2024年7月に発生した血液培養ボトル(バクテック)の供給制限は,本邦の検査体制に大きな影響をもたらした。当センターでは,制限期間中は現在の2セット採取率を維持するべく,1セット目はバクテック,2セット目は代替としてシグナルを使用した(439例)。陽性率は16.2%であり,このうち2セットとも陽性が45.1%,1セット目のみ陽性が42.3%,2セット目のみ陽性が12.7%であった。検出菌種は両者ほぼ同じであったが,陽性までの所要時間は2セット目が遅く,陽性の46.7%が1日以上の遅延であった。血液培養陽性は全例Infection Control Teamが介入しており,汚染と死亡を除く64例について抗菌薬変更の有無をみると,1セット陽性33例中使用抗菌薬を適正に変更したのは13例(39.4%)であった。これに対し,2セット陽性で適正に変更したのは31例中23例(74.2%)と優位に高率であり(p = 0.032),抗菌薬の変更に陽性セット数が判断基準のひとつとして影響していることが示された。従来の静置ボトルの性能は,自動検出機能や抗菌薬吸着機能を有するボトルに比べ限界があるものの,代替としての役割は果たしたと考える。診療の滞りや患者への不都合はあってはならない。今回の非常事態を教訓に,検査室はいかに精度を落とさずに検査室を運営するかを考える機会としたい。
The supply restriction of blood culture bottles (Bactec) that occurred in July 2024 had a significant impact on the testing system in Japan. In our center, in order to maintain the current two-set collection rate during the restriction period, Bactec was used for the first set and Signal was used as a substitute for the second set (439 cases). The positive rate was 16.2%, of which 45.1% were positive for both sets, 42.3% were positive for only the first set, and 12.7% were positive for only the second set. The detected bacterial species were almost the same for both sets, but the time it took to become positive was slower for the second set, with 46.7% being delayed by more than half a day. In all cases with positive blood cultures, the infection control team intervened, and looking at whether or not antibiotics were changed in the 64 cases excluding contamination and death, the antibiotics used were appropriately changed in 13 of the 33 cases with 1 positive set (39.4%). In contrast, in the case of 2 positive sets, the rate was significantly higher at 23 of the 31 cases (74.2%) (p = 0.032), indicating that the number of positive sets has a large impact on the decision to change antibiotics. and antibiotic adsorption functions, we believe that it has played a role as an alternative. We must not allow any interruption in medical treatment or inconvenience to patients. We hope that this emergency will serve as an opportunity to consider how laboratories can operate without compromising on quality.
自然災害や世界情勢などに起因する物流の停滞は,いつの世も避けられない事象である。臨床検査の分野において,代替法がない場合「検査不能」となり,診療に深刻な打撃を与えかねない。2020年はじめにSARS-CoV-2の検査が確立された当時,検査試薬のみならず鼻咽頭から検体を採取するFLOQスワブまで入手困難になったことは記憶に新しい。
2024年,BDバクテック血液培養ボトルの供給制限が世界規模で発生した。本邦では供給量が50%になること,復旧まで3ヶ月程度が見込まれることが,7月3日付で日本ベクトン・ディッキンソン社より広報された。日本臨床微生物学会および日本感染症学会では使用本数を減らすための運用案を発布1),これを受けてバクテック使用施設の多くは症例を選別し,1セット採取や未採取などで対応されたのではないだろうか。
高齢者において敗血症診断の遅れは重大な転帰を招く要因であり,回復し得ても予後不良であることは周知の事実である2)~4)。当センターは高齢者の急性期医療を担う東京城東エリアの基幹病院であり,血液培養ボトルの供給制限に起因する検査抑制が,敗血症診断の精度を低下させることに強い危機感をもった。そのため2セット採取の維持を決め,バクテックの代替品を購入して運用した。この期間の状況を振り返り,改めて2セット採取の必要性を検証した。
