2024 年 73 巻 1 号 p. 137-141
症例は64歳女性。2022年2月頃から食欲不振が出現し,その後食事量が減っているにも関わらず腹部膨満が出現。9月に他院を受診し腹部CT検査を実施したところ,肝硬変及び大量の腹水貯留を認めた。腹腔穿刺を実施し,病理組織学的検査からHHV8陰性primary effusion lymphoma (PEL) like lymphomaとの診断に至ったため,加療目的で当院転院。初診時に行った血液検査で,KL-6異常高値(24,141 U/mL)を認めた。原因検索を行うも原因疾患特定には至らず。HHV8陰性PEL like lymphomaに対する化学療法の治療経過とともに,KL-6値が漸減的に低下を示したため,HHV8陰性PEL like lymphoma由来と考えた。
A 64-year-old woman with anorexia since February 2022, followed by abdominal distention despite reduced food intake, visited a hospital in September. She underwent abdominal CT, which revealed liver cirrhosis and a large amount of ascites effusion. After performing an abdominocentesis and histopathological examination, a diagnosis of HHV8-negative primary effusion lymphoma (PEL)-like lymphoma was made. The patient was transferred to our hospital for further treatment. The blood test performed upon admission showed an abnormally high level of KL-6 (24,141 U/mL). Since KL-6 levels decreased gradually after chemotherapy for HHV8-negative PEL-like lymphoma, we hypothesized that KL-6 might be derived from HHV8-negative PEL-like lymphoma.
原発性滲出性リンパ腫(primary effusion lymphoma; PEL)は,体腔液中で増殖する大細胞型B細胞リンパ腫である。その発育様式には,human herpesvirus 8(HHV8)が関与するとされている。PELと診断された患者の中に,表面抗原など多くの相違点を認めるHHV8陰性例が存在し,近年HHV8陰性PEL-like lymphomaとして区別されているが,非常にまれな疾患である1)~3)。今回我々はHHV8陰性PEL-like lymphoma由来と思われる,シアル化糖鎖抗原(krebs von den lungen; KL)-6異常高値を呈した症例を経験し,報告の意義が高いと考え症例報告とした(厚生中央病院倫理委員会 承認番号:2022-07)。
64歳女性。
主訴:腹部膨満感,食欲不振。
現病歴:2022年2月頃から食欲不振が出現するも経過をみていた。6月頃から腹部膨満感が出現し,改善を認めないため9月に前医を受診した。腹部CT検査を実施したところ,肝辺縁の鈍化,脾腫及び大量の腹水貯留を認めた。腹腔穿刺を実施し,中型~大型の異型細胞増生を認め,その他CT画像検査にて明らかなリンパ節腫大を認めず,PELが疑われ加療目的で当院に転院した。
既往歴:子宮体癌,肝硬変,食道静脈瘤,糖尿病。
薬剤アレルギー歴:特記事項なし。
入院時現症:身長/体重:165.0 cm/90.0 kg,意識清明(PS: 2),BT:36.9℃,HR:104/min,BP:127/74 mmHg,SpO28:98%(room air),眼瞼結膜は貧血様,眼球結膜に黄染なし,呼吸音に異常なし,心雑音なし,腹部は膨満著明・軟で圧痛なし・軽度波動あり,表在リンパ節は触知せず,下腿浮腫あり。
入院時検査所見(Table 1):汎血球減少,LDH・CRP・可溶性インターロイキン2受容体(solble interleukin-2 receptor; sIL-2R)・β2マクログロブリン(macroglobulin; MG)・KL-6の上昇および肝機能障害・腎機能障害・高尿酸血症を認めた。ヒトヘルペスウイルス8型(HHV8),HIV等の各種感染症のスクリーニングは陰性であった。
血液検査 | 生化学検査 | 免疫検査 | |||
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WBC(×103/μL) | 3.4 | TP(g/dL) | 6.8 | sIL-2R(U/mL) | 4,501 |
Stab(%) | 0 | Alb(g/dL) | 2.6 | KL-6(U/mL) | 24,141 |
Seg(%) | 77 | AST(IU/L) | 41 | AFP(ng/mL) | 4.9 |
Lym(%) | 8 | ALT(IU/L) | 12 | CEA(ng/mL) | 1.5 |
Mon(%) | 10 | LDH(IU/L) | 500 | CA19-9(U/mL) | 2.0以下 |
Eosin(%) | 4.5 | ALP(IU/L) | 65 | CA125(U/mL) | 234 |
Baso(%) | 0.5 | BUN(mg/dL) | 18 | CA15-3(U/mL) | 29.4 |
Cr(mg/dL) | 0.74 | SCC(ng/mL) | 0.8 | ||
