2014 年 34 巻 1 号 p. 36-45
目的:BMIを指標とした実践に即した筋注時の針の刺入深度を明らかにすることである.
方法:18歳以上の553名(男性259名,女性294名)を対象とし,身長,体重,三角筋部と中殿筋部の皮下組織厚,および三角筋厚を測定した.BMIと皮下組織厚の関連を明らかにし,また筋厚を参考にし,筋注に必要な実際的な針刺入深度を明らかにした.
結果:三角筋部においては,皮下組織厚(cm)は男性0.04×BMI−0.25,女性0.04×BMI−0.17と表せた.ただし,BMI<18.5の対象者の場合三角筋厚が薄いため,骨膜を損傷する恐れがあった.したがって,針の刺入深度は,18.5≦BMI<30.0で1.5 cm,BMI≧30.0で2.0 cmとするのが適切と考えられた.
中殿筋部においては,皮下組織厚(cm)は男性0.05×BMI−0.38,女性0.05×BMI−0.03と表せた.ただし,皮下組織厚の厚さからBMI≧30.0では皮下投与になる可能性があった.したがって,針の刺入深度は,BMI<18.5では1.5 cm,18.5≦BMI<30.0では2.0 cmとするのが適切と考えられた.
結論:BMIを指標とした実際的な筋注における針の刺入深度は,三角筋部では18.5≦BMI<30.0は1.5 cm,BMI≧30.0は2.0 cm,中殿筋部ではBMI<18.5は1.5 cm,18.5≦BMI<30.0は2.0 cmが適切と考えられた.
筋肉内注射(以下,筋注とする)の技術は,1880年代Luttonらにより創始され(押田,1973),皮下注射には適さないpHの薬剤や浸透圧が強く非生理的な薬剤,また徐々に吸収させ作用を持続させたい薬剤の投与に用いられる(岩本,2006).しかし,筋注は,部位を誤れば直接針で神経を損傷したり,薬液が神経に浸透して麻痺を起こす(赤石ら,1972)のみでなく,頻回な同一部位への投与は筋肉を変性・壊死させ,線維化,瘢痕化から筋拘縮症をきたす(押田,2001)リスクの大きい注射法である.日本では,1940年代からペニシリンを代表とする抗生物質の筋注が頻用され,1950~70年代には筋拘縮症や神経麻痺が社会問題となった(桜井ら,1991).そのため昨今は,内服あるいは坐薬,点滴静脈内注射に代えるなどにより,筋注は極力回避され(桜井ら,1991),実施頻度が減少してきたと言われている.しかし,高橋ら(2003)の調査では,精神科領域や外来におけるデポー剤,ホルモン製剤,処置の前投薬など,筋注が現在も日常的に施行されていることが明らかになった.
筋注の手技に関し日米の文献を比較した柴田ら(2002)によると,洋書では中殿筋部の注射部位はVentrogluteal siteとDorsogluteal site,針刺入角度は90°と統一されているのに対し,和書ではそれらがさまざまに記載されていることがわかった.また,看護技術検討会による文献レビュー(水戸ら,2001)においても,部位や針の刺入角度・深さは未だ不明なことが数多くあると指摘された.
以上より,現在も実施されている筋注の手技に関し,さまざまに紹介されている注射部位,注射針の刺入角度・深度の根拠を明確にする必要があると考えられた.とくに,血液の逆流で刺入部位を確認できる静脈注射や,つまみあげた皮下組織内に刺入する皮下注射に比べ,筋注は体表面から確認しにくい筋へのアプローチであるため,針の刺入深度の決定が難しい.その点は実践上困難なことに最も多く挙げられている内容(高橋ら,2003)であり,根拠にもとづく針の刺入深度のアセスメント法の追究は,臨床のニーズが高いと考えられた.
