医学検査
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資料
採血管不良によるAPTT延長事例から得られた教訓
近藤 宏皓桝谷 亮太森田 一馬久保田 芽里大坂 直文
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2022 年 71 巻 2 号 p. 330-334

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Abstract

活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time; APTT)は日常診療で測定される項目であり,APTTを含む凝固検査は採血や遠心分離条件などが影響することが知られている。そのため,日本検査血液学会標準化委員会凝固検査用サンプル取扱い標準化ワーキンググループが提唱する“凝固検査検体取扱いに関するコンセンサス”に準じて検査を行うことが推奨されている。今回我々が経験した事例ではAPTTの延長が連続しており,ほとんどの患者に抗凝固療法やAPTTの延長を来す病態を確認できなかった。また,試薬や機器に異常は認められず,検体の取り扱いもコンセンサスに準じていることから,さらに検証を進めたところ採血管不良の可能性が考えられた。そこで,異なるロットの採血管で測定したところ本現象を認めなかったため,APTT延長の原因が採血管であると特定できた。後日メーカーから,製造工程での人為的ミスにより,クエン酸濃度が通常の2倍以上の採血管が製造されていたとの回答が得られた。本事例を経験して,APTTの延長が連続した場合,試薬や機器の異常だけでなく,凝固線溶検査に影響を与える要因として,予期しない採血管不良も可能性の一つとして考慮する必要があるという教訓を得た。また,日常から凝固検査検体取扱いに関するコンセンサスの遵守を徹底しておくことで,原因不明の異常値に遭遇した場合の早期解決につながると思われた。

Translated Abstract

The activated partial thromboplastin time (APTT) test is one of the laboratory tests for screening for coagulation disorders, and it is known that coagulation tests including the APTT test are affected by blood collection and centrifugation conditions. Therefore, it is recommended that clotting time assays be performed in accordance with the “Consensus on standardization of sample preparation for clotting time assays” proposed by the Japanese Society of Laboratory Hematology-organized Working Group for Standardization of Sample Preparation for clotting time assays. In our case, the prolongation of APTT was frequently observed, and most patients did not have anticoagulant therapy or a condition that could cause the prolongation of APTT. Since there was no abnormality in the reagents or equipment, and the sample preparation was in accordance with the consensus, the possibility of a defective blood collection tube was considered, and APTT prolongation was not observed when a different lot of blood collection tubes was used. We inquired from the manufacturer and they replied that the citric acid concentration was more than twice the normal level due to human error during the manufacturing process. In conclusion, it is necessary to consider not only abnormalities in reagents and equipment but also unexpected tube failure when APTT prolongation is frequently observed. Furthermore, thorough adherence to the consensus on the standardization of sample preparation for clotting time assays will lead to early resolution when an unexplained abnormal clotting time is encountered.

I  はじめに

活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time; APTT)は内因系凝固機能のスクリーニング検査であり,単独で延長している場合は内因系凝固因子の量的または質的異常,ループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant; LA)やインヒビターの存在などが疑われる。また,未分画ヘパリン投与時のモニタリングのほか,トロンビン阻害薬をはじめとする直接経口抗凝固薬の効果の確認など,様々な目的で日常的に測定される項目である1)

しかし,現場では時として上述したような病態や抗凝固療法を除外した,原因不明のAPTTの延長に遭遇することがある。その場合,機器や試薬の異常,あるいは検査前工程の問題などが原因となることが多い。現在本邦においては,日本検査血液学会標準化委員会凝固検査用サンプル取扱い標準化ワーキンググループが提唱する“凝固検査検体取扱いに関するコンセンサス”2)に準じて検査を行うことが推奨されている。APTTを含む凝固検査は採血や遠心分離条件などが影響することが知られているが,採血管に起因する結果への影響はあまり報告がない。

今回我々は,製造工程に起因する採血管不良によってAPTT延長を来した稀な事例を経験したので報告する。

II  事例の詳細

1. 事例の発見

当院におけるAPTTの運用は,院内基準範囲(28.0~36.0秒)を超えた際は技師による結果の確認および承認を行ってから報告することになっている。事例発生当日,外来患者の検体において,APTTが基準範囲を超えて延長している症例を通常より多数認めた。しかし患者の診療情報を確認したところ,LA疑いや抗凝固療法中の症例が多数あり,検査結果と診療情報に大きな矛盾は認めず,反対にAPTTの延長が認められない症例も存在した。また,測定機器あるいは試薬の異常がないことを確認するために精度管理試料を測定したが,内部精度管理上の異常は認めなかった。以上より,このAPTT延長は偶発的な現象と考えた。

