2024 年 73 巻 2 号 p. 258-270
馬鈴薯が有する自然毒成分α-ソラニン(SO)およびα-チャコニン(CHA)はしばしば食中毒の原因となる。我々は以前,SOとCHAに結合するポリクローナル抗体(anti-Sold antibody)を作製し,それを使用した酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)を構築した。このELISAはSOとCHAの検出感度が低いという弱点があるため,本研究ではその改善を図った。試料中のSOおよびCHAをELISAプレートにコーティングし,そこにビオチン標識したanti-Sold antibodyを添加,さらにペルオキシダーゼ標識したストレプトアビジンを添加するELISAを試みた。本法により,10 mMリン酸緩衝液で調製したSOとCHAを含む試料の吸光度は,従来のELISAの約5倍に増強した。さらに,ヒトの血清および尿で調製したSOとCHAを含む試料の吸光度は,従来のELISAのそれぞれ約2.5倍と約1.6倍に増強した。本ELISAを用いて,馬鈴薯の塊茎,皮,芽の成分抽出液からもSOとCHAの含有量を測定することが可能であった。一方で,本ELISAは,SOやCHAと化学構造が類似する物質であるソラニジンやソラソジンと交差反応を示し,血清中のコレステロールとも反応することがわかった。本ELISAはヒトの生体試料にも適応可能な検出性能を有するが,結果の判定には交差反応を充分に考慮すべきである。
α-solanine (SO) and α-chaconine (CHA) are natural toxins of potato and often cause food poisoning. We have previously developed a polyclonal antibody (anti-Sold antibody) that bind to SO and CHA and used them in an enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA). This ELISA has a weak point of low sensitivity in detecting SO and CHA, we have tried to improve it in this study. The SO and CHA in the samples were coated on an ELISA plate, and biotin-labeled anti-Sold antibody and peroxidase-labeled streptavidin were added to the plate. The absorbance of the samples containing SO and CHA prepared in 10 mM phosphate buffer was about 5-fold higher than that of the conventional ELISA. Furthermore, the absorbance of the samples containing SO and CHA prepared in human serum and urine was enhanced about 2.5- and 1.6-fold, respectively, compared to that of the conventional ELISA. Using this ELISA, it was also possible to measure the content of SO and CHA in extracts of potato tubers, peels, and sprouts. On the other hand, this ELISA cross-reacted with solanidine and solasodine, which have similar chemical structures to SO and CHA, and also with cholesterol in serum. Although this ELISA has a detection performance applicable to human biological samples, cross-reactivity should be fully considered when judging the results.
α-ソラニン(SO)とα-チャコニン(CHA)は,主に馬鈴薯(ジャガイモ)に含有する自然毒成分である。市販の馬鈴薯に含まれるSOとCHAの含有量は品種によるばらつきが大きく,概ね0.4–1,000 μg/gと報告されている1)。SOやCHAは馬鈴薯の塊茎よりも皮や芽に多く含まれ,光曝露や長期保存により各部位の毒成分含量はさらに増加する2),3)。SOとCHAを原因としたヒトの食中毒報告は,世界的にも多く報告されている4)。ヒトでは,体重1 kgあたり1 mg以上のSOとCHAの経口摂取により毒性が現れる5),6)。馬鈴薯食中毒の基本的な症状は嘔気,嘔吐,腹痛および下痢であるが,摂取量の増加に伴い不整脈や関節炎症も生じ,過去には死亡例もある7)。また,SOとCHAは熱耐性を発揮し,炒める,茹でる,などの調理を経ても数%の損失に留まる3)。なお,近年における日本の自然毒性食中毒の発生原因数は高等植物が第3位であり,そのほとんどが馬鈴薯によるものである8)。馬鈴薯は広く流通する食材にもかかわらず食中毒への警戒が乏しく,今後も定期的な食中毒の発生が予想されるため,医療現場における対応法や対策が必要である。
対策の1つには,患者の生体試料からSOとCHAを検出する臨床検査法の確立が挙げられる。過去には,SOとCHAを測定する様々な手法が提案されている。なお,SOとCHAは馬鈴薯中に必ず両方存在し,化学構造と分子量も近似しているため,測り分けることは困難のようである。そのため,過去文献では馬鈴薯由来グリコアルカロイド(GA)が,基本的にSOとCHAの総称である9)~11)。Hellenäsら9)は,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて血清中のGA濃度を,検出限界(LOD)0.3 ng/mLの性能で検出することに成功している。Mensingaら10)もHPLCを用いて,血清中のGA濃度の経時変化を測定し,0.5–50 ng/mLの範囲で検出可能であった。近年は,HPLCと質量分析法(MS)を組み合わせたLC-MSを用いてGAを検出する試みが報告されているが,現状では生体試料を検体としておらず,馬鈴薯の成分抽出液の解析に留まる11)。これまでGAに結合するモノクローナル抗体も開発されているが,この抗体を用いて構築した酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)のGAのLODは70 ng/mLであり,生体試料における検出性能は検証されていない12),13)。また,本モノクローナル抗体製品の所在は不明で,我々は入手できなかった。
