2023 年 72 巻 2 号 p. 167-172
Yersinia enterocoliticaは,乳糖非分解でSS寒天培地上は無色透明の集落を形成する。しかし,2016年に回盲部炎患者の便からSS寒天培地上で乳糖を分解するY. enterocoliticaを分離・同定する経験をした。その後,同様集落を積極的に釣菌・同定した結果,5株の乳糖分解株を分離した。SS寒天培地上にY. enterocoliticaの一部が乳糖分解株として発育することを確認したことから,日常検査で乳糖分解株を見逃さないポイントを明らかにするために,当院で分離保存した臨床分離株12株を使用し,13種類の培地性状と糖分解を含む生化学的性状について精査した。SS寒天培地上に乳糖分解を示した5株は,血清型O3;生物型3,VP試験陰性で,内訳は白糖分解陽性3株,白糖分解陰性2株であった。白糖分解陰性2株は,乳糖のみを含むSS寒天培地だけではなく,乳糖・白糖を含むSS寒天培地,DHL寒天培地の一部において糖分解を認めず,典型集落を形成しなかった。一方,乳糖非分解株7株は,血清型O3;生物型4と血清型O8;生物型1Bで,13種類の培地で典型集落を形成した。VP試験陰性株は,SS寒天培地上で乳糖分解集落を形成し釣菌困難で見落としの懸念があることから,Yersinia属菌選択培地を追加するなど臨床所見に合わせた検査構築の必要があることが示唆された。
Yersinia enterocolitica is a non-lactose-fermenting bacterium that forms colorless transparent colonies on Salmonella–Shigella (SS) agar. In 2016, lactose-fermenting Y. enterocolitica obtained from the stools of a patient with ileocecal inflammation and isolated on SS agar was confirmed by mass spectrometry. On the basis of the findings of a previous study, the bacterial species of small colonies that ferment lactose on SS agar were identified by fecal culture tests of patients presenting with clinical symptoms; as a result, five strains of Y. enterocolitica were detected. Five strains that fermented lactose on SS agar were identified as serotype O3, biotype 3, and Voges-Proskauer (VP)-reaction-negative, including three strains that were sucrose-fermenting-positive and two strains that were sucrose-fermenting-negative. VP-reaction-negative strains are difficult to extract and they form lactose-fermenting colonies on SS agar. Yersinia-selective medium should be added in routine methods when finding VP-reaction-negative strain.
Yersinia enterocoliticaは,SS寒天培地上に乳糖非分解の無色透明集落を形成する1),2)。しかし,2016年,当院の小児科回盲部炎患者の糞便培養検査において,SS寒天培地上の乳糖分解する集落が質量分析法によりYersinia enterocoliticaと同定された症例を経験した。この経験以降カルテ所見を参考に,虫垂炎・回盲部炎・感染性腸炎を疑う糞便培養のSS寒天培地上に同様の集落を認めた場合,積極的に釣菌・同定検査を実施した。その結果,2016年から2020年までに乳糖分解するY. enterocoliticaを5株分離した。
今回我々は,前述の5株を含む当院で分離保存した臨床分離株12株を使用し,13種類の培地性状・糖分解を含む生化学的性状を精査・検証し,乳糖分解株の特徴と乳糖分解株を見逃さないためのポイントを明らかにしたので報告する。
2015年1月から2020年10月までに当院検査室に提出された糞便培養検体より分離し,−80℃スキムミルク培地で保存されたY. enterocolitica 12株を対象とした。12株は,ニッスイプレートSS寒天培地(日水製薬;日水SS)上で乳糖分解性の5株,乳糖非分解性の7株である。検討には,ポアメディア羊血液寒天培地M58(栄研化学)にて,25℃,24時間培養した後に用いた。
