医学検査
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症例報告
Daptomycin投与中に血液培養よりdaptomycin非感性メチシリン耐性黄色ブドウ球菌が検出された化膿性脊椎炎の一例
畑中 公基鈴木 里和稲嶺 由羽木戸 裕勝佐川 美恵吉川 誠一小野 伸高土屋 貴男
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2022 年 71 巻 2 号 p. 369-374

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Abstract

Daptomycin(DAP)はmethicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)感染症治療薬であり,DAP非感性MRSAの分離は稀である。今回,治療中にDAP非感性化し,抗菌薬の変更を必要としたMRSA感染症の症例を経験した。症例は60代男性。肝門部胆管癌術後,第61病日にMRSAによる中心静脈カテーテル感染症に対しvancomycinを投与開始するも改善が認められず,第66病日よりDAPに変更した。その後解熱傾向を認めたが,第83病日の血液培養から再度MRSAが検出されDAP非感性であった。さらに経過中出現した腰痛に対しMRIおよびCTを実施したところ,化膿性脊椎炎と診断された。第91病日よりlinezolidに変更,rifampicinも追加したところ,炎症所見改善と血液培養の陰性化を確認,第110病日に退院となった。本症例の治療初期に分離されたMRSAはDAP感性であったことからDAPによる治療中に非感性化したと考えられた。MRSAはmprFの変異によりDAP非感性化することが報告されており,今回分離されたDAP非感性MRSAもmprFの変異を認めた。長期にわたる抗菌薬投与が必要な場合は薬剤感受性試験を継続して行うべきであり,かつ画像診断も含めてその効果を総合的に判断することが重要であると考えられた。

Translated Abstract

Daptomycin (DAP) is an antimicrobial agent for methicillin-resistant Staphylococcus aureus (MRSA) infection. MRSA, which is not susceptible to DAP, is rarely observed. We experienced a case of MRSA infection that became nonsusceptible during DAP treatment. A man in his 60s had a central venous catheter infection caused by MRSA after surgery for hilum cholangiocarcinoma on the 61st day of admission. Since vancomycin treatment was unsuccessful, DAP was administered on day 66. On day 83, the MRSA isolated from the blood culture was found to be nonsusceptible to DAP. Magnetic resonance imaging and computed tomography were performed to evaluate back pain, and the results suggested pyogenic spondylitis. On day 91, DAP was changed to linezolid with rifampicin, and the blood cultures became negative for MRSA. The patient was discharged on day 110. The DAP-nonsusceptible MRSA isolates from blood culture had mprF mutations, which were reported to be the underlying mechanism of DAP nonsusceptibility. During long-term DAP treatment, microbiological studies with antimicrobial susceptibility testing and comprehensive clinical evaluation, including imaging studies, are recommended.

I  序文

Daptomycin(DAP)は我が国では2011年にmethicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)感染症の治療薬として承認された環状リポペプチド系抗菌薬であり,Ca2+存在下でグラム陽性菌の細胞膜に結合し,K+を流出させ,細胞膜が脱分極することにより,速やかに殺菌すると考えられている1)。ただし,DAPは肺サーファクタントと結合する性質があるため,肺炎に対して有効性を期待できない2)

DAP非感性MRSAの主要な機構としてMprF 遺伝子(mprF)のアミノ酸変異が報告されている3)

発売当初は,DAP 非感性菌の出現率は既存の抗菌薬と比較して極めて低いと報告されており4),国内でも,宮崎ら5)により2012年から2015年に分離されたMRSA 900株を対象にDAP感受性を調査したところDAP非感性MRSAは認められないと報告されていた。しかし,S. aureusを中心にDAP非感性の報告例が認められてきており3),6),国内からも,DAP非感性MRSAの複数例報告も認められるようになってきた7),8)

