2023 年 72 巻 2 号 p. 216-222
血友病Aに対する新規治療薬として用いられているヘムライブラ®(エミシズマブ)は,活性型血液凝固第IX因子(FIXa)と血液凝固第X因子(FX)に対する遺伝子組換えヒト化二重特異性モノクローナル抗体(バイスペシフィック抗体)で,凝固第VIII因子(FVIII)の補因子機能を代替することで血液凝固反応を促進させ,出血傾向の抑制をもたらす。エミシズマブは凝血学的検査で一般的に用いられるAPTTや,凝固一段法によるFVIII活性の測定結果を正確に評価することができない。今回我々は,インヒビターを有さない先天性血友病Aの患者について,トロンボエラストグラフィ(TEG®6s)によって検査が実施されていた患者の測定結果の推移を評価した。対象患者は当院でエミシズマブの投与を開始したインヒビターを有さない先天性血友病Aの患者5人とした。各患者のエミシズマブ投与前の検査結果をベースラインとし,エミシズマブ投与前と投与後のTEG®6sおよび凝血学的検査の結果を比較検討した。すべての患者でTEG®6sのトレーシング波形は改善傾向を示しており,投与から数ヶ月経過した結果も改善した状態を維持していた。更なる症例の積み重ねや出血イベントが起こった際の結果の変動などを確認する必要はあるが,エミシズマブ投与による血液凝固動態を把握する一つのツールとして,TEG®6sを用いることができる可能性が示唆された。
HEMLIBRA® (emicizumab), which is used as a novel treatment for hemophilia A, is a recombinant humanized bispecific monoclonal antibody for factor IX (FIXa) and factor X (FX). By mimicking the factor VIII (FVIIIa) cofactor activity, it significantly decreases bleeding events. Emicizumab affects the results of activated partial prothrombin time (APTT), which is commonly used in coagulation assays, and the APTT-based assays of FVIII activity. We evaluated changes in the assay results of hemophilia A patients without inhibitors who have been tested by thromboelastography (TEG®6s). Blood samples were collected from hemophilia A patients without inhibitors who started emicizumab administration at our hospital. We compared the results of TEG®6s and coagulation assays before and after emicizumab administration. The tracing waveform of TEG®6s after emicizumab administration showed improvement in all patients, and the result several months after the administration also showed that the improved state was maintained. Although it is necessary to confirm these results in a larger number of cases and the results when a bleeding event occurs, it is suggested that the TEG®6s result may be used as a tool for understanding the blood coagulation dynamics of emicizumab-treated hemophilia A patients.
先天性血友病A(以下,血友病A)は,遺伝子異常により血液凝固第VIII因子(FVIII)の欠乏によって引き起こされる凝固異常症である。重症例では繰り返す関節内や筋肉内への重篤な出血症状を呈し,患者のQOLに大きな影響を与える。一般的な治療法として,第VIII因子製剤の定期補充療法が行われているが,頻繁な製剤の補充が患者あるいはその家族にとって負担になることも少なくない。近年,血友病Aに対する新規治療薬として,ヘムライブラ®(エミシズマブ)が承認され,わが国でも臨床現場で広く使用されている。通常の血液凝固反応では,活性型血液凝固第VIII因子(FVIIIa)が活性型血液凝固第IX因子(FIXa)と血液凝固第X因子(FX)と結合することで活性型血液凝固第X因子(FXa)となり,血液凝固反応が進むが,FVIIIが欠乏するとこれが著しく障害される。エミシズマブは,FIXaとFXに対する遺伝子組換えヒト化二重特異性モノクローナル抗体(バイスペシフィック抗体)で,FVIIIの補因子機能を代替することで血液凝固反応を促進させ,出血傾向の抑制をもたらす1)。この作用は,FVIIIに対するインヒビターの存在の有無にかかわらず,血友病A患者に有効である2)。エミシズマブはFVIIIの活性化を要さず補因子活性を発揮するため,凝血学的検査で一般的に用いられるAPTTや,APTTをベースにした凝固一段法によるFVIII活性の測定結果を正確に評価することができない3)。これは,APTTは試薬により血漿中の接触因子を活性化して凝固時間を測定する検査であるが,ヘムライブラ®は活性型となる時間を必要としないので実際の凝固能よりもはるかに凝固時間が短縮した結果となるためである。血友病A患者のエミシズマブ投与による変化をROTEMによって評価することの有用性が報告されるなど4),エミシズマブ投与中患者の血液凝固動態を評価するために,従来の凝血学的検査とは異なる方法が模索されている。
