2023 年 72 巻 3 号 p. 440-445
関節液中にみられる結晶は尿酸ナトリウム結晶とピロリン酸カルシウム結晶が広く知られているが,まれにハイドロキシアパタイト結晶(以下,HA結晶)などの塩基性リン酸カルシウム結晶により関節炎を引き起こすことがある。今回巨大異所性石灰化を膝関節に認め,関節液検査にて多量のHA結晶を検出した症例を報告する。維持血液透析中の30歳代男性で,1ヶ月前より左膝に認めていた腫瘤が徐々に増大,自壊し白色の膿性の排液を認めたため当院整形外科に紹介となった。当初化膿性関節炎が疑われたため,同日緊急に病巣掻把術と洗浄を行った。術後40日目の整形外科受診時,左膝関節の貯留液の細胞数検査と結晶検査が提出された。細胞数は1,850個/μL,外観は白色の練り歯磨き状であった。簡易偏光装置を用いた鏡検では,ごつごつした小塊状の偏光を示さない不明結晶を多数認め,形状からHA結晶を疑い臨床に報告した。後日コッサ染色陽性も確認され本結晶の特徴と一致した。本症例では,ビタミンD製剤とCa含有P吸着剤が使用されていたことによりCaが高値であったこと,食事制限が困難で高リン血症を呈しており,長期間Ca・P積が80~100程度を持続していたことが異所性石灰化による腫瘤形成の原因として挙げられる。検査担当者は患者背景や本結晶の形態的特徴および性状を理解した上で関節液結晶検査を実施することが重要である。
Monosodium urate crystals and calcium pyrophosphate dihydrate crystals are widely known as crystals found in joint fluid, but in rare cases, basic calcium phosphate crystals, such as hydroxyapatite crystals, may cause arthritis. We report a case of massive ectopic calcification in the knee joint, in which a large number of hydroxyapatite crystals was detected in the joint fluid. A 30-year-old man on hemodialysis was referred to our orthopedic surgery department because a mass in his left knee gradually enlarged, self-destroyed, and showed white pus-like drainage for one month. Pyogenic arthritis was initially suspected; therefore, curettage and cleaning of the lesion were performed immediately. On postoperative day 40, a cell count and crystal test of the left knee joint fluid were performed. The cell count was 1,850 cells/μL, and the joint fluid appeared similar to white toothpaste. Microscopic observation using a simple polarizer revealed many small lumpy unpolarized unknown crystals, which were suspected to be hydroxyapatite crystals on the basis of their shape. Subsequently, a positive Kossa stain was confirmed, consistent with the characteristics of these crystals. In this case, high calcium levels due to the use of vitamin D preparations and calcium-containing phosphate binder, hyperphosphatemia due to difficulty in restricting diet, and calcium-phosphate product levels that remained around 80 to 100 for a long period were the possible causes of mass formation by ectopic calcification. Laboratory scientists must understand the patient’s background and the morphologic characteristics and properties of these crystals before testing for joint fluid crystals.