筋注時の針の刺入深度に関する実証的研究としては,半田ら(1981),高橋ら(1988)によるものがある.高橋ら(1988)は,中殿筋部の皮下組織厚を,病理解剖例・法医解剖例では性差なく平均1.0 cm弱,入院患者の腹部X線CT写真上では男性1.0~3.0 cm,女性3.0 cm以上と報告している.また,半田ら(1981)は,三角筋部を生体で平均男性0.5 cm,女性0.8 cm,中殿筋部を解剖実習例で,平均男性2.2 cm,女性2.6 cmと報告している.これらをみてもそれぞれの皮下組織厚の測定結果にはばらつきが大きい.中殿筋部の皮下組織厚が2~3 cmと仮定するならば,筋注に使用される21G~23Gの針の長さによっては筋に充分到達するかどうか疑わしく,まして従来のテキストで紹介されている「針の1/3は残す」(大原,1998)ならば,筋に到達しない可能性が高い.この点は以前から指摘されている(押田,1973;水戸ら,2001;岩本ら,2002)にもかかわらず,現在も看護師の約1割が1/2や1/3など相対的に針を刺入している(高橋ら,2007).さらに「皮下注射になり皮膚が盛り上がってきた」,「潰瘍を形成した」,「骨にぶつかった」など危険な事象が起きている事実もあり(高橋ら,2003),筋注時の針の刺入深度を明らかにすることは,患者に安全で確実な看護を提供するために重要であると考えられた.
そこで今回,現代の日本人の筋注部位の皮下組織厚を明らかにし,アセスメントの指標としてBody Mass Index(以下,BMIとする)に着目し,BMIから推測した皮下組織厚をもとに適切な針の刺入深度を明らかにしたいと考えた.
アセスメントの指標とする生体計測として,メジャー,キャリパー,ノギスなどを用いた皮下脂肪厚の測定法は,検者の測定技術の熟練度によりかなりの誤差を生じることが指摘されている(太田ら,2007).それに対し,BMIは身長と体重から算出するため,測定技術の習熟度が問われないこと,現在の臨床で測定されているためすぐ活用することが可能であること,成人の体格指数の国際基準であること,日本肥満学会で肥満の基準に使用していることから,指標として有用と考えた.
筋注部位の皮下組織厚をBMIからアセスメントする方法を検討し,BMIをもとにした適切な注射針の刺入深度を明らかにすることを目的とする.
なお,本研究で用いる皮下組織厚とは体表面から垂直に筋膜に至るまでの直線距離,つまり皮膚と皮下組織を合わせた厚みとする.また,注射針刺入深度とは針を皮膚に対し垂直に刺す深さとする.
研究の趣旨,方法,倫理的配慮を説明し協力の許可が得られた2都県の大学,会社,病院に所属する大学生,会社員,団体職員,入院中の患者,訪れた外来受診者に対し文書と口頭で説明を行い,対象者としての協力に同意が得られた者とした.対象者は,男性259名,女性294名の553名であった.
なお,調査に必要な体位の自力保持や衣服の着脱ができない者,心臓ペースメーカー等の体内機器装着者など身体への影響が予測される者は,除外した.
2.調査期間2002年4月から2011年1月であった.
3.調査方法身長,体重を測定しBMIを算出した.筋注部位は,三角筋部は肩峰から三横指として5 cm下部,中殿筋部はHochstetterの部位を選択し,皮下組織厚を汎用超音波画像診断装置(FFソニックUF-4100A,フクダ電子;以下エコーとする)を用い7.5 MHzにて測定した.また,肩峰5 cm下部の皮下組織厚測定時に上腕骨まで撮影できた場合は三角筋厚も測定した.
肩峰5 cm下部は,成人男女40名の三横指が平均5.15 cmとの報告(長谷川ら,2001)にもとづいた.また,中殿筋部は,四分三分法の部位はClarkの点に比較して上殿神経・動静脈損傷の危険性が高い(佐藤ら,2007)こと,四分三分法の部位やClarkの点よりHochstetterの部位が最も上殿神経から離れていること(岩永ら,2003),また筆者らのこれまでの調査から,Hochstetterの部位が最も殿部の外側上方に位置し,皮膚上からの触知,エコー画像ともに中殿筋の収縮を確認しやすかったことから,Hochstetterの部位を選択した.