以上の背景を踏まえ,我々はSOとCHAを検出する独自のELISAの構築を試みた。ELISAは臨床検査に広く採用される手法であり,操作が簡単かつ高額な機器類も不要のため,充分に実用的と考えたからである。我々はまずSOとCHAに結合するポリクローナル抗体2種類を新たに作製し,それぞれの抗体を用いた直接ELISA(Direct ELISA)を2パターン構築した14)。さらに,市販のSOおよびCHAの試薬を血清と尿に溶解し,濃度を調製した試料を用いて,本ELISAの検出性能を検証した。この2パターンのELISAのうち,より感度が優れるSOのLODについて血清中および尿中の検出性能は,それぞれ15.25 ng/mLと30.28 ng/mL,CHAのLODでは,それぞれ13.48 ng/mLと27.92 ng/mLであった14)。この検出性能は先に挙げたHPLC分析に劣るものであり,これを馬鈴薯食中毒患者の生体試料へ適応することは困難と思われた。一方で,ELISAは様々な構築法があり,それにより検出感度の増強が期待できる。そこで,本研究では従来のDirect ELISAに改良を加え,新たにビオチンとストレプトアビジンの結合反応を利用したELISA(B-S direct ELISA)を構築した。両手法におけるSOとCHAの検出性能を比較し,B-S direct ELISAの臨床検査法および食材検査法としての有用性を評価した。
市販の健常人血清試料Human Serum pool(Serum),尿試料Urine,Single Male Donor,Human(Urine)およびペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジン(コスモ・バイオ株式会社:東京)を用いた。SO,CHA,化学構造類似物質であるソラニジンおよびソラソジンの粉末試薬(Sigma-Aldrich Co, LLC:東京)を用いた。抗体のビオチン標識はBiotin Labeling Kit-SHを用い,ペルオキシダーゼ標識はPeroxidase Labeling Kit-SH(株式会社同仁化学研究所:熊本)を用いた。抗体希釈液にはBlocking One(ナカライテスク株式会社:京都)を用いた。反応プレートはELISAプレートHタイプ(住友ベークライト株式会社:東京)を使用した。ペルオキシダーゼの基質である,o-フェニレンジアミン二塩酸塩(o-PD)の錠剤,コレステロール,ビタミンD3の粉末試薬および各種一般試薬(富士フイルム和光純薬株式会社:東京)を用いた。なお,SOとCHAに結合するウサギ由来のポリクローナル抗体2種類(anti-Sold antibody 1, 2)の作製は,合同会社カーバンクル・バイオサイエンテック(京都)に外注した。抗体作製の詳細は既報のとおりである14)。簡略的に述べると,SOとCHAに共通の化学構造であるソラニジン部位をウシアルブミンに結合した人工ペプチドを免疫原とし,これを2週間おきに計5回ウサギ(日本白色種,メス,3.0 kg)に免疫した。解剖後,得られた血清からアフィニティーカラムを用いてanti-Sold antibody 1,2を精製した。本研究ではこの2種類のうち,より感度に優れていたanti-Sold antibody 1のみを使用した(以降,本抗体をanti-Sold antibodyと記述する)。
2. 試薬の調製SOとCHAの粉末試薬をそれぞれ10 mg計量し,両方をまとめて10%ジメチルスルホキシド(DMSO)10 mLに加え完全に溶解し,1.0 mg/mL SO + CHA混合試料を調製し原液とした。馬鈴薯食中毒患者の生体試料を入手することは困難であるため,3つの溶媒,①buffer(10 mMリン酸緩衝液pH 7.4),②urineおよび③serumにて原液を目的濃度に調製したものを生体試料と見做した。SOとCHAの構造類似物質であるソラニジンとソラソジンも同様に,まずは10% DMSOにて完全に溶解した後で,bufferを用いて目的濃度に調製した。コレステロールとビタミンD3はイソプロパノールにて完全に溶解し,bufferを用いて目的濃度に調製した。
3. 試料の調製既報14)で使用したものと同様の,馬鈴薯の成分抽出液を試料とした。馬鈴薯(Irish Cobbler, N = 12)をスーパーマーケットで購入し,室温を22℃に保った部屋の蛍光灯(波長380–400 nm)下に静置した。馬鈴薯をDay 0(購入直後,N = 4),Day 30(30日静置後,N = 4),Day 60(60日静置後,N = 4)の3群に分けて各部位の成分を抽出した。各群で,塊茎(tuber),皮(peel),芽(sprout)の3部位を切り取り,計量後に15 mLチューブにそれら部位を入れた。その後,10% DMSO 5 mLをチューブ内に加え,ハンディホモジナイザー150(Fisher Scientific Co LLC, USA)を用いて各部位をすり潰した。チューブを遠心分離(1,191 × g,30分)後,上清を別のチューブに移し,これを馬鈴薯の成分抽出試料として実験に使用するまで−80℃のディープフリーザー内に保存した。
まず,ELISAプレートの各ウェル(well)に50 mM炭酸-重炭酸緩衝液(pH 9.4)を100 μL/well入れ,そこに測定試料を25 μL/well加え,4℃で一晩静置してwell内に試料中成分をコーティングした。150 mmol/L NaClと0.05% Tween 20を含む10 mmol/L PBS pH 7.4(10 mM PBS-T)200 μL/wellを用いて,室温で3回洗浄した。その後,10 mmol/L PBS pH 7.4にて10倍希釈したBlocking One(×1/10 Blocking One)を200 μL/well入れ,室温で1時間静置してブロッキングを行い,3回洗浄した。10 μg/mLペルオキシダーゼ標識anti-Sold antibodyを100 μL/well添加し2時間静置した。3回洗浄後,1 mg/mL o-PD溶液10 mLに30% H2O2を5 μL滴下した反応液を100 μL/well入れて発色させた。30分後,3 mol/L H2SO4を100 μL/well入れて発色反応を停止させ,490 nmにおける吸光度をiMarkマイクロプレートリーダー(Bio-Rad Laboratories, Inc., USA)で測定した。
