血液ガス分析装置は,患者の呼吸・循環状態を把握するために,医療現場や検査室において医療従事者が使用する検査機器である。今回,血液ガス分析装置(ABL 800 FLEX)は測定可能状態であったが,医師からpHが患者の病態に反して異常低値に測定されているという指摘を受けて,原因の追究・対策を行った。指摘された動脈血検体はpH 7.282と低値であったため,同機種の別の血液ガス分析装置で測定するとpH 7.410となり病態と一致した。原因を追究したところ,血液ガス分析装置のpH電極に血液凝固塊が付着していたことで,pH電極が正常に測定できないことが原因であった。そこで,血液ガス分析装置のpH電極に血液凝固塊認識機能を設定し,凝固塊を認識すると装置が異常メッセージを出し,pH電極が測定不可となる対策を行い,検証を行った。病棟,外来,救急部および集中治療室に設置した同機種5台について,血液凝固塊認識機能が作動した割合を集計したところ,外来に設置した血液ガス分析装置が最も高率に発生していた(p = 0.01)。外来では主に小児科が使用しており,小児からの採血は困難であったこと,測定手技や検体の取り扱いに問題があったことから,凝固した検体が多かったと考えた。今回,血液凝固塊認識機能を設定することにより,血液ガス分析装置のpH測定異常を測定中に検出し,迅速な対応が可能となった。血液ガス分析において,採血時の血液凝固を防ぐ手技と,pH電極への凝固塊付着を認識する有効な機能を紹介する。
A blood gas analyzer that can show the respiratory and circulatory conditions as well as the general conditions of a patient can be useful for medical workers in the field. The blood gas analyzer that we used was operating normally; however, the pH of an arterial blood sample was low, and we investigated the reasons and countermeasures for this. The arterial blood sample showed a low pH of 7.282; however, the pH was 7.410 when using another type of device. The reason was that a blood clot adhered to the pH electrode, and it did not react normally with the electrode. Therefore, a blood clot detector was attached to the pH electrode so that measurements can indicate an abnormality and no measurements can be made when there is a clot. By calculating the ratio of blood clot detection using the same apparatus, we found that outpatient devices showed a significantly high ratio (p = 0.01). It is mainly used for pediatric patients, in whom blood collection and treatment are more difficult to perform. Therefore, it was considered that the rate of blood clots was higher. By attaching a blood clot detector, we can detect abnormalities in the blood gas analyzer and respond quickly. Through blood gas analysis, we can report our event as an example to introduce a technique to prevent clotting during blood sampling and a useful function for detecting clots in the apparatus.
血液ガス分析装置は,患者の呼吸・循環の全身状態を迅速に把握するために,臨床に近い医療現場で,医師,看護師および臨床検査技師が使用する検査機器である。また,血液と大気のガスの割合が異なる点,採血後も血液中細胞が代謝をする点から,迅速な血液ガスの測定が要求される。今回,当院に設置しているラジオメーター社製の血液ガス分析装置(ABL 800 FLEX)は測定可能状態であったが,医師からpHが患者の病態に反して異常低値に測定されていると指摘をうけ,原因の追究をしたところ,pH電極に血液凝固塊が付着して,pHが正常に測定できない状態であった。そこで,測定血液が最初に通過するpH電極に血液凝固塊認識機能を設定する対策を講じたことで,血液凝固による血液ガス分析異常を迅速に検出することが可能となり,インシデントの回避に繋がった。そこで,血液ガス分析において,採血時の血液凝固を防ぐ手技と,pH電極への凝固塊付着を認識する有効な機能を紹介する。
血液ガス分析装置は,ガス交換機能や酸塩基平衡状態の評価に対して迅速な結果報告が求められるため,緊急性の高い診療科に設置しており1),当院では,病棟,外来,救急部に各1台,集中治療室(intensive care unit; ICU)に2台,合計5台を設置し,外来は使用頻度の高い小児科に設置している。また,5台の血液ガス分析装置は,血液ガス管理システム(AQURE)に接続し,検査室にて機器状態をリモート管理している(Figure 1)。AQUREで病棟の血液ガス分析装置は測定可能状態を示していたにも関わらず,医師から測定したpHが7.282と患者病態に比べて低いと指摘を受けた。担当の臨床検査技師が病棟の血液ガス分析装置を確認したところ,エラーメッセージは出ておらず測定可能状態であった。確認のために指摘を受けた検体を同機種の別の血液ガス分析装置で測定したところpHは7.410と上がり病態と一致したため,病棟の血液ガス分析装置に何らかの異常があると考え点検したが,原因判明に至らなかったため,装置メーカーに点検を依頼した。
The blood gas analyzers with a blood gas management system (AQURE) in physiological and biochemistry laboratory department.
