2022 年 71 巻 4 号 p. 725-730
【はじめに】Lactococcus lactis(以下L. lactis)は通性嫌気性グラム陽性球菌でプロバイオティクスなど健康食品として用いられる。我々は意識低下を主訴とし循環不全,細菌性肺炎の疑いで緊急入院となった脾臓低形成患者からL. lactisによる敗血症を経験したので報告する。【症例】74歳男性,意識低下のため,救急搬送。臨床経過より細菌性肺炎,うっ血性心不全の疑いで入院となった。血液培養開始後16時間で陽性となり連鎖状のグラム陽性球菌を認めた。3病日目の分離菌は胆汁エスクリン培地(以下BE)陽性,カタラーゼ陰性のα-Streptococcus様のコロニーを認め,Enterococcus属を疑ったが,ストレプトコッカス群別キット「ユニブルー」(関東化学KK)で凝集を認めず,自動機器にて同定を実施した。4病日目,自動機器にてL. lactis subsp lactisと同定し質量分析の結果と一致した。患者はsulbactam/ampicillinおよびceftriaxone投与により軽快し退院となった。【まとめ】本菌はBE陽性でEnterococcus属と誤認しやすい菌種であり,自動分析装置や質量分析を実施する必要がある。本症例は患者の脾臓が低形成で易感染状態であったこと,日常的な乳製品の摂取があり侵入経路は不明だが,L. lactisの血液中へのトランスロケーションが要因であった。
Lactococcus lactis is the most used species in the health food industry, including probiotics. A 74-year-old man presented to our hospital with decreased consciousness. He was hospitalized on suspicion of bacterial pneumonia and congestive heart failure. Blood cultures prepared on admission showed gram-positive chained cocci after 16 h. On hospitalization day 3, the blood cultures showed α-Streptococcus-like colonies positive for bile esculin (BE) and negative for catalase. Moreover, no aggregation was observed in the Lancefield classification test. Therefore, Enterococcus was speculated temporarily as the causative pathogen. On hospitalization day 4, this pathogen was identified using an automatic analyzer as L. lactis subsp lactis, which was consistent with the results of matrix-assisted laser desorption/ionization-time of flight mass spectrometry (MALDI-TOF MS). On hospitalization day 27, the patient’s condition improved after the administration of ABPC/SBT and CTRX; consequently, he was discharged from the hospital. L. lactis is BE-positive and can be easily mistaken for Enterococcus. Therefore, for its accurate identification, it is necessary to use an automatic analyzer and MALDI-TOF MS. In this case, the patient had hypoplasia of the spleen and had a history of daily intake of dairy products. It was considered that L. lactis translocated into the bloodstream through an unknown mechanism, resulting in the development of sepsis.
Lactococcus lactisはSchleiferらによって1873年に菌種登録された1)。本菌はプロバイオティクスなどに多く用いられ,まれではあるが,心内膜炎,髄膜炎,腹膜炎,肝膿瘍,免疫抑制患者での菌血症などが報告されている2)~6)。今回我々は意識低下を主訴とし救急受診した患者の血液培養より本菌を分離したので報告する。
74歳,男性。既往歴:狭心症(PCI治療),2型糖尿病。意識低下で呼びかけに応じないため救急搬送。来院時,JCS-1,バイタルサイン:SpO2 70%,呼吸数20回/分,呼吸促迫なし,呼吸苦なし,血圧120/50,心拍数67回/分,体温36.1℃であった。血液検査,尿検査,血液及び尿培養,レントゲン,Computed Tomography(以下,CT)を実施した。生化学検査,血液ガス分析検査より肝機能異常,腎機能異常,心機能低下,代謝性アシドーシスを認め,LDHやフェリチンが異常高値であり血液学的検査より巨核球+,大球性RBC,奇形赤血球,デーレ小体,大型血小板を認め血液疾患などがあることが示唆された(Table 1)。レントゲン結果,胸部CTでは両側浸潤影あり,肺門側優位に淡いすりガラス影,両胸水の貯留,心陰影拡大を認めた(Figure 1)。腹部CT:腎臓,肝臓に大きな異常はなく,腹水も認めなかった。以上の結果より細菌性肺炎,うっ血性心不全の疑いで入院となった。meropenem:1 g/日,levofloxacin:500 mg/日にて治療を開始した。
