医学検査
Online ISSN : 2188-5346
Print ISSN : 0915-8669
ISSN-L : 0915-8669
技術論文
接合菌類(ムコール菌)同定を目的としたグロコット染色―熱処理および過ヨウ素酸による酸化についての検討―
川端 弥生五十嵐 久喜椙村 春彦
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 71 巻 1 号 p. 53-60

詳細
Abstract

真菌などの組織内病原体を証明する代表的な特殊染色の一つにグロコット染色があるが,菌壁が薄いムコール菌は酸化力の強いクロム酸処理では染色性が弱く判別が困難であった。以前,われわれは,クロム酸に変えて比較的酸化力の弱い過ヨウ素酸処理を行うことでムコール菌の染色性を増強させることを見出し報告した。加えて,前処理として免疫組織化学染色で多用される熱処理を行うことで結合組織の共染が抑制されることも報告した。今回,われわれは,症例を増やすべく,解剖で得られた各真菌症を新たに組織マイクロアレイブロックに作製し,前処理を従来のクロム酸と過ヨウ素酸で,また,共染を抑えるための熱処理をpH別に再度比較検討した。さらに,ムコール菌に特異的とされるRhizopus抗体を用いて検出率を比較した。ムコール菌はすべて,過ヨウ素酸処理することで染色性の大きな改善が認められた。また,熱処理は,どのpHにおいても結合組織の共染を防ぐことができた。一方,ムコール菌のRhizopus抗体による免疫染色での検出率は70%(7/10例)であり,染色性も非常に弱かった。グロコット染色におけるムコール菌検出に最適な酸化剤は過ヨウ素酸であり,熱処理を行うことで結合組織,血液細胞等への共染が抑制され,菌体の鑑別が容易になった。また,Rhizopus 抗体も染色性が弱く検出率も100%に及ばないことからも,この方法は大変有用であると考える。

Translated Abstract

Grocott’s methenamine silver staining is one of the commonly used methods in histological analysis and widely used to screen for fungal microorganisms. Some fungal species have small amounts of the hydroxy group in their cell walls; thus, the conventional protocol of Grocott’s staining, including the use of chromate for oxidation, sometimes gives weak staining. In addition, tissue sections after the antigen retrieval step, which is often used in immunohistochemical analysis, show weak staining of the connective tissue. In this letter, we report the results of our tests using several types of acid for oxidation and pretreatment in the original Grocott’s staining for the detection of Mucor spp. in sections as an example. Among the acids we tested, we found periodic acid to be the best oxidation agent for Mucor spp. This modification using periodic acid is useful for identifying Mucor spp. in tissue sections especially when a commercially available antibody to Rhizopus does not provide satisfactory staining.

I  はじめに

深在性真菌症の4大原因真菌には,アスペルギルス,カンジダ,クリプトコッカス,ムコールがある。さらに,真菌の分類は複雑で,おおよそ接合菌類・子嚢菌類・担子菌類・不完全菌類の大きく4つに分類されており,この中でもムコール菌のような接合菌類は隔壁を持たないことを大きな特徴としている。これら真菌などの組織内病原体を証明する代表的な染色法の一つにグロコット染色(methenamine silver-nitrate [Gomori] Grocott’s variation; Grocott’s stain)がある。原理は,真菌に含まれる多糖をクロム酸で酸化し,遊離したアルデヒド基にメセナミン銀を反応させて菌体を染めるものである1),2)。しかし,接合菌類と因果性があるのか,これまで,通常のクロム酸処理によるグロコット染色ではムコール菌の染色不良が目立つばかりか,それを補うべく行う銀反応時間延長がさらなる結合組織への共染過多を生じ菌体の鑑別を困難にすることが多かった。一方,組織中にあるPAS(periodic acid Schiff; PAS)反応陽性物質をクロム酸で抑制し,真菌を特異的に染め出すクロム酸・シッフ反応という染色法があるが3),われわれは以前,過ヨウ素酸処理による染色法に比べ短時間で明瞭に染め出されたことを経験し報告した。然るに,染色前に行う酸化剤または酸化力の違いが,菌類の種類によっては染色に大きな影響をもたらすのではないかと考えた。さらに,酸化剤の前処理として,免疫染色の抗原賦活化法で多用される熱処理を行うことで結合組織への共染反応が抑えられることを見いだした4)。そこで,グロコット染色の前処理および酸化について4種類の真菌別で比較し,さらには,Rhizopus抗体5)による免疫染色との一致率も検証することで,ムコール菌検出のための最適なグロコット染色の方法を提案したので報告する。

