじめに

病理検査の固定処理は,検査の成否を決定する重要な過程である。固定液の取り扱いに由来する医療事故は,2020年8月現在,54件の報告1)がある。中でも内視鏡検査において,胃の蠕動を抑制する薬剤のミントオイルとホルマリンを間違え体内噴霧した事例は,マスコミ報道された(報道では別施設2件)。また,生食やアルコールと誤用し,病理検査,細菌検査,染色体・遺伝子検査を断念する事例も8例ある。更に既に検体を入れた固定液に,別の患者検体を混同した5事例など患者への影響は極めて大きい。

医療事故の起こる背景は様々で,多くは複合的な要因が重なり多重の確認が抜けることで発生することが推定される。ホルマリンの誤使用事例を例に特性要因図Fish bone分析すると(Figure 1),ヒト・方法・器材で工程前後の確認漏れが共通し,エラーは注意力,教育,訓練,動機付けだけでは防げず,ヒトの確認を補填するためにエラープルーフ化(EP化)が必要になる。この様なヒューマンエラーに対する戦術的エラー対策には「表示,色分けの工夫や物品規格変更による改善で,分かり易く,やり易く,気付かせる」手法が知られている2),3)。「着色」と「封緘」により視認性と判別性の向上,分かり易く,気付かせることが誤認防止に有効と想定した。従来,準備や使用前の確認でホルマリン固定液(formalin fixative; FF)の察知手段は,ラベル情報に限られた。そこに特有の色調を持つことで,他剤との分別を視覚的に可能にする2重の仕組みを図り,その効果と組織傷害や退色などの副作用について検討した。一方,使用済みを検知する物理的な手段は無く,確認や置き場所の工夫,1患者毎の取り扱いが行われている。不可逆的な仕組みの導入は,使用前後の差別化として有効と捉え,容器と蓋を封緘する仕組みを図り,その効果と副作用について検討した。「着色」と「封緘」を備える製品は,有用性の実務検証を4年間(約14万本)行った。

Figure 1 Fishbone diagram analysis

It is definite by Fish bone dissect that the ascertainment work before and behind a process of operation is a vulnerable.

II  材料および方法

本検討は,北里大学医学部・病院 観察・疫学研究審査委員会の倫理審査(B17-114)を受けて行った。

1. 材料

材料は手術摘出標本の肺,大腸,胃で各5症例の非腫瘍部ならび腫瘍部から最小3 mm角,最大3 mm × 3 mm × 10 mm大の未固定組織を採取して用いた。

2. 色素

色素は,組織標本染色で使用する組織染色用色素のトルイジンブルー(toluidine blue; TB,メチレンブルー(methylene blue; MB),ヘマトキシリン(hematoxylin; Hx),エオシン(eosin; Eo),シリウスレッド(sirius red; SR),エリスロシン(erythrosine; Er)および生体染色用トリパンブルー(trypan blue; TrB),万年筆用赤インク(red ink; Ink),組織用カラーインク3)(marking dye; Dye)ならびに酸塩基性(pH)指示薬のブロモフェノールブルー(bromophenol blue; BPB),キシレンシアノール(xylene cyanol; XC),リトマス(litmus; Lit),フェノールレッド(phenol red; PR),メチルオレンジ(methyl orange; MO),クレゾールレッド(cresol red; CR),ブロモチモールブルー(bromothymol blue; BTB)の合計16種をそれぞれ0.5%,0.1%,0.05%,0.01%,0.005%,0.001%の6濃度に調整して用いた。色素の特性をTable 1に示す。

Table 1 The character list of dyes

3. 溶媒

水溶性色素は蒸留水,嫌水性色素はエタノールに予め溶解し,溶媒の10% FFと10%中性緩衝ホルマリン固定液(neutral buffered formalin fixative; NBFF)の2種類に添加した。

III  検討内容

1. 色素の特性把握

1) 色調と透過性

2種の固定液に16種の各色素を0.5から0.001%の6つの濃度で希釈調整した192の溶液は,96 well plateに200 μLずつ分注し,発色調と透過性の評価を白紙上で目視観察した。

