2014 年 34 巻 1 号 p. 84-93
目的:看護系大学の若手研究者における研究倫理審査の実態,看護研究における利益相反と介入研究の被験者補償に関する実態を明らかにする.
対象と方法:全国の看護系大学の責任者に,無記名自記式調査票を郵送した.回答者は,責任者が推薦した看護学研究倫理審査に精通した専任教員1名とした.
結果:回答のあった89校のうち,倫理審査委員会が未設置だった2校を除く87校を分析対象とした.若手研究者の年間研究倫理申請件数は,平均21.9件(SD=38)で,その支援体制は博士課程をもつ大学と倫理委員会が学際的な委員で構成されている大学で充実していた.利益相反規程をもつ大学は,国立大学,博士課程を有する大学,学際的なメンバーで構成されている研究倫理審査委員会のある大学で,介入研究の被験者補償は,博士課程をもつ大学にのみ認められた.
結論:若手研究者の研究倫理上の課題は,個人の研究背景と現在の研究環境に強く影響を受けているため,組織による支援と,個別的な学習機会を提供する必要がある.利益相反,介入研究の被験者補償も大学の研究環境で異なり,看護系大学が早急に取り組むべき重要課題であることが示唆された.
日本看護科学学会看護倫理検討委員会(以下:本委員会)では,2007年度より看護学における研究倫理の整備に取り組んできた.2007年度は「看護研究上のモラルに関する提言」を提示し,2009年度には看護系の研究機関および医療機関における看護研究倫理審査体制に関する調査を実施し報告した.その後も,看護系大学は増加の一途をたどっているが,各大学の研究倫理に関する環境がどの程度整備されているかについては明らかにされていなかった.そこで,2011年度,本委員会は,2009年度に実施した質的研究成果を基盤として,200校までに増加した看護系大学の研究倫理に関する環境整備の実態を明らかにするために,「看護学研究における倫理的環境整備に向けた実態調査」を実施した.
本稿は,第1報で報告した「看護学研究倫理審査の現状」に続き,第2報として,「若手研究者に対する研究倫理審査に関連した支援」および,「看護学研究における利益相反(Conflict of Interest: COI)」「介入研究における被験者に対する補償」の3項目に焦点を当てて報告する.「若手研究者の育成」は,日本看護科学学会の将来構想で優先度の高い取り組みの一つに挙げられている.また,利益相反は,日本看護科学学会科学者の行動規範に「十分に注意を払い公共性に配慮しつつ適切に対応する」と明記されているように,産学連携による研究活動の活性化において配慮を要する重要事項である.さらに,介入研究の被験者に対する補償は,2008年改正「臨床研究に関する倫理指針」において,看護ケアも「介入」に該当することが明記され,被験者に生じた健康被害の補償の有無を臨床研究計画に記載することが義務付けられ,迅速に対応すべき重要事項となっている.
以上,本学会が看護学研究の進展を牽引するために注目すべき事項であるという考えのもと調査内容に取り入れた.
全国にある看護系大学の看護学教育研究責任者によって推薦された各大学の看護学研究倫理審査に精通した専任教員であり,研究協力の同意が得られた者とした.
2.調査方法・調査内容調査は,無記名自記式の調査票を作成し,郵送法により実施した.2011年度日本看護系大学協議会に加盟している全ての看護系大学(200校)に郵送し,各大学の責任者を介して,調査対象者に調査票への回答を依頼した.調査票は郵送により回収した.調査内容は,各大学の看護学研究の倫理審査,若手研究者に対する支援,看護学研究における利益相反,介入研究における被験者への補償の実態や現時点で考えられている課題に関するものである.
なお,本研究では,「若手研究者」を大学院生を含む40歳未満の研究者と定義した.回答者は,研究倫理に精通した看護研究者であることを条件に推薦された教員であるため,それ以外の定義は行わなかった.また介入研究は,予防,診断,治療,看護ケア及びリハビリテーション等について,研究目的で実施する通常の看護ケアを超えた行為ならびに,通常の看護ケアと同等であっても,被験者の集団を2群以上に分けて,異なるケアを実施し,その効果等を比較する(厚生労働省,2008a)ものであり,利益相反は,外部との経済的な利益関係等で,公的研究で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれる,又は損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明されかねない事態(厚生労働省,2008b)として用いた.