今回我々は,治療中にDAP非感性化し,抗菌薬の変更を必要としたMRSA感染症の症例を経験したので報告する。

II  症例

症例:60歳代,男性。

入院後経過(Figure 1):肝門部胆管癌の診断にて20XX年拡大肝左葉切除,尾状葉切除及び肝外胆管切除術が施行された。術後,誤嚥性肺炎,十二指腸潰瘍穿孔,麻痺性イレウスを発症,各種抗菌薬や薬剤の投与,処置がなされていた。入院第59病日より高熱が認められ,翌日よりamikacin(AMK)投与開始。第61病日カテーテル関連血流感染が疑われたためカテーテルを抜去し,血液培養検査を施行したところMRSAが検出された。Vancomycin(VCM)を追加投与開始するも,発熱,炎症所見の改善が認められず,第66病日よりDAP 437.5 mg/dayへ変更。第73病日よりDAPとarbekacin(ABK)の併用療法に変更し,第74病日よりDAP 577.5 mg/dayに増量するも,再び第76病日にMRSAが血液培養(KI-1株)と喀痰培養(KI-2株)より分離された。経過中腰痛が出現し第80病日,MRI検査にて化膿性脊椎炎を疑わせる所見が認められた。DAP投与18日目にあたる第83病日の血液培養から再びMRSA(KI-3株)が分離された。第91病日,linezolid(LZD)に投与変更。造影CTにて化膿性脊椎炎による第5腰椎/第1仙椎に椎体終板の不整が認められた(Figure 2)。CRPが陰性化しないことからMRSAのバイオフィルム形成が考えられたため,翌第92病日より rifampicin(RFP)が追加投与された。その後炎症所見改善と血液培養の陰性化を確認,第110病日に退院となった。

Figure 1 Clinical course

AMK, amikacin; VCM, vancomycin; DAP, daptomycin; ABK, arbekacin; LZD, linezolid; RFP, rifampicin;

MRI, magnetic resonance imaging; CT, computed tomography; BT, body temperature.

Figure 2 Contrast-enhanced Computed Tomography (CT)

Contrast-enhanced CT on day 91 shows blurring of the endplates due to destructive changes in L5-S1 (arrow).

III  細菌学的検査

1. 薬剤感受性試験

薬剤感受性は,MicroScan Pos Combo 1T panelにてMicroScan walkaway 40 plus(ベックマン・コールター)を用いて測定した。また,VCM,teicoplanin(TEIC),DAPはEtest(ビオメリュー・ジャパン)でも最小発育阻止濃度(MIC)を測定し,ブレイクポイントはCLSI(Clinical and Laboratory Standards Institute)に従った9)

KI-1~KI-3株全てにおいてVCMのMICが2 μg/mLと判定としては感性であったが,その上限の値を示し,高めであった。

DAPの薬剤感受性試験は,KI-1,-2株は感性,KI-3株は非感性であった(Table 1)。

Table 1 Antibiotic susceptibility of MRSA clinical isolates
isolate no.
(sample of isolation)
MIC (μg/mL)
Method by MicroScan walkaway 40 plus SystemMethod by Etest
MINOLVFXABKRFPSTLZDVCMTEICDAPVCMTEICDAP
KI-1 (blood)≤ 1> 42≤ 1≤ 0.5/9.522≤ 2≤ 0.5210.19
KI-2 (sputum)≤ 1> 42≤ 1≤ 0.5/9.522≤ 2≤ 0.520.750.125
KI-3 (blood)≤ 1> 42≤ 1≤ 0.5/9.522≤ 2> 121.51.5

MINO, minocycline; LVFX, levofloxacin; ABK, arbekacin; RFP, rifampicin; ST, sulfamethoxazole-trimethoprim;

LZD, linezolid; VCM, vancomycin; TEIC, teicoplanin; DAP, daptomycin.

2. パルスフィールドゲル電気泳動(pulsed-field gel electrophoresis; PFGE)によるタイピング解析

KI-1~KI-3株について,DNAプラグを作成し,制限酵素Sma Iを使用して処理した後,パルスフィールド電気泳動装置CHEF Mapperシステム(Bio-Rad)を用いて泳動した10)。KI-1~KI-3株とも同一のバンドパターンを示した(Figure 3)。

Figure 3 Pulsed-field gel electrophoresis of SmaI digested MRSA isolates

Lanes: M, CHEF DNA size standards lambda ladder marker (Bio-Rad); 1, strain KI-1; 2, strain KI-2; 3, strain KI-3.

3. mprF遺伝子配列の解析

KI-1~KI-3株について全ゲノムシーケンシング解析を実施した。菌体より抽出,精製したDNAのライブラリはQIAseq FX DNA Library Kit(QIAGEN)により作製した。iSeq(illumina)にて全ゲノム解読し,得られた配列はAMiGA(国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター開発)にてアセンブリおよびアノテーションを行った。S. aureus N315株(GenBank Accession No. BA000018)を参照配列とし,KI-1~KI-3株のmprF遺伝子をアライメント解析し変異を検出した。

DAP非感性のKI-3株と感性のKI-1,-2株およびS. aureus N315株のmprFの配列を比較したところ,KI-3株は125番目から127番目までの3塩基(TGG)が欠失し,アミノ酸配列では42–43番目のロイシン-バリンがフェニルアラニンとなり1アミノ酸欠失していた(L42F, V43del)。その他の部位について,S. aureus N315株のアミノ酸配列とこれら3株で26番目のアラニンがバリンに変異(A26V)していた(Figure 4)。

