2014 年 34 巻 1 号 p. 56-65
目的:本研究は,より良い朝の目覚めを促進する基礎的研究として,異なる睡眠段階で起床を促した後の身体反応の違いについて検討した.
方法:被験者は15名の健常女性とした.各被験者の実験日は3夜(第一夜,REM期・NREM期起床条件下)とし,起床後にP300と反応時間の測定を行った.また,5名の被験者は正午前にも同様の測定を行った.分析は,起床直後の両条件間の比較と各条件内での起床直後と正午前の比較を行った.
結果:起床直後のP300潜時では,両起床条件間に有意差が認められた.各条件内での起床直後と正午前の比較では,REM期起床条件下でボタン押し反応時間(音刺激)とジャンプ反応時間に,NREM期起床条件下ではボタン押し反応時間(光刺激)に起床後から正午にかけて有意な短縮が認められた.
結論:REM睡眠段階で起床を促すと認知や注意がNREM期よりも早く反応することが分かり,その後の身体反応が良く,日中の活動がスムーズになる可能性が示唆された.
5人に1人が睡眠不足という調査(厚生労働省大臣官房統計情報部,2002)を背景に「日本健康日本21」の中にも睡眠の項目が盛り込まれ,睡眠の質の向上を目指している.しかし,近年では1人あたりの睡眠時間が減少してきており,就労年齢層においては睡眠の大切さは理解できていても大半は睡眠時間が不足しているという現状にある(NHK文化放送研究所,2010).日常の睡眠の質を尺度化する項目として,寝つきのよさ,目覚めの気分,眠りの深さがある(宮下,2002).寝つきに関しては多くの研究が進んでおり,改善目的で市販されている器具や薬品など商品化されているものも少なくない.生活指導面においても嗜好品の取り方や,入浴・運動・リラックス法など入眠を促す方法が呈示されてきている.しかし,社会の24時間化に伴う夜勤・交代勤務の増加,雇用状況や通勤時間の延長などに関連して,就労者は十分な睡眠時間をとることが困難でそれが慢性の睡眠不足に関連しているとも言われている(鳥居,1999).あわせて,睡眠不足を感じている人の多くは仕事や日常生活に何らかの支障を感じているという調査結果がある反面(Doi et al., 2000, 2001;土井ら,1998),起床直後に続いて起こる眠気や疲労感などの睡眠慣性は,睡眠時間の長短に影響しないという報告もあり(Akerstedt et al., 2002),起床直後の身体状況が入眠や睡眠時間以外の因子に影響を受けている可能性も否定できない.
目覚めに関連した研究は,光や音・環境温度などを利用したものがあるが,寝つきや眠りの深さの研究に比べて少なく,また,睡眠深度と睡眠慣性の先行研究では起床直後の検証にとどまっており,REM期と睡眠段階1+2(以降,NREM期とする)での起床がその後の活動に直接影響しているのか明確な結論を得ていない(Ferrara et al., 2006; Bruck & Pisani, 1999; Sallinen et al., 1996).
朝目覚めた後,その後の活動がスムーズに行えるかどうかは,社会生活を行う上で極めて重要なことであり,日中の快適な活動が,入眠の良さにつながる可能性もある.このようなことから本研究では,目覚めのよさを改善するための基礎的研究として,目覚める直前の睡眠段階と起床後の身体的反応について検証を行った.
REM睡眠で起床を促した場合,またはNREM(睡眠段階1+2)期で起床を促した場合の起床直後と正午前の身体的な反応を調査することにより,睡眠段階の違いで起床後の身体反応が異なるかを明らかにすることである.
研究の目的を理解し協力することを承認した健常者で,睡眠障害を持たない成人女性15名(24.2±3.7歳)を対象とした.
2. 実験室の設定(図1)実験室内は,被験者の就寝場所(以降,就寝室とする)と脳波計・環境温度計他の実験機材の設置や研究者がデータを監視する場所(以降,モニタ室とする)で構成された.各空間は壁によって隔絶され,被験者の睡眠中は遮光・防音環境が確保された.また,ベッドにはモニタ室に連絡できるナースコールを設置した.
