医学検査
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技術論文
日本人覚醒剤乱用者での摂取からの経過日数推定について
牧野 由紀子平井 愼二小柳 一洋山崎 正明
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2022 年 71 巻 2 号 p. 284-287

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Abstract

覚醒剤乱用者の治療の一環として,再乱用防止を目的に,下総精神医療センターでは外来及び入院患者の尿中薬物検査を尿中簡易薬物検査キットで行っている。本研究では,キットでのスクリーニング検査後の残尿を利用し,メタンフェタミンとその代謝物アンフェタミンの存在比を液体クロマトグラフィー/質量分析法(LC/MS)で,検討したところ,日を追うごとに存在比(ピーク面積比較)は摂取時期と一次相関を持って上昇した。限られた患者での検討であるが,日本人覚醒剤使用者の尿中メタンフェタミンとその代謝物アンフェタミンの存在比を把握することで,摂取時期との関連をある程度推定できることを見出した。

Translated Abstract

The objective of this study is to estimate the number of days after the last intake of methamphetamine/HCl in Japanese abusers. Methamphetamine and its metabolite, amphetamine, in residual urine after screening with a drug test kit were analyzed by liquid chromatography-mass spectrometry (LC/MS). As would be expected for this pair of the parent drug and metabolite, there was a linear increase in the ratio (on a peak area basis) of amphetamine to methamphetamine with increasing number of days after the last intake. Although this study was conducted in a limited number of abusers, it was confirmed that the number of days since the last use of methamphetamine can be estimated to some extent by examining the ratio of amphetamine to methamphetamine in the urine of Japanese abusers.

I  はじめに

医療の現場では,意識障害,幻覚妄想や精神運動興奮を有し,生活歴から覚醒剤乱用が疑われる患者に対し,診断や治療方針の参考にする上で尿中簡易薬物検査キットを用いて尿中の薬物スクリーニングが実施されることがある1)

下総精神医療センターは,薬物関連精神疾患の専門的診療を行っており,患者の薬物再使用を抑制する目的で,本人の同意を得た上で,外来通院及び入院中も尿中薬物検査を行い治療に役立てている。通常は市販のキットを用いて検査しているが,今回,液体クロマトグラフィー/質量分析法(以下,LC/MS)を利用して,アンフェタミンとメタンフェタミンの比率の変遷を,経日的に測定する機会を得たので,この結果と考察を記す。

II  方法

1. 試料

2017年9月から2021年6月までに,下総精神医療センターに覚醒剤関連精神疾患に関する治療目的で入院又は外来受診した患者70名の,市販キット「AccuSignTM One-step MET(関東化学)」(以下,キット)による検査後の残尿延べ85例を対象として,LC/MSで尿中アンフェタミン(以下,AM)とメタンフェタミン(以下,MA)の測定を行った。総計70名の患者のうち,最終使用時期の把握できた患者数は9名,その内,隔日であるが経日的に採尿した患者数は6名である。

2. LC/MS測定条件

装置はAgilent Technologies 1200 Series 四重極質量分析計,分離用カラムはODS系Poroshell 120 EC-C18(2.1 × 150 mm, 2.7 μm)で,カラム温度は25℃とした。移動相は,15% acetonitrile含有20 mM HCOONH4溶液(5 mM/L TFA含有)を使用した。流速は0.3 mL/min,MS検出はpositive modeで,AM,MA及びエフェドリン(以下,EPH)の検出には,m/z 136.1 & 137.1,m/z 150.1 & 151.1及びm/z 166.1 & 167.1をセットし選択的イオン検出法(SIM)で行った2)

3. 操作法

キットでの簡易試験終了後の残尿を0.45 μmのシリンジフィルターで約200 μLろ過して分取し,試料とした。懸濁が著しい尿は,遠心分離機(1,700 g,10分間)で処理後,上澄みを試料とした。AMとMAのピーク面積比を求める前提実験として,濃度既知の標準品溶液を調製し,混合比とピーク面積の実測値の比較を行った。硫酸アンフェタミン5.9 mgを43.3 mLのミリQ水に溶解したAM液(遊離塩基としての濃度;100 ng/μL),塩酸メタンフェタミン11.4 mgを91.6 mLのミリQ水に溶解したMA液(遊離塩基としての濃度;100 ng/μL)を準備し,AM液とMA液を5種類の混合比(Table 1に記載)で調製し,ミリQ水で希釈し試料とした。5種類の混合液の測定を行い,各試料のAMとMAのピーク面積比を求めた。

Table 1 Relationship between calculated value and measured value by LC/MS method used in this report
Ratio of AM/MA on a concentration (ng) basis0.100.200.400.600.80
Ratio of AM/MA on a peak area basis0.080.160.300.440.58
CV (%) (n = 5)0.71.01.00.70.4

濃度比はAMとMAの遊離塩基に換算しての濃度(ng)存在比を示し,CV (%)はピーク面積実測値比での変動係数を示す。

分析対象試料に関する情報は,医師が把握できた範囲の推定最終使用時期と採尿時間のみを検査科でまとめた。推定使用時期の把握できた試料は24例であった。重篤な代謝機能障害があると医師が判断した患者については,対象外とする計画だったが,異常な比を示す対象はなかった。

