医学検査
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症例報告
左室流出路狭窄を示すS字状心室中隔の1例
梶原 博司伊藤 浩司田中 隆一折口 秀樹
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2021 年 70 巻 4 号 p. 803-809

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Abstract

S字状心室中隔とは,心室中隔基部が左室内腔に突出し,S字状に変形したものであり,上行大動脈と心室中隔の成す角度(AS Angle)が正常例と比較し,狭小化している。通常,S字状心室中隔は加齢性変化で生じるとされ,左室流出路狭窄を来たすことは少ない。今回,労作時息切れの精査でS字状心室中隔により著明な左室流出路狭窄を認め,その減弱にシベンゾリンが著効した症例を経験し,血行動態および超音波検査で経時的に観察し得たので報告する。また,当院で心エコー検査を実施し,S字状心室中隔の基準を満たした370症例を後方視的に検討したところ,30 mmHg以上の左室流出路圧較差を認めた症例は6例(1.6%)であった。そして,左室流出路圧較差がある群では左室流出路径(心室中隔基部-subaortic curtain)の距離が有意に狭かった。労作時の息切れがあり,左室流出路径の狭小化を認めるS字状心室中隔の場合は,バルサルバ負荷等を含めて心エコー検査での詳細な評価が有用であると考えられた。

Translated Abstract

The sigmoid-shaped interventricular septum is the sigmoid-shaped basal septum protruding into the LV cavity. The AS angle (aortoseptal angle: the angle between the anterior aortic wall and the interventricular septum) in patients with the sigmoid-shaped interventricular septum is smaller than that in normal subjects. The causes of the sigmoid-shaped interventricular septum are aging and left ventricular outflow tract obstruction (LVOTO), which is rare. We report the case of a patient with the sigmoid-shaped interventricular septum with LVOTO and exertional dyspnea. In this patient, cibenzoline administration improved LVOTO markedly. In our 370 consecutive patients, six (1.6%) showed significant pressure gradients (PG) > 30 mmHg. Patients with PG > 30 mmHg showed significant narrowing of LVOT. Echocardiographic examination including Valsava maneuver is useful for symptomatic patients with LVOT and narrowing of the sigmoid-shaped interventricular septum.

I  序文

S字状心室中隔とは,心室中隔基部が左室内腔に突出し,S字状に変形したものであり,西田ら1)の報告によれば,上行大動脈と心室中隔の成す角度(AS Angle)が正常例(145 ± 7度)と比較し,狭小化(93 ± 14度)しているとされる。S字状心室中隔は加齢性変化で生じ,左室流出路狭窄を来たすことは少ないとされていた2)。しかしながら,人口の高齢化に伴い,その臨床的重要性が指摘されている3)

今回,労作時の息切れ精査でS字状心室中隔により著明な左室流出路狭窄を認め,その減弱にシベンゾリンが著効した症例を経験したので報告する。また,当院での心エコー検査でS字状心室中隔の基準を満たした370症例について,後方視的に臨床的検討を行ったので合わせて報告する。

II  症例

患者:70歳台,女性。

既往歴:高血圧症,骨粗鬆症,良性脳腫瘍(術後)

現病歴:5年程前に歩行時の動悸,息切れが出現し,近医で狭心症と診断され,内服治療で症状は落ち着いていた。しかし,最近,労作時の呼吸苦を自覚し近医を受診するも徐々に増悪したため心疾患精査を含め当院紹介受診となった。

内服薬:アテノロール25 mg/日,ファモチジン20 mg/日,イバンドロン酸ナトリウム水和物錠10 mg/日,エバスチン10 mg/日,アスピリン100 mg/日,アジルサルタン20 mg/日

身長:157.0 cm,体重:60.7 kg,BSA:1.61 m2,血圧:106/74 mmHg,脈拍:81/分 整,SpO2:97%

心音:S1→S2→S3(−)S4(−)4LSBで収縮期雑音Levine III/VI(頸部放散あり)

四肢:浮腫(−),末梢冷感(−),チアノーゼ(−)

動脈触知:橈骨+/+ 足背+/+

1. 外来検査所見

1) 生化学

TP:7.2 g/dL,ALB:4.1 g/dL,T-Bil:0.8 mg/dL,AST:25 U/L,ALT:15 U/L,ALP:205 U/L,γ-GTP:35 U/L,LDH:234 U/L,BUN:19 mb/dL,Cre:0.84 mg/dL,UA:5.6 mg/dL,T-CHO:228 mg/dL,TG:57 mg/dL,HDL:74 mg/dL,CK:71 U/L,Na:140 mmol/dL,K:5.0 mg/dL,Cl:103 mmol/dL,Ca:9.3 mg/dL,HbA1c:6.0%,FBS:99 mg/dL,TSH:1.36 μIU/mL,F-T4:1.55 ng/dL,BNP:448.7 pg/dL