電圧変化を可能な限り防止するため,モニタ室と就寝室を仕切るように設置した壁にアース板を取り付け,さまざまな測定機器や使用機材のアースを取った.ほかにも,被験者が就寝するマットレスの下にも金網とシールドシーツ(日本光電)を敷くなどの対策を行った.また,各計測機器の電極装着後は抵抗計を用いて計測可能な状態(10 Ω以下)であるかを確認した.
4. 実験室内の環境温度調整実験に使用するベッドは,就寝時に幌によってベッド全体をすっぽりと覆うことができ,幌内の温度をベッド自体に組み込まれている空調システムによって調節できる幌付ベッド(「快眠カプセル」試作機,ダイキン工業)を用いた(図2).幌内の温度は入眠しやすいとされるV字温度(27–24–27°C)に設定し(石渡ら,2005),就寝室とモニタ室の温度は,幌を閉じた状態のベッド幌内の温・湿度が1年を通し最も安定していた条件(就寝室内:暖房の22°C,モニタ室:除湿の22°C)に設定した.
寝衣は被験者が通常自宅で着ている物を使用した.ただし就寝時のベッド内の温度は,季節を通し設定温度を維持していたので,冬季であっても夏季用の寝衣を使用した.枕はバスタオルを用いて被験者が通常使用している枕の高さに調節し,掛物はタオルケット1枚とした.
6. 測定指標,および測定方法1) 脳波,眼電図,筋電図(オトガイ部,上腕部,下腿部)脳波・眼電図・筋電図はバンドパスフィルタ0.5~30 Hz,サンプリングレート200 Hzで就寝前から起床直後数分までを脳波計(Bio Top/san-ei)で計測し,AD変換器を通して睡眠解析研究用プログラム(Sleep Sign, Ver.2.1,キッセイコムテック)を用いてコンピューターに記録した.脳波電極の装着部位は,睡眠段階を確認するための脳波の出やすさや脳波がほぼ左右対称であること,脳波計とベッドの位置関係や被験者の睡眠への影響を考慮し,10–20法のP3, C3, A1(基準電極)とした.電極装着は,はじめに頭皮表面の皮脂や汗をアルコールで除去し,生体信号モニタ用皮膚前処置剤(スキンピュアー/日本光電)で同じ場所を摩擦した.その後,前処置剤を十分ふき取り,銀板皿電極に脳波用電極ペースト(エレクトロジェル/eci)をつけ,密着させるように装着した.(新美ら,2002;大熊,1999).就寝時は,眼電図の電極とオトガイ部を含め,睡眠中の電極を固定するため顔面のみを露出できるようにネット(レテラタイ5号/イワツキ)をかぶせた.眼電図は10–20法のE1, E2に銀板皿電極を使用し,筋電図はオトガイ部と上腕二頭筋・前脛骨筋の動きが最も顕著に触れる箇所にそれぞれ心電図モニタ用電極を用いて,脳波電極と同様の処置をして装着した.
2) 事象関連電位事象関連電位(以降,P300とする)は,注意機能・認知機能における目覚めの評価を目的として測定した.探査電極は10–20法のCz,基準電極はA1とA2,接地電極は後頚部の第7頸椎棘突起上に脳波電極と同様の手順で銀板皿電極を装着した(大熊,1999).P300の刺激提示は,標的刺激(TS)を2 kHz,標準刺激(SS)を1 kHzの短いビープ音とし,SSに対するTSの割合(TS/SS)が,P300が出やすいとされている全体の10%になるようにして(Picton & Hillyard, 1974),イヤーフォーンからランダムに流した.被験者にはTSが合計何回あったかを頭の中で数えさせ,同時にTSが呈示されたらできるだけ早くボタンを押すよう指示した.また,研究者および研究介護者は,被験者の注意がそれないように測定中の環境に配慮した.計測した脳波は,誘導電位測定プログラム(EP-WORKS/キッセイコムテック)を用いコンピューターに記録した.
