医学検査
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症例報告
胆汁培養および血液培養からHaemophilus influenzae(BLNAR)を検出した胆管炎の1例
大橋 有希子畑中 重克河村 美里竹中 ゆり子野中 伸弘
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2023 年 72 巻 2 号 p. 301-305

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Abstract

症例は67歳,男性。肝門部胆管癌と診断されており,治療のため当院に通院していたが,今回歩道で倒れているところを発見され緊急搬送となった。胆管炎および敗血症性ショックと診断され,初期治療にMeropenemが投与された。入院時に採取した血液培養のグラム染色ではインフルエンザ桿菌を疑うグラム陰性小桿菌が認められ,内視鏡的胆道ドレナージで採取した胆汁検体からも同様のグラム陰性小桿菌が単独で認められた。培養の結果,両検体からβラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性Haemophilus influenzaeが検出された。腹腔内膿瘍の指摘もありDaptomycinの追加投与も行われたが,炎症反応の改善に伴い抗菌薬はCeftriaxoneへDe-escalationし,その後軽快退院された。成人における侵襲性インフルエンザ菌感染症は菌血症およびそれに伴う肺炎が主要な原因であり,胆管炎由来の報告はあるが,胆汁検体からインフルエンザ桿菌が検出された症例は稀である。今回の症例を経て,胆汁材料でグラム陰性短桿菌を認めた場合,インフルエンザ桿菌の可能性も考慮する必要があると考える。

Translated Abstract

The patient is a 67-year-old male who had been diagnosed as having hilar bile duct cancer and had been visiting our hospital for treatment. He was found collapsed on the sidewalk and was urgently transported to our hospital. He was diagnosed as having cholangitis and septic shock, and meropenem was administered as the initial treatment. Gram staining of blood culture collected on admission showed Gram-negative small rods suspected of being Haemophilus influenzae, and a bile specimen obtained by endoscopic biliary drainage only showed the same Gram-negative small rods. Culture results showed non-β-lactamase-producing ampicillin-resistant H. influenzae in both specimens. The patient was discharged from the hospital after de-escalation of antimicrobial therapy to ceftriaxone with the improvement of the inflammatory response. Invasive H. influenzae infections in adults are mainly caused by bacteremia and associated pneumonia, and although there have been reports of cholangitis-associated infections, detection of H. influenzae in bile specimens is rare. On the basis of the present case, we believe that when Gram-negative short rods are detected in bile specimens, chocolate agar culture should be considered, taking into account the possibility of H. influenzae.

I  はじめに

Haemophilus influenzaeは通性嫌気性グラム陰性短桿菌であり,ヒトの鼻咽腔の常在菌である。特に乳幼児の保菌率が高く1),中耳炎,副鼻腔炎,髄膜炎,呼吸器感染症などの原因菌として挙げられる。

本菌は莢膜型と非莢膜型に分類され,中でもb型(H. influenzae type b; Hib)の莢膜を有するものが小児の侵襲性感染症の主要な原因菌であったが,2013年4月にHibワクチンが定期接種化となり,Hibによる小児の侵襲性感染症は激減した。同時期に感染症法の5類全数把握疾患に侵襲性インフルエンザ菌感染症が追加され,2013年4月~2014年8月までに届け出のあった高齢者における侵襲性感染症は菌血症または菌血症を伴う肺炎によるものが主要であったと報告されている2)

今回,胆汁および血液からH. influenzaeが検出され,侵襲性インフルエンザ菌感染症として報告した症例を経験したため報告する。

II  症例

年齢,性別:67歳,男性。

主訴:転倒。

既往歴:高血圧による通院歴があるが,5年前より通院を自己中断されている。

現病歴:20XX年4月,黄疸を主訴に近医より紹介され当院を受診。肝門部胆管癌による閉塞性黄疸と診断され,内視鏡的胆管ドレナージ術が施行された。退院後は経皮経肝門脈塞栓術による治療を計画しており当院に通院していたが,今回,歩道で倒れているところを発見され救急搬送となった。

身体所見:意識清明。体温39.9℃。血圧105/58 mmHg。脈拍106回/分。酸素飽和度96%(RA)。眼球結膜の黄疸あり,眼瞼結膜に貧血なし。体幹に黄疸を認める。両膝,両肘に擦過傷あり。

