2024 年 73 巻 1 号 p. 168-173
Vibrio mimicusは食中毒の原因菌で,海水,海泥,魚介類に分布する。海産物の摂取後に胃腸炎・下痢を引き起こすことが知られているが通常は軽症である。今回,血液培養からV. mimicusが分離された症例を経験した。我々が調べた限り,V. mimicus菌血症の報告は5例目となる極めて稀な症例であった。84歳男性。午前中より腹部膨満感があり,かかりつけ医を受診された。その際の発熱は認めなかった。当日夜間に発熱,嘔吐,意識朦朧となっていることに家族が気づき当館に搬送された。CTで腸炎を疑われ血液培養2セット採取後,Ceftriaxone(CTRX)が投与された。翌日,血液培養陽性となりV. mimicusが検出された。CTRX投与後,発熱・腹痛は軽減,食事摂取なども良好であり,10日間の治療後,第13病日に退院された。Vibrio属菌はグラム染色で湾曲したグラム陰性桿菌様形態として観察される。血液や便などの臨床検体から本形態が観察された場合は,早期感染症診断や抗菌薬適正使用支援の観点からも臨床へVibrio属菌を疑う旨を報告することが望ましい。
Vibrio mimicus resides in marine water, sea mud and fisheries, and causes gastroenteritis and diarrhea as food poisoning after taking seafoods, which usually produce mild symptoms. We recently experienced a case with blood infection of V. mimicus which is a very rare condition with this species; this is the fifth case to the best of our knowledge. Case presentation: An 84-year-old male patient felt an abdominal fulness from the morning and visited his family doctor. He did not receive any special treatment at the time because he did not show a fever or serious signs. On the same day in the evening, he was taken to the emergency room of our hospital because of a high fever and recurrent vomiting with confusion. Infective enteritis was suspected from the findings of abdominal CT. The administration of ceftriaxone (CTRX) was started after taking two sets of blood culture samples, which revealed to be positive for Vibrio mimicus on the next day. The symptoms became better after the beginning of the antibiotic treatment for 10 days. Finally, he was discharged on the hospital day 13. Bacterial species belonging to the genus Vibrio commonly exhibit Gram-negative curved bacilli-like morphology. It would be valuable to report probable Vibrio infections upon this characteristic microscopic finding to improve clinical management through the early diagnosis and the appropriate antibiotic treatments.
Vibrio mimicusは白糖非分解であること以外,V. choleraおよびNon-O1 V. choleraと極めて類似した菌であり,以前は白糖非醗酵性Non-O1 V. choleraeと呼ばれていたが,Davisら(1981年)1)により新しい菌種として報告された。グラム陰性,オキシダーゼ陽性,湾曲型の細菌で,単一の極性鞭毛によって運動する2)。食中毒の原因菌で,海水,海泥,魚介類に分布しており,海産物,特にカキの摂取後に下痢を引き起こす3)。そのため下痢便から本菌が分離された症例は多くみられるが,血液から分離されることは非常に稀である。今回V. mimicusによる菌血症症例を経験したので報告する。
患者:84歳,男性。
主訴:発熱,嘔吐,下腹部痛。
既往歴:上咽頭癌放射線治療後,悪性黒色腫術後,胆嚢摘出術後,総胆管結石,胆管炎,糖尿病,虚血性心疾患,左大腿骨骨折。
アレルギー歴:食物(−)・薬剤(−)。
生活歴:寝たきり,週1回デイサービス利用。
家族歴:特記すべきことなし。
現病歴:20XX年10月,午前中より腹部膨満感・排便があり,かかりつけ医を受診された。当日夜間に39℃の発熱,3回嘔吐を認め,意識朦朧となっているのに家族が気づき救急要請され,当院に搬送された。
入院時身体所見:身長154 cm,体重36.5 kg,GCS13(E3V4M6),体温37.6℃,血圧127/68 mmHg,脈拍93回/分,呼吸数17回/分,SpO2 98%(大気)。眼瞼結膜貧血,腹部膨満やや硬,腸蠕動音亢進,下腹部正中近傍に圧痛を認めた。筋性防御無し。
