目的:保健師がプリセプターの役割を担うことによる認識の変化を明らかにすることを目的とした.
方法:保健師9名に半構成的面接を実施し,プリセプターの気づきについて質的記述的に分析した.
結果:プリセプターの認識の変化には【保健師としての意識変容】と【組織の一員としての意識変容】の2つの局面があった.【保健師としての意識変容】は,《新人を育てる役割に向き合う必要性に気づく》こと,そして,《新人の成長に合わせて育てる必要性に気づく》,《新人を育てることが自分自身の成長につながることに気づく》こと等であり,さらには《新人から学び,自身の制限枠を超える必要性に気づく》ことであった.
【組織の一員としての意識変容】は,《組織と関わることの必要性に気づく》こと,そして,《スタッフと育ち合うことの重要性に気づく》,《組織における保健師の役割を再認識し合う重要性に気づく》こと等であり,さらには,《組織の一員として組織の改善に関わる必要性に気づく》ことであった.
結論:保健師がプリセプターを担うことは,【保健師としての意識変容】と,【組織の一員としての意識変容】の2つの変容的学習をもたらしていた.
保健師の業務多様化および専門性の高度化に伴う保健師の現任教育は,「地域における保健師の活動について」(厚生労働省,2003)の中でその必要性が示された.それを受け,新任保健師に焦点を当てた現任教育(厚生労働省,2004, 2005)や,指導者育成プログラム(厚生労働省,2007)が検討され,保健師のキャリアラダーおよびそれを達成するためのプリセプター制度(佐伯ら,2008)も示されてきた.そして,保健師卒後臨地研修制度が提起され,プリセプターの役割と支援体制が明記された(平野ら,2010).しかし,人材育成プログラムの整備(浅野ら,2009)や新任保健師の育成におけるプリセプター制度の導入(浅野ら,2009)は整備の途上にある.
プリセプター制度の研究においては,新任保健師の力量形成には,プリセプターの選任や,実践を通した具体的な指導(山口ら,2006),プリセプターとの交流やプリセプターの豊かな資質が有効であること(田中ら,2005)が示されている.そしてプリセプター制度の新人,プリセプター,組織への効果を検証する必要性が述べられている(田中ら,2005).
プリセプター制度を導入することによるプリセプター自身への効果は,保健師のアイデンティティやコンピテンシーの獲得,プリセプター自身の成長につながるとされている(厚生労働省,2004, 2007).海外の研究では,ネットワーク形成力や組織的視点が強化され,組織を改革することの喜びや満足が高まること(Woolnough et al., 2006)が報告されている.国内ではプリセプターの研修およびOn the Job Training(OJT)を実施した評価に関する報告(和泉ら,2005;河原田ら,2007;佐伯ら,2007)がある.
しかし,プリセプター自身の視点から,その役割を担うことによる認識の変化をデータに基づき実証的に分析したものは,ほとんどみられない.保健師がプリセプターの役割を担う経験は,自らの認識の枠組みを変化させる意識変容(Mezirow et al., 2009)をもたらすことが想定される.意識変容の学習は,組織や社会を変革させる意識変容につながる(Mezirow et al., 2009)とされており,組織で働き社会に働きかける保健師にとって重要と考える.そこで本研究では,保健師にとってプリセプターの役割を担うことでどのような気づきがあったか,認識の変化に着目して質的に分析し記述することを目的とする.
保健師がプリセプターという役割を担うことによる認識の変化を明らかにすることは,新人教育を担うプリセプターの育成や支援体制および新任保健師の力量形成を推進するための示唆が得られると考える.
保健師のプリセプター制度を導入している自治体で,過去2年以内に対人保健分野でプリセプターとして新任保健師の育成を経験し,研究の主旨に同意した保健師9名を研究参加者とした.郵送による依頼のみでは研究参加者の確保が難しいと考え,紹介により研究参加者を確保することとした.関東圏域の4都道府県内の自治体(都道府県,特別区,政令指定都市,市町村)に所属する保健師人材育成を担当する保健師や上司等から,研究参加者の推薦を得た.
2. データの収集方法データ収集期間は2010年1月から5月までであった.インタビューガイドに基づき半構成的面接を研究参加者に実施した.面接は,研究参加者の都合の良い場所と時間で,1名につき1回60分程度を一対一で実施した.面接内容は,研究参加者の許可を得てICレコーダーに録音し,匿名化した逐語録を作成した.
