2015 年 34 巻 1 号 p. 280-291
目的:在宅精神障害者の家族介護者が持つSOC(把握可能感,処理可能感,有意味感)を明らかにする.
方法:在宅精神障害者の家族介護者24名に半構成的面接を実施し,質的記述的分析を行った.
結果・結論:家族介護者にとって【家族員の精神疾患発病】は,家族介護者の人生において辛い体験として位置づけられていた.家族介護者の処理可能感は,時間経過の中で【試行錯誤】を繰り返し,【他者からの支援】を受けながら患者への関わり方や生活に対する【気持ちの持ち方】は変化し,【患者と向き合う力】を見出した.把握可能感は,まず患者の病気を【精神疾患と把握する】ことから始まり,【状況の予測・理解の難しさ】の中で,【生活の見通し】のなさを感じている家族介護者が複数いた.また,有意味感は,これまでの生活や介護に【意義や価値の獲得】を行う一方で,【生活や介護への不全感】を感じている者がおり,介護を継続していく力として介護への【使命感】が大きいと考えられた.
地域で暮らす精神障害者は290万人(89.8%)であり(内閣府,2010),家族との同居者は7割以上を占める(内閣府,2007).現在の日本では,社会資源の質や活用性の問題から,在宅ケアにおける介護の大半が家族によって行われている実情がある(高原・兵藤,2004).在宅ケアにおける家族の役割は大きいが,一方で家族の精神的健康に最も寄与するのが精神障害者に関わる介護負担とも言われている(畑・阿蘇,2003).精神障害者の地域ケアが1950年代半ばから推進されてきた英米では,家族の困難に着目した研究が数多く存在し,介護者としてのケアの提供(Francell, Conn & Gray, 1988)や,精神障害者の病状や問題行動(Hatfield, Coursey & Slaughter, 1994)などが家族の負担になると明らかにされている.わが国においても,介護を行う日々の生活の中で家族は,患者の発病後から精神的に緊張を強いられ,時には恐怖を感じ自らの仕事にも支障が出るなどの深刻な影響を受け,高い割合で心身の疲労や不調を感じている現状がある(白石・伊藤,2011).闘病中の者が家族内に存在する場合,その家族の生活の質が保障され,かつ家族が介護を価値ある行為と認識したうえで長期ケアが継続できるような方法を検討することが求められている(野川,2000).
そこで本研究はSense of Coherence(首尾一貫感覚:SOC)概念に着眼した.SOCは社会学者のAntonovsky(1987/2001)によって提唱された健康生成論の中核概念であり,その人に滲み渡った,動的ではあるが持続する確信の感覚によって表現される生活世界規模の志向性のことである.それは第一に,自分の内外で生じる環境刺激は,秩序づけられた,予測と説明が可能なものであるという確信,第二に,その刺激がもたらす要求に対応するための資源はいつでも得られるという確信,第三に,そうした要求は挑戦であり,心身を投入し関わるに値するという確信からなる,と定義されている.この定義での第一の感覚は把握可能感,第二の感覚は処理可能感,第三の感覚は有意味感と呼ばれ,これらはSOCを構成する3つの下位感覚となる.
人は,ストレッサーに直面した時,様々な外的資源や内的資源を用いてストレッサーをうまく処理していく.家族介護者にとって,精神障害者を抱え,患者や精神障害と向き合い,介護する過程は,家族介護者自身のストレッサーになり得,その人の周囲の資源(外的資源),あるいはその人自身の内にある様々な資源(内的資源)が動員され対処することになる.ストレッサーの回避や処理に役立つ,世の中にあまねく存在するものをAntonovsky(1987/2001)は汎抵抗資源と定義し,良質な汎抵抗資源により良質な人生経験が提供され,それによってSOCが形成されると考えた.
