2014 年 34 巻 1 号 p. 27-35
目的:特定保健指導における未利用の理由の構造を明らかにすることである.
方法:A町の特定保健指導の未利用者10人を対象とし,未利用の理由に関連する3点を質問項目として半構造化面接を行い,KJ法を用いて質的に分析した.
結果:特定保健指導における未利用の理由の構造は,【“私という領域”がある】【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】【私に限定せずに必要な人への活動を望む】という3つの要素から構成されていた.各要素の関係性として,【“私という領域”がある】は健康観に基づく自己決定の権利を示し,他の要素の基盤となり支持していた.さらに,各要素には,現在の身体状態を健康と捉える健康観が根底にあり,相互に影響することで未利用の理由が強化される関係にあることが示された.
結論:未利用の解決には,未利用者の健康観を考慮した支援を行うことの重要性が示唆された.
現在,我が国では,急速な人口の高齢化に伴い疾病構造が変化し,疾病全体に占める悪性新生物,虚血性心疾患,脳血管疾患等の生活習慣病の割合が増加し,死亡原因においても生活習慣病が約6割を占め,国民医療費の約3分の1を占めている(厚生労働統計協会,2012).
平成20年度から導入された特定健康診査(以下,特定健診という.)および特定保健指導は,生活習慣病対策の充実・強化の一環としてメタボリックシンドロームを予防し,生活習慣病の発症の抑制を目的に,実施者を医療保険者に義務付けて開始された.特定保健指導は,積極的支援,動機づけ支援に該当した対象者に対して,6か月間の保健指導が行われる.従来の保健指導の方法とは異なり,科学的根拠に基づく行動変容ステージ理論等を活用し,行動変容のための動機づけを支援し,生活習慣の改善を自ら選択できるようにすることを目指している(厚生労働省健康局,2007).しかし,国民健康保険被保険者(以下,国保被保険者という.)における平成22年度の特定保健指導の利用率をみると,積極的支援は全国平均21.2%,動機づけ支援は27.2%(国民健康保険中央会,2012)と低く,保健指導を必要とする対象者に指導が実施されていない現状がみられる.
厚生労働省健康局(2007)は,医療保険者および保健指導実施者が連携し,全ての対象者に保健指導を提供できるよう努力する必要性を示している.また,医療保険者である市町村の重要な役割の1つとして,特定保健指導を利用していない対象者の対策があげられ,これらの人々の健康を確保することは公的な責任である(下田,2009).個人の生活習慣病の予防,さらには地域の生活習慣病の予防を目指し,利用率向上に向けて取り組むことは,保健活動上の重要な課題である.
特定保健指導の利用率向上には,未利用の解決に向けた支援が重要であり,特定保健指導の未利用者に焦点をあて,未利用の理由の構造を把握する必要があると考える.構造化することにより,未利用となる問題の本質を捉えることができる.しかし,先行研究においては,特定保健指導における効果的な支援方法に関する研究(田代ら,2010;小池ら,2009;久道ら,2010)や行動変容の継続等に関する研究(高木ら,2009;西山ら,2010)など,特定保健指導の利用者に焦点をあてた研究に留まり,未利用の理由の本質を明らかにするまでには至っていない.未理由の理由の構造を明らかにし,本質を捉えることにより,未利用の解決に向けた支援方法を見出すことができ,個人さらには地域全体の生活習慣病の予防に貢献できるものと考える.
そこで本研究は,国保被保険者における特定保健指導の未利用者に着目し,未利用の理由を構成する要素を見出し,関係性を捉えることにより,未利用の理由の構造を明らかにすることを目的とした.
特定保健指導の未利用者の立場から,その人々の特定保健指導における未利用の理由の本質を明らかにするために,質的記述的研究デザインを用いた.
2.用語の定義本研究では,「特定保健指導の未利用」および「特定保健指導における未利用の理由の構造」を以下のように定義する.
1) 特定保健指導の未利用本研究での特定保健指導の未利用とは,対象者が特定保健指導は自身にとって利益にならないと判断し,利用しない行為と定義する.
2) 特定保健指導における未利用の理由の構造本研究での特定保健指導における未利用の理由の構造とは,未利用の理由を構成する要素とその関係性とする.
3.研究対象者研究対象者は,A町において,平成22年6月から平成23年2月までの期間に特定健診を受診し,積極的支援および動機づけ支援に該当した者で,特定保健指導を利用しなかった未利用者54人のうち,研究協力の同意が得られた10人とした.
