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症例報告
高濃度リン脂質によりカルシウムが偽低値を呈した症例の解析
野中 将太朗井上 梨奈福田 香織塚原 涼奥藤 由紀子古川 泰司
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2025 年 74 巻 4 号 p. 772-781

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Abstract

ホスホリパーゼDを用いた酵素法によるカルシウム測定において,偽低値を呈した症例を経験した。反応タイムコースに異常はみられなかったが,希釈再現性が得られなかったことから検討を実施した。患者は胆汁うっ滞がみられており,リン脂質および遊離コレステロールが高値であった。沈殿法によるリポ蛋白X(Lp-X)確認試験により,Lp-Xの存在が示唆された。試薬の測定原理からLp-Xに多く含まれるリン脂質による非特異反応を疑い,リン脂質としてレシチンを用いた再現試験を実施した。その結果,ホスホリパーゼDは発色基質だけでなく,リン脂質にも作用していた。また,リン脂質の共存の影響試験では,リン脂質濃度依存的にカルシウムの測定値が低下した。以上より,高濃度のリン脂質は発色基質と競合することで,ホスホリパーゼD酵素法によるカルシウム測定に負の影響を与えると考えられた。

Translated Abstract

We reported cases of false low values in the enzymatic calcium assay using phospholipase D. There was no abnormality in the reaction time-course, but dilution reproducibility was not obtained. Therefore, we conducted the following study to investigate this issue. The patients had biliary stasis and high levels of phospholipids and free cholesterol. Lipoprotein X (Lp-X) presence was suggested by a confirmation test using the precipitation method. Based on the reagent principle, we suspected a non-specific reaction caused by phospholipids, which are abundant in Lp-X. To test this, lecithin was added to pooled serum or purified water as a source of phospholipids and the reaction were observed. Phospholipase D acted not only on the chromogenic substrates but also on the phospholipids. In the phospholipid coexistence effect test, calcium measurements were decreased in a phospholipid concentration dependent. These results suggest that high concentrations of phospholipids cause false low calcium values in the phospholipase D enzymatic assay due to competition with chromogenic substrates.

I  はじめに

カルシウムは生体内で最も多量に含まれる無機物であり,重要な生理機能を担っている。個体内変動:2.8%ときわめて狭い範囲に調節されており,その測定には高い精確性が求められる1),2)。様々な測定原理のカルシウム測定試薬が上市されており,主流はキレート比色法と酵素法である。キレート比色法は,カルシウムがキレート発色剤と結合して発色することを利用している。酵素法は,カルシウムイオンが酵素を活性化することを利用しており,特異性が高い。当院では,ホスホリパーゼDを用いた酵素法を測定原理とする試薬を使用している。

リポ蛋白X(Lp-X)は胆汁うっ滞等で血漿中に出現する異常なリポ蛋白として知られている。その組成は,リン脂質66%,遊離コレステロール23%,エステル型コレステロール2%,中性脂肪3%,蛋白質6%と他のリポ蛋白とは大きく異なっている3),4)。これまでに,低比重リポ蛋白コレステロール(LDL-C)の直接測定法5),6)や電解質の間接イオン選択電極法6),総蛋白のビウレット法7)において異常反応の原因となることが報告されている。

今回,カルシウム測定において希釈測定により原液測定との乖離がみられ,原液測定において偽低値を呈していると考えられる症例を経験した。解析の結果,その原因がLp-Xであることが示唆されたため報告する。

II  対象および方法

1. 症例

1) 症例1

患者:70歳代,女性。

現病歴:自己免疫性肝炎の増悪により入院となった。入院時の生化学検査所見を示す(Table 1)。ALTにおいてリニアリティ異常アラーム,総ビリルビンにおいて当院独自に設定しているアラームが発生した。反応タイムコースを確認すると,他に総蛋白および高比重リポ蛋白コレステロール(HDL-C)において異常な反応タイムコースを認めた。検査依頼があった全項目を希釈測定すると,ALTおよび総ビリルビンのアラームは解消したが,カルシウムにおいて原液測定値(8.2 mg/dL)と希釈測定値(2倍希釈9.0 mg/dL,3倍希釈9.0 mg/dL)に乖離がみられた。

