2014 年 34 巻 1 号 p. 103-112
目的:精神科病院において,初めて看護学実習を受け入れることにより看護職にどのような変化がもたらされるのか,明らかにすることを目的とした.
対象と方法:実習を受け入れた病棟の看護職4名に個別インタビュー調査を,共に働くコメディカルスタッフ6名にフォーカスグループインタビュー調査を実施し,質的に分析した.また,看護職全員を対象に精神的負担を測定する自己記入式質問紙調査を行い,実習受け入れによる変化を検討した.
結果:看護職・コメディカルスタッフが共通して感じた変化は【学習量の増加】【接遇の向上】【緊張感の出現】【ケアの積極性】【ケアの工夫と試行】であった.実習病棟に所属する看護職の精神的負担は,実習受け入れ前後で有意な変化は認められなかった.
結論:精神科病院において初めて看護学実習を受け入れることは,看護職の学習や接遇,ケアの質の向上につながることが示唆され,有意な精神的負担の増強を伴わない可能性が示唆された.
我が国の精神保健医療福祉サービスは,国や地方自治体がその確保に責任を持つべきと精神保健法(1968年制定)で明文化されたものの,長く地域における退院者の受け入れが進まず,入院治療が主となってきた.特に地方においては,公立病院の不足から民間の単科精神科病院が主要な役割を担い,現在も重要な役割を果たしている.精神医療サービスの質を左右する精神科病院看護師の就業者数は,看護師約4.7万人,准看護師3.7万人である(相川ら,2009).准看護師が多い理由は,医療法による人員配置基準にて精神科病棟が“特例”とされ,療養病床よりも看護師等の割合が低く,免許の取り決めもないためである.このことは,看護サービスの量的な不足とともに質的な問題が潜む可能性をはらんでおり,現任教育の充実が求められている.
看護学実習の指導を通して看護職と学生が共に学ぶことは,看護職自身が自分を振り返るよいきっかけとなり,教育的効果があると報告されている(出口ら,2006;東中須・神郡,2007).これらは臨地実習指導者にもたらされた効果であるが,指導者以外の看護職者全員を対象とした意識調査においても,実習を受け入れた病棟の看護職の8割近くが学習に対する向上心を持ったとの報告がある(松崎ら,2006).しかし,この報告は看護職自身が感じた変化の全容を質的に分析したものではない.また,実際の看護業務に反映された行動レベルの変化については,これまでのところ明らかになっていない.
本研究は,地方の精神科病院で働く看護職が初めて看護実習生を受け入れることにより,その意識や行動にどのように変化がもたらされるのかを明らかにすることを目的とする.併せて,実習を受け入れることによる精神的負担の変化があったのかについても調査する.
本研究において「看護職」とは,精神科病院における准看護師の割合が高いことから,看護師および准看護師のことを総称した用語として定義する.また,精神看護学実習を初めて受け入れることによって生じた「看護職の変化」を,看護職が抱く看護についての意識および業務に従事している場面における実際の行動の変化と定義する.
本研究デザインとして,看護学実習の指導を受け入れることにより精神科病院看護職にどのような変化がもたらされたのか,総合的に評価するための混合研究法(以下,ミックス法;Creswell, 2003/2007)を用いる.看護職の変化を明らかにするため,まずは看護職から見た自分自身の変化や他の看護職の変化についてインタビュー調査を行う.また,共に働きながら看護職の変化を観察することができたコメディカルスタッフにも調査を行い,特に行動レベルにおける変化についてデータ収集を行う.また,実習を受け入れることによる精神的負担の変化が存在したかどうかを評価するため,看護職のストレス要因およびストレス反応について調査し,量的な検討を行う.
2.研究フィールドと精神看護学実習の概要本研究のフィールドとなったA精神科病院は地方都市にあり,隣接する総合病院精神科とともに,その地方における精神科医療の中心的役割を担っている.A病院は,統合失調症患者の退院支援を主とする開放病棟(精神療養病床,60床)を1つ,急性期の患者および統合失調症と認知症状を併せ持つ高齢患者の治療を行う閉鎖病棟(精神入院基本料15対1)を2つ持つ計157床の単科精神科病院である(2009年4月~8月当時).調査時点で精神看護学実習を受け入れていたのは,3つの病棟のうち,急性期患者を収容する閉鎖病棟(47床)と,開放病棟(60床)の2つであった.研究期間である5ヶ月間における平均稼働病床は148.2床(稼働率94.4%),入院患者の平均在院日数は368.0日,新規入院患者数延べ68名,退院患者数延べ64名という状況であった.