2) 色素安定性

色素安定性調査は,終濃度0.01%の色素16種を10%FFと10%NBFFにそれぞれ調整し,1日後,1週間後,1ヶ月後,半年後に目視調査と写真記録から比較評価を行った。

3) 組織標本に対する影響(artifact調査)

終濃度0.01%の色素16種を10%FF固定液と10%NBFFにそれぞれ調整し,未固定の組織材料を,1日浸し,組織への着色性を肉眼的に比較判定した。

4) 各色素の細胞傷害性の評価

当院樹立培養細胞株UCCA-214)を5%FBS添加MEM培地5 mLに2.5 × 105/25 cm2個播種し,37℃ 5% CO2下で培養した。confluentになったところで0.25% Tripsin-250 mM EDTAで細胞を剥離し回収,PBS(−)にて2回洗浄後,再懸濁した。生きた培養細胞1 × 103個を96 well plateに準備したホルマリンを含まない各希釈色素に1分暴露し,未着色の生細胞率を算出(dye exclusion法)した。着色細胞は,細胞膜孔の透過性亢進・破壊が生じた死細胞として細胞傷害性有と評価した。

2. 封緘による使用済み認知効果の検討

検討には,3種類の封緘テープを準備した。1つ目は「OPEN」と印字したセロファンテープ,2つ目は剥離後文字が容器に残るテープ,3つ目は剥離後テープに文字が浮き出るテープ(サニーシーリング社)を貼布し,合計90本無作為に診療科へ配布し使用状態と視認性を調査した。調査の結果より診療側スタッフが良いとした規格を製品供給し,副作用について4年間継続調査した。

3. 医療安全の評価

リスク予防の手法failure mode and effect analysis(FMEA)によりプロセスの文書化と,影響度 × 発生度 × 検出度で危険度を数値化し検証を行った。10段階数値は,少ないほどリスクが低い。

IV  結果

1. 色素の特性把握

結果の一覧をTable 2に示す。

Table 2 Results of the investigation

1) 発色調と透過性

色の視認と透過性判別が良好な濃度(視認限界)は,全16種中11種(TB, MB, SR, Er, TrB, Ink, BPB, XC, PR, CR, BTB)が0.001%であった。Ink,PR,BTBは,明確な色調と透過性を示した(Figure 2)。視認限界が0.05%以下と視認性が著しく劣る色素は,Hx,Eo,Dye,Lit,MOである。Eo,Er,TrB Lit,MO,BPB,CRは10%NBFFより10%FFで減弱が強く認められた。PRは10%FFで黄色,10%NBFFで橙赤色から橙色を示し,同様にBTBは10%FFで橙色から黄色,10%NBFFで緑色~青緑色を示した。

Figure 2 Macroscopic findings of 16 kinds of dyes

Dyes are provided the concentration gradient 0.5% to 0.001% added with the formalin fixative and the neutral-buffered-formalin fixative. Ink, PR and BTB are clear (An enclosure line shows). BTB showed orange and green blue according to the difference of pH of a formalin fixative (left) and neutral buffered formalin (right) respectively.

: Phenol Red; : Bromothymol Blue

2) 色素安定性

組織染色用色素の経日変化は,10%FFに添加したMBで著しい変化が観察され,1週間後に退色し(Figure 3A, B),1か月後には無色透明になった。一方,pH指示薬は半年後も変化を認めなかった。

Figure 3 Dyes stability in each dyes

Immediately after dyes mixture (A) and one week after (B).

They are BTB/FF, BTB/NBFF§, MB/FF, and MB/NBFF from the left to order. As for MB of 0.02% of the final concentration, fading was observed (two of right-hand side in Figure 3B).

: Bromothymol Blue; : Phenol Red; : Methylene Blue; : Formalin Fixative; §: Neutral Buffered Formalin Fixative.