研究者の作成したインタビューガイド(研究参加者および担当した新任保健師の基礎データ,プリセプターの役割を担う際の意図や気づきとその変化,受けたサポート等)に基づく面接内容をデータとした.併せて,保健師の人材育成に関わるプログラムや評価表等,既存データの提供を研究参加者に依頼し,人材育成体制を理解するための参考とした.
3. 分析方法得られたデータを,質的記述的に分析した.事例ごとにデータを熟読し,意味内容を把握した後,「保健師がプリセプターを担うことによる気づき」に着目して文脈を反映するようにコード化した.次に複数のコードを比較し,類似性と相違性を検討しながら分類し,サブカテゴリを生成した.さらにサブカテゴリを比較・分類し,抽象度を上げカテゴリを生成した.継続的なデータ分析では,データやコードに戻り確認しながら,カテゴリ,サブカテゴリおよびコードを比較,再分類した.そして包括する上位の概念をコアカテゴリとした.
研究の真実性は,インタビューガイドおよび面接技術の精錬のための予備面接,地域看護学および質的研究に精通した研究者による研究過程全体のスーパーバイズ,地域看護学の研究者や質的研究者,大学院生による研究会での分析内容の検討,研究参加者による分析結果についてのメンバーチェッキングにより確保した.
4. 用語の操作的定義「プリセプター」とは,地域保健に着任して1年目の新任保健師の育成にあたり,マンツーマンで一連の相談,支援,評価を担当する指導保健師とする.
「気づき」とは,プリセプターが,それまでは気に留めていなかったことに注意が向いて,物事の存在や状態を知ること,「認識」とは,気づきを深めることでその本質や意義を理解すること,「意識変容」とは,認識の変化が積み重なった結果,価値観や物事の視点の既存の枠組みを変化させること,とする.
5. 倫理的配慮研究参加者に研究の主旨や方法,研究協力への同意は自由意思であること,いつでも中止できること,録音・公表したくない事項は申し出によりデータ収集を中止できること,研究への協力や拒否による不利益を生じないこと,個人情報の取り扱いには十分配慮し,データは研究者が責任を持って厳重に管理し,研究目的以外には使用しないこと,研究結果は学会や学術雑誌にて公表予定であることについて,口頭で十分説明し,文書にて同意を得た.データ収集は,研究参加者の都合の良い時間や場所とし,業務に支障がないよう配慮した.インタビュー内容は研究参加者が特定できないよう匿名化し,収集したデータや関連資料は筆者以外の目に触れないよう鍵のかかる保管庫で厳重に管理した.本研究は聖路加看護大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号09–077)を得て実施した.
9名の研究参加者がプリセプターを担当した当時の所属は,都道府県型保健所2名,特別区保健所1名,政令指定都市保健センター3名,市町村保健センター3名であり,いずれも対人保健分野に所属していた.研究参加者の性別は男性1名,女性8名,当時の年齢は36.9±2.7歳(範囲31~40歳),保健師経験年数は12.2±2.7年(範囲8~17年),プリセプターの経験回数は初回6名,2回目2名,3回目1名であった.担当した新任保健師は男性1名,女性8名であり,年齢25.7±4.9歳(範囲22~37歳)であった.
以下,コアカテゴリは【 】,カテゴリは《 》,研究参加者の語りは「斜字」で記述する.新任保健師については「新人」と記述する.
保健師がプリセプターの役割を担うことによる認識の変化には,【保健師としての意識変容】と,【組織の一員としての意識変容】の2つの局面があった(表1).
【保健師としての意識変容】とは,保健師としての価値観の変化のプロセスであり,6つのカテゴリが生成された.
1)新人を育てる役割に向き合う必要性に気づく新たな役割に戸惑い負担を感じていたプリセプターが,気持ちを切り替え,自分もわからないから新人と一緒に悩み考えるしかないと向き合う必要性に気づく段階であった.これは保健師としての意識変容のプロセスにおいて重要な段階であり,役割に向き合うことから新人との対話が始まっていったのである.プリセプターは,相手に向き合い,考えを引き出し,一緒に悩み,互いの考えを尊重するような対話が大切であることに気づく.そして,この役割を自分にも生かそうと受け止めていった.
