本研究は,臨床検査技師による寄生虫の虫卵・虫体検査(O&P)の実施状況と分子診断に対する認識を明らかにすることを目的とし,2025年1月30日~3月8日にオンライン調査を実施した。調査には137名が参加し,O&P経験者は65名であった。1か月あたりのO&P検査件数が1件以下と回答した者は87.7%,年間検査件数でも半数近くが同様であり,現場での実施経験が著しく希薄であることが示された。さらに,検査結果の陽性率が「ほとんどない」または「全くない」とする回答が89.2%を占め,経験した寄生虫種も限られていた。一方,分子診断は,形態学的同定が困難な症例における補完手段として期待されるものの,検査性能や費用対効果への評価が重要視されていた。また,経験年数により,検査依頼の少なさや指導体制の不足が技能の習得に影響を及ぼしている現状が浮き彫りとなった。本研究は,O&Pの縮小と分子診断の限定的導入の背景を踏まえ,教育・研修体制の充実や両技術の相補的運用の必要性を示唆するとともに,今後の寄生虫検査体制の改善に向けた基礎資料となり得る。
This study aimed to elucidate the current status of microscopic examinations for ova and parasites (O&P) performed by medical technologists in Japan, as well as to assess their perceptions of molecular diagnostics. An online survey was conducted from January 30 to March 8, 2025. A total of 137 individuals participated, of whom 65 had experience with O&P examinations. Approximately 88% reported performing O&P examinations once a month or less, and nearly half indicated a similar frequency on an annual basis, highlighting a notable lack of practical experience. Furthermore, about 90% of the respondents reported that the positivity rate was either “almost none” or “none at all,” and the range of parasite species they had encountered was limited. Meanwhile, although molecular diagnostics are expected to complement morphological identification in challenging cases, evaluations of test performance and cost-effectiveness were regarded as important. Additionally, the data showed that a low number of test requests and the lack of a structured mentorship system—both seemingly influenced by years of experience—hampered skill acquisition. In light of the declining use of O&P examinations and the limited adoption of molecular diagnostics, this study underscores the need to enhance educational and training programs and to integrate both techniques in a complementary manner. These findings may serve as a foundation for future improvements in parasite diagnostic systems.