トロンボエラストグラフィ検査とは,全血を用いて血液の粘弾性をリアルタイムにモニタリングして,血液凝固線溶動態をグラフ化することで凝固機能を評価する方法である。Haemonetics社により販売されているTEG®6sは,カートリッジ内で血液と試薬を自動で混和し,振動を加えることで周波数を検出する。凝固反応が進行すると周波数が増加し,その変化を光学的に測定する装置である5)。従来のTEG®5000と比較し,サンプル量の少量化や,全血をカートリッジに入れるだけなので,特別な操作を必要とせず検査者による技術的な差が生まれにくいという点で改善されている6)。Figure 1にTEG®6sの装置外観を,Figure 2に使用したカートリッジである「グローバルヘモシスタスカートリッジ」の構造を示す。このトロンボエラストグラフィ検査は,手術中患者の止血モニタリング目的として臨床現場で使用されていることが多い。
今回我々は,インヒビターを有さない血友病Aの患者について,エミシズマブの投与前と投与後に,トロンボエラストグラフィ(TEG®6s)によって検査が実施されていた患者の測定結果の推移を評価したので報告する。
なお,本研究は和歌山県立医科大学倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:3435)。
当院でエミシズマブの投与を開始した患者は全て先天性の血友病A患者で,インヒビターは検出されなかったため,今回の対象患者もインヒビターを有さない血友病Aの患者5人(年齢:2歳~28歳,性別はすべて男)とした。対象患者の概要をTable 1に示す。エミシズマブの投与スケジュールは,3 mg/kgの容量で1週間隔にて4週間皮下投与された後,3 mg/kgの容量で2週間隔にて皮下投与されていた7)。また,5人中4人がエミシズマブ投与以前は第VIII因子製剤の定期補充療法を実施されており,残り1人は血友病Aの診断当初からエミシズマブを投与されていた。
番号 | 導入開始年齢 | 性別 | FVIII活性 | インヒビター | 導入までの治療歴 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 28 y | 男 | < 1% | 無 | 第VIII因子製剤 |
2 | 16 y | 男 | < 1% | 無 | 第VIII因子製剤 |
3 | 6 y | 男 | < 1% | 無 | 第VIII因子製剤 |
4 | 2 y | 男 | < 1% | 無 | なし |
5 | 27 y | 男 | 4.1% | 無 | 第VIII因子製剤 |
各患者ともエミシズマブの投与を開始する前に,ベースラインとして検査を実施した。その後は投与数週間後,数か月後,1年後にそれぞれ検査が実施されていたが,患者の来院スケジュールの関係で,投与してから検査を実施するまでの日数は各患者で異なっていた。
結果の比較について,トロンボエラストグラフィについてはエミシズマブの投与前と投与後それぞれの結果を,凝固異常症を有さない小児患者をコントロール群として比較した。その他の血液検査結果については,コントロール群では検査を実施していない項目もあったため,投与前と投与後のみの比較を行った。
採血は0.2 mLの3.2%クエン酸ナトリウムが入っている採血管に血液1.8 mLを採取し,十分に転倒混和を実施したものをサンプルとした。一般的な凝血学的検査は,日本検査血液学会標準化委員会が提唱する「凝固検査用検体取り扱いに関するコンセンサス」8)に則り,1,500 × g,15分の条件で室温にて遠心分離することで血漿を得て,当日中に検査を実施した。TEG®6sによる測定は,凝血学的検査と同様の採血管にて採取した血液を,試薬カートリッジ添付文書に記載されているように,採取直後の10分間は室温に静置し,採取後4時間以内に測定が完了するように実施した。
今回,TEG®6sで使用したグローバルヘモシスタスカートリッジは,1回の測定で4つの試薬での同時測定が可能である。今回,検討で使用した試薬は「カオリンTEG」であり,凝固の活性化にカオリンを使用している。Figure 3にTEG®6sの測定で得られるトレーシング波形の模式図を示す。TEG®6sでは測定結果としていくつかの項目が得られるが,今回は次の4つを検討項目とした。
・R(Reaction Time)
測定開始から,凝固によって血液に十分な抵抗が生じ,振幅測定値が2 mmとなった時点までの経過時間を指す。
・K(Kinetics)
フィブリンの架橋によって血餅形成が進み,振幅測定値が20 mmとなった時点までの経過時間を指す。
・Angle
RとKとの中間点におけるトレーシングの接線の傾きが成す角度を指す。
・MA(Maximum Amplitude)
血餅強度が最高値に達した時点の振幅測定値を指す。
投与前と投与後の検査結果を比較し,各データの変動に関して検討を行った。なお,統計学的検討についてはEZRを使用し,群間比較にはKruskal-Wallis検定およびMann-Whitney U検定を実施し,相関性についてはSpearmanの順位相関係数にて評価した。