2. 各種選択分離培地における集落性状の比較被検菌を滅菌生理食塩水にてMcFarland 0.5に調整した菌液5 μLを培地に塗布し,25℃ 48時間培養した後に集落の色調を観察した。検討に用いた分離培地は,日水SS,サルモネラ・シゲラ寒天培地(BD;BDSS),ポアメディアSS寒天培地(栄研化学;栄研SS),ニッスイプレート白糖加SS寒天培地(日水製薬;日水白糖SS),ニッスイプレートSタイプ寒天培地(日水製薬;日水Sタイプ),変法サルモネラ・シゲラ寒天培地(BD;変法SS),ポアメディア5S+A寒天培地(栄研化学;栄研5S),SSエクストラ寒天培地(関東化学;関東SS)ニッスイプレートDHL寒天培地(日水製薬;日水DHL),DHL寒天培地(BD;BDDHL),ニッスイプレートドリガルスキー改良培地(日水製薬;BTB),Cefsulodin–irgasan–novobiocin寒天培地(BD; CIN),CHROM agar Yersinia enterocolitica(関東化学;CAYe)の計13種類である。
各種選択分離培地の含有する糖の種類・濃度の詳細は,乳糖を1%含有する培地(日水SS・BDSS・栄研SS・BTB),乳糖・白糖を1%ずつ含有する培地(日水白糖SS・変法SS・日水DHL・BDDHL),乳糖0.75%・糖類を1%含有する培地(日水Sタイプ),糖類を2.8%含有する培地(栄研5S),乳糖・白糖などを1.2%含有する培地(関東SS),2%のマンニットを含有する培地(CIN),糖非含有の培地(CAYe)である。
3. 生化学的性状インドール産生試験は,スポットインドールを使用した。Voges-Proskauer(VP)試験は,ポアメディアVP半流動培地‘栄研’(栄研化学)を用い,25℃,48時間後に確認した。糖分解能は,1%糖を添加したOF基礎培地(栄研化学)を作製し菌を接種,25℃ 48時間後に確認した。糖分解能を実施した項目は,ラクトース(関東化学;Lac),D(+)-トレハロース(関東化学;Tre),D(+)-キシロース(関東化学;Xyl),L(−)-ソルボース(関東化学;Sor),D(+)-スクロース(関東化学;Suc)の5種を実施した。得られた生化学的性状から,福島ら3)による生物型分類を行った。
4. 血清型別試験エルシニア・エンテロコリチカO型別用免疫血清「生研」(デンカ)を用い,添付文書に従い血清型を決定した。
5. 微生物の同定法質量分析装置VITEK MS Acquisition Station Ver. 1.6.2(ビオメリュー)による菌名同定を実施した。
さらに,微生物同定用rRNAシーケンス受託サービス(マクロジェン)を利用し16S rRNA遺伝子のシークエンス解析を実施した。同社ではプライマーセット27F-1492Rで増幅したPCR産物をテンプレートに,プライマー518Fとプライマー800Rでシーケンシング4)を行っている。得られた約1,500 bpの塩基配列はEzBioCloud(https://www.ezbiocloud.net)Database Update 2021.07.07に照合し,Top-hit taxonとなった菌種を同定菌種とした。
各種選択分離培地における集落性状の比較をTable 1に示す。
Strain No. | SS | SS Agar with Sucrose | Stype | Modified Salmonella shigella | Pourmedia 5S + A |
SS EXTRA | DHL | BTB | CIN | CHROMagar Yersinia | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Nissui | BD | Eiken | Nissui | Nissui | BD | Eiken | KANTO CHEMICAL | Nissui | BD | Nissui | BD | KANTO CHEMICAL | |
1 | + | w | w | + | + | − | + | − | + | − | + | + | AP |
2 | + | w | w | + | + | + | + | − | + | − | + | + | AP |
3 | + | w | w | + | + | + | + | + | + | + | + | + | LP |
4 | + | w | − | + | + | + | + | + | + | + | w | + | AP |
5 | + | w | − | + | + | + | + | + | + | + | w | + | AP |
6 | − | − | − | + | + | + | + | + | + | + | − | + | LP |
7 | − | − | − | + | + | + | + | + | + | + | − | + | LP |
8 | − | − | − | + | + | + | + | + | + | + | − | + | LP |
9 | − | − | − | + | + | + | + | + | + | + | − | + | LP |
10 | − | − | − | + | + | + | + | + | + | + | − | + | LP |
