2024 年 73 巻 3 号 p. 515-523
【目的】当院では深部静脈血栓症(deep vein thrombosis; DVT)による肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism; PTE)を防ぐために,全身麻酔下で施行した手術翌日に下肢静脈超音波検査を施行している。今回この取り組みについて有用性を検討した。【対象】2014年1月1日から2022年12月31日に全身麻酔下で施行した手術全症例の術後下肢静脈超音波検査5,232例を対象とした。【検討項目】対象症例の平均年齢と診療科別検査件数,DVT陽性数と陰性数,血栓の検出部位,中枢型血栓の性状,PTE発症数,経過観察の下肢静脈超音波検査での改善の有無,手術からリハビリテーション開始までの期間の7項目を後ろ向きに調査した。【結果】DVT陽性は1,379例(26%)であり,そのうち中枢型は127例(9%),末梢型DVTは1,252例(91%)であった。中枢型DVTのうち,PTEの診断のために造影CTが施行された中枢型DVT 56例(内,浮遊型血栓は34例)中,44例(内,浮遊型血栓は22例)はPTEを認めなかった。【考察】中枢型DVTを認めないことを確認することによって安全に離床することに繋がり,認めた場合でも早期に発見し対処することができたことでPTEを未然に防ぐことができたと考える。【結論】当院の取り組みが安全な早期離床を可能にし,PTEの予防の一助となっていると考える。
We perform lower extremity ultrasonography on the day after surgery for patients who had surgery under general anesthesia to prevent pulmonary thromboembolism (PTE) due to deep vein thrombosis (DVT). This paper retrospectively examines the usefulness of this approach. The study included 5,232 patients who got the examination between 2014 and 2022. We investigated the following seven items: the average age of the 5,232 patients, the number of tests by clinical department, the number of DVT positive and negative, the detection site of thrombus, properties of thrombus in central DVT, the number of incidences of PTE, whether or not there is any improvement in thrombosis on lower extremity venous ultrasound for follow-up, and the period from surgery to the start of rehabilitation. DVT-positive cases were 26% (1,379/5,232 patients). Central DVTs of the DVT-positive patients were 9% (127/1,379 patients). Most clots detected were peripheral DVT, 91% (1,252/1,379 patients). Floating thrombi with a high risk of acute PTE were 53 patients among the central DVTs. Among patients with central DVT who got contrast-enhanced CT, 44 patients did not have PTE. To examine whether there is