日本看護科学会誌
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原著
植込み型除細動器(ICD)を移植した壮年期患者がICDとともに生きるプロセス
中西 啓介 岡 美智代富田 威
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2014 年 34 巻 1 号 p. 311-320

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Abstract

目的:植込み型除細動器(ICD)を移植した患者にとって,その後の生活に見通しが立たないことは生活上の困難事のひとつとされているが,実際にどのような生活を送っているかについては不明な点が多い.本研究の目的は,壮年期患者の退院後の生活において,その行動や認識が持つ意味に着目し,ICDとともに生きるプロセスを明らかにすることである.

方法:研究協力者8名に対して半構造化面接を行い,得られた逐語録を修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによって分析した.

結果:18の概念で構成される6つのカテゴリー〈関係性構築の必要性に気づく〉,〈他者と再び関係性をつくる〉,〈ICDに対する見方を変える〉,〈自分流のガイドラインづくり〉,〈ICDが日常化する〉,〈改めて気を引き締める〉と,1つのコアカテゴリー【自分と他者および自分とICDとの関係性の構築】が抽出された.

結論:患者は他者やICDとの関係性を構築・再構築する過程を通して,ICDと生活をともにしていくことが明らかになった.

Ⅰ.緒言

1980年代に米国で開発された植込み型除細動器(以下,ICD)は,我が国でも1996年に保険償還されて以降,移植件数を増やしている(奥村ら,2011).不整脈死の予防というICDの特徴的な機能は,作動いかんで患者の生死に直結する点で究極的であり,ICDの移植が患者に与える恩恵は計り知れない.

一方で,ICDを移植した患者は他の循環器疾患患者と比べて,精神および身体機能が低いことが,欧米の調査で明らかにされている(Heller et al., 1998; Burke et al., 2003).日本でも,患者の3~5割はICDが作動することへの不安や恐怖感を有し(鈴木,2005),約1割は抑うつ傾向を示し,約2割は心的外傷後ストレス障害を発症することが指摘されている(樗木ら,2009).このようなICDの有する両義性は,患者の生活に様々な葛藤を生じさせる.中でも,先の見通しがつかないことは主要な問題であるが(Flemme et al., 2011),我が国における研究の関心領域は,ICDの機能そのものや,そこから生じる患者への影響といった病状の経時的変化の解明がほとんどであり,ICDを移植した後に,患者がどのような生活を送っているかについては不明な点が多い.

そこで本研究は,ICDを移植した後の患者に共通する看護の方向性や,支援のあり方の創出を目指して,一般的に社会的役割が大きいとされる壮年期患者の,移植後の生活の中で獲得した行動や認識の持つ意味に着目することで,患者がICDとともに生きるプロセスを明らかにすることを目的とした.

Ⅱ.用語の定義

本研究では,ICDとともに生きるプロセスを「ICDを移植した後の生活を通して変化したり,新たに獲得した,患者の行動や認識の醸成過程」と定義した.

Ⅲ.研究方法

1. 研究協力者

A病院のICD外来に通院する,ICDを移植後1ヵ月以上経過した壮年期患者を研究協力候補者とした.また研究目的に照らし,研究協力候補者の基礎疾患は問わなかった.なお,移植後に自宅での生活経験がない者,口頭による会話が困難な者,精神疾患および脳器質性障害の診断を受けた者は除外した.

2. データ収集方法

半構造化面接法を実施した.面接はあらかじめ作成したインタビューガイドに沿って進行した.インタビューガイドは,研究協力者にICDを移植することになったきっかけから現在までの経過を振り返る中で,直面した課題への取り組みや,その時の体験や感情,ならびにその変化が語られることを目指して構成した.ただし,インタビューガイドに沿うことを第一義とせずに,研究協力者に比較的自由な発言を求めた.1人あたり60分程度の面接を1~2回実施した.内容はICレコーダーにより録音し,面接後に逐語録化した.

また,ICD手帳,診療記録,看護記録から基本属性,基礎心疾患名,ICD移植期間,ICDの作動自覚の有無,心機能の程度等を収集した.