7. 単純反応時間身体機能面における目覚めの評価を目的として単純反応時間(以降,SRTとする)を測定した.SRTの測定には,刺激呈示からボタンを押す,あるいはジャンプするまでの時間を計測できる反応測定器(WHOLE BODY REACTION TYPE II/TAKEI)を用い測定した.測定はまず,刺激(光・音)が呈示されたら可能な限りすばやくボタンを押す「ボタン押し課題」を行い,続けて同様の刺激呈示により素早くジャンプをする「ジャンプ課題」を各3回ずつ実施した.最初の測定時にはどのようにするのかを説明の後,1~2回練習をしてから測定を行った.
8. 実験手順各被験者は,測定機器に慣れるための日(first night: FN),REM期に起床を促す日(以降,REM期起床条件下),睡眠段階1+2に起床を促す日(以降,NREM期起床条件下)の合計3回の実験を行った.実験と実験の間は最低1週間空けるようにし,月経期間中は避けて日程調整を行った.FNは全被験者で1夜目に実施したが,2夜目以降は,データの偏りがないよう無作為化しREM期起床条件下とNREM期起床条件下の順序を決定した.被験者にはどの条件下で行うか知らせず,予測できないように配慮した.
1) 実験前までの被験者の準備被験者には通常の生活を送るよう指示し,体調の変化などで睡眠に影響すると被験者が思った場合は事前に連絡するように説明した.また研究者が,実験当日の問診結果によって,睡眠状態が変化する可能性があると判断した場合は,被験者の承諾を得て実験日を変更するようにした.
2) 実験室での実験の流れ (図3)被験者は実験日の22時までに実験室に来室し就寝準備を行った.研究介助者は,電極抵抗を確認しながら各計測器を被験者に装着した.装着終了後は,研究者が電極の固定状況や被験者の苦痛がないことなどを確かめてから,被験者を臥床閉眼させ,各測定機器が測定可能な状態であるかを確認した.その後,実験室を消灯し実験を開始し,実験中は研究者がモニタ室で脳波・眼電図・筋電図などを監視した.起床を促すタイミングは,事前確認した被験者の通常の起床時間帯を基準とした.その時間帯の脳波を注視し,REM期あるいはNREM期の開始から5分以上経過したところで,就寝室の点灯,声掛けの順で起床を促した.起床後は,研究者が静かに被験者をモニタ室へ誘導し,P300とSRTの計測を実施した.測定後は電極を外し,被験者の状態を確認した後,実験室での実験を終了した.
全被験者のうち,当日正午前の計測に協力可能であった5名に対して,日中の身体反応を把握するため,起床直後に続きその日の正午前(10時~12時)にP300とSRTを計測した.被験者へは測定までの時間帯は普段通りに過ごすように説明した.
4) 解析方法(1) 脳波,眼電図,筋電図脳波,眼電図,筋電図は,Sleep Sign(キッセイコムテック)による自動判定とその後の複数の実験関係者の視察で睡眠覚醒状況や睡眠段階を総合的に評価した.実験後の脳波を解析・目視した結果,起床を促す時間より前5分以上REMが経過しているものをREM期起床条件下,睡眠段階1および2が継続しているものをNREM期起床条件下として分析を行った.
(2) 睡眠状況の分析記録した終夜睡眠脳波から各睡眠段階の出現量・出現率および各睡眠指標などを抽出した.REM期起床条件下とNREM期起床条件下における各項目の平均値を比較し,それぞれ対応のあるt検定を用いて比較した(有意水準:p<0.05).
(3) P300とSRTP300は加算回数を20回とし,刺激呈示前50 msecから刺激提示後900 msecの脳波を加算平均した.P300の同定は刺激呈示前の平均電位を基線とした刺激提示後最大頂点とした.両条件下の300潜時と振幅の平均を対応のあるt検定で比較した.
SRTは1000分の1秒単位で測定されるため,解析には1000倍した整数を用いた.「ボタン押し課題」と「ジャンプ課題」で得た結果(以下,ボタン押し反応時間,ジャンプ反応時間とする)は,両条件下で3回測定した起床直後の中央値の平均を対応あるt検定で比較した.
また,P300とSRTの起床直後と正午前の比較は,各条件下でのデータを対応あるt検定で比較した(有意水準:p<0.05).
5) 倫理的配慮実験計画の内容は長野県看護大学の倫理審査委員会の審査に基づいて実施した.