関節液検査において認められる代表的な結晶として,痛風時に見られる尿酸ナトリウム結晶と偽痛風時に見られるピロリン酸カルシウム結晶が広く知られている1)。まれにハイドロキシアパタイト結晶などの塩基性リン酸カルシウム結晶が原因となり関節炎を引き起こすことがあり,この結晶は変形性関節症や透析患者で認められることがある2)。
今回,巨大異所性石灰化を膝関節に認め,関節液検査にて多量のハイドロキシアパタイト結晶を検出した症例を経験したので報告する。
30歳代外国人男性。
主訴:左膝からの膿性の排液,疼痛。
既往歴:腎硬化症による慢性腎不全のため8年前より維持血液透析を行っている。その他,副甲状腺機能亢進症,高血圧,高度肥満,慢性心不全にて治療を行っていた。
現病歴:1ヶ月前頃より誘因なく膝関節に腫瘤を自覚し徐々に増大した。当院受診7日前に自壊し白色の膿性の排液と39度の発熱を認めた。その後近医より当院整形外科に紹介となり,化膿性関節炎が疑われたため当日に緊急手術で病巣掻把術と洗浄を行い,手術後14日間は軟部組織内抗菌薬還流(intra-soft tissue antibiotics perfusion; iSAP)療法が行われた。手術時に切除された組織の病理検査の結果により異所性石灰化が判明したため,血中のカルシウムと無機リンの濃度のコントロールを含めた治療のため腎臓内科に転科となった。手術後40日目に整形外科を受診した際,左膝の貯留液を吸引し改めてグラム染色と培養検査,さらに関節液の細胞数検査と結晶検査が提出された。
初診時の膝関節の単純X線,CT検査では左膝関節周囲に雲状,多房性の石灰化を認め,膝関節面に明らかな破壊像は認められなかった(Figure 1)。また,MRI検査では化膿性関節炎に矛盾しないという読影結果であった。
左膝関節周囲に雲状,多房性の石灰化を認めた。
手術後23日目の頸部から両膝関節にかけての造影CT検査では,両側肩関節,右股関節および左膝関節周囲に粗大な石灰化を認めるが,明らかな炎症所見は認められなかった。
2. 血液検査所見入院当日の血液検査(Table 1)では,炎症反応を示す白血球上昇やCRP高値を認め,細菌感染を示すプロカルシトニンも高値であった。補正Caは基準値内であったが,無機リンおよび尿酸は高値であった。術後9日でもCRPは17.33 mg/dLと高値であったが,腎臓内科に転科後の術後17日には改善傾向となり,無機リンも同様に改善傾向を示した(Table 2)。
項目 | 値 |
---|---|
赤血球数 | 5.76 × 106/μL |
ヘモグロビン | 14.0 g/dL |
白血球数 | 12.94 × 103/μL |
好中球 | 84.7% |
リンパ球 | 8.6% |
血小板数 | 247 × 103/μL |
CRP | 11.42 mg/dL |
プロカルシトニン | 1.7 ng/mL |
Na | 134 mmol/L |
K | 5.4 mmol/L |
Cl | 96 mmol/L |
Ca | 8.6 mg/dL |
補正Ca | 9.2 mg/dL |
無機リン | 10.1 mg/dL |
尿酸 | 9.9 mg/dL |
BUN | 68 mg/dL |
CRE | 13.68 mg/dL |
eGFR | 4.0 mL/min/1.73 m2 |
総蛋白 | 7.4 g/dL |
アルブミン | 3.4 g/dL |
LD | 247 U/L |
AST | 12 U/L |
ALT | 11 U/L |
単位 | 初診時 | 術後9日 | 術後17日 | 術後27日 | |
---|---|---|---|---|---|
白血球数 | 103/μL | 12.94 | 10.85 | 8.57 | 6.68 |
好中球 | % | 84.7 | 84.6 | 84.5 | 82.9 |
CRP | mg/dL | 11.42 | 17.33 | 7.08 | 3.12 |
補正Ca | mg/dL | 9.2 | 10.6 | 10.8 | 10.1 |
無機リン | mg/dL | 10.1 | 10.2 | 7.8 | 8.0 |
手術時に切除された組織において,グラム染色,ギムザ染色,PAS染色,グロコット染色が行われたが,細菌及び真菌は認められなかった。粗造な石灰化や異物反応,線維化が見られ軽度の炎症を伴い,悪性所見は認められなかった。これらより,炎症は軽度で化膿性関節炎よりは,慢性腎不全に関連した異所性石灰化に合致する所見と推察された。
4. 細菌培養検査手術前に採取された膿瘍の培養検査,血液培養は陰性であった。また,手術後40日目に採取された関節液の培養検査も陰性であった。
5. 関節液検査手術前の関節液検査において結晶・細胞数検査の依頼はなく,手術後40日の関節液検査において,Bürker-Türk計算盤を用いた目視法による細胞数は1,850個/μLであった。外観は白色の練り歯磨き状であった(Figure 2)ため生理食塩水で希釈した。簡易偏光装置による光学顕微鏡での観察では,ピロリン酸カルシウム結晶や尿酸ナトリウム結晶は認めなかったが,ごつごつした小塊状の偏光を示さない不明結晶を多数認めた。その形状からハイドロキシアパタイト結晶を疑い臨床に報告した(Figure 3)。ハイドロキシアパタイト結晶は,カルシウムを特異的に染色するアリザリンレッドS染色あるいはコッサ染色で陽性となる3)ため主治医に関節液検査後の沈渣物でのコッサ染色を依頼した。後日コッサ染色陽性と判明し,ハイドロキシアパタイト結晶の所見に一致した(Figure 4)。