なお,インタビューおよび分析は同一の研究者が実施した.研究者はICD移植後患者へのケア経験のある看護師だが,本研究の研究協力者に対してケアを提供する立場にはない.

3. データ分析方法

分析方法には,質的分析手法の一つである修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach:以下,M-GTA)を採用した.M-GTAの基軸をなすGrounded Theory Approachは,質的研究手法の中でも,個々人の主観的な意味づけを探ろうとする象徴的相互作用論を源流の一つとする手法とされる(Flick, 2009/2011).M-GTAに適した研究領域は,人間と人間とが直接的にやりとりする社会的相互作用に関わる領域・ヒューマンサービス領域・研究対象とする現象がプロセス的性格を持っている領域であり(木下,2003),これらの要件は本研究に適合するものである.

まず,複数人分の逐語録を概観した後,分析テーマを「ICDを移植した患者がICDとともに生きるプロセス」に設定し,ICDを移植した患者を焦点にしてデータを帰納的かつ演繹的に分析した.具体的には,前述の分析テーマを通して,逐語録から研究者が着目した参加者の行動・感情・認識等に該当する部分を,意味内容を解釈することなく,逐語録そのままの言葉を取り出した.その上で,ICDを移植した患者にとって選択箇所が持つ意味について,多角的に分析・解釈し,概念を生成した.その際,得られた概念の類似例や対極例の潜在的可能性についてもデータに照らして継続的に比較検討し,それ以上の類似例や対極例が出尽くしたところで,各概念について理論的飽和に達したものと判断した.なお,一連の概念生成過程は分析ワークシート(表1)に記録することで,研究者がそれまでの分析過程を客観的に振り返ったり,その後の分析を進めたりする上での参考にした.

表1 分析ワークシート(抜粋)

さらに,生成した概念や概念間の関係を基点にしてカテゴリーやコアカテゴリー,プロセスのレベルに至るまで,推測的・包括的に検討を行った.このような多重的,同時並行的な思考を通してカテゴリーとコアカテゴリーを生成し,最終的に,結果図・ストーリーラインとしてまとめた.

4. 確実性・妥当性の確保

質的研究における信頼性の確保は研究方法の確実性への検証とみなすことができ,その手段は,データの成立過程を明らかにすること,インタビューやデータの解釈などの方法を明らかにすることとされる(Flick, 2009/2011).そこで本研究では,M-GTAの分析手法に則って分析ワークシート(表1)を用いて,データの成立過程および,分析過程を明らかにすることで確実性を高めた.また,研究計画立案から分析に至るすべての過程において,慢性期看護学の専門家からスーパーバイズを受けた.さらに,研究協力者に分析結果についての意見を求め,それらを結果に反映することにより妥当性の確保に努めた.

5.倫理的配慮

研究実施にあたり,研究協力施設の承諾,ならびに信州大学医学部医倫理委員会の承認を得た(承認番号1545).

研究者は,外来受診を終えた研究協力候補者に対して口頭で研究協力を依頼し,承諾を得られた方にのみ,改めて研究の趣旨,データ収集方法,研究参加の任意性,匿名性の保持等について文書および口頭で説明した.その上で,改めて研究協力を依頼し,同意書をもって同意を得た.さらに,患者の権利を遵守することを約束する文言に研究者が署名した文書を対象者に渡した.なお,インタビューの過程で,医療介入の必要な状況が生じた際には,協力者の同意を得た上で研究協力施設のスタッフへ情報提供を行うなどした.

Ⅳ.結果

1. 研究協力者の概要

30~60歳代の患者に研究を依頼し,同意を得られた8名(男性6,女性2名)に面接を行い,得られたデータを分析した.協力者の基本情報を表2に示す.

表2 研究協力者の基本情報

2. 全体像としてのストーリーライン

本研究では,18の概念,6つのカテゴリー,1つのコアカテゴリーが生成された.それらの全体的な関連について結果図(図1)と次に示すストーリーラインにまとめた.なお,これ以降,コアカテゴリーは【 】,カテゴリーは〈 〉,概念は“ ”,プロセスを説明する上で重要な出来事は『 』を用いて表す.また,アルファベットは研究協力者を表す.