なお,測定手技に関しては複数の研究者で確認し習熟した.エコーによる測定では,プローブは体表面に対し垂直に,皮下脂肪を圧排しないよう軽くあてた.画像上の皮下組織と筋の境界の判別は,上肢の挙上や下肢の外転等を対象者に依頼し,筋の収縮を画像で確認しながら行った.また,部位の特定とエコーの操作は異なる研究者が行いエコーによる皮下組織厚測定者が対象者の皮膚には触れないようにし情報バイアスを軽減した.さらにそれぞれの測定は同一研究者が行うことで測定者によるバイアスを排除し,信頼性を確保した.
4.分析方法各測定値の男女別体格別の記述統計量を算出し,t検定により性別の平均の差の推測統計を行った.なお,体格別は,日本肥満学会における肥満の基準に基づき,BMI<18.5やせ,18.5≦BMI<25.0標準,25.0≦BMI<30.0肥満1度に分けた.30.0≦BMI<35.0肥満2度と35.0≦BMI<40.0肥満3度は対象者が少なかったこと,記述統計量に差がなかったことからまとめた.皮下組織厚とBMIとの関連については,相関係数を求め,BMIを独立変数,皮下組織厚を従属変数とした単回帰分析を行い,回帰による予測値の95%信頼区間を求めた.また,回帰式に対象者のBMIをあてはめ得られる皮下組織厚の範囲を算出,それをもとに実践に即した注射針刺入深度を検討した.なお,分析には統計ソフトSPSS 21.0J for Windowsを用い,有意水準は5%とした.
5.倫理的配慮対象者には研究の趣旨・方法,使用機器が無害であること,痛みを伴う調査ではないこと,研究目的以外には使用しないことを文書と口頭で説明し,同意を得た.また,調査は匿名で行い,データは統計学的に処理することを説明し,結果公表に際しての匿名性を保証した.また,測定は衝立やカーテンで仕切って行い,綿毛布やバスタオルを用いて不必要な露出を避けた.なお,本研究は研究代表者が所属する岩手県立大学の研究倫理審査を受け承認を得た(承認番号99).
対象者は18歳以上で,平均年齢(±SD)は,男性41.2±17.6歳,女性33.8±22.1歳であった.また,身長は,男性169.2±7.1 cm,女性156.1±7.3 cm,体重は,男性67.0±11.2 kg,女性53.2±8.5 kgであった.身長・体重から算出したBMIは,男性23.4±3.4,女性21.9±3.4であり,男女で有意な差があった(t(551)=5.13, p<.001)(表1).

筋注部位の皮下組織厚の平均(±SD)は,肩峰5 cm下部では,男性0.6±0.2 cm,女性0.7±0.2 cmであり,男女で有意な差があった(t(551)=−6.05, p<.001).Hochstetterの部位では,男性0.7±0.3 cm,女性1.0±0.4 cmであり,男女で有意な差があった(t(551)=−8.72, p<.001).また,三角筋厚の平均は,男性1.8±0.5 cm,女性1.5±0.4 cmであり,男女で有意な差があった(t(408)=6.15, p<.001).
体格別にみると,BMI<18.5では,肩峰5 cm下部の皮下組織厚は,男性Min0.2,平均0.4±0.2 cm,女性Min0.3 cm,平均0.5±0.1 cm,三角筋厚は,男性Min0.9 cm,平均1.3±0.3 cm,女性Min0.7 cm,平均1.3±0.4 cmであった.やせの者の皮下組織厚と三角筋厚を合わせた長さ,つまり体表面から上腕骨までの深さは,男性Min1.1 cm,平均1.7±0.2 cm,女性Min1.0 cm,平均1.8±0.3 cmであった.Hochstetterの部位の皮下組織厚は,男性Min0.3 cm,平均0.5±0.1 cm,女性Min0.2 cm,平均0.8±0.3 cmであった.