(1) 被験者を募集するにあたっての配慮被験者募集時には,計画書を用い研究の趣旨や方法を十分に説明し,協力を得られた希望者を被験者とした.その際,実験開始後でも中止できることを伝え,実験への不参加や中止によって,被験者が不利益を受けることがないことを確約した.また,データは実験以外には使用せず,データの公表については被験者の匿名を厳守し,その保管は実験者が厳重に管理することを伝えた.
(2) 本研究によって予測された身体的リスクとリスクに対する配慮測定器具は,侵襲の少ないと考えられ研究で一般的に使用されているものを使用した.センサー装着時の皮膚トラブルの可能性に対しては,被験者の各種絆創膏に対する問診やパッチテストを事前に行い,使用する絆創膏を決定した.また,装着した各種測定器コード類は,就寝中に実際外れたとしても起こして付け直すことはしないということを伝えた.
(3) 研究によって予測された心理的,社会的なリスクとそれに対する配慮終夜実験によって翌日に眠気が出現する可能性を考え,被験者と十分話し合って実験の日程を組むようにした.また,夜間実験の不安やトイレなどへの対応のため,終夜モニタ室に女性の研究者が1名常駐した.
結果の分析対象となったのは睡眠中およびP300測定中の電極外れなどによる脳波の判読困難,自己覚醒で起床したとそれに対応する4事例を除く,14名28夜(REM期・NREM期起床条件下各14夜)とした.起床直後と正午前のデータの比較では,正午前(10時~12時)の測定が可能だった5名(両起床条件下の起床直後と正午前の計10例)を対象とした.就寝中のベッド幌内の温・湿度は睡眠中も十分制御され,全実験を通して被験者が就寝中の環境温度による不眠や中途覚醒を訴えることはなく,実験を途中で中断した被験者はいなかった.また,実験中の就寝時間や起床時間が,被験者が自己申告した通常の時間から1時間以上ずれることはほとんどなかった.
1. 被験者の睡眠状況(表1)実験夜の総就寝時間,総睡眠時間,入眠潜時,各睡眠段階の時間などは両条件間において有意差がみられなかった.睡眠段階の各ステージを割合でみると,睡眠段階1と2の時間は総睡眠時間に対してREM期起床条件下では57%, NREM期起床条件下では59%,深睡眠(SWS)はREM期起床条件下では18%, NREM期起床条件下では22%, REM睡眠はREM期起床条件下では19.4%, NREM期起床条件下では17%であった.睡眠効率は両条件下ともに90%確保できていた.
P300潜時は,NREM期起床条件下が優位に遅延していた.P300振幅は両条件下間に有意差はみられなかった.
SRTではいずれも両条件下間に有意差はみられなかった.
P300振幅は欠損値があったため,それを除くP300潜時とSRTで比較した.
1) REM期起床条件下(図4)P300潜時では有意差はみられなかった.ボタン押し反応時間の音刺激,ジャンプ反応時間の光・音刺激では,起床直後より有意な時間の短縮がみられた.ボタン押し反応時間の光刺激では,正午前までに短縮が認められたものの有意水準には達しなかった(p=0.054).
ボタン押し反応時間の光刺激のみで有意な時間の短縮がみられたが,P300潜時ボタン押し反応時間の音刺激,ジャンプ反応時間の光・音刺激では起床直後と正午前に有意差は認められなかった.
総睡眠時間に対する各睡眠段階の割合は,両条件下ともに一般的なものとほぼ同様の割合を呈しており(末永,2002),両条件下間に有意差も認められなかったことから,睡眠状況に基本的な違いはなかったと考えられる.また,睡眠効率は両条件下ともに90%を超えていたことから,両条件下ともに十分な睡眠が確保されたと考えられた.