Figure 4 MprF sequences of KI-1, KI-2 and KI-3 compared with N315 (Accession No.BA000018)

IV  考察

感染症治療において薬剤感受性試験結果は治療抗菌薬選択の重要な指標である。今回我々が経験した症例は当院で初のDAP使用例であり,DAP非感性菌の報告は稀である中,治療開始当初DAP感性であったMRSAが,非感性化するという検査結果に遭遇した。

DAPのブレイクポイントは,MIC ≤ 1 μg/mLが感性,MIC > 1 μg/mLが非感性であり,中間のカテゴリーは設定されていない9)。中島11)は,DAPのMIC測定の際に生じる僅かな誤差がmajor errorに繋がりやすく,かつ,DAPブレイクポイント付近のMIC値の測定管理を行うのは難しいと報告している。また,Palavecinoら12)は,MicroScanグラム陽性パネルtype 29において,DAPのMIC値が > 1 μg/mLを示したS. aureus 23株中20株(87%)がEtestでのMICは ≤ 1 μg/mLであったと報告している。Humphriesら3)は,プロンプト法でDAP非感性の結果が出た際は,標準濁度法を含む別の方法で確認すべきと報告している。

これらの報告や背景により,通常はMicroScanパネルをプロンプト法で測定しているが,標準濁度法による再検査やコンタミネーションの確認を実施し報告にかなり慎重にならざるを得なかった。そのことにより,主治医にはDAP非感性の可能性がある旨を中間報告したものの,最終報告までに時間を要してしまった。血液培養報告は迅速性が問われる中,抗菌薬変更のタイミングが若干遅れた一要因と考えられ,今後の教訓となった。

DAPは筒状のミセルを形成し,細胞膜上の陰性チャージ部分に結合することで細胞膜を貫通して殺菌的に作用する抗菌薬である3),13),14)。DAP非感性化のメカニズムの一つとしてS. aureus細胞膜上の陽性チャージ部分が増えることでDAPが細胞膜上に結合できなくなり,その結果,抗菌力が低下することが提唱されている15),16)。さらに,この細胞膜上の陽性チャージ変化はリジルホスファチジルグリセロール合成酵素をコードするmprFの変異が要因の一つと報告されている3)

本症例で分離されたKI-1~KI-3株のPFGEは同一のバンドパターンを示し,同一由来株であることと考えられたが,これら3株のMprFを比較したところ,DAPに非感性となったKI-3株にのみL42F,V43delの変異を認めた。これは既報には無い部位であったが,Kosowska-Shickら17)は,MprFの44番目のアミノ酸グルタミン酸がバリンに変化(E44V)したことにより,DAPのMIC値が1 μg/mLから2 μg/mL上昇したS. aureusを報告している。KI-3株のみに見られたMprF変異箇所はKosowska-Shickらが報告しているE44Vの近位であり,この変異がDAP非感性化に関与している可能性が考えられた。KI-3株のMprF変異がどの程度DAP非感性に関与しているか,Sabatら18)の方法により,KI-1,-2株とMprF変異を認めたKI-3株とのrelative positive surface chargeの比較検討をする必要があり,これらの検討は今後の課題である。

今回,DAP投与開始からDAP非感性KI-3株が分離までの日数は18日間であった。金坂ら7)は,DAPの投与12日間でDAP非感性MRSAが分離されたと報告している。

この様にDAP投与期間の非感性化が報告されていることより,DAPによる治療中は薬剤感受性試験により,MRSAのDAP非感受性化をモニタリングすることが重要と考えられた。

今回の事例を通して,薬剤感受性試験は正確性も大事ではあるが,迅速性とのバランスが大事であり,稀な耐性や精度管理が困難な菌株の場合は,主治医もその情報と臨床経過・画像診断などを含めて総合的に判断できるよう検査精度に関する情報共有が重要であると考えられた。

V  結語

MRSA感染症の場合,抗菌薬治療中であっても当該抗菌薬の薬剤感受性試験を実施し,微生物学的有効性を確認するべきである。本症例のように合併症を有する際は,画像診断を加えて抗菌薬治療の効果を総合的に判断することが重要であると考えられた。

本論文の主旨は第28回日本臨床微生物学会において発表した。

本研究は,当院の倫理委員会の承認を得ている(承認番号:210901)。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

稿を終えるにあたり,菌株解析に御協力頂きました国立感染症研究所 薬剤耐性研究センター甲斐久美子氏に深謝致します。本研究は,AMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業課題番号21fk0108604j0101の支援を受けて実施された。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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