3.調査期間2011年1月中旬に調査票を発送し,2011年2月末日までに回収した.
4.分析方法数量化データは記述統計により,設置主体,学部構成,設置課程,倫理審査委員会の運営形態,設置年との関連をχ2検定(期待値が5以下の場合はFisherの直接法)により分析した.自由記述によるデータは,類似性に基づいて分類しカテゴリー化した.
5.倫理的配慮調査協力は自由意思であること,調査票に回答者の個人名や大学名は記載しないため匿名性が保障されること,データは本研究の目的以外には使用せず調査終了後に断裁等により破棄すること,回答の返送をもって研究に同意したとみなすこと等について,調査協力の依頼文書に明記した.本調査は,千葉県立保健医療大学研究等倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号2011-043).
全国の看護系大学200校に調査を依頼し,研究協力が得られた89校の中で(回収率44.5%),倫理審査委員会が未設置である2大学を除いた87校を分析対象とした.調査対象校および回答者の属性は表1のとおりである.
若手研究者の研究倫理審査の実態については,55校(63.2%)から回答があった.若手研究者の倫理審査数(2010年度)は延べ250件,1校当たりの平均は21.9件(SD=38)であった.100件を超える大学が2校(3.6%),50~100件が2校(3.6%)あったものの,最も多かったのは年間10件未満の28校で,次いで11~50件の23校であった.若手研究者の倫理申請が倫理審査全体に占める割合は,平均45.1%(SD=26.5)であった.
倫理審査の結果「不承認」となった若手研究者の割合については,33校から回答が得られ,平均9.6%(SD=25.5)であった.若手研究者の異議申し立てについての回答が得られた46校の中で,異議申し立てがあったと記載した大学はなかった.
次に,若手研究者が研究倫理審査で不承認となる理由を図1に示した.最も多かったのは,「文章表現の問題で,研究内容と倫理的配慮の理解が困難である」という内容であった.続いて「研究協力者の選定,リクルート方法に具体性がない」「審査内容のチェックリストを確認したとは思えないような不備がある」「研究協力に伴うリスクや不利益への対応が不十分である」「研究の意義が理解できない研究計画である」が挙がり,「研究倫理に関する陪席時の質問への回答が曖昧である」という項目もあった.
若手研究者を対象にした研究倫理審査に対する支援については,研究倫理に関する研修を実施している大学が24校(27.6%),申請前チェック・指導システムを運用している大学が66校(75.9%)あり,その他の支援を行っているのは12校(13.8%)であった.
若手研究者に対する申請前チェック・指導を担当しているのは,教員(60校),研究倫理審査委員(21校),その他(19校)の順であった.これらの申請前チェック・指導の実施状況は図2に示したとおりである.研究倫理審査申請前指導・チェックを教員が担当している大学では,27校が「院生のみ必ず行う」と回答し,「すべての申請に行う」としたのは22校であった.一方,研究倫理審査委員による事前指導・チェックを,「すべての申請に行う」大学は10校,「院生のみ必ず行う」と回答した大学は6校であった.
研究倫理申請の事前指導やチェックを行っている内容に関する自由記述における教員の回答には,「研究計画全般」「申請者の求めに応じて行う」「所属長や領域・講座ごとの判断」というほかに,「大学院生には指導教員が行う」という内容があった.一方,研究倫理審査委員は,「申請書類の不備確認」「研究計画の内容」「依頼文書や調査票の内容」のように,研究の実施にかかる具体的指導に関する記述であった.また,「予備審査」を設け,事前指導やチェックを行っていると回答した大学もあった.
若手研究者の研究倫理申請に関する支援の実施状況と対象校の属性との関連については,設置している課程と委員会運営の属性で有意差を認めた(表2).研究倫理審査に関する研修に関しては博士課程を設置している大学が,また,倫理審査申請前のチェック・指導に関しては,修士課程と博士課程を設置している大学の方が,そうでない大学よりも実施している割合が高かった.倫理審査申請前チェック・指導は,委員会運営による有意差が認められた.