「困っているときに,適切にこれが答えよっていうものがない場合に,うまく答えられず,新人が困っていることが伝わってきたときに,どうしようと,ふたりで悶々としていたことが印象的でしたね.どうしようか,と膝を突き合わせていました.(A)」
2)新人の成長に合わせて育てる必要性に気づく新人との対話を始めたプリセプターが,相手に合わせて育てていく方法に気づく段階であった.その方法は多様なものがあり,社会性を育てること,立場を理解して育成すること,育成状況を知り育成目標を立てること,成長に合わせて任せていくこと,育成の成果を確認することであった.
「その人それぞれの力や,おかれている状況など,いろいろな要素を判断してサポートするのが一番大切なことなのかな.全部やってあげていいものではないし,全部任せすぎてできなくなってもまずいし,そのさじ加減ですね.それは難しいですね.できると思っていても本人はつらいかもしれないし.(B)」
3)保健師としての信念を伝える必要性に気づく新人育成の方法に気づいたプリセプターが,何を伝える必要があるかに気づいていく段階であった.伝えるべきは保健師としての信念であり,先輩から受け継いだ信念,保健師活動の目的や判断・根拠,住民と関わる保健師活動の魅力,様々な情報から糸口を見いだす熱意,地域のネットワークを引き継ぐことであった.これら保健師としての信念を,言語化することや,経験させることで伝える必要性に気づいていった.
「なぜ訪問が必要か,という新人の問いにも,噛み砕いて言わないといけない.住民の生活の場という相手の土俵に入ることで,言いやすくなったり,家族の力動だとか,臭いだとか緊張感は入ってみないとわからないことを教えないといけない.われわれが曖昧にしてきた現場感覚を教えないといけない.このことは関係機関にも,説明することにつながっていると思いますよ.(B)」
「事務仕事なんだけどその仕事の中にも保健師の視点があるわけなので,申請の窓口のなかでも支援が必要な方を見ていったり支援につなげていったり(C)」
4)新人を育てることが自分自身の成長につながることに気づく新人に合わせて育てる方法や伝えるべき保健師の信念に気づくことを通して,プリセプターが自分自身に視点を向けた気づきを得る段階であった.それは,自分の弱みを自覚し,新人から自分も学べること,プリセプター同士の交流から学べること,自分自身を見直す機会であること,その結果,自分自身の認識が深まり自分自身も成長することであった.
「プリセプターといいつつも,新人からも勉強させてもらっているし,わからないことがあっても,それをきっかけに確認作業をしたり,誰かに相談することができて,自分も仕事をしていく上で必要なことが疑似体験できた.(A)」
5)保健師の仕事の奥深さや魅力を再認識するプリセプターが改めて保健師としての自分を振返り,保健師の仕事の価値や奥深さ,魅力に気づき,自分の信念に確信をもつ段階であった.プリセプターは,自身の専門性の理解が曖昧なことを認識することから,保健師活動の目的や根拠,情報の糸口や住民の価値観を尊重するという奥深さ,住民と関わり地域づくりにつなげる活動の魅力について改めて気づき,新人の仕事に具現化されることを通して確信していった.
「住民の力を信じる,自分の思いで無理やりやっても変わらないので,状況をみながら,それでもあきらめずにやっていることで,あるきっかけで変わることがある.(D)」
「自信がないままに育ってきたけれど,自分が伝えることで新人が同じ思いになって,それが実現していくと,自分の保健師としての自信になって,ああこれでいいんだ,じゃあ次のことをどうしていこうかという前向きな姿勢になれました.(E)」
6)新人から学び,自分自身の制限枠を超える必要性に気づく新人との対話から生じる保健師としての認識の変化の積み重ねを通して,プリセプターは自らが設けていた制限枠を超える必要性に気づく段階に至っていた.プリセプターは,新人の成長した仕事ぶり,新人の問いから自身を振返り,新人への責任感に突き動かされて自身の制限枠を超える必要性に気づいていった.これらの新人としっかり関わった経験は人を育てるときに生かせると捉えていた.
「順序立てて自分なりにデータや資料もそろえて説明し,結論やパターンをいくつか考えてきて自分はこういうことを問題と思っているということを伝えられる.伝えられる人だったんだ,とわかったときにはびっくりしました.(A)」
「私の言ったことを,そうか!と思って仕事をしていくわけですよね.私も甘えたことはできない,私も頑張る姿を見せないといけないと思ったんです.(F)」
2. 組織の一員としての意識変容【組織の一員としての意識変容】とは,組織の一員として組織を俯瞰する視点へ変化するプロセスであり,6つのカテゴリが生成された.