在宅精神障害者の家族介護者にとって,医療者より提供される援助や支援が良質な汎抵抗資源であれば,それらの援助に伴う介護経験は良質なものになるのではないか.家族介護者のSOCに着目し,より良い介護生活を送ることができるように援助策を講じることは,家族介護者のSOCを向上させ,ストレス状態の軽減につながっていく.家族が日々の生活や介護を肯定的に捉えられるように,彼ら自身の内にある力を向上させることでストレスや介護負担に対する捉え方も変化すると考える.これまでのSOCの実証研究では,主にSOCの機能や効果を検討する研究と,SOCに影響を及ぼす要因を検討する研究が行われてきた(桝本,2001).これらの研究に加えて,SOCやその構成要素である把握可能感・処理可能感・有意味感が具体的にはいかなるものであり,それらが具体的・直接的にどのような状況や経験によって変わっていくのかを明らかにするための手法として質的研究が挙げられており,介入方策の開発に役立つとの観点から質的研究は高く位置づけられている(山崎・戸ヶ里,2010).
在宅精神障害者の家族介護者に対して,精神疾患への理解を深める研究(兼平ら,2010)や,ケア提供上の困難や対処を明らかにする研究(石川・岩﨑・清水,2003)はこれまでに行われていたが,家族介護者がもつ力であるSOCの強化・向上に着目した研究は行われていない.家族員の精神疾患発病や長期にわたる療養の中で家族は,容易に解消されることはないストレスを抱えている状況であるが,家族の潜在能力に注目しそれを引き出す援助を実践できたならば,地域における家族看護のケアの幅を広げることができるであろう.
以上より,本研究の目的は,家族介護者のこれまでの体験を振り返る中で,家族介護者がもつ把握可能感,処理可能感,有意味感はどのようなものであるのかを明らかにし,家族介護者の内なる力であるSOCの向上に着目した家族支援のあり方を検討することである.
本研究での在宅精神障害者とは,精神科病院に通院し,自宅で生活をしている精神障害者とし,家族介護者は精神障害者と同居し,在宅ケアにおける中心的役割をとっている家族員とした.また,SOCの下位尺度の定義として,把握可能感は,自分の置かれているあるいは置かれるであろう状況がある程度予測でき,理解できるという感覚,処理可能感とは,直面した出来事や問題に対し,何とかなる,何とかやっていけるという感覚,そして有意味感は,ストレッサーへの対処のしがいも含め日々の営みにやりがいや生きる意味を感じられる感覚(山崎・戸ヶ里・坂野,2008)とした.
2.研究対象者X県内3か所の精神科病院に患者が通院している又は病院併設デイケアの家族教室に参加した家族介護者と,X県内2か所の地域家族会に参加している家族介護者に本調査への協力を依頼し,同意が得られた24名を対象とした.研究協力施設は,X県内を保健所が管轄する地区ごとに分け,各地区から協力施設を選定し,対象者の居住地が偏らないように配慮した.
3.データ収集方法データ収集期間は2012年1月~4月,研究者が作成した面接ガイドを用い,対象者が希望した場所(対象者自宅や研究者所属大学内研究室,病院外来にある面接室)にて半構造面接を一人一回実施(平均面接時間76.3±19.5分)した.
同意が得られた場合はICレコーダーによる面接内容の録音を行った.
4.質問内容面接では,SOCがストレスフルな状況や人生イベントを体験しても健康を損なうことなく,ストレスとうまく付き合っていくことができる能力(近藤,2009)であることから,これまでの人生においてストレスを感じるような出来事の有無を尋ねた.そして,その出来事に直面している時の気持ちや考えとともに,当時,自分が置かれている状況やこれから先に起こることを予測・理解することはできたか(把握可能感),自分で納得のいく対応や自分の周りの資源を適宜活用できていたか(処理可能感),その出来事に対して,現在どのような思いや感情を抱いているか(有意味感)について尋ねた.
5.データ分析の方法本研究は,これまで在宅精神障害者の家族介護者のもつ把握可能感,処理可能感,有意味感の具体的な内容は明らかにされておらず,家族介護者が経験した現象を記述すること自体に意味がある(グレッグ,2008)と考え,質的記述的方法を用いて分析を行った.
分析に先駆け,面接ガイドの質問内容で研究者が意図する内容の語りが得られるかどうか再度検討し,質問内容の妥当性を吟味した.
