2024 年 73 巻 2 号 p. 301-307
我々はSARS-CoV-2遺伝子検出機器2種類,および外部委託検査の性能評価を行った。機器は,TRCReady-80®(TRC),GeneXpert®(GX),外部委託検査はTaqPath reagents(TaqPath)である。検出限界の確認にはEDX SARS-CoV-2 Standard®を生食で希釈し,4.3,17,34,43,170,340,1,700 copies/mLの試料を作成した。各試料はTRCとGXで測定し,検出限界はそれぞれ430 copies/mLと170 copies/mLで,GXの検出限界の方がTRCより低濃度だった。SARS-CoV-2非感染者15名,感染者13名を対象として鼻咽頭ぬぐい液を採取し,方法間の一致率を確認した。被験者からスワブを2本採取し,1本はUTMブロスで懸濁後,GXとTaqPathの測定に使用し,1本はTRC専用の変性試薬で懸濁した。TRCとGXは当日に測定し,TaqPathは翌日に測定した。非感染者検体は全て陰性だった。感染者の結果はGXで全て陽性であったが,TRCとTaqPathはいずれも3件の陰性,10件の陽性であった。GXとの判定不一致例のCt値は35以上だった。この乖離は,機器の検出感度の差異や,サンプル中の遺伝子の断片化によって引き起こされたと考えられる。我々は機器の特性を知って分析機を選ぶ必要がある。
We evaluated the performance of two analyzers, namely, TRCReady-80® (TOSOH Co., TRC) and GeneXpert® (Beckman Coulter Inc., GX), and an outsourcing test to detect the severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) gene using TaqPath® reagent (Thermo Fisher Scientific K.K., TaqPath). EDX SARS-CoV-2 Standard® (Bio-Rad Co.) was used to determine the detection limits. It was diluted with saline and the concentrations of the SARS-CoV-2 gene were determined to be 4.3, 17, 34, 43, 170, 340, and 1,700 copies/mL. Each sample was analyzed using TRC and GX within the day. The detection limits of TRC and GX were 430 and 170 copies/mL, respectively. Nasopharyngeal swab samples were collected from 15 non-infected subjects and 13 infected subjects. Two samples were collected from each subject. The first sample was placed in universal viral transport media for analysis using GX and TaqPath. The second one was stirred well in the dedicated denaturing reagents for TRC. All the samples were measured using TRC or GX within the day and the TaqPath test was performed on the next day. All the results collected from the non-infected subjects were negative. As for the infected subjects’ samples, the SARS-CoV-2 gene was detected using GX but there were three false negatives and ten positives in the analysis using TRC or TaqPath. The samples with the discrepancy between GX and TRC or TaqPath results had high Ct values (> 35). The discrepancies seemed to be caused by the detection limit performance and the fragmentations of the SARS-CoV-2 gene in the samples. We should choose the analyzers on the basis of the difference in their characteristics.
