2023 年 72 巻 1 号 p. 148-154
悪性黒色腫は皮膚や頭頸部に好発し,最も予後の悪い腫瘍の一つである。本腫瘍の尿路生殖器への転移性病変は,生存中に発見されることは比較的稀である。今回,我々は生存中の悪性黒色腫患者で尿沈渣中にメラノーマ細胞およびメラノファージを認め,多発転移を見つける契機となった症例を経験したので報告する。症例は70歳代男性。外来受診時の尿検査で尿沈渣中に特徴的な異型細胞を認めた。尿沈渣に認めた異型細胞は,N/C比大,クロマチンの増量,明瞭な核小体を有し,細胞質に黒褐色のメラニン顆粒を含有し,メラノーマ細胞であることを各種染色法と免疫組織化学染色により同定した。さらに,同時に出現していた偏在性で小型の核を有するメラノファージの特徴と,メラニン顆粒と他の類似成分との鑑別法を示した。重要なことに,尿沈渣中のメラノファージの出現数は,血中LD値とUA値の変動と相関していた。本報告より,尿沈渣中に出現するメラノーマ細胞とメラノファージを分類し報告することは,尿沈渣成分による診断に加えて,予後予測や病態把握の新規マーカーとして応用できることが示唆された。
Malignant melanoma frequently occurs on the skin, head, and neck, and is known to be one of the tumors with the worst prognosis. It is rare for this cancer to metastasize to the urinary tract and to be detected while the patient is still alive. In this report, we show that the detection of melanoma cells and melanophages in urinary sediment can help detect multiple metastases of malignant melanoma. The patient was a male in his 70s, and a urinalysis during an outpatient visit revealed characteristic atypical cells in the urinary sediment. The atypical cells with a high nuclear-to-cytoplasm ratio, hyperchromasia, enlarged nucleoli, and dark brown melanin granules in the cytoplasm were identified as melanoma cells by various staining methods and immunohistochemical staining. Furthermore, we mentioned the characteristics of melanophages with small and unevenly distributed nuclei and the difference of melanin granules from similar components. Importantly, the number of melanophages in urinary sediment correlated with serum LD and UA levels. In conclusion, melanoma cells and melanophages detected in urinary sediment could be novel markers for malignant melanoma, prognosis prediction, and understanding of the melanoma pathogenesis.
悪性黒色腫は表皮の基底層に分布しているメラノサイトあるいは母斑細胞が悪性化した腫瘍である。皮膚や頭頸部に好発し,腫瘍の中でも予後が極めて不良であり,5年生存率は24~42%1)と言われている。また,本腫瘍の尿路生殖器への転移性病変の頻度は高くて20%程度2),3)と言われており,死後の解剖で明らかになることが多く,生存中に発見されることは稀である。一般的に,尿沈渣検査で検出し得る異型細胞としては,尿路上皮がん細胞が約90%とほとんどであり,扁平上皮がん細胞や腺がん細胞あるいはその他のがん細胞に遭遇することは比較的稀である。すなわち,尿沈渣検査における尿路上皮がん細胞以外のがん細胞の形態学的な特徴と出現形式を理解することは,極めて臨床的意義が高いと考えられる。今回,我々は生存中の悪性黒色腫患者で尿沈渣中にメラノーマ細胞およびメラノファージを認め,多発転移を見つける契機となった症例を経験したので報告する。
患者:70歳代,男性。
主訴:全身倦怠感,食欲低下,腹部膨満感,頻尿,血尿。
2019年2月,他院にて左上顎性悪性黒色腫と診断され,術後に治療を開始した。翌年9月に当院にて経過観察目的で受診したところ,胸部CT検査で左肺に小結節の出現,同年12月に気管支鏡で不透過像が見られ肺転移を認めたため,2021年1月より免疫チェックポイント阻害剤であるニボルマブ(抗PD-1抗体,小野薬品)による治療を開始した。経過観察中の尿沈渣検査で,メラノーマ細胞を認めたことにより多発転移が疑われた。その後,CTにより両側甲状腺,右前頭葉,左副腎の転移,腹膜播種を認め,膀胱鏡より膀胱転移も判明した。腹膜播種と脳転移に対して同年3月より放射線治療を開始したが,同年5月に永眠された。