若手研究者に対する研究活動上の支援システムがあると回答した大学は,87校中45校(51.7%)で,支援に関する自由記述には,支援体制と支援内容に関するものがあった.支援体制には,研究支援センターやFD委員会等の活動として組織的に行っているものから,指導教授,所属組織の上職者といった個人レベルのものまであった.支援内容には,競争的外部資金獲得の支援,外部資金に関する情報提供,研修会やワークショップの実施などがあった.
若手研究者に対する研究活動支援上の課題は,〈研究指導者の課題〉〈若手研究者の課題〉〈組織風土の課題〉〈研究遂行上の課題〉に分類された(表3).〈研究指導者の課題〉には,「指導能力の課題」「専門性が一致した指導者の不足」などがあり,〈若手研究者の課題〉としては,「研究倫理に関する学習支援」や「研究法に関する学習支援」の必要性が挙げられた.また,個人レベルの課題にとどまらず,「研究者を育てる風土やシステムの不足」「大学や講座による支援体制の違い」など,研究活動に対する組織レベルの課題があることが指摘されており,「大学院生に比べ若手教員の支援システム構築の遅延」を指摘する記述があった.さらに,〈研究遂行上の課題〉として,「研究時間の確保」「研究資金の確保」の必要性が挙げられていた.
利益相反規程の有無と申請書提出義務の有無に関連する要因は,表4に示した.利益相反規程があると回答した大学は19校(21.8%)のみで,設置主体別にみると,国立9校(45.0%),公立5校(18.5%),私立5校(12.5%)であった(p<0.05).設置している課程では,博士課程13校(40.6%),修士課程4校(11.8%),学士課程2校(9.5%)であった(p<0.01).さらに学部・学科の構成では,総合大学・その他が14校(34.1%)と多く,医療系大学が4校(12.9%),看護学科のみが1校(6.7%)であった(p<0.05).
利益相反申告書の提出義務の有無に関して,「あり」と回答した大学は32校で,「なし」あるいは無回答が55校であった.また,申告書提出の有無を,設置している課程別,設置年度別,委員会運営別にみた結果,設置している課程と委員会運営が有意に関連していた.申請書の提出義務があると回答した32校のうち,14校(43.8%)は国立大学で,公立・私立に比べて多く(p<0.01),委員会運営では,医学部学科と合同で運営している大学が多かった(p<0.05).
看護研究において利益相反管理の必要「あり」と回答した大学は8校(9.2%)のみで,このうちの2校が,実際に利益相反上の問題が生じたと回答した.その具体例として挙げられたのは,リラクゼーションや健康食品に関する研究,企業の新製品を用いた介入研究であった.利益相反に関連する課題としては,委員会や相談窓口などの設置といった利益相反管理体制整備の必要性に関する記述があった.その一方で,「看護研究に利益相反は起こりにくいのではないか」という回答もあり,身近な問題として捉えられていない実態があった.
4.介入研究における被験者に対する補償について回答があった87校の中で,被験者補償に関する規程や取り決めが,「あり」としたところは8校(9.2%)であった.被験者補償を扱う保険等への加入を義務付けている,あるいは奨励している大学は10校(11.5%)であった(表5).しかし,補償に関する問題が生じた看護研究が「ある」と回答した大学はなかった.
介入研究における補償に関する課題として,「看護研究のための補償保険がないことが問題である」「看護研究の発展とともに被験者に対する有害事象が生じる危険性のある研究が行われる可能性が高くなることが想定されるため,補償システムの必要がある」という記述があった.また,個人レベルで対応できる範囲を超えた場合の組織的対応やサポートの必要性,補償を取り扱う保険に容易に加入できる体制の整備などの指摘があった(表6).