3) 組織標本に対する影響

色素0.01%含有の固定液に1日浸漬した肺,胃,大腸の未固定組織標本は,臓器間差は無かった。組織着色性が観察された色素は,TrBを除く組織染色用色素とInkで,MBとErで顕著であった。pH指示薬は全て着色されなかった(Table 2, Figure 4)。

Figure 4 Macro pathological and cell biological findings

The tissue deeply immersed with an ink (A) and methylene blue (B). There are disturb about a histopathological finding by staining. The dye exclusion method of the cultured cell with ink (C) and methylene blue (D). The cell stained is dead cell. MB and Ink are stained significantly and their viability is very low. In the pH indicator of phenol red (E, G) and a bromothymol blue (F, H), tissue and a cell do not recognize a staining.

4) 各色素の細胞傷害性の評価

培養細胞による,各色素の細胞傷害性の評価結果をTable 2およびFigure 4に示す。Dyeを除き,濃度0.05%以上で細胞播種直後に着色された。MBとInkは着色が強く生細胞率0%で,組織着色性の肉眼所見と合致した。更に,pH指示薬,DyeおよびTrBは,濃度0.01%以下は組織と細胞とも不染色が多く生細胞率は84%から93%であった。

2. 使用済み固定容器の視認性効果の検討

封緘用テープ三種は,診療現場で実用調査した。文字をセロファンに印字したテープは,術者による使用後の貼り戻しに遭遇した。剥離後文字が容器に残るテープは,粘着剤が手袋に残り作業の妨げが報告された。剥離後テープに文字が表示されるテープでは,貼り戻しに遭遇したが文字が浮かび上がり使用済みであることが明確であった(Figure 5)。4年間,述べ140,104本の使用実績で,溶液の取り違いおよび異なる患者の混入事故件数は0件であった。

Figure 5 The recognition effect of the tape for a seal

The enforcer returned the printed tape after use (A). As for the tape (B: unused) in which a character remains in a vessel after exfoliation, an adhesive obstructs work (C, D). A seal is clearly identifiable because a character is embossed in an after-use tape. In addition, BTB coloring is also checked (E, F).

3. 事故防止策の評価

FMEAではすべて対策が必要とされる指標100点以上を示した(Table 3)。薬品誤認では類似物と未表示が原因とされ,システム利用が最も効果が高く100点,色は250点,教育やラベルの呼称は400点以上であった。検体混同は一患者対応が120点,使用済検知の仕組みは300点,置き場所指定は420点,教育は720点であった。

Table 3  Failure Mode and Effects Analysis(FMEA) in this study cases
作業分類 具体的な作業 考えられる
作業ミス
主な原因
(故障モード)
具体的な影響 影響度 発生する可能性のある原因 発生度 故障が検出できる可能性 検出度 リスク優先度(Risk Priority Number)
分注準備と使用 1.ラベルで材料名を見る
2.分注されたシリンジを使用する
3.複数の薬剤を選択して使用する
見間違える 薬品の取り間違い 高度薬品副作用 10 類似形状が複数ある 5 ラベル呼称照合 5 250
システムで管理 2 100
分注を止める(購入品を使用) 2 100
形状や色を変える 5 250
表示が単一 6 ラベル呼称照合 5 300
システムで管理 2 120
分注を止める(購入品を使用) 2 120
形状や色を変える 5 300
取り間違える 表示がない 8 表示しラベルの呼称照合 5 400
表示しシステムで管理する 2 160
分注を止める(購入品を使用) 2 160
容器の形状や色を変える 5 400
見ていない 手順書・決まりが無い 7 手順書作成・教育 8 560
教育・意識が低い 8 教育 8 640
他剤と置き場所が一緒 6 定位置を決める 6 360
作業分類 具体的な作業 考えられる
作業ミス
主な原因
(故障モード)
具体的な影響 影響度 発生する可能性のある原因 発生度 故障が検出できる可能性 検出度 リスク優先度(Risk Priority Number)
検体採取と固定作業 生検検体を採取し固定液に入れる 患者ラベルの確認しない 既に検体の入った容器に違う患者の検体を混入 正しい医療が行われない 10 患者ラベルの貼付が無い(直後に貼らない) 9 手順の見直し 8 720
使用前後の置き場所を分けていない 6 使用前後を分けた置き場所を決める 7 420
中身の確認をしない 使用前の中身確認していない 8 手順の見直し 8 640
使用済みが分かる仕組みがない 6 使用後は形・色など変化する仕組みを取り入れる 5 300
確認をしたが気が付かない 思い込み 5 システムで管理 2 100
順番ではあるが,単一動作の繰り返し 連続作業による検体あるいは意識の混同,認識力の低下 6 タイムアウトを設ける 6 360
準備から提出までを一患者毎に完結作業を行う 2 120