2) B-S direct ELISAの構築試料のコーティングと洗浄,続くブロッキングと洗浄までは上記Direct ELISAと同様である。その後,10 μg/mLビオチン標識anti-Sold antibodyを100 μL/well添加し,1時間静置した。3回洗浄後,2 μg/mLペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジンを100 μL/well添加し,1時間静置した。その後,Direct ELISAと同様の発色液を100 μL/well入れ,発色させた。30分後,3 mol/L H2SO4を100 μL/well入れて発色反応を停止させ,490 nmにおける吸光度をiMarkマイクロプレートリーダーで測定した。
試料のコーテイングを除く,全ての工程は室温(22℃)で実施した。また,使用した洗浄液は全て10 mM PBS-Tを用いた。Figure 1にて,Direct ELISA(Figure 1A)とB-S direct ELISA(Figure 1B)の構成の違いを図示した。なお,Direct ELISAにおいても検出感度の向上を目指し,既報14)ではanti-Sold antibody濃度が2 μg/mLであったが,今回は10 μg/mLに増加させている。
In this study, two different ELISAs were constracted. (A) In this method, named “Direct ELISA”, peroxidase-labeled anti-Sold antibody was bound to SO and CHA in the sample. This method has been constracted in a previous paper14). (B) In this method, named “B-S direct ELISA”, biotin-labeled anti-Sold antibody is bound to SO and CHA in the sample, followed by the binding of peroxidase-labeled streptavidin. This method is proposed for the first time in this paper. ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay, SO: α-solanine, CHA: α-chaconine.
検出感度の比較に際して,試料はSO + CHA混合試料原液をbufferで希釈し濃度5 ng/mLとなるように調整した。同一試料(N = 7)を100 μL/wellでELISAプレートの各wellにコーティングし,上記の手順でELISAを実施,吸光度の測定結果を比較した。
2. Direct ELISAとB-S direct ELISAの検量線の比較検量線の比較に際して,SO + CHAの希釈7系列(0.63–40 ng/mL)試料をbufferにて調製した。この試料を100 μL/wellでELISAプレートの各wellにコーティングし,方法1.に記載の手順で5回測定,その平均値(mean)± 標準偏差(SD)をプロットした。さらに,SO + CHA濃度(X軸)と吸光度のmean(Y軸)の相関関係から検量線を作製した。検量線の作製にあたり,その数式とスピアマンの順位相関係数(R-value)は,ソフトウェアKaleidaGraph(株式会社ヒューリンクス:東京)を用いて算出した。
3. Direct ELISAとB-S direct ELISAのserum試料における検出性能の比較Serum試料における検出性能の比較に際して,5 ng/mL SO + CHA試料をserumで希釈して調整した。同一試料(N = 7)を100 μL/wellでELISAプレートの各wellにコーティングし,方法1.に記載の手順でELISAを実施,吸光度の測定結果を比較した。さらに,SO + CHAの希釈7系列(0.63–40 ng/mL)試料をserumにて調製した。これら試料を100 μL/wellでELISAプレートにコーティングし,方法1.に記載の手順で5回測定,mean ± SDをプロットした。さらに,SO + CHA濃度(X軸)と吸光度のmean(Y軸)の相関関係から検量線を作成した。検量線の作成にあたり,その数式とR-valueはKaleidaGraphを用いて算出した。
4. Direct ELISAとB-S direct ELISAのurine試料における検出性能の比較Urine試料についてもSerum試料と同様に検量線を作成した。検量線の作成にあたり,その数式と R-valueはKaleidaGraphを用いて算出した。
5. Direct ELISAとB-S direct ELISAの同時再現性,検出限界,回収率の評価同時再現性の検証に際して,20 ng/mL SO + CHAをbuffer,serumおよびurineで作製した。同一試料を方法1.に記載の手順で同時測定(N = 14)し,各試料における検量線に基づいてSO + CHA濃度を算出した。さらに,SO + CHA濃度のmeanとSDを算出した。また,(SD/mean)×100%の数式から変動係数(CV)を算出した。LODは既報に則り,各試料におけるブランク(溶媒のみ,N = 16)測定値のmean + 3SDの数式から算出した15)。また,回収率(Recovery)の検証に際して,50 ng/mL SO + CHA試料をbuffer,serum,およびurineで希釈し作製した。これを用いて,以下の操作を行った。
①対照試料→試料溶媒(buffer, serum, urine)9容に生理食塩水1容を混合
②添加試料→試料溶媒(buffer, serum, urine)9容に50 ng/mL SO + CHA試料1容を混合
ELISAにて上記試料のSO + CHA濃度を測定し,100 ×(②-①)/添加標準濃度(5 ng/mL)により,Recovery(%)を算出した。