any central DVT or nothing can prevent PTE earlier or lead to safe weaning of the patient. Results indicate that confirming the presence, location, and characteristics of DVT by postoperative lower extremity venous ultrasonography is important. The author suggests that the approach of our hospital not only detects thrombi but also enables sate early mobilization and helps prevent PTE.
肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism; PTE)は,肺動脈が血栓塞栓子により閉塞する疾患であり,塞栓の原因となるものの多くは,下肢あるいは骨盤内の静脈に血栓ができる深部静脈血栓症(deep vein thrombosis; DVT)といわれている。下肢の静脈にできる血栓は,超音波による深部静脈血栓症・下肢静脈瘤の標準的評価法に従って検出部位別に血栓中枢端が膝窩静脈より中枢側の場合を中枢型,前脛骨静脈,後脛骨静脈,腓骨静脈,腓腹筋静脈,ひらめ筋静脈である場合を末梢型と分類される1)。PTE重症例の塞栓源は中枢型であり,とくに大腿静脈に多いとされている2)。塞栓子の大きさや患者の心肺予備能によっては突然死をきたす場合もあり,予後は不良である2)。
手術は侵襲によって凝固能を亢進させる上に,入院生活による活動量の低下によって血流がうっ滞することで血栓ができやすくなるためDVTの危険因子と言われている1)。特に全身麻酔下での手術は手術前から手術後にかけて寝たきりの状態を余儀なくされるため血流のうっ滞が起こりやすく,血流のうっ滞によって血栓ができることを予防するために早期離床や早期のリハビリテーション開始が重要であると言われている3)。
当院では術後PTEの予防を目的とした早期離床,早期治療や早期のリハビリテーション開始が可能になるよう,手術翌日に下肢静脈超音波検査にて下肢のDVTの有無や部位,性状を評価している。
今回過去8年間に当院で施行した術後下肢静脈超音波検査について後ろ向きに調査し,当院で行っている術後下肢静脈超音波検査の取り組みの有用性について検討した。
当院では全身麻酔下で手術を施行した患者に対し,休日や祝日も含めた手術翌日に非侵襲的でリアルタイムに血栓の有無や性状が確認可能な超音波検査にて下肢のDVTの有無,部位や性状を評価している。
血栓を認めないことを確認したのち,リハビリテーションを開始している。末梢型血栓を認めた場合には主治医にて抗凝固療法が必要か否かの判断がされ,リハビリテーションを開始している。中枢型血栓を認めた場合は,臨床検査技師が検査後早急に主治医に報告し,医師がPTEの可能性を疑った場合に造影CT検査でPTEの有無を精査し,適応があれば抗凝固療法または下大静脈フィルターの留置を行い,その後リハビリテーションを開始している(Figure 1)。
2014年1月1日から2022年12月31日に全身麻酔下で手術を行った,整形外科,消化器外科,呼吸器外科,泌尿器科,歯科口腔外科,皮膚科の挿管中など早期離床が困難と考えられる症例を除いて全例において,休日や祝日も含めた手術翌日に下肢静脈超音波検査を施行した5,232例を対象とした。今回検討を行っている診療科が当院で全身麻酔下の手術を行っている全ての診療科である。
2. 検討項目検討項目は,①対象症例の平均年齢と診療科別検査件数,②DVTの陽性数と陰性数,③血栓の検出部位,④中枢型血栓の性状,⑤PTE発症数,⑥経過観察の下肢静脈超音波検査での改善の有無,⑦手術からリハビリテーション開始までの期間の7項目で,全て後ろ向きに調査検討した。
3. 下肢静脈超音波検査 1) 使用機器PHILIPS社製「Epiq 7G」,探触子はリニア型12-2(12 MHz),HITACHI社製「LISENDO 880」,探触子はリニア型L12-3(12 MHz)を用いた。