特に,BNPの上昇を認める。

2) 凝固

PT:11.0 sec,PT-INR:1.01,PT(%):98%,APTT:29.8 sec

3) 末梢血

WBC:5.8 × 103/μL,RBC:4.2 × 106/μL,Hb:12.4 g/dL,PLT:174 × 103/μL

4) 12誘導心電図検査

洞調律,正常軸,V3-4でR波増高不良,左室肥大,V5,6でST低下を認める。

5) 胸部X線検査

心胸郭比52.8%で軽度心拡大を認めるが,肺うっ血の所見は認めない。

6) 経胸壁心エコー図検査

LVDd:48.9 mm,LVDs:25.6 mm,IVSd:10.7 mm,PWTd:10.7 mm,LAD:41.5 mm,AoD:37.7 mm,LVM(I):196.3 g(120.3 g/m2),%FS:47.7%,LVEF:78.9%(Teichholz)/67.0%(modified Simpson)

左室壁運動異常は認めない。

心室中隔基部は18.4 mmと肥厚,AS Angleは96度と鋭角化したS字状心室中隔を認める(Figure 1)。基部以外の壁厚は全周性に11 mm程度であった。左室流出路には加速血流を認め(Figure 2),同部位の安静時最大圧較差は86 mmHg,最大流速4.6 m/s(Figure 3),それに伴う僧帽弁収縮期前方運動(SAM)と中等度僧帽弁閉鎖不全症(MR)(Figure 4),大動脈弁収縮中期半閉鎖の所見を認める。

Figure 1 AS angle,心室中隔基部厚

上行大動脈と心室中隔基部の成す角度(AS angle)が96度,心室中隔基部の厚さは18.4 mmとS字状に肥厚している。

Figure 2 左室流出路加速血流

心尖部五腔像で左室流出路に加速血流を認める。

Figure 3 左室流出路通過血流波形

安静時最大圧較差86 mmHg,最大流速4.6 m/sを認める。

Figure 4 僧帽弁閉鎖不全症(MR)

左房天井位付近まで到達する比較的幅の広いMRを認める。

2. 入院時検査所見

冠動脈造影検査:冠動脈に有意狭窄なし。

右心カテーテル検査:RA:12/10(9)mmHg,RV:43/12 mmHg,MPA:39/15(26)mmHg,PCW:23/34(21)mmHg,肺血管抵抗:72 dyne·sec·cm−5

体血管抵抗:1,350 dyne·sec·cm−5

CO(I):5.6 L/min(3.6 L/min/m2

SV(I):88.4 mL(55.0 mL/m2

右心カテーテル検査では,肺動脈圧と肺動脈楔入圧の軽度上昇,心係数は正常とForrester分類II群相当の循環動態であった。また,肺動脈楔入圧波形は中等度のMRによるものと思われるV波の増高を認めた。引き続き行ったシベンゾリン70 mg負荷試験の結果をFigure 5に示すが,負荷前に左室-大動脈の最大圧較差は104 mmHgであったが,負荷10分後には8 mmHgへと著明に低下した。

Figure 5 左室-大動脈同時圧波形

シベンゾリン70 mg負荷時の最大圧較差を負荷前,負荷後5分,負荷後10分で測定した。

心臓MRI検査:大動脈弁下の心室中隔は肥厚し,左室流出路が狭小化している。心筋に造影遅延は認めない。

心臓MRI検査の結果より,明らかな肥大型心筋症の所見は認めず,S字状心室中隔による左室流出路狭窄が労作時呼吸苦の原因と診断され,メインテート2.5 mgとシベンゾリン150 mgの内服が開始された。内服が開始されると,心エコー検査上,圧較差は86 mmHgから17 mmHgへと低下,MRも中等度から軽度へと軽減し,BNPも448.7 pg/dLから180.2 pg/dLへと改善,症状も消失したため退院となった。退院後の検査では,圧較差は10 mmHgへとさらに低下しSAMも消失,MRもごく軽度となり(Figure 6),現在は無症状で経過している。