また,BMI≧30.0では,肩峰5 cm下部の皮下組織厚は,男性平均1.0±0.3 cm,Max1.6 cm,女性平均1.2±0.4 cm,Max1.6 cm,Hochstetterの部位の皮下組織厚は,男性平均1.1±0.4 cm,Max1.9 cm,女性平均1.9±0.7 cm,Max2.8 cmであった.
3. BMIと筋注部位の皮下組織厚の関連BMIと筋注部位の皮下組織厚の相関係数は,肩峰5 cm下部では,男性r=0.67(p<.01),女性r=0.63 (p<.01),Hochstetterの部位では,男性r=0.53(p<.01),女性r=0.42(p<.01)であり有意な相関があった.
そこで,BMIから筋注部位の皮下組織厚を推測する回帰直線を確認し,回帰式を算出した.その結果,BMI(X)と筋注部位の皮下組織厚(Y)には以下の回帰式で表せる関係にあり,回帰による予測値の信頼区間は図の通りとなった.
1) 肩峰5 cm下部の皮下組織厚(Y1)男性:Y1(cm)=0.04X–0.25(R2=0.45, p<.001)(図1)

女性:Y1(cm)=0.04X–0.17(R2=0.40, p<.001)(図2)

男性:Y2(cm)=0.05X–0.38(R2=0.28, p<.001)
女性:Y2(cm)=0.05X–0.03(R2=0.18, p<.001)
4.算出式から求められる成人の皮下組織厚の範囲1) 肩峰5 cm下部対象者のBMIの範囲は,男性は15.4~36.5,女性は13.5~38.8であった.これらを肩峰5 cm下部の回帰式に入力し得られる皮下組織厚は,男性平均0.7 cm(0.3~1.0 cm),女性平均0.8 cm(0.4~1.3 cm)であり,男女で0.1~0.3 cmの差であった.
2) Hochstetterの部位Hochstetterの部位の回帰式に対象者のBMIを入力し得られる皮下組織厚は,男性平均0.9 cm(0.4~1.3 cm),女性平均1.2 cm(0.6~1.7 cm)であり,男女で0.2~0.4 cmの差であった.
5.実践に即したBMIから判断する針の刺入深度1) 肩峰5 cm下部(図3, 4)

算出式から求められた各BMIにおける皮下組織厚(図中灰色で示した厚さ)に,0.5~1.0 cm加えた長さ分(斜線部)針を刺入すれば確実に筋に到達するとした場合,斜線部以上かつ骨までの深さ未満が適切な針の刺入深度となる.
BMI<18.5では,上腕骨までの距離が,各BMIにおける皮下組織厚+0.5~1.0 cmよりも小さい場合があった.つまり,確実に筋肉内に到達させようとすると骨にぶつかる場合があることがわかった.
BMI≧18.5では,皮下組織厚+0.5~1.0 cmは皮膚から1.0~2.0 cmの深さの範囲内にあり,針を1.5 cm刺入すれば確実に筋肉内に位置することになった.
ただし,BMI≧30.0以上ではとくに女性で皮下組織厚が1.0 cm以上になるため,1.5 cmでは筋に届かない場合があった.
以上より,三角筋部への筋注の場合,実践における針の刺入深度は,男女ともに18.5≦BMI<30.0で1.5 cm,BMI≧30.0で2.0 cmとすれば,針が皮下組織厚を越え上腕骨には到達しない筋肉内に位置する結果になった(図5).

注)Y軸が0の▲のプロットは上腕骨までの深さが計算できなかったもの
肩峰5 cm下部と同様に図を作成し,針の刺入深度を検討した.
BMI<18.5では皮下組織厚+0.5~1.0 cmが,1.0から1.8 cmの範囲にあり,1.5 cmの深度で筋肉内に位置する計算になった.また,肩峰5 cm下部と同様にBMI30を区切りとすると,18.5≦BMI<30.0では女性で皮下組織厚が1.3 cmを超えるため2.0 cmのほうが確実に筋肉内となった.BMI≧30.0では女性で皮下組織厚が1.6 cmを超えるため2.5 cmの刺入が必要となるが,通常筋注に使用される針の長さからそこまで深い刺入は困難と言えた.