6. Direct ELISAとB-S direct ELISAの相関性の検討相関性の検証に際して,SO + CHA濃度が10,20,30,40 ng/mLの試料をbuffer,serumおよびurineにてそれぞれ調製した。試料は100 μL/wellでELISAプレートにコーティングし,方法1.に記載の手順でELISAを実施した。Direct ELISA(X軸)とB-S direct ELISA(Y軸)における,同一SO + CHA濃度試料(N = 10)の同時測定結果をプロットした(合計N = 40)。直線の数式とR-valueはKaleidaGraphを用いて算出した。
7. Direct ELISAとB-S direct ELISAの交差反応の検討交差反応の検証に際してSO,CHA,ソラニジン,ソラソジン,コレステロールおよびビタミンD3の濃度が5 ng/mLの試料をbufferにてそれぞれ調製した。これら試料を100 μL/wellでELISAプレートにコーティングし,方法1.に記載の手順でELISAを実施した。Direct ELISAとB-S direct ELISAにおける,同一試料(N = 10)のSO + CHA濃度の測定結果を,棒グラフ内にmean ± SDで示した。
8. B-S direct ELISAによる馬鈴薯の成分抽出液のSO + CHA含有量測定馬鈴薯の成分抽出液は材料2.に記載の手法で,tuber(Day 0, 30, 60),peel(Day 0, 30, 60),sprout(Day 30, 60)の各部位から抽出した(各N = 4)。各試料は検量線範囲内の発色反応が得られる程度にbufferで希釈したものを用い,方法1.に記載の手順でELISAを実施した。最終的な測定結果に希釈倍率を乗じて,SO + CHA濃度を測定した。測定結果は,馬鈴薯各部位の重量と抽出液量で補正し,各部位1 gに含まれるSO + CHAの含有量(μg/g)を算出,グラフ内にプロットした。
9. 統計解析測定結果の有意差は,統計解析ソフトウェアEZR(Easy R)version 1.54を用いて,Mann-Whitney U検定にて評価した16)。p値 < 0.05を統計的に有意とした。
Bufferにて調製した5 ng/mL SO + CHAの7試料に対してB-S direct ELISAを施行したところ,視覚的にもDirect ELISAに勝る発色反応が得られた(Figure 2A)。5 ng/mL SO + CHA試料の吸光度測定結果は,Direct ELISAで平均0.140に対し,B-S direct ELISAでは平均0.691となり,約5倍の差が認められた(Figure 2B)。
SO and CHA, each diluted in 10 mM phosphate buffer solution (buffer) from 1 mg/mL to a concentration of 5 ng/mL, were measured for absorbance in two different ELISAs. (A) Chromogenic reactions by Direct ELISA (Lane 1) and B-S direct ELISA (Lane 2) were compared. The sample in the lowest well of each lane was blank (buffer only). (B) The absorbance at 490 nm measurements of the color reaction in (A) were compared in Direct ELISA (white) and B-S direct ELISA (gray). The values are presented as the blank-subtracted absorbance mean ± standard deviation. *p < 0.05. ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay, SO: α-solanine, CHA: α-chaconine, buffer: 10 mM phosphate buffer solution.
Bufferにて調製したSO + CHAの7段階希釈系列(0.63–40 ng/mL)に対して両手法を試みたところ,視覚的にもB-S direct ELISAが,Direct ELISAよりも発色反応が優れていた(Figure 3A)。この吸光度測定結果に基づき両手法とも良好な検量線を描くことが可能で,SO + CHAの検出感度が良好なのはB-S direct ELISAであった(Figure 3B)。
The calibration curves of samples diluted with buffer in two different ELISAs were created. The samples were prepared by diluting 1 mg/mL SO and CHA solution with buffer. (A) The chromogenic reaction of a seven-step buffer dilution series containing SO and CHA at concentrations of 0.64–40 ng/mL was confirmed in Direct ELISA (Lane 1) and B-S direct ELISA (Lane 2). The vertical numbers indicate SO and CHA concentrations, and the horizontal numbers indicate lanes. The sample in the lowest well of each lane was blank (buffer only). (B) Blank-subtracted absorbance mean ± standard deviation values were plotted against SO and CHA concentration in order to construct calibration curves of Direct ELISA (blue) and B-S direct ELISA (Red). In the graph, the x-axis indicates SO and CHA concentration and the y-axis indicates absorbance at 490 nm. ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay, SO: α-solanine, CHA: α-chaconine, buffer: 10 mM phosphate buffer solution.