顕微鏡による寄生虫卵および虫体検査(ova and parasites examination; O&P)は寄生虫感染症診断におけるゴールドスタンダードである。O&Pは労働集約型の業務であり,結果の解釈に高度なスキルが必要とされているため1),実務経験からの専門的な知識や技術の習得によるスキルの向上が重要と思われるが,日本ではO&Pを実施する機会は減少している可能性がある。感染症法に基づく5類感染症のうち,全数把握が義務付けられているアメーバ症およびジアルジア症は減少傾向であり2),日本海裂頭条虫3)および線虫類4)による症例数も同様とされている。中部圏6県163施設を対象とした2020年の調査5)では,O&Pを実施している125施設のうち,各種検査の依頼件数が過去5年間で30件以下であった施設の割合が,糞便検査86.1%(99/115),赤痢アメーバ検査94.3%(99/105),蟯虫検査98.1%(101/103),条虫検査100%(103/103)に達しており,多くの施設で年間にごくわずかな実務経験しか得られていないことが示唆された。同じく,過去5年間の検出経験において,最も多い擬葉類条虫が23.2%(29/125),赤痢アメーバが12.8%(16/125),蟯虫が11.2%(14/125)と低頻度であったことは,技能継承の面でも懸念される状況である。
一方,海外では分子診断技術の進展により,迅速かつ高感度な寄生虫感染症診断が可能となり,O&Pの役割が相対的に低下しているとの指摘がある6)。実際,糞便検体のスクリーニング用として,複数の寄生虫検出用LDT(laboratory developed tests)パネルがルーチン業務に導入されている報告もある7)。このように,海外におけるO&Pの衰退は,分子診断の普及・発展と密接に関連している。
しかしながら,日本では検査機会の減少に加え,海外のような分子診断の導入はほとんど進んでいない。前述の調査5)においては,遺伝子検査を実施している施設はわずか2.4%(3/125)にとどまっており,東京都衛生検査所精度管理事業報告書8)でも,都内13施設の全てにおいて遺伝子検査の実施は確認されていない。さらに,国立感染症研究所のマニュアル9)にも示されているように,患者検体からの分子診断は「アメーバ赤痢」に限定されている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを契機に,医療施設の核酸増幅検査(nucleic acid amplification test; NAAT)機器の導入が進んだ10)にもかかわらず,2025年3月現在,日本で市販されている寄生虫感染症スクリーニング試薬は限られており,高いコストや体外診断薬未承認の状況からも実用化には課題が残る。
このような背景の中,医療機関における寄生虫検査は,実施頻度の著しい低下により,制度上の意義が形骸化しつつある状況に直面しているが,O&Pの診断的意義は全く揺るがない。日本感染症学会および日本化学療法学会のガイドラインでは,患者からの虫卵,虫体,嚢子の検出が診断の原則とされ11),検出感度の向上を目的に複数の独立した糞便サンプルによる検査が推奨されている12),13)。また,海外では全自動デジタル糞便分析装置の開発14)により,従来のO&Pの課題であった時間的負担や検査者の専門知識への依存などの労働集約性が軽減されつつある。一方,分子診断は高感度・高特異度であるものの,標的設計に依存するため,未知の寄生虫や対象外の病原体の検出には限界がある。したがって,海外渡航者や移民,免疫不全者など,特定のリスク群における寄生虫感染症診断には,O&Pの強みが不可欠である15)。つまり,寄生虫とO&Pの長年の関係に,分子診断という新たな「友達」を加えることで,双方の強みを活かした包括的な診断体系を構築するとともに,技術継承に向けた取り組みも並行して進める必要がある。今後は,新たな技術の導入と従来技術の維持・発展の両面から,診断の効率化と精度向上を目指すことが求められる。これらを踏まえると,施設のみならず,個々の臨床検査技師が持つ寄生虫検査の経験を通じて,実際の状況を把握することも重要であると考えられる。
本研究は,臨床検査技師によるO&Pの実施状況および分子診断に対する認識を調査し,現状と課題を明らかにすることを目的とする。各臨床検査技師のO&Pの業務実績や,分子診断に対する認識,さらには実施上の課題を可視化することで,日本における寄生虫感染症の今後の検査戦略の方向性を示すことができると期待される。