Figure 6 MR・SAM・圧較差の推移

外来,治療開始時,退院後のMR・SAM・左室流出路における安静時最大圧較差の推移を示したもの。

III  考察

一般的には,S字状心室中隔で左室流出路狭窄を来たすことは稀とされることから,心エコー検査においても,S字状心室中隔は臨床的に有意な所見として捉えないことが多い1)。しかしながら,症例報告の中には,失神を来たした症例をはじめ,著明な圧較差を認めた症例がいくつか報告されている4)~6)。実際本症例は,左室流出路に80 mmHg以上の圧較差を生じ,労作時息切れの症状を伴っていた。本症例に対しては,心臓カテーテル検査でのシベンゾリンの有効性を証明し,適切な治療介入により左室流出路圧較差の消失及び自覚症状改善を認めたことから,S字状心室中隔の評価は重要と考えられる。そこで,2008年5月~2019年10月に当院の心エコー検査でS字状心室中隔とレポートに記載のあった症例を後ろ向きに検討した。今回の検討で採用したS字状中隔の基準は,西田ら1)が報告したAS angle(93 ± 14度)並びに当院の左室壁肥厚の基準である11 mm以上とした。GOOD MAN社Good netエコーシステムの解析ソフトTomTec-Arenaを用いて各種項目を再計測し,肥大型心筋症に典型的な左室壁肥厚症例は除外した。但し,左室壁運動異常や弁膜症の有無で症例を除外していない。

S字状心室中隔の基準を満たした症例は370例であり,再計測した検討項目は,左室流出路における安静時圧較差,左室拡張末期径(LVDd),左室収縮末期径(LVDs),心拍数,左室短縮率(%FS),左室駆出率(modified Simpson法),左室流出路径(拡張末期の時相で心室中隔基部の最も肥厚した部位とsubaortic curtainの距離)である。まず,安静時に左室流出路に30 mmHg以上の有意な圧較差の有無を調査したところ,安静時に有意な圧較差あり群は6例(1.6%),圧較差なし群は364例(98.4%)であった。前述した各種心エコーパラメータを比較検討したところ(Table 1),左室流出路径は有意な圧較差を認める群で有意に狭かった(p = 0.0243)。左室流出路圧較差の上昇原因は,前負荷・後負荷の減少,左室の過剰収縮等があげられるが,上記検討では,有意な圧較差を認めた症例は左室流出路径で有意差を認めた。但し,有意な圧較差を認めた症例は6例と少なく,今後も症例数を増やして検討していく必要があると考える。有症状であり左室流出路径の狭小化を認める場合,安静時圧較差で有意な上昇を認めない場合でも,バルサルバ負荷や負荷心エコー等の追加検査も検討する必要があると考える。

Table 1  有意な圧較差有り群となし群の心エコーパラメータの比較
有意な圧較差あり 有意な圧較差なし p
age 79.3 ± 9.5 78.9 ± 8.6 0.917
BSA 1.6 ± 0.2 1.5 ± 0.2 0.561
HR 73.7 ± 8.5 71.2 ± 13.1 0.513
AS angle 96.0 ± 6.7 98.2 ± 9.2 0.463
IVS 14.4 ± 2.1 14.3 ± 9.9 0.982
LVDd 44.1 ± 5.7 44.3 ± 6.0 0.953
LVDs 26.2 ± 2.3 27.7 ± 5.2 0.177
LVOT 12.4 ± 3.2 16.5 ± 2.8 0.0243
%FS 39.8 ± 12.4 37.8 ± 7.0 0.67
EF(Mod) 62.6 ± 12.4 65.8 ± 32.9 0.602

年齢,性別,脈拍数,AS angle,心室中隔壁厚,左室拡張末期径,左室収縮末期径,左室流出路径,左室短縮率,左室駆出率(modified Simpson法)を有意な圧較差有り群となし群でT検定を実施した。

*p値解析方法:t検定

age:年齢;BSA:体表面積(m2);HR:心拍数(/分);AS angle:上行大動脈と心室中隔の成す角度(度);IVS:心室中隔壁厚(mm);LVDd:左室拡張末期径(mm);LVDs:左室収縮末期径(mm);LVOT:左室流出路径(mm);%FS(%):左室短縮率;EF(Mod):左室駆出率(modified Simpson法)(%)

シベンゾリンはIa群に属する抗不整脈薬であり,心筋活動電位に対するNa+チャネル抑制作用により抗不整脈効果を発揮する。また,Ca2+チャネル抑制作用も有しており,その結果Na+/Ca2+交換輸送体を活性化し細胞内Ca2+濃度を著しく低下させるとされる7)。Gwathmeyら8)は肥大型心筋症患者の細胞内Ca2+濃度の上昇が拡張障害と関連していることを明らかにしており,シベンゾリンによってCa2+濃度が低下することで,心筋収縮力の抑制や左室拡張機能が改善し左室流出路狭窄も改善するとされる。

本症例のシベンゾリン開始前後での各種パラメータの推移をTable 2に示すが,外来受診時の拡張能評価は,E/a':23.2,LAVI:32.0 mL/m2,TRV:2.7 m/sであったが,退院後ではE/a':14.0,LAVI:25.3 mL/m2,TRV:2.1 m/sと低下した。LVEFは67.0%から61.1%,HRは85/分から61/分と低下した。