以上より,中殿筋部への筋注の場合,実践における針の刺入深度は,男女ともにBMI<18.5で1.5 cm,18.5≦BMI<30.0で2.0 cmとすれば,ほとんどの対象者において針が皮下組織厚を越え筋肉内に位置する結果になった(図6).

BMIは体格指数や肥満の判定方法の主流であり,国際的にも評価され共通の尺度として広く使われている.本研究対象者の平均BMIは,日本肥満学会の基準による標準BMI22(松澤ら,2000)と近似していた.また,平成23年国民栄養調査(厚生労働省,2013)における20歳以上の平均,男性23.61,女性22.43,体格別割合の男性のやせ5%,標準65%,肥満30%,女性のやせ10%,標準70%,肥満20%とも近似していた.
したがって,対象者は日本人の平均的な体格の集団であったと考える.
2.エコーによる皮下組織厚測定の信頼性皮下組織厚の測定には,皮下脂肪計,レントゲン,CT,エコーなどがある.エコーは,超音波が密度の異なる生体組織にあたると反射する性質から皮下組織を映し出せることを利用したもので,X線被曝などの侵襲がないこと,対象の苦痛がないことなどにより,レントゲンやCTより有用である.エコーの表示法には,距離と反射強度を波形で示すA-mode(amplitude mode)や反射信号の強度を画像上輝度で示すB-mode(brightness mode)などがあるが,B-modeは皮下脂肪と筋の反射波の振幅の違いを明るさの強弱で表し,その境界を二次元的に映し出せる(小宮ら,1988)長所がある.1987年には湯浅ら(1987)がヒトの遺体を用いて,直接ノギスで計測した皮下脂肪厚とB-modeのエコーで測定した皮下脂肪厚とにr=0.97(p<.001)という高い相関があったことを報告している.また,組織間の境界の識別能力は主にその周波数特性によって決まるが,WeissとClark(1985)が7.5 MHzの周波数が最も皮下脂肪と筋の境界を識別できたと報告している.以上より,7.5 MHzのプローブでB-modeのエコーにより測定した皮下組織厚は実測の皮下組織厚とほぼ等しいと考える.
3.筋注部位の皮下組織厚1) 肩峰5 cm下部について三角筋部について,肩峰5 cm下部の皮下組織厚は,男性0.6 cm,女性0.7 cmであり女性が有意に厚かった.筆者ら同様エコーのB-modeで測定した安部ら(1995)の調査によると,腹部と背部は男女でほぼ同じだが,上腕,前腕,大腿,下腿は女性が男性より有意に厚かった.思春期以降の性ホルモンの影響(湯浅,1998)であり,本結果でも統計学的に有意差があり同様の結果が得られた.ただし,平均値の差は,0.1 cmとわずかであった.
半田ら(1981)のキャリパーを用いた計測によると,健康成人の三角筋部の皮下組織厚は男性4.48±1.93 mm,女性7.74±2.91 mmであった.本結果である男性0.4~0.8 cm,女性0.5~0.9 cmは,男性がやや厚いがそれでも0.1 cm程度の差であり,ほぼ先行研究と同じ値が得られた.
2) Hochstetterの部位について本結果は,高橋ら(1988)が病理・法医解剖例を用い測定した前方殿部(Hochstetterの部位と同部位)の男性0.8~0.9 cm,女性0.9~1.1 cmと合致する.一方,半田ら(1981)の解剖実習遺体のClarkの点の皮下組織厚の平均(男性2.2 cm,女性2.6 cm)は,本結果より1.0 cm程度厚かった.また,近年の研究(佐藤ら,2003a, b;佐藤ら,2004)における遺体のClarkの点の平均(男性1.62 cm,女性1.06 cm)も,本結果より厚く報告されている.しかし,小山ら(2005)が指摘するように,殿部の皮下組織厚の測定では,体位を考慮する必要がある.筆者らがHochstetterの部位について体位を変えエコーで計測したところ,皮下組織厚は,標準的な体格の女性で側臥位時より仰臥位が0.7 cm厚かった.仰臥位では殿部のふくらみが圧排され側方に広がることで,中殿筋部付近の皮下組織厚が増すと考えられる.解剖実習用遺体では仰臥位で処理されるため,皮下組織厚が厚い状態で固定されると考えられた.したがって,生体で,注射時に即した姿勢で対象者の皮下組織厚を測定した本結果は,より信頼性があると考える.