本研究は,2025年1月30日から3月8日に実施した。調査対象は,日本臨床衛生検査技師会(Japanese Association of Medical Technologists; JAMT)会員専用サイトを通じて,奈良県臨床検査技師会遺伝子染色体検査部門の講習会「寄生虫検査における遺伝子解析に現実味はあるのか(行事コード:240019130)」16)に事前申し込みを行ったJAMT会員とした。設問はGoogleフォーム(Google LLC)を用いて作成し,O&P実施者向けの選択式設問と,全回答者を対象とした自由記述(任意)の設問で構成した17)。設問の配付は,都道府県技師会専用サイトを通じて調査対象者へ電子メールで回答用URLを送付し,回答(「回答しない」を含む)を完了後に講習会視聴用URLが表示される方式で実施した。個人情報(メールアドレス,会員番号,氏名)は分析には使用せず,回答者の属性を用いた評価も行わなかった。調査結果は当該講習会で報告し,データは研究データリポジトリ「Zenodo」において,Creative Commons Attribution 4.0 Internationalのライセンスの下で公開している18)。
調査への参加は160名,そのうち137名から回答への同意が得られた。また,O&P経験者は65名であった。調査結果について,O&Pの実状はTable 1に,検出経験がある寄生虫はTable 2に,寄生虫関連分子診断への認識はTable 3に,O&Pの課題と限界(自由回答)はTable 4に示した。
| 全体 | 1~5年 | 6~10年 | 11~20年 | 21~30年 | |
|---|---|---|---|---|---|
| O&Pの経験n = 137 | |||||
| 現在実施している | 14 | 6 | 4 | 3 | 1 |
| 経験がある | 51 | 38 | 9 | 3 | 1 |
| なし | 72 | ||||
| 所属施設n = 65 | |||||
| 医療機関 | 58 | 37 | 13 | 6 | 2 |
| 検査受託会社 | 5 | 5 | 0 | 0 | 0 |
| その他 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| O&P実施頻度(1ヶ月)n = 65 | |||||
| 1検体以下 | 57 | 38 | 11 | 6 | 2 |
| 2検体 | 4 | 3 | 1 | 0 | 0 |
| 5検体 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 10検体 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 |
| 20検体以上 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| O&P実施頻度(1年)n = 65 | |||||
| 1検体以下 | 32 | 22 | 7 | 3 | 0 |
| 2検体 | 8 | 6 | 1 | 1 | 0 |
| 5検体 | 14 | 10 | 2 | 1 | 1 |
| 10検体 | 6 | 2 | 2 | 1 | 1 |
| 20検体以上 | 5 | 4 | 1 | 0 | 0 |
| O&Pの陽性率n = 65 | |||||
| 全くない | 18 | 15 | 2 | 1 | 0 |
| ほとんどない | 40 | 26 | 8 | 4 | 2 |
| 5~10%程度 | 5 | 2 | 2 | 1 | 0 |
| 10~20%程度 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 |
| 30%以上 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| O&P陰性と判定する際の不安感n = 65 | |||||
| ある | 62 | 41 | 13 | 6 | 2 |
| ない | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 |
回答の詳細は,https://doi.org/10.5281/zenodo.14874053を参照
| 全体 | 1~5年 | 6~10年 | 11~20年 | 21~30年 | |
|---|---|---|---|---|---|
| O&Pで検出経験がある寄生虫(複数回答)n = 47 | |||||
| 赤痢アメーバ | 23 | 16 | 5 | 1 | 1 |
| 蟯虫 | 21 | 12 | 5 | 2 | 2 |
| 日本海裂頭条虫 | 17 | 8 | 4 | 4 | 1 |
| マラリア原虫 | 9 | 7 | 0 | 2 | 0 |
| ランブル鞭毛虫 | 8 | 5 | 1 | 2 | 0 |
| 回虫 | 7 | 2 | 3 | 1 | 1 |
| クリプトスポリジウム | 6 | 5 | 0 | 1 | 0 |
| 横川吸虫 | 4 | 2 | 0 | 1 | 1 |
| 鞭虫 | 4 | 2 | 1 | 0 | 1 |
| 糞線虫 | 4 | 3 | 1 | 0 | 0 |