A病院が開院以来,初めて受け入れた精神看護学実習は,B大学看護学部において第3学年の4月から8月にかけて実施される実習である.学生は複数の実習グループに分かれ,他分野の実習とともに組まれたローテーションに沿って専門分野実習に臨んだ.学生はA病院において,10日間の実習期間のうち5日間を病棟実習に費やし,残りの5日間は精神科デイケアなどの地域施設で実習を行った.各期間の学生数は8名,2つの病棟に4名ずつに分かれて臨み,全体として5期間,計40名の学生がA病院において実習を行った.引率する看護教員は1名であり,実習内容の把握のために朝の申し送りから病棟に入り,2つの病棟を行き来しながら実習指導者との情報交換や調整を行い,適宜学生にも直接指導を行った.実習指導者は,主に看護学生に対するオリエンテーション,受け持ち患者の紹介,実習計画への助言や指導を担い,毎日,実習終了時に教員および学生とともにミーティングを開いて実習内容の振り返りを行った.看護学生は,本実習にむけて第1学年において精神看護学概論を,第2学年において精神看護学方法論を学んでいる.
3.看護職およびコメディカルスタッフに対するインタビュー調査実習生の指導を受け入れた病棟(以下,実習病棟)に所属する看護職の変化を調査するため,看護職へのインタビューおよびコメディカルスタッフへのインタビューを行ってデータ収集を行った.精神科病院では作業療法や社会技能訓練など心理社会的治療が重要であるという特性から,看護職は作業療法士や臨床心理士,精神保健福祉士などのコメディカルスタッフと日々協働してケアを行っている.A病院においても,毎日病棟内で各種プログラムを他職種とともに運営し,終了後には関わったスタッフでミーティングを行っており,他職種は看護職の行動レベルの変化を間近で観察できる立場にあったことから調査対象とした.
以下に,各調査方法を示す.
1)実習病棟看護職に対する個別インタビュー調査実習病棟に所属する看護職へのインタビュー調査は,以下のように実施した.
(1)対象調査時点において,2つの実習病棟に所属する看護職は計30名であり,看護師は約6割(20名)であった.インタビュー対象者数は,第1段階として4名設定し,分析結果に応じて第2段階を設定することとした.対象者選定の手順として,まず実習が行われた2つの病棟の師長より所属する職員の名簿を入手した.次に精神科病院において准看護師の割合が高いことから,各病棟で看護師と准看護師それぞれ1名ずつ計4名,乱数表を用いた無作為抽出により選出した.その際,過去に実習生を受け入れた病院で勤務した経験がないことを確認して決定した.対象者らへの連絡方法は,彼らの自由意思を尊重するため直接研究者が行い,同意されたとの意思表示をメールでもらった時点で日程調整をしていった.
インタビュー内容は逐次分析し,第1段階の対象者への面接を終えた時点で看護師および准看護師間で類似したデータが繰り返し出現していることを確認し,分析を進めた結果,新たなカテゴリーの抽出は見込めないと判断した.そのため,次の段階であるコメディカルスタッフへのインタビュー調査に進んだ.
(2)調査時期2009年9月.
(3)データ収集方法インタビューはトピックガイドを使用した半構成面接とし,研究者1名で行った.面接場所は落ち着いて話し合える個室とし,面接中はドアに表示をして第3者が入室しないよう配慮した.面接のテーマは「今回,看護実習生を受け入れることにより,看護師が意識や行動にどのような影響を受けたのか」とし,以下のようなトピックガイドに沿って実施した.
①研究者が自己紹介と研究の趣旨の説明を改めて行い,問いかけに対して自由に語ってほしい旨をお願いする.
②「今回,看護実習生を受け入れることにより,看護職としての自分や他のスタッフに何か変化はありましたか?」と質問する.
③対象者が語ってくれた変化の内容を踏まえて,その変化が意識のみでなく実際に行動として現れていたかどうか確認する.
④さらに不明な点があれば確認し,研究協力に対する感謝の気持ちを伝え,インタビューを終了する.
研究者は,対象者の話の流れを壊さないよう,適宜確認や不明な点についての質問を行った.インタビュー内容は,対象者らの同意を得てICリコーダーにて録音し,逐語録を作成して質的データとした.