2. 起床直後の比較1) P300潜時一般にP300は,刺激や与える課題の種類にかかわらず発生することから,予期しない刺激や個人にとって認知的に重要な刺激に対する高次の認知反応を反映していると考えられている(Picton & Hillyard, 1974;大熊,1999).また,P300発生過程には,感覚受容器からの神経インパルスが大脳皮質一次感覚野に到達し,その後到達した情報が統合・処理される過程が複合して含まれており,その潜時は覚醒度の低下や認知過程における情報処理能力の低下等により延長することがPictonら(1974)の研究によって明らかにされている.今回の調査では,REM期起床条件下よりNREM期起床条件下のP300潜時が遅延しており,認知過程においてNREM期起床条件下での情報処理能力が低下している状態であったと考えられる.また,睡眠段階の違いにおける覚醒しやすさにおいて,一般的に睡眠段階1と2は刺激に対して容易に覚醒しやすい段階であるといわれている.しかしOswaldら(1960)の研究では,睡眠段階2の脳波に感覚刺激に感応して出現するK複合が,外部刺激を緩衝し覚醒を防ぐ働きがある可能性を示唆している.反面,REM睡眠時のα波の出現率は睡眠段階1よりもREM睡眠時に高く(阿住,2002),判定区間の50%以上のα波の出現で覚醒水準と認められることも踏まえると,REM睡眠時は覚醒時の脳活動状況に近いことが予測される.あわせてREM睡眠中の血流は,視覚運動機能に関連する脳部(運動前野,後頭頂皮質他)を中心に増大(Jewett et al., 1999)し,あわせて,後半の睡眠に頻発するREM睡眠覚醒時の課題成績が良かったことから(Plihal & Born, 1997),REM期起床条件下では脳の活動が覚醒後活動しやすい状態であったことが予測された.またこれらのことから,REM期に起床を促すと起床後も覚醒水準がある程度維持でき,その後も活動しやすくなる可能性が示唆された.
2) P300振幅P300の振幅は刺激に対して集中している状況下で大きくなり,注意の低下が起こると振幅が小さく不明瞭になることが知られている(Picton & Hillyard, 1974).今回,振幅の大きさに有意差がなかったことから,2つの条件下での起床は,刺激への注意や集中の状況において,影響を及ぼさないことが示唆された.
3) SRTボタン押し反応時間は,視覚や聴覚からの感覚刺激の入力から,大脳皮質での統合と運動神経への伝達,上肢筋肉の運動までの総合的な時間である.20歳代女性の平均は光刺激が216~225 msec,音刺激が190~193 msecであり(首都大学東京基準値研究会,2007),起床直後の反応時間はいずれも基準値よりも遅延しており,起床直後の認知活動あるいは身体活動の低下が時間の延長に関連していると考えられた.P300潜時ではREM期起床条件下がNREM期起床条件下より早かったため,ボタン押し反応時間もREM期起床条件下が早くなることが考えられたが,実際はどちらの刺激にも有意差はなかった.P300は,感覚受容器から大脳皮質の一次感覚野に到達するまでの外因性電位と,脳内に到達した感覚刺激があらゆるところで処理されていく過程の内因性電位で構成されている(大熊,1999).P300潜時は振幅の最大値で計測するが,その部分はほぼ内因性電位であり,外因性電位は内因性電位より先に発生することを考えると,感覚受容器から一次感覚野に到達後にすぐさま一次運動野へ伝達され,運動神経へ刺激が伝わったと予想される.実際,P300潜時よりもボタン押し反応時間が早く,このことからも脳内のほかの分野への情報処理を待たずに運動神経を経由しボタンを押す行動が起こったと考えられた.そのため,早い段階での脳内の反応が,その後の運動神経への伝導時間に反映され,反応時間に差がみられなかったのではないかと推察された.一方で,一般的にREM睡眠時は抗重力筋の抵抗が睡眠中最も低下するといわれており(Demont & Kleitan, 1957),REM睡眠中に起床すると起床直後は筋の緊張が低く,起床直後の反応時間が遅くなる可能性も考えられた.しかし実際はNREM期起床条件下よりも反応時間は短い傾向にあり,REM睡眠時に起床しても起床直後の運動には影響を及ぼさないことが確認された.
ジャンプ反応時間の20代女性の平均値は光刺激の場合507~481 msecであり(首都大学東京基準値研究会,2007),起床直後の身体反応の低下が反応時間の延長につながったと予測された.また,ボタン押し反応時間と同様の脳内活動によって,両条件下のジャンプ反応時間に差が出なかったものと考えられた.