練り歯磨き状の白色の沈渣物を認めた。
a:ごつごつした小塊状の結晶を多数認めた。
b:背景には赤血球を認め,大小様々な結晶が出現していた。
沈渣物が茶褐色に染色されカルシウム塩の存在が証明された。
通常関節炎を疑う場合,関節を穿刺し,貯留液を採取して関節液検査が行われるが,本症例では既に自壊し膿性の排液を呈しており,当院紹介当日に緊急手術となったため関節液検査が行われていなかった。自壊部からの排液や関節痛,発熱といった臨床所見,白血球上昇やCRP高値といった検査所見などから,臨床的に頻度が高く,緊急の対応が必要な化膿性関節炎を念頭に治療が先行された。また,各種細菌培養が陰性ではあったが,前医にて抗菌薬の投与がすでに行われていたことから,化膿性関節炎を否定出来なかった。最終的には,関節液の鏡検による観察での結晶の同定が診断に有用であったが,初診時に関節液検査が実施されていれば診断が難しい状況下でもより早い段階の治療開始に寄与できた可能性がある。
本症例では手術時切除された組織における病理組織学的検査の結果により慢性腎不全に関連した異所性石灰化であると推察された。異所性石灰化とは,血液中のカルシウムと無機リンの濃度が上昇することで,結合してハイドロキシアパタイト(塩基性水酸化リン酸カルシウム)という歯や骨を構成する成分である結晶のもとが血液中に増加し,骨以外の軟部組織へ沈着することをいう。最も重要な原因はCa・P積の上昇で,この値が55以上であれば起こり得るとされており4),血中の無機リンやカルシウム濃度のコントロールが困難であった以前の長期血液透析症例において,異所性石灰化は決して珍しいものではなかった。しかし,無機リンやカルシウムのコントロールの重要性が認知され,Caを含まないP吸着剤など種々の薬剤が使用可能になった現在,異所性石灰化を呈する血液透析症例は激減している。しかしながら,本症例では左膝関節周囲のみならず,両側肩関節および右股関節にも腫瘤状の石灰化を認め,短期間に進行した。このように巨大な腫瘤状に石灰化をきたすことはまれであり,Eisenberg5)らによれば透析症例の0.5%にみられたとされている。透析患者にみられる異所性石灰化の誘因としては高リン血症,Ca・P積の上昇,Ca含有P吸着剤の使用などが挙げられるが4),本症例ではビタミンD製剤とCa含有P吸着剤が使用されていたことや,二次性副甲状腺機能亢進症をきたしていることによりカルシウムが高値であったこと,食事制限が困難で高リン血症を呈しており,長期間Ca・P積が80~100程度を持続していたことが異所性石灰化の原因として挙げられる。しかし,同様のコントロール不良の症例でも,本例のような腫瘤を短期間に形成することは無く,明らかな機序や誘因は不明である。本症例は東南アジア系の外国人であり人種差や遺伝的素因が本病態の背景にある可能性も考えられるが明らかではない。
今回当検査室として初めて関節液のハイドロキシアパタイト結晶を経験した。視野一面に多量の結晶を認め,米田ら2)の報告しているハイドロキシアパタイト結晶と類似していると考え,臨床への報告に至った。ハイドロキシアパタイト結晶の確実な同定は電子顕微鏡のみ可能とされるが,米田ら2)および保科ら6)は,簡便なアリザリンレッドS染色が有用であると述べている。今回我々はコッサ染色を選択したが,今後はより簡便なアリザリンレッドS染色についても検討を予定している。診断には,担当技師がその形態から本結晶を疑うことが端緒となる。一般検査技術教本1)でもハイドロキシアパタイト結晶という名称は記載されているものの,図の掲載等はなく鑑別方法や本結晶の特徴が広く知られているとは言い難い。検査担当者が患者背景とともに,本結晶の形態的特徴や性状を理解し,結晶検査を行っていくことが重要であると考える。患者背景に透析や腫瘍の石灰化による高リン血症があり,血中Pのコントロールが必要となる場合には,少量でもその臨床的意義は高い7)。一方で,変形性関節症などの関節液中でもごく少数認められることがあり,その場合には結晶が炎症の原因となっているわけではなく,その臨床的意義は低いとされる7)。米田ら2)は非透析患者の変形性関節症の58%(148症例/254症例)に少数(1個から5個)の結晶小塊を認め,透析患者の変形性関節症では10個以上認めたとし,10個程度が両者の鑑別点になると考察している。すなわち,本症例のように多量のハイドロキシアパタイト結晶を認めた場合の臨床的意義は高く,迷わず臨床に報告すべき所見であると考える。
令和4年度の診療報酬改定にて関節液結晶検査が新たに保険収載された8)。これは結晶性関節炎の疑いがある患者に対して,適切な診断と治療を行うという観点から新設されたものである。関節液中の結晶の鑑別は関節炎の診断・治療に大きく寄与するものであり,より一層正確な検査結果が求められると考える。
今回関節液中に多量のハイドロキシアパタイト結晶を認めた症例を報告した。一般的に関節液中に認められるピロリン酸カルシウム結晶や尿酸ナトリウム結晶だけでなく,本結晶の形態的特徴および性状を理解した上で関節液結晶検査を実施することが重要であり,臨床にも有用であると思われる。
本論文は,当院倫理審査委員会で倫理審査に該当しない症例報告として研究許可を得ている。なお,本論文の要旨は第46回北陸臨床病理集談会(2022年9月)にて発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。