(4)データ分析方法インタビューで得られたデータは,フレームワークアプローチ(Pope & Mays, 2006/2008)を参考に質的帰納的に分析した.まず分析担当者2名で全体を丹念に熟読し,文脈に留意しながらデータを意味ある最小限の文節または文章で区切った.次に,区切った文節や文章を単独でその意味を理解できるような文章へとコード化した.ここまでの作業を終えた後,研究者間で何度も検討し,前後の文脈を捉えながら,各コードが持つ意味のまとまりごとに看護職の「意識の変化」と「行動の変化」という2つの枠組みで振り分けた.その振り分けが終了した後,各枠組みの中で同様の意味を示すコードのまとまりごとに,繰り返し出現するテーマを余白に書き出した.その後,テーマを抽象度によってカテゴリー化しながら他のコードとの関連を検討し,その類似性からさらに中間の分類が必要であればサブカテゴリーを抽出した.そのような作業を進めながら,カテゴリーと各コードとの関連について修正を何度も繰り返し,看護師の意識および行動の変化について類型化していった.カテゴリーの名前はできるだけその本質を端的に表現したものであるよう工夫し,見直しと修正を何度も行った.
2)コメディカルスタッフに対するフォーカスグループインタビューコメディカルスタッフから観察された実習病棟看護職の変化について,以下のようにフォーカスグループインタビューを行った.
(1)対象A病院のコメディカルスタッフのうち,病棟看護職と業務上の連携が多かった臨床心理士1名,精神保健福祉士2名,作業療法士3名を対象とした.研究者は研究の説明と同意書を直接説明して手渡し,参加するという同意の意思表示をメールまたは口頭で受け取った後,フォーカスグループインタビューのための日程調整を行った.
(2)調査時期2009年9月.
(3)データ収集方法フォーカスグループインタビューは,研究者がファシリテーターを,共同研究者1名が補助を務めて実施した.面接場所は落ち着いて話し合える個室を使用し,インタビュー中はドアに表示をして第3者が入室しないよう配慮した.インタビューは「今回,看護実習生を受け入れることにより看護職がどのように変化したか」をテーマに,以下のようなトピックガイドを作成した上でその流れに沿って行った.
①研究者が自己紹介と研究の趣旨の説明を改めて行い,問いかけに対して自由に語ってほしい旨をお願いする.
②「皆さんから見て,今回の実習生受け入れ前後で看護職にどのような変化がありましたか?」と問う.
③対象者らがそれまで語った内容を踏まえて,憶測が混在している可能性がある内容については実際に観察した事柄かどうか確認する.
④最後に研究への協力に対する感謝の気持ちを伝え,インタビューを終了する.
研究者は,対象者の話の流れを壊さないように,また話題が逸れていかないように留意して進行役を務めながら,適宜確認や不明な点についての質問を行った.発言が少ない対象者にもさりげなく問いかけを行うなどし,各自の声を十分に引き出せるように配慮した.補助を務めた共同研究者は,各自のジェスチャーやつぶやきなど録音では記録できないようなデータをメモに書きとめ,補助データを収集した.インタビュー内容は,対象者らの同意を得てICリコーダーにて録音し,逐語録を作成して質的データとした.
(4)データ分析方法インタビューで得られたデータは,前述の実習病棟看護職に対するインタビューデータと同様の手順で行った.ただし,今回の枠組みについて検討した結果,コメディカルスタッフが観察可能な看護職の変化は行動レベルの変化のみであること,データ全体が示す内容には看護職の良好な変化とそうでない変化に分けられることを共有したため,「良かったと思われる変化」と「良くないと思われた変化」という2つの枠組みを設定した.
4.看護職の精神的負担についての質問紙調査実習病棟看護職の精神的負担の変化を調査するため,看護職に適用可能な職業性ストレス測定尺度とバーンアウト状態を測定するストレス反応測定尺度を指標として,自己記入式質問紙調査を実施した.
1)対象A病院の3つの病棟に所属する看護師および准看護師を対象に,精神看護学実習を受け入れた病棟を「実習病棟」,実習が行われなかった病棟を「対照病棟」としてそれぞれに所属する看護職全員の協力を得た.
2)調査時期A病院が初めて精神看護学実習を受け入れた年の,実習が開始される直前の時点(2009年4月上旬)および終了時点(同年8月上旬)の2時点で調査を実施した.