図1 植込み型除細動器(ICD)を移植した患者がICDとともに生きるプロセス

ICDを移植した患者は,退院して日常生活に戻った後,他者からの応対が移植以前と異なる状況に直面し,自分自身が“庇護対象として見られていることに気づく”.加えて,ICD移植後に課せられた生活上の様々な制約に直面する中で,自分自身の“身体感覚と課せられた制約とが釣り合わない”という認識に至り,患者は他者との間においても,ICDとの間においても,〈関係性構築の必要性に気づく〉.

この状況に対し,患者は【自分と他者および自分とICDとの関係性の構築】に取り組む.この取り組みの内容は2つの流れに大別される.

ひとつの流れは,〈他者と再び関係性をつくる〉ことである.具体的には,患者は他者と自分との健康認識の差を最適化するべく,患者自身が“周囲の期待に応え(る)”たり,“ICD移植後の自分を他者に「正しく」理解させ(る)”たりすることである.もうひとつの流れは,“ICDを「お守り」とみな(す)”したり,あるいは“ICDは自分の味方”と捉えることで,〈ICDに対する見方を変え(る)〉,さらに,〈自分流のガイドラインづくり〉を行うことである.

このような取り組みにより,患者が“安心して生きるための環境が整う”ことに加えて,患者の“ICDを移植していることへの意識が薄らぐ”.それゆえに〈ICDが日常化する〉のである.ICDが日常化することは,ICDとともに生きる上で,患者にとっての到達点であるが,患者の有する『ICDの作動経験や作動予期』を背景に,〈改めて気を引き締める〉必要があり,プロセス全体は循環する.

3. プロセスを構成する要素

次に,生成されたプロセス(図1)に沿って,構成要素であるコアカテゴリー,カテゴリー,概念をそれぞれ説明する.なお,概念を生成する根拠となったデータの一例も示す.データは,紙面の都合上,特徴的なセンテンスのみ抜粋,または要約したうえで,ゴシック体で表記した.なお,研究協力者に特有の言い回しはそのまま表記した.

1)〈関係性構築の必要性に気づく〉段階

ICD移植後の患者は,他者の言動を通して,ICD移植前とは異なり,自分が庇護を受けるべき存在として他者に認知されていることに気づいていた(“庇護対象として見られていることに気づく”).

ICDを入れたことによって女房は,俺が静かにしてりゃあ,「死んじゃったんじゃねえか」とかさあ.うんと,そういうこと気にするんだよね.だけど,こっちは以前と変わりないし.静かになって寝て,そのまま死んじゃうとも思っていないんだけども.(A氏,男性)

このことを通して,他者との関係性を再び構築する必要性を認識していた.さらに,患者は自分自身の身体感覚と,ICD移植後に課せられる制約とが釣り合わないとも感じていた(“身体感覚と課せられた制約とが釣り合わない”).

ICDを入れた後も,自分では今までと変わらない感じなんですよね.だから,「なんであの時,倒れちゃったんだ?」みたいな,そんな感じ.だから(控えている)野球も「プレイしていいんじゃないか?」みたいな.(B氏,男性)

このことを通して,ICDとの関係性を構築する必要性を認識していた.

以上2つの認識は,【自分と他者および自分とICDとの関係性の構築】のきっかけとなっていた.

2)【自分と他者および自分とICDとの関係性の構築】の段階

(1)〈他者と再び関係性をつくる〉

まず,他者との関係性構築に向けた取り組みを説明する.ICDを移植した患者は,退院後の自分に対するイメージが,自分と他者では異なっている状況を理解したうえで,他者の期待に添うように行動していた(“周囲の期待に応える”).

まわりがみんな,「無理すんな,無理すんな」っていうもんで.余計,なんか迷惑かけてるような感じがしちゃうんですよ.だから周りの人たちに,そういうふうに思わせないようにするのが僕の仕事なんですよ.「うん,大丈夫ですよ.大丈夫.なんとかなる」って言ってればね.(C氏,男性)

その一方で,他者が描いているICD移植後の自分に対するイメージと,自分自身が持っている自己イメージを一致させようと取り組む場合もあった(“ICD移植後の自分を他者に「正しく」理解させる”).