Serumにて調製した5 ng/mL SO + CHA試料の吸光度測定結果は,Direct ELISAで平均0.20に対し,B-S direct ELISAでは平均0.51となり,約2.5倍の差が認められた(Figure 4A)。Serumにて調製したSO + CHAの7段階希釈系列(0.63–40 ng/mL)に対して両手法を試みたところ,B-S direct ELISAにて強い発色反応を認めたが(Figure 4B),同時にブランク(serumのみ)試料に対する発色も確認された(Figure 4B赤矢印)。この吸光度測定結果に基づき両手法とも検量線を描くことができたが,各SO + CHA濃度における吸光度のばらつきが大きかった(Figure 4C)。
Two ELISAs were used to measure SO and CHA samples diluted in serum. The samples were prepared by diluting 1 mg/mL SO and CHA solution with serum. (A) SO and CHA, each diluted in serum to a concentration of 5 ng/mL, were measured for absorbance at 490 nm in Direct ELISA (white) and B-S direct ELISA (gray). The values are presented as the blank-subtracted absorbance mean ± standard deviation. (B) The chromogenic reaction of a seven-step serum dilution series containing SO and CHA at concentrations of 0.64–40 ng/mL was confirmed in Direct ELISA (Lane 1) and B-S direct ELISA (Lane 2). The vertical numbers indicate SO and CHA concentrations, and the horizontal numbers indicate lanes. The sample in the lowest well of each lane was blank (serum only). A red arrow indicate non-specific coloration. (C) Blank-subtracted absorbance mean ± standard deviation values were plotted against SO and CHA concentration in order to construct calibration curves of Direct ELISA (blue) and B-S direct ELISA (red). In the graph, the x-axis indicates SO and CHA concentration and the y-axis indicates absorbance at 490 nm. ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay, SO: α-solanine, CHA: α-chaconine, serum: commercial serum derived from healthy volunteers.
Urineにて調製した5 ng/mL SO + CHA試料の吸光度測定結果は,Direct ELISAで平均0.082に対し,B-S direct ELISAでは平均0.132となり,約1.6倍の差が認められた(Figure 5A)。Urineにて調製したSO + CHAの7段階希釈系列(0.63–40 ng/mL)に対して両手法を試みたところ,全体的に発色が抑制され,肉眼的には発色の差が乏しかった(Figure 5B)。この吸光度測定結果に基づき検量線を描いたところ,両手法の吸光度差が乏しい傾向にあった(Figure 5C)。
Two ELISAs were used to measure SO and CHA samples diluted in urine. The samples were prepared by diluting 1 mg/mL SO and CHA solution with urine. (A) SO and CHA, each diluted in urine to a concentration of 5 ng/mL, were measured for absorbance at 490 nm in Direct ELISA (white) and B-S direct ELISA (gray). The values are presented as the blank-subtracted absorbance mean ± standard deviation. (B) The chromogenic reaction of a seven-step urine dilution series containing SO and CHA at concentrations of 0.64–40 ng/mL was confirmed in Direct ELISA (Lane 1) and B-S direct ELISA (Lane 2). The vertical numbers indicate SO and CHA concentrations, and the horizontal numbers indicate lanes. The sample in the lowest well of each lane was blank (urine only). (C) Blank-subtracted absorbance mean ± standard deviation values were plotted against SO and CHA concentration in order to construct calibration curves of Direct ELISA (blue) and B-S direct ELISA (red). In the graph, the x-axis indicates SO and CHA concentration and the y-axis indicates absorbance at 490 nm. ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay, SO: α-solanine, CHA: α-chaconine, urine: commercial urine derived from healthy volunteers.
2種類のELISAにて,20 ng/mL SO + CHAの同一試料を14回同時測定しSO + CHA濃度を算出した結果,meanが実際の濃度に近似するのはbuffer試料であり,次いでurine試料であった(Table 1)。Serum試料では実際の濃度からやや遠ざかり,両ELISAともCVが10%を超えた(Table 1)。前述した計算式に基づきLODを算出したところ,urine試料,serum試料,buffer試料の順に検出性能が高かった(Table 1)。添加回収試験の結果,urine試料で90%を下回る回収率,serum試料では105%を上回る回収率をそれぞれ示した(Table 1)。
Direct ELISA | Buffer | Serum | Urine |
---|---|---|---|
Mean (ng/mL) | 21.08 | 22.56 | 18.00 |
SD | 1.84 | 2.67 | 1.94 |
CV (%) | 8.71 | 11.83 | 10.75 |
LOD (ng/mL) | 1.68 | 4.27 | 4.92 |
Recovery (%) | 96.82 | 108.25 | 85.48 |
B-S direct ELISA | Buffer | Serum | Urine |
Mean (ng/mL) | 22.08 | 24.56 | 17.10 |
SD | 1.85 | 3.01 | 1.12 |
CV (%) | 8.38 | 12.26 | 6.57 |
LOD (ng/mL) | 0.32 | 2.08 | 4.88 |
Recovery (%) | 103.54 | 116.28 | 88.29 |
buffer: 10 mM phosphate buffer solution
serum: commercial serum derived from healthy volunteers
urine: commercial urine derived from healthy volunteers
SD: standard deviation
CV: coefficient of variation
LOD: limit of detection
次に,各試料を溶媒に用いた際の,Direct ELISAとB-S direct ELISAにおける測定結果の相関性を検証したところ,buffer,serumおよびurine試料でR-valueはそれぞれ0.967,0.941および0.984であった(Figure 6)。
The correlation between SO and CHA concentrations in two different ELISAs was investigated. The solvent types for SO and CHA are (A) buffer (plots; black circles), (B) serum (plots; black squares), and (C) urine (plots; open circles). Ten samples each with SO and CHA concentrations of 10, 20, 30, and 40 ng/mL (total N = 40) were measured in two ELISAs. The samples were prepared by diluting 1 mg/mL SO and CHA solution with each solvent. In the graphs, the x-axis indicates SO and CHA concentrations by Direct ELISAs and the y-axis indicates SO and CHA concentrations by B-S direct ELISAs. ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay, SO: α-solanine, CHA: α-chaconine, serum: commercial serum derived from healthy volunteers, urine: commercial urine derived from healthy volunteers, buffer: 10 mM phosphate buffer solution.