11 | − | − | − | + | + | + | + | + | + | + | − | + | LP |
12 | − | − | − | + | + | + | + | + | + | + | − | + | LP |
+: Glycolysis colony formation −: Glycolysis not observed w: Weak glycolysis degradation LP: light purple AP: ash purple
菌株No. 1,2について,日水SSは糖分解集落を形成,BDSS・栄研SSは弱い糖分解を認めた。変法SSは,菌株No. 1は糖分解を認めず,菌株No. 2は糖分解集落を形成した。関東SS・BDDHLは,糖分解を認めなかった。日水白糖SS・日水Sタイプ・栄研5S・日水DHL・BTBは,糖分解集落を形成した。CINは糖分解集落を形成した。CAYeは,灰紫集落を形成した。
菌株No. 3~5について,日水SSは糖分解集落を形成,BDSSは弱い糖分解,栄研SSの菌株No. 3は弱い糖分解,菌株No. 4,5は糖分解を認めなかった。日水白糖SS・日水Sタイプ・変法SS・栄研5S・関東SS・日水DHL・BDDHL・CINは糖分解集落を形成した。BTBは,菌株No. 3が糖分解集落,菌株No. 4,5は弱い糖分解集落を形成した。CAYeは,菌株No. 3は薄紫,菌株No. 4,5は灰紫集落を形成した。
菌株No. 6~12について,日水SS・BDSS・栄研SS・BTBは糖分解を認めなかった。日水白糖SS・日水Sタイプ・変法SS・栄研5S・日水DHL・BDDHL・CINは糖分解集落を形成した。関東SSは,菌株No. 6~10は糖分解集落を形成,菌株No. 11,12は糖分解を認めなかった。CAYeは,薄紫集落を形成した。
菌株No. 1,4,6,10におけるSS寒天培地3種の集落性状をFigure 1に示す。いずれも25℃で48時間培養後の集落である。乳糖の分解性は日水SSが最も明瞭で,菌株No. 1および4でピンク色の集落を形成した。一方,栄研SSは菌株No. 1でわずかに色調変化を認めたのみであった。
Y. enterocolitica 12株の血清型と生化学的性状,生物型をTable 2に示す。
Strain No. | Serotype | Biotype | VPtest | Indole | Lactose | Trehalose | Xylose | Sorbose | Suclose | Bacterial species by 16S rRNA |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | O3 | 3 VP−/Suc− | − | − | + | + | + | − | − | Y. enterocolitica subsp. palearctica |
2 | O3 | 3 VP−/Suc− | − | − | + | + | + | − | − | Y. enterocolitica subsp. palearctica |
3 | O3 | 3 VP− | − | − | + | + | + | − | + | Y. enterocolitica subsp. palearctica |
4 | O3 | 3 VP− | − | − | + | + | + | − | + | Y. enterocolitica subsp. palearctica |
5 | O3 | 3 VP− | − | − | + | + | + | − | + | Y. enterocolitica subsp. palearctica |
6 | O3 | 4 | + | − | − | + | − | + | + | Y. enterocolitica subsp. palearctica |
7 | O3 | 4 | + | − | − | + | − | + | + | Y. enterocolitica subsp. palearctica |
8 | O3 | 4 | + | − | − | + | − | + | + | Y. enterocolitica subsp. palearctica |
9 | O8 | 1B | + | + | + | + | + | + | + | Y. enterocolitica subsp. enterocolitica |
10 | O8 | 1B | + | + | + | + | + | + | + | Y. enterocolitica subsp. enterocolitica |
11 | O8 | 1B | + | + | + | + | + | + | + | Y. enterocolitica subsp. enterocolitica |
12 | O8 | 1B | + | + | + | + | + | + | + | Y. enterocolitica subsp. enterocolitica |
