新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイク(S)蛋白に対するIgG抗体(IgG-S抗体)を検出するイムノクロマト法(ICT)検査キットである「新型コロナウイルス中和抗体スクリーニングキット;NOZOMI®」を用い,その基礎的性能評価を行った。COVID-19発症後7日以上が経過した患者血清(92例)およびCOVID-19が否定された発熱患者の血清(50例)を用いた。さらに,ワクチン接種後の医療従事者の残余血清(50例)も使用した。結果,NOZOMI®の感度は51.1%,特異度は96.0%であった。また,発症後の経過日数が22日以降では陽性率が100.0%となった。S蛋白の蛋白質受容体結合ドメイン(RBD)に対する抗体を定量的に検出する測定試薬との比較では,感染後の患者では抗体価が概ね30 U/mLを超える血清において,NOZOMI®によりIgG-S抗体が検出できた。一方,ワクチン接種後検体を用いた場合,概ね500 U/mLを超える血清においてIgG-S抗体を検出した。NOZOMI®は感染初期の診断には用いることができないが,イムノクロマト法としての基礎的性能(感度・特異度)は向上していた。今後の研究開発がすすめば,ワクチン接種後の免疫応答の評価を簡易的にできるPoint of Care Testing(POCT)としての活用意義があると考えた。
We evaluated the clinical performance of an immunochromatographic antibody test (ICT), namely, a colloidal gold immunochromatography test “NOZOMI®” for the IgG antibody against the severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) S protein. We examined 142 serum specimens collected from 92 patients with COVID-19 and also 50 serum specimens collected from febrile non-COVID-19 patients. Additionally, 50 medical staff members who had completed two doses of SARS-CoV-2 vaccines were also included in this study. The sensitivity, specificity, and accuracy for IgG for the S protein were 51.1% (47/92), 96.0% (48/50), and 80.8%, respectively. Among the 50 non-COVID-19 serum specimens, two generated a false-positive result in this ICT “NOZOMI®”. However, IgG for the S protein was satisfactorily detected in 100.0% (17/17) of specimens collected > 22 days after symptom onset. In case of medical staff members, the IgG-S antibody was quantitatively evaluated using the Elecsys® Anti-SARS-CoV-2 S RUO antibody test, and the serum specimens determined to have an antibody titer of 500 U/mL or higher also showed a positive result in the ICT test “NOZOMI®”. Our preliminary data suggest that ICT has potential use in the implementation of the COVID-19 immunity passport.
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,2019年末に中国の武漢で報告されて以来,いまなお世界中で感染が拡大している。我が国でも,ワクチン接種率が向上したものの,オミクロン株による感染者数の急増は回避できず,その多くはブレイクスルー感染であった1)。一方,ワクチン接種のブースター効果のエビデンスが明らかとなり,ワクチン未接種者では,発症率および入院率が有意に高まることが報告された2),3)。このように,免疫の獲得は患者の重症化を防ぎ,医療機関の逼迫を少しでも軽減できるが,感染防御免疫の獲得を定量的に評価し,ブースト接種の適応を評価するためには,さらなる基礎的・臨床的検証が不可欠である。