研究対象者をA町(人口:約11,000人,世帯:約4,000世帯,高齢化率:約26%)から選定した理由は,特定保健指導を実施する医療保険者の周知方法や実施形態等の相違による影響を排除し,条件を一定にするためである.また,研究対象者を積極的および動機づけ支援者とした理由は,A町では,リスク該当数の少ない早期の段階から生活習慣病予防に向けた支援が重要であるとの考えに基づき,動機づけ支援者に対しても積極的支援者と同等の位置づけをしていることによる.
4.データ収集研究対象者に対して,年齢や性別等の特性に関する調査(自記式質問紙)および半構造化面接によるインタビューを行った.半構造化面接では,「保健指導の有用性の認識」「特定保健指導の未利用に対しての考え」「健康に対する価値観」の3点についてインタビューを行った.面接は,家庭訪問もしくは公共施設で実施した.面接時間は60分以内であり,面接内容は研究対象者の同意を得て録音し,逐語録を作成した.データ収集期間は,平成23年4月から平成23年7月までであった.
5. データ分析本研究は,特定保健指導の未利用者の立場から,未利用の理由の本質を明らかにするため,通念や既成概念にとらわれず,混沌とした問題の中から要素を見出し,関係性を捉え構造を把握することができるKJ法を用いた(川喜田,1967,1970,1986).まず,個別分析として研究対象者別の統合を行い,その後,個別分析で抽出されたデータを基に全体分析を行った.手順は下記のとおりである.
1) 個別分析個別分析は以下の(1)~(4)の順で行った.
(1) ラベルづくり研究対象者の逐語録を意味のまとまりにより細分化し,特定保健指導における未利用の理由に関連するデータのエッセンスを抽出し,一つのラベルに書かれたデータが,全体として訴えかけに一つの中心性を持つように(川喜田,1986),それぞれ1枚のラベルに記入し,元ラベルとした.
(2) グループ編成特定保健指導における未利用の理由の要素を見出すために,段階的にグループ編成を行った.元ラベルを意味内容の類似性に基づきグループを編成し,グループ全体の意味を一文で表す表札を付けた.その表札同士をグループにし,さらに,表札を付ける作業をこれ以上まとまらないと判断できるまで繰り返した.
(3) 図解化特定保健指導における未利用の理由の要素間の関係性を見出すことを目的とし,図解化を行った.まず,各グループの最上位の表札を,最も適した位置に配置し,表札および元ラベルを固定した.次に,グループ編成の段階の順に1段目のグループから線で囲み,最小単位の島をつくる島どりを行った.段階を追って島どりを繰り返し,最後に最上位の表札の島を作成し,島と島の関係性を表す記号を記入した.図解化を行うにあたり,島と島の因果関係や相互関係などの関係づけについて,様々な可能性を検討し,最も適切な関係性を見出し,構造を明らかにした.
(4) 叙述化特定保健指導における未利用の理由の構造を明確にすることを目的とし,叙述化を行った.叙述化の方法としては,特定保健指導における未利用の理由を構成する要素およびその関係性について,ストーリーとなるように文章化した.
2) 全体分析全体分析は,個別分析から抽出された最上位の表札30枚を元ラベルとし,個別分析と同様に(1)~(4)の手順で行った.
6.妥当性および信用性の確保分析にあたり,川喜田研究所の委託を受けたKJ法の研修機関で基礎研修を受けた.その後も個人指導を受け,KJ法に習熟した上で全体の統合を行った.表札を統合したプロセスや図解化および叙述化の導き出し方については,保健師経験のある複数の共同研究者と検討を行い,KJ法の研修機関の指導員よりスーパーバイズを受けた.
7.倫理的配慮A町町長に対して,研究目的,倫理的配慮等について説明し,データ収集の許可を得た.その後,A町で特定健診を受診し,特定保健指導を利用しなかった54人に対して,研究依頼のための家庭訪問の許可を得るために,依頼文を郵送した.許可が得られた対象者に対して家庭訪問を行い,研究目的,研究参加に伴う利益・不利益,研究協力は自由意思であること,研究協力撤回の自由などについて説明を行い,研究協力同意書を用いて同意を得た.なお,本研究は群馬県立県民健康科学大学倫理委員会の承認を得て実施した(承認日:平成23年3月16日).
研究対象者の年齢は40歳代から60歳代であり,性別は男性7人,女性3人であった.特定保健指導の支援レベルは,積極的支援者4人,動機づけ支援者6人であり,職業を有している者は9人であった.治療や入院の経験がある者は5人であり,現病歴がある者は4人であった.
研究対象者10人を個別に統合した結果,各研究対象者から3枚の最上位の表札が抽出され,合計30枚の表札を元ラベルとして全体分析を行った.その結果,【“私という領域”がある】【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】【私に限定せずに必要な人への活動を望む】という特定保健指導における未利用の理由を構成する要素となる3つの表札に統合された.