| トリコモナス | 4 | 1 | 3 | 0 | 0 |
| 大腸アメーバ | 3 | 0 | 1 | 2 | 0 |
| 小形条虫 | 2 | 1 | 0 | 1 | 0 |
| 肝蛭 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 |
| 無鉤条虫 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 |
| クドア・セプテンプンクタータ | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 |
| 東洋毛様線虫 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 肝吸虫 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| ウエステルマン肺吸虫 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 日本住血吸虫 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| マンソン住血吸虫 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| ビルハルツ住血吸虫 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| O&Pで検出経験がある寄生虫数n = 47 | |||||
| 1種 | 15 | 12 | 2 | 0 | 1 |
| 2種 | 19 | 10 | 7 | 2 | 0 |
| 3種 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 |
| 4種 | 3 | 1 | 0 | 2 | 0 |
| 5種 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 |
| 6種 | 4 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 7種 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 |
回答の詳細は,https://doi.org/10.5281/zenodo.14874053を参照
| 全体 | 現在実施 | 経験あり | なし | |
|---|---|---|---|---|
| 分子診断の経験n = 137 | ||||
| 用手法の経験がある | 46 | 3 | 15 | 28 |
| 全自動機器のみ | 35 | 5 | 17 | 13 |
| 経験なし | 56 | 6 | 19 | 31 |
| 所属施設での寄生虫分子診断の実施n = 137 | ||||
| してない | 106 | 11 | 42 | 53 |
| 外部に依頼したことがある | 9 | 1 | 3 | 5 |
| してる,したことがある | 2 | 1 | 0 | 1 |
| わからない | 20 | 1 | 6 | 13 |
| 分子診断を実施したい場面(複数回答可)n = 137 | ||||
| 形態学的に同定できない場合 | 106 | 13 | 37 | 56 |
| 検査前確率が高い患者でO&P陰性 | 92 | 13 | 41 | 38 |
| O&P陽性の場合の答え合わせ | 69 | 6 | 29 | 34 |
| 研究(論文・学会発表) | 38 | 2 | 15 | 21 |
| タイピング(疫学解析) | 24 | 2 | 7 | 15 |
| 分子診断実施に当たり重視する・求める事柄(複数回答)n = 137 | ||||
| 検査性能(感度・特異度) | 87 | 10 | 36 | 41 |
| 費用対効果 | 78 | 11 | 30 | 37 |
| 臨床的意義・患者利益 | 75 | 7 | 22 | 46 |
| 適切な保険点数 | 58 | 7 | 25 | 26 |
| 簡便な全自動機器 | 55 | 9 | 22 | 24 |
| 教育と技術 | 53 | 6 | 18 | 29 |
| 検査数・症例数 | 51 | 4 | 18 | 29 |
| 品質管理 | 49 | 6 | 21 | 22 |
| 外部委託 | 22 | 1 | 12 | 9 |
| 研究や疫学の観点 | 21 | 0 | 7 | 14 |
| 他施設の動向 | 16 | 1 | 8 | 7 |
| リソースの拡充 | 10 | 2 | 2 | 6 |
| O&Pの廃止 | 9 | 3 | 2 | 4 |