ボタン押し反応時間とジャンプ反応時間では,ジャンプ反応時間のほうが両条件下ともに延長していたが,これはボタンを押す動作より,ジャンプを行うための活動筋群の量の多く,それらに到達するまでの神経線維も長いことが影響していると考えられた.
3. 起床直後と正午前の比較Jewettら(1999)の研究では,起床直後の眠気や疲労感などの持続時間は約120分であるという結果が出ており,起床直後から2時間以上経過している正午前は,起床直後に眠気が残っていたとしても消失していると考えられる時間帯であった.そのため,起床後の日中の身体反応を測定する時間帯としては妥当と判断した.
1) REM期起床条件下P300潜時は起床直後から正午前の時間経過による変化はなく,起床直後の注意・認知機能は時間が経過しても持続していると考えられた.各反応時間では,光刺激のボタン押し反応時間以外には正午前のデータに,起床直後からの有意な短縮が認められなかった.REM睡眠中は,Elsenbruchら(1999)の心拍変動スペクトルなどの研究によって,交感神経活動が優勢であることが知られ,Hornyakら(1991)の睡眠中の筋交感神経活動の研究では,REM睡眠時には覚醒時よりも増加する傾向が認められている.これらのことから,REM睡眠中に覚醒を促すと交感神経活動優位の時に目覚めることになり,起床直後から正午前までに速やかに身体反応が改善される可能性を示唆している.
2) NREM期起床条件下P300潜時の結果から,注意・認知機能は起床直後から時間経過による変化がないことが示唆された.光刺激のボタン押し反応時間では正午前までに有意な時間短縮が認められているが,ほかの反応時間では起床直後との間に有意な違いは見られなかった.先のElsenbruchら(1999),Hornyakら(1991)の研究から,NREM期は副交感神経優位になり,筋交感神経活動も低下することが明らかになっている.NREM期に覚醒を促すと身体は休息状態から目覚めることになり,身体反応が起床直後の状態から改善されるまでに時間がかかる可能性が示唆された.しかし,ボタン押し反応時間の光刺激では,NREM期起床条件下において起床直後からの時間の短縮は顕著であった.光刺激は,音刺激よりも大脳皮質の一次感覚野に入るまでのシナプスでの伝達回数が少なく,光刺激のほうがより早く感覚野に到達することが推測される.そのため,光刺激の発生から認知するまでの早い段階で時間差が出やすく,それに続く運動終了までの時間に違いが生じたものと考えられる.
4. この実験の問題点と今後の展開今回の研究は被験者が全員成人女性であったが,卵胞期と黄体期の人数が一致しなかったことや,比較できる症例数が確保できなかったことから,性周期との関係を含めた検証はできていない.
起床直後と正午前のデータの検討に関して,今回は症例数が少なく,各条件別に比較して傾向を知ることにとどまった.起床直後以降の身体活動状況の違いの有無については,新たな比較検証が必要であり,この点を明確にすることで,朝の目覚めの良さと日中の活動のしやすさの追求につながり,日常的な睡眠の質の向上に貢献できるものと考えられる.同時に,今回の研究が実際に活用されるには,機器の開発なども含め更なる研究が必要であるが,看護師等が施設や病棟などで対象者の起床を促す場合に急速眼球運動の有無を確認するなど,起床を促す際のタイミングを計ることによって,スムーズな覚醒への援助の可能性も示唆される.
また,本研究では,測定前夜の睡眠状態や起床直前の睡眠段階が明確でない状態であり,コントロール群の正確性に疑問が生じたためコントロール群としてデータを利用できなかった.しかし今回の結果により,今後は覚醒状況が良いと考えられる起床直前の睡眠段階を中心にして起床条件を統一し,コントロール群として扱える可能性があり,これ以降の研究を実施するにあたって有効に活用できるものと考える.あわせて,認知や反応の状況をみる目的で一般的によく用いられるボタン押しやジャンプ反応時間の計測を行い,身体運動の反応時間と脳波上における認知レベルでの反応に時間差があることがわかった.このことは,今後,認知や反応などにおける研究の際に考慮されるべき点であると考えられる.
本研究はREM期起床条件下とNREM期起床条件下で起床後の認知や身体的反応に違いがあるかを検証し,以下の結果を得た.