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)は,2019年12月に中国湖北省武漢市で最初に報告され,全世界に拡大した。日本でも全土に感染が波及し,様々な変異を続けながら2023年現在,蔓延と収束を繰り返している。現在,新型コロナウイルス感染を診断するための多様な遺伝子検査試薬,装置が販売されており,一般診療並びに院内感染対策上,重要な役割を担っている。当院では新型コロナウイルスの遺伝子検査として等温増幅法を原理とするTRCReady®-80(東ソー株式会社,以下TRC法)とリアルタイムRT-PCR法を原理とするGeneXpert®システムGX-II(BECKMAN COULTER社,以下GX法)を導入している。いずれも試料からの核酸抽出,増幅を全自動で行う検査機器である。検査の振り分けは,一般診療のメイン機としてTRC法測定,Ct値が必要な症例についてはGX法測定としている。また,入院前のスクリーニング検査として外部委託検査のリアルタイムRT-PCR法を利用している。今回我々は,TRC法,GX法,外部委託検査の三法において検査結果に差があるのか検討を行った。
検討は二つの方法で行った。一方は院内で運用している遺伝子検査二法(TRC法,GX法)について市販のコントロール試料を用いて希釈試験を行い,結果判定の差異について検討した。もう一方は臨床検体を用いて院内検査と外部委託検査で三法の判定差異について評価を行った。本検討の陽性結果解釈としてTRC法とTaqPath法はメーカーの定める判定方法に準じて行った。GX法は,標的RNAのうちE遺伝子のみが検出された場合は「PRESUMPTIVE POSITIVE(推定陽性)」と判定され再検査や別法での検査が推奨されているが,希釈試験では陽性コントロールを試料として用いていること,臨床検体では新型コロナウイルスの既往者を対象としていることから本検討では「陽性」の判定とした。
1. 試料 1) コントロール試料を用いた検出感度の評価市販の陽性コントロール,EDX SARS-CoV-2 Standard®(BIO RAD社,以下陽性コントロール)を用い,遺伝子の精製・検出の全工程における検出感度を評価した。陽性コントロールにはSARS-CoV-2の5種類の遺伝子,Envelope(E)遺伝子,Nucleocapsid(N)遺伝子,Open Reading Frame(ORF1ab)遺伝子,RNA-dependent RNA Polymerase(RdRP)遺伝子,Spike Protein(S)遺伝子がそれぞれ200,000 copies/mL,およびヒトゲノムDNA 75,000 copies/mLが含まれる。希釈系列は陽性コントロールを生理食塩水で希釈して作製した。希釈系列は国立医薬品食品衛生研究所から公表されたCOVID-19診断用核酸増幅検査薬一斉試験1)の模擬ウイルスを用いた核酸増幅検査薬の一斉試験の評価を参考に0,4.3,17,34,43,170,340,430,1,700 copies/mLとなるように調整した。TRC法は各希釈系列試料200 μLを変性試薬500 μLに添加し測定に供した。GX法はXpert XpressSARS-CoV-2カートリッジ「セフィエド」(以下GX法カートリッジ)に各系列試料300 μLを添加して測定した。測定は試料調整日の当日中に,各試料2重測定を行った。
2) 臨床検体を用いた評価2021年7月19日〜2021年10月12日の期間に同意が得られた当院職員を対象として,新型コロナウイルス非感染者15名,および感染後10病日以上(12日–57日:中央値15日)の感染者13名から鼻咽頭ぬぐい液をスワブで2本採取し,採取後直ちに各測定法の試料懸濁液を作製した。TRC法はFLOQスワブ534Cを用いて指定の変性試薬で懸濁液を作製した。GX法,および外部委託検査は添付のスワブを用いUTMブロス(コパン社 コパンUTM305C 3 mL)で懸濁液を作製した。TRC法,及びGX法は試料採取当日に測定し,外部委託検査は翌日に測定した。なお,本研究については横浜南共済病院臨床研究審査委員会(研究課題番号1-23-9-7)の承認を得ている。
2. 測定機器・試薬測定装置・試薬をTable 1に示す。
機器名 | TRCReady®-80 | GeneXpert®システムGX-II | Thermo Fisher SCIENTIFIC |
---|---|---|---|
測定原理 | 等温増幅法 | リアルタイムPCR法 | リアルタイムPCR法 |
試薬 | TRCReady® SARS-CoV-2i | Xpert Xpress SARS-CoV-2 「セフィエド」 |