今回の調査結果において,若手研究者の研究倫理審査申請が全申請に占める割合は,平均45.1%(SD=26.5)であった.「人を対象とする研究」は,すべて研究倫理委員会の承認を経て行われる必要があることを考慮すると,倫理審査申請全体の半数近くを若手研究者が占めている実態は,若手の研究活動の活発さと解釈することができる.しかし,本調査における若手研究者は,大学院生と40歳未満の研究者を対象としており,この結果には,大学院生の論文作成に伴う研究活動が大きく反映しているものと思われる.看護系大学は年々増加の一途をたどっており,2011年4月現在,大学は200校,その過半数を超える131校が大学院を設置している(日本看護協会,2012).このことから,大学院生の研究倫理申請増加が予測でき,若手研究者の実態を正確に把握するためには,大学院生と若手教員それぞれの実態を調査する必要がある.
若手研究者の活発な研究活動が示された一方,倫理審査申請数は,標準偏差が26.5と極めて大きく,大学間に大きな差が生じていることが明らかになった.調査協力が得られた大学の中には,2008年以降に学士課程が設置され,調査時点で完成年度を迎えていない18校が含まれていた.新設校の場合,完成年度に向けて教育や組織運営に集中して取り組むため,研究活動に時間的な制約が生じる可能性も考えられる.特に,若手教員の場合,臨地実習の指導者として研究室を不在にする時間も長く,研究に費やす時間的な制約を受けることも多い.若手研究者の倫理申請上の課題として,「審査内容のチェックリストを確認したとは思えないような不備がある」「研究協力者の選定,リクルート方法に具体性がない」といった指摘もあり,研究計画を熟考する時間の不足,指導教員の不足が若手研究者の倫理審査に影響していることが推察された.
また,若手研究者の研究倫理申請における大学間の差は,「不承認」となった割合にもみられ,平均9.6%(SD=25.5)で,第1報で報告した研究倫理申請全体の不承認割合の標準偏差が6.7であったのに比べるとバラツキが大きかった.研究倫理審査結果に関する「不承認」の割合は,自立して研究が行える若手研究者の割合を反映しているものと言える.今回の調査は,若手研究者に占める大学院生の割合が明確でないため,不承認となる研究倫理申請が,学習途上にある大学院生によるものか,若手教員によるものかは明らかではない.しかし,若手研究者の研究倫理申請における課題において,「研究倫理の重要性の理解が浅く陪席しても質問に的確に答えられない」「具体的な研究計画が立案できない」といった課題に加えて,「文章表現の問題や研究の意義が理解できない」といった内容が挙げられたことを合わせ見ると,個々の若手研究者の知識や経験のバラツキとしても捉えられる.
若手研究者の看護研究法に関する知識は,院生であれば大学院で,若手教員であれば大学院および就職後の経験により習得するものと仮定すると,若手研究者の研究倫理上の格差や課題に対する大学院教育の影響は看過できないであろう.看護研究法の教育は,修士課程では,ほとんどの大学院で行われているものの,演習については実施していないところもあり,博士課程においては修士課程よりもやや実施校が少ないことが報告されている(高木,2009).したがって,若手研究者の自立を促進するためには,大学院教育における看護学研究のあり方を検討するとともに,さまざまな教育背景をもつ若手教員の研究能力開発支援策を,個別の状況に応じて講じる必要があると考える.
2.若手研究者に対する研究倫理審査ならびに研究活動上の支援について若手研究者の研究倫理審査に対する支援については,博士課程を設置している大学の方が,倫理委員会の運営においては看護学部学科単独あるいは医学部学科との合同体制をもつ大学の方が充実した支援を行っていた.
博士課程設置の有無が,若手研究者の研究倫理審査ならびに研究活動支援を促進する要因となったのは,自立した研究活動に必要な基礎的能力を育成するという教育目的が影響しているものと考えられる.研究倫理審査の事前指導・チェックについては,大学院生のみを支援対象としている大学もあることから,大学院教育の一環として行われていることが推察される.
