医学検査
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技術論文
フラッシュグルコースモニタリングシステムを用いた間質液グルコース濃度計測時における上腕の左右差
阿部 拓也佐々木 一真川村 宏樹渡邊 博昭藤井 豊
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2025 年 74 巻 1 号 p. 88-93

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Abstract

糖尿病管理は,安全で利便性の高い糖尿病治療薬の登場とともに大きな進歩を遂げている。効果的な血糖コントロールには継続的なグルコースモニタリングが不可欠であり,Freestyle Libre Pro®(Libre Pro)をはじめとするフラッシュグルコースモニタリングシステムは低侵襲的かつ継続的なモニタリング機能を有している。しかし,解剖学的部位間,特に左右上腕の間質液グルコース濃度の不一致については,まだ十分に研究されていない。本研究は,Libre Proを用いて左右の上腕の間質液グルコース濃度を比較することを目的とした。成人男性(n = 5)を対象に,体組成および上腕筋面積を測定し,両腕において同時に間質液グルコース濃度を14日間モニタリングすることで左右差を解析した。その結果,間質液グルコース濃度は左右の上腕で有意差が認められ,モニタリング期間を通し,利き腕の方が低濃度であった。これらの結果は,糖尿病治療戦略を最適化するためのさらなる研究の必要性を強調するものである。本研究で観察された間質液グルコース濃度計測時における上腕の左右差は,グルコースモニタリングと糖尿病管理における解剖学的考察の重要性を強調するものである。

Translated Abstract

Diabetes management has made great strides with the advent of safe and convenient diabetes medications. Continuous glucose monitoring is essential for effective glycemic control, and flash glucose monitoring systems (FGMS) such as the Freestyle Libre Pro® (Libre Pro) provide minimally invasive and continuous monitoring capabilities. However, discrepancies in interstitial fluid glucose concentrations between anatomic sites, particularly in the bilateral upper arms, have not yet been fully investigated. The purpose of this study was to compare bilateral upper arm interstitial fluid glucose concentrations using Libre Pro. 14 days of bilateral arm interstitial fluid glucose concentrations were monitored in male subjects aged 20 to 30 years. Differences in bilateral upper arm glucose concentrations were analyzed. Significant differences in interstitial fluid glucose concentrations were observed between the bilateral upper arms, with the dominant arm having lower concentrations. Diurnal variations in glucose concentrations were observed, with lower concentrations at night than during the day. Differences in interstitial fluid glucose concentrations between the bilateral upper arms suggest the possibility of influencing monitoring accuracy and treatment decisions. These results emphasize the need for further research to optimize diabetes treatment strategies. The bilateral brachial differences in interstitial fluid glucose concentrations observed in this study emphasize the importance of anatomic considerations in glucose monitoring and diabetes management.

I  背景

糖尿病治療は,世界規模での患者数の増加を背景に,目覚ましい進歩を遂げている。エビデンスを伴った食事療法および運動療法の効果が示され,薬剤においても次々に安全・利便性の高い糖尿病薬の開発が進められている1)~3)。さらに,糖尿病病態の管理には,血糖値コントロールが重要とされている。一般的には,グルコースモニタリング機器として自己血糖測定器(self monitoring of blood glucose; SMBG)を用いた簡易血糖値測定が用いられているが,近年,血糖値と相関する間質液中グルコース濃度の連続的な変動を捉えることができるフラッシュグルコースモニタリングシステム(flash glucose monitoring system; FGMS)が開発され積極的に使用されている。その中でもAbbott社より2017年に発売となったFreestyle Libre Pro®(以下,Libre Pro)は,FGMSの中でも比較的安価であり,上腕に装着されたセンサーにReaderをかざすだけで間質液中グルコース濃度を測定できるため,医療従事者が糖尿病の治療方針を決定する際に多く用いられている4),5)。Libre Proの測定原理としては,センサーにカテーテルが付属しており,皮下に留置することで,グルコースオキシダーゼとwired enzymeと称される酸化還元メディエータ(オスミウム複合体)を用いて血中グルコース濃度に比例する間質液中のグルコース濃度を測定する。具体的には,グルコースが代謝される際の酸化還元による電子の移動を捉えることで,血糖値と相関する6)皮下間質液中のグルコース濃度を1分ごとに測定をし,15分毎の代表値を記録し,最大14日分(1,340回)のデータをセンサー内に保存する。医療従事者は,装着されたセンサーに適宜Readerをかざすことでデータを読み取り,専用のアプリケーションで解析を行うことで簡便に14日間の血糖変動を捉えることができる。Libre Proの模式図をFigure 1に示す。

Figure 1  FreeStyle Libre Pro®の模式図

これまでにLibre Proは従来の糖尿病診療だけでなく,肥満手術後や妊娠中の血糖コントロールや健常成人アスリートの運動による血糖変動評価7),8),さらに新型コロナウイルスパンデミック中の糖尿病患者に対する診療においても有用性を示す報告がある9)‍~11)