血液生化学所見:通院時と比較し,肝機能の悪化に加えて新たに急性腎不全が疑われ,播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation; DIC)をきたしていた(Table 1)。

Table 1  入院時血液検査
項目 項目 項目
TP 6.0 g/dL AST 152 U/L Hb 10.3 g/dL
ALB 2.1 g/dL ALT 126 U/L Ht 29.30%
A/G 0.54 LD 306 U/L Plt 5.9 × 104/μL
Glu 134 mg/dL ALP 728 U/L PT時間 13.9 sec
Na 132 mEq/L γ-GT 303 U/L PT活性値 72.80%
K 3.9 mEq/L T-Bil 5.87 mg/dL PT比率 1.16
Cl 95 mEq/L Amy 46 U/L PT_INR 1.17
Ca 7.9 mg/dL CK 581 U/L APTT時間 33.4 sec
UA 13.2 mg/dL CRP 20.53 mg/dL Fib 720.6 mg/dL
BUN 95.4 mg/dL プロカルシトニン 117.15 ng/mL AT-III 65.80%
Cre 3.91 mg/dL WBC 14,200/μL FDP 8.3 μg/mL
eGFR 13 RBC 331 × 104/μL D-D 4.8 μg/mL

臨床経過:胆管炎および敗血症性ショックと診断され,Meropenem(MEPM)0.5 g × 3/day,リコモジュリンの投与を開始した。内視鏡的逆行性胆道膵管造影を施行したところ,肝門部胆管で狭窄を認め,右管内胆管の胆管炎に対し内視鏡的胆道ドレナージを行った。その際に採取された胆汁検体および入院時に採取された血液培養からH. influenzae(BLNAR)が検出された。第3病日に腹部CTで腸腰筋膿瘍の疑いを指摘され,Daptomycin(DAP)350 mg × 1/dayの追加投与を行った。腎機能や血圧は改善が認められたが,依然として炎症反応が続いており,腸腰筋膿瘍を疑う所見も増大していた。腸腰筋膿瘍に対してドレナージを施行し培養検体が提出されたが,菌の発育は認めなかった。第9病日に炎症反応が軽快し,抗菌薬治療はDAP投与を終了し,MEPMからCeftriaxone(CTRX)1 g/2 dayへとDe-escalationした。第15病日にCTRXも投与終了し,その後,軽快退院された。

III  細菌学的検査

血液培養はBD BACTEC血液培養ボトル(日本BD),培養機器はBACTEC FX(日本BD)を使用して実施した。入院時に採取された2セット4本のすべてが培養開始44時間で陽性となり,グラム染色ではグラム陰性短桿菌が認められた(Figure 1)。グラム染色像よりインフルエンザ桿菌を想定し,羊血液寒天培地(日本BD),チョコレート寒天培地(日本BD)を用いて35℃,5%炭酸ガス下で培養を行った。18時間培養後,チョコレート寒天培地にのみ灰色の光沢があるコロニーの発育を認めた。ヘモフィルスID4分画培地(日本BD)にてH. influenzaeと同定した。薬剤感受性試験はストレプト・ヘモ サプリメント‘栄研’(栄研化学)を添加したミュラーヒントンブイヨン‘栄研’(栄研化学)の培地を使用し,ドライプレート‘栄研’(栄研化学)を用いて,35℃,好気培養下で20時間の培養を行った(Table 2)。セフィナーゼディスク(日本BD)を用いたニトロセフィン法は陰性であり,薬剤感受性試験の結果と併せて,H. influenzae(BLNAR)と判定した。本症例の菌株は侵襲性インフルエンザ菌感染症として大阪健康安全基盤研究所に提出し,血清型は無莢膜型(non-typeable H. influenzae; NTHi)と判定された。

Figure 1 血液培養ボトルのグラム染色像(×1,000)
Table 2  薬剤感受性結果
抗菌薬 MIC(μg/mL)
Ampicillin(ABPC) > 4
Cefaclor(CCL) > 16
Cefotiam(CTM) > 2
Meropenem(MEPM) 0.25
Clarithromycin(CAM) 8
Minocycline(MINO) 0.25
Ampicillin/sulbactam(A/S) 2
Ceftriaxone(CTRX) 0.13
Cefepime(CFPM) 2
Levofloxacin(LVFX) ≤ 1
Sulfamethoxazole-trimethoprim(ST) ≤ 9.5