2) 検査方法担当する臨床検査技師は6名で,検査は仰臥位にてBモード法で中枢側から末梢側の静脈(総大腿静脈から膝窩静脈,下腿静脈)を描出し,静脈圧迫法を用いて血栓を検索した。血栓を認めた場合は血栓径を計測し,血栓範囲と性状を記録した。
3) 血栓の評価血栓の検出部位は,超音波による深部静脈血栓症・下肢静脈瘤の標準的評価法1)に従って,血栓中枢端が膝窩静脈より中枢側の場合を中枢型,前脛骨静脈,後脛骨静脈,腓骨静脈,腓腹筋静脈,ひらめ筋静脈である場合を末梢型とした。血栓の性状は当院の基準により,血栓の末梢の部分は静脈の壁に固着し中枢の部分が浮遊しているものを浮遊型とし,血栓の中枢から末梢までが,静脈の近位壁または遠位壁に付着しているものを壁在型と分類した(Figure 2)。
(A, B)浮遊型血栓 中枢の部分が静脈の壁に付着せず,内腔に浮遊(▼)している。
(C, D)壁在型血栓 血栓の中枢から末梢までが,静脈の遠位壁に付着している。
中枢型DVTのうち血栓の経過観察目的で施行された下肢静脈超音波検査において,術後下肢静脈超音波検査と血栓の大きさを比較した。当院の基準を元に,血栓の最大短径や血栓の範囲が明らかに小さくなっている場合を縮小とした。血栓の最大短径や範囲に変化がない場合は変化なしとした。血栓の最大短径や範囲が明らかに大きくなっている場合を増大とした。血栓がなくなっている場合を消失とした。さらにそれぞれの血栓に対する治療としてIVCフィルターの留置または抗凝固療法が行われたかを調査した。
4. PTEの診断中枢型DVTのうち,医師がPTEの可能性を疑った場合に造影CT検査を施行し,PTEの診断は医師によって行われた。
全症例5,232例の平均年齢 ± SDは74 ± 16歳で,男性2,817例,女性2,415例であった。診療科の内訳は,整形外科1,679例(32%),消化器外科1,523例(29%),呼吸器外科1,305例(25%),泌尿器科716例(14%),歯科口腔外科8例(0.2%),皮膚科1例(0.1%)であった。
2. DVTの陽性数と陰性数DVT陽性数と陰性数を示す(Figure 3)。DVT陽性は1,379例(26%),陰性は3,853例(74%)であった。
DVT陽性は1,379例(26%)であり,DVT陽性のうち中枢型DVTが127例(9%)であった。中枢型DVTのうち,浮遊型血栓は53例で,PTEの診断のために造影CTが施行された中枢型DVT 56例中,44例はPTEを認めなかった。
血栓の検出部位を示す(Figure 3)。DVT陽性のうち,中枢型が127例(9%),末梢型が1,252例(91%)であった。中枢型DVTの診療科別内訳は整形外科74例で4.4%(74/1,679例),消化器外科38例で2.5%(38/1,523例),呼吸器外科9例で0.7%(9/1,305例),泌尿器科5例で0.7%(5/716例),歯科1例で12.5%(1/8例)であった。
4. 中枢型血栓の性状中枢型血栓の性状を示す(Figure 3)。浮遊型血栓は53例,壁在型血栓は74例であった。
5. PTE発症数PTEの発症数を示す(Figure 3)。超音波検査にて検出された中枢型DVT 127例のうち,PTEの診断目的として造影CT検査が施行された症例は56例で,性状は超音波検査によって浮遊型血栓が34例,壁在型血栓が22例と判断された。造影CT検査が施行された56例中,PTE発症数は12例で,全て浮遊型血栓であった。詳細をTable 1に示す。12例中8例は総大腿静脈より中枢に血栓が発生していた。壁在型血栓ではPTE発症は認めなかった。PTEを発症しなかった症例は44例で,IVCフィルターの留置と抗凝固療法の併用は18例,抗凝固療法は17例行われており,治療が行われなかった症例は9例であった。死因がPTEと考えられる症例は1例であった。詳細をTable 2の症例⑬に示す。この1例は整形外科で左大腿骨折観血的手術後であった。血栓は右浅大腿静脈から下腿まで等輝度の血栓で閉塞していた。治療は抗凝固療法を行っていた。
年齢 | 診療科 | 術式 | 血栓部位 | 治療 | |
---|---|---|---|---|---|
症例① | 81 | 整形外科 | 左大腿骨折観血的手術 | 右浅大腿静脈~下腿 | 抗凝固療法 |