Libre Proのセンサー装着については,利き手ではない上腕後側への装着が第一選択となっている。また,第一選択の上腕に外傷がある場合や治療のためにセンサーを装着できない場合などでは,利き手に装着される。しかしながら,利き手と反対の上腕では骨格筋量の左右差があり,ヒトや実験動物を用いた基礎研究では骨格筋量の左右差に伴う間質液量の左右差が報告されている12),13)。よって上腕における間質液量の左右差により,測定されるグルコース濃度に左右差が出現する可能性がある。Libre Proは自己血糖測定器を代替するものではなく,血糖値トレンドを推定する目的で使用されるが,間質液量の左右差により,グルコース濃度が過大または過小評価されることで,糖尿病の治療方針の決定の弊害の一因になる可能性がある。これらの背景から,本研究では,Libre Proによる間質液中のグルコース濃度の左右差に焦点を当て研究した。

II  対象・方法

1. 対象

本研究は,新潟医療福祉大学の倫理委員会の承認(No. 19271-240514)を得ており,すべての手順はインフォームドコンセントに基づいており,International Diabetes Federationのガイドラインに準拠して行った。対象は年に1度の健康診断にて空腹時血糖値110 mg/dL以下およびHbA1c 6.2%以下の健常成人男性(n = 5)とした。

2. フラッシュグルコースモニタリングシステム(flash glucose monitoring system; FGMS)

FGMSとしてFreestyle Libre Pro®(Abbott社)を使用した。装着部位は左右の上腕背部とした。装着部位をアルコール綿で拭き,乾いた後,付属のセンサーアプリケーターを用い装着した。センサーの装着期間は14日間とし,専用のReaderをかざすことで,間質液中のグルコース濃度のデータを取得した。センサー装着期間中は日常通りの生活および食事とし,過度な運動や過度な食事は制限した。

3. 実験デザイン

被検者の体重,体脂肪率,基礎代謝,骨格筋量,骨格筋率,皮下脂肪率,BMIを体重体組成計(OMRON社Karada Scan 703T)を用いて計測した。体重体組成計による分析は,四極の生体電気インピーダンス(bioelectrical impedance analysis)の原理を応用した方法で行った。5 kHzの周波数で500 μAの電流を流し,全身をスキャンして局所的な体組成を算出する。年齢,性別,身長を入力した後,被検者は装置の上に立つことで分析が実行される14),15)。加えて,被検者の上腕三頭筋部皮下脂肪厚をキャリパー法を用いて測定し,上腕筋面積(arm muscle area; AMA)は上腕周囲長・上腕三頭筋部皮下脂肪厚による上腕筋面積推定式[AMA(cm2)=(上腕周囲長(cm)-(0.314 × 上腕三頭筋部皮下脂肪厚(mm))2/4π]により算出した16)。Libre Proを14日間装着後,左右上腕の間質液中のグルコース濃度を計測した。計測データ取得後,日中の時間帯を9:00–20:59,夜間の時間帯を21:00–8:59とし,日中と夜間での左右上腕の間質液中のグルコース濃度を比較した。

4. 統計解析

すべてのデータは平均値 ± 標準誤差で表した。グループ間の比較は,対応のない一元配置分析Bonferroni検定によって行った。すべての統計解析は,IBM SPSS Statistics 27(IBM SPSS)を用いて行った。有意性はp < 0.05を有意差ありとした。

III  結果

被検者の身体的特徴をTable 1に示す。被検者の平均BMIは20.7 ± 0.5であり,標準体型であった。また,被検者は全員右利きであり,上腕周囲長は右上腕で29.0 ± 0.3 cm,左上腕で28.3 ± 0.3 cmであった。

Table 1 被検者の身体的特徴

年齢 体重(kg) BMI 骨格筋量(kg) 骨格筋率(%) 両腕骨格筋率(%) 体脂肪率(%) 皮下脂肪率(%) 基礎代謝(kcal)
mean ± SE 27.4 ± 4.6 56.8 ± 1.7 20.7 ± 0.5 46.5 ± 0.2 33.8 ± 0.4 40.1 ± 0.4 16.8 ± 1.7 18.7 ± 1.1 1,374.5 ± 36.1

被検者5人の左右の上腕筋面積の比較をFigure 2に示す。右上腕筋面積は672 cm2,左上腕面積は613 cm2であり,右上腕が有意に高値を示した。

Figure 2  左右の上腕筋面積

被検者5人の左右上腕における間質液中グルコース濃度の変動をFigure 3に示す。研究期間中,右上腕での測定値は88 ± 12 mg/dL,左上腕での測定値は99 ± 10 mg/dLであり,右上腕が有意に低値であった(p < 0.001)。

Figure 3  左右上腕における間質液中グルコース濃度の変動(14日間)

被検者5人の日中および夜間における左右上腕の間質液中グルコース濃度の変動をFigure 4,日中および夜間における左右上腕の間質液中グルコース濃度の比較をFigure 5に示す。夜間は日中と比較しグルコース濃度は低値であった。左上腕と比較し,利き手である右上腕では日中,夜間いずれも有意に低値であった。