4.実践に即した筋注における針の刺入深度皮下組織厚から針の刺入深度を検討する際,皮下組織厚に0.5~1.0 cm加えることとした.これは,本研究で測定した皮下組織厚は筋膜までの距離であるため,さらに刺し進めないと確実に筋肉内に到達しないと考えたことによる.筋肉への到達に必要な刺入の長さについては,筋膜までの距離+筋膜の厚さ(約1 mm)+注射針のカットの長さとされており(安原ら,2012),0.5~1.0 cm加えることは妥当であると考える.
皮下組織厚は統計学的には男女で有意な差があったが,平均値の差は三角筋部0.1 cm,中殿筋部0.3 cmであった.看護者が刺入したと考えた深さと実際の長さに0.5 cmや1.3 cmの差が生じていたとの報告(香春ら,2001)があるように,目盛りのない針で注射する際,0.1や0.3 cmまでの精度を求めることは困難と考える.したがって,実践においてはそれらの差は誤差範囲内として男女一緒に,また,簡便性を考え0.5 cm刻みの深度で検討した.
1) 肩峰5 cm下部について体格別としてBMI<18.5,18.5≦BMI<30.0,BMI≧30.0に分け考えた.
BMI<18.5では,るいそうの強い対象者を考慮し,三角筋への筋注は避けたほうが良いと判断した.深度を1.0 cm以内とすることも考えられたが,浅い刺入で注射器を固定するのは不安定であること,注入時の圧で深度が増す危険性があること,三角筋厚が1.0 cm未満で注射への適応として充分でないと考えられること,神経走行,血管分布からは殿部への筋注が推奨されている(酒巻ら,2012)ことを考慮すると,BMI<18.5のやせの場合には,三角筋への筋注は避け他の部位を選択するのが望ましいと考えられた.
18.5≦BMI<30.0では1.5 cmの刺入とした.標準と肥満の境界BMI 25で分けBMI≧25.0以上を2.0 cmとすると上腕骨に達してしまう対象者がいることから,25.0≦BMI<30.0も1.5 cmが妥当と考えたためである.また,BMI≧30.0では皮下組織厚が1.5 cmを超えてくるため2.0 cmの刺入が適切と考えられた.
対象者全員の皮下組織厚とそれぞれのBMIにおける上腕骨までの深さの分布(図5)を見ると,BMIを目安に,18.5≦BMI<30.0では1.5 cm,BMI≧30.0では2.0 cm刺入すれば,ほとんどが皮下組織厚(●)以上,上腕骨までの深さ(▲)未満に針の先端が位置することになり,これらの深度の目安は男女ともに適用できると考えた.
以上より,三角筋部への筋注の場合,皮下組織厚は統計学的には性別で有意差があったが,実践における針の刺入深度としては,男女ともに18.5≦BMI<30.0では1.5 cm,BMI≧30.0では2.0 cmとし,BMI<18.5の場合には他の部位を選択するのが安全と考えられた.
2) Hochstetterの部位について対象者全員の皮下組織厚の分布(図6)を見ると,BMIを目安に,BMI<18.5では1.5 cm,18.5≦BMI<30.0では2.0 cm刺入すれば,ほとんどが皮下組織厚(●)以上に針の先端が位置することになり,これらの深度の目安は男女ともに適用できると考えた.
なお,BMI≧30.0以上については,皮下組織が厚く筋に届かないと予測される場合にカテラン針を用いることを推奨する文献(須釜,2006)もあるが,看護師がカテラン針で深く刺入するリスクを負うより,皮下組織厚をアセスメントしやすい他の部位を選択するのが安全で実際的と考える.