症例② | 76 | 消化器外科 | 腹腔鏡下右半結腸悪性腫瘍切除術 | 左総大腿静脈 | なし |
症例③ | 83 | 呼吸器外科 | 左上葉肺悪性腫瘍手術 | 両側総大腿静脈 | IVCフィルター留置+抗凝固療法 |
症例④ | 91 | 整形外科 | 右大腿骨折観血的手術 | 右総大腿静脈~大伏在静脈 | IVCフィルター留置+抗凝固療法 |
症例⑤ | 79 | 泌尿器 | 経尿道的前立腺手術 | 左外腸骨静脈~総大腿静脈 | IVCフィルター留置+抗凝固療法 |
症例⑥ | 68 | 消化器外科 | 腹腔鏡下回盲部悪性腫瘍切除術 | 右総大腿静脈 | 抗凝固療法 |
症例⑦ | 81 | 整形外科 | 右大腿骨折観血的手術 | 右浅大腿静脈 | 抗凝固療法 |
症例⑧ | 85 | 消化器外科 | 小腸切除術 | 右総大腿静脈~深大腿静脈 | IVCフィルター留置+抗凝固療法 |
症例⑨ | 85 | 整形外科 | 左大腿骨折観血的手術 | 左総大腿静脈~浅大腿静脈 | IVCフィルター留置+抗凝固療法 |
症例⑩ | 83 | 消化器外科 | 右半結腸切除術 | 右浅大腿静脈~下腿 | 抗凝固療法 |
症例⑪ | 93 | 整形外科 | 右大腿骨折観血的手術 | 左浅大腿静脈 | 抗凝固療法 |
症例⑫ | 87 | 整形外科 | 右股人工骨頭挿入術 | 左総大腿静脈 | IVCフィルター留置+抗凝固療法 |
※症例①はTable 2の症例⑬と同一症例
年齢 | 診療科 | 術式 | 血栓部位 | 血栓性状 | 血栓輝度 | 経過観察 超音波検査 |
PTEの有無 | 治療 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
死亡 | 症例⑬ | 81 | 整形外科 | 左大腿骨折観血的手術 | 右浅大腿静脈 ~下腿 | 浮遊 | 等輝度 | 施行されず | PTEあり | 抗凝固療法 (ワルファリンカリウム) |
増大 | 症例⑭ | 72 | 整形外科 | 左大腿骨折観血的手術 | 左総大腿静脈 | 浮遊 | 等輝度 | 増大 | PTEなし | 抗凝固療法 (フォンダパリヌクスナトリウム) |
症例⑮ | 83 | 整形外科 | 左股人工骨頭挿入術 | 左浅大腿静脈 | 壁在 | 等輝度 | 増大 | 造影CT施行されず | 抗凝固療法 (ワルファリンカリウム) |
|
症例⑯ | 83 | 呼吸器外科 | 左上葉肺悪性腫瘍手術 | 左深大腿静脈 ~総大腿静脈 | 浮遊 | 等輝度 | 増大 | 造影CT施行されず | 抗凝固療法 (ワルファリンカリウム) |
※症例⑬はTable 1の症例①と同一症例
治療別の血栓の改善の有無をグラフに示す(Figure 4)。中枢型DVT 127例中,経過観察の下肢静脈超音波検査を行ったのは90例であった。このうちIVCフィルターの留置と抗凝固療法の併用は23例,抗凝固療法のみは52例,治療を行わなかったものは15例であった。IVCフィルターの留置と抗凝固療法を併用した23例中,血栓の大きさに縮小や消失を認めた症例が18例(78.3%),血栓の大きさに変化を認めなかった症例が5例(21.7%),血栓の大きさが増大した症例は認めなかった。抗凝固療法を行った症例のうち,血栓の大きさに縮小や消失を認めた症例が36例(69.2%),血栓の大きさに変化を認めなかった症例が13例(25.0%),血栓の大きさが増大した症例は3例(5.8%)であった。血栓に対する治療を行わなかった症例のうち,血栓の大きさに縮小や消失を認めた症例が7例(46.7%),血栓の大きさに変化を認めなかった症例が8例(53.3%),血栓の大きさが増大した症例は認めなかった。血栓が増大した3症例の詳細をTable 2の症例⑭から⑯に示す。3例中1例はPTEを認めなかったが,2例は主治医の判断で造影CT検査が施行されておらずPTEの有無は分からなかった。治療は3例とも抗凝固療法が行われていた。血栓は症例⑭は総大腿静脈,症例⑮は浅大腿静脈,症例⑯は深大腿静脈から総大腿静脈に検出されていた。診療科は呼吸器外科が1例,整形外科が2例であった。
血栓の経過観察目的で下肢静脈超音波検査が施行された90例において,血栓の改善の有無を治療別に示す。