翌日,凝固検査の担当技師へ予め前日のAPTT延長傾向と,APTTの測定値に注意するよう申し送りした。

この日は,外来だけでなく入院患者にもAPTT延長検体を多数認めた。APTTに影響を及ぼす何らかの要因があると考え,原因が特定されるまで凝固検査を一時停止した。

APTTの延長傾向を確認するため,直近3日間のAPTT中央値を算出した(Table 1)。

Table 1 APTT中央値の比較
外来患者入院患者
前日(秒)33.2(n = 68)32.9(n = 86)
事例当日(秒)46.7(n = 78)35.4(n = 61)
翌日(秒)44.8(n = 33)43.8(n = 58)

事例発生前日のAPTT中央値は,外来で33.2秒,病棟で32.9秒であった。しかし事例当日の外来では46.7秒,翌日では44.8秒,入院では43.8秒と,明らかな延長傾向を認めた。

2. 原因の特定

原因の特定を行うため,まず,APTTが延長した検体について,治療や病態による影響を考え診療情報を参照したが,抗凝固療法を行っておらず,肝機能にも異常がなく,またLAの存在も考えにくいなど,臨床症状と検査結果が一致しない症例を多数認めた。

次に,機器や試薬の異常がないか確認する目的で,精度管理試料を再び測定したが基準範囲内であった。別機種でもAPTTを測定したが同様の傾向であり,機器や試薬の異常による可能性は否定的であった。

当院の凝固検査はすべて“凝固検査検体取り扱いに関するコンセンサス”に準じて行っているが,採血手技や遠心分離条件,遠心機の異常など,検査前工程に問題がないかを改めて確認した。しかし,いずれの工程においても特に問題がなかった。単発の異常であればフィブリン析出など検体由来の原因や,測定時の偶発的なエラーなどが考えられるが,本事例ではほぼすべての検体でAPTTの延長を認めたため,すべての検体に共通する要因の一つとして,採血管に何らかの原因がある可能性を考えた。

そこで,採血管を管理している技師に確認したところ,事例発生当日の外来検体の一部から凝固線溶検査の採血管のロットが変更されていたことが判明した。

そのため,本事例におけるAPTT異常の原因が採血管の特定のロットによるかを検証するために,ロットの異なる複数本の採血管を用意し,健常人のボランティアより採血をしてAPTTとプロトロンビン時間(prothrombin time; PT)を測定したところ,同時に採血した異なるロットの採血管では,APTTが36.9秒でPTが12.0秒(院内基準範囲10.4~12.3秒)であったのに対し,事例発生時に使用していたロットではAPTTが51.7秒,PTが11.9秒とAPTTのみが著明に延長していた。

3. 診療科への対応

当該ロット採血管において何らかの不良があり,APTTに影響を及ぼしていると考えられたため,各診療科に採血管のロットの変更を依頼した。

特にAPTTの検査結果により診療へ影響すると思われる集中治療室(intensive care unit; ICU),循環器内科や心臓血管外科およびリウマチ膠原病内科へ本事例について直接説明し,同時に病院長および看護部長に報告した。

さらに,病院内の全部署へ周知をするために病院医療情報システム課と連携して,電子カルテシステムのアラート機能を利用した,注意喚起のためのメッセージを掲載した。なお,採血管不良によるAPTTの延長から一部の診療科で未分画ヘパリンの減量が指示されたり,また採血管不良についての報告後,ICUから異なるロットの採血管による再採血が提出されたりするなど,臨床側に対して少なからず影響がみられた。

4. 原因の詳細

採血管不良の詳細については,後日,メーカーより以下のような回答を得た。

クエン酸採血管の製造過程では,通常,作業者がクエン酸ナトリウム溶液をボトルに調剤したのち均一な濃度になるように攪拌し,濃度を測定して品質の確認を行ってから自動設備によって採血管に分注される。

しかし今回,通常行われるはずの攪拌作業が行われず,また濃度測定においても,誤って別のボトルで測定を行ったことでクエン酸濃度の異常を検出できなかった。これらのミスが重なった結果,クエン酸の濃度が通常と大きく異なる製品が製造された。実際,当院に納品された採血管のクエン酸濃度は,通常3.2%に対して約7.4%と非常に高値となっていた。また本事例へのメーカー側の対策として,速やかな当該ロット製品の自主回収を行い,また実施手順の変更,設備の改良および作業状態の定期的な確認による再発防止に取り組んでいた。なお,他施設では同様の事例による健康被害は確認されていないとのことであったが,詳細は不明であった。