Figure 4  左右上腕における間質液中グルコース濃度の変動(日中vs夜間)
Figure 5  左右上腕における間質液中グルコース濃度(右上腕vs左上腕)

IV  考察

今回,上腕の骨格筋量や間質液量による間質液中のグルコース濃度の左右差に着目し,被検者全例で左右の上腕において同時に14日間の間質液中のグルコース濃度の持続測定をし,左右上腕の間質液グルコース濃度を比較した。

本研究により,14日間の左右上腕における間質液中のグルコース濃度の変動を捉えることで,日中と夜間における左右上腕の間質液中のグルコース濃度差が観察され,解剖学的部位間での骨格筋量などの局所的要因がグルコース動態に影響を及ぼす可能性が示唆された。特に,利き手にセンサーを装着した場合,センサー装着の第一選択とされる利き手ではない上腕と比較し,1割以上の有意な低グルコース濃度を認めた。本研究の結果は,間質液量の差が骨格筋量に影響することを示した多くの実験動物を用いた基礎研究を支持するものであり11)~13),左右の上腕筋面積を比較することで説明できる。骨格筋量および脂肪組織の増加は毛細管透過性の促進により,血漿中の溶質が間質中に放出される。また,間質腔,血漿量,細胞量は血清アルブミンやその他のタンパク質,電解質など,いくつかの溶質の分布容積を構成している。骨格筋量の増加は間質-細胞間で溶質が循環するため,間質腔の拡大は成分濃度を低下させる13)。さらに,被検者の左右の上腕面積を比較すると,利き手である右上腕筋面積が有意に高値を示したことにより,利き手での有意な低グルコース濃度推移の理由を裏付けた。

本研究において14日間にわたって間質液中のグルコース濃度を連続的にモニターしたことでグルコース動態を包括的に評価することができ,左右上腕における間質液中のグルコース濃度の日内変動が明らかになった。Figure 3およびFigure 4より,左右上腕における14日間の間質液中グルコース濃度連続測定において,一部のタイミング(日中は7日目と14日目,夜間は6日目)を除き,統計学的に有意な左右差を認め,有意差を認めなかった時間帯においても同様に利き手では利き手ではないグルコース濃度より低値で推移した。また,夜間は左右ともに低グルコース濃度で推移しており,早朝にかけて高グルコース濃度に推移した。これは,血糖関連ホルモンの分泌量や耐糖能の変動によるグルコース日内リズムによる報告と一致した結果である。健常人におけるインスリン分泌は,睡眠前または睡眠中よりも起床時に多くなる17)。また,小動物を用いた基礎研究ではグルコース代謝に対する成長ホルモン(growth hormone; GH)の影響も知られており,GHは肝臓でのinsulin-like growth factor 1(IGF-1)の産生を刺激し,ソマトスタチン放出を促進し,視床下部からのGH放出ホルモンの放出を阻害することでGH分泌を阻害する18)。結果として,IGF-1は,血糖値を低下させ,前述のインスリンによる血糖低下効果と重複する機能を持っている。加えて,耐糖能の日内変動は起床時にピークに達し,睡眠中に最低値に達することが知られている19)。これは体内時計の指標である視交叉上核が関与しており,身体活動の開始に向けて組織における耐糖能が向上する。本研究において,夜間は左右の上腕ともに低グルコース濃度に推移しており,早朝にかけて高グルコース濃度に推移した一方で,左右差の変動幅は日中と夜間で差異は認めなかった。このことから,間質液中のグルコース濃度の上腕における左右差は身体活動量に依存しない静的な要因であり,本研究の結果から骨格筋量の左右差であることが証明された。

本研究の新たな知見であるセンサー装着部位におけるグルコース濃度の左右差の存在は,糖尿病における治療戦略において,解剖学的変動を考慮することの重要性を強調するものである。一方で,本研究にはいくつかの制限がある。1つは,被検者全員が右利きであり,本研究で得られた知見を制限する可能性がある。加えて,本研究では若年男性のみを対象としており,より広範な集団への本研究結果の適用性を評価するためにはさらなる研究が必要である。さらに,Libre ProをはじめFGMSは非侵襲的で簡便なグルコースモニタリング方法であるが,従来のSMBGによる血糖値測定と比較し,精度に限界がある可能性がある。よって,上腕の間質液中のグルコース濃度の左右差とSMBGにより実測した血糖値との関係は今後の研究課題である。

V  結語

本研究は,FGMSを用いた左右上腕の間質液グルコース濃度の比較分析を行った。その結果,センサー装着における解剖学的部位の差異により,測定される間質液中のグルコース濃度に左右差があること,またこの左右差は骨格筋量の左右差が影響することが証明された。本研究の成果は,糖尿病患者におけるグルコースモニタリングおよび治療戦略において,解剖学的な装着部位を考慮することの重要性を示唆するものである。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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