SOとCHAに共通の化学構造であるソラニジンと,それに構造が類似するソラソジンは,anti-Sold antibodyに結合し,交差反応を示す候補である(Figure 7A)。また,Serum中の成分では,SOやCHAの構造に類似するステロイド骨格を有するコレステロールと,ビタミンD3を交差反応の候補に挙げた(Figure 7A)。化学構造式はPCソフトKetcher ver 2.11(EPAM Systems Inc, USA)を使用し,作製した。これら交差反応の候補物質をbufferにて5 ng/mLに調製し,Direct ELISAとB-S direct ELISAにて吸光度測定したところ,ソラニジンの吸光度が高く,ソラソジンもSOやCHAと同等の吸光度を示した(Figure 7B)。一方,コレステロールはSOやCHAの1/3–1/4程度,ビタミンD3も1/10以下の吸光度であるが交差性を示した(Figure 7B)。
It was confirmed whether substances with similar chemical structures to SO and CHA cross-react in the B-S direct ELISA. The samples were prepared by diluting 1 mg/mL each substance solution with buffer. (A) The chemical structures of the substances for which cross-reactivity was confirmed are depicted. Chemical structure formulas were drawn using PC software Ketcher ver 2.11 (EPAM Systems Inc., USA). (B) The six chemicals (white: α-solanine, gray: α-chaconine, black: solanidine, blue: solasodine, red: cholesterol, green: vitamin D3) listed in (A) were diluted to 5 ng/mL with buffer, and absorbance was measured at 490 nm by Direct ELISA (left six bars) and B-S direct ELISA (right six bars). The values are presented as the blank-subtracted absorbance mean ± standard deviation. ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay, buffer: 10 mM phosphate buffer solution.
馬鈴薯の成分抽出液をB-S direct ELISAで測定したところ,塊茎(Tuber),皮(Peel),芽(Sprout)のいずれの部位からもSO + CHAの含有を確認できた(Figure 8)。部位別では,塊茎よりも皮,皮よりも芽のSO + CHAの含有量が多く,馬鈴薯購入後の時間経過とともに各部位のSO + CHA含有量が高まる傾向が確認された(Figure 8)。
Irish Cobbler potatoes (N = 4 on each day) were used to prepare the extracts of each potato part. The concentrations of SO and CHA in each part extract, based on calibration curves constructed by buffer serial dilutions (Figure 3B), the content was calculated by correcting their weights and the amount of extracted liquid. In each graph, the x-axis indicates the elapsed period since potato purchase in Day 0 (white), 30 (gray), and 60 (black) and the y-axis shows the SO and CHA contents (μg/g) in tuber (A), peel (B), and sprout (C). The horizontal lines indicate the average of the measurements on each day. ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay.
本研究で我々は,B-S direct ELISAを新たに構築し,構築済みであったDirect ELISAとの性能比較を通じて,その有用性を検証した。B-S direct ELISAでは理論上,anti-Sold antibodyに多数のビオチンを標識することが可能であるため,それに結合するペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジンも多量となり,目的物質の検出性能の向上が見込まれた。一方で,具体的にDirect ELISAから何倍程度の感度上昇が見込まれるかは不明であり,それにより有用性の評価も変動する。そのため,試料の溶媒をbuffer,serum,urineと変更させた場合の検出感度の違いに注目した。また,食材検査あるいは食品検査法として応用が可能かを判断するためには,馬鈴薯の成分抽出液を試料とした解析が必要であった。さらに,ELISAに限らず抗体を使用した解析法では交差反応が常に問題となるため,馬鈴薯や生体試料中に含まれる構造類似物質との反応性も検証する必要があった。以上の検証内容から得られた本研究の成果は,臨床検査や食品科学といった学問領域に有益なエビデンスを提供できたと考えている。