生化学 | 血液 | 凝固 | |||
TP | 6.6 g/dL | 白血球数 | 19.23 × 103/μL | PT(%) | 7% |
ALB | 3.6 g/dL | 赤血球数 | 277 × 104/μL | PT(INR) | 7.77 |
A/G | 1.2 | ヘモグロビン | 9.7 g/dL | APTT | 48.6 sec |
AST | 3,323 IU/L | ヘマトクリット値 | 29.8% | FDP | 17.9 μg/mL |
ALT | 2,575 IU/L | 血小板 | 14.7 × 104/μL | Dダイマー | 11.3 μg/mL |
LDH(IFCC) | 3,436 IU/L | 血液像 | 血液ガス:動脈血 | ||
ALP(IFCC) | 132 IU/L | 後骨髄球 | 0.5% | pH | 7.287 |
T-Bil | 1.02 mg/dL | 桿状核好中球 | 6.5% | pCO2 | 33.7 mmHg |
CK | 706 IU/L | 分葉核好中球 | 81.5% | pO2 | 60.7 mmHg |
BUN | 54.2 mg/dL | 好塩基球 | 1% | HCO3− | 15.7 mmol/L |
CRE | 1.78 mg/dL | リンパ球 | 1% | BE | −9.9 |
eGFR | 30 | 単球 | 9.5% | O2SAT | 84.2% |
Na | 138 mEq/L | 有核赤血球 | 4% | AnGap | 22.2 |
K | 5.6 mEq/L | コメント | 巨核球+ | lactate | 11 mmol/L |
Cl | 102 mEq/L | 大球性赤血球 | |||
Ca | 8.8 mg/dL | 奇形赤血球 | |||
フェリチン | 16,129 ng/mL | デーレ小体 | |||
S-Glu | 240 mg/dL | 大型血小板 | |||
CRP | 16.54 mg/dL | ||||
PCT | 0.19 ng/mL |
左:レントゲン写真,右:Computed Tomography(CT)。
両側浸潤影,肺門側優位に淡いすりガラス影,両胸水の貯留,心陰影拡大を認めた。
2病日目,血液培養が陽性となり連鎖状のグラム陽性球菌を認めた。抗菌薬をsulbactam/ampicillin:3 g × 2/日,vancomycin:1 g/日に変更した。入院翌日の診療科カンファレンスで再度のCT評価を行った結果,脾臓の低形成を認め肺炎球菌感染を考慮し,尿中肺炎球菌抗原検査を実施したが陰性であった。入院当日の尿培養は48時間発育認めず,喀痰培養は常在菌を少数認め感染を疑われる菌の検出は認めなかった。
3病日目に心エコーを実施し僧帽弁の明らかな逆流はなく,菌の疣腫や付着は否定的であった。4病日目にL. lactisと同定。5病日目に薬剤感受性の結果よりvancomycinを中止しsulbactam/ampicillin:3 g × 2/日,ceftriaxone:2 g/日に変更した。8病日目に血液培養及び痰,尿培養を提出,血液培養は菌の発育を認めず,痰培養,尿培養は48時間菌の発育を認めず。10病日目に肺炎,身体所見ともに改善傾向が見られたため,ICUより一般病棟に転棟した。12病日目のカテーテル尿培養は48時間菌の発育を認めず。15病日目sulbactam/ampicillin中止,21病日目にceftriaxone中止,26病日目の問診で日常的なヨーグルトの摂取している情報が得られた。27病日目に軽快退院となった(Figure 2)。
抗菌薬治療はmeropenem:1 g/日levofloxacin:500 mg/日にて開始,グラム染色結果よりsulbactam/ampicillin:3 g × 2/日,vancomycin:1 g/日変更,同定感受性結果よりsulbactam/ampicillin:3 g × 2/日,ceftriaxone:2 g/日に変更,その後軽快退院となった。
1病日目に採取された血液はBACT/ALERT SA,BACT/ALERT SN(ビオメリューKK)に採取されBacT/ALERT 3D(ビオメリューKK)にて培養を開始。好気,嫌気ボトルともに16時間で3/4本陽性,血液培養ボトルの外観はガス産生なし,溶血はなく,グラム染色では連鎖状のグラム陽性球菌が認められた(Figure 3)。陽性培養ボトルより5%ヒツジ血液寒天培地(極東製薬KK),チョコレート寒天培地(BD)を24時間及び48時間,37℃,CO2培養,ブルセラHK寒天培地ウサギ(極東製薬KK)を48時間,36℃,嫌気培養のサブカルチャーを実施した。陽性ボトル上清用いてストレプトコッカス群別キット「ユニブルー」(関東化学KK)を実施したが,結果は凝集を認めず。胆汁エスクリン培地(以下,BE培地)(栄研化学KK),オプトヒンディスク(栄研化学KK)にてオプトヒン感受性試験(以下,OP試験)を実施した。培養陽性後2日目,血液寒天培地及びチョコレート寒天培地にα-Streptococcus様のコロニーの発育を認めた(Figure 4)。BE培地陽性,OP試験陰性であった。BE培地が陽性のため,Enterococcus属を疑いVITEK2(ビオメリューKK)GPカードで同定を実施,翌日にL. lactis subsp lactis 95%(バイオナンバー:113010365713671)と同定された。栄研ドライプレートDP34(栄研化学),ミューラーヒントンブイヨン‘栄研’(栄研化学),ストレプト・ヘモサプリメント‘栄研’(栄研化学)を用いて薬剤感受性試験を実施し,結果はST:≥ 76/4であったがその他は低いMIC値を示した(Table 2)。後日,MALDI-TOF MS(Burker社)での同定を外注検査依頼し,L. lactis(Score2.31)の結果が得られた。