2. 方法 1) トルメーレン(Thormahlen)反応トルメーレン反応はインドールメラノゲンに対して陽性となる。尿0.5 mLに1%ニトロプルシッドナトリウム溶液0.5 mLを加え混合し,10%水酸化ナトリウム溶液を2 mLおよび30%酢酸を2 mL加え,混和後2分以内に判定した。尿の色調が青色に呈色した場合に陽性と判断した。
2) 尿沈渣標本の作製方法尿沈渣標本は,「尿沈渣検査法2010(GP1-P4)」に従い,作製した。
3) 病理学的解析尿沈渣(2,000 rpm 2分遠心)を緩衝ホルマリンで固定後,パラフィン浸透させ,セルブロック標本を作製し,パパニコロウ(Papanicolou; Pap)染色,メイ・グリュンワルド・ギムザ(May-Grunwald Giemsa; MG)染色,ヘマトキシリン・エオシン(Hematoxylin-Eosin; HE)染色,免疫組織化学染色を行った。Pap染色,MG染色,HE染色は「細胞診を学ぶ人のために(第5版;pp. 68–73)」に従い,作製した。免疫組織化学染色はセルブロック標本を脱パラフィン後,20% H2O2につけ一晩放置することによりメラニン顆粒を脱色した後,免疫染色装置BOND-MAX(Leica社)を使用して,メラニンに特異的に反応する抗体HMB-45,Melanin-A,SOX10,S100(ニチレイ社)を用いて免疫染色を実施した。
初診時の生化学および末梢血検査結果をTable 1に示す。生化学的検査においてUAが7.4 mg/dLとやや高値であるが,他の生化学的検査ならびに血液学的検査に異常は認められなかった。初診時に尿検査の依頼はなかった。
生化学的検査 | 血液学的検査 | ||
---|---|---|---|
Na | 138 mmol/L | WBC | 48.7 × 102/μL |
K | 4.5 mmol/L | RBC | 384 × 104/μL |
Cl | 103 mmol/L | Hb | 12.3 g/dL |
Ca | 9 mg/dL | Ht | 36.60% |
Ca(補正値) | 9 mg/dL | MCV | 95.3 fL |
UN | 16.9 mg/dL | MCH | 32 pg |
Cre | 1.08 mg/dL | MCHC | 33.60% |
eGFR | 51.5 mL/min/1.73 m2 | PLT | 18.4 × 104/μL |
UA | 7.4 mg/dL | ||
TP | 7 g/dL | ||
Alb | 4.4 g/dL | ||
A/G | 1.69 | ||
AST | 20 U/L | ||
ALT | 10 U/L | ||
LD | 201 U/L | ||
CK | 113 U/L | ||
ALP(IFCC) | 167 U/L | ||
ChE | 233 U/L | ||
γ-GTP | 37 U/L | ||
AMY | 121 U/L | ||
T-Bil | 1.4 mg/dL | ||
T-CHO | 196 mg/dL | ||
Glu | 103 mg/dL |
免疫チェックポイント阻害剤による治療2週間後,1か月および2か月の尿検査結果をTable 2に示す。治療2週間後に肉眼的血尿(上清薄褐色)を認め,その後は持続的に潜血反応が高値を示した。また,治療2週間後における血液由来と考えられる尿蛋白陽性を除き,その他の項目では異常を認めなかった。
尿定性検査 | 治療14日後 | 治療35日後 | 治療63日後 |
---|---|---|---|
尿色調 | RED | STRAW | STRAW |
濁度 | (2+) | (−) | (−) |
ウロビリノーゲン | normal | normal | normal |
潜血 | (3+) | (3+) | (3+) |
ビリルビン | (−) | (−) | (−) |
ケトン体 | (−) | (−) | (−) |
ブドウ糖 | (−) | (−) | (−) |
タンパク | (+) | (−) | (−) |
pH | 6 | 6.5 | 6.5 |
亜硝酸塩 | (−) | (−) | (−) |
白血球 | (−) | (−) | (−) |
比重 | 1.01 | 1.009 | 1.008 |
尿沈渣検査 | |||
赤血球 | 100 < /HPF | 100 < /HPF | 50–99/HPF |
白血球 | 1–4/HPF | 1–4/HPF | 1/1–4HPF |
扁平上皮 | 1/10 < HPF | ||
尿路上皮 | 1/1–4HPF | 1/1–4HPF | 1/5–9HPF |
尿細管上皮 | 1/5–9HPF | 1/1–4HPF | 1/1–4HPF |
硝子円柱 | 10–19/WF | 20–29/WF | 10–19/WF |
上皮円柱 | 1–4/WF | ||
大食細胞 | 10–19/WF | 1/1–4HPF | 10–19/WF |
コメント | 異型細胞 | 異型細胞 | 異型細胞 |
N/C比大 | N/C比大 | N/C比大 | |
核小体肥大 | 核小体肥大 | 核小体肥大 |