同一濃度試料の測定における両ELISAの吸光度差は,希釈液がbufferの場合で最も大きく5倍であり(Figure 2B, 4A, 5A),これがDirect ELISAからB-S direct ELISAに改良した場合の検出性能の差を的確に表していると思われた。一方で,serumやurine試料ではB-S direct ELISAへの改良による感度は,それぞれ2.5倍と1.6倍に向上していたがbufferよりは劣っていた(同上)。これは試料中の成分が測定結果に与える負の影響を示すものである。また,各試料におけるLODで評価しても,Direct ELISAからB-S direct ELISAに変更したことで,buffer試料では5倍の感度向上を認めた一方,serum試料では2倍,urine試料では等倍となり(Table 1),生体試料のうちurine試料に対してはELISAを改良することの大きな優位性は示されていない。加えて,Direct ELISAからB-S direct ELISAへ変更した場合でも,CVやRecoveryの向上を認めず(Table 1),やはり検出感度が唯一の改善点である。検出可能なSOとCHAの濃度範囲内において,Direct ELISAとB-S direct ELISAにおける測定結果の相関性は良好であることから(Figure 6),測定時間や操作の簡便性を優先する際にはDirect ELISAでも問題ないと思われた。Serum試料ではブランク,すなわちSOやCHAを含まない通常のserumにも関わらず,B-S direct ELISAで発色反応を認めており(Figure 4B, Lane 2),これが検出感度の低下,測定結果のばらつきの大きさ,並びに100%を超える回収率の高値に繋がっていると考えた。要因の一つは,やはり交差反応と思われる。少なくとも血清中のコレステロールは本ELISAにおける吸光度の上昇に寄与しており,ビタミンD3も僅かながら影響することが示唆された(Figure 7B)。今回検証したもの以外でも,SOやCHAと類似の化学構造を有するserum内の物質は存在すると思われ,同じ抗体を使用する限り交差反応は避けて通れない問題である。実際,Direct ELISAとB-S direct ELISAで検出感度は異なるものの,いずれにおいても同様に交差反応が確認されており(Figure 7B),やはりELISAの構築方法を変更することで改善するものではないと思われた。この影響をできる限り取り除くためには,ELISA側ではなくserum試料への介入が必要と考える。例えば,serum試料に除タンパク処理を施し,リポ蛋白を取り除くことで,コレステロールも同時に除去できるのではないかと予想する。ただし,除タンパク法も多数の種類が存在し,いずれが今回の検証に適するのかの選定が困難であるため,今回は見送りとなった。今後は,複数の除タンパク方法の性能を検証し,ELISAに適するserum試料の前処理法を突き止めたいと考えている。なお,ソラニジンやソラソジンといった馬鈴薯中の成分と比較すると,血清中の成分であるコレステロールやビタミンD3は,Direct ELISAとB-S direct ELISAとで吸光度にほとんど差がない(Figure 7B)。この原因として,抗体作製に使用した免疫原が,ソラソジンをベースとした人工ペプチドであることが考えられた。やはり,コレステロールやビタミンD3はソラソジンと構造的に異なる部分が多く,これら血清中成分はanti-Sold antibodyとの結合も弱いと予想される。したがって,Direct ELISAとB-S direct ELISAの両法で,コレステロールおよびビタミンD3の交差性が,他成分より低いと思われた。ただし,今回検証したコレステロールとビタミンDの濃度はいずれも5 ng/mL(500 ng/dL)であるが,正常なヒトのserum中における総コレステロール濃度は130–220 mg/dLかつビタミンD濃度は10–80 ng/mL程度である。したがって,本検証では両物質ともserum中よりも極めて低い濃度で検証したことになり,実際の濃度ではさらに大きな影響が懸念される。それにも関わらず,serum試料中のSOとCHAをある程度の正確さで測定できる結果が得られており(Table 1),その原因は不明である。理由として,anti-Sold antibodyがコレステロールやビタミンDよりも優先的にSOやCHAに結合することで,交差反応を示す他物質の影響も限定的である可能性が考えられるが,これは今後の検討課題としたい。他方,urine試料ではむしろ,検証したSO + CHAの全濃度において発色反応の抑制を認め,Direct ELISAに対するB-S direct ELISAの優位性が乏しい結果となっている(Figure 5B, C)。これはurine試料中に多量に含まれる尿素が原因と思われる。尿素はタンパク質変性作用が報告されているため17),ELISAプレートの各wellに吸着した尿素が,後から添加されるanti-Sold antibodyを変性させたと推測する。これが原因となり,使用する抗体自体は同一であるDirect ELISAとB-S direct ELISAにおいて,試料をurineとした場合に回収率が低下し,CVやLODの観点においても有意な性能差が発揮されなかったと思われる。この対策としてはurineから尿素を取り除く前処理が必要になるが,これは非常に困難と予想する。イオン交換クロマトグラフィーを原理とするカラムにurine試料を通すなどして,イオン化している尿素をカラムに吸着させることができれば有効と考えられるので,今後の課題としたい。