現時点でのCOVID-19に対する抗体評価には,免疫グロブリンのクラス(IgG, IgA, IgM)に加え,標的とする抗原は試薬により異なる。具体的には,スパイク(S)蛋白あるいはヌクレオカプシド(N)蛋白のいずれかが使用されている。また,現在に至るまで全世界で大規模接種が行われているmRNAワクチンは,S蛋白に対する抗体を誘導する。新型コロナウイルス中和抗体スクリーニングキット(株式会社ICST),model number:DN-101(以下,NOZOMI®)はイムノクロマト法(ICT)に基づく抗体検査試薬であり,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS蛋白に対するIgG抗体(IgG-S抗体)を検出する(Figure 1)。IgG-S抗体は,ウイルス感染を防御する中和抗体であることが知られており,本キットを用いることで,患者の感染防御免疫の獲得を簡易的に評価できる可能性が期待できる4)。
左:陰性検体による判定例,右:陽性検体による判定例
SARS-CoV-2に対する抗体検査については,ICTキットに限定しても数多くの製品が既に市場に流通している。しかしながら,検査感度を含む特性の検証が不十分な場合も多く,キットのもつ臨床的意義は未だ確立していない5)。感染初期におけるキットの検出感度ならびに特異度も十分とはいえず,我が国ではいまだ保険収載された体外診断試薬としてのICTキットは存在しない。今回,これまでのイムノクロマト法の問題点を改良したNOZOMI®の抗体検出能力の基礎的検証を行い,イムノクロマト法による抗体検査法の臨床的意義について検討した。
2020年2月11日から同年12月31日までに埼玉医科大学病院に入院し,発症7日以降(中央値13.9日,Interquartile Range [IQR]10.4–20.4),年齢15~94歳(中央値58.0歳,[IQR]42.8–76.0),男性56名(60.9%),女性36名(39.1%)の合計92例のCOVID-19患者の残余血清を陽性検体として用いた。また,RT-PCR法によりCOVID-19が否定された発熱患者,年齢20~91歳(中央値68.5歳,[IQR]48.3–78.0),男性29名(58.0%),女性21名(42.0%)の合計50例の残余血清を陰性検体として用いた。なお,いずれの症例も鼻咽頭拭い液を用いた感染研法によるRT-PCR法を実施した6)。
また,新型コロナウイルスワクチン(コミナティ筋注,Pfizer)接種後の医療従事者,年齢22~77歳(中央値45.0歳,[IQR]39.0–56.0),男性26名(52%),女性24名(48%)の合計50名の定期健康診断時に採取した残余血清も対象として使用した。
本検討は埼玉医科大学病院IRB(承認番号20079.02)および埼玉医科大学倫理審査委員会(承認番号 大2021-019)の承認を得て実施した。
2. 方法各血清検体10 μLをNOZOMI®の試験ストリップの滴下ウェルに添加した。続いて,検体希釈液を試験ストリップの滴下ウェルに添加した。静置15分後に,コントロール(C)ラインが赤く描出された上で,判定(T)ラインが赤く描出されたことを視認できた場合に陽性とした。一方,判定(T)ラインが未描出のものは陰性とした(Figure 1)。
IgG-S抗体の定量には,SARS-CoV-2のS1蛋白のreceptor binding domain(RBD)に対するIgG,IgA,IgM抗体を検出するElecsys®Anti-SARS-CoV-2 S RUO抗体検査試薬(以下,Elecsys®Ab S)(Roche Diagnostic Scandinavia AB, Sweden)および分析装置にはCobas8000(Roche)を使用した。カットオフ値は添付文書に従い0.8 U/mLとした。
陽性検体92例のうち47例を陽性と判定でき,感度51.1%であった。また,陰性検体50例のうち48例を陰性と判定でき,特異度96.0%であった。対照試薬であるElecsys®Ab Sでは,陽性検体92例のうち63例で陽性と判定でき,感度は68.5%であった。また,陰性検体50例のうちすべてを陰性と判定でき,特異度100.0%であった。精度においては,NOZOMI®で80.8%,Elecsys®Ab Sで98.2%となった(Table 1, 2)。
NOZOMI® | RT-PCR | Total | |
---|---|---|---|
Positive | Negative | ||
Positive | 47 | 2 | 49 |
Negative | 45 | 48 | 93 |
Total | 92 | 50 | 142 |
Indicator | 推定値(%) |
---|---|
感度 | 51.1 |
特異度 | 96.0 |
PPV* | 95.9 |
NPV** | 51.6 |
精度 | 80.8 |
*PPV, positive predictive value; **NPV, negative predictive value
Elecsys®Ab S | RT-PCR | Total | |
---|---|---|---|
Positive | Negative | ||
Positive | 63 | 0 | 63 |
Negative | 29 | 50 | 79 |
Total | 92 | 50 | 142 |
Indicator | 推定値(%) |
---|---|
感度 | 68.5 |
特異度 | 100.0 |
PPV* | 100.0 |
NPV** | 63.3 |
精度 | 98.2 |
NOZOMI®において,発症後の経過日数が7~14日の陽性率は20.8%,15~22日の陽性率は74.8%,23日以降では100.0%となった。対照試薬であるElecsys®Ab Sでは,発症後の経過日数が7~14日の陽性率は43.8%,15~22日の陽性率は92.6%,23日以降の陽性率は100.0%となった(Table 3)。