TaqPath SARS-CoV-2 リアルタイムPCR検出キット |
検出遺伝子 | N | E,N2 | Ogf1ab,N,S |
1アッセイ検体数 | 8 | 2 | 376 |
測定所要時間 | 45分 | 50分 | 4時間 |
大きさ | 350 × 600 × 600 mm | 163 × 307 × 297 mm | ― |
試料 | 鼻咽頭ぬぐい液 | 鼻咽頭ぬぐい液 | 鼻咽頭ぬぐい液 |
試料懸濁液 | 専用変性試薬0.5 mL | UTMブロス3 mL | UTMブロス3 mL |
SARS-CoV-2の遺伝子検出には全自動遺伝子測定装置TRCReady®-80,測定試薬TRCReady® SARS-CoV-2i(東ソー株式会社)を用いた。ターゲット遺伝子はN遺伝子である。本法は,8検体同時測定可能であり,所要時間は核酸抽出から増幅産物の検出完了まで45分である。
2) リアルタイムRT-PCR法(GX法)全自動遺伝子測定装置GeneXpert®システムGX-II,専用試薬カートリッジXpert Xpress SARS-CoV-2「セフィエド」(BECKMAN COULTER社)を用いた。ターゲット遺伝子は2か所であり,N2,E遺伝子をそれぞれ検出する。本法は,1検体の測定所要時間は約50分である。
3) リアルタイムRT-PCR法(外部委託)TaqPath SARS-CoV-2リアルタイムPCR検出キット(ライフテクノロジーズジャパン社,以下TaqPath法)を用い,メーカー添付文書の手順に従って測定した。サーマルサイクラーは「Thermo Fisher SCIENTIFIC」を使用した。TaqPath法のターゲット遺伝子は,Ogf1ab,N,Sの3種類である。
いずれの測定もメーカーの定める手順に準じて行った。
検出感度の評価結果をTable 2に示す。TRC法は検出時間と判定結果,GX法はE,N2遺伝子のCt値と判定結果である。TRC法の判定結果は,1,700 copies/mL試料と430 copies/mL試料で2回とも陽性,340 copies/mL試料以下で2回とも陰性であった。検出時間は遺伝子濃度が低くなるにつれて延長した。GX法の判定結果は,170 copies/mL試料までE,N2遺伝子共に2回とも陽性であった。43 copies/mL試料では1回目陽性,2回目陰性と結果が乖離し,34 copies/mL,17 copies/mL試料では2回とも陽性判定を示したが,一部のEあるいはN2遺伝子で陰性を示した。4.3 copies/mL試料以下は陰性であった。遺伝子濃度が低くなるにつれてCt値が高い傾向を示した。
1,700 copies/mL | 430 copies/mL | 340 copies/mL | 170 copies/mL | 43 copies/mL | 34 copies/mL | 17 copies/mL | 4.3 copies/mL | 0 copies/mL | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
TRC法:TRCReady® SARS-CoV-2i |
1回目 | 検出時間 | 04'23'' | 07'31'' | ND | ND | ND | ND | ND | ND | ND |
判定 | 陽性 | 陽性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | ||
2回目 | 検出時間 | 03'40'' | 04'59'' | ND | ND | ND | ND | ND | ND | ND | |
判定 | 陽性 | 陽性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | 陰性 | ||
GX法:Xpert Xpress SARS-CoV-2 「セフィエド」 |
1回目 | E Ct値 | 34.4 | 36.1 | 36.2 | 38.5 | 37.7 | 38.6 | 41.3 | 0 | 0 |
N2 Ct値 | 37.7 | 38.6 | 38.3 | 42.4 | 41.7 | 0 | 43.3 | 0 | 0 | ||
判定 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陰性 | 陰性 | ||
2回目 | E Ct値 | 33.7 | 36.9 | 36.4 | 41.6 | 0 | 39.8 | 0 | 0 | 0 | |
N2 Ct値 | 36.4 | 38.2 | 38.5 | 40.1 | 0 | 40.8 | 41.8 | 0 | 0 | ||
判定 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陰性 | 陽性 | 陽性 | 陰性 | 陰性 |