II  対象および方法

1. 対象

グロコット染色の均一性を図るため,剖検材料より形態的に診断された真菌症のうちアスペルギルス6例,カンジダ6例,クリプトコッカス3例を3 mm径の一つの組織マイクロアレイブロックにまとめ,また,ムコール菌10例を5 mm径の組織マイクロアレイブロックに作製した(Figure 1)。本研究は浜松医科大学倫理委員会で承認されている(承認番号:20-011)。

Figure 1 The tissue microarray slides stained with Hematoxylin-Eosin (HE)

The autopsy cases diagnosis as fungal disease.

左図:Aspergillus(上段),Candida(中段),Cryptococcus(下段)

右図:Mucor sp.

2. 染色方法

グロコット染色試薬は,再現性を図るため武藤化学のメセナミン銀調整キットを使用し,室温より切片を入れ60℃の恒温槽にて行った。また,温度による染色ムラを防ぐため,10分間隔で銀液を攪拌して行った。

3. 比較検討

1) 熱処理の検討

脱パラフィン後,未熱処理の他,0.01 mol/Lクエン酸緩衝液(pH 6)と1 mmol/L EDTA含有10 mmol/LトリスEDTA緩衝液(pH 9)の両者を温浴にて96℃ 20分間,冷却10分間処理し,結合組織や血液細胞等の共染反応を比較した。なお,共染抑制のためのアルブミン添加や共染防止液等の使用は意図的に行わなかった。

2) 酸化法の検討

従来の5%クロム酸水溶液で室温60分間酸化の他,クロム酸,過ヨウ素酸両者をそれぞれ0.5%,1%濃度で室温30分間酸化し比較した。なお,クロム酸で酸化した場合は1%重亜硫酸ナトリウム水溶液で1分間還元し水洗したものを,過ヨウ素酸で酸化した場合は精製水の交換のみ行ったものを使用した。

3) 免疫染色との比較

Rhizopus(WSSA-RA-1; BIO-RAD)抗体の25倍,50倍,100倍希釈溶液を使用し,前処理は未処理の他,抗原賦活化処理として,クエン酸緩衝液(pH 6)とトリスEDTA緩衝液(pH 9)の両者を温浴にて96℃ 20分間,冷却10分間処理した。なお,二次抗体はヒストファインシンプルステインMAX-PO(ニチレイ)を用い,それぞれ室温30分間,DAB発色5分間で自動染色装置ヒストステイナー(ニチレイ)を使用して行った。

III  結果

熱処理および酸化法の比較結果をTable 1に示す。

Table 1  The staining results of the fungal body by different pretreatments
Aspergillus Candida Cryptococcus Mucor sp.(非特異的反応)
5%クロム酸 60分 +++ +++ +++ +(++)
0.5%過ヨウ素酸 30分 + + + ++(+++)
熱処理~0.5%過ヨウ素酸 + + + +++(+)

1. 熱処理の検討

未熱処理に比べ,クエン酸緩衝液(pH 6)とトリスEDTA緩衝液(pH 9)の両者ともに結合組織の共染を防ぐことが出来た他,赤血球,マクロファージや白血球などの血液細胞の共染も抑えられ,低倍率においても菌体の判別が容易になった(Figure 25)。

Figure 2 The case 1. Mucor sp. (×200)

A:5%クロム酸,B:1%クロム酸,C:0.5%クロム酸,D:0.5%過ヨウ素酸,E:熱処理~0.5%過ヨウ素酸,F:Rhizopus抗体

Figure 3 The case 2. Mucor sp. (×200)