RBC(×106/μL) | 3.87 | UA(mg/dL) | 10 | CYFRA(ng/mL) | 2 |
Hb(g/dL) | 12.5 | Na(mmol/L) | 140 | PIVKA2(mAU/mL) | 27 |
Hct(%) | 37.6 | K(mmol/L) | 4.5 | HIV抗体 | 陰性 |
Plt(103/μL) | 161 | Cl(mmol/L) | 96 | HHV8 | 陰性 |
Ret(%) | 3.35 | CRP(mg/dL) | 1.73 | EBウイルスDNA定量 | 陰性 |
HCV抗体 | 陰性 |
頸部~骨盤部CT(Figure 1)では,両肺に軽度胸水,大量の腹水を認めたが,両肺に明らかな間質性肺炎など活動性炎症や腫瘤性病変は認められなかった(Figure 1A)。
A,B:胸部
C:入院時腹部CT,D:加療後腹部CT
入院後施行した,乳腺エコー検査では乳がんを疑う異常所見は認められなかった。
腹水検査(Table 2)では,腹膜炎を示唆する所見はなく,sIL-2Rとβ2MGは血清と同様に高値であった。
生化学検査 | 免疫検査 | ||
---|---|---|---|
TP(g/dL) | 3.02 | sIL-2R(U/mL) | 30,784 |
Alb(g/dL) | 1.09 | AFP(ng/mL) | 1.9 |
TBil(mg/dL) | 0.52 | CEA(ng/mL) | 0.8 |
LDH(IU/L) | 2,087 | CA19-9(U/mL) | 2.0以下 |
AMY(U/L) | 17 | CA125(U/mL) | 226 |
TCH(mg/dL) | 40 | β2MG(mg/L) | 4.4 |
TG(mg/dL) | 12 | ADA(U/L) | 318.6 |
UA(mg/dL) | 3.4 | ||
CRP(mg/dL) | 0.38 |
入院後経過:入院後腹水に対しては適宜穿刺による排水を行い精査を進めた。腹水細胞診で,大型の異形リンパ球の増大を認めた。同材料を用いたセル・ブロックで免疫染色を行い,CD20・MIB-1(80%):陽性,CD10・CD30:陰性を呈しており,大細胞型B細胞リンパ腫と診断した。腹水以外の明らかな原発巣は認めず,PELと診断した。染色体は1番の欠失を含む複雑型染色体異常を認めた。HIVおよびHCV陰性で,リンパ腫細胞にHHV8陰性であったことより,HHV8陰性PEL-like lymphomaと診断した。HHV8陰性PEL–like lymphomaに対して化学療法(R-CHOP療法)による治療を開始した。化学療法開始後,腹水の改善傾向を認め現在も引き続き加療継続中である。
染色体:47, X, add(X)(q22), −1, add(1)(p11), add(2)(p13), add(3)(q11.2), der(3)add(3)(p21)add(3)(q21), −6, del(6)(q?), add(8)(p11.2), −9, add(11)(p11.2), del(13)(q?), +15, −22, +15, +mar1, +mar2, +mar3, +mar4【11/20】
体腔液中に原発し,原則的に明らかな腫瘤形成やリンパ節腫大,臓器浸潤を認めないHHV8陽性のB細胞リンパ腫を,WHO分類第4版ではPELと定義している。発症部位は胸腔が65~86%,腹腔が37~61%,心のう腔が32~41%(それぞれ重複発症を含む)と胸水での発症が最多であり,また精巣原発の症例なども報告されている4),5)。本症例の様にKL-6の異常高値を呈したHHV8陰性PEL-like lymphomaの報告は今までにない。PELの定義に該当しないHHV8陰性体腔液原発リンパ腫をHHV8陰性PEL-like lymphomaと区別されているが非常に稀な疾患であり,いまだ不明な点も多い6),7)。
KL-6は肺細胞抗原のクラスター9(ムチンのMUC1)に分類され,間質性肺炎で上昇する高分子量糖蛋白の一分子種である8)。河野ら9)の報告では,KL-6報告は,間質性肺炎の鑑別診断で血清マーカーとして高い正診率を示すと提唱している。また,KL-6は,肺腺癌,膵癌,乳癌,多発性骨髄腫,急性骨髄性白血病,成人T細胞白血病/リンパ腫,骨髄増殖性腫瘍などの悪性腫瘍においても腫瘍細胞にKL-6発現があり高値を示すことがあると報告されている10),11)。
本症例では,II型肺胞上皮細胞で産生され間質性肺炎の活動性の指標となる surfac- tant protein D(SP-D)12)は正常範囲内であり,CT上間質性肺炎像は認めず,間質性肺炎を否定した。
また,全身CT画像検査,乳腺エコー検査等にて固形癌の精査を行うも,特定には至らず,固形癌に伴うKL-6上昇は否定的と考えた。
KL-6は膜貫通蛋白であるMUC1に属する分子であり13),MUC1は極めて多くの糖鎖により修飾されており,その抗原性は極めて多様である。MUC1は染色体1q21にコードされており14),本症例では1番染色体の欠失を認めたが,KL-6高値との関連は不明である。しかしながら本症例では,KL-6は化学療法(R-CHOP療法)後に病勢とともに減少した。治療効果と,sIL2-R15)・KL-6・LDHの検査値が経時的に改善傾向を認め,相関関係にあると考えられ(Figure 2),腫瘍随伴的にKL-6の値が上昇に至ったと推察した。
A:KL-6,B:sIL2R,C:LDH
本症例の様にKL-6異常高値を認めたHHV8陰性PEL-like lymphomaの報告は今までにない。KL-6の上昇は病勢を反映し,HHV8陰性PEL-like lymphomaの病勢の指標となりうる可能性がある。今回の症例の様にリンパ腫由来と思われるKL-6高値の症例報告がないため,今後症例の蓄積と解析が望まれる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。