分析では,まず録音した面接内容を全て逐語録に起こし,データを繰り返し読むことで語りの全体像を把握した.そして,逐語録の内容と質問項目を照らし合わせながら,逐語録から「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」と「これまでの辛かった,苦労した体験」を表している部分を,意味のあるまとまりで各々抜き出し,それらのデータを繰り返し読み,そのデータの示す意味を解釈して,できる限り対象者の言葉を使用した簡潔な表現にまとめた(コード化).次に,各々の項目で抽出されたコードごとに,コード間における意味の類似点と相違点について比較し,分類を行った.そして,項目ごとに類別されてできた複数のコードの集まりに対し,その集まりがもつ意味の特性を表すにふさわしい名前をつけた(サブカテゴリの抽出).さらに,項目ごとにサブカテゴリ間での類似点と相違点について比較を行い分類することで抽象度をあげ,サブカテゴリの集まりをその内容や性質を表す言葉で命名しカテゴリ化した.
分析にあたり,精神科臨床経験と質的研究の経験をもつ2名の研究者で合意が得られるまで検討を行い,データの妥当性の確保に努めた.
6.倫理的配慮対象者に対し口頭と文書にて本研究の主旨と内容,調査の参加・拒否・中断の自由,匿名性の確保とプライバシーの保護を説明し文書で同意を得た.また,結果は本研究の目的以外に使用しないこと,論文執筆や学会での報告に際し個人が特定できないように十分配慮することを約束した.なお,本研究は,山梨大学医学部倫理委員会(受付番号832)と研究協力施設倫理委員会の承認を得て実施した.
対象者は,男性4名(16.7%),女性20名(83.3%)であり,うち3名は家族内に2名の患者がいた.平均年齢は58.3歳(SD=10.3),在宅精神障害者に対する続柄は,父・母が15名(62.5%)と最多で,他は夫・妻6名(25.0%),きょうだい4名(16.6%)であり,うち1名は母と妻2つの続柄であった.世帯内家族人数は平均3.3名であった.
在宅精神障害者の疾患は,統合失調症が23名(85.2%)と最多で,他には気分障害3名(11.1%),パーソナリティ障害1名(3.7%)であり,罹病期間は,平均13.5年(SD=9.0),同居期間は,平均17.2年(SD=12.6)であった.罹病期間に関しては,患者が配偶者の場合,いつ頃発症したのかわからない(罹病期間不明)者が3名いた.
面接は一人一回実施し,平均面接時間は76.3分(SD=19.5)であった.
2.カテゴリの抽出と分析結果本文中では,カテゴリを【 】,サブカテゴリを《 》で表記する.
1)これまでの辛かった,苦労した体験分析の結果,3カテゴリ,10サブカテゴリに統合された(表1).
これまでの辛かった,解決することが大変だった体験として,全ての対象者が,【家族員の精神疾患発病】に関する体験を挙げた.この体験には,《精神疾患の発病》や《症状増悪時の患者の言動》など,疾患そのものに起因する体験のほか,《治療への抵抗感》を対象者自身が感じながらも,患者の入院・投薬治療を行った体験や,医療施設での《医療者の対応》が,対象者や患者が望むものとはかけ離れた体験をしたことが含まれた.
また,患者の発病に際して,他の家族員と関係が悪く頼る者がいない,他の家族員から責められるといった《他家族員との不和》や,家庭外での《他者との不良な人間関係》といった【人間関係の不和】も対象者にとって辛く,苦労した体験となっていた.加えて,健康の喪失である《他家族員の健康障害・死》や対象者の心身の負担を増やす《自分自身の不健康状態》,精神障害者の介護による自分の《時間の喪失》といった【喪失体験】が挙げられた.
2)把握可能感分析の結果,3カテゴリ,9サブカテゴリに統合された(表2).