3)データ収集方法自己記入式質問紙の調査項目は,年齢や教育背景を問う基本情報(11項目)に加えて,作成者の許諾を得た上で,看護師が抱くストレッサーを測定する尺度であるNJSS(Nursing Job Stress Scale)(東口ら,1998)のうち精神科看護職の状況に適していると考えられた「職場の人的環境に関するストレイン」7項目,「看護職者としての役割に関するストレイン」5項目,「患者との人間関係に関するストレイン」2項目を設定した.また,看護師のストレス反応(バーンアウト)としてMBI-GS(Maslach Burnout Inventry–General Survey; Kitaoka-Higashiguchi et al., 2009)16項目を用い,計41項目で構成した.
自己記入式調査票は研究の説明書とともに配布し,研究協力に同意して記入された調査票については各自に封印してもらった.封印された調査票は,ナースセンターに留め置きされた投函箱に投函してもらい,1週間後に回収した.
4)解析方法初めに,実習病棟および対照病棟の全看護職の属性を比較し,有意差がないか分析を行った(unpaired t test).次に,実習病棟の看護職について,実習受け入れ前後におけるNJSSおよびMBI-GSの各下位尺度得点の変化を比較した(Wilcoxon signed-rank sum test).その後,実習病棟および対照病棟の看護職の精神的負担の変化を比較するにあたり,対象者数が少なくその変化にばらつきがあることや,両者が患者の重症度や入退院者数,看護管理の在り方や職場の人間関係等多くの交絡要因の影響を受けていることを考慮し,実習受け入れ前後の2時点における平均得点を用いた検討ではなく,得点の変化量を用いた縦断的検討を行った.変化量は,NJSSおよびMBI-GSの各下位尺度得点について実習終了時の得点から実習開始時の得点を引いて求め,両群間で有意な違いがあるか比較した(Mann–Whitney U test).
いずれの解析も優位水準p<0.05とし,SASW statistics 18を使用した.
5.倫理的配慮本研究は,金沢医科大学疫学倫理審査委員会の了承を得て実施した(平成21年10月26日,受付番号61).
実習病棟看護職およびコメディカルスタッフを対象としたインタビュー内容の分析結果を以下に示す.
1)実習病棟看護職が自覚した変化実習病棟に所属する看護職へのインタビュー調査は,准看護師2名(40代男性1名,30代女性1名),看護師2名(30代男性1名,40代女性1名)に対して行われた.インタビュー所要時間は最小で18分,最大で25分,平均22.5分であった.看護職の意識の変化,行動の変化という枠組みで大別して分析した結果,各々の枠組みから5つのカテゴリーを得た(表1).【 】はカテゴリー,『 』はコード例,「 」はデータ例を示す.
看護職の意識の変化を示すデータ内容からは,【学習意欲の向上】【モデルとしての自覚】【現状の看護に対する問題意識】【初心を取り戻す】【緊張感の出現】という5つのカテゴリーが抽出された.【現状の看護に対する問題意識】の中から,分析過程の例を挙げる.このカテゴリーの元となるデータとして,「患者さんとのかかわりにおいて,自分でも,今までだったらお恥ずかしいのですが,何々はだめやよとか,良くないんじゃないというような禁止したり,何か制限するような発言で終始していた….」と現状を振りかえる内容があり,『患者に禁止や制限ばかりしていたと気付いた』とコード化された.このコードは,他の『事故を防ぐことばかり気にして薬の自己管理を避けていた』など他のコードと共に【現状の看護に対する問題意識】というカテゴリーを構成すると分析された.
看護職が感じた行動の変化としては,【学習量の増加】【接遇の向上】【ケアの積極性】【ケアの工夫と試行】【療養環境の改善】という5つのカテゴリーが得られた.そのうち【接遇の向上】には『ニックネームや「ちゃん」付けが減った』『処置や誘導をする際に患者の同意を得るようになった』などのコードから構成され,【ケアの積極性】は『10分でも患者と話をするようになった』『患者に何をしてあげたいとか,考えるようになった』などから構成された.【療養環境の改善】は『面会者に椅子を持って行くようになった』『間仕切りカーテンがついたため,プライバシーに配慮するようになった』などのコード例があった.