非感染者検体はTRC法,GX法,TaqPath法の3法において全て陰性であった。感染者検体については,TRC法は判定および反応時間,GX法およびTaqPath法はそれぞれの遺伝子領域におけるCt値をTable 3に示す。
グループ | 検体 | 採取時病日 | TRC法判定 | GX法Ct値 | TaqPath法Ct値 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
判定 | 反応時間 | E | N2 | Orf1ab | N | S | |||
TRC陰性 | No. 1 | 12日 | ND | ND | 36.8 | 39.6 | ND | 35 | ND |
No. 2 | 14日 | ND | ND | 36.2 | 37.1 | 34.9 | 33.4 | ND | |
No. 3 | 26日 | ND | ND | 43.6 | 41.2 | 34.9 | 35.4 | 36.6 | |
TaqPath陰性 | No. 4 | 14日 | 陽性 | 04'00'' | 0 | 39.9 | ND | ND | ND |
No. 5 | 15日 | 陽性 | 05'11'' | 0 | 42.3 | ND | ND | ND | |
No. 6 | 16日 | 陽性 | 03'31'' | 0 | 39.8 | ND | ND | ND | |
全法陽性 | No. 7 | 13日 | 陽性 | 03'28'' | 38.2 | 39.2 | 35.7 | 32.5 | 35 |
No. 8 | 14日 | 陽性 | 03'28'' | 34 | 36.4 | 31.7 | 30.9 | 33.4 | |
No. 9 | 57日 | 陽性 | 03'17'' | 33.7 | 36.4 | 31.6 | 30.4 | 32.7 | |
No. 10 | 15日 | 陽性 | 06'57'' | 38.9 | 40.6 | 30.8 | 30.8 | 32.9 | |
No. 11 | 13日 | 陽性 | 02'23'' | 29.2 | 31.6 | 28.9 | 28.8 | 30.7 | |
No. 12 | 35日 | 陽性 | 03'24'' | 31.6 | 34.8 | 28.7 | 28.6 | 29.8 | |
No. 13 | 50日 | 陽性 | 02'36'' | 22.5 | 23.8 | 22.2 | 21.4 | 22.8 |
TRC法は13例中10例陽性であり,陰性例はGX法,およびTaqPath法では全て陽性であった。これら陰性例3例のCt値はGX法では36.2~43.6,TaqPath法では33.4~36.6であった。また,TaqPath法ではOgf1ab遺伝子陰性が1例,S遺伝子陰性が2例存在した。
GX法は全例陽性判定であったが,E遺伝子のみ陰性が3例認められた。
TaqPath法は13例中10例陽性であった。陰性であった3例はいずれもGX法E遺伝子が陰性の結果であった。
2) 方法間における一致率方法間の一致率をTable 4 ①~③に示す。GX法を基準としてTRC法,TaqPath法との一致率を評価した結果,いずれも陽性一致率76.9%(10/13),陰性一致率100%(15/15),全体一致率は89.3%であった。TRC法-TaqPath法間の一致率は陽性一致率70.0%(7/10),陰性一致率は83.3%(15/18),全体一致率は78.6%(22/28)であった。
GX法 | 合計 | |||
---|---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | |||
TRC法 | 陽性 | 10 | 0 | 10 |
陰性 | 3 | 15 | 18 | |
合計 | 13 | 15 | 28 |
陽性一致率:76.9%(10/13)
陰性一致率:100%(15/15)
全体一致率:89.3%(25/28)
GX法 | 合計 | |||
---|---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | |||
TaqPath法 | 陽性 | 10 | 0 | 10 |
陰性 | 3 | 15 | 18 | |
合計 | 13 | 15 | 28 |
陽性一致率:76.9%(10/13)
陰性一致率:100%(15/15)
全体一致率:89.3%(25/28)
TRC法 | 合計 | |||
---|---|---|---|---|
陽性 | 陰性 | |||
TaqPath法 | 陽性 | 7 | 3 | 10 |
陰性 | 3 | 15 | 18 | |
合計 | 10 | 18 | 28 |
陽性一致率:70.0%(7/10)
陰性一致率:83.3%(15/18)
全体一致率:78.6%(22/28)