食材検査あるいは食品検査法としての有用性についても検証が必要であり,そのために馬鈴薯の各部位に由来する抽出液を試料として,B-S direct ELISAによる測定を実施した。これに関しては既報のDirect ELISAでも感度不足ということはなく測定できている14)。したがって,B-S direct ELISAに変更したことによる優位性はないが,B-S direct ELISAへの改良の結果,馬鈴薯の検査に不具合が生じることも考えられたため,本研究を通じて検証した。基本的な馬鈴薯の性質として,塊茎にはSOとCHAが少なく,古くなり緑色になった皮でその含有量が高まり,さらに芽で最も含有量が多いことが知られている2),3)。本研究において,馬鈴薯におけるSOとCHAの含有性と測定結果に矛盾はなく(Figure 8),概ね正しく測定できているのではないかと推測する。ただし,馬鈴薯に通常含まれるSO + CHAの含有量は0.4–1,000 μg/gと差があるため1),両ELISAにおいて真値が得られているかは不明である。しかし,少なくとも馬鈴薯の検査法として,B-S direct ELISAがDirect ELISAに劣るという結果はなく,大きな問題を認めなかった。また,本研究でB-S direct ELISAがSOおよびCHAと類似の構造を有する,ソラニジンおよびソラソジンに交差反応することがわかった(Figure 7)。ただし,この両物質とも馬鈴薯に含まれる毒成分であるため,SOやCHAと併せて測定されてしまうことは必ずしも欠点ではない。また,馬鈴薯に含まれる毒成分の90%以上がSOとCHAという報告もあるため1),馬鈴薯の検査法としてのELISAの交差反応は,大きな懸念材料にならないと思われた。
他研究者による過去の報告と比較しても,我々のELISAの性能は劣るものではない。1990年代に開発されたモノクローナル抗体を用いたELISAにおいてSOとCHAのLODは70 ng/mLであり12),13),我々のB-S direct ELISAがいずれの試料を用いた場合でも,それに比べ数十倍の検出感度を有している。過去にHPLCで測定した報告は,血清試料で0.3 ng/mLのSOとCHAを検出できたことを示している9)。なお,同報告内の結果では,馬鈴薯食中毒患者の血清中SOのピーク濃度は8 ng/mL,CHAのピークは14 ng/mLということであった9)。このピーク濃度を事実と仮定し,B-S direct ELISAの血清試料におけるLODを比較すると(Table 1),このELISAの患者への適応も可能と思われた。B-S direct ELISAには「測定試料をプレートの各wellに添加して一晩静置する」過程があるため,測定結果が出るまでに1日を要する。そのため緊急性を要する患者へは適応できないが,例えば入院患者のserumを測定し,残存しているSOとCHAの量から重症度の判定や,退院の可否の判断ができることで,医師による診断に貢献すると考えた。あるいは,緊急時でなくとも患者への治療が適切であったかどうかの確認として,治療前後で経時的に採取されたserum中のSOとCHAの濃度変化を測定することも有効と考えた。ただし,いずれの目的においても,前述したように,元々の血清成分が原因の交差反応やばらつきの問題が改善されてからの適応が望ましい。SOとCHAに関するこれまでの分析法のほとんどは西暦2000年以前に報告されたものであり9),12),13),20年以上に渡りこれら2つの毒素の検出法の開発はほとんど行われていないため,本研究の成果は希少である。近年,LC-MSによる馬鈴薯試料の分析が実施されているが11),この分析を行うための機器は高額であり,保有する医療施設は現状少ないと思われる。ELISAに必要な機器類は基本的にマイクロプレートリーダーのみであり,HPLCやMSよりもはるかに安価である。ELISAでは吸光度を測定する前であってもSOとCHA濃度が発色の程度で示されるため,結果を視覚的にも解釈することができる。一方,HPLCやMSの結果の解釈には,ある程度の技術と専門知識が必要であり,習熟する臨床検査技師はまだまだ少ない印象である。
我々が構築したB-S direct ELISAの弱点は,交差性と測定時間の長さに集約されると思われる。交差性に関しては,2種類のポリクローナル抗体を用いたELISAサンドイッチ法を構築することで改善する可能性があるため,今後取り組む予定である。また,時間と資金を要するものの,ポリクローナル抗体の作製に用いたものと同一の免疫原を使用し,モノクローナル抗体の作製に取り組みたいと考えている。さらに,優れた抗体を樹立した場合にはイムノクロマト法の構築にも取り組む予定である。イムノクロマト法が完成すれば数分で結果を得ることができるため,患者の緊急時にも適応が可能となる。また,食品検査や食材検査法における馬鈴薯中のSOとCHAの検出も,イムノクロマト法が最も有用と思われる。とはいえ,我々が構築したB-S direct ELISAも,概ね生体試料ならびに馬鈴薯試料中におけるSOとCHAの濃度を推定できる点で有益である。何より本研究の成果は,SOとCHAの検査法がまだまだ発展可能であることを示した。ここから抗体の標識物質を,例えば蛍光色素に変更するなどで更なる検出感度の向上も期待できる。食中毒の原因となる食材の中でも特に馬鈴薯は広く流通しており,世界レベルでみると自然毒の中で最も検査法の需要が高いかもしれない。したがって,SOおよびCHAの検出法はさらなる発展が望まれ,そのため探究することは重要である。
本研究を通じて構築したB-S direct ELISAは,少なくとも試料がbufferとserumの場合において,先に提案したDirect ELISAを超えるSOとCHAの検出性能を示した。一方で,馬鈴薯中のソラニジンやソラソジン,血清中のコレステロールやビタミンD3などと交差反応を示す点には注意すべきである。交差性や測定時間の長さなどの弱点から医療現場での活用には課題は残るが,試料中のSOとCHAの濃度を推定できる手法として希少かつ有用である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本研究は,厚生労働科学研究費補助金「食品の安全確保推進研究事業」21KA3007の助成を受け実施した。