装置メーカー点検の結果,病棟の血液ガス分析装置のpHが異常低値を示したのは,pH電極の先端に血液凝固塊が付着していたことで,血液がpH電極と正常に反応しなかったことが原因と判明した。また,医師からpH異常低値の指摘を受けるまでに6検体の血液ガスが測定されており,各検体の担当医師に確認したところ,pHが患者病態と一致していないと認識されていたため,幸い治療等は行われていなかった。このように,血液凝固塊が存在した検体だけではなく,凝固塊が残存するとその後の検体にまで影響が及ぶ事象は報告されており2),3),pHが低値で患者に治療をしていればアクシデントになったことから,早急な対策が必要と考えた。対策として,血液ガス分析装置に血液を注入すると,最初にpH電極を通過するので,AQUREに接続している5台の血液ガス分析装置のpH電極に血液凝固塊認識機能を設定した。さらに,血液凝固塊を検知すると,pH電極が測定不可になるように装置の設定変更を行った(Figure 2)。
We attached the blood coagulation detection function in pH electrode because the blood first passes through the pH electrode. The display of the blood gas analyzer shows non-measurable when the pH electrode detect the blood clot.
血液凝固塊認識機能の凝固塊認識の原理は,キャリブレーション時にリンス溶液のpHが測定され,その値が装置に保存される。検体測定後にもリンス溶液のpHが測定され,キャリブレーション時に保存されたpHと比較される。これらの値の差異(pHドリフト)が装置メーカー規定の値を超過すると,pH電極先端に凝固塊があると認識され「pHドリフトが大きすぎます」と表示される。また,pH電極に血液が触れている間に複数回pHを測定しており,pH電極に問題がなければ複数回測定したpHは概ね同じ値であるが,凝固塊があるとpHにバラツキを生じ,「pH電極先端にクロットがある可能性があります」と表示される4)。これらの原理をもとに,凝固塊がある検体に関しては,pHは測定されず,異常メッセージが血液ガス分析装置に表示されると,AQUREにてリモート管理している臨床検査技師が気付き,迅速に対応できる体制とした。
AQUREに接続している5台の血液ガス分析装置すべてに血液凝固塊認識機能を設定した後に,「pHドリフトが大きすぎます」あるいは「pH電極先端にクロットがある可能性があります」の異常メッセージが発生した検体数を集計した。集計期間は,病棟,外来,救急部の3台は2019年8月から2020年7月の1年間,ICUの2台は2020年1月から2020年7月まで集計を行った。上述の集計期間に,血液ガス検体数に対する血液凝固塊認識機能が作動した割合を5台の血液ガス分析装置ごとに算出した。さらにその割合を分散分析,多重比較法を用い比較検討した。検定においては,p < 0.05を統計学的に有意差ありとし,すべての統計分析は,SPSS,Ver 11.5(SPSS Inc)を用いて行った。
集計期間中に5台の血液ガス分析装置で測定した検体数は16,551検体であり,うち7検体(0.1%)に血液凝固塊認識機能が作動した。5台の血液ガス分析装置ごとに血液凝固塊認識機能が作動した割合をみたところ,病棟0.06%(2/3,044件),外来0.22%(2/901件),救急部0.07%(2/2,703件),ICU① 0.02%(1/3,578件),ICU② 0%(0/6,325件)であり,外来の血液ガス分析装置の作動割合が高かった(p = 0.01)(Table 1)。
血液凝固塊認識機能が作動した件数(件) | 測定件数(件) | 割合(%) | |
---|---|---|---|
病棟 | 2 | 3,044 | 0.06 |
外来(小児科) | 2 | 901 | 0.22* |
救急部 | 2 | 2,703 | 0.07 |
ICU① | 1 | 3,578 | 0.02 |
ICU② | 0 | 6,325 | 0.00 |