Table 1 Laboratory data of the case 1

Undiluted 2 fold 3 fold Reference interval (our hospital)
Total protein (g/dL) 5.7 5.0 4.9 6.6–8.1
Albumin (g/dL) 2.5 2.3 2.1 4.1–5.1
Total bilirubin (mg/dL) 9.67** 9.54 9.33 0.40–1.50
Direct bilirubin (mg/dL) 7.19 6.86 6.60 0.03–0.40
Aspartate aminotransferase (U/L) 161 154 147 13–30
Alanine aminotransferase (U/L) 120*** 110 108 7–23
Lactate dehydrogenase (U/L) 356 352 348 124–222
Alkalinephophatase (U/L) 463 454 447 38–113
γ-glutamyltransferase (U/L) 409 400 396 9–32
Leucine aminopeptidase (U/L) 389 388 384 30–70
Cholinesterase (U/L) 125 120 120 201–421
Amylase (U/L) 126 124 117 44–132
Creatine kinase (U/L) 44 44 45 41–153
Creatinine (mg/dL) 1.36 1.28 1.23 0.46–0.79
Urea nitrogen (mg/dL) 45.8 44.4 43.8 8.0–20.0
Uric acid (mg/dL) 5.0 4.8 4.5 2.6–5.5
Sodium (mEq/L) 126 N.D.* N.D.* 138–145
Potassium (mEq/L) 4.0 N.D.* N.D.* 3.6–4.8
Chloride (mEq/L) 88 N.D.* N.D.* 101–108
Calcium (mg/dL) 8.2 9.0 9.0 8.8–10.1
Magnesium (mg/dL) 2.8 2.8 2.6 1.8–2.4
C-reactive protein (mg/dL) 0.93 0.90 0.87 0.01–0.14
Total cholesterol (mg/dL) N.D.* 1,144 1,137 142–220
Triglyceride (mg/dL) 124 120 117 30–150
HDL-cholesterol (mg/dL) 10 17 28 30–103
LDL-cholesterol (mg/dL) 109 106 112 65–140

*N.D.: Not determined. **Proprietary alarm monitoring the first reaction section. ***Linearity alarm.

2) 症例2

患者:40歳代,女性。

現病歴:総胆管結石により通院フォロー中である。受診時の生化学検査所見を示す(Table 2)。症例1とは異なり測定アラームは発生せず,異常な反応タイムコースも認めなかった。しかし,総コレステロールが高値であること,胆汁うっ滞所見がみられていることからカルシウムの希釈測定を実施した。その結果,原液測定8.4 mg/dL,2倍希釈測定値9.0 mg/dLと乖離がみられた。

Table 2 Laboratory data of the case 2

Undiluted 2 fold Reference interval (our hospital)
Total protein (g/dL) 9.0 N.D.* 6.6–8.1
Albumin (g/dL) 2.5 N.D.* 4.1–5.1
Total bilirubin (mg/dL) 7.34 N.D.* 0.40–1.50
Direct bilirubin (mg/dL) 5.12 N.D.* 0.03–0.40
Aspartate aminotransferase (U/L) 121 N.D.* 13–30
Alanine aminotransferase (U/L) 112 N.D.* 7–23
Lactate dehydrogenase (IFCC) (U/L) 157 N.D.* 124–222
Alkalinephophatase (IFCC) (U/L) 558 N.D.* 38–113
γ-glutamyltransferase (U/L) 483 N.D.* 9–32
Cholinesterase (U/L) 166 N.D.* 201–421
Amylase (U/L) 51 N.D.* 44–132
Pancreatic amylase (U/L) 32 N.D.* 16–52
Creatine kinase (U/L) 14 N.D.* 41–153
Creatinine (mg/dL) 0.58 N.D.* 0.46–0.79
Urea nitrogen (mg/dL) 8.0 N.D.* 8.0–20.0
Uric acid (mg/dL) 2.9 N.D.* 2.6–5.5
Sodium (mEq/L) 128 N.D.* 138–145
Potassium (mEq/L) 4.0 N.D.* 3.6–4.8
Chloride (mEq/L) 99 N.D.* 101–108
Calcium (mg/dL) 8.4 9.0 8.8–10.1
C-reactive protein (mg/dL) 2.61 N.D.* 0.01–0.14
Total cholesterol (mg/dL) 866** 1,054 142–220
Triglyceride (mg/dL) 285 279 30–150
HDL-cholesterol (mg/dL) N.D.* 18 30–103
LDL-cholesterol (mg/dL) 143 138 65–140

* N.D.: Not determined. **Range over.