5. クエン酸濃度の違いが凝固線溶検査に及ぼす影響の追加検討

今回の事例を経験して,クエン酸濃度の違いが凝固線溶検査に及ぼす影響について詳細に解析するために,健常人ボランティア4名より採血を行い,問題のロットと異なるロットの採血管にて,院内実施項目であるPT,フィブリノゲン,APTT,フィブリノゲン・フィブリン分解産物(fibrinogen and fibrin degradation products; FDP),D-dimer,アンチトロンビン(antithrombin; AT),トロンビンアンチトロンビン複合体(thrombin/antithrombin complex; TAT),遊離Ca濃度および浸透圧を測定した(Table 2, 3)。

Table 2 健常人の凝固線溶検査
PT
(秒)
PT-INRPT-derived法による
Fib(mg/dL)
clauss法による
Fib(mg/dL)
APTT
(秒)
FDP
(μg/mL)
DD
(μg/mL)
AT
(%)
TAT
(ng/mL)
問題のロット12.41.0223625559.43.70.11030.7
異なるロット12.21.0134425435.43.80.11070.9

n = 4

Table 3 健常人の遊離Ca濃度および浸透圧
Ca濃度(mg/dL)浸透圧(mOsm)
問題のロット7.1337
異なるロット7.6287

n = 4

本検討は大阪医科薬科大学研究倫理委員会の承認を得て行った(承認番号:2020-45)。

検証の結果,問題のロットではAPTTの平均が59.4秒であったのに対して,異なるロットでは35.4秒となっていた。またPTは12.4秒,PT-derived法によるフィブリノゲンは236 mg/dL(院内基準範囲200~400 mg/dL),FDPは3.8 μg/mL(院内基準範囲5.0 μg/mL未満),D-dimerは0.1 μg/mL(院内基準範囲1.0 μg/mL未満),AT活性は107%(院内基準範囲80~120%),TATは0.9 ng/mL(院内基準範囲1.5 ng/mL未満)とすべて基準範囲内であった。

なお,当院でフィブリノゲン量が150 mg/dL未満の検体に対して用いている,clauss法を原理とするフィブリノゲン定量では,問題のロットでは255 mg/dL,異なるロットでは254 mg/dLと,クエン酸濃度による影響を認めなかった。

また,クエン酸濃度の違いが影響すると考えられたカルシウム濃度の平均値は,問題となったロットでは7.1 mg/dLであり,異なるロットの平均値7.6 mg/dLと比べて低値であった。また浸透圧についても,問題のロットでは337 mOsmであり,異なるロットの平均値287 mOsmと比べて高値であった。

III  考察

本事例では,複数の検体において臨床所見と合致しないAPTTの延長を認めた。治療や病態をはじめ,試薬や機器の影響など様々な原因を検索し,また,凝固検査検体取扱いに関するコンセンサスが遵守されていることも改めて確認した。しかし,いずれの要因にも問題は認められず,複数の検体において影響を認めたことから,採血管不良に起因するものと結論づけることができ,適切に対処することができた。メーカー側の対処も迅速であり,また適切であったと考えられた。

利見の報告3)によると,クエン酸濃度が3.8%では,3.2%に比べてAPTTの延長傾向を認めるとされており,本事例においてはクエン酸濃度が約7.4%と非常に高値であり,より顕著にAPTTへの影響が表れたと考える。また,PT-derived法によるフィブリノゲン量への影響を及ぼした要因として,クエン酸濃度だけでなく,遊離カルシウム濃度や浸透圧の違いが考えられたが,詳細は不明であった。

今回の事例を経験して,極めて稀であるが,凝固線溶検査に影響を与える要因として,採血管不良による影響があることも念頭に置く必要があると思われた。また,日常から凝固検査検体取扱いに関するコンセンサスの遵守を徹底しておくことで,原因不明の異常値に遭遇した際の,早期の問題解決につながると思われた。万が一本事例が再度発生した際に影響を最小限に抑えるための具体策としてはAPTTの中央値を毎日算出することが挙げられる。しかしながら,このような稀有な事例に対して,母集団のサンプル数や抗凝固療法患者が含まれているかなどの内訳に大きく影響される中央値で管理することは難しいと思われるため,実際の運用は各施設に委ねることとしたい。

IV  結語

原因不明のAPTT延長が連続した場合,機器や試薬の異常だけでなく,今回の事例でみられたように,予期しない採血管不良も可能性の一つとして考慮する必要がある。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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