| 講習会申し込み理由(複数回答)n = 137 | ||||
| 寄生虫分子診断への興味 | 94 | 11 | 41 | 42 |
| オンデマンド配信があるから | 86 | 8 | 32 | 46 |
| 開催案内を見た | 66 | 9 | 21 | 36 |
| なんとなく | 14 | 3 | 3 | 8 |
| 生涯教育の点数稼ぎ(ノルマ) | 13 | 1 | 2 | 10 |
| 仕事のことで悩んでる | 6 | 0 | 4 | 2 |
| 暇だから | 5 | 2 | 1 | 2 |
| べつに | 1 | 1 | 0 | 0 |
回答の詳細は,https://doi.org/10.5281/zenodo.14874053を参照
| 経験年数1~5年 |
|---|
・具体的な依頼がないとほんと厳しい ・ほんの一部しか確認できないことと,残渣物などが多く,見落としがあるのではないかと思っている。 ・検査をする機会がなく,たぶん見ても分からないと思う ・寄生虫検査の経験がある技師がおらず検査数も少ないため,院内で行うのは難しいと感じでいる。陰性と結果を出すのも全く自信がない。院外で検査をせず外注することも考えている。 ・寄生虫がいないと不安,いても不安 ・そもそも陽性に出会わないから,経験が積めない(便虫卵検査はほとんどが栄養士さんの定期健診のものだから)。 ・臨床所見は寄生虫を強く疑っているのに,虫卵・虫体が検出されなくて,臨床から検査の質を疑われた。 ・新しく入ってきた人に教えるのが不安。自分自身の検査も不安。 ・一回の便検体を出すだけで陰性と判断されること(複数回提出が望ましいが…) ・ほとんど見かけることがないので,検出時に判断を躊躇する ・陽性検体を見たことがないため不安 ・経験が少ないので,怪しいのが出たら,近隣の大学に相談します ・指導者不足 ・経験数も少なく年に数件しか出ない中で検査するが,そもそも便検体も鏡検することがないので,どういった細胞や物が出てくるかもそこまで知らないためより難しく感じます。 ・感度が低い&オーダー医が疑っていない場合が多く,事前情報が少ない ・実技実習等に参加したが実際いるものでの鏡検なので実際の検体だとやっぱりほんとに陰性なのか不安なのと,聞くことができる人がいない。 ・経験値 ・陽性コントロールがない中で判別困難 ・サンプル数に限りがあるし,検出した寄生虫を永久保存する方法がしりたい |
| 経験年数6~10年 |
|
・症例数が少なく教科書でしか見たことがない。陽性でも陰性でも不安を感じてしまう。 ・赤痢アメーバのシストが見つけられない ・見落としがある場合がある。教育しにくい。 ・遠心法(浮遊法,沈澱法)をやったことがない ・陽性ならすぐに投薬がされるので緊張する ・めったに陽性が無いため,陰性のときに自信がありません。 |
| 経験年数11~20年 |
・勤務時間は無限ではないため切り上げるタイミングが難しい ・施設内で寄生虫検査を担当する技師によって,寄生虫についての知識の差があり,寄生虫の種類に適した検査方法を実施できず,見逃しの可能性も考えられる。また,医師が寄生虫検査を除外診断として検査依頼することが少ない。 ・とにかく検査依頼件数自体が少ないので熟練する機会が少なかったこと。実際に顕微鏡で観察するのは,たまに参加する「実習を伴う勉強会」のみでした。また,約5年前からは外注化したので全く観察する機会がないこと。ごく稀に臨床医から相談を受けた場合,大学や研究機関に根回しして検体を送付して手配するようにしています。 |
| 経験年数21~30年 |
・検診で依頼が来た場合の検査の進め方 ・経験者が少なくアトラスとにらめっこしながらの検査。 |
回答の詳細は,https://doi.org/10.5281/zenodo.14874053を参照
調査対象となった臨床検査技師の回答によれば,1か月間に実施したO&P件数が1検体以下との回答は87.7%であり,年間検査件数でも半数近くが同様であった。O&Pの陽性率については,「ほとんどない」または「全くない」とする回答が89.2%を占めた。検出経験のある寄生虫は赤痢アメーバ,蟯虫,日本海裂頭条虫などに偏在し,経験した種類が2種以下との回答が72.3%に上った。さらに,O&P陰性判定時に不安を抱えると回答した技師が多数を占めた。
これらの結果は,従来のO&Pが大幅に縮小し,その実施頻度が著しく低い実態を示している。また,陽性率の極端な低さはO&Pの検出力が低下している可能性を示唆する。検出経験が限られ,特定の寄生虫に偏っていることから,幅広い技能の習得や技術の多様性確保に課題があると考えられる。さらに,陰性判定時に不安を抱く技師が多いことは,O&Pの実施頻度低下と密接に関連し,現場での技能継承が困難な状況を浮き彫りにしている。