血液検査所見:WBC 4.2 × 103/μL(Neutro 88%),CRP 5.93 mg/dLと軽度の炎症反応を認めた。Hb 7.3 g/dLと低下,γ-GT 180 U/L,ALP 1,161 U/mLと胆道系酵素の上昇を認めた(JSCC法,Table 1)。
生化学検査 | 血液検査 | ||||
---|---|---|---|---|---|
AST | 37 U/L | WBC | 4.2 × 103/μL | ||
ALT | 22 U/L | Neutro | 88% | ↑ | |
LD | 180 U/L | RBC | 2.3 × 106/μL | ↓ | |
ALP | 1,161 U/L | ↑ | Hb | 7.3 g/dL | ↓ |
TB | 0.6 mg/dL | Ht | 23.2% | ↓ | |
γ-GT | 180 U/L | ↑ | MCV | 100.9 | ↑ |
CRP | 5.93 mg/dL | ↑ | MCH | 31.7 | |
プレセプシン | 540 pg/mL | ↑ | MCHC | 31.5 | ↓ |
PLT | 182 × 103/μL |
腹部超音波所見:胆道系感染症を疑う所見は認めなかった。
腹部CT所見:小腸の拡張・壁の増強効果を認め,腸炎が疑われた(Figure 1)。
小腸は全体的に拡張し(赤矢印),Aと比較して壁は造影増強効果を認める(黄矢印)。
入院後経過:血液培養2セット採取後,CTRX(2 g/日)の投与が開始された。全自動血液培養装置はバクテアラートVIRTUO(ビオメリュー・ジャパン),好気用ボトルはFA Plus培養ボトル(ビオメリュー・ジャパン),嫌気用ボトルはFN Plus培養ボトル(ビオメリュー・ジャパン)を用いた。採取翌日,血液培養2セットのうち3本が培養約0.4日後に陽性となった。培養液に対しグラム染色液neo-B&Mワコー(富士フイルム和光純薬)を用いてグラム染色を実施したところ,湾曲したグラム陰性桿菌が観察された(Figure 2)。血液培養陽性と同日,細菌迅速同定用前処理に蛋白抽出キット(ベックマン・コールター)とrapid BACpro II(ニットーボーメディカル)を用い,培養液から質量分析装置VITEK MS(ビオメリュー・ジャパン)でV. mimicus(信頼度99.9%)と同定された。翌日,トリプチケースソイ5%ヒツジ血液寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン)にはβ溶血の灰白色コロニー(Figure 3),ドリガルスキー改良寒天培地(日水製薬)には淡い緑色コロニー(Figure 4),自家製のTCBS寒天培地(栄研化学)には緑色コロニー(Figure 5)を認めた。アルカリペプトン水による好塩性試験ビブリオセット(日研生物医学研究所)には食塩濃度0%と3%で混濁を認め(Figure 6),典型的なV. mimicusの性状を示した。またコロニーを試料とした質量分析法でもV. mimicus(信頼度99.9%)と同定された。薬剤感受性検査はコロニー懸濁液を1.0 McFarlandに調整し,ミュラーヒントンブイヨン‘栄研’(栄研化学)を用い,ドライプレート‘栄研’(栄研化学)へ分注し,翌日微生物感受性分析装置IA01MIC Pro(高電工業)にて判定した。培養条件および判定はClinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)M45-3rd EditionのVibrio spp.に準拠した(Table 2)。発症2日前にカンパチの刺身を摂取しており,血液培養施行翌日に肛門に挿入したスワブおよび自然排便の培養を行ったが,V. mimicusは検出されなかった。10日間のCTRX(2 g/日)加療期間中,全身状態著変なく食事摂取なども良好であり,第13病日に退院された(Figure 7)。
湾曲したグラム陰性桿菌を認める。
β溶血を伴った灰白色コロニーを認める(5%炭酸ガス培養18時間後)。
淡い緑色コロニーを認める(大気培養18時間後)。
緑色コロニーを認める(大気培養18時間後)。
食塩濃度0%と3%で混濁を認める(コロニー接種18時間後)。
薬剤 | MIC(μg/mL) | CLSI |
---|---|---|
Ampicillin | 2 | S |
Sulbactam/Ampicillin | 2 | S |
Tazobactam/Piperacillin | ≤ 2 | S |
Cefazolin | 2 | S |
Cefmetazole | ≤ 2 | — |
Ceftriaxone | ≤ 1 | — |
Ceftazidime | ≤ 1 | S |
Cefepime | ≤ 1 | S |
Sulbactam/Cefoperazone | 0.5 | S |
Imipenem/Cilastatin | ≤ 0.5 | S |
Meropenem | ≤ 1 | — |
Tobramycin | 2 | — |
Fosfomycin | 16 | — |
Sulfamethoxazole - Trimethoprim | ≤ 10 | S |
Levofloxacin | ≤ 0.25 | S |
Ciprofloxacin | ≤ 0.25 | S |
10日間のCTRX加療期間中,全身状態著変なく食事摂取なども良好であり,第13病日に退院された。