2. 測定機器および試薬

測定試薬は,総蛋白「アクアオート カイノス TP-II試薬(ビウレット法,株式会社カイノス)」,HDL-C「メタボリードHDL-C(選択的抑制法,キヤノンメディカルダイアグノスティックス株式会社)」,カルシウム「アキュラスオートCa II(ホスホリパーゼD酵素法,株式会社シノテスト)」,リン脂質「デタミナーL PL(酵素法,キヤノンメディカルダイアグノスティックス株式会社)」,尿酸「クイックオート ネオ UA II(ウリカーゼ-POD法,株式会社シノテスト)」,その他の項目は特に記載がない限りは当院の日常検査法の試薬を使用した。上記試薬の各添付文書に記載されている試薬成分を示す(Table 3)。

Table 3 Measurement parameters

Techniques Reagent 1 component Reagent 2 component Assay Sample volume (μL) Reagent 1 volume (μL) Reagent 2 volume (μL) Primary wavelength (nm) Reference wavelength (nm) Measurement point 1 Measurement point 2
Total Protein Biuret not mentioned Copper(II) sulfate pentahydrate 2 Point
End
2.5 100 60 546 700 19 38
HDL-C Selective Inhibition N-Ethyl-N-(3-methylphenyl)-N'-succinyl ethylenediamine Cholesterol oxidase,
4-aminoantipyrine
2 Point
End
2.0 100 33 600 700 19 38
Calcium Enzymatic (phospholipase D) Phospholipase D Bis(p-nitrophenyl) phosphoric acid Rate 3.5 80 40 405 660 27 38
Phospholipid Enzymatic Ascorbate Oxidase, Phospholipase D, N-(2-hydroxy-3-sulfopropyl)-3,5-dimethoxyaniline sodium Choline oxidase, Peroxidase,
4-aminoantipyrine
2 Point
End
1.2 114 38 600 700 19 38
Uric Acid Enzymatic N-(2-hydroxy-3-sulfopropyl)-3,5-dimethoxyaniline sodium Uricase,
4-aminoantipyrine
2 Point
End
1.7 80 20 600 700 19 38

測定機器は「LABOSPECT008α(株式会社日立ハイテク)」を使用して,Table 3に示す分析パラメータで測定した。

その他実験用試薬として,12タングスト(VI)りん酸n水和物,塩化マグネシウム六水和物,2-アミノ-2-ヒドロキシメチル-1,3-プロパンジオール,MES,レシチン・卵由来(以上,富士フイルム和光純薬株式会社),エチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム二水和物(ナカライテスク株式会社),塩酸(関東化学株式会社)を使用した。

3. 方法

1) 反応タイムコースの比較

本症例血清,正常な反応を示した正常血清およびLp-X陽性血清の反応タイムコースを比較した。Lp-X陽性血清のタイムコースは,過去にHDL-Cの希釈測定値に乖離がみられたことから測定試薬の製造販売元であるミナリスメディカル株式会社(現キヤノンメディカルダイアグノスティックス株式会社)に精査を依頼し,アガロースゲル電気泳動法によりLp-Xの存在が認められた血清の当時のタイムコースを使用した。

2) Lp-Xの定性-沈殿法

Feiらの方法5)を一部改変して実施した。被検血清100 μLに第1試薬(80 g/Lリンタングステン酸,10 mmol/L EDTA,0.2 mol/L MES Buffer,pH 5.3)100 μLを添加し,室温で10分間静置した。1,500 gで10分間遠心し,上清100 μLを新しい試験管に分取した。上清に第2試薬(20 mmol/L塩化マグネシウム,0.1 mol/L Tris/HCl Buffer,pH 9.0)200 μLを添加し,よく混和した。10分間静置後,試験管を観察し,混濁を認めたものをLp-X陽性とした。

3) 脂質項目,他法でのカルシウムの測定

症例1の凍結保存血清および症例2の新鮮血清を用いて,酵素法によるリン脂質および遊離コレステロール,アガロースゲル電気泳動によるリポ蛋白分画,アルセナゾIII法によるカルシウムの測定を株式会社エスアールエルに依頼した。LABOSPECT008αを用いて,アキュラスオートCa IIで同一の血清を原液および希釈測定した。

4) 共存の影響試験

プール血清にリン脂質濃度が約2,000 mg/dLとなるようにレシチンを乳濁させた。レシチン乳濁プール血清を同一のプール血清で希釈して10段階の希釈系列を作成し,測定用試料とした。各試料をLABOSPECT008αで3重測定した。