家族員が精神疾患を発病した際,対象者は,自分が置かれている状況やこれから先に起こるだろうことを予測・理解することよりもまず,家族員の疾患を【精神疾患と把握する】ことを行った.把握の程度は,対象者によって異なり,患者の言動から患者が精神疾患を患っているのではないかと《多少の心の準備》ができていた者がいる一方で,それまで持っていた精神疾患に対する偏見や知識不足から,《発病や病気に対するネガティブな感情》や《楽観的な認識》をもっていた者は少なくなかった.
そして,家族員が精神疾患であることを把握することで,自分が置かれた状況を認識し始めたが,精神疾患という《理解しにくい病気》であること,初めての体験であり《手探りの状況》が続くことから【状況の予測・理解の難しさ】を感じ,《成行きに任せる》ようにした対象者がいた.また,これから起こることを予測した【生活の見通し】は,病気とは《一生の付き合い》になること,生活に対する《見通しのなさ》や《将来への不安》から,対象者亡き後の患者の生活を想像し,多くの不安を伴うものであった.
3)処理可能感分析の結果,4カテゴリ,17サブカテゴリに統合された(表3).
家族介護者は,戸惑いながらも目の前で起こっている出来事や問題に何とか対処しようと努めていた.最初は《わからないことだらけ》で戸惑い,振り返ると患者への《対処や関わりの反省》が浮かぶことも多かったが,《自分なりの工夫》をしながら《経験の積み重ね》を行い,【試行錯誤】する中で徐々に,自分で納得のいく対応ができるようになり,処理可能感を獲得していった.
また,対応の積み重ねのみならず,患者の《病状とともに揺れる気持ち》や介護への《疲労感》を感じる中で,患者や介護に対して《肩の力を抜く》といった【気持ちの持ち方】の変化や,対象者自身が《心身の調子を崩す》ことで《自分のことも大切にする》ことを決め,患者や介護に対し《前向きに考えていく》ようになるなどの【患者と向き合う力】が,処理可能感を形成していた.
そして,自分の周りの資源を適宜活用できることは処理可能感の獲得につながるが,対象者は,《医療者との関わり》や《他家族員の協力》,《周囲の人々の助け》など,【他者からの支援】を受け患者に対応していた.一方,他者に対して《病気を理解してもらうことの難しさ》を感じている対象者も多かった.【他者からの支援】で《望むこと》として,話を聞いてくれる存在や場所,数日程度の入院ができる場所,24時間対応の相談窓口といった支援が挙げられた.
4)有意味感分析の結果,3カテゴリ,8サブカテゴリに統合された(表4).
これまで直面してきた出来事や問題に対して,現在どのような思いや感情を抱いているか対象者に尋ねた結果,多くの対象者がこれまでの《経験の価値付け》を行い,《自分自身に対する肯定的評価》を持っていた.また,患者や家族等との関わりを通して《家族関係の深まり》や《患者への温かい気持ち》を感じ,これまでの生活や体験に対し【意義や価値の獲得】を行っていた.
しかし,Q氏やR氏のように,《経験の価値付け》を行っていたとしても,患者やこれまでの生活に対して《悲観的・自責的な思い》を持つ者がいた.また,O氏のように経験に対し意義や価値を感じるまでには至らず《漠然とした感覚》に留まっている者もおり,精神障害者との生活や経験はともすると【生活や介護への不全感】というネガティブな感情・思いを生じさせるものであることが明らかとなった.このような対照的な感情を抱えながらも,患者の《病気と向き合っていく》姿が多くの対象者から見てとれ,《介護者としての務め》として患者の介護へ【使命感】を抱き介護を続けている現状が明らかとなった.
サブカテゴリには家族員の発病前の経験も含まれていたが,【人間関係の不和】の《他家族員との不和》や,【喪失体験】の《他家族員の健康障害・死》,《時間の喪失》の経験は,家族員の精神疾患の発病やその介護と間接的につながっていた.また,全ての対象者が,これまでの辛かった,苦しかった体験として【家族員の精神疾患発病】に関連した体験を語った.