7)組織と関わることの必要性に気づく新人を育てる役割に向き合ったプリセプターが,プリセプター任せにされると指導が偏ると戸惑い,組織と関わる必要性に迫られる段階であった.それは,対応しきれない課題に直面し,スタッフの協力,上司からのサポートを得るよう組織に関わっていかなければならないと気づくことであった.
「支援がなくって,全部自分で抱えることになってしまうというのがつらかったですね.定期的に私のことも聴いて欲しいというのがありましたね.(G)」
8)スタッフと育ち合うことの重要性に気づく組織と関わる必要性に迫られたプリセプターが,スタッフを巻き込んでいき,みんなで育つ環境の重要性に気づいていく段階であった.プリセプターは,スタッフの協力を得てスタッフの視点を共有すること,スタッフみんなで育てる体制を組むこと,その環境を生かすことの必要性に気づいていった.そこから,スタッフみんなで育ち合う職場環境が培われ,育成成果も確認できると気づいていった.
「彼女が相談したら私も上司も聴いていて,みんなで話し合っていた.アドバイスを気軽にしてくれて,私の勉強になったりするのが,日常的にあってありがたかったです.新人がいて,聞くからみんな答えてくれる.(H)」
9)人材育成の方針を上司と共有することの重要性に気づく組織のスタッフと育ち合うのみならず,上司からの的確なサポートも得て,人材育成の方針を見極めてもらう重要性に気づく段階であった.プリセプターは,上司と共に新人を育てることから上司の視点を学び,自分の行う指導の方向性やポイントを上司から見極めてもらうことの重要性に気づいていった.
「上司がプリセプターを支持してくれるのがありがたかった.信頼してくれたり方向転換してくれたり,見極めてくれる人がいないと厳しい.(B)」
「新人は記録をしながら残ってもう一人の保健師と話していて,上司からアドバイスを受けて事例の方向性を決めていたというのを後から聞いた.(I)」
10)組織における保健師の役割を再認識し合う重要性に気づく新人教育を通して組織に関わることから,プリセプターの視点が組織へと向かい,組織の担うべき保健師の役割を問い直す段階であった.それは,組織として保健師の人材育成を共有し,保健師の役割を問い直すことの重要性に気づくことであった.
「保健師部門では,新人がたくさん入るので,プロジェクトを作ったんです.大ベテランの保健師が新人をこのように育成していきたいとまとめてくれて,プリセプターは研修を受けた.新人の保健師1年目は家庭訪問を稼働の20%は行くとか,地区長に挨拶は2回は行くとか,実務的なことと,ここを柱にしようねというところをうちの課だけで話し合いました.(D)」
11)プリセプターが指導する体制を整える必要性に気づく組織に視点を向け,組織における保健師の役割を問い直したプリセプターが,新人育成では組織としてどうあるべきかプリセプター制度の指導体制を具体化して考える段階であった.それは,自分の業務量や指導体制を整えること,所属外の相談相手も必要であることに気づくことであった.
「新人は両親学級を担当していました.それと1地区を担当して.比較的困難ケースも少なくフォローケースが少ない地区を選んで一緒にやりながら,プリセプターも同じ地区を担当しながら,他の業務を抱えながらという,いい体制だったんですね.(G)」
12)組織の一員として組織の改善に関わる必要性に気づく組織に関わり続けたプリセプターが,組織の一員として組織を俯瞰する視点をもち,組織の改善の必要性に気づく段階であった.
プリセプターは組織の一員であると認識をもち,組織の改善に向けてチームで取り組むために,スタッフを巻き込んでいく必要性に気づく.スタッフを巻き込むためには,新人教育をスタッフに見せることでスタッフの質を高め,踏み込んで自分の考えを伝える必要性に気づく.そして,組織の改善について,自分の獲得してきた一連の気づきに引き付けて考え,組織における保健師の目指す姿を後世に遺すことが必要だと気づいていった.プリセプターの資質によって新人育成の成果も違うという課題を目の当たりにしたことから,人材育成の方策を通して組織を改善していく必要性をプリセプターは認識していった.