5) カルシウム酵素法第1試薬とレシチンの反応性の確認

レシチンを精製水に乳濁させたレシチン乳濁液を試料とし,LABOSPECT008αにおける反応液量の10倍量でアキュラスオートCa IIの第1試薬(以下,Ca-R1)と試験管内で反応させた。Ca-R1 800 μLにレシチン乳濁液35 μLを添加し,37℃で5分静置後,試験管を観察した。対照として,Ca-R1の代わりに生理食塩水を用いたものを同様に観察した。

第1試薬としてCa-R1を用い,第2試薬としてデタミナーL PLの第2試薬(以下,PL-R2),クイックオート ネオ UA IIの第1試薬(以下,UA-R1)またはPL-R2とUA-R1を等量混合した溶液(以下,PL2 + UA1)を用いて,10倍希釈したレシチン乳濁液を試料としてLABOSPECT008αで測定したときの反応タイムコースを観察した。分析パラメータは,試料3.5 μL,第1試薬80 μL,第2試薬38 μL,主波長600 nm,副波長700 nmとした。対照として,同パラメータで精製水を測定した。

6) ホスホリパーゼDに対する基質共存の影響の確認

レシチン乳濁液1容とアキュラスオートCa IIの第2試薬(以下,Ca-R2)9容を混合したもの(以下,レシチン+Ca2)を試料として,測定試薬にデタミナーL PL,測定機器にLABOSPECT008αを用いて測定した。分析パラメータは,試料3.5 μL,第1試薬80 μL,第2試薬38 μLとし,反応タイムコースを観察した。分析波長は,600 nmおよび405 nmとした。対照として,同パラメータでレシチン乳濁液とCa-R2にそれぞれの代わりに精製水を同比率で混合したものを測定した。

III  結果

1. 反応タイムコースの比較

総蛋白の反応タイムコースは,正常血清および症例2では測定ポイントである38ポイントでは前ポイントとの吸光度差が反応中と比較して小さくなり,反応はほぼプラトーに達していた。一方,症例1では測定ポイントにおいても前ポイントとの吸光度差は一定で直線的に上昇し,反応は完了していなかった(Figure 1A)。HDL-Cの反応タイムコースは,正常血清では第2試薬添加直後に急峻な吸光度の上昇がみられた。一方,症例1およびLp-X陽性血清では緩やかで直線的な吸光度の上昇を示した(Figure 1B)。カルシウムの反応タイムコースは,いずれの血清も第2試薬添加前までは一定であり,第2試薬添加後より直線的な吸光度の上昇を示した(Figure 1C)。

Figure 1  Reaction time-courses (primary wavelength–reference wavelength)

◇ Case 1, □ Case 2, △ Normal, × Lp-X positive serum.

(A) Total Protein (546 nm–700 nm). (B) HDL-cholesterol (600 nm–700 nm). (C) Calcium (405 nm–660 nm).

2. Lp-Xの定性-沈殿法

症例1(Figure 2A)および症例2(Figure 2B)のいずれも白濁を認めた。

Figure 2  Precipitation method

(A) left: Case 1, right: Nornal. (B) left: Case 2, right: Normal.

3. 脂質項目,他法でのカルシウムの測定

リン脂質,遊離コレステロール,カルシウム(アルセナゾIII法),カルシウム(酵素法)の測定結果を示す(Table 4)。アガロースゲル電気泳動では,症例1は正常な泳動像が得られなかった。症例2は,原点からLDL分画にかけてのテーリングがみられた。

Table 4 Value of free-cholesterol, phospholipid and calcium (mg/dL)

Free cholesterol Phospholipid Ca (Arsenazo III) Ca (Enzymatic)
Undiluted 2 fold
Case 1 735 2,018 9.6 8.9 9.8
Case 2 765 1,911 9.1 8.4 9.0

4. 共存の影響試験

共存するリン脂質濃度の上昇に伴い,カルシウム測定値は低下した(Figure 3A)。副波長(660 nm)の吸光度は,反応を通して減少していた(Figure 3B)。一方,主波長(405 nm)の吸光度は,リン脂質濃度に関わらず第1反応区間では減少していたが,第2反応区間ではリン脂質濃度により挙動が異なっていた(Figure 3C)。主波長-副波長で求める演算吸光度において,第1反応区間の吸光度は減少していたが,第2反応区間の吸光度は上昇していた(Figure 3D)。

Figure 3  Phospholipid coexistence effect test

(A) ◇ Calcium (mg/dL). □ Phospholipid (mg/dL). (B) Reaction time-course of calcium at the reference wavelength (660 nm) for △ (0/10), × (3/10), and 〇 (10/10) points. (C) Reaction time-course of calcium at the primary wavelength (405 nm) for △ (0/10), × (3/10), and 〇 (10/10) points. (D) Reaction time-course of calcium at the differential wavelength (405 nm–660 nm) for △ (0/10), × (3/10), and 〇 (10/10) points.