A:5%クロム酸,B:1%クロム酸,C:0.5%クロム酸,D:0.5%過ヨウ素酸,E:熱処理~0.5%過ヨウ素酸,F:Rhizopus抗体

Figure 4 The case 3. Mucor sp. (×200)

A:5%クロム酸,B:1%クロム酸,C:0.5%クロム酸,D:0.5%過ヨウ素酸,E:熱処理~0.5%過ヨウ素酸,F:Rhizopus抗体

Figure 5 The case 4. Mucor sp. (×200)

A:5%クロム酸,B:1%クロム酸,C:0.5%クロム酸,D:0.5%過ヨウ素酸,E:熱処理~0.5%過ヨウ素酸,F:Rhizopus抗体

2. 酸化法の検討

アスペルギルス,カンジダ,クリプトコッカスは従来通り5%クロム酸処理が最も染色性が良く,それ以外のクロム酸および過ヨウ素酸処理では染色性の大きな低下が認められた(Figure 68)。一方,ムコール菌は,すべてのクロム酸処理において染色性は非常に弱かったものの,過ヨウ素酸処理では,0.5%,1%ともに検出までの時間短縮や染色性に大きな増強が認められた。また,0.5%,1%による染色性の差はほとんど認められなかった。

Figure 6 The staining results: Aspergillus, by conventional procedure (×200)

A:5%クロム酸,B:1%クロム酸,C:0.5%クロム酸,D:0.5%過ヨウ素酸,E:熱処理~0.5%過ヨウ素酸

Figure 7 The staining results: Candida, by conventional procedure (×200)

A:5%クロム酸,B:1%クロム酸,C:0.5%クロム酸,D:0.5%過ヨウ素酸,E:熱処理~0.5%過ヨウ素酸

Figure 8 The staining results: Cryptococcus, by conventional procedure (×200)

A:5%クロム酸,B:1%クロム酸,C:0.5%クロム酸,D:0.5%過ヨウ素酸,E:熱処理~0.5%過ヨウ素酸

3. 免疫染色との比較

ムコール菌のRhizopus抗体による免疫染色での検出率は,希釈倍率,抗原賦活化処理の有無やpH(クエン酸緩衝液,トリスEDTA緩衝液)に関わらず70%(7/10例)であった。また,陽性率の多くが弱陽性であり判定に苦慮した。染色強度を(−)陰性,(+)弱陽性~(+++)強陽性で示した(Table 2)。

Table 2  The comparison of the staining patterns between by using this modification of Grocott’s protocol and by using Rhizopus antibody (WSSA-RA-1; BIO-RAD)
熱処理+過ヨウ素酸 Rhizopus抗体
case 1 ++ +
case 2 ++ ++
case 3 ++ +
case 4 +
case 5 + +
case 6 +
case 7 ++ +
case 8 + +
case 9 ++ +
case 10 +

4. 菌体別の前処理と染色方法

以上の結果をまとめた菌体別の適切なプロトコールをTable 3に示す。

Table 3  The protocol of the two procedures of the conventional one (for Aspergillus, Candida, and Cryptococcus) and the new one (for Mucor sp.)
Aspergillus, Candida, and Cryptococcus Mucor sp.
1 脱パラフィン,親水操作
2 5%クロム酸水溶液 1時間 クエン酸緩衝液(pH 6)96℃,20分間
3 流水水洗,精製水 室温冷却 10分間,精製水
4 1%重亜硫酸ナトリウム水溶液 1分間 0.5%過ヨウ素酸 30分間
5 流水水洗 5分間,精製水 3回 精製水 2分間 × 3回
6 メセナミン銀液(室温から60℃の恒温槽へ)
7 精製水 3~4回
8 0.1%塩化金水溶液 2~5分間
9 精製水 3回
10 2%チオ硫酸ナトリウム水溶液 3分間
11 流水水洗 5分間,精製水
12 ライトグリーン液 1分間