尿沈渣では,孤立散在性に出現したN/C比大,核形不整,核クロマチン濃染で明瞭な核小体を持ち,細胞質に黒褐色顆粒を含有する異型細胞および大食細胞が継続的に認められた(Figure 1A, 2A)。
血尿を背景に,異型細胞が孤立散在性で少数認められた。異型細胞は尿沈渣検査と同様にN/C比大,核形不整,核クロマチン濃染,核小体肥大等の核異型と細胞質に黄褐色~黒色調のメラニン顆粒状物質が認められ,メラノーマ細胞(Figure 1B)が疑われた。
4) 免疫細胞化学染色検査所見尿検体のセルブロック標本を使用して免疫染色を行った。メラノサイトの証明に使用される抗体HMB-45,Melanin-A,SOX10,S100がすべて陽性となりメラノーマ細胞と確定された(Figure 1C)。
3. 尿中メラノファージの形態学的特徴および黒褐色顆粒と類似成分の鑑別法本症例では,メラノーマ細胞と同様に黒褐色顆粒を細胞質に含有しているが,一方でメラノーマ細胞の所見と異なり,偏在性で小型の核を有し,細胞辺縁が不明瞭であるメラノファージを認めた。また,黒褐色顆粒と類似成分を鑑別する確認試験を実施した。尿沈渣中の類似成分としては,尿酸塩とヘモジデリン顆粒等がある。尿酸塩は10% KOH溶液において溶解し4),ヘモジデリン顆粒はベルリン青染色5)で陽性となることが知られている。本症例で出現した黒褐色顆粒はいずれの確認試験においても陰性であった。また過マンガン酸カリウムを用いた漂白法6)にて陽性を示したことから黒褐色顆粒を含有する細胞はメラノーマ細胞またはメラノファージであると考えられた(Figure 2)。
臨床経過と尿沈渣中メラノファージの変遷をFigure 3に示す。免疫チェックポイント阻害剤による治療を開始後,治療の経過と共に細胞崩壊の指標である血中LDとUAが徐々に増加し,放射線治療後に最高値となった。重要なことに,尿沈渣中のメラノファージの出現数は,血中LD値とUA値の変動と相関していた。また,トルメーレン反応は,病態の進行に伴い陽性を示した。
本症例では,尿沈渣中に見られた未だ報告数の少ないメラノーマ細胞およびメラノファージの形態学的特徴や鑑別法および臨床的意義について報告し,尿沈渣検査を契機に多発転移を推定できた症例を経験した。一般的に尿沈渣検査で頻度の高い異型細胞として,尿路上皮がん細胞がある。本症例で出現していた異型細胞は,尿路上皮がん細胞と同様にN/C比の増大や核小体の腫大,クロマチンの増量などの特徴を有していたが,細胞質内に多量のメラニン顆粒を含んでいる点が大きな違いであり,鑑別する上で重要な所見と考えられた。従って,核所見で異型細胞の特徴を持ち,細胞質内に褐色調の顆粒を含有する場合には,メラノーマ細胞の可能性を考慮し,本研究で示したように免疫染色等で確定することが肝要である。さらに,メラノーマ細胞と鑑別が必要な細胞としては,メラノファージが挙げられる。本症例においても,同一尿沈渣中にこれら2種類の細胞が観察され,核所見や細胞辺縁の違いから鑑別することが可能であった。一方,尿沈渣中の成分にはメラニン顆粒類似の顆粒を含有する細胞や塩類などがあり,尿沈渣をスクリーニングする上で,これら類似成分との鑑別法を理解する必要がある。本症例では,類似成分であるヘモジデリン顆粒や尿酸塩と鑑別するために,ベルリン青染色,結晶溶解試験,漂白法によって類似成分を否定することが可能であった。しかし,メラノーマ細胞とメラノファージをより正確に鑑別するためには,CD68抗体等による免疫学的な証明が必要と考えられる。
本症例において,免疫チェックポイント阻害剤による治療経過に伴い,トルメーレン反応の青色の色調が強くなることが判明した。これは免疫チェックポイント阻害剤による治療によりメラノーマ細胞が徐々に崩壊しメラノゲンが尿中に析出するものと考えられた。このことは山口らの報告7)と一致している。さらに,細胞崩壊の指標8)である血中LDとUA値と尿沈渣中メラノファージ数が相関していることを示した。尿沈渣中に見られたメラノファージは,膀胱転移したメラノーマ細胞に対する免疫応答を反映している可能性が推測される9)。メラノファージがメラノーマ細胞とどのように相互作用するかは議論の余地があるが,これは主としてマクロファージはM1とM2のサブタイプがあり,そのタイプに応じて挙動が異なるためと考えられる。実際,M1マクロファージは炎症の誘発や抗腫瘍活性を持つことが知られている10)。したがって,尿沈渣中のメラノファージの出現は,メラノーマ細胞が正常の組織に拡張する抑止力として機能する可能性が考えられた。すなわち,免疫チェックポイント阻害剤治療によりメラノファージを含む各種免疫細胞が活性化した結果,メラノーマ細胞に対する抗腫瘍活性が高まり,血中LDおよびUA値の増加として反映されたものと推察された。
本症例では,尿沈渣中メラノーマ細胞およびメラノファージの発見により悪性黒色腫の多発転移を見つける契機となった。また,尿沈渣中に見られるメラノーマ細胞とメラノファージの形態学的特徴を明らかにし,メラニン顆粒と類似成分との鑑別法を示した。さらに,治療に伴う尿沈渣中のメラノファージの挙動および臨床的意義について考察した。しかしながら,本報告は1症例での検討のため,今後さらなる検討が必要と考えられた。本報告より,尿沈渣中に出現するメラノーマ細胞とメラノファージを分類し報告することは,尿沈渣成分による診断に加えて,予後予測や病態把握の新規マーカーとして応用できることが期待された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。