以上より中殿筋部への筋注の場合,皮下組織厚は統計学的には性別で有意差があったが,実践における針の刺入深度としては,男女ともにBMI<18.5では1.5 cm,18.5≦BMI<30.0では2.0 cmとし,BMI≧30.0の場合には他の部位を選択するのが望ましいと考えられた.
5.臨床での実践に向けて今回,筋注における適切な注射針刺入深度について検討し,BMIを指標とした実際の数値を提案した.看護師がその深さで毎回確実に刺入できる技術を修得できればより望ましいと考える.しかし,患者の穿刺時痛を考えるとゆっくり刺入できないこと,注射針に目盛りがないことから,看護師に1.5 cmや2.0 cmの正確さを求めることも現時点では難しい.その課題の解決策として注射針に目盛りを付すことも考えられるが,コスト面から厳しい.そのため,今回の結果を臨床で活かすにはさらなる検討が必要である.
インスリン自己注射用の1.0 cmや1.3 cmの短い注射針は,針基まで刺入することを想定し製造されている.古い書籍には,注射時の針は針基まで刺入しないと記載され(大原,1998),針の折損を避けるため(佐藤,2012)と考えられてきた.しかし,注射針の主要メーカー3社によると,現在の注射針は曲がることはあっても折れる可能性はほとんどないとのことであった.筋注しようとするとき,1.5 cmや2.0 cmの注射針をBMIに応じ選択し針基まで垂直に刺入することができれば,針に目盛りがなくても先の課題はクリアできる.
わが国の注射針の長さは,欧米に則りinch単位が基準でmm表記が付されている.そして,23G針は1 inch,22Gは1 inchと11/2 inchと11/4 inchなど,針の太さにより汎用される長さとの組み合わせで製造されている.筋注で使用される針については,先の3社とも21Gは5/8 inch(=15.875 mm)があるが,22G,23Gは最も短いもので1 inch(25 mm)であった.1.5 cmや2.0 cmとほぼ等しい5/8 inch (=15.875 mm),3/4 inch(=19.05 mm)が21G,22G,23Gでそろっていれば,筋注に活用できるのではないかと考える.看護師のスキルアップももちろん求められるが,現在臨床で生じている針の刺入深度に対する困難の解決策の一つとして有用ではないだろうか.メーカーは現在の製品の太さと長さの組み合わせに明確な根拠はなく,需要があれば異なる組み合わせの針を製造することも考えられるという.5/8 inchや3/4 inchの針は,筋注に限らず皮下注射にも使用できるため,汎用の可能性も充分ある.
つまり,その長さの針がそろっていれば,筋注する際,三角筋部なら18.5≦BMI,中殿筋部ならBMI<30.0未満であれば,注射針はBMIを基準に5/8 inchか3/4 inchのどちらかから選択し,垂直に針基まで刺入すればよいことになり,簡便である.そして,臨床看護師の針の刺入深度に対する困難が軽減し,患者に対しては安全に確実性をもって実施できるのではないかと考える.
今後,本研究結果の信頼性を確認するとともに,筋注で使用される21G,22G,23Gの,垂直に針基まで刺入すれば確実に筋に届く長さの注射針に関して,臨床看護師のニーズを把握していきたいと考える.
筋注部位の皮下組織厚は統計学的には性別において有意差があったが,実践における注射針の刺入深度は,男女ともに,三角筋部肩峰5 cm下部の場合,18.5≦BMI<30.0では1.5 cm,BMI≧30.0では2.0 cmとし,BMI<18.5では他の部位を選択するのが安全と考えられ,中殿筋部Hochstetterの部位の場合,BMI<18.5では1.5 cm,18.5≦BMI<30.0では2.0 cmとし,BMI≧30.0では他の部位を選択するのが望ましいと考えられた.
ご協力いただいた研究対象者の皆様,関係施設の皆様に,深く感謝申し上げます.