2)コメディカルスタッフが観察した実習病棟看護職の変化コメディカルスタッフに対するインタビュー調査の所要時間は64分であった.得られたデータは,コメディカルスタッフから観察された行動レベルの変化として良いと思われた変化,良くないと思われた変化の枠組みで分類された(表2).良いと思われた看護職の変化という枠組みからは【学習量の増加】【現状の看護を振り返る言動】【緊張感の出現】【接遇の向上】【実習指導への熱意】【ポジティブなアセスメント】【ケアの積極性】【ケアの工夫と試行】【他職種との連携の活発化】という9つのカテゴリーが抽出された.そのうち,【学習量の増加】は『看護職同士で話し合って学んでいた』『この人は勉強したなという発言が出てきた』などのコードから構成された.【接遇の向上】には『患者さんをあんたと呼ばなくなった』『排便の確認の際,プライバシーに配慮するようになった』などが,【ポジティブなアセスメント】では『問題ばかり気にすることが減った』『患者の長所や健康的な部分を見るようになった』などのコード例があった.
コメディカルスタッフが良くないと感じた看護職の変化としては,【余裕のなさ】というカテゴリーが得られた.
3)病棟看護職全員に実施したストレス調査(1)対象者の属性介入群(実習病棟)30名,対照群(非実習病棟)14名より回答を得た.両群ともに男女比2対3程度であり,婚姻状況,教育歴,看護師免許の有無,自己学習時間,健康状態に有意差はみられなかった.年齢については介入群が対照群よりも有意に低く,精神科勤務年数も少なかった(unpaired t test, p<0.05)(表3).
実習病棟の看護職のみを対象とし,実習開始前および終了時の2時点における各ストレイン得点,バーンアウト各下位尺度(疲弊感,シニシズム,職務効力感)得点を比較した.その結果,「職場の人的環境に関するストレイン」得点の中央値が実習開始前2.5点(範囲=2.7点),終了後2.7点(範囲=3.0点),「看護職者の役割に関するストレイン」得点の中央値が実習開始前2.5点(範囲=2.4点),終了後2.4点(範囲=2.2点),「患者との人間関係に関するストレイン」得点の中央値が実習開始前2.8点(範囲=3.0点),終了後3.0点(範囲=2.5点)であり,各々有意差はみられなかった(Wilcoxon signed-rank sum test, p<0.05).同様に,バーンアウト各下位尺度得点の中央値も,「疲弊感」が実習開始前3.1点(範囲=5.0点),終了後2.4点(範囲=5.6点),「シニシズム」が実習開始前1.6点(範囲=4.8点),終了後1.4点(範囲=4.4点),「職務効力感」が実習開始前1.0点(範囲=3.7点),終了後1.3点(範囲=3.7点)と,全ての得点において実習前後に有意差はみられなかった(表4).
実習病棟および対照病棟の各ストレイン得点およびバーンアウト各下位尺度得点(疲弊感,シニシズム,職務効力感)の比較については,入院患者層や業務内容,看護職らの実践能力,病棟医の方針,看護管理内容など関わる要因が複雑であり,これらを全て調整して比較することには限界があると考えた.そのため実習終了後の各得点から実習開始後の得点を引いて変化量を求め,実習を受け入れてからの変化について両群間で比較した.
対象者らの「職場の人的環境に関するストレイン」得点の変化量の中央値は,実習病棟で0.1点(範囲=4.1点),対照病棟で-0.3点(範囲=2.7点)であり,有意差は認められなかった.同様に「看護職者の役割に関するストレイン」得点変化量の中央値は実習病棟で-0.2点(範囲=2.4点),対照病棟-0.5点(範囲=2.6点),「患者との人間関係に関するストレイン」得点変化量の中央値は実習病棟・対照病棟ともに中央値0.0点(範囲=各々3.5点,3.0点)であり,いずれも有意差は認められなかった(Mann–Whitney U test, p<0.05).
次にバーンアウトの各下位尺度の得点の変化量の中央値を比較した結果,「疲弊感」得点変化量の中央値が実習病棟で-0.2点(範囲=8.8点),対照病棟で0.4点(範囲=6.2点)であり,対照病棟看護職の疲弊感が実習終了後に増強する傾向があったものの,有意差は認められなかった.同様に,「シニシズム」得点変化量の中央値は実習病棟で0.3点(範囲=7.8点),対照病棟0.1点(範囲=7.2点),「職務効力感」得点変化量の中央値は実習病棟0.2点(範囲=5.3点),対照病棟0.0点(範囲=3.2点)であり,いずれも有意差は認められなかった(Mann–Whitney U test, p<0.05)(表5).