これに対して若手教員の場合,研究倫理審査の事前指導・チェックはほとんど行われておらず,若手教員の研究活動に対する組織的で系統的な支援体制が整備されているとは言い難い状況であった.若手教員の教育ニーズ調査において,土肥ら(2012)は研究実践に関する学習ニーズに,職位と最終学歴による有意差があったことを報告している.この報告によると,学習ニーズは,職位では助教より助手が有意に高く,最終学歴では,学部卒者と修士課程修了者の方が,博士課程修了者より有意に高いという結果であった.博士課程を設置している大学は,2011年度においては63校(日本看護協会,2012)であり,200校ある看護系大学の約30%にすぎず,自立して研究できる基礎的能力を身につけている若手研究者は少ないことが推察される.本研究に類似した実態調査は,他学問分野においては見いだされなかったが,日本学術会議がとりあげている若手研究者の課題は,博士課程修了者が想定されている(日本学術会議,2012)ところに,看護学分野における若手研究者との相違をみることができる.助教は,2007年4月1日に施行された「改正学校教育法」により旧学校教育法でいうところの「助手」の中から教育・研究を主たる職務とする者として,新たに設けられた職位であり,法律上の要件ではないものの,その設置目的からは博士の学位を取得していることが望まれる.しかし,看護系大学が急増する中で,博士の学位を取得している人材を得ることは容易ではなく,その多くは修士の学位に留まっているのが現状である.このことからも,入職後の若手教員に対する研究活動支援は喫緊の課題といえるが,若手研究者の学習ニーズに大学内のみで応えることは容易ではない状況も想定される.そうした問題への対応として,大学間連携による人材活用,看護系学会などが企画する勉強会やe-learningの活用など,実習指導等で時間的な制約を受けやすい若手研究者の状況に応じ,利便性を考えて提供する必要がある.
また,看護系大学の中でも医学部をもつ大学が,研究倫理に関する支援体制が整っている傾向があった.その要因として,医学系研究の多くが人を対象とした介入研究であることがあり,研究倫理に関するガイドラインを踏まえた支援整備が行われていると考えられる.また,看護単独で研究倫理委員会を運営している大学では,研究倫理申請の事前チェック・指導体制をとっているところが多く,教員が研究計画全般を指導し,倫理審査委員が申請書類の不備確認や研究計画,依頼文書や調査票の内容をチェックするなど,きめ細やかな審査体制をとっていた.このような研究倫理審査体制が整ってきている一方,若手研究者を指導する教員の指導力を指摘する回答もあり,提出された書類が不受理となることがあることからも,若手研究者の研究倫理審査に関する支援には,課題が多い.
3.看護学研究における利益相反の実態について利益相反に関する対応については,自由回答からみて未だ検討段階にあることが推察される記述が多かった.しかし,研究者が研究によって得られる利益と,研究者あるいは看護実践者としての責務等が衝突・相反し,社会的信頼が損なわれる可能性は十分考えられる.
企業との共同研究や受託研究を行う場合,研究者が適正な手続きのもとに行われていればそれ自体は問題とはならない.しかし,当該研究による活動内容に伴い,特定の企業に特別に便宜や利益となるよう活動し,それに伴い個人的に金銭又はその他の便宜供与を受ける(私的利益)場合には注意を要する.なぜなら,研究者には,社会からの信頼を確保し,研究者としての利益と責務の間で懸念を抱かれることのないように努めることが求められているからである.ここで重要なことは,懸念を抱かれる事実が生じていない場合でも,第三者から懸念を表明されることのないように事前に適切な対応をとるべきであるということである(甲斐,2010).「看護研究においては起こりにくい」といった回答からも,看護学研究で生じうる利益相反について,理解を深める必要がある.
研究者は自身の本務とは何かを自覚したうえで,兼業によって生じる可能性のある利益相反に関してはその透明性を確保し,適切に管理する必要がある(厚生労働省,2008b).日本看護科学学会においても,科学者の行動規範として,「会員は自らの研究,審査,評価,判断などにおいて,個人と組織,あるいは異なる組織間の利益の衝突に十分に注意を払い,公共性に配慮しつつ適切に対応する」と規定している.近年は,学会においても演題登録時に発表内容に関する利益相反に関する申告と開示を要求するところが増えている.利益相反はそれ自体が問題とされているわけではなく,それによって研究の倫理性や科学性が揺らぐことがあってはならないということである.