V  考察

当院は医療安全への業務改善に取り組んでいる5)。本邦における過去8年の病理検査関連医療事故の集計では1),6),患者・検体の取り違い,検体紛失,病理診断報告の確認漏れ,FF関連の事故報告件数がそれぞれ,13,17,36,54件ある。2施設がマスコミ報道された,内視鏡におけるホルマリンの体内散布事例,既に検体の入っている固定液に別の患者を混入させる事例など,患者不利益の抑止対策は急務である。事例は,特性要因図分析から工程前後の確認漏れが多く浮上した。「表示,色分けの工夫や物品規格改善で,分かり易く,やり易く,気付かせる」手法がヒューマンエラーの戦術的エラー対策にある2),3)。従来,準備や使用前の確認で,手にしたものがFFであることの察知手段は,容器記載の成分名,含量,「医薬用外劇物」およびGHSマークの表示など,ラベル情報にある。そこに別の手段を加え,他剤との分別を促す2重の仕組みを図った。無色透明溶液は類似物と判別が困難であり,「着色」を加え,他剤との混同回避の一助とし,その効果と組織傷害や肉眼所見抽出の妨げ,退色など予測される副作用も検討した。更に,既に検体の入っている固定液に別の患者を混入させる事故は,確認や置き場所の工夫,1患者毎の取り扱いも重要なものの,使用済みを検知する不可逆的な物理的手段の導入が,使用前後の差別化として有効と捉え,容器と蓋を封緘し「未開封」を認識できる仕組みを図り,その効果と副作用について試作試用と評価を行い,剥離後テープに文字が表示されるテープの運用を行った。