2. 分子診断への関わりと認識分子診断の導入は依然として限定的であった。臨床検査技師は,形態学的同定が困難な症例や検査前確率の高い患者でO&Pが陰性となった場合に,補完的手段として分子診断を期待していた。一方で,検査性能・費用対効果・臨床的意義が主要な評価軸として重視されていた。「O&Pの廃止」や「リソース拡充」への支持は少数にとどまり,講習会参加理由では寄生虫分子診断への高い関心が多く示された。
この背景には,臨床検査技師がO&Pの意義を十分に理解していること,そしてCOVID-19パンデミックを契機にNAAT機器が導入された現状が影響していると考えられる。SARS-CoV-2検査で得た知見と経験は,細菌の遺伝子型薬剤感受性試験の普及19)と同様に,寄生虫分子診断への応用が可能であり,既存のO&Pと分子診断を相補的に運用することで診断精度と対応速度の向上が期待される。また,分子診断に対する高い関心は,技術習得や研修機会の充実を望む姿勢を示しており,分子診断を組み込んだ検査体制の構築へ発展する可能性を示唆する。
3. O&Pの課題と限界自由記載の回答からは,O&Pに対する臨床検査技師の意識や課題に,経験年数による差異があることが示唆された。経験年数が1~5年の群では,検査依頼件数の少なさや陽性検体に触れる機会の欠如により,検査実施時の不安や判断への自信不足が顕著であった。具体的な依頼や陽性コントロールがないこと,さらに指導者不足などが検査の精度や質に影響していると感じられ,外部委託への依存や他機関への相談に頼るケースも散見された。また,6~10年の群では,症例数の希少性から教科書上の知識に頼らざるを得ず,検査時の不安や見落としのリスクが依然高いと認識されている。一方,11~20年および21~30年の群では,施設内での担当技師間の知識のばらつきが寄生虫の種類に合った検査方法の実施を困難にしており,検査依頼の少なさや実際の検体観察機会の欠如が熟練度向上を妨げていることが示唆された。特に,11~20年群では臨床医からの相談を受けた際に大学や研究機関に検体の送付を依頼する機会があること,21~30年群では長年の経験を持つ検体判断がアトラス等の補助資料に依存して行われる傾向が見受けられた。これらの結果から,経験年数の少ない層では知識や実践経験の不足に起因する検査の不安定さが問題となった。また,熟練者層では業務量の低下や指導体制の不十分さが課題として浮かび上がることが明らかになった。こうした違いは,O&Pの実施環境や教育・研修体制の見直しの必要性を示唆しており,各経験層に応じた支援策の構築が求められる。
4. 今後の展望本研究は講習会の事前申し込み者に限定した調査であり,回答者の経験値に偏りがある可能性は否めない。しかしながら,その結果はO&Pの実施頻度の低さや臨床検査技師の経験の不均一性,不安感を明らかにしており,寄生虫検査の意義や課題を議論するうえで重要な要素になると考えられた。また,分子診断の導入を含む将来的な検査体制の強化や,教育プログラムの設計に向けた議論にも活用できる可能性が示唆された。今の実状を踏まえた具体的な方策としては,各都道府県の臨床検査技師会が主催する講習会を通じて寄生虫関連分子診断の最新知見や操作手順を体系的に共有すること,これらの講習会をオンデマンド形式で配信し,忙しい技師がいつでも視聴できる学習コンテンツとして公開すること,さらに,すでに分子診断を導入している施設の検査手順・コスト・運用上の工夫をデータベース化し,全国の技師会サイトで相互参照できるようにすることなどが挙げられる。また,分子診断を普及させるためには,診療報酬(保険点数)の見直しやLDT適応範囲の拡大など,制度面の再設計が前提条件となる。加えて,陽性検体不足を補う訓練素材の開発や,O&Pと分子診断を統合したプロトコルの策定と並行し,制度改革に向けた学会・関係団体によるエビデンス提示と政策提言が不可欠である。
本研究は寄生虫検査の現状を把握し,今後の検査のあり方をナラティブに分析するための基礎的データの一部となる点で,意義があると言える。奈良県臨床検査技師会では,今後も社会的な課題を的確に捉えてそれに応じた事業を行い,臨床検査の発展に貢献したい。
本研究は,日本国内での寄生虫検査業務に従事する臨床検査技師の実態とその課題を明らかにした。O&Pの縮小と分子診断導入の限定性と,並びに各経験層における技能不足と指導体制の不備が示され,診断精度向上に向けた複数の課題に対応する統合的な対策が求められる。今後は,教育・研修体制の充実と技術の相補的運用が求められる。そうなれば寄生虫とO&Pは分子診断と「友達」になれるかもしれない。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。