血栓を認めなかった症例の手術からリハビリテーション開始までの日数は平均1.3日,中枢型DVTを認めた症例では平均2.1日で,その差は0.8日であった。Table 3に手術からリハビリテーション開始までの流れの一例を示す。症例⑰はDVTを認めなかった症例である。リハビリテーションは手術翌日に開始されていた。症例⑱は中枢型DVTを認め,IVCフィルターの留置と抗凝固療法を行った症例である。リハビリテーションは手術後2日目に開始されていた。症例⑲は中枢型DVTを認め,抗凝固療法のみを行った症例である。リハビリテーションは手術翌日に開始されていた。症例⑳は末梢型DVTを認めた症例である。リハビリテーションは手術翌日に開始されていた。これらは,あくまで一例ではあるため必ずしもこのような流れでリハビリテーションを開始しているのではなく,患者の状態によってリハビリテーション開始が延期される場合もあった。
症例⑰ | 症例⑱ | 症例⑲ | 症例⑳ | ||
---|---|---|---|---|---|
血栓の有無 | DVT(−) | 中枢型DVT(+) | 中枢型DVT(+) | 末梢型DVT(+) | |
治療 | なし | IVCフィルター留置 +抗凝固療法 |
抗凝固療法のみ | 抗凝固療法のみ | |
手術 翌日 |
午前 | 下肢静脈超音波検査施行 | 下肢静脈超音波検査施行 | 下肢静脈超音波検査施行 | |
午後 | リハビリテーション開始 | 造影CT検査 IVCフィルターの留置 |
下肢静脈超音波検査施行 造影CT検査 抗凝固療法開始 リハビリテーション開始 |
抗凝固療法開始 リハビリテーション開始 |
|
手術後2日目 | 抗凝固療法開始 リハビリテーション開始 |
今回の検討では,術後下肢静脈超音波検査を行った全5,232例中,DVT陽性は1,379例(26%)であった。既報でのDVT発生頻度は,本邦において一般外科手術におけるDVTの発生頻度は開腹手術で15.8%,悪性疾患症例では19.7%である3)。また,整形外科手術後の報告では人工股関節全置換術や人工膝関節全置換術及び股関節骨折手術後に診断されたDVTの発生頻度は,30~50%である3)。本邦において診療科別や術式別でないDVTの発生頻度の報告は少なく,当院の結果と単純に比較はできないが,先に述べた一般外科手術や整形外科手術後のDVTの発生頻度の報告とほぼ同程度の血栓が検出されていることが分かった。
当院での診療科別の中枢型DVT陽性率は,整形外科が他の診療科に比べて高かった。既報では整形外科は一般外科手術に比較してDVTの発生率が高いと報告されている3)ため,当院でも同様の結果となった。
今回検出された中枢型DVTのうち53例(42%)に,新鮮な血栓が塞栓子として肺動脈を閉塞する病態である急性PTEのリスクが高い浮遊型血栓を認めた。既報では下肢静脈の超音波検査で浮遊血栓と診断した時点で,すでに36~60%の症例にPTEを合併していると報告されている4),5)。今回の検討は後ろ向きであることから,手術後にDVTが検出された全ての患者で造影CTが施行されているわけではないためDVTとPTEとの関連性の検討が不十分であるが,今回の検討では浮遊型血栓53例のうちPTEを発症した割合は23%(12/53)と既報より低かった。さらに本邦においては,PTEが発症した場合の死亡率は14%であるとの報告から3),今回の検討ではPTEが発症した12例中死亡は1例(8.3%)であったことから既報より死亡率も低かった。急性PTEは致死的疾患であるため疑った場合はできるだけ早く診断をする必要がある。手術翌日という早期に浮遊型血栓を検出することでPTEを未然に防ぐことや,PTEを発症してしまっても死亡を防ぐことに繋がったと考える。また,検出された血栓の大部分は急性PTEの重症化リスクの低い末梢型DVTであった。中枢型DVTを認めないことを確認することで安全に離床することが可能になり,さらに早期離床を行うことが可能になるため新たに血栓が発生することを防ぐことに繋がったと考える。