胆汁培養は緑色粘性の外観をしており(Figure 2),グラム染色では血液培養と同様のグラム陰性短桿菌が単独で多数認められた(Figure 3)。羊血液寒天培地,チョコレート寒天培地を用いて35℃,5%炭酸ガス下で18時間培養を行った。アネロコロンビアRS培地(日本BD)は,アネロパウチ・ケンキ(MGC)を使用し嫌気条件下にて35℃,48時間の培養を行った。培養の結果,チョコレート寒天培地に菌の発育が認められ,菌名同定,薬剤感受性試験およびニトロセフィン法の結果は,血液培養から分離されたH. influenzae(BLNAR)と同様であった。

Figure 2 胆汁材料の外観
Figure 3 胆汁材料のグラム染色像(×1,000)

IV  考察

H. influenzaeは発育にX因子およびV因子を要求するため,両方の因子を有するチョコレート寒天培地での培養が一般的である。しかし胆道感染において胆汁から分離される菌は腸内細菌,特にEscherichia coliの頻度が高く,次いでEnterococcus属,Klebsiella属,Pseudomonas属および偏性嫌気性菌等が挙げられる3)。胆道感染をきたした患者の胆汁培養および血液培養の検出菌に関する統計ではH. influenzaeは報告されておらず4),5),その一方で侵襲性インフルエンザ菌感染症に関する報告では胆道感染を由来とする症例が提示されていた6),7)。しかし胆汁材料からH. influenzaeが分離された旨の記載はなく,本症例のように血液培養,胆汁材料共にインフルエンザ桿菌が検出されることは稀であると考える。上記の理由により,胆汁材料のチョコレート寒天培地への塗抹は通常行われないと考える。本症例では胆汁培養が提出される前に同一患者の血液培養が陽性化し,インフルエンザ桿菌を疑うグラム染色像を認めたため,同様のグラム染色像を認めた胆汁検体にもチョコレート寒天培地での培養を実施することが可能であった。その結果,翌日にチョコレート寒天培地でのコロニーの発育を認め,血液培養・胆汁培養からの分離菌が共にインフルエンザ桿菌疑いであると判断し,臨床へ早期報告を行ったことで抗菌薬の適正使用への貢献ができた。

胆汁材料のグラム染色からグラム陰性短桿菌を認め,かつ好気培養での発育が認められない場合,偏性嫌気性菌を疑い培養2日目に嫌気培養の分離培地を観察すると考える。嫌気培地はヒツジ血液を使用していない非選択培地であればH. influenzaeのコロニーの発育が観察できると考えるが8),質量分析を有さない施設であれば本菌への同定までに時間を要することが推測される。

H. influenzaeはa型からf型までの6種類の有莢膜型と莢膜を有さない無莢膜型(NTHi)に分類され,中でもb型は敗血症や髄膜炎など侵襲性感染症の重要な原因菌である。Hibワクチンの普及により小児のHib感染症は減少した一方で,海外および本邦でHib以外の型による侵襲性感染症の報告が増加している。従来,NTHiは非侵襲性感染症の主要な原因菌とされていたが,本邦で2014年に報告された成人の侵襲性インフルエンザ菌感染症はすべてNTHiによるものだった2)。当院においても,2014年から2021年までに侵襲性インフルエンザ菌感染症として大阪健康安全基盤研究所に提出した菌株の莢膜型はNTHiが5株,e型が1株と,本症例を含みNTHiによる侵襲性感染症が大半を占めていた。

V  結語

胆管炎をきたした患者の血液培養および胆汁検体からH. influenzae(BLNAR)を検出した。胆道感染においてインフルエンザ桿菌が検出されることは稀であるが,本症例を経験したことにより,胆汁培養においてグラム陰性短桿菌を認めた場合,H. influenzaeの可能性も考慮しチョコレート寒天培地への分離培養も検討する必要があると考える。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2023 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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