Table 2  シベンゾリン開始前後での各種パラメータの推移
外来 シベンゾリン開始 退院後
E波 88.2 85.0 56.0
A波 117.1 95.0 92.0
E/A 0.8 0.9 0.6
DcT 221.1 223.0 261.0
e'(中隔) 3.8 5.5 4.0
a'(中隔) 9.8 6.2 5.2
E/e' 23.2 15.5 14.0
LAVI 32.0 24.6 25.3
TRV 2.7 2.7 2.1
EF(Mod) 67.0 68.0 61.1
HR 85 64 61
BNP 448.7 180.2 128.5

E波,A波,E/A,DcT,e'(中隔),a'(中隔),E/a',LAVI,TRV,EF(Mod),HR,BNPを外来受診時,シベンゾリン開始時,退院後で比較した。

E波:僧帽弁口血流速波形・拡張早期波(cm/s);A波:僧帽弁口血流速波形・心房収縮期波(cm/s);DcT:E波減衰時間(cm/s);e':僧帽弁輪運動速波形・拡張早期波(cm/s);a':僧帽弁輪運動速波形・心房収縮期波(cm/s);LAVI:左房容積係(mL/m2);TRV:TR velocity(m/s);EF(Mod):左室駆出率(modified Simpson法)(%);HR:心拍数(/分);BNP:脳性ナトリウム利尿ペプチド(pg/dL)

心臓カテーテル検査では,シベンゾリン負荷前の左室拡張末期圧28 mmHg,肺動脈楔入圧21 mmHgと上昇していたが,負荷開始10分後には肺動脈楔入圧は未計測ではあるが,左室拡張末期圧は18 mmHgへと低下した(Figure 5)。圧較差上昇を認めた外来受診時と,低下した退院時共に,心エコー検査上Grade Iの拡張障害に分類されるが,拡張能指標の改善やLVEF,HR,左室拡張末期圧の低下より,シベンゾリン治療による左室拡張機能の改善と心筋収縮力の抑制が今回の左室流出路圧較差減少の一因と考えられる。

S字状心室中隔に類似したもので,心基部中隔に限局する肥大型心筋症の報告がいくつか存在する。桑野ら9)は心基部側心室中隔に限局性肥厚を認めた閉塞性肥大型心筋症を報告し,Wigleら10)やMaron11)らも同様の報告を行っている。特に桑野らの症例は家族性であり,平均年齢も19~55歳と高齢ではなく,AS angleも平均120度と鋭角ではないため,本症例とは異なる。Fujitaら12)によると,S字状中隔の心筋切除標本には肥大型心筋症の特徴がなく,Kawaiら13)もSAMを伴うS字状中隔の剖検例で錯綜配列がなかったことを報告しており,S字状心室中隔は肥大型心筋症の組織像に特徴的な錯綜配列を認めず,加齢に伴う変化が病態であると予測される。また,心臓MRI検査は肥大の程度,局在,拡張能の評価等に有用であるが,肥大型心筋症のおおよそ60%にガドリニウムの遅延造影の所見を認め,心筋の線維化の進行を示唆するとされる14)。本症例では心筋生検は未実施であるが,心臓MRI検査で肥大型心筋症に典型的な所見はなく,家族歴等も認めないため,やはり加齢に伴うS字状心室中隔が圧較差上昇の原因と考えられた。閉塞性肥大型心筋症でのシベンゾリンの左室流出路圧較差減少の有効性は多く報告されているが,S字状心室中隔での有効症例も報告されており5),7),その早期発見・治療介入は臨床上大切である。

IV  結語

今回,労作時の息切れの精査でS字状心室中隔により著明な左室流出路狭窄を認め,その減弱にシベンゾリンが著効した症例を経験し,血行動態および超音波検査で経時的に観察し得たので報告した。また,当院で心エコー検査を施行し,S字状心室中隔の基準を満たした370症例を後方視的に検討したところ,30 mmHg以上の左室流出路圧較差を認めた症例は6例(1.6%)であり,有意な圧較差を認めない群と比較し左室流出路径(心室中隔基部-subaortic curtain)の距離が有意に狭かった。人口の高齢化に伴い,S字状心室中隔の臨床的意義が指摘されている。労作時の息切れ等有症状の場合,左室流出路径の狭小化を認めるS字状心室中隔では,バルサルバ負荷等を含めて心エコー検査での詳細な評価が有用であると考えられた。

本論文の要旨は第67回日本心臓病学会学術集会において発表を行った。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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