なお,本研究は,独立行政法人国立病院機構下総精神医療センターの倫理審査委員会の承認を得て,匿名化して実施した(承認番号:030408001)。

III  結果

AMとMAの存在比が既知の標準品試料液について,LC/MSによる測定結果をTable 1に示す。遊離塩基に換算しての濃度比(AM/MA ratio)は,いずれにおいてもピーク面積による実測値比の1.25~1.38倍で,CV(%)は1%以下という結果が得られた(Table 1)。

キット検査の結果で,85例中,陽性の結果が得られたのは45例で,その内LC/MSでMAが検出されたのは35例であり,陰性の10例中の2例では,d-プソイドエフェドリンやl-エフェドリンが検出された。

キットの判定ラインに極めて薄い着色を認める場合(偽陽性)や陰性だが医師の判断で,微量の覚醒剤の存在が予想される患者尿総計40例で,LC/MSでMAを検出できたのは16例であった。

LC/MSで,MAの検出された51例のAMとMAのピーク面積比の分布をFigure 1に示す。

Figure 1 Distribution of ratios on amphetamine to methamphetamine in the urine of 51 patients

検査対象85例中で,AM/MA比の得られた51例のピーク面積比分布を示す。

医師により推定使用時期の把握できた24例9名のLC/MSによるAMとMAのピークの面積比と推定最終使用からの経過日数をFigure 2に示す。Figure 2で,同じマーカーで表したのは,採尿日時の違う同一人物での経日的な値を示している。

Figure 2 Ratios of amphetamine to methamphetamine in urine and elapsed days according to patient’s memory

同じマーカーで表記したのは,採尿日時の違う同一人物での経日変化を示す。

IV  考察

Table 1に示した標準物質での検討で,AMとMAのピーク面積が濃度による存在比より一定の割合で小さいのは,化合物が固有のイオン化効率を有するためである。LC/MS装置は設定により,この比が少し一定の変動をすることもあるので,分析する施設で利用する装置での特徴をとらえ測定する必要はある。日本では,尿中覚醒剤の検出に,ガスクロマトグラフィー法(以下,GC)やGC/質量分析法(以下,GC/MS)もLC/MS同様に利用されている。

しかし,GCやGC/MSでは,抽出や誘導体化という煩雑な前処理が必要である。本報告では,最終使用時期のある程度の予測が目的なので,簡便なろ過のみで試料調製し,LC/MSで測定した。キットで偽陽性及び陰性であるがLC/MSでMAが検出できた16例は,使用したキットの検出感度が,尿1 mLあたり1 μgであり3),LC/MS法の検出感度はキットの検出感度より高いので検出でき,摂取からの経過日数の検討に加えることができた。Figure 2に図示した推定使用時期の把握できた24例のAMとMAのピーク面積比と推定最終使用からの経過日数を見ると,摂取から1日以内はAM/MA比(ピーク面積比)が0.1前後であり,2日経過すると0.2弱,その後,ばらつきはあるが,経過日時が多くなるにつれ,徐々に図に示すように,ある程度一次相関をもっての上昇傾向にあった。日本では,覚醒剤をヒトに投与しての実験は法で禁止されていることや規制薬物乱用者への対応が規制重視であることが影響してか,日本人覚醒剤使用者における最終使用時後の代謝物存在比を経日的に捉えて検討した報告は皆無である。しかし,日本人での,最終使用からの経日履歴の検討は必要な課題であった。海外では,管理下ヒトでの塩酸メタンフェタミンの代謝排泄を研究している報告がいくつかある4)~7)。Cookら4)は,志願者1名のヒトでの塩酸メタンフェタミン摂取の代謝実験で,尿中AMとMAの濃度比を摂取後2時間から60時間(2日半)までモニターしている。本研究で測定したピーク面積比を簡易的に濃度比に換算して比較すると,1日経過の存在比は約0.2未満,3日経過の比は約0.3~0.4であり,日本人覚醒剤使用患者ではCookらの1名の2日半までモニターした研究対象者よりAMへの代謝が少し遅い傾向はあるが,経日的なAM/MA比の変化はほぼ類似していた。日本人乱用者での,AMとMAのピーク面積比が,0.1前後の場合は最終使用から1日程度の経過,比が0.4を超えると数日経過と推定できる。覚醒剤の使用量や使用回数の違いによりMAの代謝は影響を受けるが,日本人覚醒剤乱用者で,摂取から1日以内なのか数日経過かの傾向が把握できた意義は医療現場だけでなく司法の場でも役立つ結果である。また,下総精神医療センターを,覚醒剤再使用防止の目的で受診する外来及び入院患者は,面積比と推定最終使用からの経過日数を見ると,最終使用から1~4日経過している患者が多い傾向にあった(Figure 1)。更に,使用したキットで陽性が確認された45例中,LC/MSでMAが確認されなかった10例のうち,2例ではl-エフェドリンやd-プソイドエフェドリンが,検出された。冬期に,メチルエフェドリンを含む風邪薬を過剰に服用すると,メチルエフェドリンの代謝物エフェドリンが多く尿中に代謝されてくるため,陽性になる傾向にある。診察で,キットの結果と患者の申告が合わない場合は,風邪薬等の服用についての考慮や治療で処方されている併用薬に対する注意も必要である8)

V  結論

日本人覚醒剤使用者の尿中メタンフェタミンとその代謝物アンフェタミンの存在比を把握することで,最終使用時期をある程度推定できることを見出した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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