3つの要素が統合された過程は以下のとおりである.叙述化にあたり,最上位の表札は【 】,表札は『 』,元ラベルは《 》で括り記述した.統合のプロセスの段階を追えるように,元ラベルは片仮名で符号をつけ,表札には段階ごとに番号をふり記述した.各要素および要素間の関係性は図1に沿って説明する.なお,補足説明として,個別分析に用いた研究対象者の元ラベルを〔 〕で括り,斜体で記述した.( )内のアルファベットは研究対象者を示す.
研究対象者は,【“私という領域”がある】のように自身の健康観に基づく自己決定の権利という領域を持っていた.
上段の島,『Ⅰ.私は“私”を生きている』については,研究対象者は,『①私は自然に生活している』と自然体に生活し,『②今の私が現実である』のように,その生活は現実に即していた.そのため,今の自分を『(1)“ありのまま”の私である』と考えていた.また,『③(健康行動は)自分に合わせてやっている』というように生活に無理や支障のない範囲で健康に良いとされる行動をとっていた.このように,研究対象者は,『1)私らしい“私の健康”がある』という自分にとっての健康の基準を持っていた.また,『④体は変わるものだから仕方ない』との思いを抱き,『⑤ジタバタしないで毎日を過ごす』と加齢による体調の変化を受容し,『(2)自然の“法則”に任せている』という自然の流れに身を任せる生活をしていた.さらに,『⑥私は達者に過ごしている』と自身の状態を健康であると感じることで,『2)“年相応”元気である』と年齢相応に健康な状態であると認識していた.一方で,《ス.自分の思いとは違う“現実”に直面することがある》というように健康に対して予測していなかった体験をすることがあった.そのため,『1.現実的に生きている』のように,健康に対する予想外の出来事も年齢相応な健康状態であると認識し,現実に向き合い生きる姿勢があった.このように,研究対象者は,『Ⅰ.私は“私”を生きている』という自身の健康に対する考え方に基づき,自分らしさを大切にして生きていた.
次に下段の島,『Ⅱ.干渉される筋合はない』については,研究対象者は保健師の介入について,『⑦(私には)何もしなくていい』と望まず,健診や保健指導は,『⑧(保健事業は)関係ない人には関係ない』とし,『(3)保健指導には縁がない』と思っていた.さらに,『⑨私は“独立国家”である』という自負心や,『⑩私の人生に合った生き方をしている』との考えを大切にすることから,保健師に対して,『(4)私の考え方と違う』という隔たりを感じていた.また,研究対象者は,『⑪私たちの目線で考えてほしい』と保健師の指導は一方的であると捉え,『⑫行政にとっての健康を押しつけないでほしい』というように,保健師との健康に対する考え方の違いを実感することで,『(5)あなたと私は住む世界が違う』に示されるように,保健師と共有できない思いを抱いていた.このように,保健師との考え方の相違や共有できない思いから,『3)私とあなたは分かり合えない“他民族”である』という保健師とは相容れないとの思いを抱いていた.さらに,研究対象者は,『⑬(健診の解釈や指導の利用は)私に任せてほしい』というように自身で判断したい欲求を持っていた.保健師との相容れない思いや自身で判断したい欲求から,『2. “自治権”は私にある』という自身の自己決定の権利を主張していた.このように,研究対象者は自身の判断に基づき行動しており,保健指導は干渉と捉え,『Ⅱ.干渉される筋合はない』という保健師から干渉される関係にはないとの思いを抱いていた.
以上のように,研究対象者は,【“私という領域”がある】という自身の健康観に基づく自己決定の権利という領域を持っていた.
〔検査結果では肥満はあるけど,別に異常はない.健康的には大丈夫と思う.(F)〕
〔健診は必要だから受けるけど特定保健指導は行かないな.不十分かもしれないが気を付けている.はっきり言って大きなお世話っていう部分が多いよ.(B)〕
〔健診受けたあと言われたのは,高血圧で太っていること.そんなのは承知してる.ズボンがはけなくなるし困るから,自分でやってるよ.わかっていること他人に言われたくない.(D)〕
2) 要素2【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】について(図1)研究対象者は,《フ.(健康に)生きていることは働いていることである》からわかるように,支障なく働ける自身の状態を健康であると感じており,働くことをとおして生きているという充実感を得ていた.さらに,《ヘ.自分のことよりも,今は“子や孫に”の気持ちが強い》という日常生活を支障なく過ごし,子どもや孫のために役立ちたいという気持ちを強く持っていた.このように,研究対象者には,【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】という自身の健康を増進させることよりも,生きる上で欠かせない生きがいがあった.