なお,全ての対象者のバーンアウト得点を集計した結果,バーンアウト状態の定義に該当する者は存在しなかった(Kitaoka-Higashiguchi et al., 2009).
実習指導を受け入れた精神科病院看護職の変化について,病棟看護職およびコメディカルスタッフの評価を比較したところ,学習意欲や学習量の増加,接遇の向上,緊張感の出現,現状に対する問題意識,ケアの積極性,ケアの工夫と試行という共通する内容が認められた.
学習意欲や学習量の増加については松崎ら(2006)の結果とも合致しており,実習生を受け入れることが看護職に学ぶことの必要性を感じさせ,実際に学習する行動を生じさせるものと考えられた.
またケア内容に関する変化としては,「患者に制限や禁止ばかりしていたと気付く」など現状の看護に対する問題意識,コメディカルスタッフが語った「患者の健康的な部分に注目する」などポジティブなアセスメント,他職種との連携の活発化など,患者の権利を擁護する良好な変化が生じたことが示唆される.ケアの積極性や「薬の自己管理を試みる」などのケアの工夫も,患者の自発性,社会性を促進するものであり,学生の存在が看護職のみならず患者にも利益をもたらす可能性が示唆された.
Patzelら(2007)は,精神看護学実習を終えた米国の看護学部生160名を対象に調査し,学生が臨床現場の医療の質や実習時間の短さなどとともに,看護の役割モデルの不足を実習経験として挙げたことを報告した.国内では宮本ら(2005)が,学生が精神看護学実習中にショックを受けた場面として強制的移動や患者の存在を軽視した対応などがあったことを,岩崎(2001)も学生が感じたジレンマとして看護職が患者のプライバシーや自己決定を尊重しないことなどであったと報告している.これらの報告からは,全ての精神科病院がまだ十分に看護学教育施設としての役割を果たし得るとは限らないことが伺われる.特に精神科認定看護師や専門看護師が少ない地方の精神科病院ではその傾向があるのではないだろうか.初めて実習を受け入れることを契機として手厚い現任教育が行われ,精神科病院における看護の質が向上することは,五大疾患となった精神疾患に苦しむ患者の利益につながることが期待できる.
2.実習病棟看護職のストレス調査結果実習指導受け入れ前後の看護職のストレス要因およびバーンアウト反応について,実習病棟に所属する看護職には有意な変化は認められなかった.しかし,コメディカルスタッフの評価として余裕がない様子であったことには,留意する必要がある.精神科看護の業務は,点滴や全身清拭など目に見える動きが少ないものの,関わりが難しい患者のケア,五感を駆使した綿密な観察・分析による事故防止など,緊張感を伴うものである.実習指導に携わる看護職の業務内容調整など,看護管理者による配慮が必要であると考えられる.
調査の限界として,研究フィールドが1カ所の精神科病院であること,対象者数が少ないこと,看護職の精神的負担に関わる交絡要因の調整が難しかったこと,実習受け入れ初年度のみの調査であることなどから本研究結果を一般化することは難しい.今後,実習指導に初めて取り組む病院での検証が必要である.
地方の精神科病院が初めて看護学実習を受け入れることにより,実習病棟に所属する看護職にどのような変化がもたらされたのかについて調査した.実習病棟に所属する看護職の意識の変化として,学習意欲の向上や現状の看護に対する問題意識,緊張感の出現などが,行動の変化として学習量の増加,接遇の向上,ケアの積極性,ケアの工夫と試行という良好な変化が示唆された.また,看護職への質問紙調査では有意な精神的な負担の増強は認められなかった.
本研究にご協力いただきましたA病院看護職の皆様に感謝を申し上げます.また,ストレス調査尺度使用にあたりご指導いただいた北岡和代教授(金沢大学医薬保健研究域・保健学系),解析のご指導をいただいた中村幸志准教授(金沢医科大学医学部),中川東夫先生(医療法人松原会七尾松原病院院長)に感謝し,お礼を申し上げます.
この研究は,金沢医科大学平成21年度共同研究費の補助(C2009-7)を得て行った.また,平成23年度共同研究報告書の一部を加筆・修正したものである.