IV  考察

グロコット染色の原理は,多くの真菌の細胞壁に豊富に含まれる水酸基(-OH基)の酸化反応を利用したもので,結合組織に含まれる水酸基の量は真菌に比べて少ないため,クロム酸による酸化ではカルボキシル基にまで酸化が進みメセナミン銀と反応出来ず,その結果,アスペルギルス,カンジダ等の真菌が特異的に染め出される。一方,菌壁が薄く隔壁を持たないムコール菌の場合も水酸基が少ないため,酸化力の強いクロム酸では他の真菌に比べてカルボキシル基にまで酸化が進みメセナミン銀との反応が不十分となり,従来のグロコット染色では検出が難しかったと推考できる。さらには,メセナミン銀の反応時間を延長してみても共染過多になるなどの理由で反応終了の見極めに困難を来たすことが多かった。そこで今回,ムコール菌がクロム酸ではなく過ヨウ素酸による酸化処理で検出が容易となった経験を踏まえ,あらためて真菌の種類別による酸化力の違いがおよぼす染色性について検証した。その結果,10例のムコール菌すべてにおいて比較的酸化力の弱い過ヨウ素酸の方が検出に至るまでの速度や染色性が優れていたのに対し,あえて低濃度にしたクロム酸での酸化処理ではその効果はまったく認められなかったばかりか却って染まりは悪くなった。その理由については未解明のままであり,今後の実証的な検証が待たれる。片や,酸化処理前に熱処理を施したことで共染が抑えられた理由としては,組織タンパク質の立体構造が変化し,酸化剤の浸透性がより強化され,クロム酸より酸化力の弱い過ヨウ素酸でも酸化が進んだ(-OH基の少ない結合組織はカルボキシル基に変化した)のではないかと推測される。特に,アスペルギルス,カンジダ,ムコール菌による真菌症の組織反応は化膿性炎症細胞浸潤が主体であるため,マクロファージや白血球などの血液細胞が数多く混在する。すなわち,熱処理したことで,アルブミン添加や共染防止液等を使用せずとも結合組織以外の共染リスクが抑えられ,コントラストも良くなり菌体の判別がより容易になったと推察される。一方,ムコール菌検出のための免疫染色用の市販抗体も現在ではRhizopus抗体のみだと思われるが,今回試してみたところ,検討した10症例での陽性率は70%だった上,その染色性は非常に弱く判定に苦慮した症例も多かった。対象が解剖材料で固定時間が長かった影響もあるかもしれないが,総合的に判断しても,今回案出したムコール菌検出のためのグロコット染色の有用性をあらためて証明したと言える。加えて,熱処理と過ヨウ素酸による酸化処理を合わせた時間も,これまでのクロム酸による酸化処理に費やす時間とほぼ変わりないことから,同時にムコール菌とそれ以外の真菌両者を検証しようとする場合には利点と考えることができる。ところで,グロコット染色の精度管理調査の多くは,アスペルギルスやカンジダを用いて行われており,真菌感染症の中では頻度が少ないことも一因であろうが,ムコール菌は採用されていないのが現状となっている。しかし,グロコット染色も免疫染色と同様に,ターゲットに応じた前処理を行うことが必要であり,精度管理調査を行う上で今後の課題と言える。さらに,染色時に必須とされる真菌の陽性対照であるコントロール切片も,アスペルギルスやカンジダはメセナミン銀液等の調整や染色操作の不備に関しては有効であると思われるが,ムコール菌を疑う場合には今回の検証からも不相応であると言わざるを得ない。やはり,至要たるコントロール切片共々,今後は,疑われる真菌に対応した適正な処理でのグロコット染色が不可欠であると考える。

V  結語

・結合組織の共染を防ぐ熱処理は,pHに関係なく96℃,20分間,冷却10分間であった。

・ムコール菌検出のための酸化は,0.5%過ヨウ素酸,30分間がもっとも優れていた。

・免疫染色でのムコール菌陽性率は,70%(7/10)であった。しかも,その多くは弱陽性で判定は困難であった。

・ムコール菌検出を目的とした場合,過ヨウ素酸単独に比べ熱処理を加えることで染色性の向上ならびに非特異的反応の低減も期待できる。

本論文の要旨は,第59回および第67回日本医学検査学会において発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
feedback
Top