検討期間は2024年7月16日から10月14日である。検討対象をFigure 1に示す。この間に血液培養検査が依頼された484例のうち,BDバクテック22F嫌気用レズンボトルP(バクテック嫌気:日本ベクトン・ディッキンソン株式会社:以下,日本BD)とBDバクテック23F好気用レズンボトルP(バクテック好気:日本BD)を1セット目,血液培養用システムシグナル(シグナル:関東化学株式会社)を2セット目として採取された439例を調査対象とした。なお,対象患者群の性別は男性が233名(53.1%),平均年齢は80.3歳(中央値82歳)である。
1セット目はBACTEC FX(日本BD)で振蘯培養し,陽性サインを検出した時点で培養終了,5日目までサインを発しなかった場合を陰性と最終判定した。
2セット目のシグナルは,検査室に届き次第,ただちにグロスシグナルを装着し,35℃で培養を開始した。培養中は1日2回観察し,グロスシグナルに培養液の上昇が見られた場合を陽性とした。また,濁りや菌塊,ガス産生,溶血を認めた場合も内容液をグラム染色し,菌の有無を確認した。培養5日目に全ボトルの内容液をグラム染色し,細菌が認められない場合を陰性と報告した。なお,シグナルはさらに5日(全10日)培養,同様に陰性を確認して最終判定とした(Table 1)。
1st set | 2nd set | |
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Bottles | BD Bactec 22F Anaerobic Bottle P BD Bactec 23F Aerobic Bottle P |
Blood culture system Signal |
Amount of blood | 20 mL(10 mL × 2 bottles) | 10 mL |
Analytical device | BACTEC FX | — |
Culture | 35°C 5 days | 35°C 5 days (extended for 5 days) |
Observation | every 10 minutes | Twice a day (morning/evening) |
Negative result | automatic judgment | Take 10 μL of the liquid and gram stain Same work on the 10th day |
当科では,血液培養陽性時の報告は24時間体制で実施している。バクテック,シグナルとも菌の発育が認められた場合は内容液をグラム染色し,ただちに結果を担当医に連絡している。分離培養は羊血液寒天/チョコレートEx IIおよびドリガルスキー改良培地(いずれも島津ダイアグノスティクス株式会社:以下,SDC)を使用し,必要に応じてブルセラHK寒天培地RS(極東製薬工業株式会社)やクロモアガー・MRSAスクリーニング培地(関東化学株式会社)を追加した。菌種同定は主にライサスS4システム(SDC)を用い,必要に応じて16SrRNA解析を行った。
なお,血液培養検査の稼働指標(1,000患者あたりの採取数・2セット採取率・陽性率)は2021年1月から6ヶ月ごとに算出し,その推移を評価した。
当科における血液培養の実施状況を,Figure 2に3つの稼働指標で示した。1,000患者あたりの採取数は年々増加しており,2セット目を代替した期においても減ることなく30以上であった。2セット採取率は98%以上を維持していた。患者単位の血液培養陽性率は12.1~16.1%を推移し,代替期間は14.1%で変化は認められなかった。
検討期間中の血液培養陽性率とセット別の検出状況をFigure 3に示した。いずれかで菌の発育が認められたのは71例(16.2%)であった。そのうち2セットとも陽性は32例(45.1%),1セット目のみ陽性は30例(42.3%),2セット目のみ陽性は9例(12.7%)であった。
1セット目と2セット目の菌種別検出状況をFigure 4に示した。のべ79菌種(複数菌種検出8例あり)のうち,36菌種(45.6%)で両者の菌種が一致していた。2セット目で検出されなかった菌種はEscherichia coliが8例と最も多く,また連鎖球菌は3例でいずれもStreptococcus dysgalactiaeであった。一方,1セット目で検出されなかったのはCoagulase-negative Staphylococciが4例と最も多く,Staphylococcus capitisおよびStaphylococcus hominisが2例ずつであった。
各セットにおける培養陽性までの所要時間をFigure 5に示した。2セット陽性32例中14例(46.7%)は,2セット目の陽性が1日以上遅かった。
当センターでは,陽性全例についてInfection Control Team(ICT)が介入している。今回の陽性71例のうち明らかな汚染と判定された6例と死亡1例を除く64例について,陽性報告後の抗菌薬の変更状況を1セット陽性と2セット陽性で比較した(Table 2)。1セット陽性33例中,報告後に抗菌薬が変更されたのは13例(39.4%)であった。一方2セット陽性31例中抗菌薬変更は23例(74.2%)であり,2セット陽性の場合に優位であった(p = 0.032)。なお,tazobactam/piperacillin(TAZ/PIPC)からcefmetazole(CMZ),sulbactam/ampicillinからCMZの変更が各4例(いずれもグラム陰性桿菌)と最も多かった(data not shown)。
1 set positive N = 33 |
2 set positive N = 31 |