「今まで配慮をしなくて過ぎてきたんですが,周りのスタッフに配慮する,目配りするっていうのが,この役割(プリセプター)をすることによって変わったことですね.(D)」
「担当になったプリセプターで教育の成果も違ってしまうわけじゃないですか.ある一定のプログラムがなければ,プリセプターの資質によって成果も違うのは組織としてもとってもバランスが悪い.(F)」
3. 認識の変化のカテゴリ間の関連(図1)【保健師としての意識変容】は,保健師としての価値観の変化のプロセスであり,6つの段階がみられた.プリセプターとなった保健師は,新たな役割に戸惑い混乱するが,共に悩み考えていくしかないと《新人を育てる役割に向き合う必要性に気づく》ようになっていった.役割に向き合えることは,新人との対話が成立する重要な段階であった.新人との対話は,対等な立場で互いに尊重し共に考える関わりであった.新人との対話が始まると,新人育成の方法と,伝えるべき保健師の信念に気づくこととなった.すなわち《新人の成長に合わせて育てる必要性に気づく》,《保健師としての信念を伝える必要性に気づく》ことであった.これら新人育成のための気づきから,プリセプターの視点は自身へも向かい,自分も成長することに気づき,改めて自身の保健師としての気づきを得るようになる.それは《新人を育てることが自分自身の成長につながることに気づく》,《保健師の仕事の奥深さや魅力を再認識する》という認識の変化であった.こうして新人との対話から自身を振返り認識の変化を積み重ねることによって,さらには《新人から学び,自分自身の制限枠を超える必要性に気づく》という価値観の変化に至っていた.
【組織の一員としての意識変容】は,組織の一員として組織を俯瞰する視点へ変化するプロセスであり,6つの段階がみられた.プリセプターは,新人を育てる役割を任せられ戸惑うことから,組織にも関わらざるを得ないと《組織と関わることの必要性に気づく》ようになる.組織との関わりは新人育成に協力を得ることから始まっていた.プリセプターは,スタッフと関わり《スタッフと育ち合うことの重要性に気づく》ことや,上司の的確な指導を受けて《人材育成の方針を上司と共有することの重要性に気づく》という,組織に関わる重要性に気づいていった.こうした気づきから,視点は組織へと向かい,組織の中で担うべき保健師の役割を問い直し,《組織における保健師の役割を再認識し合う重要性に気づく》こととなる.そこから,組織としての新人育成についても具体化して考え,《プリセプターが指導する体制を整える必要性に気づく》ようになる.プリセプターは,組織に関わり続けることから,組織を俯瞰する視点をもつようになり,《組織の一員として組織の改善に関わる必要性に気づく》こととなっていった.これは《新人から学び,自分自身の制限枠を超える必要性に気づく》ことが背景となって突き動かされた認識の変化であった.
このように,【保健師としての意識変容】と【組織の一員としての意識変容】の2つの局面は,相互に影響し合い並列して深まっており,意識の変容をもたらしていた.
本研究でみられたプリセプターの認識の変化について,組織の一員としての意識変容,保健師としての意識変容,変容的学習(Mezirow et al., 2009)の観点から考察していく.
1. 組織の一員としての意識変容本研究でプリセプターは,新たな役割から組織を俯瞰する視点をもつようになり,組織の改善に関わろうとする認識に至っていた.鈴木(2002)は,組織における責任や扱う情報の変化,組織を見直す経験,組織全体を俯瞰する機会は,組織コミットメントを強化するとしており,プリセプターの役割を担うことは組織に関わる認識を変化させる機会となっていたと考えられる.
また,《新人から学び,自分自身の制限枠を超える必要性に気づく》ことが背景にあったからこそ,組織に関わり続け,《組織の一員として組織の改善に関わる必要性に気づく》ことに至っていた.この認識の変化は,与えられた役割の中で許されると判断した範囲で行動していたプリセプターが,自分自身の制限枠を超えて組織に働きかける存在へと変化することであった.これは高尾(2005)のいう,組織の枠組みに規定されず,より自由に自発性を発揮し,イノベーション創出の可能性を高める認識の変化であった.
組織のイノベーション創出には,よりよい組織風土が鍵となる.林(2005)は,良好な組織風土がメンバー間の組織発展のための改革意欲につながり,組織内部の変化が弾力的に実現されるとしている.本研究でみられたプリセプターが組織に関わりスタッフと育ち合う環境をつくったことは,組織改革の実現しやすい組織風土の醸成となっていたと考えられる.
2. 保健師としての意識変容本研究でみられたプリセプターの新人との対話は,互いに尊重し共に考える関わりであったからこそ,自らを振返り,価値観や視点の枠組みを変えることに至っていた.このような対話は,新人の見方や価値観を自分自身に受け入れることで可能となった.