人にとって,天災や人災といった劇的な大事件や愛する者の死や病気,失業といったライフイベント,日常の中で苛立つことがストレッサーになる(本明・春木・織田,2002).精神障害者の家族にとって,家族員の発病はそれまでの生活に大きな変化をもたらし,精神障害者との生活の中で感じる不安や戸惑い,苛立ちは日常的混乱をまねくものであろう.長期にわたる経過の中での日常的混乱は,離婚や死別という人生上の大きな変化に比べると劇的ではないが,適応や健康にとってはむしろより重要なことであるかもしれない(本明ら,2002).Antonovsky(1987/2001)は,慢性的なストレッサーは,SOCのレベルを左右する主要な要因であり,ストレッサーとしての人生の出来事について重要なことは,出来事それ自体でなく,それが引き起こす多くの結果や影響であると述べた.対象者にとって【家族員の精神疾患発病】は,不安や苦しみ,悩みを引き起こした.さらに,その困難な状態が長引けば,家族介護者は慢性的なストレッサーを抱えた状態となる.SOCは,ストレスフルな状況や人生イベントを体験しても健康を損なうことなく,ストレスとうまく付き合っていくことができる能力である(近藤,2009).ストレスフルな状況に置かれ続けやすい家族介護者にとってSOCの向上は,自身の健康を保つための大きな力になると考える.
2.家族介護者がもつ把握可能感・処理可能感・有意味感対象者の把握可能感として,自分が直面した状況やその先に起こるであろうことを直面時より予測できた者は皆無であり,家族員の言動の変化を【精神疾患と把握する】に至るまでには多大な時間とエネルギーを費やした.当時の生活や対応は日々手探りであり,【状況の予測・理解の難しさ】を感じさせた.
精神病患者を在宅でケアする家族の情動的負担には,知識の欠如や医療従事者からの情報不足が影響しており(岩崎,1998),精神病患者の家族1,485名のうち約9割の家族は,事前に精神疾患について学ぶ機会がなく,学校教育の中で精神疾患について学ぶ機会があったら発症期の対応が違っていたと考えていた(堀江ら,2011).本研究においても,家族は十分な知識や情報がないまま,患者の病気や状況と直面し,戸惑いや不安を抱えていることが推測できた.したがって,発症早期の家族介護者の精神疾患に対する知識や情報の習得は,自身の把握可能感に影響すると考えられる.
処理可能感では,状況すら把握できず,何をしたらいいのかわからなかった対象者であったが,【試行錯誤】を繰り返しながら,患者や精神疾患,自分自身の関わり方に対する対象者の【気持ちの持ち方】は少しずつ変わっていき,【患者と向き合う力】を持つようになった者は多い.処理可能感は,自身のそれまでの経験の積み重ねを生かすことができる場面も多く,他者からの支援を受けることで,対処方法の広がりや充実が期待でき,自分の中での成長や対処の上達を感じやすいと考える.
これまでの経験に【意義や価値の獲得】を得た対象者は複数いたが,【生活や介護への不全感】を感じ,辛い現実に苦しみながらも一方で介護に対して意味や価値を見出す,相反する感覚を持つ対象者もいた.自分のことを否定することは,自己の有意味感,つまり自分の存在価値を感じる力を弱めるものとなる.また,介護を継続する力として【使命感】が考えられる.Guberman, Maheu, and Maille(1992)は,精神障害者の家族介護者が介護を行っていくうえで重要な要因を義務感と示したが,石原(1982)は,義務感として規範に拘束されたケアは負担感や犠牲感を伴いやすく,障害者に対する受容的態度としての共感性が形成されにくいとした.家族介護者にとって,義務感は介護を継続する力になるが,ともすると介護負担の要因になり得る可能性を秘めている.家族介護者は,義務感だけでなくやりがいや張り合いといった肯定的な感情,介護に対する有意味感を持ちながら介護を行っていくことが望まれる.