5. カルシウム酵素法第1試薬とレシチンの反応性の確認

試験管内でのレシチン乳濁液とCa-R1との反応では,対照である生理食塩水との反応と比較して濁りが減少した(Figure 4A)。

Figure 4  Reaction of lecithin emulsion with ACCURASAUTO Ca II reagent 1

◇ PL2 + UA1, □ PL-R2, △ UA-R1.

(A) Image. left: reagent 1, right: saline. (B) Reaction time-course at the differential wavelength (600 nm–700 nm) for lecithin emulsion. (C) Reaction time-course at the differential wavelength (600 nm–700 nm) for purified water.

反応タイムコースにおいて,レシチン乳濁液では第2試薬PL2 + UA1添加後から吸光度の上昇がみられたが,PL-R2およびUA-R1では吸光度の上昇はみられなかった(Figure 4B)。一方,精製水を試料としたとき,いずれも吸光度の大きな上昇はみられなかった(Figure 4C)。

6. ホスホリパーゼDに対する基質共存の影響の確認

波長600 nmにおける反応タイムコースは,レシチン+Ca2とレシチン乳濁液で同様だった。Ca-R2は吸光度がほとんど変化しなかった(Figure 5A)。波長405 nmにおける反応タイムコースは,第1反応区間では,レシチン+Ca2とCa-R2は直線的な上昇を示したが,レシチン乳濁液では吸光度がほとんど変化しなかった。第2反応区間では,Ca-R2は直線的に吸光度が上昇した。レシチン乳濁液は第2試薬添加後より吸光度が上昇し,その後吸光度は一定となった。レシチン+Ca2はレシチン乳濁液とCa-R2の反応タイムコースを組み合わせたような反応タイムコースとなった(Figure 5B)。

Figure 5  Effect of substrate coexistence on phospholipase D activity

◇ Lecithin + Ca2, □ Lecithin emulsion, △ Ca-R2.

(A) Reaction time-course at 600 nm. (B) Reaction time-course at 405 nm.

IV  考察

今回,症例1において,測定結果に測定アラームが付与されたことを契機に,検査依頼があった全項目の反応タイムコース確認および希釈測定を実施した。その結果,総蛋白とHDL-Cにおいて,異常な反応タイムコースを認めた。希釈測定の結果,総蛋白とHDL-Cに加えて,カルシウムにおいても測定値に乖離がみられた。カルシウムの反応タイムコースは,ビリルビン高値による色調の影響と考えられる吸光度の全体的な上昇がみられたが,反応タイムコースに異常はないと判断した。

症例1は,総コレステロールが1,144 mg/dLと高値にも関わらず,LDL-C 109 mg/dL,HDL-C 10~28 mg/dL(測定換算値,希釈再現性得られず測定不能で報告),中性脂肪124 mg/dLであり,異常なリポ蛋白が存在していることが考えられた。患者は血清ビリルビンや肝胆道系酵素の上昇,胆汁うっ滞所見がみられていることから,異常なリポ蛋白としてLp-Xを疑った。

二木ら7)は,総蛋白ビウレット法におけるLp-Xによる異常反応を報告しており,その反応タイムコースは症例1の反応タイムコースと同様に測定ポイントにおいても直線的な上昇を示していた。また,過去に経験したLp-XによるHDL-Cの異常反応がみられた検体と症例1の反応タイムコースを比較すると,いずれの反応タイムコースも正常血清でみられる第2試薬添加直後の急峻な吸光度の上昇がみられなかった。症例1の総蛋白およびHDL-Cの反応タイムコースは,Lp-Xによる異常反応がみられた事例の反応タイムコースと特徴が一致しており,本症例においてもLp-Xが異常反応を引き起こしていると考えられた。