退院した頃は,「あんまり動いちゃいけないよ」とかって,家族は最初,言うんですけど.自分はもう,ICDを入れたし,なんともないじゃないですか.で,そのうちに,普段通りに家事してると,家族も,「大丈夫なんだ」って思うらしくって.(D氏,女性)

これらは,他者との関係性の構築という文脈において,〈ICDが日常化する〉ことに向けた取り組みであった.

(2)〈ICDに対する見方を変える〉

次に,ICDとの関係性構築に向けた取り組みを説明する.ICD移植後の患者は,作動を経験していなくとも,いざというときには働いてくれる存在として,ICDに期待をかけていた(“ICDを「お守り」とみなす”).

ICDを入れたことによって不整脈が出た時に,死なないで済むわけじゃん? あわよくば心臓が動いたとしたって,半分死んじゃったとか,障害が出ちゃう可能性のあることを考えれば,ICDを入れたことで,ある意味,安心度はあるよね.「AED(自動体外式除細動器)が体の中に入ってる」というふうに考えれば,まあ正直言って「ありがたいもの」と思いますよね.(A氏,男性)

一方で,ICDの作動を経験した患者の場合は,ICDは自分にとって役に立つものであり,味方であると認識していた(“ICDは自分の味方”).

ICDチェックの時に,医者から「作動してたよ」って言われて.たぶん,きっとICDを入れてない時は,前みたいに具合が悪くなって,気を失っちゃうと思うんですけど,もう普通に戻ってました.(研:ご自身にとって作動の事実は悪い出来事と認識していない?)そうですね,よかったです.(D氏,女性)

このような〈ICDに対する見方を変える〉ことに引き続いて,患者は移植後の行動範囲を自分なりに形成していた.

(3)〈自分流のガイドラインづくり〉

患者は自分が行動可能な範囲を積極的に探っていたわけではないが,振り返ってみると,自分の行動範囲が自然と明確になっていた(“振り返ってみると,行動範囲が明確になっていた”).

正直あんまり,特に「ICDを入れた後に行動を変えました」とかっていうのはないんですよ.行動を変えてないのに,結局ここまでICDが作動しなかったという.そういったことイコール「あ,これでいいんだ,みたいな」.(B氏,男性)

また,他者から行動制限を緩和するきっかけをもらう場合もあった(“他者がきっかけで行動を拡大する”).

もう,これで走ったりはできないだろうって,自分で決めつけてたんですけどね.先生(医師)も動けっていうし….それだったら,ありがたいことだから.自分も,少し動かなくてはならないと思った.(E氏,男性)

一方で他者の言動がきっかけとなって,自身の体調が悪化する可能性のある習慣・行動を是正する場合もあった(“他者がきっかけで生活を制限する”).

「脂っこいものはよせ」とかっていうのは医者に言われました.そう言われてみれば,ラーメンの汁を全部は飲まないようになりましたね.(B氏,男性)

さらに,患者は,医療者の指示以上に,自分の生活を制限してしまう場合もあった(“すすんで大事をとる”).

長距離の運転はまだしていません.医者から制限はされていないんですけど,おっかないっていうか.(F氏,男性)

その一方で,安全に生活できる範囲を自分で積極的に探したり,明確にするために様々に取り組む場合もあった(“自ら安全域をつくる”).

「いつでも心臓発作が起きちゃう時があるから」ってこと,町会の皆さんにはお話してありますので.なるべく,(町会では)楽な役をもらうっていうか.(G氏,男性)

ICDを移植するきっかけとなった過去の体験や,ICDが作動した経験と同じ場面を避ける場合もあった(“意識喪失時や,ICD作動時と同じ状況を避ける”).

倒れた時間帯が夕方だったんです.それも寒い時期で,気温差があった時だったんで,以降,その時間帯にお風呂に入るのが無理なんです.(C氏,男性)

さらに,自分の言動によって,自分に不利益が及ぶことを避けるべく,他者への情報提供の程度をコントロールする場合もあった(“自分の不利にならぬように情報を提供する”).