佐伯(1995)は,対話による学びについて,他人の視点を取り入れ再吟味し新しい一貫性を自ら生み出していき,変革された自分となること,さらに一貫性の広がりと高まりを他人の知識や文化としていき,自らも常に変革へと向かうことを述べている.藤岡ら(2002)は,他者との対話によって自己を相対化し他者から学ぶことを述べている.本研究でも,プリセプターは新人との対話によって自己を相対化し,自身の制限枠を超えて新たな一貫性を自ら生み出していた.他者を受け入れないと自らの一貫性を超えていくことはできないのである.そして,プリセプターの新人との対話による認識の変化は,新人の知識や文化として新人に還元されると考えられる.
保健師としての自身の気づきは,保健師活動の目的,様々な情報の糸口,住民の価値観を尊重するという,保健師の専門性の奥深さ,魅力を再認識することであった.保健師は住民の地域生活の複雑さから倫理的課題に日々遭遇しており(Anderson & McFarlane, 2008),目標も介入方法も状況に応じて変化させる活動の特性(中,2009)をもつ.様々な情報を糸口に,住民の価値観を尊重し活動方法を見出すことが保健師の専門性であるといえよう.他の職種にも理解可能な保健師の技術を説明する方法として目的を重視した保健師活動が示されており(麻原ら,2005),保健師活動の目的を新人と共に考えることで互いに理解が深まり保健師の価値観の変容がもたらされた.これは保健師の専門性発展のために活動を更新し,その価値を伝承すること(岡本ら,2009)に寄与すると考える.
3. 変容的学習(Transformative learning)本研究では,新たな役割に混乱し戸惑うことから,新人や組織メンバーと対話し,自身の制限枠を超えて組織の改善に向かうという意識の変容がみられた.保健師にとって,プリセプターの経験をもつことが意識変容につながっていた.
Mezirow et al.(2009)は,混乱的ジレンマ,批判的省察および対話,意識変容のプロセスを成人学習である変容的学習(Transformative learning)としており,本研究結果と一致する.この学習は,組織や社会を変革させる意識の変容をももたらすとしている.組織や社会を変革させる意識の変容は,保健師が行政組織の中で役割をもち,地域住民というコミュニティを対象として活動を展開すること,政策,施策,事業の流れの中で活動を展開する(木下,2009),といった特性から特に求められるものと考えられる.
4. 実践への示唆プリセプターを担おうとする保健師に対して本研究で明らかとなった意識変容のプロセスを提示することで,新たな役割を自身にも活かそうと肯定的に受け止め,組織的に関わろうとする意識を培うことにつながると考える.組織メンバーも,新人育成は組織を改善するプロセスと捉えることができれば,組織の円滑なコミュニケーションが促進されると考えられる.佐伯ら(2009)は,相互啓発できる職場内のコミュニケーションがOJTを進展させるとしている.本研究でみられた,スタッフと育ち合うことや組織に関わる必要性をプリセプターが認識したことは重要と考える.
5. 本研究の限界と今後の課題本研究は,関東圏域の自治体に所属する保健師を対象としたため,他の地域や産業保健,学校保健分野に一般化することには限界がある.プリセプター経験回数は1回~3回と幅があり,認識の変化の多様性を捉えることができた.一方で,経験回数による違いを反映するには,9例という事例数の限界がある.また,プリセプター経験終了後2年以内のインタビューであるため,プリセプターの任期中や,プリセプター終了後長期的に得られる認識の変化には言及できない.今後の課題は,多様な地域での調査を継続し,研究参加者の人数を増やし,研究結果を検証するとともに,プリセプター経験回数等,研究参加者の特性による影響を分析する必要がある.
本研究を実施するにあたりご協力いただいた各自治体の保健師の皆様,本研究にご指導・ご教授くださいました聖路加国際大学伊藤和弘教授および地域看護研究会の皆様に深く感謝いたします.本研究は平成22年度聖路加看護大学博士前期課程における修士論文の一部に修正を加えたものであり,第70回日本公衆衛生学会総会およびInternational Collaboration for Community Health Nursing Research(Edinburgh, UK)にて発表したものに加筆・修正したものである.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:TSは,研究の着想およびデザイン,データの入手,分析,解釈,原稿の作成に貢献.KAは,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.