今後は,看護研究者も自らの研究,審査,評価,判断などにおいて,個人と組織,あるいは異なる組織間の利益の衝突に十分に注意を払い,公共性に配慮しつつ適切に対応できるよう,個人あるいは組織単位で,啓発できる学習機会をもつ必要がある.
4.介入研究における被験者に対する補償の実態について介入研究における被験者の補償に関連する課題では,補償保険がないこと,補償に関する範囲設定の問題,体制づくりの必要性などが挙がった.こうした課題は,看護研究に関連した補償体制の未整備がその原因として考えられる.今後,研究に伴い生じる可能性のある補償問題に関しては,法的制裁として,損害賠償や差し止めといった民事制裁から,研究資金凍結,資格停止や資格剥奪等の行政制裁,悪質なものに対する刑事制裁までさまざまなレベルが考えられる.今回の調査における自由記述では,被験者に対する損害賠償の補償に関する内容がほとんどであった.2008年7月に改正され,翌2009年4月より施行されている「臨床研究倫理指針」の改正点の一つが研究に伴う「補償責任」である(厚生労働省,2008a).本指針では,補償措置が必要となった「臨床研究」を「医療に於ける疾病の予防方法,診断方法及び治療方法の改善,疾病原因及び病態の理解並びに患者の生活の質の向上を目的として実施される次に掲げる医学系研究であって,人を対象とするものをいう」と定義している.また,「介入研究」には,看護ケア行為も含まれている.倫理指針では,研究者は,該当する研究を実施する場合には,事前に健康被害を補償するための保険その他の必要な措置を講じることおよび補償の有無についてのインフォームド・コンセントの重要性について明記されている.今後,予測されうる看護研究における「介入研究」の増加に備えた対策が必要であるという認識を個々の研究者と,研究倫理審査にあたる委員がもつことが重要となる.
全国の看護系大学の看護学研究倫理審査に精通した専任教員を対象に,若手研究者における研究倫理上の課題,看護学研究の倫理的課題として重要性が増す利益相反と介入研究における被験者補償について調査した.
1.若手研究者の研究倫理申請は,平均21.9件(SD=38)で,大学間の差はあるものの研究活動は活発な傾向にあった.若手研究者における研究倫理上の課題には,研究者個人の課題と勤務する大学による差があり,未だ研究倫理以前の課題も存在していた.研究倫理の研修は博士課程を設置している大学が,研究倫理審査事前チェックは看護学部・学科による委員会運営の大学が充実していた.
2.若手研究者への支援には,研究者自身の個別性やニード,所属する機関の状況に応じた支援が必要で,大学間連携による人材活用,e-learningなど,多様な学習機会を若手研究者の利便性を考えて提供する必要性が示唆された.
3.利益相反については,19校(21.8%)が規程を設けていたにすぎず,その有無に,設置主体や設置している課程が関連していた.身近な問題として捉えられていない実態もあり,組織的な啓発が必要である.
4.介入研究における被験者補償に関しては,博士課程を設置している大学では補償規程を有し保険加入を義務づけていたが,多くの大学で今後の課題と位置づけられ,適切な補償保険がないことなどが課題として挙げられた.
以上,若手研究者の課題と支援は,研究倫理審査に携わる側からの回答であり,若手研究者自身の認識とあわせて,支援を具体化していく必要がある.また,利益相反と介入研究における被験者補償についても,研究者の意見は反映されていないため,今後は,研究者自身の理解や考えを把握していく必要がある.しかし,若手研究者の育成については,本研究の結果から,いくつかの支援方法を提案することができた.さらに,若手を指導する指導者の課題に関する指摘も多く,看護学研究の発展には,より多面的な支援活動が,組織や学会に求められるものと考える.また,利益相反や被験者補償の問題は,今後急速に増大していくことが予測されるだけでなく,研究対象者に,ひいては社会に懸念を抱かれないように事前の対応を要する課題である.学会としても引き続き啓発の機会をもつとともに,早急な検討を各大学に期待するものである.
本調査にご協力いただいた看護系大学の責任者ならびにご回答いただいた皆様に深く感謝申し上げます.
なお,本調査は,日本看護科学学会看護倫理検討委員会の2011年度の活動として行った.