呼吸機能検査機器の精度管理は,較正器による測定値が定められた許容範囲内にあるかを確認することで行われる。われわれは,従来の測定値のみを管理指標とした精度管理に加えて,ストローク波形の観察が機器の異常の発見に有効であることを示す。精度管理手順は3L較正器でストロークを5回行い,測定値が許容範囲内かどうかを確認することに加え,最大呼気位・吸気位の波形の変動の有無を確認した。[事例1]測定値が許容範囲内であったが波形全体が上昇トレンドを示し,蛇管を交換することで正常波形となった。[事例2]測定値が許容範囲内であったが波形全体が上昇トレンドを示し,較正器と蛇管を接続するアダプタを交換したところ正常波形となった。精度管理時に複数回ストロークを行いその波形も確認することで,精度管理値が許容範囲内であっても,測定値には現れないわずかな機器の異常を捉えられる。複数回のストロークとストローク波形の確認は,呼吸機能検査の精度管理上の管理項目として極めて有用である。
Spirometer calibration is verified by confirming whether the measured volume meets the accuracy requirement of ±3% using a 3-L syringe. We demonstrate the effectiveness of observing the waveform on a volume–time spirogram during calibration verification to identify equipment defects. We pushed and pulled the 3-L syringe five times and checked the plateau and repeatability of the positions at full expiration and full inspiration, in addition to the measured volume. For Case 1, the measured volume was within the calibration limit, but the positions at full expiration and full inspiration gradually changed. The abnormality disappeared after the breathing tubes were replaced. For Case 2, the measured volume was also within the calibration limit, but the positions at full expiration and full inspiration gradually changed. The abnormality disappeared after replacing the adapter connecting the breathing tube to the syringe. Pushing and pulling the 3-L syringe for some time and observing the waveform during calibration verification enabled the identification of mild defects in the equipment. These are useful indicators for quality control of pulmonary function tests.
呼吸機能検査機器は測定原理により,気量型と気流型の2種類に分けられる。このうち気量型機器の精度管理では,較正器による気量の実測値が,許容範囲,すなわち期待値の±3%以内(シリンジ誤差0.5%を含む)に収まることとともに,リークがないことも確認するとされている1)。
当院で使用する気量型の機器では,肺活量(vital capacity; VC)の精度管理(quality control; QC)として,3L較正ポンプを1回ストロークして得られる気量のQC値が許容範囲内に収まっているかを確認し,機器外観の目視によりリークがないことを確認する手順であった。しかし,QC値が許容範囲内に収まり外観も異常がなかったにも関わらず,機器を詳しく確認すると蛇管に亀裂が入っていた事例を経験した。その際の波形を見直すと,プラトーになるはずの最大呼気位・吸気位で傾きが生じていた(Figure 1)。
QC値は許容範囲内であるが,通常はプラトーになる最大呼気位・吸気位に傾きが生じている。
この経験から,当院ではVCの精度管理では,QC値に加えて,波形の確認も行うことで機器異常の検知力が向上し,異常を早期に発見できたので報告する。
a)VC透明蛇管。
b)FRC透明蛇管2本。
c)吸収ケース。中にソーダライムが入っており,VC測定の回路とつながっている。
機器は呼吸機能測定装置FUDAC-7,較正器は3L較正ポンプ,蛇管はVC透明蛇管とFRC透明蛇管(いずれも株式会社フクダ産業製)を使用した。VC透明蛇管は毎日,FRC透明蛇管はガスを用いる検査を実施した日の終業時に交換を行い,院内にて洗浄した。FUDAC-7でVC測定回路に接続されているものは,VC透明蛇管1本とFRC透明蛇管2本,ソーダライムが入った吸収ケースである。
2. 精度管理手順(Figure 3)a)手順追加前。QC値(黒)が許容範囲内であることを確認する。
b)手順追加後。ストロークを5回行い,最大呼気位・吸気位(青)がプラトーであること,ストローク波形全体が階段状にトレンドしていないこと,QC値(黒)が許容範囲内であることを確認する。