医者からは重い物を持たないようにって言われました.でも今は,持っちゃってます.あえて医者に聞いてないです.下手なこと言って,止められても困る.仕事ができなくなっちゃう.(H氏,女性)

これらは,ICDとの関係性の構築という点で,〈ICDが日常化する〉ことに向けた直接的な取り組みであった.

3)〈ICDが日常化する〉段階

患者は,他者との関わりを通して,安心して過ごせる環境を整えていた(“安心して生きるための環境が整う”).

電車の優先席の近くは通話がだめなんじゃなく,電源を切るところなんです.だから,携帯電話でこうやって操作しているのを見たら,もう本当に注意したくなるんです.(C氏,男性)

また,時間経過とともに,ICD移植に伴って課せられた種々の制約が気にならなくなっていた(“ICD を移植していることへの意識が薄らぐ”).

お店のドアに万引き防止用のセンサーがありますよね.あれに抱きつくとICDが作動するって言われているんですが,気を抜いているとそこにずっと立ってしまうこともあるんですけど,自分で,「あ!」って思って避けたりとか.(H氏,女性)

〈ICDが日常化する〉ことは,ICDとともに生きるプロセスにおいて,到達点であったが,患者はそこに停滞せず,これに続く〈改めて気を引き締める〉段階を経て,プロセス全体は循環していた.

4)〈改めて気を引き締める〉段階

患者はICDの作動体験や不快体験によって,ICDを移植したことに伴う各種の制約の意味をより深く理解するようになっていた(“課された制約の意味を再認識する”).

ICDを入れた最初の頃は重い物を持つとICDが体の中で揺れ動いたんです.それも嫌で.「重い物を持ってはいけない」って言われてたのは,「ああ,いけない理由はこういうことなんだ」ってわかった.(H氏,女性)

その一方で,ICDを入れた後の生活にも慣れ,移植当初は気にしていた「避けるべき状況」にいることに気がつかないことがあり,事後的に回避することもあった(“思い出したように回避行動をとる”).

ICDを入れた当初はずいぶん気を使ってましたね.携帯電話は離せとか.今はなんとなく,もう忘れかけちゃってるんで,平気で友達と歩きながら,「あ,いけね」って思いながらも,自動ドアの下に入っちゃったり.(H氏,女性)

さらに,ICDが作動した時の恐れをエネルギーにして,行動制限を守っていた(“おっかないから制限は守る”).

電磁波の出るものの近くに長くいてはいけないんで,早く通らなくちゃいけない….見たら,すぐ,なるべく早足でっていうか….駆け足っていうか….それで.だから最初のほうはそういうので誤作動するかもしれないってのが「おっかなかった」んですね.(F氏,男性)

Ⅴ.考察

1.プロセスの特徴

1)〈関係性構築の必要性に気づく〉段階について

患者はICDを移植した後に,他者の自分に対する対応が,それ以前とは異なることに気づく(〈庇護対象として見られていることに気づく〉).さらに移植後の制約と身体感覚の不一致(“身体感覚と課された制約とが釣り合わない”)を認識していた.このような要素を含む段階が生成された背景は,研究協力者が壮年期に位置しており,身体的な機能低下が少なく,比較的に自律した生活を送ることができているためと考えられる.また,ICD移植前の患者は,移植という複雑で重要な決断をせまられるあまり,医療者に勧められるままにICDの移植を承諾するという特殊な心理状況に置かれており(Agård et al., 2007),移植の前段階からその後の生活を見通すことは難しい.そのため,移植後の実生活を通してはじめて,諸々の困難事に直面したためであると考えられる.このような状況の患者に対しては,たとえ医療者から事前の指導があったとしても,その時点での知識の定着は困難である可能性が高い.

2)〈他者と再び関係性をつくる〉段階について

患者はICDの移植に伴い,自分自身の身体感覚が変わるのみではなく,他者との関係性についても移植前とは異なることに気づいていた(“身体感覚と課せられた制約とが釣り合わない”,“庇護対象として見られていることに気づく”).この状況を打開するために,他者との関係性を構築ないし再構築するのは,患者が他者との相互作用が退院後も機能する環境を形成しようと取り組んでいるのが理由であろう.人は直接的,間接的を問わず,何らかの形で他者と関わりながら社会生活を営んでいる.したがって患者は,この段階において自分自身の生活環境に,移植後の自分の居場所を新たに作っているものと考えられる.