3.家族介護者のSOCの強化・向上を目指した援助のあり方有意味感はSOC下位感覚の中で最も重要であり,有意味感の高低は他の2つの感覚の高低に影響する(Antonovsky, 1987/2001)が,自分の経験を価値あるものと捉えるためには他者からの評価が重要である.自分を支え,自分の体験や思いを語ることができる存在や機会があることは,自分の経験を肯定的に捉えることができる機会となる.今回,半数以上の家族介護者が,今後の生活に《望むこと》として,話を聞いてくれる他者の存在を求めていた.家族介護者にとって,自分の体験や思いを語ることができる存在がいることは,手段的・情緒的支援を得るだけでなく,自身の体験を意味づけ,価値づけるためにも重要であると考える.そこで,在宅精神障害者の家族介護者に関わる看護師や保健師が,家族介護者に必要な支援を行う中で語りに耳を傾け,相談にのり,介護経験の意味価値づけを助け,介護経験が良質な苦労になるような関わりをすることは,家族介護者のSOCの強化につながると考える.
しかし本研究では,看護師や保健師と関わる機会がない者もおり,また,家族介護者自身が持つ精神疾患に対するスティグマや羞恥心から他者に助けを求めにくい状況があると考えられる.したがって,家族介護者への支援は,支援者から出向き,根気強く働きかけることが必要となるであろう.支援の第一歩として,支援者側が定期的に地域の広報誌や病院情報誌などを使って相談窓口や利用可能資源の情報を提供するとともに,病院外来や家族教室,地域の家族会の機会を活用して家族介護者との関わりを持ち支援者の存在を認識してもらうことは方策の一つとなる.そして,支援を求めてきた家族介護者のあるがままの家族のありようを認め,家族なりの工夫や努力を肯定的にフィードバックすることが重要であろう(野嶋,2007).また,家族会や家族教室の機会も家族介護者にとって他者との交流を持つことができる場となる.しかし,家族会に対し,「平日では仕事が休めず参加できない」「同年代の人がいない」といった発言があり,家族会や家族教室の対象者を年齢や性別,続柄で分けるなど,開催方法に多様性が求められていると考える.家族会や家族教室の活動を充実させ,地域に根付かせることは,家族介護者の外的資源の充実につながっていく.
藤里・小玉(2009)は,人間関係の中で形成されるSOCがより多様なストレス反応を低減させるため,健康の維持・増進における人との関係性が重要であると述べている.看護師の役割として,患者の生命や生活を脅かす危険因子を除去するという疾病生成論的な役割だけでなく,患者とその家族のSOCや汎抵抗資源といったサリュタリーファクターを形成・強化していく健康生成論的な役割も重要視されるべきであろう.
家族介護者にとって【家族員の精神疾患発病】は,家族介護者の人生において辛い体験として位置づけられ,家族介護者は【家族員の精神疾患発病】によって慢性的にストレスフルな状況に置かれ得ると考えられた.家族介護者の処理可能感は,時間経過の中で【試行錯誤】を繰り返し,【他者からの支援】を受けながら患者への関わり方や生活に対する【気持ちの持ち方】を変化させ,【患者と向き合う力】を見出していた.把握可能感は,まず,患者の病気を【精神疾患と把握する】ことから始まり,【状況の予測・理解の難しさ】の中で,【生活の見通し】のなさを感じている家族介護者が複数いた.また,有意味感では,これまでの体験に【意義や価値の獲得】を行う一方で,【生活や介護への不全感】を感じている者がおり,介護を継続していく力として介護に対する【使命感】が大きいと考えられた.家族介護者が,支援者の存在を認識できるように働きかけることは家族介護者の汎抵抗資源を増やし,SOCの形成・強化につながると考えられた.
本研究にご協力下さった家族介護者の皆様に心より深く御礼申し上げます.なお,本研究は2013年山梨大学大学院医学工学総合教育部博士課程に提出した博士論文の一部を加筆・修正したものである.また本研究は,平成24~25年度科学研究費補助金(若手研究B:課題番号24792543)を受けて行った研究の一部である.本研究の一部は,日本看護研究学会第40回学術集会において発表した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:ISは研究の着想およびデザイン,データ収集・分析,草稿の作成;EMはデータ分析および原稿への示唆および研究プロセス全体への助言;すべての著者が最終原稿を承認した.