Days after onset (Days) | NOZOMI® | |
---|---|---|
n | Positive (%) | |
7–14 | 48 | 10 (20.8) |
15–22 | 27 | 20 (74.8) |
23– | 17 | 17 (100.0) |
Days after onset (Days) | Elecsys®Ab S | |
---|---|---|
n | Positive (%) | |
7–14 | 48 | 21 (43.8) |
15–22 | 27 | 25 (92.6) |
23– | 17 | 17 (100.0) |
全COVID-19患者血清(n = 92)に対するElecsys®Ab SによるIgG-S抗体価の分布に,NOZOMI®による判定結果ををあわせてFigure 2に示した。全患者のIgG-S抗体価の中央値は56.15 U/mL(IQR: 4.94–171.30)であり,NOZOMI®にて陽性と判定された血清での中央値113.90 U/mL(IQR: 31.02–250.00)は,有意に高い結果であった(p < 0.001)。ワクチン接種開始前の患者血清を使用した場合,NOZOMI®では概ね30 U/mL以下で陰性判定となることが示唆された。
縦軸にCOVID-19患者検体におけるElecsys®Ab SによるIgG-S抗体価,横軸にNOZOMI®による判定結果を示した。
ワクチン接種後の医療従事者の残余血清(n = 50)に対するElecsys®Ab SによるIgG-S抗体価の分布に,NOZOMI®による判定結果をあわせてFigure 3に示した。全検体のIgG-S抗体価の中央値は647.40 U/mL(IQR: 451.18–1,218.25)であり,NOZOMI®にて陽性と判定された血清での中央値は830.05 U/mL(IQR: 554.30–1,686.50),陰性と判定された血清での中央値は428.05 U/mL(IQR: 261.85–556.73)となり,IgG-S抗体価がおおよそ500 U/mL以下では陰性判定となることが示唆された。
縦軸にワクチン接種後検体におけるElecsys®Ab SによるIgG-S抗体価,横軸にNOZOMI®による判定結果を示した。
NOZOMI®の特異度は96.0%であり,過去のICTキットと比較し優れた結果であった5)。一方,発症後7~14日の血清を用いた評価では,陽性率が20.8%にとどまった。本結果と国内での高いワクチン接種率を考慮すれば,急性期COVID-19の確定診断には本キットは期待できない。一方,発症後23日以降の血清での陽性率は100.0%であり,過去のS蛋白に対するIgG抗体に関する報告と矛盾しなかった7)。このことから,NOZOMI®の全体感度は51.1%ではあるものの,最終的にはIgG-S抗体を適切に捕捉することが明らかとなった。
Elecsys®Ab Sは,組み換え水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus; VSV)を使用したSARS-CoV-2偽ウイルスによる中和試験との陽性一致率が92.3%と報告される8)。特異性も高く,中和抗体価と相関するIgG-S抗体の力価を定量できる検査キットとして期待される。今回の検証では,ワクチン接種後検体を用いた場合,500 U/mLを超える患者血清において,NOZOMI®によりIgG-S抗体が検出できた。その一方で,ワクチン接種開始前の血清を使用した場合(30 U/mL)と比較すると高い値であった。Elecsys®Ab Sは二重抗原サンドイッチ法を用いてS蛋白の一部分であるreceptor binding domain(RBD)に対するIgG,IgA,IgM抗体を検出するのに対し,NOZOMI®では間接法を原理とし,S蛋白(全体)に対するIgG抗体を検出している。ワクチン接種により獲得する抗体のアイソタイプはクラスIgGのS蛋白に対する抗体である。このように,検出する抗体のアイソタイプや結合部位の違いが,ワクチン接種開始前の患者血清と,ワクチン接種後血清を使用した場合での抗体検出のカットオフ値に影響したと考えられた。この点に関し,さらなる検討が必要である。
多くのICTキットはIgG-NP抗体を検出しており,NOZOMI®のようにIgG-S抗体を特異的に検出するキットは限定的である。さらに,従来のICTキットの欠点として挙げられていた偽陽性判定が大幅に減少しており,イムノクロマト法による抗体検査キットとしての基礎性能と信頼性は大幅に向上したといえる。現在,ワクチン接種による免疫応答を定量的に評価し,その臨床的意義を明らかにするための多くの研究が進行している9)。その一方,ウイルス株はさまざまな抗原変異を繰り返しており,実際の感染防御や重症化抑止に必要な抗体定量力価の決定は現時点では困難である。さらなる検査試薬の研究開発と,ワクチン接種後の免疫応答に対する基礎的研究の成果が待たれるところである。今後,世界各国でのワクチンの接種の拡大とともに,活発な経済活動の再開が必要である。イムノクロマト検査の半定量化の実現が課題として残るが,ワクチン接種後の免疫応答の評価を簡易的にできるPoint of Care Testing(POCT)としての活用性に,本検査キットの意義があると考えた。
NOZOMI®は従来のICTキットと異なり,SARS-CoV-2に対するIgG-S抗体について,高い精度で検出できる可能性が示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。