短い連鎖状のグラム陽性球菌を認めた。
左:5%ヒツジ血液寒天培地(極東製薬)
右:チョコレート寒天培地(BD)
抗菌薬 | MIC(μg/mL) | MIC判定 |
---|---|---|
benzylpenicillin | 0.5 | S |
ampicillin | 0.25 | S |
ceftriaxone | 1 | S |
meropenem | 0.12 | S |
erythromycin | ≤ 0.25 | S |
clindamycin | ≤ 0.12 | S |
levofloxacin | ≤ 1 | S |
vancomycin | ≤ 0.25 | S |
sulfamethoxazole/trimethoprim | ≥ 76/4 | R |
Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)M45 3rdにて判定
S:susceptible
R:resistant
L. lactisは通性嫌気性グラム陽性の球菌でManual of Clinical Microbiology(ASM)によると,カタラーゼ陰性・PYR陽性・LAP陽性・6.5% NaCl陽性で,コロニー形態もEnterococcus属と類似しており鑑別が困難である。菌の多糖体抗原の違いによる血清学的分類であるLancefieldの分類ではEnterococcus属がD群であるのに対しLactococcus属はN群であり通常の市販試薬では群別は難しい2)。細菌検査室では自動分析やMALDI-TOF MSによる同定が必要となる。本症例において検出したグラム陽性球菌もコロニー形態の類似性,カタラーゼ陰性,BE陽性であることから,Enterococcus属を推定した。しかし,Lancefieldの分類で凝集を認めないことから,VITEK2での同定および他法での確認のためMALDI-TOF MS同定を実施するに至った。
薬剤感受性試験はClinical & Laboratory Standard Institute(CLSI)M45-3rd7)に基づきCAMHB-LHB(2.5%–5% v/v)コロニーをMcfarland 0.5に調整,35℃ 20時間から24時間で実施し,判定を行った。薬剤感受性結果はST:≥ 76/4を除き低いMIC値を示した。
薬剤感受性判明後,sulbactam/ampicillin,ceftriaxoneに変更し状態が安定した後,ceftriaxone単剤で20日間の投与期間となった。
本菌による感染はまれであるが,Shimizuら8)は36件の症例があり,糖尿病,腹膜透析,悪性腫瘍,未熟児,栄養失調,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染など15例において免疫不全などの重篤な基礎疾患があったと報告している。本症例において基礎疾患に狭心症(PCI治療),2型糖尿病があり,脾臓の大きさはHarrisら9)の報告によると個人差はあるが127.4 ± 62.9 cm3であり,症例のCT評価では脾臓の大きさが19.3 cm3と低形成(Figure 5)が認められ,易感染状態にあったと推定される。しかし,過去の既往には40代に肺炎に罹患した以外は,感染を繰り返すことは特になかった。
計測により脾臓の大きさが19.3 cm3と低形成であった。
脾臓は,最大のリンパ組織で,莢膜を持つ細菌のオプソニン化に必要なIgMを産生する主要臓器である。このオプソニン化機構に対して,莢膜はマクロファージなどによるオプソニン貪食からのエスケープを担う細菌の重要な病原因子の一つである。莢膜を保有しオプソニン化されにくい病原細菌(Streptococcus pneumoniae, Haemophilus influenzae type b, Neisseria meningitidis)に対しては,脾臓で産生されるIgM抗体が,直接または補体結合を介して,マクロファージによる貪食を促進する必要がある。L. lactisも細胞壁表層にPellicleと呼ばれる多糖体(exopolysaccharide)を形成し,その合成にかかわる遺伝子の一部は,莢膜が重要な病原因子として知られるS. pneumoniaeと共通性を持っていることも既に明らかになっている10)~12)。
Lactococcus属は現在24種類1)ありLactococcus lactisはプロバイオティクスに用いられる乳酸菌の一つでありよく腸活として乳製品などに多く用いられる。プロバイオティクスとして用いられる乳酸菌はLactococcus属の他にLactobacillus属,Pediococcus属,Leuconostoc属,Streptococcus属など多種の菌種があり,その効果は正常な腸内細菌叢の維持,調整,アレルギーの軽減,免疫機能調整作用なども期待されている13)。
脾臓低形成による易感染性と日常的な乳製品の摂取により,侵入経路は不明だが(おそらく腸管),L. lactisが血液中にトランスロケーションしたものと推測された。
今回我々は脾臓の低形成による免疫機能低下が考えられるL. lactisの血行感染症を経験した。プロバイオティクスは腸内環境正常化としてたびたび用いられるが,本症例のような免疫機能低下や消化器患者からの報告も散見されるため注意が必要である。
本研究は私立奈良病院倫理委員会の承認を受けて実施した(整理番号:NCH倫21-35)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。