精度管理には呼吸機能測定装置FUDAC-7付属の精度管理プログラムを用いた。VCの精度管理は,3L較正ポンプを1回ストロークして得られた気量のQC値が許容範囲内であるかを確認した。さらにストローク回数を5回に増やし,波形が最大呼気位・吸気位の通常プラトーになるところで傾きが生じていないか,また波形全体が階段状にトレンドしていないかを確認した。
ストロークの実施回数は,機器に接続されているFRC透明蛇管のうち1本を小さな亀裂が入ったものに替えて検討した。3回,5回,7回,10回のストロークを5名(経験年数0年~8年,中央値3年)が行い,その際のストローク波形と所要時間から適切な回数を決定した。小さな亀裂が入ったFRC透明蛇管1本を検討に使用した。
なお,3L較正ポンプを用いた精度管理以外の始業時点検として,機器・蛇管・吸収剤の外観確認,吸収剤・乾燥剤の量確認,機器の日時確認を行っている。
3. 精度管理異常件数・内容の集計呼吸機能測定装置FUDAC-7 3台分の精度管理の異常検知件数を波形確認手順の追加前後に分けて集計した。集計期間は,追加前の2019年4月1日~2022年3月16日の35.5か月,追加後の2022年4月5日~2023年12月31日の20.9か月とした。なお2022年3月17日~4月4日は精度管理手順の移行期間のため除外した。
精度管理実施時の異常内容・処置内容・是正結果を記録した是正処置記録をもとに,異常検知件数・異常と判定した理由・処置内容を集計した。
異常検知件数は,後述の異常の判定理由をいずれか1つでも満たしていた場合,該当日の精度管理に異常が生じていたとみなし1件とした。
異常の判定理由は,QC値が許容範囲内か否か,最大呼気位・吸気位がプラトーか否か,波形のトレンドの有無の3つの項目でそれぞれどちらに当てはまるか選択し,正常(QC値が許容範囲内,最大呼気位・吸気位がプラトー,波形のトレンドなし)を除く計7パターンに分類した。手順追加前の異常については波形を後方視的に見直して集計した。
異常が改善した是正処置内容は,蛇管の再接続(緩みがないか確認),吸収ケースの差し直し,蛇管の交換,蛇管接続間違いの修正,精度管理操作手技の修正,較正器・アダプタの変更の6つと,蛇管の再接続・吸収ケースの差し直しを両方一緒に行った場合の計7つに分類した。
ストローク回数が3回のとき,QC値は許容範囲内でありストローク波形のトレンドはほとんどみられなかった。ストローク回数を5回に増やしたことで,QC値は許容範囲内であったが,波形の階段状の下降トレンドが明瞭となった。さらに7回,10回と回数を増やすと,QC値は許容範囲外となり下降トレンドの傾向が大きくなったことで,波形の異常はよりわかりやすくなった(Figure 4)。
a)ストローク回数3回時のストローク波形。QC値は3.03 Lであった。
b)ストローク回数5回時のストローク波形。QC値は3.06 Lであった。
c)ストローク回数7回時のストローク波形。QC値は3.11 Lであった。
d)ストローク回数10回時のストローク波形。QC値は3.16 Lであった。
3回,5回,7回,10回のストロークを5名の技師が実施し,所要時間を計測した(Table 1)。ストローク回数が5回のとき,全員の所要時間が60秒を下回っており,7回になると4名が60秒を超えていた。
実施者 | ストローク回数 | 経験年数 | 呼吸機能検査業務担当頻度 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
3回(秒) | 5回(秒) | 7回(秒) | 10回(秒) | |||
① | 29.90 | 44.83 | 60.45 | 85.69 | 3年 | 4日/月 |
② | 30.85 | 48.01 | 68.94 | 78.62 | 7年 | 0.5日/月 |
③ | 35.30 | 51.40 | 71.33 | 88.90 | 0.3年 | 20日/月 |
④ | 34.08 | 57.46 | 80.31 | 98.67 | 8年 | 8日/月 |
⑤ | 25.22 | 39.00 | 51.27 | 70.57 | 1.5年 | 1.5日/月 |
平均値 | 31.07 | 48.14 | 66.46 | 84.49 | ― | ― |
ストローク波形の異常のわかりやすさ,精度管理業務に要する時間を加味し,ストロークは5回行うこととした。
2. 事例 1) 事例1(Figure 5a)QC値は許容範囲内で最大呼気位・吸気位はプラトーであったが,波形全体が上昇トレンドを示していた。蛇管を交換し再測定を行うと,波形のトレンドは解消された。
2) 事例2(Figure 5b)QC値は許容範囲内で最大呼気位・吸気位はプラトーであったが,波形全体が上昇トレンドを示していた。蛇管・吸収ケースの再接続や蛇管の交換後も波形に変化はなかった。そこで,蛇管と較正器を接続するアダプタを交換し再測定を行うと,波形のトレンドは解消された。
VCの精度管理でのQC値の許容範囲は全事例で2.91 L~3.09 Lとしている。
a)事例1。最大呼気位・吸気位はプラトーであったが波形全体が上昇トレンドを示しており,QC値は3.07 Lであった。蛇管を交換して再測定すると,正常波形となりQC値は2.99 Lとなった。
b)事例2。最大呼気位・吸気位はプラトーであったが波形全体が上昇トレンドを示しており,QC値は3.05 Lであった。アダプタを交換して再測定すると,正常波形となりQC値は2.99 Lとなった。
VCの精度管理異常件数は,手順追加前の期間で3件(0.085件/月),手順追加後の期間で51件(2.440件/月)であった。検知頻度は28.9倍に増加した(Table 2, Figure 6)。
QC値 | 最大呼気位・吸気位の波形 | 波形のトレンド | 計(件) | 発生頻度(件/月) | |