コントロール試料を用いた検出感度の評価では,TRC法は430 copies/mL試料まで100%陽性,それ以下の濃度は全て陰性であった。NHIS1)が行った各測定法の検出感度評価(以下NHIS一斉試験)は,模擬ウイルスの希釈系列試料を用いて各測定方法で6回測定を行ったところ,TRC法は1,700 copies/mL試料まで100%陽性,430 copies/mL試料で67%陽性,170 copies/mLで陰性だった。庄司ら2)は唾液試料の測定に対応するために開発された改良試薬TRCReady® SARS-CoV-2iを用いてNHIS一斉試験と同様に検出感度評価を行った結果,1,700 copies/mL試料まで100%陽性,430 copies/mL試料では83%陽性,170 copies/mL試料では16.7%陽性であったと報告している。すなわち,改良試薬はプライマー,プローブの非特異的結合の低減により阻害感受性の低い配列とされており,その結果,改良前試薬と比較し良好な成績が得られたと考えられた。本検討では庄司らと同じ改良試薬を用いたもので,試料,測定回数が異なるので単純比較はできないが,TRC法測定感度は庄司らの報告とほぼ同等と考えられた。
GX法は本検討では170 copies/mL試料までE,N2遺伝子共に2回とも陽性,43 copies/mL以下の試料ではCt値は37.7~43.3と高く,E遺伝子,もしくはN2,あるいは両方の遺伝子が検出されない場合があったが,17 copies/mL試料まで陽性が確認された。NHIS一斉試験におけるGX法の結果は,170 copies/mLまで100%陽性と報告されているが,最低濃度は170 copies/mLであり,本検討の結果からこれ以下の濃度の試料でも検出可能であることが判明した。ただし,コントロール試料を用いた本検討は,日常検査と操作上異なる点が存在する。通常TRC法では変性試薬500 μLに検体採取したスワブを直接挿入して懸濁液とし,全量を反応系に利用する。一方,GX法は検体採取したスワブを3 mLのUTMに懸濁し,その300 μL(1/10量)を反応系に利用する。すなわち,今回の模擬ウイルスを用いた検討によるGX法では,UTMに懸濁せず希釈系列試薬300 μLを直接反応系に利用したため,本来より10倍高い結果を示していることになる。本結果をNHIS1)で報告されている反応系に持ち込む計算上の検体量に基づき算出したものをTable 5に示す。
増幅反応 サンプル量 |
希釈系列試料の遺伝子濃度(単位:copies/mL) | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
17,000 | 430 | 340 | 170 | 43 | 34 | 17 | 4.3 | 0 | ||
TRC法*1 | 60 μL | 29.16 | 7.37 | 5.8 | 2.9 | 0.74 | 0.58 | 0.29 | 0.07 | 0 |
GX法*2 | 300 μL | 510 | 129 | 102 | 51 | 12.9 | 10.2 | 5.1 | 1.29 | 0 |
*1:TRC法は増幅反応へ持ち込む遺伝子量を算出(単位:copies/test)
*2:GX法の増幅反応への持ち込み量は不明のため試薬カートリッジへの添加遺伝子量を算出(単位:copies/test)
TRC法は60 μL,GX法は算出不可1)とあったため,反応系に使用した300 μLとして算出した。本検討でTRC法は430 copiesまで陽性であり,コピー数では7.37 copies/testであった。Ogawaら3)は臨床検体を用いた検討で,TRC法の最小検出感度を9 copies/testと報告しており,本検討と同等の感度であった。また,本検討でGX法はE遺伝子,N2遺伝子共に17 copies/mLまで陽性であり,反応系持ち込みコピー数は5.1 copies/testであった。Dustら4)は市販のリファレンス試料,AccuPlexTM(Sera Care)の希釈系列から求めたGX法の最小検出感度E遺伝子 ≤ 30 copies/reaction,N2遺伝子 ≤ 7.5 copies/reactionと報告しており,本検討と同等の感度であった。以上のことから市販コントロール試料の希釈系列より求めたTRC法とGX法の検出感度は,GX法の方がやや感度が高いと考えられた。また,TRC法検出感度付近試料のGX法Ct値は約38であった。患者病日とCt値の関係を調べた本邦の報告5)では第16病日付近のウイルス量であり,感染の可能性は0.6%6)と報告されていることから,日常検査の遺伝子検査機器の検出感度としては問題ないと考えられた。
ただし,本検討は,TRC法とGX法の試料前処理の違いから,液体試料の添加,および生理食塩水の使用など,臨床検体の測定とは異なる工程があり,結果の解釈は限定的であり,臨床検体の評価に直接あてはまるわけではない。また,GX法において増幅反応への試料持ち込み量は不明であり,カートリッジへの添加量を基に比較したため,限定的な結果である。