3)〈ICDに対する見方を変える〉段階から〈自分流のガイドラインづくり〉の段階について

“身体感覚と課せられた制約とが釣り合わない”と認識した患者は,〈ICDに対する見方を変える〉ことによって,患者自身とICDとの親和性を高めた後,〈自分流のガイドラインづくり〉を通して,移植後の患者に一律に課される生活制限を自分に適合させたり,独自の生活範囲を設定していたりした.このように,患者は日々生活する中で自分にあったライフスタイルを模索している.丸山(2004)は患者が移植後に頼りとする相手について調査したところ,患者同士が一番頼りになるとの回答が約25%を占め,その一方で,医師が頼りになると回答した患者数が予想に反して少なかったことを報告している.この結果は,ICDを移植した後の生活を実際に体験している患者同士のつながりが,よりソーシャルサポートとして機能するものと患者に認識されていることを示唆する.別の言い方をすれば,医療者の支援は,患者それぞれが生きる現実世界には適応しにくいのかもしれない.

このような患者独自の取り組みが,患者に利益のみをもたらすならば問題とはならない.しかし,〈自分流のガイドラインづくり〉のように,知らず知らずのうちに,患者に不利益をもたらす可能性を含むものも存在するため,注目を要する.例えば“すすんで大事をとる”患者は,医療者の指示以上に生活を制限してしまい,その取り組みによって患者の無意識のうちに,自らのQOLを低下させてしまう可能性がある.また,“振り返ってみると,行動範囲が明確になっていた”,“自ら安全域を作る”というような患者の場合は,医療者間で一定の合意が得られている安全域を超えて活動するかもしれず,ICDの不適切作動を招く可能性がある.さらに注目したいのは,このような行為は“自分の不利にならぬように情報を提供する”ことにより,医療者はその実態を把握しづらいことであり,結果として患者自身の安全を脅かしかねない.

4)プロセス全体について

本研究では,ICDを移植した壮年期患者に共通する看護の方向性や,支援のあり方の創出をめざし,ICDとともに生きるという視点を「ICDを移植した後の生活を通して変化したり,新たに獲得した,患者の行動や認識の醸成過程」と定義し,この方法論的限定の範囲で多様な基礎疾患を有する研究協力者の語りを分析した.その結果,プロセスの中心は,患者と他者および患者とICDとの関係性の構築であることが見出された.ICDの適用疾患である肥大型心筋症(HCM)患者の体験に特化したKim(2013)の研究でも,罹患が他者との関係性に影響することについて指摘されている.しかし,本研究の結果からはICDの移植そのものによっても影響することが示唆された.その一方で,患者はHCMが遺伝性疾患であることを踏まえて,血縁関係にある者には自分自身の病気の詳細を伝えるというような,疾患に特異的な結果も見出されている(Kim, 2013).したがって,ICD移植後の患者を理解する上では,ICDそのものによる影響に加え,必要に応じて疾患による影響も考慮することの重要性が示唆された.

また,多くの先行研究はICD患者の病状に関することが中心であり,医学的見地からの研究がほとんどであった.しかし,ICD移植後の患者がどのような思いを抱きながらICDとともに生きているかという,生活者としての視点から得られた本研究結果は,今後の患者指導等に貢献するものと考える.

ICDはバッテリー消耗に伴うジェネレーター交換(電池交換)を繰り返しながら,半永久的に植込むものであることから,患者にとってICDは延命に貢献するもの;life extender(Duru et al., 2001)として肯定的に捉えられる一方で,長期的に機械の力を借りながら生活しなくてはならない将来をも保障するものである.それゆえ移植は,移植以前に有していた患者の自己概念を何らかの形で再構築することが求められる.そのための手段として,患者と他者,患者とICDという2つの相互作用の存在が見出された.このことは,壮年期患者の移植後の生活では,患者自身がICDに慣れるという個人的な取り組みだけではなく,一人のICDを移植した人として,改めて社会の中で生きるための取り組みも求められることを示唆している.