〔旅行するとか孫がほしいとか計画や希望はあるよ.でも健康でいるメリットは働けることだよね.それに尽きるよ.(B)〕
〔私の時と違って,子育てしながら仕事するのは大変だから手伝ってあげないと.今は趣味や旅行,洋服よりも娘たちの生活を助けたいから,健康でいなくちゃね.(G)〕
3) 要素3【私に限定せずに必要な人への活動を望む】について(図1)研究対象者は,《ホ.私に限定せずに必要な人への活動を望む》というように,自身に相応な健康状態であると考え,特定保健指導を何度も利用する必要はないと判断し,対象を限定するのではなく保健師に支援が必要な人に対しての活動を望んでいた.
〔正直言って保健指導を受けた人は,教わったことをそのまま継続して,受けていない人を受けさせればいい.新規の人が受ければいいシステムって判断した.自分は健康だと思うし,私ばかり受けちゃ悪いしね.(H)〕
3.特定保健指導における未利用の理由の構造(図1)特定保健指導における未利用の理由の構造から,各要素は相互に影響することにより未利用の理由を強化する関係性にあることが示された.その関係性を具体的にみると,図1に示すように,要素1【“私という領域”がある】という自身の健康観に基づく自己決定の権利という領域が他の要素の基盤となっていた.そして,要素2【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】,要素3【私に限定せずに必要な人への活動を望む】は,要素1【“私という領域”がある】に含まれる自身の健康観,自分らしさを大切にして生きる考え,保健師から干渉される関係にはないなどの考えに影響を受け支持されていた.これら3つの要素には,現在の身体状態を健康と捉える健康観が根底にあり,相互に影響し合うことで,未利用の理由が強化されていた.
要素1【“私という領域”がある】は,自身の健康観に基づき自己決定する権利があると考える研究対象者の特徴を示したものであり,『Ⅰ.私は“私”を生きている』という日常の生活習慣そのものを自分らしさと捉え,その自分らしさを大切にして生きる姿勢や『Ⅱ.干渉される筋合はない』という保健師の介入を干渉と捉える考え方が含まれていた.研究対象者は,『2)“年相応”元気である』に示すように,検査結果には多少の異常はあっても,年齢に相応した健康状態であると考えていた.このことから,研究対象者にとっての健康とは,社会生活における役割を果たし,日常生活を支障なく営むことができる状態であると推察される.さらに,『1)私らしい“私の健康”がある』に示すように,研究対象者は,自身の日常生活習慣に沿う健康の基準を持っていたと考える.大平(1999)は,日常生活習慣は,生活習慣や行動様式を表すだけでなく,人生観や健康観などの抽象概念も含み,個人の生き方や方向性を内包する包括概念であるとしている.本研究においても,研究対象者は,日常生活習慣に自分らしさを感じ,その生活を大切にするとともに,その日常生活に表される生き方やスタイルを維持しようとすることが示されていた.そして,『3)私とあなたは分かり合えない“他民族”である』に示すように,保健師が求める生活は,研究対象者の日常生活と異なるものであり,両者の考え方には相違があったと推察される.支援を行う上で,支援者と支援の対象者の間には,信頼関係が求められる(ブラマー,1973/1978).しかし,研究対象者は,保健師との健康に対する考え方の相違から信頼関係を構築するまでには至らず,保健師の支援を「干渉」と捉えたと考えられる.以上のように,研究対象者は自分らしさを大切にするとともに,保健師の介入を干渉と捉えていることから,特定保健指導が未利用になることが示された.
要素2【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】は,研究対象者が健康の増進を図るよりも,生きがいを優先させるという特徴を表している.生きがいとは,生きていることに意義や喜びを見出し,心の張り合いや生きている幸せを感じること,また,生きる目当てや充足感をもたらすものである(小林,1989).神谷(1980)は,生きがいの最も基本的な要素の1つに,生存とその充実への欲求である生存充実感を挙げ,生活が発展や充実しているとき,この欲求は満たされ,育児や仕事などの生活要素が生きがいとなるとし,この欲求は個人差があると述べている.本研究の研究対象者は,日常生活を支障なく過ごすことで,さらなる充実を求め,《フ.(健康に)生きていることは働いていることである》や《ヘ.自分のことよりも,今は“子や孫に”の気持ちが強い》のように,働くことや家族のために役立つことで,生きることへの価値を見出し,自身の存在意義を確認していたと考える.つまり,研究対象者は家族との関係や社会での役割を果たすことで生活を充実させ,生きがいを感じていたと推察される.また,生きがいには意識的,無意識的に関わらず,価値の認識が含まれることが多い(神谷,1980).研究対象者は,健康の増進を図ることよりも仕事や家族の役に立つ行動に価値を置いていたと考える.以上のように,研究対象者は自身のための健康増進の行動よりも,存在意義を確認できる生きがいを重要視することから,特定保健指導が未利用になることが示された.