コントロール群,エミシズマブ投与前群,エミシズマブ投与後群に分けて比較したデータをFigure 4に示す。TEG®6sの結果に関しては,Rでは投与前群と比較して投与後群では有意に改善している結果が得られた。その他の項目に関しては,統計学的に優位な差はみられなかった。APTT,凝固一段法によるFVIII活性の結果は,エミシズマブの投与によってどちらも大幅な変化がみられた。血小板数,PT-INR,フィブリノゲンについては特に変化はなかった。
TEG®6sの評価項目についてはRのみ投与前後で統計学的に有意な差がみられた。APTT,Factor VIIIはどちらも投与前後で大幅な差がみられた。
次に,患者個々のエミシズマブ投与前後におけるTEG®6sのトレーシング画像をFigure 5に示す。各患者でエミシズマブ投与から測定までの間隔は異なるが,どの例においても波形が改善していた。
どの患者においても投与前の波形に比べ投与後の波形は早期に凝固反応が開始しており,改善がみられた。
対象患者5名のうち,最も頻回にトロンボエラストグラフィ検査を実施していた患者のエミシズマブ開始前から投与154日後までの検査結果の推移とトレーシング画像をFigure 6に示す。投与前に延長していたAPTTは投与7日目で著明に短縮し,それに伴って第VIII因子活性値も著明な上昇を示した。また,エミシズマブ投与前の結果では凝固開始時間が延長し,血餅強度も弱いことが示唆されていたが,投与後にはそれが改善され,投与154日後でも改善された状態が維持できていることが確認できた。
左側のグラフはAPTT,PLT,Fbg,Factor VIII測定結果の時系列変化を示したもので,APTT,Factor VIIIはそれぞれ投与前後で著明な変化がみられた。右側のグラフはTEG®6sのトレーシング波形を重ね合わせたもので,投与前の波形に比べ投与後の波形は改善しており,さらにそれが維持されていることが確認できた。
エミシズマブの登場によって,血友病の治療は飛躍的な発展を遂げているが,投与中のモニタリングという点においては,現在も様々な観点から研究が進められている最中である。
Figure 6で提示した症例の患者は,幼少期に重症血友病Aと診断されており,第VIII因子製剤(Rurioctocog Alfa)による定期補充療法を実施されていたが,コンプライアンス不良により両肘に関節症を認めていた。その後,26歳時に別の第VIII因子製剤(Octocog Beta)に変更され,肘関節可動域は改善傾向であったが,28歳時にコンプライアンス向上目的と,本人の希望もありエミシズマブ投与が開始されたという経緯である。この患者のように,エミシズマブの登場によって治療に新たな選択肢が生まれており,エミシズマブ導入後の血液凝固動態のフォローアップは今後さらに必要性が高まると考える。
今回我々は血友病Aと診断され,エミシズマブを投与された患者について,投与前から投与後までの血液凝固動態の変動をTEG®6sを用いて把握することを試みた。その結果,患者個々のトレーシング画像は改善傾向を示すことを確認することができた。1例のみ手術のために第VIII因子製剤を投与されていたが9),他の症例はVIII因子製剤の追加投与を必要とせずとも出血事例は報告されず,TEG®6sの結果も改善された状態を維持していた。
測定開始から初期の血餅形成を反映するRは,すべての患者で投与前より短縮していた。また,フィブリン形成速度を反映するAngleと,最大血餅強度を示すMAについても,投与前に比べて上昇している患者が多かった。これは,第VIII因子の欠乏により充分量のフィブリンが形成されるまで時間を要していた状態から,エミシズマブの効果によりフィブリン形成開始時間が短くなり,なおかつフィブリン強度も改善した結果を示していると考えられる。
APTTの結果について,今回対象とした全例で投与直後でも著明な短縮がみられ,それに伴い第VIII因子活性値は著明に上昇していた。エミシズマブ投与によるAPTT結果への影響はすでに報告されており,エミシズマブ投与患者のAPTT検査結果やAPTTベース凝固一段法を原理とした凝固因子活性の結果が参考にならない点には注意が必要である。
統計学的な検討におけるTEG®6sの測定結果では,エミシズマブ投与前後で有意差を示したのはRのみであった。この要因として考えられるのは,今回の対象患者が5人と少数であったこと,エミシズマブ投与開始からTEG®6sで測定するまでの期間が一定でなかったこと,後述するMAと血小板数の関係が影響していることなどが挙げられる。
TEG®6sのMAと血小板数の間には,正の相関関係があることが報告されている10)。すなわち,同じ患者でも血小板数が多い時,MAは高値を示し,逆に少ない時は低値を示す傾向にある。今回の検討における両者の関係性をFigure 7に示す。その結果,先行研究と同様の傾向がみられた。同じ患者でも前回に比べて血小板数が増加している時は凝固能に関係なくMAが高値となる可能性があるため,MAを時系列データで比較するときは,血小板数を考慮したうえで評価するべきであると考える。
TEG®6sを用いることによるエミシズマブ投与患者のモニタリングの有用性については,更なる症例の積み重ねや,出血イベントが起こった際の結果の変動などを確認することで評価していきたい。
今回の検討で,エミシズマブの投与効果を確認するうえで,APTTや凝固一段法によるFVIII活性では評価が難しいとされている現状において,TEG®6sを用いて定期的にモニタリングすることで患者の血液凝固動態把握の一助となりうる結果を得ることができた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。