急性PTEにおける自覚症状は呼吸困難や胸痛,発熱や失神であり特異的な症状はないが,診断の手がかりとして症状の理解は重要である6)~9)。今回は後ろ向き調査のため,PTEを認めた12例中,電子カルテ上に症状の記載がなかった症例が9例であった。症状の有無が分からない症例が多い中で,無症状であったことが分かった症例が1例存在した。無症状で発見が困難であり,重篤な症状が出る前にPTEを診断できたことは手術翌日という,より早期に検査を施行していることが一因と考える。しかし,早期に検査を行っているにも関わらずPTEが発症し死亡に至った症例も1例存在した。この症例は整形外科で左大腿骨観血的手術後であった。血栓は右浅大腿静脈から下腿まで等輝度の血栓で閉塞していたが血栓による血管の拡大は認められなかった。血栓の大きさは小さいこと,抗凝固療法が可能であったためIVCフィルターの留置はされなかった。手術後4日後に急変し逝去された。この1例は手術前の下肢静脈超音波検査を行っておらず,血栓は手術前から存在していた可能性も考えられることから手術前の下肢静脈超音波検査も重要と考えられる。また,この1例はDVT予防を目的として弾性ストッキング装着と間欠的空気圧迫法を行っていた記録は確認できなかった。現在当院では重度の動脈血行障害や重症心不全など禁忌の場合を除いて全例において手術前から弾性ストッキング装着と間欠的空気圧迫法を行っているが,DVTの予防の重要性を再認識した。
今回の検討では,経過観察での下肢静脈超音波検査を施行した中枢型DVT 90例において,抗凝固療法が52例と最も多く行われていた。血栓の縮小や消失を認めた割合が最も高かったものはIVCフィルターの留置と抗凝固療法の併用であった。IVCフィルターの留置を行ったことでPTE発症の可能性が低くなるため,積極的な離床や運動が可能になったことが一因と考えられる。血栓が増大した3症例は全て抗凝固療法での治療を行っており,3例中2例はワルファリンカリウムを使用していた。今回の検討では抗凝固療法でも血栓の縮小や消失を認めた症例が36例(69.2%)と多かったが,3例のように増大した症例も認められた。血栓の治療に用いられることの多いワルファリンカリウムは薬や食べ物の影響を受けやすく,適切なコントロールが必要である10)。そこで血栓の状態を非侵襲的な超音波検査で確認することで,治療効果判定の一助になるため経過観察目的で下肢静脈超音波検査を施行することは重要である。
手術後はできるだけ早期に離床を行うことが重要である。当院では全科において手術翌日に下肢静脈超音波検査を施行したのち離床やリハビリテーションが開始されるため,早期離床やリハビリテーションを可能にするためには早期の下肢静脈超音波検査が必要である。今回の検討では手術翌日に下肢静脈超音波検査を施行することで,血栓を認めなかった症例で手術翌日という最短でのリハビリテーション開始が可能になっている。
「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン」には,DVTの急性期には歩行などの運動により血栓を遊離させてPTEを生じるという危惧があるため,歴史的にベッド上安静が行われてきたが,IVCフィルターの留置や抗凝固療法を施行していれば,早期に運動を行っても新たなPTEの発症は増加せず,DVTの血栓伸展は減少したと記載されており2),DVT陽性であっても早期に離床やリハビリテーションを行うことは重要である。また,米国でのVTEにおける臨床実践ガイドラインでの離床基準は,IVCフィルターを留置した場合は留置後すぐ,抗凝固療法を行った場合は薬の種類によって異なるが3時間から48時間後と示されている11)。今回の検討ではDVT陽性症例では治療を要する手術からリハビリテーション開始までの期間がDVTを認めなかった症例より0.8日長く平均2日(48時間)程度であったことから,離床基準と同等の期間でのリハビリテーション開始が可能になっている。当院での休日や祝日でも術後下肢静脈超音波検査の対応を行っている取り組みが,今回の検討でのPTE発症数や死亡率の低さに貢献できていると考える。
術後下肢静脈超音波検査でDVTの有無や部位,性状を確認することは重要である。さらに全身麻酔下で施行した手術翌日に,下肢静脈超音波検査を施行しているという当院の取り組みが血栓を検出することだけでなく安全な早期離床を可能にし,PTEの予防の一助となっていると考える。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。