菌株No. 1,2は血清型3,VP−,IND−,Lac+,Tre+,Xyl+,Sor−,Suc−により,生物型3,VP−/Suc−であった。菌株No. 3~5は血清型3,VP−,IND−,Lac+,Tre+,Xyl+,Sor−,Suc+により,生物型3,VP−であった。菌株No. 6~8は血清型3,VP+,IND−,Lac−,Tre+,Xyl−,Sor+,Suc+により,生物型4であった。菌株No. 9~12は血清型8,VP+,IND+,Lac+,Tre+,Xyl+,Sor+,Suc+により,生物型1Bであった。
3. 微生物の同定菌名VITEK MSによる質量分析法にて菌株No. 1~12は,99.9%の信頼値でY. enterocoliticaと同定された。
16S rRNA遺伝子のシークエンス解析の結果をTable 2に示す。
菌株No. 1~8は,Yersinia enterocolitica subsp. palearcticaと同定され血清型3であった。菌株No. 9~12は,Yersinia enterocolitica subsp. enterocoliticaと同定され血清型O8であった。なお,これらは全て99.5%以上の相同性が得られている。
Y. enterocoliticaは,ブタなどの家畜・げっ歯類・イヌなどに分布し,ブタは高率に保菌している1),5)。本菌は,1982年に食中毒菌に指定され6),1972年から2021年の間には集団発生が24件発生している7)。また,エルシニア感染症は,加熱不十分の肉や沢水,生野菜などの経口摂取などにより発症する1),5)。臨床症状は,発熱・右下腹部痛・下痢などであるが,下痢は軽度あるいは認められないこともあり,下痢がなければ感染症の検査が行われない可能性が高く8)本菌が検出され難い要因の1つになっていると考えられる。
Y. enterocoliticaは,通常乳糖非分解でSS寒天培地に無色透明集落を形成する1),2)と認識されているが,糖分解確認試験において乳糖分解を示す株も報告されている9),10)。臨床分離株を利用しOF基礎培地にて糖分解試験にて精査したところ9株の乳糖分解株が確認され,OF基礎培地とSS寒天培地の乳糖分解能には乖離が認められた。その要因は,固形培地と半流動培地の違い,指示薬の違いに起因すると考えられた。加えて本菌のSS寒天培地の糖分解集落形成は,含有する糖の種類・濃度が同一であっても,製造元の違いにより異なることが確認できた。糖分解集落形成の違いは,本菌の生物型分類3),11),12)に由来するのではないかと推察し,糖分解能と生化学的性状を生物型分類3)に当てはめ各種選択分離培地の集落性状との関係性を検証した結果,血清型・生物型・製造元・糖の種類が関与していた。乳糖のみを含有するSS寒天培地において乳糖分解する小さな集落を形成する株は,O3;3VP−/Suc−・O3;3VP−であった。さらに,乳糖・白糖を含有する一部の培地において非典型的な集落を形成する株は,O3;3VP−/Suc−であった。ゆえに,これらの集落を形成する株については積極的に菌種同定すべきであると考えられた。
O3;3VP−は1984年に本邦のブタから検出されたが3),その後の検討にて,1972年に本邦で既に確認されていたことが報告されている13)。O3;3VP−/Suc−は1986年にブタから検出され,ヒトでは1990年から1993年の時点で既に分離されていた3),14)。この時点でのVP陰性株のO3;3VP−/Suc−・O3;3VP−は,O3の約9割を占めていたとの報告14)より,VP陰性株はまれな生物型ではなく,検出に際しては注意が必要であると考えられた。O3;3VP−/Suc−は,質量分析法ではY. enterocoliticaと同定可能であったが,簡易同定キットではヒトに病原性のないYersinia kristenseniiと誤同定される15)可能性があるため留意する必要があると考えられた。
当院では,乳糖のみ含有するSS寒天培地で乳糖非分解性のYersinia属菌を確認してきた。本検討により,Y. enterocoliticaの乳糖非分解/乳糖分解集落形成には生物型との関連性が確認され,現在のSS寒天培地による釣菌基準ではVP陰性株を見逃す可能性があった。培地変更による他菌種の集落性状変化の懸念より,従来通り日水SSを使用しYersinia選択分離培地を併用することとした。Yersinia選択分離培地のCIN・CAYeは,O3の一部には未発育となる株16),17)があるが,O3の検出率が高い18)CAYeを併用することとした。CAYeの併用により,SS寒天培地のVP陰性株を見落とす可能性は低下すると考えられた。
Y. enterocoliticaは生物型により各種選択分離培地に発育する集落が異なることから,各施設で採用しているSS寒天培地の組成と特性に留意するとともに,Yersinia選択分離培地の積極的活用の必要性が示唆された。
SS寒天培地の乳糖分解集落を形成するVP陰性Y. enterocoliticaを見逃さないためには,臨床所見に合わせSS寒天培地の小さな乳糖分解株を積極的に菌種同定すること,Yersinia属菌選択分離培地の併用をすることが同菌検出のために重要であると考えられた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。