合計 | 7 | 16,551 | 0.04 |
*p = 0.01
ラジオメーター社製の血液ガス分析装置(ABL 800 FLEX)を使用している鹿児島県内の施設に血液凝固塊認識機能設定の有無についてアンケートを行ったところ,血液凝固塊認識機能の設定をしている施設(15施設,44台)はなかった。
本来,血液ガス分析用の採血は,専用シリンジを用いた動脈血採血が基本である。ラジオメーター社製血液ガス専用シリンジ(Safe PICO)に用いられている電解質バランスヘパリンは,抗凝固剤の働きとイオン化Caの低下を防ぐ効果のあるヘパリンリチウムが使用されている5)。また,シリンジ内には攪拌用金属球が入っており,物理的に攪拌しやすいという特徴を有する。これらの特徴を有する血液ガス専用シリンジを用いた採血では,血液凝固塊の発生率は0.4%以下と非常に少ないと報告されている1),6)。また,採血量が少ない検体については高濃度ヘパリンナトリウムで前処理されているキャピラリー管を用い,気泡を除去し,検体内の異物を血液ガス分析装置内に入れないためのフィルターであるクロットキャッチャーを装着,鉄針(ミキシングワイヤ)をキャピラリー管に挿入しマグネットで撹拌し測定を行う方法が推奨されている。しかし当院の小児採血は,抗凝固剤なしのシリンジで静脈血採血をした後にSafe PICOに移して測定していること,採血量が少ない検体ではキャピラリーに移し替えていることから,空気に触れやすく,凝固しやすい手技であり,この採血手順が外来(小児科)の血液ガス分析装置の血液凝固塊認識機能作動回数の割合が0.22%と他の診療科に比べて高頻度になった原因と思われる。そこで,適切な測定手技ならびに検体の取扱い方法を小児科に周知徹底したことで,小児採血における血液凝固塊の発生頻度が減少することを期待する。
血液ガス測定は医師または看護師が行っているため,検査室では検体の状態は確認できないが,血液凝固塊認識機能を設定することにより,血液凝固塊によるpH測定異常をAQUREにてリモート管理することが可能となった。また,最近の国際的な臨床検査室のマネージメント(ISO 15189)の考えとして,検査室が関与する検査全般について積極的に教育を含め責任を持つことが一般的になる中,「リモート管理」するだけではインシデントは完全には無くならないため,臨床検査技師が積極的に血液ガス検体の採取法から測定法,さらにトラブルシューティングなどの教育と広報を行っていくことが重要であると考える。
鹿児島県内で,当院以外にラジオメーター社製の血液ガス分析装置に血液凝固塊認識機能の設定をしている施設はなかった。機器導入時に血液凝固塊認識機能を設定することは可能であるが,リンス溶液交換のたびにリンス溶液のpH測定およびキャリブレーションの実施が必要となり,検体を測定できない時間が発生する。当院のように血液ガス分析装置が複数台ある施設では,1台が測定不可状態であっても他の機器で測定可能であるが,1台のみで運用している施設では,測定不可時間の頻度が増えることは患者医療においてデメリットとなるため,血液凝固塊認識機能の設定施設がなかったと思われる。
血液ガス測定において,血液凝固塊によってpHが異常低値を示したインシデント事象に対する対策として血液ガス分析装置のpH電極に血液凝固塊認識機能を設定した。新たなインシデント発生を未然に防ぐ対応をした後に,当院の血液凝固塊によるエラー発生状況を確認したところ,エラー発生率は低頻度であったが,外来(小児科)は他の診療科に比べエラー発生率は高かった。今後は,全診療科を対象に臨床検査技師が定期的に血液ガス測定を正確に行う手技の指導を行う予定である。また,血液凝固塊認識機能を設定することで,血液凝固塊によるpH測定異常を早急に発見し,迅速に対応できることが可能となった。血液ガス分析のデータ保証において有効かつインシデント回避につながるため,全ての血液ガス分析装置に標準装備されることを期待する。
本論文趣旨は,第66回日本臨床検査医学会九州地方会にて発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本稿を終えるにあたり,アンケートに協力してくださった鹿児島県内の施設の方々に深謝いたします。