このように,ICDが日常化するまでのプロセスは重層的であり,動的である.また,プロセスが循環する形態をとっていた点も特徴的である.この特徴を生み出す元は〈改めて気を引き締める〉というカテゴリーに表現されているが,一般的にICDの作動には強い衝撃や,記憶喪失を伴うこともあるために,患者にとって,自死の選択をも視野に入れるほどの強い恐怖体験として記憶される(Dickerson, 2002).とはいえ,依然としてICD自体は不整脈死を防ぐ役割を果たす有用なものである.しかし,作動に伴って起こる衝撃が予期されることや,いつ作動するかもわからないといった不確実性は,患者にとってストレスフルであり,Maslow(1954/1987)の提唱する安全への欲求を阻害していると言える.それゆえに,〈改めて気を引き締める〉という取り組みによって,患者は特定の段階に停滞することにより生じ得る不利益を自律的に回避しているものと考えられる.

2. 臨床への応用

抽出されたプロセスを踏まえて,ICDを移植した患者に対する看護支援をいくつか提言したい.

1つは,ICDに関する患者の認識や行動プロセスが動的かつ循環的であることを踏まえて,看護師が対象を予測的にアセスメントすることである.2つ目は,患者がICDとの生活を理解でき,ICDの作動や作動への対処方法も含めた,将来的に起こり得る可能性について長期的に見通せることを目指した教育支援を行うことである.そして最後に,すべての移植後の患者に共通して必要な教育支援についても,患者の生活情報を反映させ,患者に親和性の高い支援にすることで,より安全な生活行動の確立を促進することである.

医療技術の進歩や医療費の削減が叫ばれる中,看護師がICDを移植した患者に接することのできる時間は限られている.したがって,実際の関わりは,例えば移植術後の創管理といった短期的な支援に終始してしまいがちである.

しかし,ICDを移植した壮年期患者は退院後に自己概念の揺らぎに直面し,それを克服するために個人的,社会的に取り組んでいることから,看護師は患者を全人的にアセスメントすることをより一層心掛ける必要がある.

Ⅵ.研究の限界と今後の課題

本研究の研究協力者は,ICDを植込んでいる期間の平均が約3年であり,比較的に短かったことが,結果に影響を与えていた可能性がある.したがって,研究協力者を募り,調査・分析を継続するとともに,モデルを検証し,より洗練させていく必要がある.また,本研究ではICDを移植した壮年期患者に共通する部分に焦点をあてて分析したが,今後は疾患や病期に特異的な認知的・行動的プロセスの解明が必要である.

Ⅶ.結論

植込み型除細動器(ICD)を移植した患者8名から得たインタビューデータをM-GTAを用いて分析した結果,〈関係性構築の必要性に気づく〉,〈他者と再び関係性をつくる〉,〈ICDに対する見方を変える〉,〈自分流のガイドラインづくり〉,〈ICDが日常化する〉,〈改めて気を引き締める〉という6つのカテゴリーが生成された.

このうち,〈他者と再び関係性をつくる〉,〈ICDに対する見方を変える〉,〈自分流のガイドラインづくり〉という3つのカテゴリーは,コアカテゴリーである【自分と他者および自分とICDとの関係性の構築】を構成していた.

ICD移植後の壮年期患者がICDとともに生きるプロセスとは,ICDが作動する可能性が潜在する中で,ICDが他者との関係性や,自分の生活に影響を与える存在であることを認識し,患者と他者および患者とICDとの関係性を構築・再構築するプロセスであった.

Acknowledgment

研究協力者各位,ならびに研究協力施設職員各位に感謝申し上げます.また,本研究実施において貴重なご意見を賜りました信州大学大学院医学系研究科 本郷実教授,群馬大学大学院保健学研究科 岡研究室員各位に感謝申し上げます.なお,本研究の一部は日本学術振興会(JSPS)科研費24792427の助成を受けて実施しました.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:NKは研究の着想から最終原稿作成に至るまで,研究プロセス全体に貢献した.OMは研究の着想およびデザイン,分析,解釈,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言に貢献した.TTは研究の着想およびデザイン,データ入手に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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