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Antibiotics changed after positive report | 13 (39.4%) | 23 (74.2%) |
Antibiotics no changed after positive report | 17 (51.5%) | 8 (25.8%) |
Antibiotics no used | 3 (9.1%) | 0 |
血液培養は血流感染症の起炎菌検出において最も信頼性が高い検査である。血液から遺伝子学的に病原体を検出する方法はあるものの一定の増菌時間は必要であり,検査法が進歩した現在でもいかに早く起炎菌を検出するかは大きな課題である。血流感染の診断と治療をより高精度に行うために検出率を高めるさまざまな取り組みがなされており,いわゆる「2セット採取」はそのひとつである。セット数が多くなるほど採血量が増え検出率が上がり,採取部位をかえることによって汚染の判断材料となる5),6)。各医療機関は血流感染検査の稼働指標として2セット採取に取り組み,いまや多くの施設で高い2セット率を維持している。しかし2024年7月に発生した血液培養ボトルバクテックの供給制限(https://www.bdj.co.jp/news/20240704.html)はこれまでの取り組みを阻むものであり,これを導入している施設ではボトルの使用数を半数にせざるを得ない状況となったのではないだろうか。
現在,我々が日常的に使用している血液培養法は,専用のボトルを使用した自動検出装置である7)。ボトルは常時振蘯培養され,菌の増殖によるpHやCO2分圧などの変化を10~15分ごとに読み取り陽性/陰性を自動判定する。一方,従来型の血液培養はボトルを静置培養し,菌の発育を目視で確認する。本邦で入手できる静置型血液培養ボトルはヘモリンパフォーマンスシリーズ(ビオメリュー・ジャパン株式会社)とシグナルである。いずれも最終的な陰性確認にはボトルの内容液を取り出す作業が必要であり,日常業務への負担が大きい。そのため,当科では2セット目のボトルは操作性を考慮してシグナルを選択した。
本検討において,代替ボトル使用期間に2セット率97%以上と陽性率15%前後を維持したことによって,供給制限前とほとんど変わらない状況で感染症診断が実施できたと考える。しかしながら,2セット目に代替したシグナルでは,陽性率の相違や検出時間の遅れといったボトルの性質上避けられない事象が認められた。これについて以下に考察する。なお,1セット目と2セット目の採取部位(動脈/静脈,上肢/鼠径部等)に差はなかった。
1セット目の陽性率87.3%に対し2セット目は57.7%であった。乖離の要因のひとつは,2セット目の採血量が1セット目の半量であったことである。加えて抗菌薬吸着樹脂の有無も大きな要因と考える。バクテックの培養ボトルに含まれるレズン樹脂は血中の抗菌薬を吸着・除去する目的で添加されており,その効果はTAZ/PIPCやmeropenem(MEPM),levofloxacin(LVFX)などで高いことが報告されている8)~10)。採血のタイミングや投与量等は精査していないが,抗菌薬吸着樹脂を含まないボトルの限界である可能性が示唆された11),12)。そのほか振蘯培養の有無も大きな要因と考える13)~15)。細菌の2分裂増殖は振蘯によって酸素や栄養の吸収が促進され,数時間で静置培養の数倍の濃度に至る。1セット目はBACTEC FX機内で常時振蘯培養しており,2セット目(静置培養)における検出の遅れを裏付けている。
本検討では真菌は検出されず,嫌気性菌もBacteroides fragilisとClostridium perfringens(各1例)であったため評価はできないが,シグナルにおける嫌気性菌の検出はバクテックと同等あるいはそれ以上との報告がある16),17)。ボトルによって培地組成やガス分圧が異なるため,菌種毎の発育性の相違に影響している可能性は十分考えられる。
本検討から,陽性セット数が抗菌薬適正使用を提言するICTの判断に影響を与えていることが明らかとなった。当センターは感染症専門医がおらず,2016年頃まで2セット採取率は90%以下であった。微生物検査室の稼働と感染対策室の強化によって,現在は99%前後を維持している。ここに至るまで数年を要したことが,今回2セット採取を維持する動機付けになった。なお,ほとんどの職員が静置ボトルの目視判定の経験がなかったため判定に時間を要し,加えて陰性確認のためのグラム染色の機会が多く作業効率は低下した。
一般に重症感染症では,起炎菌判明まで広域スペクトルの抗菌薬が投与される。しかしながら,検出菌をカバーしている場合でも不必要な経験的投与は患者の予後を悪化させ,さらにはextended-spectrum beta lactamase(ESBL)産生菌やmultidrug-resistant Pseudomonas aeruginosaなど高度耐性菌の発生を助長する18),19)。適正な抗菌薬治療をすすめるために,検査室は「高い検出感度と迅速な陽性報告」に取り組むことが肝要である20),21)。今回使用したシグナルは,製品の特性上,バクテックなど血液培養自動検出システムに及ばない点は多いが,代替としてその機能を果たしたと考えられた。本検討はシグナルの性能評価を目的としていない。非常事態において限りある資源を特定の地域や施設で専有しないために,経験から得た知見を明らかにした。
世界規模で発生した血液培養ボトルの供給制限は,2024年10月をもって終息した。これを教訓に,検査室は学術面や経済面,時流を読み,あらゆる手を尽くして診療の滞りを防ぐ努力が必要である。そして,その選択が正しかったかどうかの検証を重ね,今後に活かしたい。
本研究は,順天堂大学医学部医学系研究等倫理委員会にて承認されている(E23-0287)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。