要素3【私に限定せずに必要な人への活動を望む】は,前年度に特定保健指導を利用し,今年度は未利用となった研究対象者の語りから統合された表札である.研究対象者は“私に限定せずに”に示されるように,特定保健指導の対象に連続して該当することに疑問を持ち,一度利用した特定保健指導を何度も利用する必要はないと判断していた.この背景には,自身を健康であると捉えている研究対象者の健康観が影響していると考えられる.さらに,研究対象者は,保健師から指導された内容を自身の生活に合わせて実践していた.このことにより,保健師から同じ内容の指導を受ける必要はないと考え,“必要な人への活動を望む”,というように,同じ対象者に何度も指導するのではなく,支援が必要な人への活動を望んでいたと推察される.以上のように,研究対象者は保健指導を連続して受ける必要性を認識していないことから,特定保健指導が未利用になることが示された.
2.未利用の理由の構造からみる未利用者の特徴と健康観特定保健指導における未利用の理由の関係性から,要素1は,要素2および要素3の基盤となり支持していることが示された.要素1は,健康観に基づき自己決定する研究対象者の特徴が示され,その健康観は日常生活習慣と密接に関係していた(森本,1991).要素1は,研究対象者の健康観に基づく自分らしい生き方であり,研究対象者の基本的な考え方を決定する基盤となる要素であると考える.その考え方を基盤とし,支持されることにより,要素2【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】が示す研究対象者の生きがいや,要素3【私に限定せずに必要な人への活動を望む】という考えが形成されたと推察される.また,研究対象者は,特定健診を受診し,自身を健康であると判断しており,各要素の根底には,現在の身体状態を健康と認識する共通した健康観があった.この共通した健康観により,各要素は相互に影響し合い,未利用の理由を強化していたと推測される.したがって,未利用の解決には,個々の要素にそれぞれ働きかけるのではなく,未利用者に共通する健康観に働きかけることが有効な支援であると考える.
要素1に示されるように,研究対象者は,日常生活を支障なく営むことで,自身を健康であると認識していた.健康の定義は,その人の専門性,時代,場所により異なるとされ,一般の人々は臨床的に定義された異常ではなく,自覚症状や病気であるという感覚に基づく判断により健康状態を捉えることが多い(Blaxter, 2011/2011).本研究の研究対象者においても,自覚症状などにより健康状態を判断しており,将来的な健康を見据える予防的視点での健康観は持っていなかった.森本(1991)は,疾病予防および健康増進を目指す支援の基盤を構築するために,人々の健康観や,その健康観を基盤にして,どのような健康関連行動を行うか正確に把握する必要があると述べている.保健師は,予防的視点を持たない研究対象者の健康観を把握し,その健康観を受けとめ信頼関係を構築したうえで,研究対象者が予防的視点を認識できるような働きかけを行う必要があると考える.
健康観は,健康に関わる日常生活習慣を規定する要因の一つであり,幼児期から青年期の段階に日常生活習慣の基盤形成が行われ,その後の健康を左右する(野口,1998;森本,1991;大平,1999).保健師は,早期の段階から生活習慣病の予防に関する支援を開始し,成長の段階に合わせた介入を継続する必要があると考える.
本研究は,調査対象地域をA町に限定していること,研究対象者をA町の国保被保険者に限定していることから,地域特性などによるデータの偏りが考えられる.今後の研究課題としては,多様な地域での調査を継続し,研究対象者の人数を増やし,研究成果を検証するとともに,研究対象者の特性による未利用の理由の構造に対する影響を分析する必要がある.
特定保健指導における未利用の理由の構造から,【“私という領域”がある】【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】【私に限定せずに必要な人への活動を望む】という3つの要素は,現在の身体状況を健康と捉える健康観が根底にあり,相互に影響することにより未利用の理由が強化されていることが明らかになった.本研究で示された結果から,特定保健指導の未利用の解決には,未利用者の健康観を考慮した支援を行うことの重要性が示唆された.
本研究にご協力いただいた住民の皆様,A町職員の皆様に心より感謝申し上げます.また,ご指導いただきました指導教授ならびに諸先生方に厚くお礼申し上げます.なお,本研究は群馬県立県民健康科学大学大学院に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.