一方,症例2においては測定アラームや異常な反応タイムコースは認めなかった。HDL-Cは測定依頼がなかったため,反応タイムコースは確認できなかった。しかし,総コレステロールが高値であること,胆汁うっ滞所見がみられていることからカルシウムの希釈測定を実施した。その結果,原液測定8.4 mg/dL,2倍希釈測定値9.0 mg/dLと乖離がみられた。

沈殿法において,血清と第1試薬が反応するとカイロミクロン,LDL,VLDLが凝集する。遠心後の上清を試験管に分取することで,これらのリポ蛋白を取り除くことができる。次に,分取した上清と第2試薬が反応すると,HDLは凝集しないが,Lp-Xは凝集する。したがって,Lp-Xが存在していると反応液が白濁する。症例1,症例2いずれも沈殿法により白濁を認めたことから,血清中にLp-Xが存在していたと考えられる。

アガロースゲル電気泳動において,症例1では正常な泳動像が得られなかった。これは試料を凍結保存したことによりリポ蛋白が変性したことが原因であると考えられる。一方,症例2では原点からLDL分画にテーリングがみられており,Lp-Xの存在が示唆された。また,症例1,症例2はいずれもリン脂質,遊離コレステロールがともに高値であった。Lp-Xにはリン脂質および遊離コレステロールが多く含まれており,Lp-Xが存在することを示唆していたと考えられた。

カルシウムをキレート比色法の一種であるアルセナゾIII法により測定すると,症例1:9.6 mg/dL,症例2:9.1 mg/dLだった。酵素法の原液測定値は,症例1:8.9 mg/dL,症例2:8.4 mg/dLであり,測定値に乖離がみられた。一方,酵素法の2倍希釈測定値は,症例1:9.8 mg/dL,症例2:9.0 mg/dLであり,アルセナゾIII法の測定値に近い結果となった。

当院で使用している「アキュラスオートCa II」は酵素ホスホリパーゼDを使用してカルシウム濃度を測定している。ホスホリパーゼDが発色基質ビス(p-ニトロフェニル)リン酸(以下,BPNPP)に作用することで,p-ニトロフェノール(以下,pNP)とp-ニトロフェニルリン酸が遊離する。ホスホリパーゼDは検体中のカルシウムにより活性化されることから,pNPによる吸光度の増加速度を測定することでカルシウム濃度を測定する。この測定原理はホスホリパーゼDがリン酸エステル結合を分解することを利用しているが,ホスホリパーゼはその名の通りリン脂質を加水分解する酵素である8)。リン脂質はホスホリパーゼDの基質となることから,リン脂質は発色基質BPNPPと競合し得るのではないかと考えた。

そこで,リン脂質の一種であるレシチンをプール血清に乳濁させ,共存の影響を確認した。その結果,リン脂質濃度の上昇に伴ってカルシウム測定値は低下した。このとき,レシチンは血清に溶解しないため試料は混濁していた。反応タイムコースでは,副波長の吸光度は反応を通して減少した。主波長の吸光度はリン脂質濃度に関わらず第1反応区間では減少した。一方,第2反応区間では3/10ポイントの吸光度は上昇し続けたが,10/10ポイントの吸光度は減少から上昇に転じていた。演算吸光度は,第1反応区間では減少し,第2反応区間では上昇した。0/10および3/10ポイントの演算吸光度は直線的な上昇を示したが,10/10ポイントでは反応途中より吸光度の上昇が加速した。Ca-R1とレシチン乳濁液による第1反応の観察において混濁が減少したことから,吸光度の減少はレシチンの分解や試薬成分中の界面活性剤によるレシチンの溶解等による混濁の解消を捉えていたと考えられる。一方,吸光度の上昇は試薬本来の反応であるpNPの増加を反映していたと考えられる。

共存の影響試験のカルシウムの反応タイムコースは正常な反応タイムコースとは異なっていた。一方,症例1,症例2において,カルシウムは正常と思われる反応タイムコースが観察された。共存の影響試験の試料はレシチンにより混濁していたため,Ca-R1との反応による混濁の解消が吸光度の変化として観察されたことがその原因であると考える。症例1,症例2はともに混濁がみられなかったことから,ホスホリパーゼDがリン脂質に作用しても吸光度の変化として表れることなくカルシウムは正常と思われる反応タイムコースを示したと考えられる。