臨床検体を用いた検討では,本検討において,GX法を基準としたTRC法,またはTaqPath法との一致率は,いずれも陽性一致率76.9%(10/13),陰性一致率100%(15/15)であった。Ogawaら3),Ishiiら7)が行ったTRC法とRT-PCR法での感度,特異度の評価結果は,Ogawaらが94.6%(53/56),99.2%(382/385),Ishiiらが94.3%(33/35),97.1%(33/34)と報告している。本検討で陽性一致率が低い結果となったのは,10病日以上の被検者を対象としたこと,および例数が13例と少ないことが原因と考えられた。また,陰性一致率が100%であったのは,対象を非感染者としたことが要因として考えられた。感染後の被検者から得られた13例では,GX法は全て陽性であった。一方,TRC法とTaqPath法ではいずれも13例中3例で陰性を示し,両者の陰性例は異なる検体によるものであった。本検討では感染後10病日を超えた被検者を対象としたため,各検体におけるCt値は全体的に高い傾向にあり,GX法によるN2遺伝子のCt値では13例中11例が30を超えていた。また,3法全て陽性一致であった検体では平均Ct値34.7(23.8–40.6),TRC法あるいはTaqPath法のいずれかが陰性であった検体は平均Ct値40.0(37.1–42.3)であり,判定不一致例では明らかにCt値が高い傾向にあった。Gudbjartssonら8)の研究では,Ct値30以下の検体においてはほとんどの検体で全ウイルスゲノムと考えられる約3万塩基が検出されたが,Ct値が30を超える場合においては3万塩基以下のゲノムが多く検出されたと報告されている。すなわち,GX法とTRC法あるいはTaqPath法で判定が不一致であった要因の一つとして,断片化した残存RNAを検出している可能性が考えられた。したがって,本検討のようにCt値が大きく,断片化した残存RNAの存在が推定される場合,試薬によってターゲット領域が異なることから,判定不一致となる可能性が高いと考えられた。また,本検討やNHIS1)の報告にあるように試薬によって感度の差があることも判定不一致の要因として考えられた。
また,GX法のN2遺伝子とTaqPath法のN遺伝子のCt値について,両法ともに陽性であった10例で比較すると,GX法は平均Ct値36.1(23.8–41.2),TaqPath法は平均Ct値30.7(21.4–35.4)であった。さらに検体ごとに両法のCt値の差を比較すると平均5.4(2.4–9.8)の違いがあり,全例においてTaqPath法の方が低い傾向であった。そのため,測定方法によってCt値が異なることを念頭に置き,臨床へ報告する必要があると考えられた。
TRC法は等温増幅法なのでCt値が得られないが,蛍光強度比(蛍光強度/初期傾向強度)1.3が閾値として設定され,これを超えた時間が検出時間として陽性/陰性判定値と共に記録に残る2)。本検討においてTRC法の検出時間とGX法のN2遺伝子のCt値と相関性を確認したものをFigure 1に示す。相関係数はr = 0.650であり,正の相関性が確認された。TRC法の検出時間からRNA量の多寡の推定が可能と考えられた。庄司ら2),Ogawaら3)も同様にTRC法の検出感度とCt値に相関性があることを報告している。また,GX法とTaqPath法におけるN領域遺伝子のCt値の相関性を確認したものをFigure 2に示す。相関係数はr=0.922であり,強い正の相関性が確認された。
GX法のN2遺伝子との相関係数はr = 0.650であり,正の相関性が確認され,TRC法の検出時間からRNA量の多寡の推定が可能と考えられた。
GX法のTaqPath法の相関係数はr = 0.922であり,強い正の相関性が確認された。
当院ではTRC法3台をルチン機,Ct値が必要な場合はGX法を使用する検査体制を構築し,1日あたり最大200検体の測定を行った。TRC法は測定時間が45分と短い全自動機器であるため操作が簡便で,感染曝露の危険性が少ないというメリットがある。8検体のバッチ処理測定なので,複数台運用とすることで処理能力の向上,測定待ち時間の短縮,および機器トラブルによる測定休止を回避することができている。
院内の医療ニーズに対応していくために,検査室は方法間の特性や感度を把握して機器や測定法を使い分けて臨床医や感染制御担当者のニーズに応える必要がある。
新型コロナウイルスの検査機器は多様であり,臨床のニーズに合わせて機器を採用し使い分けてきたが,機種間差がどれほどあるのか評価が難しかった。本検討にて同一検体を複数の機器で測定したことによって,特性や感度に対して知見を得ることができた。新型コロナウイルスに罹患している患者が多い今,既感染なのか現在の感染かを知るうえでCt値が必要な症例も少なくない。定性検査,定量検査をうまく使い分けていくことが大切である。
本論文の要旨は第71回日本医学検査学会(2022年5月,大阪)にて発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。