コレラ菌以外のVibrio属菌は,菌種および曝露様式に応じて,下痢症,創傷感染症,または敗血症を引き起こすことが知られており,魚介類の摂取はV. mimicus胃腸感染症の主たる危険因子である4)。本症例では緊急搬送前日のデイサービスで刺身(カンパチ)の摂取があったことを確認した。ビブリオ関連疾患の潜伏期間は15~24時間程度5)であることからも,刺身の摂取による経口感染により腸炎となり,腸管を侵入門戸として菌血症を引き起こしたと考えられる。集団感染の可能性を視野に,患者宅のエリアを管轄する保健所に対して,本症例以外にV. mimicusによる食中毒の報告例の確認を行ったが発生届は提出されていなかった。よって本症例の単独感染の可能性が高いと考えられる。ただし集団感染ではあったが他の患者が無症状,または軽微な下痢で済んだり,培養検査でV. mimicusが検出されなかったりしたため,保健所への届出が提出されなかった可能性も否定できない。便より本菌を検出できなかった原因としてはCTRX投与後の検体採取であったことが挙げられる。意識レベルの低い患者からの検体採取は難色を示されるかもしれないが,抗菌薬投与前に検体採取が行えなかった場合,侵入門戸検索が困難となることが示された症例であった。
V. mimicus菌血症の報告例は稀であり,我々が検索した限り4例に留まり6)~9),本症例が5例目となる(Table 3)。これは病原因子の一つである溶血毒素V. mimicus hemolysin(VMH)の細胞溶解作用が,小腸のPaneth細胞が産生する抗菌ペプチド(HD-5)により他のVibiro spp.より不活化されやすいというMiyoshiらの報告10)からも,V. mimicusは小腸上皮に浸透が阻害され,結果として血行移行がし難いためと考えられる。
症例 | 報告 年 |
年齢/性別 | 発症国 | 症状・臨床診断 | 既往歴・基礎疾患 | 治療 | 転帰 | 参考文献 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 1992 | 生後4ヵ月/女 | バングラディッシュ | 水様便(> 8回/日,6日間),栄養失調,抹消循環不全,脱水,昏睡,混乱(嘔吐,発熱はなし) | 記載なし | ABPC(150 mg/6時間,計24回投与) | 麻痺性イレウスの徴候を発症。医学的助言に反して両親が病院から連れ去り,以降のフォローアップは行えなかった。 | 7) |
2 | 1994 | 74歳/男 | アメリカ | 下痢, 腹痛, 進行性脱力, 排尿減少 | 無石胆嚢炎(生活歴:大量飲酒,入院の前週まで魚介類は未摂取) | 2週間の抗菌薬療法(詳細不明) | 入院から3週間後,経過良好で退院 | 8) |
3 | 2003 | 詳細不明 | 詳細不明 | 急性胆嚢炎,敗血症 | 詳細不明 | 詳細不明 | 詳細不明 | 9) |
4 | 2010 | 86歳/女 | 日本 | 悪寒戦慄,発熱,悪心嘔吐,特発性細菌性腹膜炎 | 肝硬変,腎不全,食道静脈瘤(生活歴:医師の指示により海産物摂取は控えていた) | CTRX(1 g/日) → MEPM(0.5 g/日) → MEPM + CPFX(150 mg/日) | 入院から1ヵ月後,抗菌薬投与終了。 腹水・血液培養2セット陰性により,V. mimicus菌血症の改善を確認。 | 10) |
5 (本症例) |
2020 | 84歳/男 | 日本 | 発熱,嘔吐,下腹部痛 | 上咽頭癌放射線治療後, 悪性黒色腫術後, 胆嚢摘出術後, 総胆管結石,胆管炎, 糖尿病,虚血性心疾患, 左大腿骨骨折 | CTRX(2 g/日)×10日間 | 第13病日に退院。 | ― |
V. mimicusは,コレラ様毒素(cholera toxin; CT),耐熱性エンテロトキシン(nonagglutinable vibrios–heat stable enterotoxin gene; NAG-ST),耐熱性溶血毒素(nonagglutinable vibrios–thermostable direct hemolysln-like toxin; NAG-rTDH),V. mimicusヘモリシン(Vibrio mimicus hemolysin; VMH),家兎血漿腸管反応陽性物質(fluid accumulating factor; FAF)を産生する株の存在が明らかにされている11)。本症例で分離された菌株の産生毒素の精査はできなかったが,いずれかの毒素が腸炎の起炎因子となったのではないかと示唆される。肝硬変患者では肝臓でのfiltration機構が破綻し敗血症へ進展しやすいとの報告もあるが12),本症例の患者に肝疾患は認めず,宿主側に菌血症の要因があったかは定かではない。
Vibrio属菌では病原性の強いV. choleraeやV. vulnificusに注目されがちであるが,V. mimicusにおいても菌血症・敗血症を引き起こす可能性があり,腸炎においても患者の状態によっては血液培養の採取が必要と考えられる。V. mimicusはV. choleraeと同様の毒素を持ち合わせており,重度の下痢症から急性腎障害,代謝性アシドーシスを引き起こす報告例13)もあるため軽視できない菌種である。また海外ではV. mimicusにより魚のビブリオ症を引き起こし水産業に大きな被害をもたらされ,免疫学的研究やワクチン開発に勤しむ地域もある14)。本邦でも今後の公衆衛生・環境変化によってはヒトだけでなく水産業に影響を与えかねない菌種であることに留意すべきである。
コレラ菌以外のVibrio属菌による重症腸管感染症は,CiprofloxacinまたはDoxycyclineの単回投与で治療を行う。また創傷感染症はDoxycyclineで治療し,重症の場合は第3世代セファロスポリン系薬剤の併用が推奨される4)。臨床検体から腸内細菌科細菌サイズの湾曲したグラム陰性桿菌様形態が観察された場合は,早期感染症診断や抗菌薬適正使用支援の観点からも臨床へVibrio属菌を疑う旨を報告することが望ましい。
本論文の要旨は第32回日本臨床微生物学会総会にて発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。