共存の影響試験で使用したレシチンはプール血清に乳濁させており,症例血清とはリン脂質の共存状態が異なっていた。乳濁させたレシチンとホスホリパーゼDが反応することを確認するため,レシチン乳濁液とCa-R1を反応させた。レシチンにCa-R1中のホスホリパーゼDが作用すると,ホスファチジン酸とコリンに分解される。コリンが生じたことを確認するため,PL-R2とUA-R1を混合した溶液(PL2 + UA1)を使用した。PL-R2にはコリンオキシダーゼと4-アミノアンチピリンが含まれている。UA-R1にはトリンダー試薬であるN-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリンナトリウムが含まれている。したがって,レシチンが分解されてコリンが存在すると青色のキノン色素を生成し,600 nmにおける吸光度が上昇する。PL-R2およびUA-R1には上記以外の成分も含まれていることから,対照としてそれぞれを単独で第2試薬として使用した。その結果,第2試薬としてPL2 + UA1を使用したときのみ吸光度の上昇がみられた。また,精製水を試料とするとPL2 + UA1を用いた場合も吸光度の上昇はみられなかった。以上のことから,ホスホリパーゼDは乳濁させたレシチンにも作用すると考えられた。

リン脂質とBPNPPが共存したときのホスホリパーゼDへの影響を確認するため,レシチン乳濁液とCa-R2を混合し,デタミナーL PLを使用して測定した。デタミナーL PLは酵素法を原理とするリン脂質測定試薬であり,第1試薬にはCa-R1と同様にホスホリパーゼDが含まれている。ここでは,混濁の影響を除外するためレシチンを低濃度で使用した。波長600 nmにおける反応タイムコースを比較すると,第1反応区間では吸光度の変化はみられなった。第2反応区間においてレシチン+Ca2とレシチン乳濁液で吸光度の上昇がみられ,その反応タイムコースは一致していた。第1反応区間でホスホリパーゼDがレシチンに作用して生じたコリンを検出しており,BPNPPが共存していてもホスホリパーゼDはレシチンに作用すると考えられる。波長405 nmにおける反応タイムコースを比較すると,レシチン+Ca2とCa-R2は反応開始直後から反応を通して吸光度が上昇した。これはホスホリパーゼDとBPNPPによるpNPの生成を捉えており,レシチンが共存していてもホスホリパーゼDとBPNPPは反応していたと考えられる。以上のことから,ホスホリパーゼDはレシチンとBPNPPの両方に作用していたと考えられる。すなわち,ホスホリパーゼDの基質としてリン脂質とBPNPPは競合し得ると考えられる。

ホスホリパーゼD酵素法によるカルシウム測定において,第1反応ではホスホリパーゼDは検体中に存在するリン脂質に作用している。通常濃度のリン脂質であれば,第1反応で消去されて第2反応のBPNPPに競合せず,測定値には影響しないと考えられる。一方で,今回の症例のように高濃度リン脂質が存在した場合,第1反応で消去しきれず,第2反応において発色基質BPNPPと競合することで,pNPの増加が抑制され,見かけ上カルシウムの測定値は低下したと考えられる。

本検討では,リン脂質としてレシチンを乳濁させて使用したこともあり,リン脂質濃度がホスホリパーゼD酵素法によるカルシウム測定にどの程度影響するのか解明できなかった。共存の影響試験に用いた試料は混濁していたため,混濁の解消による吸光度の減少とpNPの増加による吸光度の上昇が一部相殺されており,症例よりも負の影響が大きかったと推測される。また,酵素法によるカルシウム測定において,ホスホリパーゼDは試料中のカルシウムによって活性化される。反応液中のホスホリパーゼD活性は試料中のカルシウム濃度に左右されることも影響の検討を難しくしている。

今回,他項目の反応タイムコース異常を契機に希釈測定を実施したことで,カルシウム測定において偽低値を呈していた検体を見出した。呈色反応に関わる酵素ホスホリパーゼDと検体中のLp-Xに多量に含まれるリン脂質が第2反応区間においても反応したことで,本来の呈色反応と競合したことが偽低値の原因だったと考えられた。自施設で使用する試薬の測定原理を理解していることが重要だと痛感した症例だった。

V  結語

ホスホリパーゼD酵素法によるカルシウム測定は,高濃度リン脂質により負の影響を受けることが示唆された。

本論文の要旨は,第64回日本臨床化学会年次学術集会(2024年栃木県)にて発表した。

本研究は当院での医学系研究倫理委員会の対象とならないため,医学系研究倫理委員会の承認を得ていない。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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