---|---|---|---|---|---|
手順追加前 | 許容範囲内 | プラトー | ― | ― | ― |
非プラトー | ― | 1 | 0.028 | ||
許容範囲外 | プラトー | ― | ― | ― | |
非プラトー | ― | 2 | 0.056 | ||
手順追加後 | 許容範囲内 | プラトー | なし | ― | ― |
あり | 47 | 2.249 | |||
非プラトー | なし | 1 | 0.048 | ||
あり | ― | ― | |||
許容範囲外 | プラトー | なし | ― | ― | |
あり | 2 | 0.096 | |||
非プラトー | なし | 1 | 0.048 | ||
あり | ― | ― |
手順追加前の3件はいずれも最大呼気位・吸気位でプラトーが確認できず,そのうち1件はQC値が許容範囲内,2件は許容範囲外であった。
手順追加後では,QC値が許容範囲内だったもののうち,最大呼気位・吸気位がプラトーで波形のトレンドありが47件(2.249件/月),最大呼気位・吸気位が非プラトーで波形のトレンドなしが1件(0.048件/月)であった。一方,QC値が許容範囲外だったもののうち,最大呼気位・吸気位がプラトーで波形のトレンドありが2件(0.096件/月),最大呼気位・吸気位が非プラトーで波形のトレンドなしが1件(0.048件/月)であった。手順追加後に,QC値が許容範囲内の場合の,異常検知件数が大きく増加した。
2) VCの精度管理異常が改善した是正処置内容VCの精度管理異常54件(手順追加前3件,手順追加後51件)のうち,手順追加後で複数の是正処置が記載されており,何によって異常が改善したか分類できない事例が2件あったため,手順追加前3件,手順追加後49件を,異常が改善した処置内容で分類した(Figure 7)。手順追加前は,蛇管接続間違い(接続場所間違い,接続忘れ)の修正が2件(0.056件/月),精度管理操作手技の修正が1件(0.028件/月)であった。手順追加後は,蛇管の再接続(緩みがないか確認)が15件(0.718件/月),蛇管の再接続(緩みがないか確認)・吸収ケースの差し直しが14件(0.670件/月),蛇管の交換が2件(0.096件/月),吸収ケースの差し直しと蛇管接続間違いの修正が各1件(0.048件/月),精度管理操作手技の修正が4件(0.191件/月),較正器・アダプタの変更が12件(0.574件/月)であった。
新たなVC精度管理方法では,従来からのQC値による管理に加え,ストローク回数を5回に増やして,ストローク波形の最大呼気位・吸気位がプラトーであるか,波形全体が階段状にトレンドしていないかの確認を追加した。亀裂などにより回路から空気漏れがある場合,複数回のストロークで階段状に波形がトレンドし,ボリュームの変化が観察されることがある2)。ストロークの実施回数を増やすほど,吸気時と呼気時の漏れ方の差による吸気量と呼気量の差が蓄積されるため,異常が分かりやすくなる一方,精度管理に要する時間も延長することから,必要最低限の回数である5回が妥当と考える。
ストローク波形の観察手順を加えたことで,異常の検出感度が向上し機器異常の早期発見につながったことを示した。事例1では蛇管の交換により波形のトレンドが解消された。是正処置記録には蛇管に亀裂が生じていた等の記載はなかったが,目視では認識できないわずかな亀裂が発生していた場合,患者への使用で徐々に亀裂が拡大していき,測定値に影響を与える可能性がある。蛇管は毎日終業時に洗浄済みのものに交換しているが,翌始業時に行う精度管理で異常を早期に検知できたことで,患者検査への使用を未然に防止することができた。
事例2では,蛇管と較正器を接続するアダプタの交換によって波形のトレンドが解消された。アダプタに目立った外観の変化はなく異常の原因は定かではないが,経年劣化による微小なひび割れに起因した可能性が考えられ,ストローク波形を評価することで異常を検出し得た事例である。
精度管理手順を追加し,従来の手順では見落とされていた異常が検知可能となった結果,精度管理異常の発生件数と検知頻度が増加した。精度管理異常と判定した理由の内訳(Table 2, Figure 6)では,手順追加後,QC値が許容範囲外である異常は3件(0.144件/月)であったのに対し,許容範囲内である異常が48件(2.300件/月)であった。前者はQC値と波形確認のいずれでも発見可能であるが,後者は波形確認によってのみ発見できた異常である。このことから,ストローク波形はQC値よりも機器の異常を鋭敏に検知できることがわかる。
また,波形がトレンドを示す異常が手順追加後49件(2.344件/月)であった。この異常は複数回のストロークで初めて検知できるようになったため,ストローク回数の追加も機器の異常の検知頻度を上昇させた要因である。
本検討では,ストローク時の較正器の停止時間や,較正器の操作速度を検討していない。2秒程度較正器を停止して最大呼気位・吸気位のプラトーを確認したが,空気の漏れがごくわずかな場合,それだけではQC値の変化が観察されず異常を検知できない可能性がある2)。較正器を操作する速度もストローク波形に影響しうる。これらの課題をふまえて,機器の異常検知に最適な精度管理方法をさらに検討していきたい。
VCの精度管理手順を変更したことで,機器の異常を早期に発見できた事例を報告した。精度管理の際にストロークを複数回行い,その波形も確認することで,QC値が許容範囲内であっても機器の異常を捉えられるようになった。複数回のストロークとストローク波形の確認は,精度管理上の項目として極めて有用である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。