色素は,組織染色用色素(キサンチン系,アゾ系,チアジン系,天然),文具(万年筆)インク,組織用マーキング色素7),pH指示薬(サルトン・トリフェニールメタン系,アゾ系,混合)と性質や特性が異なる。色視認性は,文具色素のInk,pH指示薬のBTBとPRは,0.001%の低濃度域まで色調観察と着色判別が容易であり,光透過性と内容物の視認性が良好な利点がある。Inkは,組織着色性を認め,組織の所見観察を妨げる欠点がある。BTBは酸性のFFで橙黄色を示し,中性のNBFFでは青緑色に調色される。同様にPRはFFで黄色,NBFFでは紫紅色に変化する。PRとBTBの混合物は広範囲なpH域で変色し,半年後も退色しない安定な色素である。従って,溶液のpH性状を反映した調色は,ミントオイルや生理食塩水,メイロン,各種ホルマリン,脱灰液,アルコールなど多くの薬品の分別に有効である。ギ酸を生じるFFは,黄桃色から黄色へ変化することで劣化度合いの検知が可能である。一方,組織染色用色素は,添加当日は安定であるが,1週間後より退色が観察されるため,色調による視認性効果の目的を果たせない。特にFFに添加したチアジン系(MB, TB)やキサンチン系(オレンジG)タール色素で顕著である。通常,病理組織標本作製では,色減衰に遭遇することは少ない。今回の著変理由は,色素濃度が組織染色液に比較して低いため,酸化や露光による色素の二重構造分解や還元性消耗が短時間で生じたか8),FFによる過酸化物の生成の影響も考えられたが検証はできていない。組織傷害や所見抽出の副作用は,pH指示薬は組織標本の着色を全く認めず,固定後マクロ写真や切り出し時の病変観察,所見抽出を妨げない。0.01%以下では生細胞率90%と細胞傷害が観察されない。反対にMBの着色は顕著で,細胞傷害性の結果とも合致し,使用禁忌である(但し顕微鏡下は,着色を認識できない)。薬剤の認知性を高める目的で,色素に着目検討をした論文報告は無い。既報告の色素を利用した医療安全対策は3),9)~12),微小組織を着色した検体紛失防止がある。包埋の方向性や薄切面の状況把握に有効であるが,組織染色色素は,タンパクと結合して組織内外全体を着色し,固定液には向かない。また,Dyeは非浸透性色素で,固定後の組織表面を被包して枝番号の認知性を高め10)~12),顕微鏡下までDyeが保持され,組織の方向性,順序の目印として有効であるが,溶液中で沈殿し着色に向かない。今回の検討から,FFに添加する色素は,pH指示薬のBTBおよびPRを,0.01%~0.002%含む組成が至適条件である。固定法は,がんゲノムプロファイリング検査の添付文書や病理検体取り扱い規定13)で定められ,傷害の少ない組織標本作製が求められる。この着色FFは,退色や組織着色,細胞傷害を示さず,溶液の劣化状態を容易に判定可能な利点を持つ。封緘は蓋と容器のねじ口に掛けて貼布することで,使用前後を認知できる構造で,3種の試作封緘テープの使用法を予め調査した。診療現場ではテープを貼り戻すことに多く遭遇し,剥離後のテープに文字が出現することで使用済みが注意喚起でき,再利用されない点が重要であった。本提案の着色FFと封緘の手段は,2016年7月より4年間,述べ140,104本の使用実績で溶液の取り違いおよび異なる患者の混入事故件数は0件(0%),変更前の同母数の事故件数の比較では,5件(0.0035%)の誤用が報告され28,000回に1回と稀ではあるが乖離値は大きい。検体の混同事例は,DNA個体識別の実施14)に採血など患者への負担が増し遺伝性個人情報の使用など慎重な対応が求められる。事故要因は様々な複合要素が類推され,本方法が医療安全対策の抜本的解決策ではないが,事故予防策として期待できる。過ちの発生防止と波及防止を設計する概念のEP化は,原因の排除・代替化・容易化の発生防止3過程と異常検知と影響緩和の波及防止の2過程よりなる。本提案の着色FFと封緘の手段は,医師や看護師の知覚,判断能力に訴える容易化に該当する。作業で変化や相違を明確にするサブ原理として個別化,特別化を明確にする一助として提案した。但し,波及防止に連動しない面がある。確認作業の除外や類似物の排除が効果的であるが,処置や施術,使用する薬剤や器材の排除は困難である。FMEAの検証(故障が検出できる可能性)からシステム導入が有効だがコストがかかる。すると,確認作業が優位に働く仕掛け,すなわち容易化に絞られる,EP化の対策として個別には脆弱だが組み合わせることで堅牢と化す。判断能力に訴える「色素」添加や「封緘」の貼布は,250点,300点と一定の効果が期待される。「色素」添加や「封緘」の貼布は,自家調製が可能であるが,表示不足や別器材への移し替えなど別の事故要因防止のために,市販製造と購入が重要である15)。また,色やイメージ識別は認知予測リスクの一面もあり,指差し読み上げ確認も重要である。

VI  結語

ホルマリン固定で遭遇する医療事故発生防止の一助とすべく「着色FF」および「封緘容器」を検討した。固定液に添加する色素は,0.01%~0.002% BTBとPRを単独または混合で使用する。溶液のpHにより色調で他剤との分別が可能である。長期間安定で組織細胞傷害性も低い。固定容器と蓋にかけ,剥離後文字が浮き出る封緘テープを貼布したアフォーダンスは,未使用と使用済みの差別化が容易であり,従来の予防策に加える医療事故発生防止の一助となる。本提案の医療現場への浸透には有効性と手軽さ(継続性)安価な製品の提供が望まれる。

 

本内容は,第65回医学検査学会で発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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